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第89話 微炭酸でも結局は炭酸

ちょっ、なんで俺のベッド(床に敷いた布団)で寝てんの?和室に布団敷いてあるハズだよ?スヤスヤスヤスヤって、どんだけ寝つきいいんだあんた。


俺が胸の苦しさに耐えているのを良いことに、どうぞと言ってないのに萌は勝手に一条家に突入し上がり込んだ。後はもう予想通りというか、母ちゃんがダメだなんて言うハズはなく「泊めたら直秀をムコ養子にして!」と逆に頼む始末に。ってか俺をじゃないのかよ!


そして何より晩メシが最悪だった。萌の分なんて用意してるわけもない母ちゃんは俺の分を彼女の分として出しやがった。幸いなことに俺がクリーニング屋へ行くために家を出た後、直秀がまた杉なんとかのことでどっかへ行ってくれたから彼の分の晩メシにありつけました。だから直秀、悪いが外でメシ食って来い。


まだまだ最悪なことは続きます。

母ちゃんが萌が風呂に入っている間に余計な気を回して直秀の部屋に彼女の布団を敷こうとしたんです。でもそんな怖いことをしたら直秀が泣く!と小声で教えてあげると、可愛い息子を思って泣く泣く和室に敷くことにした。


…ハズなんですけれども。


なんで俺の部屋の真ん中で寝てんの?しかも俺の布団で。

和室で寝てねって言ったじゃんかよ。俺が風呂に入ってる間に何があった?


青いボクサーパンツ一丁で部屋に入った俺はぐっすりと眠っている萌が目の前にいる、という現状を目の当たりにして呆然と立ち尽くしてしまっています。


「俺が和室に寝ろってか?」


同じ部屋で寝るわけにもいかないし。でも繊細な心の持ち主である僕は枕が変わると眠れないんだけど。秋月邸に泊まった時だってすぐに眠りにつけなくて困ったのに…あっあれは腹が減ってただけだったか。


すぐさま部屋を後にしたかったけど、なにせパンツ一丁だから出来るならTシャツを着たい。そうしないと間違いなく風邪を引くハメになる。

タンスは萌を挟んで向こうにあるからな。電気は点いてないけどこの部屋に住んで十何年、場所はわかる。よし、静かに行けば大丈夫!


「俺は忍者になったぁ…」


部屋は狭いから床で寝ている萌を飛び越えないと向こう側へは行けない。仕方ないなと足元の方に移動する。


絶対に今起きられたら俺は変態決定だよ。なんつってもパンツ一丁で萌を飛び越えようとしてんだからね。誰が見ても変態決定だよ。


おーおーぐっすり寝てやがって。俺の苦労なんて知りもしないんだろうね。…なんか悔しくなってきた。俺がこんな苦労してんのにあなたはスヤスヤ夢の中ですか。


くっそ、と布団を引っ張ってやろうかと考えたがムリ。俺の今の姿を見たら絶叫するに違いない、そして蹴られ殴られて最終的に母ちゃんが部屋に踏み込んで来る。


考えただけでおぞましい!起こさないよう慎重にいこう!


萌の足元に移動し、寝ていることを確認した俺は出来るだけ静かに彼女を飛び越えた。でもさすが築何十年の家です、ギシギシうるせぇ!


「…ん」


ヤバいヤバいヤバい!寝返り打ったよこの子!一瞬だけ目を見開いたように見えたのは俺の気のせいだよね?


「…」


よ、よし。大丈夫っぽいぞ。タンスまであと一歩!


ギギィってうるさい!スンナリ開けよ!

