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第80話 しょうパンよりあんパン

助けてもらった俺はちゃんとお礼を言いましたよ。でも萌様は無言で俺をチラッと見ると自分の席に戻ってしまったのです。ありがとうって言ったのに、無視されたんですよ。

それからは彼女の機嫌を損ねないよう空気のような存在になって、今は楽しい楽しいお昼時間。


………のハズだったんですけどね。


「早く行くぞ一郎!」


今私は購買という名の戦場に足を踏み入れようとしています。なぜって鞄に弁当が入ってないから!

朝になってから母ちゃんに、


「今日はパンにしな」


昨日俺がせんべいを買いに行かなかったのが原因らしい。ってかそんなんでボイコットするんですか?何でもかんでもせんべい基準か?ひどすぎるよお母様。

でもなぜか直秀には弁当があった。でも握り飯一つのみ。それなら金もらってパン買って食った方がいい…って思ったのに、金すらくれなかった。2千円がまだ俺の財布に入っていると思ったら大間違いだからね!


昼食はパンと決まっている一郎を連れて階段を駆け下りる。小銭ならいくらかあるから大丈夫だ。それに遅れたらしょうパンを買うことになる、絶対にそれだけは阻止しなければ!


「俺しょうパンでいいから並ぶ必要ないんだけど」


後ろからやる気ゼロの声が聞こえてくるが振り返りたくねぇ!絶対に変な顔とかしてる!


「バッキャロー!お前の意見は聞いてねぇ!」


早く来いや!と邪険に扱ってしまったからか、じゃあ俺は後から行くからいい!と一郎は走るのを止めてしまった。

いいよいいよ、伝説のキャロットパンが俺の手に渡っても一口もあげないんだから!


おりゃぁぁぁ!と3段飛ばしくらいで駆け下りる。途中で他の生徒達が俺の姿を見て「やだ、カッコ良い…」なんて思うハズはなく、みんな俺を避けるように端っこへ移動。

俺って萌にだけじゃなくて他の皆さんにも触れたら腐るとか思われてるの?あとの高校生活どうしてくれようか。


と、ちょうど階段を下りたところの萌が見えた。この時間にあそこでウロウロしてるってことはあの子も昼食はパンか?

ここは何食わぬ顔で通り過ぎた方がいいかしらね。そうしないと「ちょっと、キャロットパン買って来て」とか言われそう。伝説のパンなんて買える自信ないし、ってかもう売れてる確率が高い。


階段の真ん中で立ち止まった一郎に構わず走り続ける俺は、真正面に見える萌の横を驚異の速さで走り抜けて行く。俺は風になった!


「金太郎!」


「ぐえぇっ!」


なんで本気走りしてる俺の襟首を上手に捕まえられるわけ?コメカミの血管がうっすら浮いたわ!ってか金太郎って大声で言わないでよ!俺の名前を勝手に改名しないで!


「パン買って来て」


ムリでしょ?!見てよ、もう購買にはあんなに沢山の人々がいるんだよ?自分のだけで精一杯じゃい!


「すみませんがお嬢様、それはムリというものでございまする」


イラッとした表情の萌が俺を殴ろうと掴んでいた手を放す、と同時に脱兎の如く逃げ出した。ヒヒヒ、お前のイラ立ちメーターは丸見えなんだよ。どういう言動をしたら怒り出すかが全てわかるのさ!


「あなたは売れ残ったしょうパンでも買ってらっしゃいなぁ!」


殴りかかろうとする萌からそりゃもうすごい速さで遠ざかる。悔しいならついておいで!俺の俊足について来られたらのハナシだがな!


ヒャハハァ!と萌を置き去りに俺は購買に到着、そして大乱闘に加わった。


「てめっ!足踏んでんな!」


よっしゃぁ!と人混みへダイブすると、上級生と思われる男子生徒が俺に肘鉄を食らわせてきてそう叫んだ。って俺じゃないですって!俺は既に両足を誰かに踏まれてるんだからあんたの足なんて踏めるハズないでしょうよ!


「俺じゃないっス!」


そう叫び返して手を伸ばす。何でもいい、何でもいいからパンをくれ!あっ…しょうパン以外なら何でもいい!

