第82話 水も滴る何とやら
萌に上目遣いでガン見されている僕はまったく動けずに固まっています。
バッチリ目が合ってるのにも関わらずお互い何も言わない。あっ俺の場合は「言わない」じゃなくて「言えない」なんだけど。…別に強調しなくてもいいよね。
こうして見つめ合ったまま何分が経ったでしょうか。腕はガッチリ掴まれてるから離れようにも動けないし。一体私にどうしろと言うの?
「あ、も、もう授業始まっちゃうわねぇ…」
気を紛らわせようとオネェ言葉を発してみる。でも彼女はジッと俺の顔を見て何も返事してくれない。
スルーされてんのか?いや、でも俺と目が合ってるしな。……目を合わせながらもスルーする技術を会得してたのか。
と、とりあえず何か返事をもらおうか。萌の興味がありそうな話題を振れば食い付いてくるよね?
(お前にそこまでの教養はねぇ)
てめっ悪魔!バカンス中じゃなかったのか!?ってそんなこと言うなら気の利いた小話でも持ってこいや!
(…昔々あるところに)
消えろ!
あぁもぉ悪魔のせいで無言になっちまったじゃんか!そんなガン見されても困る!何を言っていいか全くわからないんですけど!
背中にどっさり冷や汗を背負いながらもチラリと萌を見る。そしてまたバッチリと目が合う。マジで誰か助けてほしい。
照れ隠しにエヘッと笑ってみたり、それがダメなら眉根を寄せてみたりしたけど全然効果ナシ。ツライ、見られるって辛いわ。
「…」
こうなりゃ勢いに乗って顔とか近づけてみるか?「腐る!」とか言いながら離れてくれそうだ。
「…………」
ムリムリぃ!ヘッドバッド喰らいそう!
マジで何をどうしたら離れてくれるの、どんな拷問だよこれぇ!と、思い切り髪の毛をクシャクシャにしたい衝動に駆られていた俺に次の試練が舞い降りた。そう、雨粒がポツリと顔に当たったんです。
この寒さの中で雨とは、神様は俺に風邪を引けと言いたいのですね!?
「うわっ雨かいぃ、イデッ」
屋根なんてないし雨を凌げないってのに降るなよ!
立ち上がろうとした瞬間に頭をドアノブに強打したのはスルー希望でお願いします。
「萌も座ってないで立ってぇ」
雨が強くなってきたってのに座ってたら2人ともビショビショになっちゃうでしょうよ。水も滴る…とか言ってる場合じゃない!
「…このままでいい」
「このままって、このままぁ!?」
私はイヤよぉとブリっ子並に首を振ってみる。
いっ痛い痛い!腕が引きちぎられそう!このクソ寒いのにぞうきん絞りはヤメてよ!
「ちょっ、一回、放してぇぇ…!」
何とか萌から離れようと試みる。おい、こんなに俺が必死になってんのに、この子はどうして顔色一つ変えないでいられるの?俺ってそんなに非力?
「はなっ……もっ……!おわぁっ!」
いきなり放すヤツがあるかぁ!ドアに思いっ切り後頭部ぶつけたよ!これが常人ならば血ヘド吐いて倒れてるよ?石頭だった俺に感謝しろ!
鉄製のドアはさっきも確認した通り、とっても固くて痛かった。目ん玉が飛び出すほど痛かった、バチコンよりも痛かった。
「いきなり放さないでよぉ…」
涙がちょっと頬を伝ったけど、それは雨だと思い込んで立ち上がる。
そりゃ放してとは言ったけど、何も言わずにパッはないでしょうよ。
「いづづぅ」
「…」
大丈夫とも聞いてくれもしないんですねお嬢様。…やっぱ勇樹の言ったことはウソだ。俺のこと心配なんてするわけねぇ。ドッジボールのとき俺の手を握ってたのは絶対に憎らしかったからだ。指の骨を全て折ってやろうって算段だったんだ!
「ふぁっ、ふぁ…ばっくしょぅおぇい!…あぁもぉマジで立ってください!」
雨足が強くなってきたせいで寒さも激増だ。
勢いのついたクシャミしたから首の骨をおかしくしてしまった俺は、痛みに耐えながらも萌の腕を掴んでムリヤリ立たせる。あなたが風邪を引いたら真さんに怒られるのは僕なんですよ!
