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第76話 黙って固まれ

ハンバーガー屋を後にすると外はやっぱり暗くなっていました。今の俺には街灯が頼り、そして仁王立ちで立っている女傑だけが頼りです。

って少しの間しかハンバーガー屋にいなかったのにもう暗くなるって、どういうことよ?春なのに。


「あっ待って萌ぇ!」


ガンガン歩く萌の後ろについた俺は彼女の背を追いかける。2人で帰るのにどうして勝手に歩き始めるのよ!


こんな調子で一条家に来て大丈夫か?絶対に母ちゃんうるさく言いそうだ。きっと「太郎よりも直秀と付き合いなぁ!」とか意味不明な発言してくれそうだし。それで母ちゃんの目を盗んで萌の正拳が飛んでくる。

考えただけでも末恐ろしいわ。マジでこのまま秋月邸に直行して欲しい。


それにたしか昨日も泊まらせてくれって言ってたよな。そんなにノブ君を避けるって、どんな理由だ?


斜め前を歩く萌に声を掛けようかどうか悩みつつ後ろ姿を見つめてみた。視線に気がついて振り向いてくれるかなぁなんてのは淡い期待でございます。

あ〜話しかける勇気が出ない。


サラサラと流れる彼女の髪をボーっと眺めて歩く。俺もあれくらい髪が長かったらサラッサラになんのかなぁ。そんで道行く人が俺に振り返ったりなんかして。


…見てみたいかも。


「ねぇ」


「おわっ」


萌がバッと振り返った瞬間、ほんのりといい匂いがした。うぅん、やっぱり何のシャンプー使ってんのか知りたい。…俺って日に日に変態度が増してる?


その前に「ねぇ」って、「有り得ねぇ」って意味じゃないよね?


切れ長な目が俺を見据えたまま動かない。俺は蛇に睨まれたカエルの如く身動きすらままならない。

って話しかけたなら何か言ってよ!何でずっと睨み利かしてんの?言うことないなら歩いて!


「今日、泊めてくれるんでしょ」


「あっあぁ、いいけど…ノブ君が悲しむんじゃないの?」


ノブ君といえば昨日はピザを買いに行ってくれて、しかも奢ってくれたのに、そんな邪険にしなくてもいいんじゃないの?ってかそこまで避ける理由を教えて。


「別にお前の家に泊まったからって悲しまない」


うっわぁ、その顔は本気で言ってるね。ってかお前ってやめてよ。


「いや、あなたの意見を聞いてるわけじゃないんですが」


「じゃあ聞くな」


えぇぇぇ?!話の趣旨が変わってませんか?萌が俺に質問してきたんでしょうが!


あまりの理不尽さに言葉を失った俺をヨソに萌は歩行を再開、それが泊めてもらう人にする態度か!ノブ君に電話しちゃうよ!……番号知らないけど!


チャチャッチャチャチャチャ〜。


小さな声であーだこーだとブツブツ文句を言っていると萌のケータイが鳴り響いた。

しんと静まり返った瞬間に鳴ったからマジでビビったわ、萌がこっち見てなくて正解だ。思い切りブッサイクな顔を披露してたよ。


「あれ、出ないの?」


鳴り続けているのに萌はケータイを取ろうとしない。スルーして歩き続けている。聞こえてると思うんだけど、どした?


「鳴ってるよ?」


「うるさい!」


キレ所がわかんねぇ!あっ止まっちゃったよ。もしかしてノブ君だったんじゃないのぉ?


「出なくて良かったのん?」


「いいんだよ」


余計なお世話だボケと言いたげな萌は、そのまま無言を貫いて歩く。

俺に気兼ねなんてする必要なんて…ハナからしてないか。ってか親切に出ていいよ的な言い回しをしてあげたってのに。


それから無言で萌は前に向き直して歩き始めた。それにつられて下手くそな鼻歌を歌いながら彼女の後ろを歩き続ける。萌はうるさいとか、静かにしろとかは言わずに前を向いたまま。

俺なんかしたか?ハンバーガー奢ったのに。




それから歩くこと数分、もう秋月邸まで目と鼻の先というところまで辿り着いた。

あっそういや萌のヤツ、晩ご飯とかどうすんのかな?


「家に来ても晩メシないかもだけどいい?」


「ハンバーガー食べたから」


そんなんで足りるんですか?俺は歩いたからちょっとお腹が空いてきたんですけど。できるなら今ここでハンバーガーを取り出して食べたい。


「何もないよ?何も食う物ないよ?」


「うるっさいなぁ、いいって」


あっそうですかそうですか。じゃあもういいよ、腹が減っても何も恵んでやらないからな!何か食べたくなったらご自宅へどうぞ!


勝手にしろと思いつつも何も言えず萌の後を追っていると、後方から車が走ってくる気配を感じた…すいません、ライトで気がついただけです。

微妙だけど真さんが乗る車じゃないな。スポーツカーだありゃ。


って、ちょっとちょっ、徐行して、徐行……しろぉ!


