第66話 無表情から乱暴へ
「もしもしあかねぇ!あんた余計なことを言うんじゃないわよぉ!」
太郎君のお部屋は扉が開いていたので、そのまま突進&敷いてあった布団へダイブした。
『余計なことなんて言ってないけど?』
布団をかぶり萌に聞こえないように試行錯誤していると、あかねの呆けた声が聞こえてきた。なんか言ったでしょ、俺の机がどーのって言ったよね?
「俺の机がなんなのよ?小さくて汚いとかって言ったわけぇ?」
『机があるだけマシだろ!あたしなんて机すら持ってないんだから!』
マジかぁぁぁ!?それは申し訳ない!ってか俺、あかねの家には行ったことはあるけど部屋に入ったことはなかった。そりゃ知らなくて正解。
『それより手当て終わったってのに、何でまだ萌が太郎の家にいんの?』
えっあなたそれってまさかヤキモチ?あたしを差し置いてぇぇ!って、そんなこと言ったら電話をプッツリ切られて明日殴られる。
「色々あってねぇ。それよかさっきはマジでありがとう、出来るのなら今すぐ飛んで行ってあなたを抱き締めたい」
『…あんた学習能力ないだろ』
「あっ待って切らないで!謝るから切らないでぇ!」
『怒らせるってわかってて何で言うかなぁ』
「そんなの俺があかねにゾッコンだからに決まってんでしょ」
『切るよ。ップ、ツーツー』
「あかねぇぇ!」
私、何かダメなこと口走ったかしら?ゾッコンって言っただけでバッツリ切られた。俺のこと嫌いじゃないって言ってくれてたのに。
……。
ちょい待って。なんかドアの方に不気味な気配を感じる。
「ぎゃあ!」
踏まれたぁ!布団の上からピンポイントで背中を踏まれた!息が出来ないほど苦しい!
「ケータイ返せ」
一通り俺を踏んだ後、布団をガッパリ剥がされた。下着姿だったらどうするのよ!変人はお前じゃ!
「いだだっ!」
萌は俺の手首を軽く捻ってからケータイを奪い去った。もっと優しくできないの?ヘタこいたら骨折もんだよこれ。
「これ…なに」
ケータイをポケットに押し込めた萌は何かを見つけたのか俺の背中を踏みつけ、小汚い机を指差した。
これが机なわけ?とか言う気?
「何が?」
出来る範囲で背中を撫でながら立ち上がると、萌は机の上にある写真立てを指差していた。
「何って、写真ですけどぉ?」
「…」
「いだっ!」
ちょっとおちょくっただけです!見てわかるでしょ、写真だよ写真!
「何でお前がこの写真持ってんだ」
「一生の宝物にしろって真さんがくれたんだよ」
俺の言葉を聞きながら、萌は真っ赤な写真立てをヒョイと持ち上げた。
萌の手の中にある写真には中学の頃の俺と萌がツーショットで写っている。でも彼女は無表情で、というかカメラ目線ですらない。反対に俺は満面の笑みを浮かべてる、しかもちゃっかり萌の肩に手まで回して。それを撮った後、真さんに追いかけ回されたのは言うまでもない。
「飾ってんの?」
「そうよ。萌と2人で写ってる写真てそれしかないし、とある日の思ひ出ぇ」
なん〜て、実は真さんに飾らないと一条家を潰して物置を作るって言われたんだよ。
まぁ正直言うと気に入ってるから飾ってんだけど。見てよ俺の素敵な笑顔を。
「良い顔してるでしょ?萌の無表情も決まってるし」
「それって嫌味だろ」
「まさまさか!」
お前と撮った写真なんて全部無表情なんだよ。笑顔で写ってんのは小学生くらいまで。あとは全て無表情。中学に入った辺りから突然の無表情…俺にだけ。
「ねぇ萌ぇ」
「なに」
飾ってある写真を手に取った萌は、俺の言葉を無視してそれを凝視している。頼むからそれは俺に投げてこないでね。
「前も聞いたんだけどさ、何でそんな感情を表に出さない子になったの?しかも俺の前でのみ」
言っておきますが、とっても真剣な眼差しで聞きました。でも萌は俺に背を向けているから見えてない。でも声に真剣味が溢れてたから俺の本気を察していることでしょう。
前に聞いた時は「お前がキモイから」って意味不明な答えをもらったんだけど、そんなんじゃ納得できやしねぇ。
「別に、理由なんてない」
「いやいや、あるでしょうよ。理由もなく無表情を貫き始めたなんておかしいじゃんか」
うぎゃ、質問の仕方がおかしい。でもIQが少ないんだから許しておくれ・・・・あれ、そういえば萌って頭良かったよな?なんで俺と同じ高校に入ったの?家から近かったから?バス代を浮かせるため?ってか金持ちなんだからそんなとこで節約すんな!
