第84話 相合い傘は友情の印
「一条君!」
萌を追って全速力で1階に辿り着くと、どこからともなく可愛い声が聞こえてきました。声だけで華奢な体つきだというのがわかるよ勇樹君。
萌が玄関の方へ消えて行ったのを確認して振り返る。まぁ雨降ってるし、萌のことだから俺が行くまで待ってるだろ。どうせ傘貸せとか言うだろうし。
振り返った俺は伊藤先生との対談を終えたらしい勇樹を見てコイツ、可愛いと驚く!…まぁそれは置いておいて、彼は事もあろうに俺へ向かって突然頭を下げてきた。ってヤメて!俺がやらせてるみたいだから!
「ちょちょちょっ勇樹!頭上げて!」
みんな不審に見てるから!こんなか弱い男の子に頭を下げさせるなんて!って目で睨んでるから!
勇樹の両頬に手を添えて顔を上げさせる。…ヤベッ勇樹カワイイんですけどぉ!上目遣いヤメてぇ!
「いや、さっきはゴメンね。呼び出したのは僕なのに」
「王子はそんなこと気にしちゃダメよ!堂々と構えてないと!」
「え、いや…うん」
なんて返答していいかわからないみたいだな。意味不明な発言してゴメン。
走ったからか息が上がっていた勇樹は2回ほど深呼吸する。そして毎度お馴染みの辺りをキョロキョロが始まった。
「萌なら先行ったけど?」
勇樹の質問を待たずに答えてあげると、心を見透かされたと思った彼は顔を真っ赤に染めて下を向いてしまった。
くそっ、カワイイ。
「あっそーだ。勇樹、傘持ってきてる?」
「え?傘?うん、鞄に入ってるよ?」
「……そっか」
「え?どうしたの?」
いや、勇樹と相合い傘で帰れたらどんだけ嬉しいかなぁ、なんて思っただけで。…なんて言えない!引くに決まってる!
いや、言っても大丈夫だ!でも待て!と、悪魔も天使もいないのに葛藤を繰り広げていると、勇樹は不思議そうな表情で俺の顔をマジマジと見つめてきた。
ってやっぱカ〜ワ〜ウィ〜ウィ〜!……消えろ俺!
「あの、一条君?校門まで一緒に帰れるかな?」
「え?あ、いーよいーよ、お供しますとも!……あ、萌もいるけど、いいかしら?」
「え?あ、うん」
あかねに言われた通りにしないと後々が怖いからな。絶対に明日、「おはよー。…太郎、あんた昨日ちゃんと萌と帰った?」って聞かれると思うし。しかもめちゃくちゃ聞き取れないくらいの小声で。そして「え?何が?」とかって聞き返した瞬間、タックルを喰らう。
笑顔の勇樹を見て少し考えてみた。タケちゃんの話が本当だとすると、(俺の)勇樹は今の今まで伊藤先生と何か話し込んで帰りのホームルームにすら出て来なかった。ってか伊藤先生はホームルームの時にはいたんだよな。う〜ん、何も聞かないで的なオーラを発してるから聞くに聞けない。
勉強のことか、それとも学級委員長として何か手伝わされたのかどっちかだろ。と勝手に決めつけた俺は勇樹の肩を抱いて2人で仲良く玄関へレッツゴーした。一回でいいからセーラー服を着てみてください。そして肩より少し長めの黒髪ストレートヘアーにしてみてください。
夢を見てごめんなさい。
「あぁところで勇樹」
靴にガビョウが入っていないか確認してから履いた俺は、まだもたついている勇樹に話しかけてみた。わぁ革靴だ、いいなぁ。俺なんて一年生の時に自分で買ったスニーカーだよ。穴が開いてるから雨がどんどん入ってくる。
「うん?」
「屋上で何を言おうとしてた?」
そう聞いた俺はロッカーのドアを思ったよりも強く閉めてしまったため、耳をつんざくばかりの音が辺り一帯に響いた。そして生徒の冷たい視線。俺だって被害者だからね!加害者だけど。
あっと息を飲んだ勇樹は「うん…」と小さく返事をするといそいそと外靴に履き替える。
あそこまで真剣な顔で何か言おうとしてたんだから、ちょっとやそっとの事じゃないだろな。とすると、やっぱり告白しようとしてたのか?でもそれだとやっぱ俺、いらなくね?