「萌ぇ!」


車は俺達へ見事な突っ込みを仕掛けてきた。ブレーキ踏んでねぇよあれは!殺す気か!


そりゃもう必死で前にいた萌を強引に引っ張り道路の端にダイブした。

舗道とかない狭い道でそんなにスッ飛ばして走ってんじゃねぇ!俺達は幽霊とかじゃないよ!ちゃんと見えるハズでしょうよ!


「ッテェ…あっ萌?」


俺達に気がついていなかったのか、停止どころか徐行すらせずにスポーツカーは走り去って行った。

ボケェ!ちゃんと前見て運転しろよゴラアァ!ボケェ…いねぇ!


「萌、大丈夫か?」


コンクリの壁に全身を強打したが萌は無事だよね?ケガとかないよね?

なんて思いながら聞いてみると、俺の腕の中にいる萌は顔を上げずに小さく2回、頷いた。

いきなり掴んでダイブしたから気が動転したか?


って……。


「ち、ちょいぃぃ!」


大声出してごめんなさい!だって萌の腕が俺の背中に回っちゃってんだもん!ギュッと掴んでんだもん!純情丸出しな僕は心臓バクハツしそうなの!


って俺も思い切り抱き締めちゃってるけどぉぉ!


「…も、萌ぇ?」


やばいやばいやばいってぇ!離れようにも体が動かないぃぃ!あっ、いい匂い…やっぱり変人だ俺は!

そうだ、こういう時は違うことを考えろ、明日の天気とか…天気予報見てないから考えるだけムダァ!


匂いを出来るだけ嗅がないように息を止めてから萌に視線を落としてみる。しかし俺の胸に顔をうずめる彼女は微動だにしない。

俺、まさか臭いの?あまりの臭さに身動きが取れないとか?


「あっ、も、萌?あの」

「黙れ」


黙れって、ちょっ、腕の力が強い!背中が痛いって!おでこを胸に押し付け過ぎて苦しいし!



もう何なのよぉと思いながら数十秒、ますます力を込めてくる萌。

ここから秋月邸が見えるのに、こんなことしてていいわけ?真さんに発見されたら俺は鼻血どころじゃ済まなくなるんじゃ。


「あの、ちょっと?」


そろそろマズいと思い、そぉっと萌の肩を掴んで引き離…せない!どんだけ力入れてんのぉ?!もしかしたらあかねよりも手の力あるかもしれねぇ。


「もう、は、離れた方が良くないですか?」

「…」


あれ、今なんか言った?こんな近くにいるのに聞こえない。声ちっさ、小さすぎる。


「今、何て言ったのん?」


「嫌だ」


何が?何がイヤなの?

まさか、俺と離れたくないとか…いやいや、それはナイよねぇ。


「もう少し黙って固まってろ」


「はいぃ?」


何それぇ、黙るのはいいとしても固まってろって、どうなのよ。

こう見えて俺は男性なのよ?性格はサイアクでも綺麗な女子を目の前にして固まってるなんて…動け俺ぇぇ!


しかし萌さん、ちょいと大胆すぎやしませんか?相手は俺、一条 太郎だよ?男なら誰でもいいの? 見境なしなの?


「…」


ヤケクソで萌のこと思いっ切り抱き締めてみるか?天の邪鬼なこの子のことだ、きっと「放せ!」とか矛盾に満ちたことを言うに違いない。俺ってホントに天才。


よっしゃ、それじゃあ誰も近くにいないのを確かめてぇ…いけ俺ぇぇ!


「ぐえぇぇ!」


俺が少しだけ力を加えたことに腹を立てたか、萌はより一層の力を込めてきた。


「ちょ、ぐる、苦しいぃ」


マジでもう勘弁してぇ!俺が何をした?勇樹とは一緒に帰れなかったし、ハンバーガー奢ったし、そんで車からあなたを守ったのに。そんなワタクシになぜこのような仕打ちを?無言でおでこを押し付けられてもわからないわよ!


「太郎」


「おげぇっ、あいぃ?」


いつもなら「〜太郎」みたいに金か桃をつけるのに、ここにきてまさかのフツウ太郎かい。


そういえば何で物語の主人公ってよく太郎がつくんだろう。亀を助けたのは浦島 太郎だし。実は太郎ってスゴイんじゃないの?


なんて訳の分からないことを考えていると、萌がパッと俺から離れた。顔を見ると赤くなってはいないが俯いて見せないようにしている。いや、見えてるからね。こんな近くにいるんだから見えてるよ?


「…もしも」


「え?」


もしも…し?な訳ねぇか。英語でいうとイフってことだよね?


(このド日本人が!)


ツッコミの意味がわからん!ただ出てきたいだけだろお前!消えろ悪魔!