みんな必死の形相で自分の好きなパンかどうかもわからずに手を伸ばしている。ってかパンが見えないし!売り子のおばちゃんが汗だくになって売りさばいているのが一瞬だけ見えた。ってかおばちゃんじゃなくてパン!パンが見たい!


「ぱ、パンよ我の手に!」


誰かに裏拳を顔面に喰らい、足は踏まれ、なぜか腕をつねられながらも一生懸命に手を伸ばす。ってかパンが入ってるワゴン小せぇよ!毎日こんな大勢やって来るの知ってんだからもっとデカイワゴンを用意して!


痛みよりも食い気、俺はいくつかのパンを鷲掴みすることに成功した。そして思い切り引っ張る。金は後だ、今はパンを奪われないようにしないと!


「っしぇぇあぁ!」


転がるように人混みから抜け出す。

踏まれた足がもんのすごく痛い。肘鉄喰らったからアゴの間接もなんだかおかしい。しかも誰か知らないけど本気で腕をつねられた。もしかしてパンと俺の腕を間違えたの?


でも良かった買えて、と立ち上がり手の中に入っているパンを見下ろす。あらら、3つも取っちゃったよ。


「え〜っと、あんパンにあんドーナツに、あん……パン」


あんこばっかじゃねぇか!クリームパンとかも入れておけよ!何で一区画にまとめて置いといてんだよ!あ〜またあの戦いの渦に入りたくないし。どうしよ。


「あ、萌…」


手の中であんこパーティを繰り広げていると、萌が俺の前を通り過ぎて行った。と思ったら立ち止まり振り向かれ、俺が持っているパン達を見てフンと鼻を鳴らす。「そんなにあんこ好きだっけ?」みたいな目で見ないで!


「ってか萌、なんで?」


なんであなたの手にはまたも伝説のキャロットパンがあるの?俺よりも後に来たのに。買えるわけないのにぃ!ってか購買に近付いてすらいないのに!


なんで?としか言っていなかったので、萌は「何言ってんの」という疑問形ではない質問をしてくる。

俺はあんパン、あんドーナツなのに何で?って聞いてんだ!それくらい勘づけ!


「その伝説のパン、買ったの?」


「もらった」


おぃぃぃぃぃぃ!俺は肘鉄とか足踏まれたりとか大ケガ寸前で頑張ったのにキミは何の苦労もせずにもらったんですか!?

くっそ、失敗した。萌と一緒に行ってたら今頃もう一つのキャロットパンに出会えてたかもしれないのに……俺に買ってくれるわけねぇか。

ちくしょ、こりゃイヤミのひとつでも言わないと気が済まないよ。


「いいわねぇ美人さんは戦わずとも伝説のパンが手に入って。私なんて必死に頑張ってあんこ三姉妹なのに」


あんパンは2個あるからこの子達は双子よぉ、なんてどうでもいいことを口走ってみる。


「意味が通じない」


…あっそうですか。実は言った本人もよく意味がわかりません。ただのイヤミと受け取ってくれたらそれでいいんです。


意味わかんないを連呼した萌は、それから俺を置いて購買から立ち去ってしまった。

俺も、俺だって美人に生まれてたら今頃は!



「あっ太郎、買えたのか?」


購買の人だかりが消えた頃を見計らい、疲れ果てたおばちゃんにお金を支払っていると一郎がやっと到着した。

歩くの遅すぎだよお前は。


ちょっと待っててくれと目で合図された俺はそれを無視、階段目指して歩き始める。

ってか普通に「待ってて」って口で言えばいいのに。





「あれ?」


まだ来ぬ一郎を待たずに階段を上がった俺は教室の前で突っ立っている萌を見つけた。

教室に入らないで何やってんだ?もしかして中で晃が待機してて入るに入れないの?目を細めて見てみると、何やらケータイを手に持っている。誰かに廊下でメールのお返事でも打ってんのか?


「萌ぇ何してん……」

「太郎ぉぉぉ!」


「ごぶぅっ!」


萌に気を取られていたせいで一郎の突進を避けることが出来なかった。朝にあかねからタックル喰らってんだからもういらないのに!

