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第59話 有り得ないほどの勘違い

昼飯の時間に円さんと何を話していたか萌は教えてくれなかった。一郎は一生懸命になって質問をしたけど、彼女は言葉を濁していた。

できるなら俺も聞きたいところだけど、萌があそこまで口を閉ざすんだから相当な理由があるに違いない。触らぬ神になんとやらだよ一郎。


今日最後の授業を終えた俺は、音楽室から自分達の教室へ戻る為に廊下を歩いています。隣りには例によってケータイ片手の一郎。でもその顔はさっきとは違って暗い。何かあったのか?もうケンカでもしたか?


「どうしたよ一郎さん」


「何か知らんけど、円ちゃんからのメールが途絶えた…」


「お前がしつこいからじゃないの?」


「さっきまで円ちゃんの方が俺よりもしつこくメールしてくれてたんだよ!何かあったのかな、もしかして交通事故にでも遭ったとか」


「学校にいてどうやったら車に轢かれんだよ」


ちょっとは考えなさいよと俺は一郎の頭を小突く。ダメージゼロ…じゃない、瀕死状態に陥った。


「どうしよ太郎!俺、嫌われたのか!?」


「知るかよ!メールして嫌われるってどんなワザ使ったんだよお前」


うおぉぉぉ!と俺の袖を引っ張る一郎。昨日から付き合って今日にはもうバイバイかよ。ある意味お前には天賦の才能があるかもしれない。誇れ!


「大丈夫だ一郎さん。俺がいるじゃありませんか」


「た、太郎ぉぉ!お前じゃイヤだぁぁぁ!」


「なんてこと言うんだよ!」


「うるっさい!」


「「おわぁ!」」


さっきまで俺達の前を歩いていた萌が突然振り向くと音楽の教科書を投げつけてきた。そしてそれに反応しきれなかった俺と一郎はそれを喰らった…てめぇ一郎!俺を盾にしやがって!


「カドが目に!目にぃぃ!」


教科書のカドって、思ったよりも痛いよね。しかも喰らったところが悪い、目だもんね。失明したらどうしてくれる!お前が俺の目となって一緒に歩いてくれるのか?そういうことを考えてから行動に移せ!


「あんた達が静かにする時ってないよね」


萌と一緒に歩いていたあかねが落ちた教科書を拾いながら溜め息を漏らした。ってあかね!教科書の心配よりも俺を心配してくれ!笑顔で萌に返すなよ。


「でもタイクツしないよね」


アハハと無邪気に高瀬がそう追い打ちをかけてくる。タイクツって、俺が痛い目に遭っているのが面白いってことか?


「疲れる」


このっ、疲れるなら俺達のことなんて無視しときゃいいのに。っとあれ、萌さん肩に糸くずがついているよ。あかねも高瀬も気がついていないみたいだね。ってか気づいてて知らんぷりとか…なわけないか。仕方ねぇなぁ。


取ってあげようと俺は何の気なしに彼女に近付いた。ホントに何の気なしだよ、うまくいけば触れるとか思ってないからね!


「ちょっ何?」


「肩に糸くずついてんだよ」


前はスカートについてたから取るに取れなかったけど、肩だし別にいいよね…なんて浅はかでした。


「触るな!」


「あぶっ!」


あかねから教科書を受け取った萌の二度目の攻撃が俺の顔面をかすめた。鼻ギリギリ、ちょっと擦った。ヒリヒリしてきた!


「危ないでしょうが!」


「お前が危ない!」


「どういう意味よ!」


俺は安全圏だっつーに。糸くずを取って差し上げようとしただけでなんでこんなにヒヤヒヤしなきゃいけないんだよ。

さっとあかねの後ろに隠れた萌は俺を鋭い視線で睨みつけてくる。そんな、糸くずを取ってあげようとしただけでそんな睨むことないんじゃない?


「触れるな。腐る」


「おいぃぃぃ!」


腐るってマジで言わないでほしい。しかも真剣な顔で言われたらホントに辛い。触ったら腐るって、ゾンビでさえ触れられただけでも腐らないのに、俺が触れたら腐る、腐る…よっしゃあ!


「はいタッチーー!」


「わっ!」


見たか俺の華麗な手さばきを!手先が器用なんだよ僕は!…関係なかった!