「あんたがバカ過ぎるからだろ」
「なんで?俺がバカだからお前は無表情萌ちゃんに変身したっての?」
「…」
「ごひぃ!」
写真は投げられることはなかった。でもその代わりに机の上にあったマンガを数冊投げてきた。
「っぶねぇなぁ!」
なんとか布団でマンガ攻撃を回避した俺はそっと萌の顔を見る。やっぱり無表情萌。こうなりゃ名字変えろ、『無表情 萌』に変えろ。
「手当てしてくれた時は笑ってたクセに…」
思い切り小声で反論したけど、さすがミス地獄耳。聞こえていましたか。
「見たわけ?」
「え?み、見ちゃいけなかったですか?」
なんで怒ってるの?だって俺の目の前で笑ってたんだよ?見ていいよって言ってるようなモンでしょ。ちょっマンガを破ろうとするな!千切るな!それ一郎に借りパクしてるんだから!
「消えろ!」
「ここ俺の部屋ぁ!」
萌は机に上がっているありとあらゆる物を俺に投げてきた。時にはシャーペン、そして時には電気スタンド…電球割れたらどうすんだよ!
「こっの乱暴娘ぇぇぇ!俺の部屋を壊す気かぁ!」
さっきのやっぱ訂正させて!『無表情 萌です』じゃなくて『乱暴 萌です』にして!
「触るな!近寄るな!変人!変態!人間以下!」
「おいぃぃぃ!」
最後が悲しすぎる!お前が暴れるから取り押さえようとしてるだけ!そんなこと言うならお前だって乱暴!横暴!お金持ちぃ!
「おりゃぁ!」
「わっ!」
もう机の上に投げられる物がないと悟った俺は、布団を力任せに萌へと投げた。そして布団と共に倒れ込む萌。
やった、やったよ!猛獣を倒した!
「やった!やった!やっ、ごわぁ!」
なんと!布団にくるまれ身動きが取れないと思われていた萌が足払いを仕掛けてきた!勝ったと確信していた俺はそれに反応できるハズもなく、その場へ突っ伏す。ケガ人をいたわってちょうだい!
「小汚い布団なんか投げやがって」
こ、小汚いだとぉ?毎日お世話になっている布団様を小汚いって言ったね?もう許しておけないよ!
「ちぇぇい!」
布団をこっちへ投げ返そうとして立ち上がった萌に、お返しとばかりに足払いをお見舞いした。布団のせいで足下が見えていなかったね?俺の痛みを知れ!
って…。
「うわっ!」
「ごわっ!」
足払いされた萌は布団を持ったまま捨て身の攻撃ともとれる全身アタックを喰らわせてきた。布団が間になっててよかった。もしなかったから俺は重大なダメージを受けてたよ。
「いだだだだ!痛い!痛いって萌ぇぇ!」
布団と萌の下敷きになった俺に向けて無数の拳が飛んできた。布団があるから軽度のダメージ…
じゃないよ!本気で殴ってきてる!これなら全身アタックの方が百倍マシなんですけどぉ!いつまでもマウントポジションをとってるなよ!早く俺から降りてぇぇ!
