第55話 カップルは早々に立ち去れ
店に入らず、というか入ることができない俺達はガラス越しに萌と向かい合わせに座る男性に目を奪われています。勇樹に至っては口が半開き、プラス目が点。俺も人のことが言えない。おっとヨダレが。
こっちに気づいてもいない萌に集中していると、勇樹が俺に視線をずらしながら引きつり笑いを浮かべてきた。
「秋月さんの前に座ってる人って…」
「ねぇ、誰だろねぇ」
金田じゃないし、晃は部活だし。萌に初めて告白した空手家の先輩(名前はもう忘れちゃった)でもなさそうだ。見たところ俺達よか年上っぽいけど。
もしかして、萌のヤツ俺と帰らなかった理由ってこれか?隠すなんてらしくねぇな、デートならデートだからって言えばいいのにさぁ…まっ気にせずに行きましょうか。
「あれ、入らねぇの?」
ドアに手を掛けた俺はまだ立ち尽くしたままでいる勇樹に声を掛けた、けど反応ナシ。俺もそれにつられてもう一度、店内に視線を移した。
おいおい萌さん、なんだその満面の笑顔は。勇樹の前でもそんな顔しないでしょうよ。しかも微妙に顔が赤ら顔になってるよ。…別に関係ないけどぉ?
「い、一条君。今日はやめない?」
「なんで?せっかく来たのに」
俺はまた勇樹とハンバーガーが食えると思って嬉しい気持ちでイッパイなのにぃ!行こうよ行こうよ!
「何か、お腹いっぱいになっちゃって」
何も食ってないのに腹イッパイになることってあるのか?俺はさっきから腹の悪魔がわぁわぁ喚いてるんだけど。綾さんに抱きつかれたショックがまだ尾を引いてるのか?代わってやれるモンなら代わってあげたかった。
「どっか痛いのか?」
ドアから手を放した俺は勇樹の元へと歩き始める。と、そのとき一組のカップルと思しき男女がヘラヘラしゃべりながらこっちに近付いて来た。
なんかヤバイなぁと思っていると、まだ立ち尽くしている勇樹の肩とぶつかった。俺の予感的中。
「マリン!」
マリンて、どう見ても純粋な日本人だろお前の彼女。というツッコミはさておき、俺は倒れそうになった勇樹の元へと駆け寄り手を貸す。
マジで当たりに弱いなキミは。
「ドアの前でボーッと突っ立ってんじゃねぇよ!」
どっせいと勇樹を立ち上がらせていると、怒りに打ち震えた声が背後から聞こえてきた。
何だとこの野郎!ぶつかってきたのはそっちだろうが!と言ってやろうと俺は勢いよく振り向いこうとしたら勇樹に腕を掴まれた。争いは好かん!ってか?
「あの、すみませんでした」
心からそう思っているのが見てわかるほど、勇樹は深々と頭を下げる。こんな野郎に頭下げることねぇよって言いたかったけど、勇樹がそうしたいなら仕方ない。
「何だお前。女みてぇな顔しやがって」
「カワイー。でも暗そー」
頭を下げ続ける勇樹に対して男がヘラヘラ笑いながらそう言うと、うんうんと頷いたマリンも男の腕に絡みつきながら続いた。でも好き勝手言われても勇樹は頭を下げている。お人好しも度が過ぎるとなんだかなぁ。
何も言わない勇樹を鼻で笑った男は、わざと彼の肩にぶつかると笑いながら俺の横を過ぎようとした。ちょ、ちょっと待て。
「ちょぉ待てぇい」
「ちょっ、一条君?」
悪いな勇樹。俺だってモメ事は好きじゃないけど、こういうフザケた奴はもっと好きじゃないんだよね。
「ペチャクチャしゃべるのに夢中で、前も見ないあなた方もどうかと思うんですけどねぇ」
「なんだと?」
「い、一条君」
ドアの取っ手に手を掛けていた男は俺の方へ振り返り、肩まで伸びた髪の毛をかき上げた。それが戦闘開始の合図か?引っこ抜いてやりてぇ。
俺だってケンカはできればやりたくはない、けど友達がバカにされてんのをボケッと見てるような人間にもなりたくねぇ。
「こいつが女みたいな顔してるからってなんだ?梅干し食ったような顔してる奴に言われたくねぇんだよ」
やべぇ、梅干し食った顔ってどんな顔だ?すっぺぇ!みたいな顔はしてねぇけど。もう自分で言っててわかんねぇ。
「てめぇ何ほざいてんだ?」
「いくらでも言ってやるわ!自分の髪の毛食ってうまいか?そんなにうまけりゃハンバーガーじゃなくて毛ぇ食ってろ!」
俺の言葉に女が男の顔を見上げると同時に笑った。モミアゲの毛が見事に男の口に入ってたから。気づけ!