玄関には萌の姿はなかったが、それはまぁ別にいいとして、今気になるのは目の前にいる勇樹ただ一人です。見てよこのどうしようかなぁみたいな顔。マジでギュッと抱き締めたい衝動に駆られるんですがね!
いいの?いいのね?と手を伸ばそうとした俺は、勇樹が突然真剣な表情になったのを見て止まった。
「昨日のこと、なんだけどさ。ほら、帰りに…」
「帰り?あ、あぁ」
『好きだからわかる』という名言を残した時だな?大丈夫、俺は昨日のことは全て覚えているよ!
どしたぁ?と聞きながら玄関を出ると、まだ雨は降っている。そして萌の姿が見当たらない。……まぁそれは置いておいて。
アレ?また雨強くなってる。こりゃさっさと帰った方がいいね。
「僕、秋月さんは一条君が好きだって言ったよね」
「えぇ?い、言ったっけ?」
ヤベッ俺が覚えてんのって、ふぁ…の相手のくだりだけなんだけど。そして勇樹は高瀬に腹を立てて…違った?
「僕、塾に着いてからも考えてたんだ。秋月さんは一条君が好きで……でも、それでも諦められなくて」
「ちょ、ちょっと勇樹?萌はそう思ってないかもよ?」
それは萌は俺のことが好き、という前提で話を進めてるよね。でもそれは違うよ?もう出だしでコケちゃってるよ?
「一条君、秋月さんを見ててわからない?」
「なにが?」
「……あ、いや。そうじゃなくて、僕が言いたいのは…」
それからまた口ごもってしまった勇樹だったけど、意を決したように顔を上げた。
「僕は、やっぱり秋月さんが好きだ!」
「いや、知ってるけど…。ってか声デケェよ勇樹!」
「だから昨日言ったことは忘れて!」
「何て言ったっけ!?」
「それじゃあ!」
「待って!」
ちょいー!と叫ぶ俺を背に、勇樹は傘も差さずに学校を飛び出した。ってか一緒に校門まで帰る約束はどうしたんだよぉぉ!
彼の背を見つめながら昨日何を言われたかを一生懸命に思い出してみる。けど、あまり覚えていなかった。ただ勇樹のマツ毛がとっても長いということだけは頭に入ってるんだけど。何て言われたか全く覚えがない……俺のバカ!
「……まぁ明日詳しく聞けばいいか」
一人で悩んでても仕方がない。萌いないし………よし、あかねの姿もない。先に帰っちゃったって言えばあかねも納得してくれるだろ。
「一人楽しく帰りましょー」
楽しくない確率100パーでロッカーに入っていた折りたたみ傘を広げて…ってかホネ折れてるし!折りたたみの傘って風でバッキバキになっても、「えいっ」ってやったら元に戻る代物じゃなかったっけ?そう思っていたのは俺だけ?
何で壊れているんだ?と考えてみる。
あ、そういえばこの前、学校行く途中に雨降って、そんでもってヤケクソで一郎とチャンバラごっこして………壊してた。それで持って帰ったら怒られそうだって事で、ロッカーに隠してたんだったな。あっあかね、その時あの子も一緒にいたな。だからロッカーに傘があるの知ってんだ。ラブレターとか以前の話だったよ。……悲しい。
折れた傘を差して歩き始めた時、肩を叩かれた。そしていい匂いが俺の鼻へ。
「って高瀬ぇ!?」
ちょっとお前!何をさも当たり前のように隣りに来てんだよ!ってか相合い傘になってるって!
「あ〜ちょうど良かった!」
悪びれる様子もなく高瀬は肩を合わせてくる。いや、俺はいいんだよ?でもね、妙なウワサが持ち上がったらどうするの?俺、天狗になっちゃうよ?そして一郎にドロップキックとか喰らわされるよ?
って言ってる場合じゃない!
「ちょうど良くないっつーに!何で俺の傘に入ってんだよ!」
「だって前にいたから」
「だからっておまっ…あ、そうだ。キャロットパン奢ってくれた人の傘に入れてもらいなさいよ!それがいいわ!」
俺は楽しい学園生活を送りたいんだ。萌と一緒に登校してるクセに高瀬までぇ?!とか思われたくないの!ほらほら、何か男子生徒の視線が痛いんだって!「お前、覚えてろよ!」みたいな視線の的になってるって!
