第7話 萌の親父は過保護で親バカ
「萌、真さんまたなんかあった?」
秋月邸は広い、親子3人が暮らしてるだけなのに広い。俺の家とは比べ物にならないほどでかい。そのせいで隣りにある俺の家は一年を通して日が差さない、はっきり言って寒いし暗い。
そして今は居間にいます…決して冗談を言ったわけじゃない。
で、長い向かい合わせの高そうなソファに座っています。隣りには萌が疲れた顔してます。俺だって疲れてんだよ!ってか話しかけてんだから!
「わかんない、ただイヤな予感はするけど」
「だよね。真さんがいい話持ってきたことねぇし」
「ホントに」
あらら、そこは「お父さんを悪く言うな!」ってのが娘のセリフじゃない?そこまであの親父に呆れてんだ?
「なんだと思う」
萌さん、俺にもわからない事があるのよ、ましてあんたのお父さんの事だよ?想像すらつきません!
頭を抱えたまま動かなくなった萌を見ていると、おばさんがやってきた。いやぁいつ見てもお綺麗ですな、ホントに俺の母ちゃんと同い年?
俺の母ちゃんとおばさんは友達同士だそうです、同じ中学だったらしい。
「ごめんねコタローちゃん、お父さんがムリ言って」
そう言っておばさんはグレープジュースをテーブルに置いた。見たところ果汁100パーですね、おばさんはホントに健康に気を使っていらっしゃる。
おばさんは俺を「コタローちゃん」と呼ぶ。なんでも小さい頃飼っていた犬の名前らしく、俺はその犬に似ているからってなんだソレ?!俺は人間だ!
「お母さん、なんか知らない?」
「お父さん今帰って来たばかりだから、私もわからないわ」
「そっか……あーもうなんなの、これだけ人待たせて」
それは俺が言いたいよ、多分俺にはなんの関係もない話だと思うし。
この前もこんな感じで親父さんは俺を家に招き入れておきながら、
「萌!家族でハワイに移住しよう!」
だもんな。しかもその後あの親父は俺を見て「家族で行くから君は連れて行けないよ?」ってふざけんなぁ!誰も行きたくねぇよ!
ってそれなら俺を家に招くんじゃねぇ!
「あんたなんで黙ってんの」
「え?いや、俺そろそろ帰らないとお母さんが心配してるかも…」
思ってもないことを口にしてみる。母ちゃんが俺のこと心配なんてするはずがない。この間、「男なら連絡なしでどっかへ行け!」って言われたし。そんな俺の母ちゃんの事を知っている萌は、
「それはないんじゃない」
なんつーこと言うんだよ。俺の母ちゃんは優しいんだ、そんなこと…アリだわ。
そんな俺と萌の会話を聞いていたおばさんがオホホと笑った。オホホって笑う人、今じゃおばさんくらいだよ。
「大丈夫よ」
「え?」
「おばさんがさっき電話しておいたから」
「え?え?」
「今日は夕ご飯うちで食べるからって」
「えぇぇぇ!?」
「ちょっ、お母さん。なんでそんな勝手な…」
「たまにはいいでしょう?ねぇコタローちゃん」
「あぁいや、え〜っと…」
萌さん助けてぇ!もうこの際あなたでいいから助けてぇ!
俺は必死に萌へ合図を送る。
冗談じゃない!真さんとなんて普通にメシが食えるか!あーでもないこーでもないって頷いてたらメシなんてノドを通らねぇよ!
「……」
ちょっ、ちょっと萌ぇ!黙ってないで何か言ってくれぇ!
「食べていけば」
うえぇぇ!な、なんという事だ!最後の頼みの綱である萌にまで見捨てられた。
「なに?食べたくないわけ」
「えぇぇ!?い、いや、ご一緒させて下さいまし!」
ここで断ったら俺は高校を中退して働かなければいけなくなる!父ちゃん!俺、がんばるから!
