第56話 鞄アタックはもうやめて
朝を迎えた俺は全然眠れませんでした。寝不足もいいところだよ。鏡を見るのが怖い、絶対にクマができてるから。…ってかまだ5時半じゃないのよ、早起きは三文の損。
昨日の夜、隆志が風邪引いたからって母ちゃんから金をいただいた俺はリンゴやミカンではなく洋なしを買って届けた。でもあかねは俺を家の中には入れてくれなかった。玄関でありがとうはいサヨナラ。そこまで嫌がることないんじゃない?
そんなこんなでいつも通りの朝を迎え、母ちゃんのおいしい朝ご飯(焼かない食パンにバター塗ったくっただけだったけど)を食べた俺は秋月邸の門を見上げています。
はぁぁぁ、はっきり言って会いづれぇ。あんな別れ方して夜に怒りの電話が掛かってくるかと思ってたけど来なかったし。ノブ君とイチャついててそれどころじゃなかったのか?うわわわ、何か勝手な想像したら頭痛くなってきた。一郎のアホな顔が見たい、そして昨日のことを全て忘れ去ってしまいたい。
あくびを2、3していると、重々しく門が開いた。ひょいと顔を覗かせてみると、出て来たのはやっぱり不機嫌顔の萌。
「お、おはよぉ」
俺って作り笑いが下手くそ!顔が引きつって痛くなってきた!でも萌はそんな俺を見るとおはよーの挨拶もなしにスタスタと学校を目指し歩き始める。昨日俺が空気のような存在にしたから仕返しされてんのかもしれない…いや、いつものことか。
「ちょ、ちょぉ待って!」
前を歩く萌の背中からは得体の知れないオーラが醸し出されているから容易に近づけない。まぁでも俺は元々ナナメ後ろを歩いてるし、わざわざ近付く必要もないか。
「…」
ピューペェーと下手な口笛を吹いてみても萌は何も言ってこない。ただ黙々と歩いている。そんなに俺と登校したくなかったのか?はっ!もしかして、ノブ君て人と学校に行くつもりだったのか?それならそうと言ってくれぇ!邪魔するつもりなんてないんだから!
「…」
「おわっ」
ノブ君と学校に行きたかったのね?と言おうとした俺は、突然立ち止まった萌にぶつかってしまった。やっべぇ、朝から「触るな!」って殴られたくねぇ!
萌の攻撃に備え、俺は鞄で頭をガードする。
「…あれ?」
こっちを振り向いた萌はいくら待っても正拳突きを発射してこない。俺は恐る恐るつぶっていた目を開く。目が合った瞬間に殴るとか高等技術しないでね?
「ど、どうした?」
萌は俺をじっと見つめ…いや睨んでいた。そりゃあもう閻魔大王も驚くほどの睨みっぷり。おはよぉって挨拶しただけでこんなに睨まれなければいけないのか?
何を言われるかと待っていると、萌はあかねが内緒話をするときのようにめちゃくちゃ小さい声で話し始めた。
「なんで、昨日あんなこと言ったんだよ」
「あんなこと?ってちょっと!」
ちょちょちょぉ!なんでまた涙目になってんだよ!お前、最近涙もろくなってないか?あなたはそんな人間じゃないハズでしょ?涙なんて装備してないよね?
「私のこと知らないフリしやがって、ふざけるな!」
「痛い!」
すっかり殴られることはないと油断してた俺の左腕に、萌の怒りの鞄アタックがヒットした。金具が思いっ切り当たってマジで痛い!半袖だったら間違いなく血が吹き出てる!
「朝っぱらから何すんのぉ?!」
「それはこっちのセリフだ!」
違うでしょうよ!お前は攻撃されてないでしょ、その返事おかしいから!混乱しすぎ!
あぁもうマジでいってぇと腕をさすっている俺は、萌のまだまだ殴り足りないという顔を目撃してしまった。もう、もうカンベンしてくれない?
「あんた、私が嫌いでしょ」
「は?嫌いって?」
何を言い出すんだ突然。萌が嫌いなんて言った覚えがございませんが。ってかその言葉、そっくりそのまま返して差し上げたい。
呆けた顔をしていると、萌はもう一度鞄アタックを繰り出してきた。マジで痛いから!
「ちょ、いてぇって!」
何回やりゃあ気が済むんだよこの女!繰り返し繰り返し攻撃するな!腕が真っ赤になるでしょ!マジでやめてぇ!