なんとか頑張ってTシャツをつまんで引っ張り出し、また音が鳴ったらヤバいので開けっ放しで退散することに決めた。


と、Tシャツを手に入れて思った。

廊下に出てから着た方が無難か?いや、今起きられて裸を見られる方がマズい。ここで着てしまおう。


眠っている萌の動向を伺いながらTシャツに腕を通す。ってかなんで寝てる萌を見ながらTシャツ着なきゃいけないんだよ。自分の部屋なのにコソコソしてアホだ俺。


「スゥ…スゥ」


ちっくしょ、心地良さそうな寝息立てやがって。こうなりゃちょっと脅かしてやろう。

Tシャツ&パンツで静かに萌の横へ移動した俺は、得意の美声を披露しようとしゃがみ込んだ。


「ヒヒヒ…ヒヒヒ…誰か助けてぇ…ヒヒ、ぼっ!」


お前まさか起きてますね?!と思わされるくらいにドンピシャで裏拳が顔面にヒットした。

鼻が痛い!鼻血が出そうな勢いで痛い!


うがぁ!とその場でのた打ち回るも、出来るだけ音を立てないよう慎重に転げ回る。


「っくそ、悔しい…」


寝てるからといって油断してた。そうだ、コイツは寝てようが起きてようが魔物に変わりはなかった。


「もうヤケだ。意地でもビビらせてやる」


「…消えろ」


それ寝言?!どう考えても俺の夢見てないか?夢でまで俺は消えろと言われているのか。


「…っと、あれ?写真出したっけ?」


顔に落書きでもしてやろうかとペンがありそうな机に視線を移すと、引き出しに閉まってたハズの写真立てが目に入った。

たしか高瀬が来た時、萌が勝手に引き出しに入れてたよなぁ。なんで出てんだ?


首を傾げつつ萌の寝顔を盗み見る。

ありゃー、パッと見たらべっぴんさんなんだけどなぁ。何をどう育て方を間違えたんだか。真さん、あなたを恨むよ。

写真と萌の顔を交互に見ながら、ふと中学の頃を思い出す。


小学生の頃まではいつも俺の隣りにいて「コタローコタロー」って笑ってたのに、中学に上がってから今みたいなクール萌に変身したんだったよな。でも何があってそうなったが全くわからん。んでもってそんな冷たい対応が俺にだけ、という理由もわからん。


俺は中学に入ったからって思春期特有の男子は男子で楽しくやるから女子はあっち行け的な言動はしてないと断言できる。小学生から何も変わってはないと思うんだけど。じゃなきゃ未だに一緒に登校なんてしないよ。


うぅんと一生懸命に思い出してみる。いつから萌があんな態度を取るようになったのか。小学生までは大丈夫、中学…2年くらいか?でも何で?俺にとって中学2年といえば良いことが起きた年なんだけど。

なぜって早希ちゃんと同じクラスになれたからさ!いやぁ、入学式の時に初めて見てから少し気になってたんだけど、まさか同じクラスになるとはね!クラス発表の貼り紙を見たときは一郎と抱き合って喜んだのを今でも覚えてるよ。


そういや萌とクラスが離れたことなかったなぁ…悲しいことに。しかも萌のヤツすぐに早希ちゃんと仲良くなりやがったし。


あっそうだ、その時あかねとクラス別れたんだ!離れたくないぃとか泣きながら抱きつこうとして回し蹴り喰らったんだよね。

あかねは「またすぐ同じクラスになるよ」って予想を立てたけど、全く信じなかった俺は「じゃあ3年になっても違うクラスだったらどうしてくれる!」って叫んで「知らないよ!」って頭を叩かれた記憶もある。


まぁ結局は同じクラスになれたんだけど。それで喜びを表現しようとあかねに飛びつこうとして(以下略)。

早希ちゃんとは3年になっても一緒だったけど、もう彼氏(気取りと思いたい)の野郎がいたからなぁ。


って話逸れた。今は萌がどうして無表情&冷酷非情な態度になったかを思い返してるんだった。

え〜と…中学2年になって、そんでもって俺(と同じクラスになった男子共)が有頂天になって、萌が冷たくなった………理由が思い当たらない!こんだけ考えて一個も思い浮かばないよ!やっぱり守護霊交代したくらいしか思いつかない。


1回でいいから前みたいに笑ってくれないかなぁ、と萌の寝顔を見つめる。

眠っている萌は少し口元に微笑みを見せていた。まったく、どんな夢見てんだろねぇ。


って眠ってる女性の顔をマジマジと見つめてんじゃないよ俺!しかもパンツ&Tシャツで!どんな変態だよ!あぁもう早く退散しよ!そしてさっさと寝よう!


