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第61話 手くらい洗わせて

ちょうど曲がり角を曲がって公園が見えてた辺りで萌が体当たりを仕掛けてきた。全力疾走したせいで疲れ果てていた俺はその場に無惨にも顔面から突っ伏す。

ってか萌、お前も全力で走ったってのにまだそんな体力残ってたんだね。


「ぜぇっ、ぜぇっ…」


やっぱり疲れてんのかいぃ。そんな肩で息をするくらいなら大人しくノブ君とイチャついてりゃよかったんだよ。俺なんかを追いかけて来ても何もお礼はできないよ。


「あんた、なんで、家に、入らな、かったんだよ…ぜぇっ」


「え?ごめん、何て言ったかわかんない」


まだ疲れは取れてないみたいだね。今しかねぇ!

萌よりも早く回復できた俺は「あ〜疲れた」とボソッと呟き、素早く立ち上がると水がある場所に移動しようと歩き出す。でもそれを逃げようとしていると勘違いした萌が息も荒く追ってくる。って怖いから!瞬きくらいしようよ!


萌のあまりにも必死な形相に驚いた俺は両手を突き出してストップさせる。ってか服を掴むな!なんで手を洗おうと移動しただけでこんなに焦らなきゃいけないんだよ。


「手を洗うだけだっつーに!」


「ウソだ」


「ウソじゃないって!見てよこの両手を!血で真っ赤でしょ?」


とはいっても血が付いているのは指先のみ。しかも乾き始めてきている。早く洗わないと気持ち悪いったらありゃしねぇんだよ。

俺は立ち止まってくれた萌に警戒しながらも蛇口を捻る。最初はぬるい、けど段々と冷たくなってきた。春の夜にはしみるねぇ。


「っと、ちょっと引っ張らないで!」


萌は何を考えたか、やっと水に触れることができた俺の学生服を引っ張ってきた。思うように洗えないって!


「あんた、ノブ君が何者なのか聞かないわけ?」


「はいぃ?」


何者って言われても困るんですけど。それに聞かなくてもわかるっつーに。


「萌の彼氏でしょぉ?…ちょっ!引っ張らないでって!」


グイグイと意地悪をするように引っ張り、蛇口から俺を遠ざけようとする萌に対抗して思い切り手を伸ばすも結果は丸見え。俺は充分に洗えないままで水とサヨナラをさせられた。萌、お前の目的はなんだ?何がしたいのよ。


あまりキレイに手を洗えなかった俺は蛇口を捻って水を止めてしまった萌を軽く睨みつつ、ポケットからハンカチを取り出そうと手を入れた。


「あっ」


ハンカチしわくちゃだよ!いつからのヤツなんだこれ。…仕方ねぇ、服で拭くしかないか。あっこれってちょっとしたシャレ?


「…」


しかし今はそんなことは言えない。「面白くない」って一刀両断されるに決まってるから。ってか俺がどんなに面白いことを言おうとも萌は笑ったためしがないけど。


仁王立ちの萌は学生服で手を拭いた俺をジッと見つめていると思ったら返答に困る質問をぶつけてきた。


「なんでノブ君が私の彼氏なわけ?」


「はい?僕に聞かないでくださいますか?」


「ふざけるな」


「ふざけてなどいませんよお嬢様ぁん」


「…」


「いづぅ!」


絶対に殴られるってわかっていてもこういう言葉を吐いてしまう。俺ってマジで頭が悪いと自分でも思う。だけど、何だかよくわからないけど、萌の言葉にいちいちトゲのある返事をしてしまう自分がいました。でも痛いのに変わりはない。


ヒザに前蹴りを喰らい、思わずかがんだ俺は失敗したと気がついた。萌の、萌の足が目の前に…逃げろ!


「っぶぉ!」


思った通り鞄が飛んできた。それを間一髪で交わす…でもその鞄が振り子のように戻ってくるのまでは予想してなかった。


「ごっ!」


後頭部に激痛です。もうお星様が見えるどころじゃない、火花が散りましたよ。ってかお前が蹴ったからうずくまったってのに。


「いってぇなぁもぉ!殴る前に何か言ってくれ!」


「変人、変態」


「だ、誰がだ!」


もうイヤ!と立ち上がった俺は睨み続ける萌とバッチリ目が合った。なんだよ、なんでそんなガン見してんのよ。睨まないでくれ、できることなら上目遣いしてよ。

そんな有り得ない考えを巡らせていた俺は驚いた。萌、なぜにさっきの一郎みたいにオドオドしてんの?