ちょっと油断したスキに俺は萌の肩をポンと叩いてやった。その行動に慌てた顔を見せた萌は顔を真っ赤にさせてワナワナと震え始める。おっしゃぁ俺の勝ちぃ!ってか逃げなきゃヤバイ!


「マジで腹立つ!」


「逃げるよ一郎さん!」


「何で俺まで!」


ゴラァ!と教科書を投げようと振りかぶった萌の横をうまくすり抜けた俺は、一郎が後を追って来てくれているのを素早く確認すると教室までダッシュを試みた。捕まったら殺られる!振り向いている余裕はない!


「いでぇ!」


バカ一郎!転んでんじゃないよ!悪いが助けてあげられないよ、グッバイ一郎さん。


「助けろ太郎!」


「ムリムリ!…ごわぁっ!」


一瞬振り向いた俺は壁に激突してしまった。そうだ、ここは左に曲がらなければいけなかったんだ。うわぁ、星がいっぱい見えるぅ。


ぐぇぇと唸りを上げて倒れた俺に向かって異様なエネルギーを醸し出した萌がゆっくりと近付いてくる。やべぇ、マジでやべぇ。もう授業は終わったのに保健室へ直行したくない!でも起き上がろうにも体に力が入らない。このままじゃ猛獣の餌食になってしまう!助けて一郎!


「グッバイ太郎!」


「ちょいぃぃぃ!」


焦りすぎたあまり「ちょっと」と「おい」が合わさってしまった。って今はそんなことを説明してる場合じゃない!萌が近づいて来る、それも獲物を見つけたようなスルドい眼光で!蹴られるか殴られるか、はたまた両方か……後者決定!


「一郎ぉぉぉ!俺を見捨てる気かぁ!」


「るっせぇ!お前だって俺を見捨てて逃げようとしただろが!お返しじゃ!秋月に意識不明になるまで殴られろ!」


そんな怖いこと言うな!萌ならやりかねないだろが!

俺は体を回転させてうつ伏せになるとほふく前進で萌から逃げようと試みた。絶対に逃げ切れるわけがない、けど何もしないよりはマシってもんでしょ?できることなら俺のアホな行動に呆れて諦めてほしい!


「だぁ!」


上から首を押さえつけられたぁ!いだだだだ!顔面が地面にこすれて痛いぃ!


「あんた、わざと私を怒らせようとしてんだろ」


「まさかぁ!俺は…えっと、あっ、お、俺は萌の笑顔が見たいだけぇ!」


はい理解不能!萌の笑顔が見たいって、それはナイよね。笑顔なんて見たことあるし…俺に向けられた笑顔じゃないけど。勇樹とかあかねとか高瀬とか?に見せる笑顔は見たことある。


俺にも見せてくれたって罰は当たらないってね?


「も、萌ちゃん笑ってよん!そしてそのキレイな右手をお放しになってぇ」


「黙れバカ太郎!」


「ぐぉん!」


後頭部を殴られた俺はそのまま意識を飛ばし…さない。痛いって萌、本気で殴るヤツがあるか!変なこと言ったのは謝る(謝りたくない)けど、いくら腹が立ったからって思い切り殴ることないんじゃない?


「おぉぉぉぉ、マジでいてぇ」


「っふん」


っふんじゃねぇよ!っておい待て!手を差し伸べてすらくれないのかよ!いだっ、通り過ぎる直前に軽く蹴りやがった。お前って手も足も出せる器用な女性なのね。


俺は小さくなっていく萌の後ろ姿をボンヤリと眺めた。俺が本物の変態ならばここでお前のスカートを覗いてやってるところだ。俺が平々凡々な人間だったことを感謝しろ!


「太郎、あんたホントにバカだね」


ほら、と手を差し伸べてくれたのはあかねだった。さすがあかね姉ちゃん!俺が見込んだだけのことはある。

ありがとぉ!と嬉しさ全開の俺はその手を掴もうとした。けどあかねは何を思ったか、俺と目が合うとヒョイと手を引っ込める。何それ、悪ふざけはやめてくれ。


「あかねぇ!プリーズ手!」


「プリーズ手って…」


「手を貸してくれぇ!今の俺は自分の力で立ち上がることは不可能に近いんだ!俺を救えるのはあかね、キミだけだ!そして俺はそんなあかねが…」

「あ〜もうわかったわかった!」


俺の演技に心を打たれたか、あかねはもう一度手を差し伸べてくれた。よかった、これで帰ることができる。

俺をものすごい勢いで立ち上がらせてくれたあかねは、グイとそのまま俺の手を引っ張り顔を近づけてきた。ちょっ、こんなとこで恥ずかしいよ!