「ふざけやがって!」
くる!
わかってたけど、殴られました。俺って反射神経が鈍いのかもしれない。鼻血が出た気がするよ。
モロに正拳突きを喰らった俺は無様にも地面に突っ伏…さないよ!こんな奴に負けられるかってんだ!
「はいぃぃ!」
体勢を整えた俺の気合い充分、あかね直伝ローキックが男の左スネに決まった。俺だってやればできるんだよ!
いてぇ!とその場にしゃがみ込んだ男は俺を睨んできた。でも女は早くしてよーみたいな顔。まるで興味ナシ。彼氏はあんたが勇樹とぶつかっただけで大騒ぎだったのに。
「て、てめぇ」
ヒリヒリしてるのか、スネをさすりながら立ち上がった男はファイティングポーズを俺に披露してきた。でも俺は何度もあかねのファイティングポーズを見てきてるから別に何とも思わない。そして別に怖くはない。
「来いやオラァ!ロン毛なんて怖くねぇんだよ!」
ヤケクソとはこういうことを言うんでしょうね。もう殴られてもお構いなし。でも負ける気もしない!俺は「カモォン!」と手招きして挑発した。来るなら来い!
「店の前で何をしてるんですか!」
おりゃぁと拳を振り上げた瞬間、ハンバーガー屋の店長さん(女性)が店から飛び出して来た。そして怒られた。他のお客様のご迷惑極まりない!ですか?
「あ、あなた達この前の!」
俺の方を見た店長さんが指を差してそう叫ぶ。人を指差してはダメ!って、この前って俺なんかした?と聞こうとしたら店長さんはものすごい形相でロン毛男に向かって行く。俺じゃなかったんかい。じゃあ何でこっち見ながら言ったのよ。
「あっやべぇこの店だった!逃げるぞマリン!」
「え〜お腹減ってるのにぃ」
いいから来い!とマリンと呼ばれる女性の手を強引に引っ張りながら、ロン毛男はその場から走って逃亡した。残された俺はわけがわからず鼻血を出して手を上げたまま固まっている。勇樹はというと店長さんの声に驚いてか、瞬きすら忘れて彼女を直視している。
またカワイイとかって言われても知らないよ?
「あっ鼻血出てますよ、大丈夫ですか?」
店長さんは俺の鼻血に気づいてくれたのか、清潔そうなハンカチをささっと取り出した。そんな優しさが暖かい、さすが店長さん。
あっすいませんと受け取った俺はこんな高そうなハンカチに俺の鼻血をつけるわけにいかない!とハンカチで拭くフリをして袖で鼻血を拭った。でも洗ってお返ししますから!
「あの男の人。この前うちのハンバーガーに何か入ってるって大騒ぎしたんですよ。でも監視カメラで確認したら自分で何か入れてるのがわかって。捜してたんですけど…逃げられちゃった」
「そ、そうなんすか」
洗って返しますと言ったけど、「あげます」と返された俺は悲しさ激増。俺みたいな奴が使ったハンカチーフなんてもう使いたくないってことですか?
悲しみに暮れつつも、もうハンバーガーって気分じゃなくなった俺は帰ろうかと勇樹の方へ振り返ろうとした。でも鼻血出した後に食うハンバーガーって、うまいのかな。なんてちょっと好奇心があったけど、勇樹が腹いっぱいだって言ってたし、無理に入るわけにいかないよね…なんといっても俺は金欠だし。
「ご来店ありがとうございます!」
それじゃあどうも〜と言おうとした瞬間、笑顔全開で店長さんが頭を下げてきた。すいません、帰らせてください。
「い、いや俺達は」
「いらっしゃいませぇ!」
俺の言葉も聞かず、「いらっしゃいませぇぇ!」と連呼する店長さん。人の話を聞いてもくれない。なんでそんなに必死なの?売り上げヤバイの?
「は、入るのん?」
入るしかないのね光線を勇樹に送ると、固まったままだった顔が元に戻り小さく頷いてくれた。腹いっぱいなのに申し訳ない。
店内は俺のケンカなんて知りませんよという雰囲気で客達がおいしそうにハンバーガーを頬張っている。カップルは5秒以内に店を出ろ!
