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第86話 いくつになっても怖いのは怖い

萌だけがあかねと会話を楽しみ、そして勝手に電話を切って俺にそれを投げつけてきました。俺にはもう一言もあかねと話すことが出来ませんでした。あまりの悲しさに、それからは無言で家を目指しました。


「ここでいい」


秋月邸の真ん前にまで来てからそれですか。ここでダメならどこまで行くってんだ。中に入れってのか?

…と、その前にノブ君はいないよな?

萌にバレないよう辺りを素早く確認した俺はホッと胸を撫で下ろす。どうやらいないようだ。それじゃあ帰ろうか!晩ご飯が俺を呼んでいる!


「それじゃ風邪引かないでねぇ」


一条家もすぐそこだから傘はもう必要ない。俺は秋月邸の門が開くのなんて待っていられないと傘を萌に返して振り返る。俺が風邪引いちゃうわ!


「あ、バカ太郎」


「なぜ?」


可愛らしく手は振ってなかったし、変な顔もしてないのに。

わざわざ声を掛けてきた彼女はそれから何も言わず俺の顔をジッと見つめてくる。


「え、なに?」


呼んでおいて何も言わないの?思わず呼んじゃったとか?おいおい、いくら俺がカッコ良いからって……自己満足!


「…また明日」


「え…」


また明日…って、また明日ってこと?いや、それともまた後で?違う違う!…だ、ダメだ!動揺して頭がうまく回転しない!


「あ、あ〜うん。また明日ね〜…」


ハハハと引きつり笑顔を浮かべた俺はそれからダッシュで秋月邸を後にした。





「いきなり『また明日〜』なんて、ビックリするっーに」


大急ぎで家に入った俺はズブ濡れの靴を脱いで綺麗に並べる。当然ながら母ちゃんからの出迎えはない。どうせまた居間でせんべいでも食ってんだろよ。息子のことよりせんべいが大事かってんだ。


ビショ濡れの上着その他を玄関で脱いで脱衣所へ移動、それを洗濯カゴへブン投げる。あっ学生服ってクリーニング屋さんに頼まないといけないのか?と、隅っこに愛用のスウェットを発見した。きっと乾燥機から出して忘れてんだろ。いいや、部屋に行くのメンドイしこれに着替えちゃおうか。


「お母様、ただいま戻りました」


スウェットに着替えた俺はタオルを頭に巻き、居間へ突入した。予想通り、母ちゃんは長イスに寝そべりせんべいを貪り食っている。声を掛けたのにテレビに夢中かよ母上様。ってか「雨大丈夫だった?」くらい言ってよ。


しかしそれは戯言、俺は母ちゃんの前に立とうと思ってやめた。「テレビが見えないよ」って言われそうだから。


「あのぅ、学生服が雨にやられたり泥で凄いことになってしまったので脱衣所に置いときました。洗濯お願いします」


「後でクリーニング屋に持って行きな」


俺が?!


「それはムリですなぁ。母ちゃん御用達のクリーニング屋なんて知りませんし」


「地図書いてやるから大丈夫だ」


さすが俺の母ちゃんだな。ヘリクツをこかせたら日本、いや世界一だ。だが俺も負けてられない。


「じゃあ地図書いておいてくだせぇませ」


「あい」


すごいよね、全くこっちを見ないで話が出来るんだから。ってかチラリくらい見てくれても良くないですか?息子が雨と雷に怯えながら帰って来たんだよ?


(お前は何歳だ)


悪魔さん、何歳になっても怖いモノは怖いんだよ。断言してもいい、俺は大人になっても雷と注射が怖いだろう!


(デカイ声で言うことじゃねぇだろ)


知ってるわ!俺だってお前だから言うんだ、心の中くらいでしかこんなこと言えないだろ。恥ずかしさを共有してくれ。


(あっそ、どうでもいいわ)


雷が落ちて焼けコゲろお前は!


「あ、それじゃ晩メシまで部屋で静かにしてますねぇ」


「あいよ」


だからこっちを……いやもういいや。何を言っても「今忙しいんだから!」で終わる。テレビ見てせんべい食ってるだけだけど。ってか晩メシの準備してる様子が全くないんですけど。こんなんで一条家は大丈夫なのか?




「うわっ、湿っぽい!」


部屋に入ったはいいけど、大急ぎで廊下に転がり出た。

なんだよ俺の部屋!こんなんじゃ布団とかもジメジメして寝るに寝れないよ!ってか一歩も入りたくねぇ!


「入りたくねぇ」


湿っぽい自分の部屋のドアを思い切り閉じた俺は、ハァと溜め息をつく。どうしよ、部屋には戻りたくないし。

あ、それじゃあ暇潰しに『鉄の犬』を見ようかと、チラリと直秀君の部屋に視線を移す。DVDプレーヤーは彼の部屋にあるからね。ってかテレビ自体が俺の部屋にはない。大丈夫、直秀は優しいからイヤだとは言わない!

意気揚々と直秀のドアの前に移動すると、『今だから入るな!』と書いてある紙がちょうど俺の視線に合わせて貼り付けてあった。日本語おかしいだろ直秀!