受け止めることが出来るわけない俺は萌に「逃げてぇ!」と叫ぶ。このままじゃ3人まとめてドアにブチ当たることになる!


「わっ!」


俺の絶叫に驚いた萌は寸前のところで避けてくれた。だがそのお陰で一郎と共にドアに突っ込んでいった。


「ごばぁ!」


ドア壊すの2度目だよ!あかねがいないことを祈る!


「太郎!?あんた何してんの?!」


神に祈りは通じなかった!

また壊して!とあかねが握り飯を片手に駆け寄ってきた。そして俺と一郎の頭をそれぞれ1回ずつ叩く。

でも加減してくれてありがとう。やはりあなたはお優しい。


「俺のせいじゃないからね!一郎のおバカさんがタックルしてきたのよ!」


「俺のせいかよ!」


誰がどう見てもお前のせいだから!


「って、あれ?お前しょうパンは?」


思いのほか叩かれた頭が痛かったのか、涙目でいる一郎の手にはしょうパンがない。あのパンに限って売り切れなんてないだろうし。


「売り切れてたんだよ!おばちゃんに『ごめんね、今日は珍しく5つ全部売れちゃったんだよ』って言われたんだよぉ!」


おばちゃんですら珍しいとはっきり言ってしまったか。じゃあ売らなきゃいいのに。


って誰が買ったんだ?


俺の昼メシぃぃ!と叫ぶ一郎をあかねと一緒になだめるが、他のみんなはスルー。勇樹はまたもいないし、萌はさっさと自分の席に戻って高瀬とキャロットパンを……高瀬もキャロットパン食べてるしぃ!またウチのクラスで伝説のパンを独占しちゃってる!


「昼メシ抜きなんて残酷すぎるぅ!」


「トロトロ歩いてたから売り切れたんだろが!自業自得!」


「ひでぇ!太郎パンくれ!あんパン2個あるんだろ?1個だけでも恵んでくれ!」


よく見てんなお前は。欲しいならば金をよこせ!


誰でもいいから俺に昼メシをぉ!と叫ぶ一郎を全員一致でスルーを決め込むクラスメート達。そこまでいくと逆に清々しいわあなた達!

一郎がパンを奪おうとするが俺はそれを必死に阻止する。袋ちぎれるって!


「パンパパァン!」


「るっせぇ!俺だって必死こいて買ってきたんだよ!後から悠々と来たお前に食う権利はねぇ!」


それでも食い下がろうとする一郎にラリアットを喰らわせた俺はドアを持ち上げた。あっ違うよ、これで攻撃しようなんて思ってないからね。直すんだからね。


「ちょっ一郎!お前も手伝えよ!」


パンパン…ってブツブツ言ってんじゃないよ!あんパン一個恵んでやるから!

いくら男の俺でも一人でドアを直すなんてのは無理に近い。それでもなくて不器用なのに。

うまくドアが元に戻らず段々と怒りが倍増してくる。誰も手伝ってくれないし!


「貸して、太郎」


あかねぇぇ!やはりあなたは美しさと強さを兼ね備えているだけのことはある!誰も俺のことなんて見てないと思ったけど、あなたは僕を見ていてくれたのですね!


「ありがとうあかねぇ!一緒に頑張りましょうねぇ!」


いらないこと言わなくていいから!とローキックを喰らわされたが、痛みはまるで感じない。嬉しさの方が強かったからですよ。


「よいしょっ」


あかねは涙目になって喜ぶ俺にまたもローキックを喰らわせ、難なくドアを元に戻してくれた。マジで心強いったらない。


「あかね、マジでありがとう」


ヘタに抱きつこうなんて思ってませんよ。そしてヘタなことなんてもう言わない。あかねの悲しい顔を見たくないからねぇ。


頭を深く下げた俺に、笑顔であかねは「早く食べないとお昼終わっちゃうよ」と言い残し、萌達の元へと戻って行った。

本当に良い子だ彼女は。彼氏がいないのが不思議なくらいに良い子だよ。


本気でそう思った俺は、あかねにダッシュを試みた。


「あぁかぁねぇ!ホントにありがとぉぉ!」


抱き締められるハズはない、瞬殺されるのがわかっててもダッシュしてしまった。言葉じゃこの感謝の意を表すことなんて無理なのよ!

