第6話 具合悪いは健康の証
眠気を通り越し、無心の領域に入りながらも化学の授業はなんとか終了した。
教室へ戻ろうと、机に突っ伏して眠ったままの一郎を殴るが起きる気配はない。3回殴ったら起きた……おいおいせっかく起こしてやった俺を睨むとはいい度胸だよ一郎。
「太郎くぅん、さっき俺の頭を叩いたんだからさぁ、教室までおぶってって〜」
寝ぼけてんのかこの野郎。俺が頭を叩いたのが悪いのなら、お前はさっき俺を残して一人で化学室に逃げただろうが。
「ムリ」
「即答かよ!ってかお前、親友が具合悪いって言ってんだから、助けてくれてもいいでしょうが」
「誰が具合悪ぃってんだよ。ものすげぇイビキ掻いて寝てただけじゃねぇか」
「頼むよぉ、太郎ちゃ〜ん!」
「うっせぇ。具合が悪いのは健康の証だ。オラ、戻るぞ」
「意味わかんねぇ」
言った自分でも意味がさっぱりわからない。具合が悪かったら健康って、具合が悪いから具合が悪いんだよ……あぁもうわからん!
「戻るわよ!さっさと立ってよ!早く帰りたいのよ私は!」
「なによ!いいわよ!一人で行けばぁ?」
「あっ言ったわね!?一郎さん、言ってはいけないことを言ったわね?」
本当に意味がねぇよこの会話。他のみんなは俺達を無視してゾロゾロと化学室を後にする。誰かなんか言ってほしいわ。
「太郎!」
あっ誰?俺の名前を呼んでくれたのは誰?
振り向くと、さきほどナイスコンビネーションを披露したあかねが俺の元へタタタと走り寄って来る。ああ見えてめちゃくちゃ足が速い、今年の体育祭も任せた!
「どした?一緒に帰るぅ?」
えへへへっと笑う。あっなんか怒ってない?言い方悪かったか?「一緒に帰りましょう?」がよかった?
「なんでもいいけどさ、あんた保健室行って来てよ」
「なぜ?」
俺の返事を聞いて呆れた顔したあかね。心配されてとっても嬉しいけど、僕別に具合とか悪くないよ?青い顔でもしてるとか?
そんなことを考えていると、一郎が俺の顔を覗き見る。男に顔を近づけられても嬉しくねぇんだよ!
「いてぇ!てめっ蹴んじゃねぇよ!」
軽く蹴ったのにそこまで叫ぶことないだろ。ってかお前の顔を見たら無意識に足が出たんだよ!
「じゃあその顔近付けんじゃねぇ!」
「ひっどぉいわぁ!もういいわよ!一人で帰る!」
「あっ待って!あたしも行く!あっ太郎、頼んだからね!」
「え…」
頼んだ?何を頼まれた?
……萌ぇぇぇ?俺が迎えに行くの?って迎えに行かなくてもあいつなら勝手に教室に帰って来るってぇ。ダメなら執事とか呼べっつーの。
………。
「萌ちゃぁ〜ん!お迎えに上がりましたわ〜ん!」
「あらら?秋月さんならついさっき教室に戻ったけど?」
「えぇぇ?」
保健室に入ってそう元気よく言ったけど、ミエリンの悲しすぎる返事が待っていた。せっかく来てやったってのに、あの女ぁ!
迎えに来た意味がねぇじゃねぇかよ!待ってろよな!…待たれても困るか?
「今?今出て行った?」
「今だよ。もう帰りますって」
「あっそうなんだ」
ここでホッと一息。俺はベッドを見つけると、勢いよくジャンプして枕に顔をうずめた。
あ〜眠ぃ。萌はいいよね〜、化学の授業を受けずにここで寝てられたんだから。
「ああそうだ、太郎ちゃん。あんたあの子と友達でしょ?」
「違うよミエリン!あいつは俺の天敵なのよ!」
「天敵?何言ってんだよ、さっき慌ててあの子を連れてきたクセにさぁ」
あはははと笑うミエリン、なんか「私は全てお見通しだよ」みたいな笑い方。慌ててたのはあれ以上萌に触れてたら俺がこのベッドで眠るハメになってからだよ!気付いてミエリン!