「仕方ない、クリーニング屋に行くか」


ここに俺の居場所はないと知り、息を止めて自分の部屋に入り掛けてあったパーカーを全速力で掴んで勢いをつけてドアを閉める。


「太郎ぉー!あんたうるさいよー!」


「あぁごめぇぇん!」


何かあったのかいー?とかって言って欲しかった。ドアで手を挟んでたら一大事だよ?せんべい食ってる場合じゃなくなるよ?




「母ちゃん、俺ヒマだから今から学生服クリーニング屋に持ってくわ〜」


「あぁ?まだ地図書いてないよ?」


本気にしてたの?言葉のあやだよお母様。

まだ、というかいつでも母ちゃんは長イスに寝そべり、せんべいを食っている。太っても知らないからね!

脱衣所から学生服を持って来ていた俺は、大事なことを思い出し、お金を頂こうと手を差し出す。


「なんだい?」


「クリーニング代ちょうだい」


「何言ってんだい?そういうのは後払いなんだよ」


「あ、そうなの?」


あんた貧乏なクセにそんなことも知らないのかいと、貧乏なのは俺のせいじゃないのに怒られた。

ダメだ、このままここにいたらクリーニング代は俺が払うことになる。さっさと行くことにしよう。プラスせんべい買って来てとかも言われそうだし。


「じゃあ行って来ま、おわっ!」


雷鳴った!ゴロゴロとかカワイらしい音じゃなくてドギャッ!みたいな音した!やっぱり光も怖かったけど、音もイヤだね!

おわわと慌てふためいていると、何枚目かは知らないけど新たなせんべいを手にした母ちゃんはテレビの音量を上げた。そんなに俺の声うるさかった?


「雷がなんだい。早く行っておいで」


俺は母ちゃんみたいに肝っ玉据わってないんだよ!そんな簡単に言わないでくれ!

学生服を入れた紙袋を大事に両手で持ち、居間を出ようと歩き始めた俺はあることに気がついた。


「明日、俺ジャージ登校?」


「イヤなら中学の頃の学生服あるだろ」


これでも一応は成長してんですけど!





クリーニング屋の場所を大体なカンジで教えてもらい、玄関にあったボロ傘を差して家を出た俺は、顔面蒼白です。雨は全然弱くなってないし、雷も時々ピカッと光る。勢いで飛び出したはいいけど、帰りたい。まだ玄関だけど帰りたい。


「1人って、悲しい」


外に出てまず目に入るのは何と言っても秋月邸。どんだけ豪邸だよこれ。一家3人で暮らすには充分すぎるってくらいデカイ。それに比べたら俺の家なんて物置くらいのデカさだよ…父ちゃんゴメン!


いつまで見ていても秋月邸が俺のモノになるわけはない。ガックリと肩を落としながら紙袋が濡れないように注意しながら歩き始める。


「こわ、こわ、怖くな〜い。こわ、こわ…怖いデス」


作詞作曲は僕です、即興で作ってみました。でも誉めてくれる人もいなければ、サムい目で見てくれる人もいない。


「…」


独り言はこのくらいにして、クリーニング屋を目指そうか。

トボトボと歩いていると突然勇樹の顔が浮かんできた。こういう時に思い浮かぶって、俺はどんだけ勇樹ラブなんだか。


「好きだからわかる…かぁ」


ついでに昨日言われた言葉も一緒に浮かんでくる。それに今日は『僕は秋月さんを諦めない』宣言をしてくれた。ってか俺に言われてもどうしようもないんだけど。俺が萌に「ねぇねぇ!勇樹ってあなたが大好きなんですってぇ!」なんて言ってあげるわけにもいかねぇし。それに学級委員を決めた時、チラリとそんなことを口走って意識が飛ぶくらいにブン殴られた記憶もあるし。


「俺は、どうなんですかねぇ…」


勇樹の気持ちを聞いたとき、はっきり言って彼が羨ましいと思えた。自分の気持ちをああやって素直に言うことが出来るなんて、すげぇ羨ましい。おちゃらけたことはスイスイ言えるんだけど、どうも恥ずかしくてとてもじゃないけど勇樹みたいにはなれないよなぁ。


「萌は……俺が好き?って、ありえないだろ勇樹さん」


どう考えてみても、萌は俺をどうとも思ってなさそう。好きだなんてトンでもない、嫌いの部類に入るだろ。顔を合わせれば「気持ち悪い」、「バカ太郎」、「消えろ」の三拍子だし。んなこと好きなヤツに向かって吐ける言葉じゃないでしょ。いっつも不機嫌そうな顔してるし、俺が何か話しかけても一言で終わらせようとするし。

でも、勇樹はそう思ってないらしい。


「俺、萌のこと何にも知らねぇのな…」


知ってると勘違いしてんだなきっと。いつも一緒にいるからそう思い込んじゃってるのかもしれない。ノブ君のことも知らなかった。まぁ萌のことだからいちいち口に出して言うほどじゃないって言われそうだけど。