「いで!いで!いでぇって!マジで、ちょっ!」
マジで痛いから!と俺は強引に萌から鞄を引ったくった。でも萌はまだまだ攻撃しようとしてくる。朝から負傷させるな!朝からそんなんだったら昼までもたないよ!
ぜぇはぁと肩で息をする萌を前に、俺は涙目で腕を優しくさすった。学校行ったらミエリンに湿布貼ってもらおう。ってかどんだけ息を荒げてんだよ。そんなに疲れるなら殴るんじゃないよ。
「いてて。まったく、何すんだよ」
「あんたが…あんたのせいだろ」
だから意味がわかんねぇ。俺が何をした?おはよぅって言っただけでしょ?殴られる要素はこれっぽっちもなかったよね?しかも何でまだ涙目なんだ、そんな顔で乱暴なことするな!少しは恥じらいというものを覚えて!
いてぇいてぇと大袈裟に腕をさすっていると、萌が手を差し出してきた。言っておくがこんな状況でお手なんてしないからね!
「鞄返せ」
「…」
どうする?ここは素直に「もう攻撃しないでね!」って笑顔で返すか?それとも「また殴るつもりだろ?だから返さない!」ってダッシュで逃げるか?ってかどっちを取っても殴られるとは思うけど。う〜ん、それじゃあここは自分の心に従いましょう。
「イヤだ」
「は?」
「イヤだったらイヤですぅ!返して欲しけりゃ、いでぇ!」
まだ言ってる途中でしょうが!蹴るな!そして足を踏まないで!
「ギブギブ!返しますから!」
くぉぉ、足がいてぇ。膝の皿が割れたらどうしてくれんだよ。あかねは空手家だから蹴ったりするときは加減してくれるけど、お前はド素人だから手加減という言葉を知らない。
でもスネとか足のつま先とか微妙にダメージが重い場所を狙うのはやっぱりタダ者じゃないという証なのか?
腕の次は足を優しく撫でていると、バカ太郎!と萌は俺から鞄を奪い取り、ついでに鞄アタックをもう一発喰らった。
いいだけ殴られ蹴られて、謝ってもくれねぇのかい。朝から大ダメージを喰った。もう歩けない、誰か助けて。
「いっ!いってぇ!」
なんだ!?足の裏に衝撃が走ったぞ?いだだ!足踏みしたら超がつくほど痛い!折れた、折れたよ萌!お前の蹴りが俺の足を折ったんだ!…足の裏って、折れるのか?
「萌!足、足がいてぇ!」
「知らない」
お前のせいでこんなんなったんだよ!ごめんって肩を貸してくれてもよくないですか?触れたら腐るはこの際忘れてちょうだい、このままじゃ遅刻しちゃうよマジで。
「か、肩貸してぇ!」
「ヤダ」
即答かい!頼む、一郎かあかねに会うまででいいんだ。それまで肩を貸して…ノブ君に見つかったら困るってことですか?でも今はノブ君より太郎ちゃんだよ、お願い!
「の、ノブ君は見てないから!」
はぁ?と言いたそうな、というか言った萌は歩みをやっと止めてくれた。俺は辺りをキョロキョロ見回しノブ君がいないことを確認すると親指を突き立てた。誰も見てないからオーケー!
「あんた何言ってんの?」
「だ、だからノブ君は見てないから安心して肩を貸しておくんなましぃ」
俺は拝むように両手を合わせる。女性に助けを求めるなんて男失格と思った方、だってこの通りには人っ子1人いないんですよ?俺だって他に通行人がいたらその方に頼んでますよ!でも近くには萌様しかいないの。
「ノブ君って、何でお前がその名前を知ってんだ」
「あなたがそうおっしゃってたのよ。『ノブくぅん!』って言ってたじゃんか」
俺は萌のマネ、ではなく空想の人物のマネをした。誰かは俺にもわからない。
「…」
「あっウソですウソです!そんなこと一言も言ってませんでしたぁ!だから置いてかないで!」
今のは俺が悪い、申し訳ない!思ってても口に出しちゃいけないよね?反省しますから!だから鞄を振り上げないで!
俺の必死の願いが通じたか、萌は持ち上げた鞄をそっと下ろすとゆっくりと近付いて来る。肩、貸してくれるのですか?学校行ったら消しゴム貸してあげる!
「マジで痛いの?そんな顔してないけど」
「ちょ、マジで痛いんだよ!こんな痛いならきっと湿布貼っても効力はねぇ」
「じゃあ家に帰れば?」
それはヒドイ!散々ヒドイことしておきながら最後は帰れ?母ちゃん今日は家にいないから帰っても誰も手当てしてくれないのよ。俺の悲痛な叫びに気づいて!