「どれだけ変態だお前は!」
「誰がじゃい!」
「お前の他にいるか!」
「何を…だっ!いだっ!だだだ!」
しゃべるヒマすら与えないほど萌の拳が飛んでくる。腕が何本もあるようだ。
しかし萌さん、わかっておられますか?いくら俺があなたよりも下の階級だからと言っても、力は僕の方がある…と思われますよ。
「はいぃぃ!」
一気に数十発も正拳を繰り出したからか、萌は一瞬だけ息を整えようと拳を引っ込めた。けれど俺はその瞬間を見逃しません。布団を一気に持ち上げ、それをもう一度投げた。正確には被せた。猛獣を沈めるには暗闇が一番…かどうかは存じ上げません。
「お前って女性は、マジで凶暴過ぎだわ!」
「臭い布団を近づけるな!この女言葉男!」
「臭い言うな!これでも母ちゃんが洗濯してくれてんだから!ってかオネェ言葉と呼びなさいな!女言葉男なんて単語ないわよぉ!」
多分、洗濯はしてくれてると思う。それかクリーニング屋さんが。
「気持ち悪いんだよ!」
「それはごめんあそばせぇぇ!」
うぉぉぉ!と俺は布団から這い出てこようとする萌を一生懸命に阻止した。悪いがここは本気でいかせてもらう!じゃなきゃ俺に明日は来ないから!
「ちょ、おもっ、重い!」
「うぉぉぉ……え」
そりゃ苦しいよね、重いよね。
萌の動きを止めようと気合いを入れすぎた余り、彼女をガッシリと抱き締めてしまっていたよ。でも布団の上からだから触れても腐らないよ、大丈夫。ハハハ…なわけねぇ!
「くる、苦しいってバカ太郎!」
「あお、ご、ごめんなさいぃ!」
見ると萌の顔は真っ赤になってしまっている。そんなに苦しかったの?ごめぇんねぇ。
急いで萌から離れて布団を掴み、怒りを静めてもらおうと勢いをつけてそれを引っ張った。でもやっぱり僕はバカでした。つられて萌も引っ張られるなんて予想してませんでしたよ。
「おんぶっ!」
布団と一緒に飛んで来た萌が勢いそのままにラリアットを繰り出した。首がお留守になっていたからモロに衝撃。息が一瞬止まった。
「っばぐ!」
日本語すらまともに話せなくなった俺はプラス2度目の萌による全身アタックも喰らい仰向けに倒れ込む。胸に思い切り頭突きしやがった!疲労も頂点に達するわ!
「ごご…」
あまりの痛さに涙目になった俺は、さすろうと両手を胸に当てる。と、何か柔らかいモノに触れた。なんだコレ、髪の毛のような…。
「むぃぃぃ!」
萌が直にぃ!萌を直に抱きしめてしまってるぅぅ!慌て過ぎてうまく萌の名前を叫ぶことが出来なかった!あっ女の子って、柔らかい…純情少年で悪い?
「あわわわ!」
慌ててみたけども、なぜか動けません。手を放して即座に土下座でもすればいいんだけど、金縛りに遭ってるように身動きがとれない!
「…」
仰向けに倒れている俺は上に乗っかっている萌に真っ赤な顔を見られまいとそっぽを向く。だったら離れたら良くない?でも、でも体が動かないんだもの。
「…」
なんか言ってぇ!ボケとかバカとかでいいから言ってぇ!
「も、萌ぇ?」
俺の腕の中にいる萌は動かない。って息をしているの?
「…」
「え、ちょ、萌?」
いつになく無言が長い。もうこの時点で俺の体は悲鳴を上げなくちゃいけないのに、萌は全く動く素振りすら見せない。
「え、なに、何で?」
ゆっくり、そして素早く萌を抱き締めている両手を放し、体を起こそうと試みた。
「あの、た、立ってくれません?」
「…」
そう懇願しても萌は俺の胸に顔をうずめたままです。何コレ、何のドラマ?恋愛ドラマ?俺っていつから主人公に成り上がったの?