「あたしが言ったこと、もう忘れてんの?」


「え…あっ。いや、でも最後まで言ってないんだからセーフでしょ?」


「アウトォ!」


「えぶぅ!」


本気のミドルキックが俺の脇腹を捉えた、ミシッて音がしたよ。萌にやられた後頭部の傷&あかねのミドルキック……&ガビョウ。一日で俺の体はボロボロになっちまった。俺は何も悪くない、よね?


「そんなバカ放っておいて行くよあかね!」


「あっ萌、いま行く!あたしもボケ太郎なんかに付き合ってられない!」


「えっ、ちょっとあかねぇ!俺を見捨てるのか!」


「付き合いきれない!」


脇腹の痛みに耐えながらもあかねの服を引っ張った俺はローキックを喰らった。しかも「放せバカボケ太郎!」と新たなニックネームまでつけてくれた。俺ってそんなバカボケ?


萌とあかねが俺を無視しながら階段を下り始めたとき、高瀬がクスクスと笑いながら俺の肩をポンと叩いてきた。お前は一緒に行かなくてもいいのかい?それとも僕と一緒に教室へ行きたいのかい?喜んでお供するよ!


「一条さ、萌の前であんまりそういうこと言わない方がいいって」


「だから勘違いはやめてって。俺は別に萌と付き合ってるとかじゃないんだから」


またまたぁと高瀬はヒジでグリグリと俺に少しずつダメージを与えていく。よくドラマとかで見る光景だけど、微妙に痛い。


あっそういえばこうやって高瀬と2人で歩くの初めて…いや違った。一緒に直秀のクラスに行ったことあったな、しかもその時は俺の腕に絡みついてくれてた。でももうそれも夢芝居、現実には二度と有り得ない。


俺は一緒に階段を下りてくれている彼女をチラリと見る。

高瀬って茶髪だし、スカートはとてつもなく短いし、ケータイのストラップはすっげぇゴツイのばっかつけてるけど、とっても良い子だよね。見てくれだけならもっと厳つい性格を想像するところだけど、屈託ない笑顔を見せてくれるし。うん、一郎が惚れるのもわかるわね。それに料理上手だしねぇ。また八宝菜食いたい、今度は交換条件とかナシで。


「なに?」


俺に無言で見られていることを察知した彼女は上目遣いでそう尋ねてきた。いえ、俺の方が身長高いから上目遣いをするのは承知していますが、やっぱりちょっとずるいよその目。


「どしたの?」


「あっいや、また八宝菜食いたいなって思ってさ」


「ホントに?じゃあまた作ってあげるよ。今度はホイコーローとかも一緒に」


マジでぇ!?それに白いご飯があればもう何もいらないよ!頼むね!


「また萌の家に行ったら」


「それはイヤぁ!」


また交換条件を出すつもりでしょ?できれば俺の家で作ってくれたら本当に嬉しいんだけど、きっとそれを言ったら一郎に叩かれる。


「そんなこと言って。ホントは嬉しいクセに」


「嬉しい顔してるか!?悲しい顔してるでしょうよ!」


隠さなくてもいいって!ともう一度ヒジアタックを繰り出してくる。もういいよ、もう何も言うまい。


「あっそういやさ、昨日直秀うちのクラスに来たとき何話してた?」


ふと高瀬の笑顔を見たら思い出してしまった、そして後悔した。一瞬だったけど高瀬の表情が曇ったからだ。その表情からすると杉なんとかについてなのか。

聞いたのマズッたと思った俺は話をどうにか逸らそうと音楽の教科書を開く。けど音符その他がまったく読めない俺にそれを見る資格はない。


「うん、ヒロ君…杉原のこと」


「あっ。そ、そうなんだ」


俺って本当に勉強不足だ。聞かなくてもいいことを聞きやがって。後で直秀に思い切りバチコンしておくから許して!