「聞いたけど傘持ってなかったんだもん」
「だもんって…」
勇樹の次はあなたですか?ちょ、腕を掴まないで!いい匂いしてるって!勘違いされるって……思い違いも甚だしいって!
「萌と一緒に帰らないの?」
「今それ言いますか?……いや、一緒に帰るつもりだったんだけど」
高瀬と一緒に辺りを見回してみるが、いない。傘も差さずにダッシュで帰ったのか?それとも真さんが迎えに来たのかしらねぇ。
「いないじゃん。それじゃ家までお願い」
「何で?!」
何が「それじゃ」なの?あなたそんな図々しい子だったっけ?
「だってどうせヒマでしょ?」
「勝手に決めつけないで!……ヒマだけど」
「じゃあお願い」
「…あのさ高瀬。あなた勘違いされてもいいの?変なウワサが立ってもいいのね?」
俺と、っていうか俺という男と相合い傘で帰るということがどういうことかわかって言ってんだよね?ウチの学校って、意外とウワサが広まるの早いの知ってるでしょう?
いいの?いいのね?と確認すると、高瀬さんは大口を開けて笑い出しました。それはそれで何か酷くない?
「アハハハ!有り得ない、有り得ないって一条ぉ!」
「イタッ!」
わかったから思い切り背中を叩くのだけはカンベンして!絶対にモミジが出来上がってるよこの痛さは!
まだ「アハハハハ!」と笑い続ける高瀬と背中をさする俺を見ていた下校途中の生徒達は「あぁ、あれは違うか」という視線を向けてくる。誤解が生じなくて良いけど、その冷めた目線だけヤメて!
マジ痛いって!と、マジ有り得ない!と叫ぶ俺達は気がつくと一緒に校門を出ようと歩いていた。いつの間に高瀬の家まで送ることになってんだ。
でもいいね、なんかこういうの。青春の1ページみたいなカンジだよ。
なんてフラフラと夢心地で歩いていると、突然高瀬に腕を引っ張られ立ち止まった。ってか肩が脱臼しそうな勢いで引っ張らなくても!
「ど、どした?」
引っ張られた衝撃で傘がブレてしまい、高瀬に雨粒かかりそうになったのを必死にカバーする。俺は別に濡れても平気だけど、ってかもう微妙に濡れてるからいいんだけどさ。
「あれ、萌じゃない?」
「え?」
今は萌の名を聞きたくねぇ……あっホントだ。
校門を出た辺りで前には萌と思われる背中を見つけた。そして、彼女は雨に濡れることなく歩き続けている。………というか。
「誰と相合い傘してんの?」
「…俺に聞かないで」
萌はある男と相合い傘をして歩いていた。傘のせいで顔が見えなかったけど、間違いなくあれはノブ君ですね。高瀬に言ったら「じゃあ彼氏だ?」って笑顔で言われるからここは敢えて言いません。
「彼氏かな?」
「……いや、どうかな。萌はそう言ってなかったけど」
「何で?ってやっぱ一条、あの人が誰か知ってるんじゃん」
「うげっ」
やはり私は正直者なのですね。
しかしそれについて彼女は俺に何か質問をしてくるというわけでもなく、俺達は萌とノブ君が角を曲がって姿が見えなくなるまでその場に留まった。
「そういえば萌さぁ、午後からいきなり機嫌悪くなったよね」
雨足が強さを増す中、やっと歩き始めてすぐに高瀬がそう言った。あかねに何でもいいからまず謝れとか言われたよ、と返すと小悪魔のような笑みを浮かべた彼女は俺の腕をがっしりと掴んで…って緊張させないで!
「やっぱ屋上で何かしたんだ?」
「してないっつーに。ってか屋上のこと誰に聞いたの?」
「あかね」
聞くまでもなかったか。
あかねめぇ、いらないこと言いやがって。後で…え〜っと、あ〜、アレだ。え〜……大好きだ!って言ってやる!
