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第91話 やっぱりジャージは動きやすい

和室に布団は敷かれていませんでした。だから仕方なく自分で布団を出し、涙を堪えて眠りにつきました。しかも父ちゃんが帰って来たとき、俺は起きたのに母ちゃんは全く起きなかったし。コンビニで買った弁当を晩ご飯として食べる父ちゃんを見てまた涙を堪えました。


それからは全くと言っていいほど眠れなかったので、嫌がらせに一郎にメールを送った。『助けて』って一言。でも返信はなかった。夜中の2時に送ったのに、授業中に居眠りぶっこいてるクセに寝るのが早いったらありゃしないよ。

そんなこんなで全く寝付けなかった僕はウトウトを繰り返し、気がつくと朝の5時になっていました。マジで枕が変わると眠れないんだね…ってかその前に枕がなかった。


ちょうどいい時間になったので重いまぶたをこすりながら居間へ行くと、萌はもう一条家にはいないとのことでした。なんでも朝一番で秋月邸に戻ったらしいです。まぁ制服とか持って来てなかったし、仕方ないですよね。それに目覚めに萌の不機嫌な顔を見たら一日が台無しになる。って言ってもあと数十分もしたら彼女に会わなくてはならないでんですがね。



ふぁ…の相手についてはもう触れないようにしようと心に誓い、焼かないパンにバターを塗っただけの朝食を食べ終えてそそくさとジャージに着替えた俺は、母ちゃんの「帰りにせんべい買って来て」という伝言をスルーして家を飛び出した。夢の中の俺に頼んだからもう充分でしょうよ!





「遅い…」


秋月邸の前に来て早9分、いくら待っても門が開かない。朝シャンでもしてんのか?そんでもってドライヤーが壊れちゃって乾かな〜い!みたいな。それかノブ君が秋月邸にいつの間にか帰って来てて修羅場になってたりして、そんでもって萌の鉄拳が真さんを襲う…おぉ怖い。


しっかし昨日の雨はどこへやら、キレイな晴天ですな。しかも今日はジャージだから動きやすいし走って学校まで行きたい気分にさせられるねぇ。でも絶対に萌は走ってくれないと思うけど。


フンフンと鼻歌混じりでその場で足踏みをしていると、不意にケータイが鳴った。でもマナーモードにしてあるから音は出ない、でもこれ一瞬驚くよね。

こんな朝早くから誰だ…あっ一郎かな?今ごろ返事なんてしてきやがって、学校に行ったらあの坊主頭をひっぱたいてやるわ!


「…あ?」


そう思いながらメールの送り主を見ると、一郎ではなかった。そしてマジマジと文面を読んだ俺は顔面から血の気が引いた。


『学校行ったら覚えておけ』


俺が何をしたんだあかねぇ!?しかも件名ナシだし!いつもなら『緊急!』とか『早急!』とかって件名をつけてくるのに今回に限ってナシなんて!何か恐ろしいことが起こる前触れなのか?それにおはようとかナシにこれかよ!


完全に学校へ行く気を失っていると、間の悪いことに門が開いてしまった。そしてやっぱり不機嫌そうな顔の萌。


「おっ、おは…」


泣きそうになりながらもおはようを言おうとする俺に一発睨みを利かせた萌は勝手にスタスタと歩き始める。

一体俺が何をしたのよ。あかねにはキレられてるし……ジャージだし。


「ちょっ、待ってぇ!」


ずっと待ってたのにゴメンもないわけぇ?いくら俺がふぁ…の相手だからって気を使わなくてもいいのに。

…これはいつもの行事だったわ。


返事すらしない萌のナナメ後ろを歩きながらケータイを開き、女子高生もビックリなくらいに素早いタイピングを見せる。もちろん送信先はあかねです。きっと彼女は朝練があるからもう学校に着いてるハズだ。すぐに返信をしてくれるだろう。


『学校に何があるの?』


怖いけど、確かめない方がもっと怖い。何であかねがここまで怒っているのかがわかってれば怖さも半減するだろうと考えてたわけです。こういうことだけは頭が回るんだよね。

…どっちにせよ土下座は免れないと思うけど。


送信を終え、チラチラと萌が振り向かないか確認して歩いているとまたもケータイがブブブと動いた。


『恭子から聞いた』


何を?!

