第65話 ケガはピザを呼ぶ
何でこんなことになったのか、何で萌が俺の家にいるのか、そして何でノブ君までもがいるのかわかりません、本当にわかりません。誰か教えてください。
家にあった救急箱は悲しいほどに何も入ってなかった。あったのはバンソーコーとムダに長い包帯。あとはもうなくなりかけた消毒液。
「いあぁ!」
「うるっさい!」
「だ、だって」
消毒液かけ過ぎだから!染みてすっげぇ痛いんだよ!それとやってくれるのはとても嬉しいんだけど、ノブ君がガン見してるから恥ずかしい!見過ぎだから!
「バンソーコーこれしかないの?」
萌は3枚しかないバンソーコーを手に取ると俺の顔や腕を次々に見てくる。
「な、なに?」
「一番ヒドいとこに貼るんだよ。…顔でいいか」
「いでっ!」
貼る瞬間に傷口を押しやがった!しかも何気に萌のヤツ嬉しそうな顔してるんですけど!その前に頭、石で殴られた頭をガッシリと掴まないで!
「いだだっ!も、もういいから!いいって!」
「良くない!」
「いぢぃ!」
何度やめてと叫んでも萌はやめてくれなかった。
…ぐぐぅ。
お腹空いた。そういや昼飯食ってそれから何も口にしてない。
萌に嫌がらせ…じゃなくてケガを処置してもらった俺は母ちゃんの言葉を丸ごと信じてテーブルの上を見た。そして『肉まんあったからレンジでチンしてから食べな』というメモ紙をクシャクシャに丸めてゴミ箱へブン投げた。
成長期の真っ只中にいる俺が肉まん2コで腹が満たされるわけないだろが。でも萌もノブ君もいるから三等分にしなきゃなの? ってかコレ、いつの肉まんだよ。冷凍してるから大丈夫…あかねの母ちゃんみたいなことすんな!
「え〜っとお二人様、お腹減ってないですか?」
秋月邸にあるようなでっかいふかふかソファなんかじゃなく、2人用の古い長いすに座った萌とノブ君にそう聞いた。でも肉まん2コしかないから聞くだけ野暮。
「いや、俺は」
ノブ君は苦笑いして萌に視線を移す。頼む、キミもお腹空いてないって言ってくれ。
「え、私?」
ぐぐぅ。
……。
お、俺じゃないよ。2人のどちらかですよ。ってノブ君ですね?顔が赤くなってますよ。好きな女性の前でお腹が鳴ったらそりゃ恥ずかしいですよね。でも俺だったら全然恥ずかしくない。むしろ「お腹空いちゃったぁ!てへっ!」とか言ってる。 そして「もうしょうがないんだからぁ」と言った彼女はカバンからあんパンを一つ取り出すと可愛く「ハイどうぞ」と言ってくれる…そんな人大募集中!
「あ、や、やっぱり空いた、かもしれない」
あははーと照れを隠すように笑ったノブ君はそれから俯いてしまった。な、なんか気まずい。なんとか話を逸らさないと。
「じ、じゃあ今チンしますねぇ」
凍った肉まんをわし掴みしてレンジへと向かおうとした時、まだ赤い顔をしているノブ君にストップさせられた。暖め方に何かしらのこだわりがあるんでしょうか。
「何か出前でも取らないかい?奢るよ」
ほ、ホントですか?!ウソの名前を言ってあなたを騙そうとしていたこの僕に、何かを奢ってくれるというんですか?あなたって、体の半分は誠実でできているのですね。
俺からの羨望の眼差しを受けたノブ君はおもむろに携帯電話を取り出すと、慣れた手つきでどこかへと掛けた。それを冷たい肉まんを持ったまま見つめる。萌は腕を組んで隣りのノブ君をガン見。お前も腹が減ってたんかい。
「あっもしもし、ピッツァピッツァですか?…えぇと、デラックスピッツァピッツァを…はい、あとハリケーンピッツァピッツァを…ジュースはいいです、はい」
今、何回ピッツァって言った?しかもピッツァは2つ頼んで飲み物ナシって、喉が詰まる確率が大幅にアップしないか?…まぁいいか、飲み物なんて水で充分でしょ。
それにしてもピッツァピッツァなんて店この辺にあったかなぁなんて思っていると、ノブ君の隣りに座っていた萌が立ち上がり、肉まん片手に突っ立っている俺に向かって前進してきた、しかも腕組みをしながら。そしてあかねも顔負けな小声を出した。
「何でノブ君まで呼んだ?」
「え、俺かよ」
「あんたが狭くてもいいならどうぞって言ったんだろ」
「い、言ったけどホントに来るとは思わなかったんだよ」
留守番してくれたら直秀を婿養子にしていいからと、本人に何の確認も取らないまま母ちゃんは萌に勝手なことを言った。そしてなぜか頼むね〜とノブ君の肩まで叩いて一条家を後にした。そりゃあ狭いけどどうぞぉって言わなきゃいけないじゃんか。
「来ちゃったんだから仕方ないじゃんか。そんなことより今はピッツァだよ」
あっ思わずピッツァなんて言っちゃったけど、ピザなんて去年食べて以来口にしてない。そこいくとノブ君を招き入れて大正解だったかもしれないね。もし萌だけを家に招いてたら間違いなく柿の種を買って来いとか命令されてたよ、ノブ君に感謝。
「はい、じゃあお願いします」
どんなピッツァに出会えるのか楽しみでしょうがない俺はノブ君が電話を切ったのに気がつかなかった。頭の中はもうピッツァ。ハンバーガーも好きだけど、ピッツァも大好きなのさ。
「30分くらいしたら出来上がるみたいだから取りに行ってくるよ」
デリバリーじゃないのかよ!30分くらいしたら届けに来るよじゃないの?