でもそんなこと口走ったら返り討ちに遭いそうだな、なんて思っていると理解しかねる発言が飛んできた。
「何もしてないなら、どうして?」
「…俺が聞きたい」
俺だって意味がわからないのよ。上着貸してあげてさ、そのお陰で雨にも濡れずに済んだってのに。
ふぅん、と小さく呟いた高瀬はそれから考え込むように俺から手を放して腕を組んだ。
「もしかしてさぁ、萌に何か言われた?」
寒いとか早くとか?ついでに蹴られたりしたけど?……これは関係なさそうだから却下だな。
「あ、そういや…あかねのことが好きなのか、とか何とか」
「それで?」
「え、好きだけど?って答えた」
「……一条ってさ、バカ?」
「バカ?」
そんな言葉が返ってくるとは思ってもなかった!いきなり面と向かって俺をバカと呼べるヤツがまだここにいたか。
「その好きっていうのは恋愛感情じゃないでしょ?」
え、何を突然言うんだこの子は。ちょっ、笑顔で言わないでくれない?
どうなの?という顔でいる高瀬は脇腹にヒジでグリグリ攻撃を仕掛けてくる。ちょっと今考えるから待って!
確かに俺はあかねの事が好きだ、大好きだ!…でもそれは恋愛感情のそれとはまた別の話なんだよなぁ。男女の友情なんて有り得ないって話はよく聞くけど、俺はあかねをそういう目で見たことないし。……まぁ美人だからドキッとすることはよくあるがね。
なんつーか、あかねって母ちゃん、いや姉ちゃん?みたいなカンジするんだよ。一緒にいて楽しいし、話だって合う(合わせてくれる)し。
「あかねとは男同士の友情を感じてますよ」
「それ、あかねに言っていい?」
「ダメ!お願い言わないで!」
男なんつったら間違いなくぶっ飛ばされる!それでなくても凶暴な両手両足を持ってんだから!
傘を持ちながら器用に両手を合わせてそれだけはヤメてと拝む。
必死に頼んだのが良かった。高瀬は俺の真剣な表情を見てニコッと微笑む。ってか間近でその微笑みは卑怯じゃない?一郎なら速攻で抱きつこうとしてるよ。そして思い切りビンタ張られる。
「じゃあ恋愛感情とは違うって、ちゃんと言わないとね」
「誰に?」
「萌に」
「何で?」
「バカだね」
またバカ言われた、しかもバカって言われそうにない場面で。ってか何で誤解を解かなきゃいけないの?ただ単にあかねのこと好きなのかって聞いただけじゃないの?勝手な解釈して萌に誤解だよなんて言っても「は?死ね」とか言われそうじゃん。
「あ、そーだ高瀬。お前ウソ教えないでよ」
そうだそうだ、忘れてた。萌のふぁ…の相手は勇樹じゃなかったんだ。ちゃんと叱ってやらなければこの子のことだ、誰かに聞かれたら「うん、佐野みたい」とかってフツーに言いそう。
「ウソ?」
「萌のふぁ…の相手、勇樹じゃなかったわよ」
「え?ウソ!?」
「だからウソだって!」
なんだ?ヤケに話が通じないな。
「え〜マジで?萌ってば積極的だなぁ、なんて思って見てたのに。なぁんだそっかぁ、つまんない」
つまんないって…。萌のヤツ高瀬に言ってなかったんだ。「ウソ言ってんじゃねぇよ!」とかって一発ケリ入れてもおかしくないんだけど。……あ、それは俺にだけか。
相合い傘継続で歩き続けて早6分、表通りに出た。雨が降ってるせいかいつもより人は少ない。もうすぐで常連になりつつあるハンバーガー屋なんだけど、ってか俺高瀬のこと送ってるよ!方向真逆なのに送ってあげてる!っくそ、魔性の女の魔法にかかってしまっている!
「あ、そうだ一条。ハンバーガーでも食べて行く?」
「丁重にお断り致します!金欠で仕方ないんですよ!」
うん!なんて言ったら奢らされること必至ですからね。あなたの心は読めるのですよ。
え〜行こうよ〜と腕をグイグイ引っ張る高瀬さんにマジでドキッとさせられそうになりつつイヤよ!と断固として拒否する。昼にあんこ三姉妹を買ったからもうお金ないの!
「そんなこと言って〜。萌に見つかったらヤバイとか思ってんでしょ?」
金欠なんてウソでしょ、と言って欲しかったがムリでした。ってか見つかっても別にいいんだけどさ。
何だかんだ言ってやっぱりそうなんだ〜とニヤニヤ笑う高瀬に内心ガックリしつつも歩くのを止めるわけにいかない。止まったらハンバーガーを食う、というか奢ることになる!