あなたも主語をはっきりして下さいよ!文字数が多くなっても俺のケータイはちゃんと受信できるから!そこまで古いのは使ってないから安心して!


おりゃぁぁあ!と怒涛の勢いで返信する。

もう萌はメールを打っている俺に気がついていると思うけど、スルーしてくれている。が、感謝はしないよ!多分絶対にあかねはあなたのことでお怒りになっているから!


『何を聞いたの!?イチから説明を求めます!』


送信ボタンを押して一息つく。って萌!あんたいつから振り向いてたの?!無言でこっち見てないでよ!


「あの、なんでしょうか?」


「…別に」


フンと鼻を鳴らしそうな表情で冷たくそう言い放った萌だが、俺から目を逸らさないでジッと睨み続けている。

別に何もないのにここまで睨んでくんのかよ。絶対何かあんでしょ、ウソはいけないよ。

ふと彼女の顔を見ると目の下に少しクマが出来ている。あんだけ寝付きのいいお前がクマを作るなんて、一体何時間寝たらいいんだよ。


「昨日はよく眠れなかったのん?」


「あんたの部屋が臭くて寝れなかったんだよ」


気持ち良さげにスヤスヤ寝てたじゃねぇかよ!しかも臭いって、昨日はそんな素振りは全く見せてなかったでしょ?鼻を摘んですらなかったよね?!サラッと悲しいこと言わないで!


「俺の部屋が臭いってんなら一郎の部屋になんて入れないわよ?」


悪い一郎、俺の代わりに犠牲となれ。


「野代の部屋になんて入りたいとも思わない」


「…」


やはりそうですよね。いや、一郎の名誉の為に言わせていただきますが、彼の部屋は決して臭くないですよ。たまにニンニク臭がキツい時があるくらいです。


「あっちょっ待ってって!」


なんだかんだと悩んでいるスキに萌は俺を置いて歩いて行く。

昨日は朝からご機嫌なノブ君とおばさんを見たけど、今日は萌だけなんだな。ってことはノブ君は秋月邸には帰ってないのか。


………なんでホッとしてんの?


いやいやおかしいよ。なんでノブ君がいないと知るやホッとしてんだ俺は。

どうかしちゃったのぉ?!と頭を抱え込んだ瞬間、またもケータイが鳴った。


『いらないことを言ったな』


だから初めから説明お願いって言ってんじゃんかよぉ!なんで一言ずつなんだ!あなたは萌か!?

しかしいらないことってなんだ?高瀬が何を吹き込みやがったのか全く見当すらつかないんだけど。


え〜っと、たしか昨日は高瀬を送る途中でノブ君と楽しげに帰る萌を発見して…あかねが好きだって言って…。


「あれかぁぁあ!?」


ヤバい、思わず耳をつんざくばかりの大声を発してしまった!


「うるさい」


こっちを振り返ることなく萌が呟く。

ってうるさいじゃないよ!おまっ、お前のせいであかねは赤鬼に変化へんげしてんだよ!

…責任を押し付けてすみません!


「ちょちょちょっ萌!待って、話がある!」


ストップストップ!と萌の肩に手を掛け…裏拳を喰らう。慌てすぎて思わず肩に触れてしまった。

鼻に拳をマトモに喰らった俺は苦しみ悶えながらも萌を立ち止まらせる。


「触るな、腐る」


「腐ってくれていいから!だから話を聞いて!」


あ、性懲りもなくまた肩に触れ…。


「触るなって言ってんだよ!」


「おぶぅっ!」


また裏拳が来る!と先読みして顔面をブロックしたけど萌の方が一枚上手だった。鞄アタックが横っ面に入ったよ。右耳が痛い!絶対に真っ赤になったから!