「…ねぇ」


「へ?なに?」


「な、なんでもない」


ちょ、気になるって!どうせなら最後までズバッとお願い!

何か言おうとしているのが見てわかるけど、萌は目を右往左往しているだけで何も言ってこない。


「なんだよ?はっきり言ってくれぇ」


悪いがお前の心を読む技術を会得してないのでそんなにジッと見られてもわからないんですよ。あなたはあかねとは違ってアイコンタクトはあまり通じないし、できることなら口に出してちょうだい。


「…」


「え、なんで黙ってんの?」


…もうここまでダンマリされたら俺も黙り込むしかないか?ってか夜の(まだ夕方ですけど)公園で黙り大会を開催しても意味がないけど。

でもここまで黙られたら俺だって負けるわけにいかない!お前が何か言うまで黙ってやる!


「あんたさ」


はやっ!もう俺の勝ちじゃんか。戦った意味がねぇよこれじゃ。


「あんた、覚えてないの?」


「何を?」


なんでそこで主語を抜かしてしゃべるんだよ。「〜が〜で〜をした」ってはっきり言ってもらわないと全く理解できないって。


「あんたノブ君に一回だけ会ったことあるんだよ」


「ウソっ」


会ったことあるっけ?でも俺、あんなカッコイイ男子を見たことなんてないんですけど。お前の勘違いか何かじゃないの?それか妄想。


「って言っても、私があんたの隣りに引っ越して来た日だけど」


「えぇ?いつの話をしてんだよ。そんなの覚えてるわけないっつーに」


萌が引っ越して来たのって小学2年生のときでしょ?あれから何年経ってると思ってんだ、俺達はもう高校2年…時が経つのってホントに早いよね。

思い出せ!と言わんばかりの萌の視線に痛みを感じた俺は、一応思い出すマネをした。でも思い出せるわけがない。


「ホントに覚えてないのかよ、ば…」

「覚えてません!」


覚えてないからってバカって言おうとするな!お前の頭の中には「バカ」という言葉しか存在しないのか?もしくはバカと言うなら「覚えてないの?このおバカさん」でお願い!それプラス言うときはおでこをこうポカリと…俺、誰に何をやらせようとしてる?


「前に住んでた所がノブ君の家の隣りで、よく遊んでくれてたんだよ」


「へぇ、そりゃ初耳ぃ」


「マジメに聞け!」


「いでっ!…すみません」


ちょっと相づちを打っただけで殴るなよ。手じゃなくて口を出せ…暴言はやめて。


「引っ越しの時にノブ君の両親も手伝ってくれて。その時あんた、アホな顔で会ってるんだよ」


「あ、アホな顔って…」


小学2年生の男子児童に向かってアホはないだろよ。…萌が引っ越して来た日?


思い出せるのは当時、隣りに家が建つって話を聞いてから見る見るうちに俺の家から光が奪われていったこと。

それで文句の一つでも言ってやろうとお前の家に殴り込みを掛ける作戦を直秀と練った。でもアホな顔なんて決してしてないよ、歯を食いしばって直秀と一緒に

「光を返せ!」って言ってダッシュして逃げた記憶はあるけど。…う〜ん、やっぱ会った覚えはない。


「でもずいぶん前のことだし。あんたのアホ面もヒドくなってるからノブ君、気がつかなかったのかも」


「それは言い過ぎ!」


ホントにヒドイよこの娘!大人に近付いてるからとか、もっと他に言い方ってもんがあるでしょうよ。どこまで人をコケにすれば気が済むんだよ。


「でもこのまま知らない人にしておいた方が萌の為にもいいんじゃないの?」


「なんで」


頼むから疑問形で返してくれ。


「どう見てもノブ君は萌にぞっこんみたいよ?俺みたいなヤツが隣りに住んでるって聞いたらきっと半狂乱になって一条家は潰される。まぁ萌の為でもある前に、俺の家の為でもあるな」


「なんで」


ちょっ、人の話聞いてる?疑問形でって…。


「別にあんたと知り合いだからって、ノブ君は別に何とも思わないんじゃないの」


「そ、そうかしら?」


そう言いつつも、俺を追いかける萌を見つめるノブ君は別に何とも思わないよって瞳(め)をしてなかったと思うよ?お前って、実は鈍感娘?