(ザンネン、私は天使よ)


どっちでもいい、ってかどうでもいいわ!


「も、もしもって?」


俯いたままでいる萌の言葉を待ちながら色々と考えてみることにします。


「もしも私が、太郎…」


考える前に言わないで!マイペースだなマジで!って今、太郎って言った?俺に何か関係アリなの?


「俺がなに?」


私が太郎を…貧困から救ってあげるとか?


「…何でもない」


お願いだから言ってぇ!気になって今日眠れないから!その前にお前、今日家に泊まるんだよね?泊まりたいなら言って!言わないと泊まらせないよ!


じゃあいいとか言わないでね?


「なになに何なのぉ?スッゴく気になるんですけどぉ!」


「話し方キモい」


おっほぉ久しぶりのキモいありがとぉ!ぜんっぜん嬉しくないけどね!


「マジで何なの?最後まで言ってくれなくちゃ気持ち悪いってぇ!」


「お前がな」


ヤッホォー!心からの言葉ありがとぉ!ぜんっぜん嬉しくないけどぉ!


チャチャッチャチャチャチャ〜。


あっまたケータイ鳴ってる。やばい、このまま萌に出られたら話が終わってしまう。なんとかしなければ!


「もしもし?」


さっさと出ちゃったよ!さっきの電話には出なかったクセに、さてはあかねか高瀬か?


「うん?今家の前だけど。太郎?」


おっ俺をご指名かい?替わりますよ?ってイテェ!

笑顔で手を差し出すと思いっ切り叩き落とされた。親切心からやってあげたことなのに!手が真っ赤になっちゃったよ。


「あんた、ケータイの電源切ってんの?」


ふぅふぅ手の甲をさすっていると、なぜか萌が腹部へ攻撃を仕掛けてきた。普通に質問できないのかよ。


ケータイの電源なんて切ってねぇよ。俺はいつでも…、


「あっ電池切れてる」


2年ほど使っているケータイを取り出して見ると、ディスプレイには何も映っていない。

あ〜ずっと充電してなかったから当たり前か。


「恭子」


ぶっきらぼうにそう言った萌がケータイを投げてよこす。っと、落としたらどうすんだ!弁償なんてしないからね!でも今は叱る前に電話に出ないと。通話料を請求されたくないし。


「はいはい高瀬ぇ?」


『あっ一条?萌と二人でいるトコごめんね?』


「あぁいいのよ、気になさらないでぇ」


高瀬が俺に用って何だろ。杉なんとかのことかな?聞かれても知らないんだが。というか会ってすらないし。


『さっきね、直秀君から電話きたんだけど』


「なっ!?」


お前らいつの間に!直秀の野郎、帰ったらバチコン決定!何と言おうとバチコン決定!


『杉原が一条の家に今いるみたいなんだ』


「は、杉なんとかが?なんで?」


『直秀君が学校の帰りにたまたま見かけて、それで強引に連れて来たって言ってたんだけど』


「ご、強引にねぇ…」


『うん。それでね、今から家に来て欲しいって言われてさぁ』


「断っていいよ!杉なんとかの為に高瀬の手を煩わせる必要性はないから!」


あんのバカ弟め、何を考えてやがる。俺からちゃんと言っておくから心配しないで晩メシ食って寝て!


『ううん、実はもう近くまで来てるんだ』


「えぇ?!」


マジかよ高瀬さぁん!キミはとっても良い子なんだね。杉なんとかのことなんて気にしなくてもいいのに。


マジかいぃとキョロキョロとケータイ片手に辺りを注意深く見渡してみた。うぅむ、どこにもいないじゃんか。


「恭子近くにいるの?」


俺のおかしな行動に興味を持ったらしく、萌も一緒になって見回す……2人して不審者決定。


「近くまで来てるって言ってんだけど」


いくら探してみても姿が見えない。どこだ、どこに潜んでる?

一生懸命に高瀬の姿を捜していると、電話の向こうから理解できそうにない言葉が聞こえた。


『二人の邪魔しちゃ悪いかなって思ったんだけど、離れたからいいかなぁって』


「離れた?」


高瀬って意味不明な発言する子だっけ?言ってる意味が全然わからない。


「離れたって、どういうだぁ!」


後ろからモロに不意打ち喰らった!だから鞄はやめてってば!


「ケータイ返せ!」


「いだだ、ちょっ何でよ?!まだ話終わってないのにぃ!」


何度も鞄アタックしないで!金具がマジで痛いんだって!いでっ!頬骨に当たった!

あだだと油断したスキにケータイをあっけなく奪われた。そんな慌ててどうしたんだよ!


肩で息をしながらもう一度俺へ鞄アタックを繰り出した萌はさっきの俯いた表情から一変、真っ赤な顔で電話に出た。


「ちょっと恭子!どこにいるの!?」


なんでそこまでキレてんのよこの人。





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