おぉぉぉ!とあかねに向かって突進。今だ、行けぇ!一瞬だけでも触ってやれぇ!


「ぐぼぉ!」


やっぱりね。あかねのことを抱き締められるハズなんてなかったのさ。

少しも触れることができず、俺はあかねのバックアンドブローの餌食となり、倒れた。


「…全然わかってない」


倒れた俺にあかねがボソリと呟く。違うよ、ただ感謝の気持ちを行動に表そうと必死だっただけなの。


起き上がった俺はあかねに(いい加減にしろ)というアイコンタクトを送られ、泣く泣く(わかりました)と返事をして自分の席に戻った。


「あっ」


しぶしぶあんドーナツにかじりついてから気がついた。目の前で一郎が俺のあんパンを美味しそうに頬張っている。

やるっつった覚えはないんだけど。お前ドア直すの手伝わなかったのに。


「食ってんじゃねぇよ!」


思わず坊主頭に手刀を繰り出す。それに伴い、舌を噛んだらしく泣きながらウーロン茶を……って俺のだからそれも!

あんドーナツとあんパンは死んでも譲らん!と俺は勢いよく口に入れていく。こんなことならハンバーガー持ってくりゃ良かった。


あんパンに食らいついていると、痛い視線が俺に当たる。この突き刺さるような視線は考えるまでもなく、萌だな。


「…」


チラリと見てみると、キャロットパンをかじりながら萌が俺をジッと睨み……見ていた、と言った方がいいでしょうか。いつもならジト目で見てくるのに、なぜかボワァッとした目で俺を見ている。

ってそんな視線でも突き刺さるような感覚に襲われる俺って。


「そういや勇樹いねぇ」


あんパンを食い終わった一郎が突然呟いた。ふと見回してみると、ホントにいない。4時限目まではいたのに、どっか行ったのか?


「って一郎テメェ!俺のパンだから!」


あんパンに手を伸ばすな!ってか気を逸らそうとして勇樹のこと口にしただけか?!お前ってやつは、救いようがないアホだ!

食べちゃダメ!と俺は勢いをつけて一郎の手を叩き落とす。


「いてっ!おまっ親友が貧困に苦しんでるのに助けてくれないのかよ!」


「昨日勝手にワタクシの弁当を食べたあなたに、そんなことを言われる筋合いはなくてよ!」


それでもギャアギャアうるさい一郎に、おだまり目線を送り、優雅にあんパンを口に入れる。

セレブでもこんな美しく食べられる人なんていないわ、オホホホホ!


「うるさい」


「え」


じゃあこっち見るなよ女王様。ってか心の中で高飛車な笑いをしてたのに、聞こえたの?


「あら、それはごめんあっそぁせぇ」


正しく発音をすることが出来なかった俺はそれから無言であんパンを口に運んだ。


リンロンリンロンリン。


「おわっ……あれ、勇樹?」


涙目で何かを訴える一郎をスルーしながらパンを食べ終えるとケータイが鳴った。何気なく見てみると画面に『王子』の文字が目に入る。昼メシも食べないで王子は何をやってんだ?


「もしもし王子ぃ?」


『え…あ、一条君?』


王子という言葉に息を飲んだ勇樹はさておき、どこで何をしているのぉと可愛く質問をしてみる。


『ちょっと、屋上に』


「屋上?屋上で何してんの?」


『うん…一条君、お昼ご飯食べ終わったらこっちに来てもらってもいいかな?』


「え?あ、いいわよぉ。王子の為なら例え火の中、萌のな、がぁ!」


勇樹との会話を聞いていたらしく、萌は筆箱を剛速球で投げつけてきた。電話に夢中だった俺はそれを顔面に喰らう。

どんなに恐ろしい所にでも行けるからっていう意味で言っただけなのに……俺のせいか。


筆箱が勢いよく俺の顔面に当たったため、机の上はシャーペンやら消しゴムやらがブチまけられた。パン全部食っててよかった。ヘタしたらシャーペンがパンに刺さってたよ。


「元に戻せ」


お前が投げつけてきたんでしょうよ!ってかまだキャロットパン食ってんの?時間掛かりすぎでしょ!













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