さっさとハンバーガー屋から遠ざかりたい俺は腕を掴まれていることすら忘れてズンズン突き進んでいく。さっさと高瀬を送ってさっさと帰ろう!
ガンガン歩く俺につられて高瀬も同じ速度で歩き始めるが、何かを発見したらしくビタッと立ち止まった。
「一条……あれ」
「なに?……あ」
高瀬の視線の先にいるのは………杉なんとかじゃねぇか。ゲーセンの前で何やってんだ?また学校サボってゲーム三昧?ってか雨に濡れてビショ濡れじゃないの。もしかして、待ち人来ず?ってまぁ、俺が気にしても仕方ないか。
気にしないで行くよ、と歩き始めようとするも高瀬は全く動かない。またか、また動いてくれないのね。引っ張ってでも行くけどいいわね!?
「行くよ高瀬!」
「あ、こっち来る」
「へ?」
高瀬の言葉につられて見てみると、杉なんとかは一歩一歩、確実に近付いて来る。ってか歩き方おかしくない?何でフラッフラしてんの?揺れながら歩くなんて常人には出来ないよ。
行こうにも高瀬に腕を掴まれて身動きが取れずにいると、杉なんとかは微妙な目つきで近付いて来た。
杉なんとかを目の前に、高瀬に(どうすんだよ?)とアイコンタクトを送るもスルーされる。ってかあなたとアイコンタクトしたことなかったからムリだったね。
「え、えっと……杉なんとか、サボり?」
何でもいいから言わないと!と思って出た言葉がこれです。そして高瀬に睨まれたのは言うまでもなく、しかし対抗して(じゃああなたが何か言えばいいでしょ!)と視線を送るもやっぱりスルー。
「一条先輩って、きょ……高瀬さんと付き合ってんですか?」
「つ、付き合ってないけど…?」
「…じゃあ何で、腕組んでんスか?」
「……お前に関係あるか?」
何でそんな凄んだ目つきしてんだお前は。今にも獲物を狩りそうな表情だな。ってか雨降ってんのに傘も差さないで何してんだ。
無言になってしまった杉なんとかを見つめていた高瀬は、クイと俺の腕を引っ張ってきた。そして(行こう)とアイコンタクトを……送れるんかい!じゃあ俺が送った時も返事出来たよね?
「俺と高瀬は親友と書いてマブダチと呼ぶ。誤解するんにゃ……するんじゃない」
最後がどうしても決まらない!だから俺は二枚目になれないんだ!
マズったか、としかめっ面をしてみたけど高瀬も杉なんとかも何も言葉を発しない。俺の言葉なんて誰も聞いちゃいない。
「あの…無視しないでくれます?」
「…高瀬さ、恭子!やっぱり俺、お前が好きだ!」
俺を完全にスルーして衝撃的な発言ありがとう!でもダメ!昨日さんざん言われたでしょ!
俺の考えは間違ってはいなかった。高瀬は興奮気味の杉なんとかを凝視したと思ったら深〜い溜め息をつき、冷めた表情を見せる。
「無理って言ったじゃん。私は新しい恋を探すって決めたの。だから無理」
「俺じゃ、俺じゃダメなのか?」
「うん、無理」
笑顔で言うことじゃないでしょ高瀬ぇ!しかも無理の『り』ってトコで思い切り笑顔を見せてくれたよ。
「杉原もさ、新しい恋探したら?いつまでもウジウジしてたらカッコ悪いって」
何をどうしようがもう高瀬の心は決まってるみたいですね。潔く諦めるのが漢だ杉……原。
諦めきれないのか、杉…原は必死に食い下がろうと口を開きかける。が、結局何も言えず俯いてしまった。
そうだとも杉原、何事も諦めが肝心だよ。
「行こうか高瀬」
「あ、うん」
それじゃ風邪引くんじゃないよと付け加えてその場を去ろうと歩き始める。まだこっち見てるっぽいけど振り向かない方がいいよな。
傘貸してやってもよかったけど、それだと高瀬が雨に打たれることになるし、杉なんとかと相合い傘で帰りなさいだなんてことも言えないし。スマン杉なんとか!ダッシュで帰ってくれ!