「早く何とかしないと風邪の子になる!」
ヤバイヤバイと、ドアをそりゃもう必死に必死で開けようと頑張っている俺の後ろで、私は関係ない的に萌はボーッとドアを見ている。そして何を思ったか手の平で数滴ほど雨粒を受け取った彼女は、それから物思いにふけったように空を見上げた。
ちょっと手伝ってよ!と言おうとしたけど、そんな彼女の行動に思わず口をポカンと開けて魅入ってしまった。
何かドラマのワンシーンを見ているような、そんな雰囲気を彼女は醸し出していた。
うお、何か……何なの?何でドキドキしてんの?えっ萌だよ?目の前にいるのは早希ちゃんじゃなくて、あかねでもない、萌だよね?何でドギマギしてんの?
ボーっと萌を見てしまっていると、突如に足を踏まれた。
「ボーッとしてないで、早くドア壊せバカ太郎」
「ちょっ…」
俺のときめきを返せぇ!
一瞬でもドキドキした私がバカでしたよ。ってかそんな憂いを帯びた顔して言うな!表情とセリフが合ってねぇんだよ!どんだけ器用だあんた!
俺だって頑張ってるからね!とか言いつつも俺はチラリと萌を見てしまう。髪が濡れているせいか、いつもよりも大人っぽく見えてしまうのは気のせいであってほしい。
ってやばい、晃の言いたかったことがわかる気がする。……『萌ちゃんの秘めたる美しさ』?ってヤツ?
ってか秘めるな!出来ることならば常に出しておいて!
なんてアホなことを考えていると、なぜだか知らないが後ろから思い切りローキックを喰らわされた。やっぱり前言撤回の方向でお願い致します!
「寒いからって俺に当たらないでもらえますぅ?!」
雨に濡れて、手も痛くてプラス蹴られてこれじゃ頑張る意欲もなくなるわ!
「早く。寒い」
「俺の方が寒いし!」
「…早く開けないと学生服のボタン全部むしる」
「何で?!」
あっさりと怖いこと言うな!第二ボタンは卒業式の日に使うんだから大事にしなくちゃいけないの!
………え、ちょっと待って。
「も、もしかして萌さん、あなた第二ボタン欲し…」
「いらない」
ちょっとは考える素振りくらい見せて!速攻で答えられたらなんだか悲しいから!
むしり取られたくないなら早く、とせっつく萌に蹴られながらドアノブと格闘する。
ダメだ、ムリだ。雨のせいでノブがツルツル滑る。拭こうにも俺のハンカチは洗濯中だから家にあるし、あかねにもらったタオル……あっ借りたタオルも洗濯中だし。萌は貸してくれないだろうし。
「カギでも掛かってんのかなぁ?」
雨が段々と強くなる中、寒さに震えながら後ろを振り返る。見ると萌も寒そうに肩を上下させているのがわかった。
「あぁもう一郎!親友が一大事なのに何してんだあの野郎は!ずっとテレパシー送ってんだから気付けよバカ一郎ぉぉ!」
まさか萌に八つ当たりするわけにもいかないので、ここにはいない一郎に犠牲となってもらうしかなかったんです。
「あっ」
一郎、という言葉に何かを思い出した萌が、俺を蹴った。
「イタッ!何で蹴るのよ?」
「ムカついたから」
「…」
泣いてもいい?という表情を見せる俺に対し、「勝手にすれば」という視線を送ってくれた萌は何も言わずにケータイを取り出した。
あっそうか、あかねにSOSを送るんだね?
そうかそうか!を連呼する俺にもう一度キツイ視線を送った萌は(多分)あかねに連絡を試みた。頼むあかね、授業中だろうが何だろうが関係ない!お願いだから出て!