「た、頼む萌。俺の一生の願いだ」
できることならばこんな事で一生の願いを使いたくはなかった。しかし今はその選択肢を保存している余裕はない。
「…」
ちょっ、なんで?なんでそこで赤ら顔?今言ったことってそんなに恥ずかしいこと?高校生が使う言葉じゃないって言いたいの?もうそんなんどうでもいいから肩貸して!
「わっ!さ、触るな!」
「ぼぷっ!」
強引に肩を貸していただこうと萌の腕を引っ張った俺は、彼女の勢いがついたビンタを交わすことができなかった。殴られた瞬間、お星様が見えた。お前と同じく赤ら顔になったらどうしてくれんだよ、しかも左頬だけ。
「殴ることないでしょうよ!俺は肩を貸してって頼んでるだけだっつーに!」
「いきなり触るなバカ太郎!」
いきなりって、いつまで経ってもあなたが肩を貸してくれないから強硬手段に出ただけだよ。早くしないと遅刻しちゃうって!
「肩くらい貸してくれてもノブ君は怒らないってぇ」
大丈夫よ、大丈夫だからねぇ、と猛獣を手なずけるように俺は萌に近付いていく。きっと見知らぬ人が見たら俺はヘンタイ。ってかそこまで頑なに嫌がる理由はノブ君にバレたらって考えてるんだろ。だからさっきも言ったように…。
「ノブ君は関係ない!」
「はいストップ!俺ケガ人だからね!」
足の裏が痛いって言ってんだろ!なんでそこ目がけて踏みつけようとしてんだよ。あっ、無理して立ち続けたから膝がガクガクし始めた。これはマジでやばいかもしれない。
「も、萌。マジで、マジで頼む」
おも〜い溜め息を吐いた萌様は、本当に嫌々ながらも俺に肩を貸してくれた。うわ、いい匂いがする…言うな!顔に出すな!ヘンタイって言われた挙げ句に殴られて俺は学校へ行くどころじゃなくなる!でもマジでいい匂いですなぁ、何のシャンプーを使っているのか伺いたい、そして俺が使いたい。
「なに?キモイ」
「き、キモイ言うな…言わないでください」
肩を貸してもらってるから命令形は使わない方がいいなここは。
いだだと萌に寄っかかっていると、萌に肘で脇腹を小突かれ…本気で殴られた。
「体重かけるな。重い」
これでも出来るだけ体重がかからないように努力しているつもりなんですが。それに俺ってそんなに重い?一般高校男子の標準体重だと自分では思い込んでいるだけど。
そんなことを考えつつ、久しぶりに萌と並んで歩いて気がついたことがある。コイツってこんなに細かったか?勇樹並みに細い、細すぎる。ハンバーガーなんかじゃなくてちゃんとメシを食わないと。
ふとバレないように横を向くと、萌の頭が俺の目線より下にあることに気がついた。中学の頃は俺と同じくらいの背だったんだけど、いつの間にか抜いてたんだよね。ってか萌って女性にしたら背が高い方だよなぁ、なんて考えつつ…油断した俺は彼女と目が合った。
「怖い」
「え?何が怖い?」
こんな朝から幽霊でも出たのか?俺は辺りを見回してみる、でも霊感ゼロの俺が幽霊の存在に気がつけるハズはなく、萌の方へ顔を移した。
「あんたが怖い」
「なんで俺?」
俺ってもしかして何かに取り憑かれていたのか?霊媒師の所へ連れて行って!
「こうやってあんたに触れられてるだけでも鳥肌が立ってんのに、見るな」
おいいぃぃぃ!俺が見たら怖いのかよ!でも殴られないだけマシと思っておこう。こんなに接近して殴られないのは奇跡に近い。…髪、ツヤツヤですなぁ。きっと貧乏人には手が出ないシャンプーを使ってんだろ。
「だから見るなって言ってんだろ!」
「いだっ!俺ケガ人だってばぁ!」
連続で小突かないで!足の裏の次はアバラが折れる!
萌の肩を借りて約8分、やっと人通りが多い場所へやってきた。ここは一郎の通学路でもあるから萌を解放してあげられそうだ。でも今日に限っていくら待ってみても一郎はやってこない。休みか?