「くさ、腐るのはちょっと置いといて!ワタクシの話を聞いて下さい!」


「…なに」


もう一発喰らうかと左耳をガードしたが…飛んで来ない。ビクビク顔を上げると萌は不機嫌そうに俺の言葉を待っている。


「あ、あのね?昨日も言ったと思うけど、俺はあかねのこと…」

「遅刻する」


「あっだから待ってってぇ!」


すこぶる機嫌を悪くした萌は最後まで話を聞こうとしないで歩き始める。

昨日は「意味不明」の一言で全て片付けられてしまったが、今日はそうはいかないよ!意地でも最後まで聞いてもらう!


「あかねのことは友達として好きなんだって!言わば親友なの!そして戦友になる!」


「意味不明」


やはりそう来たか!?

昨日もそうだったけど、萌って最後まで話を聞いてくれないよね。最後まで聞いてくれたことなんて今まで一度だってないんじゃない?そんなに俺と話をするのがイヤなの?


しかし今はそんなことを考えている余裕はない、あかねの怒りを鎮められるのは目の前にいるこの不機嫌女王しかいないんだ!


「昨日も言ったけど、別にあんたがあかねをどう思ってようが私には関係ない」


「いだっ!」


平然と人の足を踏んで行くな!それなりに怒った顔とかして踏むならまだしも顔色ひとつ変えないで踏んでくるとは、なかなかやりおるわい!


遅刻する、と呟く萌は足の痛みに苦しむ俺を置いてさっさと行ってしまう。

だから、俺の話をぉぉ!


「俺は関係あるんだよぉ!」


「……は?」


うるさいとか言われる覚悟で大声を張り上げたが意外や意外、萌はポカンとした顔で振り向いた。


「俺には関係大アリなんだって!俺は萌に誤解されたくないの!」


「…は?え?」


俺の大声を咎めるわけでもなく、萌はカッと目を見開いて振り向く。


「だ、だからさぁ、もし俺があかねにケンカ売られたら助けてね?」


「………意味不明」


ホントに今の発言は意味不明だね!でも俺を助けられるのはキミしかいないんだよ!高瀬じゃダメだし一郎は論外、勇樹にはもうケガしてほしくないんだよ。って高瀬だ!全ての元凶は彼女にアリだ!これは責任転嫁ではない、事実だ!


「どうして私がバカ太郎を助けなきゃいけない」


「そりゃあ、俺が萌のふぁ…の相手だから?ぶぅろっふぉ!」


ここにきて鞄アタックかい!金具が歯に当たった!ニッコリ微笑んだ瞬間にやられたから歯に当たったよ!抜けたらどうすんだ!永久歯なんだからもう生えてこないんだよ?


「ぶっふぉ…」


口から血が出てないかを確認するために手をあてがう。マジで歯が抜けたかと思ったわ。もんのすごい勢いで鞄が飛んできたよ、見えないほど速かった。神懸かり的な攻撃に感動…するか!





それから萌が俺のことなんて助けてくれるわけはないと遅まきながら気づき、トボトボと彼女の後ろを歩いた。

もうこうなりゃダメ元で一郎に助けを請うしかない。ヤバくなったらアイツをあかねへ突き飛ばして逃げよう。ヒヒヒ、こんな物騒な考えが出来るなんて俺は悪魔だね。


ヒヒヒ笑いを浮かべながら歩き続けていると、今の俺にとっての救世主が現れた。


「おは太郎ぉ!…ありゃ?口元押さえてどうした?」


アホ一郎がアホ顔で走り寄って来てくれたよ。


「一郎よ、俺達は親友だよね?」


「あぁ?何言ってんだ、当たり前じゃねぇかよ!」


「ありがとう一郎さん!これで心おきなく出来る!」


「何をだよ!主語をはっきりさせろ!」


ハッ!いつの間にか俺も萌とあかね同様、主語が言えなくなっている!恐るべし!


何をさせるつもりだよ!と俺にエルボーを喰らわせてくる一郎にローキックで応戦する。

お前は何も知らなくていいんだよ。俺の為に犠牲となれ、ってかなってくれ!