「何の連絡もしないで休んでたみたいでさ。何か知らないかって聞かれただけ」


「そっか…」


「今日も休んでるみたいだけど。でも私はもうアイツとは何でもないし…」


そう言った高瀬の顔から完全に笑みが消えた。まだ吹っ切れたわけじゃなかったんだな。でもまだ未練があるなら杉なんとかが復縁を申し込みに来たとき、なんで断ったんだ?いや、断ったかどうかは俺にはわからないけど、でもわかる。だって断られたから杉なんとかは休んでるんだし。…男って、ホントに弱いよね。


俺が何を言っていいのかわからずう〜んと首を捻っていると、彼女は何かを思い出したように俺の背中を軽く叩いた。なんか、こういうの良いよね。


「私ね、決めたんだ。杉原よりもずっといい男見つけるって!」


「そ、そうなの?じゃあ俺も陰ながら応援をさせていただくわ」


「うん!そう言うなら誰か紹介して!」


「うん!ムリ!」


やっと笑顔を見せたくれた高瀬と俺は2人仲良く教室へと戻って行った。そしてそれを見た一郎にドロップキックを喰らった。







「太郎!仕方ねぇから一緒に帰ってやる!」


さよならの礼をした瞬間、一郎が勢いをつけてこっちに振り返った、しかも命令された。なんで俺がお前の幸せそうな顔を見ながら下校しなくちゃいけねぇんだよ。円ちゃんと一緒に帰るんだろ?お邪魔虫は一人寂しく帰路に着くから心配すんな。


「いらねぇよ。お前なんて勝手に円ちゃんと帰れ」


「おいおい、なんだその悲しい顔は。俺が一緒に帰ってやるって言ってんだからありがたく言うとおりにしろよ。・・・高瀬と帰るとか言わねぇだろうな?」


なんだその疑惑の目は。俺が誰と帰ろうがお前に関係ねぇだろ。ってかさっき俺が高瀬と一緒に教室に入ってきたのを根に持ってやがるな。


「誰とも帰らねぇよ」


萌にはもう一緒に帰らなくていいってご報告を頂いたし、今日から俺は寄り道大王になるんだ。お前と一緒に帰ったりしたら疲れそうだ。

バーカと小さな声で抵抗した俺は鞄を無造作に持ち上げる。お前は円ちゃんと和気あいあいで勝手に帰れ。


「ちょっ頼むよ太郎!俺と一緒に帰って!」


「なんでだよ!」


腕を放せ!俺はこれから初めて一人でハンバーガー屋へ行ってテイクアウトではなくその場でお召し上がりをするんだよ!そして片っ端からカップル共を睨みつけてやるんだ・・・・俺って、誰?


「円ちゃんさ、秋月と電話で話してから全然メールしてくれないんだよ。何かあったの?って聞いても返信してくれないし!何でだよ!」


「俺に言うな!そんな心配なら円ちゃんに電話でも何でもしたらいいじゃねぇか!」


学生服を引っ張るな!破れても母ちゃんは新しいのなんて買ってくれねぇんだから。きっと繕ってもくれない、自分でやれって言われる。


「じゃあ秋月に円ちゃんと何を話したか聞いてくれ!」


「だから俺に言うなって・・・萌いないし」


「えぇぇ!?」


俺達がアホなやりとりをしている間に萌はさっさと教室を後にしていたらしく姿は見えない。でも俺はもう萌とは帰らないんだし、当たり前と言ったら当たり前か。逆に「帰るから」とかわざわざ言われても困る。


萌がいないことを知った一郎は俺を掴んでいた手を放し、キョロキョロと辺りを見回す。きっとあかねを捜してるんだろうけど、彼女はこれから部活。諦めて帰れ。


「一緒にぃ!一緒に行こうよ太郎!」


「ヤダ。お前の幸せそうな顔なんて見たくねぇんだよ」


「それが親友に対する言葉か!先を越されたからってそんな冷たい態度を取るのかよ!」


「当たり前じゃい!お前なんて10分後にフラれるがいいさ!」


「このっヒガミ太郎!」


「ナイスネーミングありがとよ!フラれ一郎!」


「てめっ。お、お前なんてもう知らねぇ!」


ヒガミ太郎ぉ!と叫んだ一郎の鞄アタックをモロに喰らった俺は一瞬だけ意識が飛んだ。あの野郎、ちょっと油断したスキに萌の必殺技を使ってくるとは、やるな。


「おーイテテ」


誰も撫でてくれないから自分で自分の頭を撫でた俺はふと窓の外を見た。小春日和、寄り道日和。うん帰ろう。






いつものように外靴に履き替えた俺は玄関を出た・・・・といっても今までは萌がいたんだけど、今日からはこれがいつも通りのことになるんだよな。


ふぅと軽く息を吐き、誰かいないかなぁなんて考えながら辺りを見る、けど誰もいない。勇樹は塾か?岩ぁんがいても一緒に帰ってくれるわけないし、高瀬は・・・・ナンパされに行くのに俺がいたら邪魔だろうね。