「いでっ!」


「だからニヤニヤするな。気持ち悪い」


「気持ち悪いって言うな…言わないで!俺だって人の心を持ってんだ、傷つくわ!」


「…」


おっ、なんか俯いたぞ。俺の言うことも一理ある、ごめんねって言うつもりか?そういうことならいつでもどうぞ。


「うるさい」


「なんで?!」


口を開けば悪態、悪態、しつこいけど悪態。俺のこと気持ち悪いと思ってるなら追いかけてくんなっ。



それからしばらくの間、俺達は無言の境地に立った。萌は「うるさい」と言ってから何か考えているのか、チラリと俺を見たと思ったらすぐに視線を外す仕草を見せる。俺は俺でアホな顔で萌の言葉を待った…やっぱりアホ面してるかもしれない。


リンロンリン…リンロンリン。


このアホな着メロは、一郎からだな。

ディスプレイにはやっぱり「いちろう」の四文字。あの野郎、俺を殴っておいてよくホイホイと電話なんてできるな。どうする、出るか?出ないか?


「もしもし?」


出ちゃったよ!しかも普通に。


『あ…も、もしもし?』


「もしもし?」


なんだこの野郎、ちょっと声がオドオドしてんな。もしかして、さっき殴ったこと気にしてんのか?


『あ、今、どこにいる?家にいないだろ?』


「近くの公園に来てる」


『な、なんで?』


「手を洗うために」


『え、なんで?』


「…るっせ。切るよ?」


『あっちょっと待って!秋月もそこにいる?』


「なんで?」


あっ一郎のマネしちゃってるよ。

俺と一郎の会話を萌は無言でジッと見届けている。ってか見過ぎ、ガン見しすぎ。めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど。


それにしても、ついさっきまで本気で殴り殴られたヤツらの会話と思えないな。一郎も別に謝ろうとか思って掛けてきたわけでもなさそうだし、俺も謝って欲しいとか思ってないし。でも申し訳なさそうな声は出てるけど。謝るのなら聞いてしんぜよう、でも聞きたいことがあるからその後で。


「ってか円さんは?」


『…フッた』


「えぇ?」


マジか一郎ぉ!俺だって誰かをフッたことなんてないのに!…告白されたことがないから当たり前だけど。


『フッてやった!やっぱり俺なんて一生独身で過ごすんだ!太郎も一緒にどうぞ!』


「気持ち悪い!…ップ、ップーップー」


思わず電話を切ってしまった。いきなり怖いこと言うなボケェ!ビックリしたじゃんか!


「野代?」


また掛かってくるんだろうって思っていると、無言を貫いていた萌がやっと口を開いた。うわっ、ちょっと近いって!近寄るなとか自分で言っておいて反則だよそれぇ!

ってもう辺りが真っ暗になってきた!早く帰りたい!


「うん一郎からだった…ってか萌ぇ、もう帰らない?」


ノブ君がきっとまた待っているだろうなんて一瞬考えたけど、そんなの気にしてられない。この公園から家まで帰ろうとした場合、たしか途中で一カ所だけ街灯が消えてる所があるんだよ、できるなら暗くなる前にそこを通過してしまいたい!


「や、ヤダ」


俺の意見に賛成の意を表してくれない萌が一言、そう言った。お前は帰りたくないのか?


「なんでだよ?俺、帰りたいんですけど」


「勝手に帰れ」


「え?帰っていいの?」


「…」


「ででっ!」


つねるな叩くな殴るな!この天の邪鬼女!帰っていいって言われたからいいのかいって聞いたんだよ。口と手で逆の行動するんじゃないよ。


「か、帰りたくない」


「そんなこと言って。ノブ君待ってんじゃないの?」


「だからだよ」


「はい?」


何を考えてそう言ったのか、少し…いやめちゃくちゃ気になった。せっかく会いに来てくれたノブ君に会いたくないって、どういうことよ。

またもうつむいてしまった萌の顔を見ようと腰をかがめたその時だった。


「見つけたぁぁぁ!」


このタイミングで来るヤツがあるか!




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