「あっじゃあ俺が取りに行きますよ」
奢ってくれるってのに取りにまで行かせるわけにはいかないよね。場所はわからんけど近くでしょ、パパッと行ってちゃちゃっと帰ってきますよ。
「え、でも店まで車で25分かかるんだよ?」
それは無理だ!歩いて取りに行ったらせっかくのピッツァが冷めてしまう!ノブ君は車持ち、そしてお金持ちですな。
「ちょっと行って来るよ、着く頃にはもう出来上がってると思うから」
そう言い終わったノブ君はチラリと目線を萌に向けた。
「すぐ戻るから」
あっそこは「一緒に行かない?」じゃないんだ。う〜ん、さすが大人だ。一郎ならまず絶対に一緒に来てぇ!って叫んでるよ。
「うん、気をつけて」
「すいません、何のお役にも立てないで」
恐縮ですホントに。金もなけりゃ車も(免許すら)ない。甲斐性なしにも程がある。誠心誠意を尽くしてお礼を言うくらいしかできない。
「気にしないでいいよ。じゃあちょっと行ってきます」
「いってらっしゃ〜い!」
新妻気分で肉まんを皿に戻し、ノブ君に手を振った。ちっくしょう、彼の短所が見当たらない。どうにか見つけようと思っても長所しか見えてこない。
「あんたって本当に調子いいわ」
手を振り終えた俺は強烈な一言を浴びせられた。調子良くて悪い?不機嫌ヅラよりよっぽどマシでしょ。
調子良くてすんませぇんと謝った俺は冷蔵庫へ向かう。口の中が切れてるから水とか飲んだら染みるよなぁなんて考えたけど、ノドが渇いたんだから仕方がない。
「あっそうだ萌。ノブ君てビールとか飲むのかな」
冷蔵庫を開けてペットボトルに入った水を取り出したとき、350ミリリットル缶のビールが目に入った。
「わかんない」
こちらを見向きもせずそれだけ言うと、萌はノブ君が座っていた場所をポンポン(正確にはバンバン!)と叩いた。どうやら座れという合図ですな。
でも近寄ったら殴ってくるのか?いや、自分から呼んでおいてそれはないか。
水を半分ほど一気飲みした後、失礼しまぁすと気味悪く笑った俺は指定された場所へ腰を下ろした。
でも座ったはいいけど萌は何も言わず腕を組んでジッとどこかを見ている。俺がここに座った意味があるのだろうか。それとも俺の言葉を待ってんのか?心待ちにされているのならば、ここはワタクシが一肌脱ぎましょう。
「ノブ君て、いい人だよねん」
「ピザ奢ってくれたからだろ」
うっ鋭いねあなた。しかし本当のことだから反論できない。
「まだ痛む?」
そう聞いてきた萌はまだこちらを見ない。…こっち見てないで正解だよ、見られたら上目遣い確定だし。明るいトコで顔を赤く変色したくない。
「あ、いや、もう大丈夫」
実を言うとまだめちゃくちゃ痛いんだけど。痛いなんて言えるか!また消毒液攻撃をされたくない。
あかねの言った通り絶対に顔腫れるねこりゃ。地味にもう腫れてきてるし。
しっかし、まさか萌に真正面から抱きつかれるとは夢にも思ってませんでしたな。いくら殴られた頭が痛くて意識が切れかかってたといっても、忘れもしないよあの感触…俺、変態に近付いてない?