「あれ?」


仕方ないからやっぱり一人でハンバーガーでも食いに行こうかと校門に向けて歩みを進めていくと、見覚えのある坊主頭がそこにあった。そしてその隣りにはべっぴんさんが1人。あの制服って、たしか頭のいい高校の・・・・円さんて人だ。よかったじゃんか一郎、約束通り円さん待っててくれてたんだ。


一郎にバレないよう帰りたい気持ちはあったけど、ムリです。だって校門は1コしかないからそこを通らなければ学校を出ることは不可能。どうしよっかな、なんて考えていた俺の背後から殺気を感じた。


「太郎」


「おわっ。も、萌?お前何やってんの?」


てっきり先に帰っていたと思っていたのに、なぜか萌が俺の後ろにいた。彼女は鞄で自分の顔を隠しながら俺の背中に隠れている。誰を恐れているのだ?キミは恐れるものなどないハズだがね。


「いでっ!」


「何でニヤニヤしてんだバカ太郎」


自分でも気づかないうちにニヤニヤしてたか?ってかいきなり叩くことないじゃんかよ。そんなことするなら素早く動いてお前の姿を誰かに見せてもいいのか?


「どした?誰か会いたくないヤツとかいるのん?」


俺の言葉にうっと唸った萌はクイとアゴで一郎を指した。一郎に会いたくないからって俺の背後にいても何の解決にもならないと思うんだけど。


「伊藤 円がいるんだよ」


「あっやっぱりあの人が円ちゃんか」


おっと、俺まで円ちゃんって言っちゃったよ。一郎の彼女とはいえ一応先輩だからな。

何か怪訝な表情を浮かべている萌は、へぇと一郎の方へ顔を向けようとした俺の腕を引っ張った。高瀬がよくやる小悪魔的な引っ張りではなく、息が止まりそうになるくらいの強さで引っ張った。


「あんた、あれ何とかしてくれない?」


「なんで?円ちゃ・・・円さんはお前に会いに来たわけじゃないでしょうよ。気にしないで帰れば大丈夫だって」


「そういうわけにもいかないんだよ」


「えぇ?どういうことだよ?」


俺の質問に何やらモジモジといつもの萌らしからぬ行動を見せた彼女は「あぁもう!」と俺の頭を鞄で突然叩いた。なぜ?


「いでっ!何すんのよ!」


「本当に最悪!」


お前が最悪だよ!俺はお前のことを考えて気にしないで帰ればいいって言ってあげたってのにそりゃないでしょうよ。


「何で殴んだよ!ちゃんと説明してほしいんですけど!」


「ちょっ声が大きい!バレたらどうすんだ!」


「いだっ!」


何度も何度もこの女ぁ!人が下手に出てりゃあ・・・・いや、元々ですか。初めから俺は下っ端の人間だったね。


「さっき電話で言われたんだけど・・・」


萌から鞄を奪った俺は彼女の様子が少しおかしいことに気がついた。いつもなら「あんな人間、私には関係ない」とか言ってスタスタ歩いて行ってるハズなのに。俺の後ろに隠れるくらいにヤバイ事態が起こってるのか?


「電話で何を言われたのよ」


「それがさ・・・『あなたの恋人はもらいましたから』って言われたんだよ」


「・・・・・はい?」


いつから?いつからあなたの恋人が一郎になったんだ?うぷぷー!説明求むー!


「いぐぅ!」


心の中でしか笑っていないと思ってたのに、顔に出てたか?ってか無言で思い切り足を踏むな!忘れてたけどガビョウが刺さってた方の足を!ミエリン最高!


「何をどうしたら私が野代なんかと付き合わなきゃいけないんだよ・・・!」


おぉ、小声だけど怒りがMAXに近付いているのがわかる。こういう時は触らぬ神になんとやらでダッシュで帰った方がいいね、ってとこだけどムリです。

だって萌の鞄を引ったくっちゃってるからねぇ。はい返します、そしてバイバイなんて言えるわけない。俺のバカ!考えなしで行動するからこういうことになるんでしょうが!