「何だよ何だよ!?教えろよ!」


「何でもねぇよ。ただ俺の代わりに生け贄となってくれってだけ」


「何でもなくねぇだろが!何の生け贄だよ!俺はどうなっちゃうんだよ!」


あぁもぉマジでうるせっ!別にどうもしねぇよ!っても絶対に巻き込むと思うけど。


俺は一体どうしたらいいんだ〜!と朝から超ハイテンションの一郎は、目の前に萌がいるというのに大声を張り上げて暴れ出す。しかしそれを完全スルーで学校へと足を進める俺達。

周りの方達に同じ人種と思われたくないんだ、悪いな一郎よ。見ると萌も一郎なんて見えていないかの如く歩き続けている。が、チラリと振り向いた彼女はものすごい睨みを効かせてきた。俺はナナメ後ろを歩くのもダメなの?


「近寄るな、同じ人種と思われる」


俺は一郎と同じ人種なのかい?キミは俺とは違う人種なの?


「俺は清く正しい心の持ち主だわよ!一郎さんのような荒んだ心は持ち合わせてないわ!」


フンだ!と鼻を鳴らし、貴族のような立ち振る舞いを見せる俺はまるでお妃様。…まぁ自分がやっておきながらなんですが、気持ち悪いね。オホホとか言ってる時点で気持ち悪い。


「俺だって清い顔を持ってるわよぉぉ!」


わぉぉぉ!ってうるさい!しかも清い顔ってなんだ?自分で言うな!ってジャージ伸びる!引っ張るな!


「ちょっ、くっつくなっつーに!暑苦しい!」


「なんでジャージなんだよぉ!?」


「今それ聞く?!」


泣きそうになっている一郎に袖を思い切り引っ張られながらも前を向くと、萌がいない!なんてこった、俺を置いて行ってしまったのか!?


「ちょっ萌待ってぇ!俺を置いて行かないでぇ!」


ぐぉぉ、一郎マジで放してくれ!いつまで抱きついてんだよ!朝から体力を減らしてくれるな!


「マジで暑苦しいって!離れろやアホ一郎!」


「悪いと思うなら俺を背負って行けぇ!」


悪いけど悪いなんて思ってないし!どっからそんな言葉が出て来た?会話が成り立ってねぇよ!


「俺は涙を飲んでお前の代わりに生け贄になってやるって言ってんだよ!だからその為に体力温存させろ!」


首、首が苦しい!抱きつくのはいいから首を締めないでぇ!

ぐぇぇと苦しみながらも一郎を背負って萌の元へと急ぐ。もういいよ、そのまま俺に抱きついてろ!だけど振り落とされても文句言うなよ!


「もぉぉえぇぇぇ!待ってぇぇ!」


「来るな、寄るな!」


一郎を背負ってるから思い通りに走れないのをいいことに、萌は全速力で学校へと走って行く。って一郎!顔をくっつけてくんな!気持ち悪ぃんだよマジで!


なんとか萌に追いつこうとぜぇぜぇ言いながら走り続けた俺はいつの間にか校門まで来てしまった。一郎のボケ、俺の背中で眠りこけてやがる。俺の背はゆりかごか?


「おら一郎!学校着いたぞ!」


「教室まで頼むぅ」


「ボケェェ!」


ふざっけんな!の怒声と共に一郎を投げ飛ばす。頭から落ちた彼はその場でのたうち回り、周囲の人達から「朝からお疲れ」といった冷めた目線が俺を襲う。

…悪い、やはり俺はお前と同じ人種と思われたくないからここはスルーさせてもらうよ!


まだ頭を抱えて暴れる一郎を横目に萌の姿を捜す。マズい、もう学校に入ったか?

サヨナラ一郎さんと忍び足で玄関に駆け込む。ダメだ、やっぱ萌いねぇ。こうなりゃあかねに見つかる前に教室へGOしなければ!


「たぁぁろぉぉぉ!」


上靴に履き替えた瞬間、背後から美しいお声が響いた。でも背筋が凍るほどの強烈な殺気をビシビシ感じる!この凄まじいまでの狂気は………考えるまでもないよね。





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