「…………あっあかね?うん、実は今屋上にいるんだけど……」
『屋上?あんた達何やってんのさ!?』
うおっあかねの怒号が俺にまで聞こえてくる。マジで声デケェ。って『あんた達』ってことは俺もいるってわかってんだね。
耳元であかねの大声を聞いてしまった萌は、苦しそうな表情を見せるも屋上で遭難しているという旨を伝えると電話を切った。
「耳痛い…」
そう言った彼女は右耳を押さえる。まぁそりゃあんなデッケェ声で叫ばれたら痛いよね。うるさいじゃなくて痛いだよね………俺じゃなくて良かった。
「痛いぃ!何で蹴るのよだから!」
「今自分じゃなくて良かったって思ったろ」
「え…」
あなた、読心術まで会得したの?ってか蹴ることないだろが、口で言えばわかるのに。
うぅん、まぁドアノブはあかねに任せるとして、まずは雨をなんとかしなけりゃいけないな。って俺がどうにか出来る代物じゃねぇ!
「あ〜雨もういらないって!」
もうちょっと軽く降ってくれても誰も怒らないよ?そんなに自己主張しなくても雨だってわかるっつーに!
文句を言っても雨は止むどころか強さを増してくる、というのに俺はワイシャツ一枚。
あまりの寒さに耐えられなくなった俺は、萌に怒られるとマズイので小さくクシャミをした。そして小さく鼻を啜る……そこまでご機嫌を覗わなくちゃいけないの?
「寒いの?」
クシャミに気づいたか、萌が暖かそうな表情で近付いて来る。え、ちょっと近付きすぎだよ。雨に濡れた俺に惚れちゃダメ……ハイ妄想!
「あ、いや、まぁ…寒い、ですけど」
なんつってもあなたのことだ。「バカは風邪引かないから安心しろ」とか言うに決まってる。もうヒドイよねこの子。
「……はい」
ものすっごく何かを考えた萌は、不意に学生服を脱ぐとあろうことか俺に差し出してきた。まさか返してくれんの?
「え?い、いいよ。着てなって」
俺だって紳士とまではいかなくても一応男です。ここで受け取るわけにいかないのよ。
「臭うし」
「ヒドイ!ってか、いいって!萌の方こそそんな細いんだから着てないと風邪引くっつーに」
臭うって言われたことは涙を飲んでスルーして差し上げるよ、だから着ててくれ。
グイグイ学生服を俺に押しつけて……ってか顔、顔痛いって!何で顔面に押しつけてくんの?新しい嫌がらせ?
「いだだ…じ、じゃあ半分こにしようや」
「半分?に千切るの?」
「何でよ?!一緒に着るんだよ」
「は?」
何言ってんのコイツ、という表情でいる萌から学生服を受け取った俺は、それを頭へ被せる。傘とは言い難いけど、一応これで雨は凌げるよね。
「ほら、萌もどうぞぉ」
「……バカじゃないの」
「なっ……いっ、いいからいいから。それに2人で着たら暖かくなるんじゃない?」
文句を言ってやろうと思ったけど、グッと堪えて手招きをする。まぁ萌のことだ、「くっつきたくない」とか言うだろ。そしたら仕方ないからってことでまた学生服貸してやれば済むし。あれ、俺って実は天才じゃないの?
(……)
悪魔さんはまたバカンスへ出掛けたのかしら?もうそのまま帰って来なくていいよ。
天使&悪魔のことはすっかり忘れ、「学生服は暖かいよねぇ、へへへ〜」と不気味に笑う俺はもう手招き8回目。早く何か言ってくれ。
「…変なことしたら殴る」
「えぇ?変なことなんてしませんよ、ってか出来ないしぃ?」
もうすぐあかねがここに到着するってのに、そんな怖いこと出来るか。大丈夫、俺はこう見えて小心者だから。
「…っくしょん」
「あ、ほらぁクシャミしてんじゃないのぉ。早く来なさいよ、そして早く着なさいな」
日本語って、面白いよね。
手招きも13回目を超えたとき、身震いをした萌が恐る恐る近付いて来た、しかもすっごい睨みながら。俺を見て身震いしたの?……違うよね、それは武者震いだよね?
「……近いんだけど」
「いや、そりゃ近いでしょうよ」
そんなデカイ学生服じゃないし。肩が触れ合っちゃうのは仕方ないって。
警戒心を剥き出しで俺と同じように学生服を頭に被せた萌がふと上を見上げる。
うぅむ、やはり雨は女性を大人にするんですね。……今、俺何かカッコ良いこと言った?