「お父さん遅いわね、何をしてるのかしら」
ちょっと見てくるとおばさんは居間を後にした、のを見計らい俺は萌を見つめる……正確には睨んだ。
「なに、見るな」
「お前さぁ、頼むよ」
「なにを」
「俺が真さん、苦手なの知ってんでしょ?」
「知ってる」
「だったらなぜ晩メシ食べてけって言ったのよぉ!私泣きたいわぁ!」
「泣けば?ってかその話し方やめろって言った」
「…言いました。でもこれは僕のトレードマークみたいなものでして」
「ダサいトレードマーク」
「…」
もう何も言わない、言えない。言ってもムダだ!
俺はそれからジュースを一気に飲み干し、だだっ広い居間をボーッと眺める。萌は「着替えてくる」と言い残し、俺を独りぼっちにした。
真さんがいい話を持って来たって、一体なんなんだ?ただロクな事じゃないのは確かだ。
「まだお父さん来てないの?」
着替えを終えて戻ってきた萌が呆れた顔で俺にそう聞いてくる。久しぶりに萌の私服を見た。悪くない、けど絶対に口に出さない。
「来てないよー」
あっそというような顔で萌はまた俺の隣りに座る。会話もなく何分かが過ぎ、取り留めのない会話をしようかとも思ったけど、やめた。
「…金太郎」
突然萌が口を開いた。しかもそれは微妙に俺の名前じゃない。なにこいつ、おちょくってんの?
「太郎です」
「なんであんたは太郎なのに弟は直秀なの?」
「…」
イヤなことを言うなこいつは、しかも今さら。もう十年くらい顔合わせてるっていうのに。
……そういえば俺にも理由がわからない、なんで俺は「太郎」なのに弟は「直秀」って格好いい名前のわけ?
「さぁ…両親に聞いてください」
「聞いたことないの?」
「うん、っていうか考えたこともなかったわ」
「あんたらしいわ」
「はい?」
なんで俺らしいの?と顔を横へ向けるが、萌の反応はナシ。
腹は減るし、居心地が悪いし、最悪ですよ。しかも隣りには仏頂面の萌、つらい。
「あぁ萌!ここにいたか!」
秋月邸に入って40分が経過した頃だった。親父さんが頬を赤く染めて居間へ乗り込んできた。そして俺に腹の立たせる一言をボソッと呟く。
「…太郎もいたのか」
「はいぃ?あの…」
「萌ぇぇ!」
俺の言葉はまったくのスルー、絶対わざとだよ。腹の立つ父親だなぁ、俺の親父が部下じゃなかったら一発ぶん殴って帰りてぇ。
「萌!聞いてくれ!実はな!」
「ちょっとお父さんうるさいから」
「…ごめんなさい」
ハッ!なんだ今のは?今、真さんが俺に見えた!
真さんと萌って家にいたらいつもこんな調子で会話してんのか?そりゃ萌が俺に「うるせぇ!」って言うのもわかる。学校でも家でもこんなんじゃ疲れるわな。
真さんは萌の顔を伺いつつ、静かな声で話し始めた、ってあんた親の威厳が損なわれてるよ?
「実はな、お前に見合い話があるんだよ!」
「……」
「……」
無言、無言、無言のオンパレード。見合いってあれですよね?「本日はお日柄もよく」とか「ご趣味は?」とかってやつだよね?
それ、萌がやんの?最高だよ真さん!
「やだ」
即答。真さんの顔が一気にどん底に突き落とされる。しかしこれで静かになるだろう、なんて考えるのは浅はかだった。
「萌!ちょっとでいいから聞いて!少し、ほんの少しでいいから!」
「やだ。太郎、行くよ」
「え?ちょっ引っ張らないでぇ」
「おお?た、太郎ぉぉぉ!」
「えぇぇぇぇ!な、なんすかぁ?!」
萌に腕を引っ張られ立ち上がったとき、真さんがものすごい形相で俺を睨みつけて来た。今にも飛びかかってきそうな勢いだよ、マジでなんなんだよ?俺、何かした?