「…消えろ」


またソレ!?あんた笑ってたんじゃないの?微笑みながら言う言葉じゃないでしょ!


「喰らえぇ、ビビりチョップ…!」


とりゃーの掛け声と共に彼女のおでこに向けて手刀を繰り出す。が、全く動じる気配がない。こりゃ爆睡してる証拠ですな。


幸せそうな寝顔を横目で見てみる。

そういやふぁ…の相手が誰なのか聞けず終いだ。ずっと一緒にいた俺が知らないんだからきっと引っ越してくる前だろ。となるとやっぱノブ君なんだよなぁ。好きだったくらいだし、引っ越しちゃうからってノブ君が気を利かせてしてくれたのかも。それが違うならもうなんか誰かと接触事故みたいなカンジでしちゃったくらいしかない。


……接触事故?


え、それって人口呼吸とかも回数に入るの?いやいや、あれは緊急を要する事態だったし、回数には含まれないだろ。ハハハハハ………もしかして、俺?




あれは中学1年の春休み、お気に入りのジュースを秋月邸に持参した頃のことです。一見、普通のパインジュースですが実は微炭酸。あの頃の僕はなぜか微炭酸にこだわりを見せていました。


真さんとおばさんが地方にいて、あと3時間くらいで帰るからそれまで秋月邸にいろと言われてソファでくつろいでいました。

そこへまだ今みたいな冷たい表情じゃない萌がやって来て、パインジュースに心を惹かれます。


「それ何?」


「これ?パインジュース。美味いよ、飲んでみる?」


まだ缶は開けていなかったので、萌は関節き…は免れると思い小さく頷きます。


「炭酸は入ってるけど微炭酸だからさ」


安心して飲めるよぉとプシュッと缶を開けると途端に萌の顔が青ざめました。


「や、やっぱりいい。太郎飲みなよ」


「えぇ?大丈夫だって。何しろ微炭酸だから」


「で、でも炭酸は炭酸じゃん」


「炭酸は炭酸でも微炭酸じゃん」


そんな言い合いを始めて約2分、萌は差し出されたジュースを受け取りました。どうやら覚悟を決めたようです。


「大人への第一歩と思ってグイッといきなぁ!」


「う、うん」


意味不明な僕の応援メッセージが萌の背中を押し、彼女は意を決してそれに口をつけました。腰に手を当てて牛乳を飲むかのごとく…。


「ちょっ、飲み過ぎ!そこはチビチビいかないと逆流するって!」


時既に遅し、萌は真っ赤な顔でパインジュース(微炭酸)を思い切り噴射しました。と同時にその場に倒れてしまいました。


「ちょっマジでぇぇ!?」


パインジュースが全身に降り注ぐ中、僕は倒れた萌を抱き上げようとします。


「い、息してねぇ!」


パニックに陥った僕はなぜか彼女の右の胸に耳を当てて心音を確認しました。が、聞こえるわけがありません。


「たすっ今助けてやるから待ってろ!」


慌てた僕は人口呼吸を試みました。




もしもあれがふぁ…だとしたら?そうなるとやっぱり俺?


あの時はマジで慌てて、飛び起きた萌も一緒になってパニクった。そんで初めて平手打ちを喰らったのもあの時だ。でも半ベソかいてた俺を見てその一発だけで許してもらえた。今なら平手打ち&頭突き&エルボー&…天使か!?