俺と勇樹は打ち合わせもしてないのに自然と萌にバレないよう顔を隠しながら歩いた。と、そこで勇樹に肩を叩かれる。これぞ俺が夢にまで見たポンポン叩き。
「僕が買って来るから、一条君はどこかに座っててくれる?」
「了解です社長」
顔を隠したままで勇樹はレジへ、俺はできるだけ萌から遠く離れた席を探した。
「お、あそこならいいか」
萌の席から死角になるような場所を見つけた俺はそこに腰を下ろした。時間が経って気がついたけど、鼻がめちゃくちゃ痛い。ヒリヒリするぅ、氷か何かで冷やしてぇ。
「おまたせ」
鼻を優しく撫でていた俺の前に置かれたのは、勇樹が大好きなギョーザバーガー、しかもセット。
「せ、セット?」
「この前セット奢ってくれたから。あとさっきは、本当にありがとう」
う、嬉しいよ勇樹!ありがとうなんて、こっちのセリフだからね!
でも、でもね勇樹君?空気を読んでくれぇ!今はさっさと食ってさっさと帰らなきゃいけないんだよ?セットはもんのすごく嬉しいけど時間が掛かって仕方ねぇよこれじゃあ!
「食べないの?おいしいよ」
ギョーザバーガーを前にした勇樹は少なからず萌を忘れてそうだ。だってがっついてるし!さっき腹いっぱいだって言ってたよね?俺よか腹減ってんじゃんか!
「ぎょ、ギョーザバーガー…」
ニラの香りが顔にまとわりつく!でも、匂いがキツイほどうまいってことわざがあるほどだからな(知らないけど)。勇樹もうまそうに食ってるし、こうなりゃヤケじゃ!
俺は心の中で気合いを入れると、ハンバーガーにかぶりついた。
「う、うまいよ勇樹!」
ギョーザとパンって、意外に合うね!俺はギョーザーにはご飯って思ってたけど、新たな発見をありがとう!
「ギョーザバーガーには100%オレンジが合うんだよ」
うげぇ、合わねぇ!
「あ、あう、合うねぇ」
勇樹の舌って、もしかしたら一郎よりすごいかもしれない。どう考えても合わないだろこれぇ!みんな見てみなよ、ウーロン茶らしきもの飲んでるから!
ギョーザバーガーを食いながら、俺達は萌のことをすっかり忘れていた。俺達の方からも萌のことは見えてなかったし、仕方ないよね。
「あっそういえば一条君に聞きたいことがあったんだけど」
「なんだい?勇樹の質問とあらば何でも答えさせていただくよ」
そう断言して失敗こいた。腹がいっぱいになった俺は忘れていたのだ、朝の出来事を。
「秋月さんのことなんだけど」
「え」
あの質問、まだ生きてたのか?俺が萌をどう思ってるかって聞きたいんですよね?でもそんな真剣な顔で質問されても勇樹が満足しそうな返事をでいるか疑問です。
「朝も言ったけど、僕は秋月さんのことが好きなんだ」
「う、うん」
だから俺に宣言されても困るって。言うなら萌に言ってくれ。つってもうちのクラス全員、キミが萌を好きだってことはバレバレだけど。きっと萌も知ってるし。
「実は、秋月さんに告白をしようと思ってるんだけど」
「こく、こくこくぅ?」
い、言えない!こく、から後が続かない!なんて純粋な心の持ち主なんだお前は!どうしてそんな言葉をサラッと言えるの?純情すぎる!
「ね、ねぇ勇樹。ひとつ聞きたいことがあるんですが」
この際だ。聞きたいことを聞いてしまおう。俺の中でずっと気になってること。
「なに?」
「な、なんで萌なの?」
あれ、なんだその面を喰らった顔は。俺の質問おかしかったか?それとも聞き取れなかったのか?よし、じゃあもう一度と、ノドを潤す為にオレンジジュースを一気に飲み干した俺は、ゴホンと1回咳をする。あーあー…よし、声がよく通る!いっけぇぇ!