「これ、あの子忘れてったのよ。頼むね」
「なにコレ?」
それは俺のシャープペンシル、の残骸。真っ二つに折れてるよこれ。こんなの持ってたわけぇ?捨てるヒマなかっただけじゃないの?
「これ俺のだよ。いらないから捨てておいてぇ」
「捨てるって、あんたねぇ。いいからちゃんと届けてよ!」
「はいぃ!」
見たこともないミエリンの怒った顔。なんだか母ちゃんに怒られたみたいだ。あぁだからか、だから保健室って我が家に戻って来た感じがするんだね。消毒液の匂いさえなければ最高だよ、住みたいよ。
「なにボーッとしてんだい、みんな帰っちゃうよ?」
「ああそうだ!もう帰れるんだった!それじゃあミエリンお元気で!」
「あんたもねぇ!」
乗ってくれたミエリンに感謝しつつ俺は教室に急ぐ。やっべぇ、もう他の生徒達は教室から出て来てんじゃねぇか!ホームルーム終わっちゃったか?まぁそれはそれでいいけどね。
「いでぇ!」
階段を上がってすぐ、俺は誰かとぶつかった。これが朝の登校時ならばお約束の転校生ってところだけど、そんな可愛いもんじゃなかった。
「いったぁ……」
その低ーい声。も、萌様ではないですかぁ!
ずっこけたままの萌は俺を上目遣いで…睨んでいる。このまま逃げた方が賢明か?絶対に「てめぇ!どこ見て歩いてんだ!」ってヤクザばりの凄みを効かせて俺に向かって来るよこれは。
「っ!」
ほらねぇ?俺の言った通りでしょ?
「萌ちゃ〜ん!どこもケガしてなぁい?ごめんねぇ!?」
でも手は貸さない、貸したら殴られる。さっき俺に触れたら腐るって言ってたしね。これでも君のことを考えてあげているのさ、感謝してくれたまえ。
「何ボケッとしてんの。ちょっと手貸して」
「ええ?でも、萌さん…僕、あなたに触れてもいいのん?」
見てよこの嫌味な顔を、俺の顔なんだけどね。
「早く」
「はいはい」
萌の腕を掴み、「よっこいしょぉ」と立ち上がらせた。ふと見るとスカートに糸くずがついてる。でも、言わない。言ったら「お前に言われなくてもわかってる!」って言われる。人の好意を足蹴にする女、登場。
「…」
「…」
ありがとうもなしか?もういいよ、わかってるからぁ!あんたのことは知ってるわ!
「帰るよ」
「…はい」
なぜ一緒に帰る?と疑問に思った方、説明させてください。
実は俺達、ほぼ毎日一緒に帰っています。でも!断じて付き合っているとかそういうのではない!これは親父、萌のお父さんからの命令なのです!
小さい頃、萌の親父が俺にこう言ったんです。
「太郎君、萌が悪い奴らに引っかからないよう、登下校を共にしてやってくれ」
どんだけ過保護ぉぉぉ!?小学校までなら俺も我慢できたよ?中学校だって我慢した、それも中学までと思ってたから、別々の高校に行くと思ってたから。でも同じ高校に入学した。だから一緒に帰っている。最悪だろぃ!?
こんなんだから俺に彼女なんて出来たことは一度もありゃしませんよ。だって毎日一緒に帰ってるんだよ?俺の事が好きな子がいたって、
「あっまた一緒に帰ってる…やっぱりあの2人って、付き合ってるのね…」
ってそう思うでしょ?涙が止まらないでしょ?……その前にそう思ってくれてる女の子がいるのかどうか疑問なんですが。いいや、いる!1人くらいはいてもいい!ってかいて欲しい!
「太郎」
「はいぃ!」
なぜだろう、萌に呼ばれると背筋をピンと伸ばしたくなる。ただ単に怖いだけだろ?そうだよ!