「…触るな」
「え?」
突然萌の怒りに打ち震えた声に困惑した俺は、思わず彼女の顔を覗き込んだ。
「触るな!」
「なぜぇ!?いてぇ!」
ガバッと顔を上げた萌に渾身の頭突きを喰らった。ガードできないのを良いことにこの女ぁ!微妙に目を潰しやがった。目玉がめり込むわ!
「バカ太郎が!」
バカを連発する萌は立ち上がる直前に俺の右太ももを踏んだ、しかもヒザで。目玉はめり込むわ、ヒザはめり込むわで、俺を誰だと思ってんだ!ケガ人だよ!
「もうマジでなんなのよ!マジで痛いんですけどぉ!」
触れたのは百歩譲って謝ってもいい。ついでにちゃっかり抱き締めてしまったことも謝ってあげよう。だけどそれはあなたを助けようと思ってやったんだよ?恩を仇で返すの?
「こんな写真、早く捨てろ!」
「なんでだよ!お前だって自分ちの机に飾ってんじゃんか!」
写真を掴みどこかへブン投げようとした萌だったけど、俺の言葉に一時停止をした。あぶねぇ、もう少しで窓ガラスを割られるとこだった。
と思ったのも束の間、萌は写真立てを握り潰しそうな顔でゆっくりと近付いてくる。
「やっぱりあのとき見てたわけ」
「み、見たよ!見てください的に机に飾ってたでしょうが!」
泥棒騒ぎがあったとき、秋月邸でお泊まりをすることになった俺はそれと同じ写真を萌の部屋で見ていた…のを今になって思い出した。
お前だって飾ってんじゃんかよ。何で俺のだけ捨てようとするんだよ!
「勝手に人のモノ見て…」
「お、お前だって勝手に見たじゃんか!」
この矛盾ガールが!お前だって勝手に写真見て、マンガ投げて、電気スタンドまで投げて!狭い部屋で暴れるな!
「ってか見られて困るならどっかに隠しておけば良かったんじゃないのぉ?俺?俺は別に見られても平気だから机に飾ってんのぉ!部屋に来るのって一郎くらいだしぃ?」
返して!と俺のマシンガントークに呆けている萌の手から写真を奪った俺は、それを机の上に乱暴に置いた。そして軽く睨んでやった。
あ〜あ、一郎のマンガがめちゃくちゃだよ。これって単行本だけど高いんだよ?A4判のマンガだから高いんだよ?ちゃんと弁償してよね!
「…あかねが入ってんだろ」
「えぇ?」
あかねぇ?何でお前がそんなこと知って…あっさっきの電話か。
「俺が寝言で助けてぇ!って言ったら本当に助けに来てくれたんだよ」
「は?」
「何でもいいでしょうよ!とにかく部屋掃除するから手伝って!」
気付いたらもう部屋はグチャグチャ。布団はあっち、マンガ数冊はこっち。おまけにペンやら何やらが床にぶちまけられてるし。汚い部屋がもっと汚れたわ!
「ゴキブリ出たらヤダ」
「出ねぇよ!」
今までゴキブリなんて一度も出たことないですから!出るのは決まって直秀のお部屋。俺は清潔人間だからゴキブリとは無縁なのさ。
「あっ」
「え?」
ぶつくさ言いながら落ちたマンガを拾おうと腰を下ろした萌が驚いた声を上げた。何?まさかゴキブリ登場したの?
「どした…あっ」
シャーペンを拾っていた俺は萌のスカートに目を奪われた。なんで、何で裾が破れてんの?もう少し破れてたら・・・・ちょ、変人!
さっき暴れた時に破れたのかなぁなんて思った俺は、まず目のやり場に困ってしまってワンワンワワン…消えろ俺!
「あっちょっ、これ、これ!」
シャーペンなんて後でいい!まずは萌を何とかしないと!
タンスから去年買ったスエットを取り出し萌へポンと投げる。洗濯してからずっとタンスに眠ってたから臭くない、と思うよ。
「それで頑張って!」
「…」
ちょっと萌さん、ワタクシがこんなに慌てているというのに、あなたはなぜそんなに穏やかな顔をしているの?どうしてスエットをガン見してる?
「でかっ」
冷静なコメントは今いらないから!