「…去年、文化祭の準備をしてた時なんだけど」
あっ聞こえてたんだ。ノドを整えた意味なかった。
「僕、教室の前に貼る絵を描いてたんだけど、間に合いそうになくて。だから残ってやってたとき秋月さんが手伝ってくれたことがあったんだ」
去年の文化祭?あっそういえば勇樹、絵がうまいからってポスター係になってたな。って俺そのときのこと覚えてるよ。ちょっと待ってろって萌に言われて校門の前でずっと待たされた記憶がある。
「みんな帰っちゃったのに、一緒にがんばろうって言ってくれて。本当に嬉しかった」
でもそのポスター、萌が破いちゃったんだよね。できたぁって持ち上げた瞬間に。んで次の日、萌は副委員長という職権を乱用して全員にポスター制作を命令したんだよね。
「その時の時間は短かったけど、僕にとっては忘れられない出来事なんだ」
いい話だ、と思う。純粋な勇樹らしいとも思った。でもそれを俺に言って勇樹に何の得があるんだ?いまいち理解できない。
なんて考えていた俺は、突然真剣な表情に変わった勇樹に言葉を失った。さっきの、朝の顔だ。
「僕は秋月さんが好きだ」
「そ、それはさっき聞いたけど」
「一条君は彼女をどう思ってる?」
「お、俺ぇ?」
なんて言えばいいんだ?どう返事したら勇樹は納得する?ってか俺の気持ちを聞いてどうしたいのよ?
あれこれ悩んでいる俺をジッと見据えている勇樹にニコリと笑ってみるけど返答なし。空気が重い、さっきと全然違う。じゅ、ジュースでも飲んで一息つこうか…やっべ飲み干しちゃってるよ!
「お、お、お」
ノドはカラカラ、目は右往左往。動揺しまくりの俺は勇樹の目を真正面から見られずにいる。どどどどどうしよう。考えたこともねぇよそんなこと、なんて言っても納得してくれるわけねぇし。
「太郎?」
汗が背中を滝のように流れているとき俺の名を誰かが呼んだ。この声は、今一番会いたくない人物、秋月 萌様ですね。グッドタイミングで声を掛けてくれてありがとよ!
女王様は俺を見下し…いや見下ろしていらっしゃいます。「なんでいるの?」って目です。
「ここで何してんの?」
「は、ハンバーガー食ってんですよ」
はいすみません、全て食べ尽くしてます。でもウソは言ってないよ、本当だよ。まだポテトもあるし。
「勇樹に奢らせてか?」
「まさか!」
俺はどれだけイヤな奴だ!
「勇樹が奢ってくれるって言ったんですよ!…萌の方こそお楽しみ中になに道草食ってんのよ」
「お楽しみ中?」
この、スッとぼけた顔しやがってぇ。そのせいで勇樹は女顔だって言われて、俺は鼻血出したってのに。はい責任転嫁です!
「い、一条君」
もうやめなってと言いたげな勇樹の視線に気づいた俺は、既に飲み干したにも関わらずストローに口をつけた。こうでもしねぇとあれこれ思ってもないこと言いそうだったからねぇ。
「…」
この重苦しい雰囲気なんとかしてくれぇ。何で萌も勇樹も何も言わねぇんだ。ってか早く自分の席に戻れって。男2人で楽しくメシ食ってんだからさ。
「…何で見てんのよ?」
今のセリフは俺が言いました。って誰が聞いても俺が言ったってわかるか。
あっやべ、またキモイとか言われるか?ヤバイ雰囲気を感づいた俺は立っている萌を見ないようにポテトをできるだけ口に詰め込んだ。せっかくのポテトをこんな食べ方しちゃった。ごめんポテト!
「別にあんたなんか見てない」
「…ふぁっふぉ」
わかって!「あっそ」って言ったの気づいて!
ポテトを口の中でぎゅうぎゅう詰めにしている俺は何も言えずふと前を向くと、ハンバーガーを頬張る勇樹と目が合った。「しまった。ハンバーガーに夢中で秋月さんのこと忘れてた」って顔しながら居心地悪そうにギョーザを食べ続けている。ってパンを先に食ったのかい!
でもさ勇樹、俺達がどこで何を食ってようと萌には関係ないでしょ。なんで縮こまる必要がある?堂々と胸張ってハンバーガーに食らいつけ!
「今度は俺が奢るからねぇ!」
いつもなら俺が空気のような存在にされてるけど、今は別だ。ポテトをゴクッと呑んだ俺は萌に早く戻れと言わんばかりに勇樹に話しかける。しかし俺の行動を見ても萌は動く気配すらない。空気読めてねぇ。
「用がないなら早く戻ったらぁ?」
何か今の俺、萌に冷たくないか?いや、違う!これは俺がいつも萌にされてることなんだ!だから気兼ねすることなんてないのさ!