それに触れたら腐るはどこにいったんだよ、自分から触れるのはいいのか?でも今スキをついて彼女に触れようとしたら腐るって言われるね絶対に。
「ノブ君て働いてんの?」
「大学生…だけど来年からお父さんの会社で働く、らしい」
それは次期社長として?なんて聞けません。イコール将来は萌の旦那さんになるのよね?って聞いてることになる。
俺も高校卒業したら働かなきゃなー。就職先が見つかればの話だけど。大学に通えるような金はうちにはない!が母ちゃんの口癖だし。あっそうだ、真さんの会社に入れてもらえば…無理だな。俺を嫌ってる真さんが了承してくれるハズねぇよ。
「ノブ君てお金持ち?」
「なんで」
またきたよ棒読み返事。疑問形ですらない。
「いや、大学生なのに車持ってるし、ピッツァ奢ってくれるし。それに真さんに気に入られてんでしょ?」
「嫌われてんだよ」
意外な展開!突っ込んだ話をしてもいいの?でもここで聞かなかったら俺は今日気になって眠れない!
「なんで?なんで嫌われてんの?」
理由を聞く気満々だった俺はケガしてることも忘れて萌に詰め寄る。それに驚いて仰け反る萌様。
「な、なんでそんなノブ君が気になる」
だからそこはクエスチョンマークをつけてよ!
「気になるわ!だってあんな誠実なノブ君がなぜ真さんに嫌われてんの?何かやらかしたの?」
「そういうわけじゃないけど、生理的にムリって言ってた」
なんじゃそら。真さん!その言葉、そっくりそのまま返してやるわ!ってか真さんもしかしてノブ君が萌を好きだっての知ってんじゃねぇの?おかしな人だよ、杉なんとかとか金田とかと結婚させようとしたクセに。自分が決めた男しか許せん!みたいなやつか?メンドくせぇ親父だ。
「嫌ってんのに真さんの会社で働かせるわけ?」
「そう…らしい」
あれ、おかしいよ。ノブ君はどっかの会社の跡取り息子って設定じゃないの?大学を卒業したら即、副社長とかいう筋書きじゃないの?いや、設定って意味がわからんね。
「ノブ君のお父さんは厳しい人だから、社会人の経験を積ませる為にもいきなり自分の会社に入れるわけにいかないって言われた…みたい」
なんで最後に必ず『らしいorみたい』が付くんだよ。全てあなたの勝手な想像か?ってやっぱ金持ちのボンボンか。
こうして見てみるとなんか俺の周りって金持ちが多くない?隣りにいる腕組み女王はとてつもない金持ちだし。なんで俺は金持ちじゃないんだ?なんで俺の部屋にはベッドすらないんだ?その前に小さくていいからテレビが欲しい!
「欲しいぃぃ!」
「は?」
「あっ」
気がついたら口を滑らせていた。
ち、違うから!お前が欲しいとかそういう類じゃないから!ちょっと、微妙に逃げ腰になるな!いっいだだ!体をいきなり動かしたから腕やら腹やらガンガン痛くなってきた!
「た、太郎?」
思わず腹を抱えてしまった俺の背中に萌がそっと手を乗せた。でもそれを振り払う事が出来ない。うわわわわ!触れたら腐る、触れたら腐るってぇ!
「触れ、触れた…ら」
「なに?」
やっと疑問形。でも痛くてそれどころじゃない!俺って早熟じゃなくて晩成型なんだね。後から痛みがジワジワ効いてくる。
あったしか一郎もあかねに殴られたとき、時間が経ってから片目がお岩さんになってたな、さすが同類。ってか顔が痛い!あかねの予言通り、絶対に明日顔腫れる!
「よ、横になった方がいいんじゃない?」
「あ、そ、そうですねぇ」
え?ちょ、いいから!ヒザ枕とかいいから…あっ違うのね。いや、わかってたよ?わかってたけど、少しくらい夢を見てもいいじゃないですか。
「タオルは?」
「え?あかねの?」
「お前の」
「…(お前って)た、タンスとかに入ってると思うんだけど」
「冷やしてくるからちょっと寝てろ」
そこは命令文なんですね。でも動けないから命令に背くことは不可能。
俺は古い(何度も言わせないで!)ソファを独り占めにし、萌はタオルを捜しに奥の和室へ消えて行った。
くっそぉBの野郎、本気で何度も殴りやがって。お陰で節々が痛いじゃんか。しかも石って、凶器を持ってって、どういうことよ。警察に突き出してやろうか?いや、今度会ったらジャンプキックを喰らわせて猛ダッシュで逃げよう。そして全て忘れてやろう。優しい俺に感謝しろよB!