「あぁ重い。もう治ったろ」
そう呟いた萌は俺をチラッと見てくる。痛みはまだ治まってないんだけど。
「折れたのに数分で治るわけないでしょうよ」
「あんた人間じゃないし」
どう見ても人間だろが!そうじゃなかったら俺は何なんだ。
肩を貸してもらいながらも俺は一郎のアホ面を一生懸命に捜した。萌を解放というよりも俺を解放してあげたい。
いねぇいねぇと捜していると、サーッと黒い車が俺達の前に現れた。真さんの愛車ではなさそうだな。でも金持ってますって事をアッピールしてる車には違いない。
「あっ」
出て来たのはやっぱり真さんじゃなかった。かといって昨日見たノブ君でもない。金持ちの副社長、金田でございました。
「萌さん、一条君、おはようございます」
高そうなスーツに身を包んだ金田に俺達は言葉を失った。朝からそんな格好でウロチョロしてんなよ、仕事行け。それとも今日は休みか?
「萌さん、昨日の返事を聞きに来ました。とその前に、何をなさってるんですか?」
はたから見ると俺と萌は仲むつまじく肩を組んでいると思われるらしく、金田は怪訝な顔を見せてくる。萌を見ると返事ではなく溜め息を漏らしている。やはりここは一条 太郎の出番かい?
「見ての通りでございます」
「え?」
いいねぇそのキョトン顔。昨日の返事とかって言ってたけど、きっと求婚の申し出でもされたんだろ。それに萌の不機嫌が頂点に達したら俺は学校まで1人で歩いて行かなくてはいけなくなる。絶対に俺を金田に突き飛ばして逃げるからね。
俺の言葉に何も言い返すことができない金田は萌を見る。それも俺がよくやる子鹿のような目つきで。まぁでも萌は俺の言ったことについて否定してこないし、このまま突っ走れってことと受け取っていいんですよね?
萌と微妙にくっついていた俺は彼女をグイッと自分の方へ近づけこう言って差し上げた。
「僕達は毎朝こうやって登校してるんですよ」
「えぇ?!」
ちょっ萌が驚いてどうすんだよ!俺に合わせてくれないと困るよ!
真っ赤な顔になった彼女は反論しようとしてるのか、口をパクパクと動かした。けど言葉が出てこない。そんなに驚くことじゃないでしょ?ウソだってわかってんだからさ。
「と、いうことは…お二人は」
そこから先が言えない金田の顔は引きつっている。「ウソと、ウソだと言ってください萌さん!」って今にも大粒の涙をこぼしそうな勢いの目でそう訴えている。
同情してはダメよ萌!そうでなくても金田はお前が好きなんだからちょっとでも優しくしたら勘違いするに決まってるんだから!
「ほ、本当に?」
なんで信じてくれないの金田さん。そんなに俺と萌って不釣り合いですか?それとも俺が貧乏人だから、金持ちの萌が俺を好きなるハズがないみたいに思っているのか?恋愛に金は必要ねぇ…少しはあるよね?
「す、すいません」
はいそうですと言えない萌は微妙な表情でそう呟いた。すると見る見るうちに金田の瞳に涙が溜まっていく。萌の周りにいる身近な男って、全員泣き虫だな…俺と一郎くらいだけど。あっそういえば昨日、ポテトをムリヤリ口に詰め込んで勇樹のこと泣かせちゃった。
「一条君、でしたよね?」
「えっあっはい」
突然の指名に俺は背筋を伸ばす、と同時に足の裏に激痛が走る。早く保健室に行かせてください!もしくはあなたのその高級車で学校まで運んで!
「キミはあの時のこと、覚えていますか?」
あの時って、どの時だ?理解できない俺は、同じく理解不能な顔をしている萌と顔を見合わせる。あの時って、俺と金田が会った時のことだよな。あれ以来会ってないし、そうとしか考えられないけど。
「キミは、萌さんもいい大人になっていると言ったんです」
「…え?」
なんだ?なんのことかさっぱりわからない。萌がいい大人になってるって俺がそんなこと言ったのか?
「あんた、何をわけのわかんないこと言ってんだよ」
おっ、萌さん言うねぇ…って俺に言ったのかよ!ってか覚えてねぇよそんなこと!それにあの時、萌だっていたでしょ?あなたも覚えていないのかい?
「僕は、僕は大人になった萌さんと再会することを楽しみに待っていたのに!なのに、なのにキミって人は!」
小声でわぁわぁ争う俺達を無視した金田は大声でそう叫んだ、それは涙声。あなただってもういい大人なのに。
金田の魂の叫びを聞いた通行人は俺達と目を合わせないように素通りして行く。朝のダルい時間帯で野次馬根性を発揮する人はいない。お前達、それでも人間か!