だ、誰かツッコんでくれぇ!
「さむっ」
「え?」
俺の言葉ってそんなにサムい?また読心術を発揮したの?
「雨冷たい」
「あぁ、そっち?」
「何が」
何でこの子は俺の質問に一言だけで答えるの?一問一答じゃないんだから普通に答えてくれてもいいんだけど。
しかし、何だってこんなことになったんだ?勇樹……ってか勇樹!まさか、俺達をここへ閉じこめて1人だけ授業に参加しようとしてんじゃないよねぇ?!
…私ってバカ!あの優しさの固まりみたいな子がそんなことするか!
「…っばっくしょぇぇん!」
「うるさい!」
「イダッ!」
お前だってさっきクシャミしたでしょうが!クシャミは我慢すると体に毒なのよ……勝手な想像でごめんなさい。
足を思い切り踏まれたけど、萌は立っているから俺だけしゃがみ込むことが出来ない。足の甲を撫でたかったけど、ムリです。
雨の冷たさと足の痛さに耐えつつ、チラリと萌に視線を落とす。と、なぜか目が合ってしまった。
「気持ち悪い」
「えぇ!?俺何も言ってないですよ?」
「顔が」
…変顔した覚えないんだけど。
またも涙をグッと堪え、それから2人で学生服を頭に被って雨を凌いだ。ってかあかね遅ぇ、何してんだよマジで。
無言でいることに慣れてはいると言っても、それは俺がナナメ後ろにいたらの話でして。こうピッタリ隣りにいられたらいつもの調子も出ないってモンですよ。
なんとか萌にバレないようにチラリと視線を落としてみる。
セミロングの髪の毛は雨でしっとりと濡れていて、それを見るだけでご飯2杯はイケる……イケないイケない!
「あぁもうあかねちゃぁん!早く来て私を助けてぇぇ!」
「…太郎」
「え、あ、ハイ?」
名前を呼ばれて思わずお口にチャックしてしまった。お願いだからうるさいとか言わないでね?
「…」
「え?ちょっ、何?」
ちょっと、用があったから呼んだんだよね?何で無言?
「どうかしたのん?」
「あんたってさぁ」
「うん?あ…」
おわっヤベッ、油断したら目が合ってしまった。
これ以上殴られるのはイヤだった俺は瞬時に目を逸らすという高等技術を披露した。でもめちゃくちゃ視線を感じる。もう何でもいいから言葉を発して!
「あんた、あかねのことが好きなの?」
「……は?」
殴られるかもしれないというのに、思わず萌の方へ視線を戻してしまった。思ってもみなかった質問に絶対変顔したっぽいのに、彼女は真剣な表情を崩すことなく俺をジッと見つめている。
「好きって?……え、好きだけど?」
「……」
え、なになに?何でそこで黙るわけ?何か変なこと口走ったか?
「ど、どうし、ごわぁっ!」
可愛く「どうしたのぉ?」って言いたかったのにドアに襲われて失敗した。ってかドア開いた!
体全体を開いたドアに強打した俺は喜ぶヒマも与えられずこの雨の中、地面に突っ伏した。家に帰ったら速攻で着替えなくちゃ!
「おぼぼ…」
「萌!?あんたビショ濡れじゃん!早く入って!」
あかね見参!それはいいけど「あっごめん」くらいお願い!萌だけを見てないで私も見て!
「あれ、太郎?あんた何やってんのさ?風邪引くよ?」
「ドアに襲われたんですよ!」
「はぁ?何言ってんの?」
バカ言ってないで立ちな、と頭を叩かれた俺はさっさと学校の中に戻っていく萌を見る。
うへっ何か今、睨まれなかった?中に入る瞬間睨んだよね?
それにはあかねも気がついたらしく、立ち上がる手助けをしてくれた彼女も微妙な顔を見せた。
「…ねぇ太郎。あんた萌に何かしてないよね?」
「してないしてない。ってか出来るわけないでしょ」
あかねと共に「う〜ん?」と首を捻るも答えなんてわかるわけもない。それから俺は勝手に1人で階段を下りていく萌を見守るしか出来なかった。
ってか第三ボタンが取れてる!
またも更新が随分と遅れてしまい、大変申し訳ございませんでした。