「お、おま、お前ぇぇぇ!」
「ひいぃぃぃ!も、萌ぇぇ!」
泣きそうになりながら俺は萌の後ろに隠れた。大の男が何をやってんだって話だ。でも、今日の真さん、気合いがハンパじゃねぇ!少しでも気を抜けばやられる!
「なに?なんなの?」
萌も何がなんだかわからず、あたふたとしている。それを見ている真さん、まだ鬼の形相。こ、こえぇぇ!
「太郎ぉぉぉ!てめぇぇぇ!」
お前の次はてめぇ?何よ何なのよ!俺、何もしてないって!ただグレープジュースを飲んでただけだってば!
「お、も、萌に触るんじゃねぇぇ!」
「さ、触ってませぇぇん!」
「触ってんじゃねぇか!今、ほら肩に手を置いてんじゃねぇか!離れろやボケェェ!」
「すいませぇぇん!触りませぇん!」
と言いつつ、俺は萌の背中に隠れる。もちろん肩に乗せていた手は離しました。でも、真さん、まだ怒ってるよね?
「ボケェェ!」
「萌ぇぇ!俺、帰っていぃ?!」
「ボケェェェ!」
もう「ボケェ!」しか言ってないよこの人!混乱してるよ!ってか俺だって混乱するわぁ!
リンロンリンロンリン。
なにこの緊張感ゼロの着メロ…俺のだよ!オルゴールの音色だよ!好きなんだよ!
「ちょ、あっあかねだ」
「あぁかぁねぇだぁ!?てめぇ、萌だけじゃなくてそのあかねって子にもちょっかい出してんのかゴラァ!」
「えぇぇぇぇ!」
ちょっとちょっとぉ!勘違いですよそれは!萌だけって、萌にすらちょっかいを出したことないんですけどぉ!
おい萌、助けてよ!幼なじみがこんなひどい目に遭ってんだよ!
「た、太郎、もう今日は帰っていいから!」
萌も真さんの形相にタジタジですよ、どうにもならないってことか?!でも、ドアは真さんの後ろにあるんだよ?ほいほいと行けないって!
「太郎ぉ!ボケェェ!ゴラァ!」
「お父さん!」
その声で、真さんの顔が一気に青ざめた。真さんの後ろには仁王立ちで立つおばさんの姿が見える。でも真さんは振り向こうとしない、いや振り向けないのだ。
「…お父さん、何て言ったの?今、なんて言った?」
「いや、あの、僕は…なぁ太郎くん?」
「え?俺?あの…いや」
俺と真さんって、なんか似てる。しどろもどろになってるよ、俺は悪くないのに。
「コタローに謝りな!このバカ親父がぁ!」
「ご、ごめんなさいぃぃ!」
怖いよおばさーーーん!ってそんな言葉使う人だった?!いつものおばさんを取り戻してぇ!
それを可笑しい顔で見ている萌、あんた一人で蚊帳の外か?
「お、おばさん!俺、すいません、ちょっと用事を思い出してので帰りますぅ!」
「あっコタローちゃん?!」
「ご、ごめんなさ、ごめんくださいぃ!」
そう叫んでおばさんの返事を待たずに猛然とドアまでダッシュした。真さんはおばさんに怯えていたし、無傷で俺は秋月邸を後にすることができた。
外に出て秋月邸をジッと見る。おばさんの声がここまで響いてきた。真さん、俺は同情なんてしないよ。俺をビビらせた罰だと思って、諦めてくれ。きっと萌も助け船は出さないだろうし。
それにしても真さん、突拍子のないことを言うね、見合いだって。
まだあの子、高校生でしょ?何を考えてるかわからん、ってか俺が萌に触れただけであんたにキレたのに、見合いなんてムリじゃねぇの?
そんなことを考えながら俺は隣りのぼろっちい我が家へと帰った。
あっシャープペンシル返すの忘れてた…ってこれ俺のだっての。
………捨てよ。