「か、金田さん!?落ち着いて!」
「いでぇ!おまっ、いきなり放すなよ!」
もうカンベン!という顔で萌が断りもナシに俺から離れた瞬間、またも足の裏が激痛に襲われた。なんでもいいから一言お願い!
「萌さん!中学生の頃、初めて出会った萌さんの一条君を見つめる瞳、やはりあなたは彼のことが好きだったということなんですね?でも僕は、僕が副社長になって、あなたに会いに行くと宣言して、僕に、僕は…」
頭が混乱してるな。言ってる本人も意味を理解してないみたいだし。それにまた瞳を『め』と読んだからね。それに金田さん、ひとつ大きな間違いをなさってるよ。萌が俺のことを好きだなんてことは天地がひっくり返っても有り得ないですから。
でも今はそれを言ったら全てが水の泡だ。軽くスルーしておこう。と、離れた萌に視線を合わせようと試みた。
「な…見るなバカ太郎!」
「えぇぇぇぇ?!」
なんで今怒るの?怒るトコなんてなかったよね?怒るなら金田でしょ、朝から悩みの種を撒いてくれた彼を叱ってくれ!
突然怒られた俺は口をあんぐりさせて萌を見つめる。って、あれ?なんで顔を赤くしてんだよ。赤くなってる場合じゃないよ、暴走した金田を何とかしないと!
「僕に、初めから勝ち目はなかったと、そういうことなんですね?僕が副社長になってもならずとも、あなたの気持ちは決まっていた」
「え、いや、ちがっ」
さっきよりも顔の赤さが増した萌が首&両手をブルブルと横に振った。俺はそれを少し楽しげに見ている。でも見てるのがバレたら萌の怒りの鉄拳が俺を襲うから足を撫でながらチラ見した。こんなに慌ててる萌なんて見たの初めてじゃないか?なんかおもしれぇ。
「だ、だから見るなって言ってんだろ!」
「ぼぁ!」
萌の拳が届かない距離にいたってのに、鞄アタックを喰らった。投げるな!しかも回転をかけんじゃないよ、顔面に飛んで来たわ!
好き勝手に自分の言いたいことを言い終えた金田は涙でグシャグシャになった顔を俺に見せてくる。なんか、めちゃくちゃ罪悪感に苛まれるんですけど。やっぱウソはよくないか、正直に言おうと口を開きかけたとき金田に妨害された。
「昨日、ハンバーガーショップまであなたは並んで歩いてくれた、そして僕の話を聞いてくれた。てっきり、あなたの心が僕に向いてくれていると錯覚してしまっていた。でも違っていたんですね。あなたの僕を見るその瞳、ただの同情だったということなんですね」
すっげぇ卑屈になっちゃったよ。しかもまた瞳を(以下略)。
金田のマシンガントークを黙って聞いていた萌は、少し乱れた黒髪を耳にヒョイと掛ける仕草を見せた。それをチラ見していた俺は思わず、
「おわわ」
そりゃあ言っちゃうよね!女性らしい仕草を突然されたら「おわわ」って言っちゃうよ!そんなこと俺の前で1回もしたことないよね?
「なに」
「あっいえ、すみません。不謹慎でした」
「は?」
俺の声が届いていたか、さすがミス地獄耳。でも萌はなぜ俺がそんな声を出したかはわかっていない、セーフ。気づかれたら鞄アタックどころじゃ済まなくなる。
「僕の入るスキは全くなかったんですね」
鞄返せ!と萌に引ったくられていると、金田は全身の力が抜けたような声を出した。も、申し訳ない。やっぱ俺と萌は何でもないってちゃんと言った方がよくないか?と俺を睨んでいる萌にアイコンタクトを送る。
だけど、アイコンタクトはちゃんと送れたハズなのに、萌は金田に対して頭を下げるとこう言った。
「ごめんなさい。私がちゃんと、もっと早く言ってたら金田さんをこんなに傷つけずに済んだのに」
そう言った萌の顔からはもはや赤みは引いていた。本心から謝っているのが俺ですらわかる。本当のことを言っても言わなくても、萌はちゃんと断る気でいたんだな。昨日ももしかしたら断るつもりで一緒にハンバーガー屋まで歩いたのかもしれない。
でも言えなかったんだろ、言わなくちゃいけないとわかってても声が出なかったんだろ。萌の顔を見ていたらなんとなくだけど、そんな想像がついた。