と、とにかくそうなると俺なのか?…ヤバい。晃になんて言えばいいんだよ。「あっ晃、ゴメン俺だった」なんつったら確実に殴られる。


……でも、晃には申し訳ないが俺自身が知りたい。萌はアレをふぁ…と思っているのかどうか。俺?俺は今の今まで忘れてました、スミマセン。


明日の朝に聞いてもいいけど、絶対に母ちゃんが邪魔をする。そして学校に向かう途中で聞くにはあまりに危険だ、一郎が出現する可能性があるからな。そうするとやはり今しかない。


「萌…萌ぇ、起きてぇ」


まずは軽く肩を揺さぶってみる。これで起きてくれたら最高なんだけど、はいムリ。


「萌ぇ、萌ぇ。あなたの大好きな…微炭酸ジュースがあるよぉ?美味しいよ?美味しすぎて鼻から出ちゃ、ごっ!」


「うるさい」


目ぇ開いてる!寝言じゃないよ!


「あー、起こしちゃったぁ?」


「起きろって言ったのあんた」


不機嫌最高潮でのそっと上半身を起き上がらせた萌はぼやけた目で俺を睨んできた。しかし俺はふぁ…の相手が自分かもしれないという考えが頭をよぎり、彼女の顔を直視できない。


「そ、そーね。俺だったね」


「……あんた、なんて格好してんの」


「え?」


忘れてたぁぁ!今の俺すごいセクシーな格好してたよ!起こさなきゃ良かった!殴られる!


「ごっごめんなさい!実はパジャマが見つからなくて!着たいけど見つからないからもしかしたら布団の下にあるんじゃないかと!」


ほんっとぉにすみません!と即土下座。こんなんで許してくれるわけないと思いながらも土下座しちゃうんです。


「はぁ?…とにかく目の毒」


目覚め最悪と呟いた萌は布団を俺へ投げた。それを慌てて受け取り体を覆う。

ホッ、殴られなくて済んだよ、奇跡だ。


「…パジャマないけど」


「え?あっマジ?あ〜そっかぁ。じゃあまだ洗濯してないのかねぇ」


布団から出た萌はそれをひっくり返し、下にパジャマがないかと確認してくれた。

寝起きの萌って意外に優しい。新たな発見だな。


「って萌!なんで俺の部屋で寝てんの?和室に布団敷いてるハズだよ?」


「おばさんにココで寝てって言われた」


「うっそぉ?!」


何言っちゃってんだよ母ちゃん!さっきまで直秀の部屋に寝かせようとしてたじゃんか!どういう風の吹き回し?


「だからってマジで寝なくても」


「行けって背中押されたんだよ……寝るから早く出て行け」


布団は俺が独占してるから、仕方なく毛布だけを頭から被った萌がパタンと倒れ込む。


「あっちょい待ち!聞きたいことがあるんですがぁ!」


「明日でいい」


いやいや、それはキミが決めることではないよ。ちょっ頼むから寝ないで!


「お願いだから!ほんの数分で終わるから!」


「うるっさいなぁ」


マジでどうでもいいことだったら殴ると言い放って萌はもう一度起き上がってくれた。


「なに」


そんな睨まれたら言い出しづらいんだけど。それに何年も前のことだから萌も忘れてるかもしんないしなぁ、どうしよう。


「なに」


「あ〜うん。え〜っと」


「なに」


連呼はヤメて!どんどん言えなくなるから!


「ち、中学の時さぁ…」


「寝るから出てけ」


お願いだから言わせて!


「あのさ!もしかして萌のふぁ…の相手って、僕?」


「…」


び、ビンゴなの?その丸くなった瞳を見ると、やっぱりそうなの?


「…」


「…」


沈黙キライ!でもなんて言っていいかわからない!失敗こいた、やっぱ聞かなきゃ良かった!


「あいや、やっぱ聞かなかったことにして!そいじゃごゆるりと眠ってくださいましぃ!」


「あっ太郎!」


「おぁっ!」


さいならぁ!と立ち上がり逃げようとした瞬間、着ていた布団を引っ張られて顔面から落ちた。

普通に呼び止めることがあなたには出来ませんか?!




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