でもこれだけは言える、萌は俺を嫌ってる。間違いねぇ。




風で傘をブッ壊されそうになりながら歩き続けていると、ハンバーガー屋に辿り着いた。たしかこの道をさっきと逆方向に曲がればあるハズだ。…母ちゃんの言葉が正しいなら。


「雷来んなよ。来たら…ソッコーで逃げてやるからな」


辺りはもう真っ暗になっていたけど暗闇よりも雷、ピカッとやられないかが心配です。

小走りに近い歩きでクリーニング屋を目指し、横断歩道に差し掛かった。周りはチラホラとサラリーマンとか女子高生が目に入る。よし、大丈夫だ。怖くない。


「よし、走れ俺!」


青信号になったと同時に自分で自分を励まして走る。おわ、泥跳ねた!スウェットこれしかないんだから慎重に行かないと!でも雷は怖い!だからやっぱり走れ俺!


「あ、あったあった!」


横断歩道を渡って角を曲がるとそこにありました。昔からやっていますよと言わんばかりのクリーニング屋さんです。速度を緩めずに目的地までダッシュで行きます!


「こん、こんばんはー!」


ガラリとドアを開け……壊しちゃった!立て付け悪いよこの扉!


「おわっ!」


雷ヤメてったら!


「ひぃっ!」


お化けもいるよ!


「いらっしゃい」


……。


「あ、ど、どうも…」


店内が薄暗かったから勘違いしちゃったよ……おじいさん失礼なこと言ってごめんなさい!

紙袋をカウンターに乗せてからドアの修理に取り掛かる。あかねがいたらすぐに直りそうだけど、ここには俺しかいない。俺、頑張るよあかね!


「っおっしょ!」


ドアは教室のそれよりもすんなりと収まってくれましたよ。ってか軽かっただけなんですがね。


「あぁそれ元々立て付けが悪くてなぁ。ありがとよぉ」


「いや、そんな」


壊したのは俺なんですから。だからお礼を言われると恐縮です。


学生服を取り出した俺は、明日の朝までになんとかなるでしょうかとお願いしたがムリらしく、明日の夕方に取りに来ることが決定した。ってか俺が取りに来るという前提で話を進めていらっしゃるようですね。


「ありゃ、あんた一条さんトコの息子さんかい?大きくなったなぁ、今いくつだ?」


差し出された紙に『一条』と書いたとき、優しそうな微笑みでおじいさんがそう尋ねてきた。紹介が遅れましたが、年の頃は70代前半といったカンジの優しそうなおじいさまです。

よく母ちゃんが父ちゃんの背広とか持って来てるからそれでかな、なんて勝手に納得した俺は「はい」と笑顔で…俺は小学生か!


「今年で17です」


「17歳なのかい?」


そう言っておじいさんは驚いた顔を…俺、何歳に見えますか?なんて聞けない!

ハハハと泣きそうになりながらも笑うことに決めた俺に、おじいさんはしんみりとした表情で呟く。


「時間が経つのって早いモノだなぁ」


「ええホントに。あぁそういえばウチの母親が…」


「ワハハ、そうなのかい?あっちょっと待ってて。外寒かっただろう?いま暖かいお茶でも持ってくるから」


「え?あ、いやお構いなく」


「いいからいいから。そこのイスに座っててくれ」


意外にもおじいさんと話が合ってしまい、暖かいお茶を頂きながら世間話に花を咲かせる。出来ることならこの間に雨が止んで欲しい。雷もどこか遠くへ行って欲しい。


しかしそれは淡い期待、窓の外に視線を移すが雨は一向に止む気配はない。ダメか、諦めて帰りるしかないか。


「あっそれじゃ俺はこれで…」


「おぉそうか?悪かったなぁ、年寄りの世間話に付き合わせて」


「いえ、楽しかったですよ」


そうかい?と笑顔を見せてくれたおじいさんに「代金は明日でいいからなぁ」と告げられた俺は頭を下げ、傘をギュッと握り締めて戦場へと旅立とうと立ち上がる。雨よ、俺の所だけ降るな!


「それじゃお願いします」


「気をつけてな」


ドアを壊さないよう慎重に開けて、雨がさっきよりも勢いを増していたことに愕然としながら外に出る。

どんだけ降るんだよ。これじゃあ明日はイカダかヨットで登校しなきゃいけないんじゃない?…それはそれで面白そう!


「雨ヤダ雨ヤダ〜」


帰ったらてるてる坊主を吊そうと決心してヒドイ雨の中を歩き出す。うわっ、また泥跳ねた!もうヤケじゃ!こうなったら走るか!?


のぉぉぉ!と来た道を走り抜ける。ってまた赤信号かよ!勢いに乗ったトコで止めないでよ!


「早く変われやボケェ」


信号に文句を言う人がここにいました。そう、僕です。自分でも驚きの行動です。


「一条君?」


信号がやっと青に変わり全力疾走しようとした瞬間、何やら俺を呼ぶカワイイ声が聞こえた。俺を『一条君』と呼ぶのは勇樹以外にいないハズなんですが。女子だってみんな『一条』だし。

誰?と振り返った先に、赤い傘を差した見たことがある少女が立っておりました。


「あれ?………三井?」








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