「一条君…」
なんだよ勇樹。お前だって俺と同じ意見でしょ。今は男2人だけで楽しく仲良くハンバーガーを食う時間なんだから邪魔されちゃ困る。
俺はストローをガシガシ噛むとチラリと萌を見る。まだ見下ろしてやがるな、マジで何用だ。
「あんた、何か怒ってない?」
ドッキーーーン!
お前、まさかエスパー…って怒ってないっつーに。怒る理由がねぇ。
「別に怒ってないわよぉ。ほら勇樹、ちゃっちゃとポテト丸呑みしちゃいなさいな」
「む、無理だよ」
俺はできたよ?キミだってやればできるんだから!俺は勇樹のポテトを一本つまむと、「あ〜ん!」と気味悪さ100%で彼の口元にそれを持っていった。自分でこう言うのもなんですが、今の俺マジで気持ち悪い!
「勇樹が嫌がってる」
「嫌がってねぇよ!…テレてるだけだ」
絶対に嫌がってる、けど萌の意見に賛同したらダメ!ってか何でまだ突っ立ってんだ、早く戻って!
俺は萌を半ば無視するように勇樹にじゃれつく、でもまだ女王は動かない。
「萌?」
勇樹の口に無理矢理ポテトを突っ込んでいた俺は動きが止まった。なぜかと言いますと、萌の名前を呼び捨てにした男が現れたから。俺以外(真さんは論外)で萌のことを呼び捨てに出来る男性なんていたんだね。
「あ、ノブ君」
「「ノブ君?」」
勇樹とハモっちゃった!ってその前に、萌が男に対して「〜君」で呼ぶのなんて初耳なんですけどぉ!しかもノブ君に声を掛けられた萌は僅かながら顔を赤く染めている。なんだその変貌ぶりは。
「戻って来ないからどうしたかと思ったよ」
「な、なんでもないの。ゴメンね」
萌の口調がおかし過ぎやしませんか?何だなんでもないのって。お前がなんでもあるだろ!いつもなら「何でもねぇよ、お前に関係ねぇ」でしょ?もしや本当に守護霊交代したか?あるいは二重人格。
俺は無言で、勇樹は俺に無理矢理ポテトを食わされたから泣きそうな顔でノブ君を見上げた。今まで見てきたどんな男共よりもカッコ良い、男の俺が言うんだから間違いない。歳は、金田と同じくらいかな、でも清潔感は金田よか断然ある。
ボケッと見上げていた俺に気づいたのか、ノブ君は苦笑いを浮かべながら萌の方へと目を向けた。
「萌の友達?」
「え?いや…」
ちょ、なんでそこでつまずくんだよ。あれか、勇樹は友達と呼べるけど俺は、ってやつか?そんなに言いづらいなら俺が助けてやるよ。
「別に友達とかじゃないですぅ。この人がハンカチ落としたから拾って差し上げただけですからー」
何このしゃべり方、マジでキモい。キモカワイイとかそんなレベルじゃない、キモイ。
「あ、そうなんですか?それはありがとうございます」
あなたに礼を言われる筋合いはありませんことよ。萌が俺みたいなキモイ奴と友達なんて思われたくなさそうな顔してたからそう言っただけですよ。もう勇樹!ポテト食べないなら食べちゃうよ!
萌は俺の話を聞いても何も言わなかった。否定も肯定もしないで俺をジッと見据えている。思ってること俺に言われてビックリしたか?助けてあげたんだから感謝してくれ。
「行こうか萌?」
「あ、うん」
何か言いたそうな表情を見せていた萌は、ノブ君に肩を掴まれると小さく頷いて俺達の席から離れて行った。それを勇樹はボケッと見つめている。そして俺は思った。ポテト、冷めちゃうよ?
いらないならもらっちゃおう!と手を伸ばしたとき、勇樹が突然真剣な表情で俺の腕を掴んだ。そ、そんなに食べたかったの?
「一条君、キミは…」
「な、なんだい?ってかポテト食べないの?」
「…食べていいよ」
そうじゃないだろ、みたいな顔をした勇樹は力が抜けたように掴んでいた手を放した。なんか一気に老けたな。だけど俺が「食べていいの?」とポテトを指差すと苦笑いを浮かべて「いいよ」と言ってくれた。
それから俺と勇樹は全て食べ尽くしたというのにまだ席に座ってしゃべり続けていた。会話が止まると余計なことを考えてしまいそうだったから。
ってかカップル共、早くここから立ち去れ!