「私達って親友なの?」
ハンバーガー屋を過ぎた辺りで、杉なんとかのことはとうの昔に忘れた高瀬に質問を受けた。あなたはポジティブもいいところですね。その前向きなカンジ、嫌いじゃないわよ。でも返答に困る質問だね。
「親友、と思っているのはワタクシだけ?」
「うん」
「はやっ!」
返事早いわ!ちょっとは考える素振りをお願い!
「杉原のヤツ、絶対に勘違いしてるっぽかったじゃんか」
「うん、そうだね。まぁ私は別に勘違いされてもよかったけど?」
「…」
なななななんてことを!純情少年の心を弄んで面白いか!?それでなくても腕組まれてる時点で勘違いを起こしそうだってのに!頼むからこれ以上俺で遊ばないで!
「あ、ダメだ。一条には萌がいるんだったね」
テヘッじゃないよ!いきなり天国から地獄へ突き落とされた感覚に陥ってしまったわ。
ちゃんと誤解を解かないとねぇ、なんて高瀬は俺の腕を引っ張って笑う。解くのはいいとして、誤解が生じるとしたら今じゃないの?
と、考えながら歩いていると、背後から殺気を感じた。この凄まじいまでの殺気は振り返らなくてもわかる。萌だ。
「…」
ほらね、やっぱり萌でしょ。ってか何で傘を差さないで持ってんの?
振り返った先に、雨に濡れてビショビショの萌が突っ立っていた。その壮絶な表情に一歩後ずさったのは内緒でお願いします。
ふと横を見ると、高瀬も笑顔を凍らせて萌を見て固まっている。が、それは一瞬のことですぐにいつもの表情に戻すと、俺から傘を奪って萌の元へと駆け寄って行った。
って俺雨に打たれてるよ?
「萌どうしたの?ビショ濡れだよ?!」
ササッと萌の頭上に(俺の)傘を差す高瀬。でも萌はそんな優しさ溢れる彼女に目もくれず、俺を真っ直ぐに見据えている、というか睨んでいる。
「あの、萌?」
3人で傘に入ることは不可能、だから屋上でやった『上着を傘にしましょう!』を再度実行した俺は、恐る恐る口を開いた。
「…」
睨まれもわかんねぇって。ってかお前はノブ君と楽しく下校途中だったクセにこんなトコで何をしてんだ?忘れ物か?
「きょ、恭子…」
「え?なに?」
睨んではいるがどこか元気のない声で萌はやっと言葉を発する。ってか俺が話しかけたんだからさぁ、頼むよ。
「太郎に、家まで送ってもらうの?」
「え?違うよ?」
おいおい高瀬ぇ!どっからどう見ても送ってんじゃんか!変な気は使わなくていいから!
「ここでお姉ちゃんと待ち合わせしてるの。それで一条がこっちに用事があるって言ったからここまで一緒に来ただけだよ」
え、そんなこと一言も言ってなかったじゃんか。ってか俺もそんなこと言った覚えない。
肩でゼェゼェ息をする萌は俺を一瞬だけ睨むと、なぜかホッとしたような顔を見せる。って睨む必要はあったの?
「それじゃありがとね一条。あ、そーだ。お姉ちゃん来るまで雨に濡れちゃうから傘貸して」
「や、ヤダよ!それじゃ俺が濡れる!」
「萌に入れてもらいなよ」
傘は既に高瀬が持っていた為、取り返すことは出来ない。無理に奪おうとして「きゃー!」とかって叫ばれたら、お巡りさんが猛ダッシュで飛んで来そうだ。
あなたを恨むわ!と高瀬を少しだけ睨むけど、彼女は笑顔で手を振っている。
「イデッ!」
雨に打たれながら悲しく突っ立っていると、萌に傘で攻撃された。しかもヒザを思い切り叩かれた。ホネ折れても知らないからね!…あっ傘のホネじゃなくて俺のヒザの骨だからね!
それからボンッと傘を広げた萌は「それじゃまた明日」と、高瀬に笑顔で挨拶をすると勝手に歩き始めた。
ってか待って!俺を置いて行かないで!
「高瀬!あなた明日マジでキャロットパン奪ってやるからね!」
「明日はお弁当持って行くから〜!」
なんてこと!