(よくわからないけど、ここは萌の話を黙って聞いていた方がいいんじゃないかしら?)


てめっ、誰だ?


(あなたの分身、天使よ)


誰が俺の分身だってぇ?お前は祟りだ!消えて!


(・・・お前がな)


・・・・・。


「・・・て」


「え?あっごめん聞いてなかった」


「・・・」


「いだい!」


聞いてなかったのは謝る!だから踏まないで!

天使と話し合いをしてたって言っても信じてもらえないからここは平謝りしかない!


「ごめんごめん!悪いけど最初からお願い!」


「・・・だから、伊藤 円は野代とあんたを間違えたんだって」


「間違えるって、何を?」


俺と一郎を間違えるなんて、全く似ても似つかない俺達を?なんでだ?


「・・・」


あれ、なんで何も言わないの?しかもなぜに顔が赤い?恥ずかしい話なんてしてないよね?ってか俺と一郎を間違えたってだけで何でお前が赤ら顔しなきゃいけないんだよ。


「だ、だから、私があんたと付き合ってるって勘違いしてんだよあのバカ女は!」


「えぇ?!って、ちょっと痛い!なんで俺を殴るんだよ!僕は勘違いとかしてないです!」


俺が鞄を奪い取ったからって萌は素手で何度も俺の腕を小突いてくる。痛い痛い!と俺は彼女から距離を取り、そして考えてみた。

少し頭がこんがらがっているので、整理をしてみましょう。


まず伊藤 円さんは萌のライバル。その円さんは俺と一郎を間違えていた。んでもって円さんは一郎の恋人になった。んでもって円さんは萌に「あなたの恋人はいただいだ!」と宣言した。そんでもって・・・・。


「円さんは一郎が俺だと思ってるってこと?」


「そう」


「それ、おかしくないか?だってもし俺のことが好きなら間違えるわけないでしょうよ」


まさか好きな人を間違えるなんて、そんなバカな。


「・・・あんた、マジで頭悪い」


「はいぃ?」


人が真剣に考えて答えを出したってのにその言い方はないんじゃない?


「あの女は私が太郎と付き合ってるって勘違いして、プラスあんたと野代を間違えてるんだよ」


「え、ってことは円さんは俺と萌が付き合ってると思って一郎を?」


「・・・そういうこと」


ひ、ひでぇ。女の子って、女性って、女って・・・・ひでぇ!一郎の心を弄んだってことだよね?うぷぷなんて笑ってる場合じゃない!


俺は萌の鞄を持ったまま校門にいる一郎めがけて走り出した。

そっか、円さんは一郎が萌の恋人だと思い込んでたのか。勘違いもいいところだ。一郎が可哀想でしょうがねぇ!


「ちょっと太郎!」


背後から萌と思われる叫び声が聞こえるけど立ち止まってるヒマなんてない。早く行かないと一郎が帰っちまう!


「一郎ぉぉ・・・お?」


校門には一郎と円さんが立っていた。やってきた俺は2人の異様な雰囲気に息を飲む。後に続いてやってきた萌も立ち止まった。


「・・・い、一郎?」


「あ、太郎・・・・・」


一郎ぉぉ!エクトプラズムが出る勢いの顔してるぞ!生気という生気を抜き取られた顔だ!


立っていられるのがやっとの一郎はフラフラと俺の元へと近付いてくる。お前がそんな顔をしてる理由は知っている!俺が全部受け止めて抱き締めてやる!かかってこい!


「ぐぉ!」


かかってこいとは言ったけど殴れなんて言った覚えはないよ!

両手を広げて待っていた俺は彼の本気殴りを喰らった。コイツにマジで殴られたのなんて、2回くらいしかなかったから驚いた。一回目は給食のオレンジゼリーを奪い合って。2回目は・・・・忘れたけど多分なんかあった。


「いってぇ!何すんだよこの野郎!」


「もうお前なんて友達でも何でもない!ただの知り合いだ!」


「意味がわかんねぇ!」


お前のことを心配して走って来たってのに、いきなりグーで殴るヤツがあるかよ。・・・・いでで、口の中が切れてる。


「マジで殴りやがって・・・」


倒れたまま上半身を起き上がらせた俺は息を荒げる一郎を見上げた。










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