「何してんの、早く帰るよ」
「はぁ〜い!」
毎日毎日暗い顔で登下校なんてつまんないもんね!だから俺は元気よく(別名をカラ元気)登下校することにしてる!でもあまり大声を出すと、
「うるさい」
って怒られます。ってか今も怒られました。そんなに俺がイヤなりゃ親父に言えよ。「一緒に登下校したくない」って言ってよ、頼むから。
「ねぇ萌ぇ」
学校を出てすぐ、俺は前をスタスタ歩く萌に声を掛けた。中学2年生までは隣りにいたんだけど、ちょっとあってね、今はこの距離がベストポジション。
「なに」
疑問形でもないよ。聞く気ゼロだねこれは。
「もういい加減いいんじゃない?」
「なにが」
「いや、だから、ねぇ?」
「わかんない」
なんで一言ずつ?そんなに俺と会話を楽しみたくないの?お前だって楽しく登下校したいでしょ?俺だけじゃないハズでしょ?
少しも振り返る素振りも見せず、萌は俺の言葉も待たずに歩き続けている。
「お前だって、ほら、もういいお年頃でしょ?彼氏と楽しく帰りたいとか思わなぁい?」
「別に」
何ソレ、いいの?そんな寂しいこと言ってもいいの?だってフツーなら高瀬みたいに彼氏と一緒に腕組んで歩きたいとか思うでしょ?って高瀬はちょっとやりすぎかもだけど。
ちょっと萌って、フツーじゃないのか?
「好きな人とかいないの?」
「あんたに関係ない」
「…」
か、会話が続かない。毎度これじゃ俺の気力が段々減っていくよ。そういえば最近、体重が何キロか減ったんだよね。
「萌ぇ?」
「…」
無視か?無視すんなよ!一緒に帰る意味がねぇじゃん!やっぱ楽しくいきたいじゃんか!
「…?」
突然立ち止まった萌様。まだ家まではあと何十メートルかありますけど?あっもしかしてまだお腹痛いとか?食い過ぎだっつーの。
「どした?お腹痛いの?」
「…別に」
そう言い終わるか終わらないうちにまた歩き出す萌様。もう全然わかんねっ。萌の背中を見つめたまま俺も後に続いて歩き出す。あっスカートについてた糸くず、いつの間にかとれてる。
そういやさっきまでお腹ゴロゴロしてたのは完治したのかしら。
「お腹痛いのは治った?」
「何が」
「いや、だからお腹痛かったんでしょ?」
「は?なんで」
「だって動けなくなるくらいだったじゃないよ?」
「…」
また無視?……ていうより無言っぽいね、これは。言いたくないのかな?でも聞きたい!一体あなたの身に何が起こったのぉ!
「萌ぇ?」
「太郎」
「はい?」
「あんた、何で私と一緒に帰ってるわけ?」
「えぇ?今それ聞く?」
「悪い?」
「…いいえ」
なんだか嫌な雰囲気だ。でももしもここで「あなたのお父様が怖いから」なんて言おうものならうちの親父のクビが飛ぶ。
「萌は何で俺と一緒に帰ってるわけ?」
「…隣りだから?」
違う!お前の親父が親バカ過ぎるからだ!
その後無言を貫いた俺達は、気付くと萌の家の前に来ていた。
家の前にはめちゃくちゃ高そうな車。親父さんの車だねありゃ、しかも運転手付き。自分で運転くらいしろっての。
「おやぁ!萌じゃないかぁ!」
車から降り、そう言いながら嬉しそうに走り寄って来る親父さん、名前は秋月 真。ちょっと変わってる人で、初めて会った日に親父さんは俺に「俺はおじさんじゃない、真さんと呼べ」と言った。なんだソレ?
走り寄ってきた真さんを呆れた顔で見る萌の顔。わかる気もするよ、高2にもなって親父があれじゃね。
「太郎も今帰りか!」
「はい、こんにち…」
「萌!今日はお前にいい話を持って来たんだよ!」
挨拶してんだから聞けよ!相変わらず萌は呆れたままだし。ちょっと同情してやるよ。
「太郎!君も上がって行ってくれ!」
「え?いや、俺、これから塾あるんで」
「行ってないだろう!」
なんで知ってんの!?
「いいから上がって行け!」
命令口調かよ、俺はあんたの部下じゃねぇって。萌、何か言ってやってくれ!
「上がりな」
「…はい」
お前まで命令口調?親子揃っていい度胸だよこんちくしょう!
いいよ!行ってやるよ!だからおいしいジュース出してよね!