「冷たいぃぃ!」
「うるさい!」
いきなりタオルを顔に投げつけるヤツがあるか!ちょっと油断したらこれかい。あまりの冷たさに心臓もビックリだよ。
「おぉ、冷たいけど気持ち良い」
ジンジンしていた痛みがまるでウソのように…言い過ぎたかもしれないけど少し楽になった気がするよ。
「ありがと萌ぇ」
タオルで顔面を隠してるから彼女がどんな顔をしてるか、その前に近くにいるのか不明だったけどお礼はちゃんと言わないとね。
「…」
あれ、やっぱ近くにいないのか。じゃあ好きなこと言ってもいいか?
「萌ちょわぁぁん…ぐぉっ!」
「死ね」
「おぃぃぃぃ!」
いたんかい!いるならいるって言ってよ!ってかお礼言ってたのに無視してたのかよ!
腹部に重い衝撃を受けたよ。しかもウマいことみぞおちに入った。かかと落としを喰らわせたね?
(おかしな発言するからだよ。自業自得だバカ太郎)
て、てめぇは悪魔!もう消えたのかと思ってたよ。再会できて嬉しいよ。
(…ップ)
勝手に遮断すんじゃねぇ!人が正直な気持ちを言ったらこれだ。恥ずかしいならそう言ってから消えろよ。
顔、腕、腹の痛みに苦しみながらタオルをそっと外して萌の居場所を確かめてみた。殴る準備とかしてないことを願う。
「…!」
ジッと見られてるよ僕。でも見られるだけならまだいい、何で笑顔?俺が痛みに苦しんでる様を見るのが面白いのか?女神のような微笑みしてんなよ。
「ノブ君遅くね?」
まだ笑ってやがんだろうなと思いながらも、目をつぶりそう聞いた。そういえば萌、まだ制服着てる。着替えに一度戻ったらどうでしょうか。ってか俺も着替えたいのよ。
「行くだけで25分くらいかかるって言っただろ。往復で一時間近くかかるんじゃないの?」
「マジかよ!ピッツァ冷めちゃうよそれじゃ!」
「私に言うな」
ごもっともです!でも、あと小一時間もこの状態でいるのツライんですけど。
パリパリ…パリパリ。
何コレ。何の歌?
耳障りもいいトコだよ、とおもむろにタオルを顔から外すと萌がケータイを取り出した。ってお前の着メロなんだよ!もっと明るい音楽にしようよ!
「あかねだ…もしもし?」
着信はあかねさんだったらしい。萌はなぜかタオルを外してしまった俺を軽く睨むと居間を出て行った。女性の話を盗み聞きするな!みたいなカンジで睨んだの?さっきの微笑みとはまるで違う。
「あぁ、つまらん。着替えたい」
萌が居間を出て行った後、痛みが少し良くなったので着替えようと立ち上がろうとした。うぎぃ、足がイテェ。こんなんで2階にある俺の部屋まで行けるのか?
「わっせ、わっせぇ」
なんとか萌が出て行ったドアの前に来ることに成功。あとはこの歪んだ(築数十年だから至る所が歪んでる)扉を開け放てば階段にたどり着ける。行け俺ぇ!
「…うん」
おや、萌の声が聞こえるよ。さすがちゃんと閉まらないドアだ。隙間から声が漏れてくる。
「今?今…太郎の家にいるけど。うん、一応だけど手当てみたいのはした」
どうやらあかねは俺のことを心配して電話してきたみたいですね。ってかそれなら俺のケータイに掛けてよ!なんでわざわざ萌に?
「え?机?誰の?」
なんだ?萌がないこと疑問形を連発してるぞ。
「太郎の?え?上?なんの?」
混乱し過ぎだねこりゃ。あかねのヤツ、きっと自分でも何を言ってるかわかってないんだろうね。それかめちゃくちゃ小声で聞き取れないとか。
……俺の、机?
「ストォォォップ!」
気がつくと思い切りドアを開けて威勢の良い声を上げていた。
「な、なに?」
「ちょっと電話貸してぇ!」
「なんで!」
「あかねに話があるんだよ!」
「ちょっ!」
いくらケガをしているとは言っても、男性と女性では体格が違います。
ケガをしているからか、俺が萌に触れても思い切りブン殴ってくることはなかった。ってかさっきは思い切りかかと落とし喰らったけど。
「貸してねぇん!」
どりゃぁ!と萌からケータイを奪った俺はケガの痛みなんてどこへやら、階段を駆け上がった。