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第54話 香水とポテトもどうぞ

男子に(あかねにも)睨まれつつも授業は終わりを迎えた。庭田先生に深々とお辞儀した俺は顔の赤みが収まった萌を見た。けど、当人は無視。見られてるのわかってるのに無視。今日は朝から辛かったな。


帰りのホームルームを終えた俺は鞄を机に置き、萌に「シャーペンありがとぉ!」と笑顔満開で返すも、無表情でそれを受け取った彼女は無言のまま筆箱にしまった。赤ら顔は収まったみたいだけど、まだ怒りに打ち震えてるなこれは。


「隆志、早く良くなるといいね」


「あっうん。ありがと」


萌は鞄を持ちあかねにそう告げると俺のことなんて忘れたかのように教室を出て行こうと歩き始めた。俺、空気の様な存在にされてる?晃と同等の扱いを受けるなんて!


あれ、なんで何もしていない(と思っている)俺が罪悪感を感じなきゃいけねぇんだ?1人で帰れって言われたんだから、別にいいんだよな。そうだ、気にするな!


「…帰ろ」


気にしてるよ俺!深い溜め息吐いちゃったし。気にするなんて性に合わないよ、がんばれ俺。


力なくイスから立ち上がった俺は、久々に一郎と帰ろうかなと坊主頭を優しく叩いた。やっぱ触り心地バツグンだねこれ。体の弱い俺が坊主にしたら風邪引いちゃうからできないんだよなぁ…しないけど。


「一郎、一緒に帰らねぇ?」


「ムリ。早く帰ってゲームの続きしてぇんだよ」


「お前は親友とゲーム、どちらが大事だ?」


「ゲーム」


「…」


バイビー(死語)と腹の立つ笑顔を見せてくれた一郎はスキップ混じりで俺の元から去って行った。しかも即答されたし。夜中までゲームなんてやってるから居眠りするんだよ!お前は何歳だ!

……俺も一睡もしないで朝までやった覚えがあるけど。しかも次の日が休日じゃないのに。


萌の言う通り1人で帰ってやるよ!と心の中で誓い乱暴に鞄を持ち上げた次の瞬間、勇樹が目の前に現れた。朝の出来事から一言もしゃべってなかったから何か気まずいんですが。


「一条君。今日は秋月さんとは帰らないんだ?」


意外にも勇樹の声はいつものトーンに戻っていた。やっぱり勇樹はこうでなきゃいけないよね。


「何か用事があるみたいよ?」


「そっか。あっじゃあもし良かったらこれからハンバーガー食べに行かない?」


え、いいの?一緒に行ってもいいんですか?というか連れて行ってくれるんですか?あっヤベ、勇樹の優しさに涙が溢れてきそうだ。


「行きます行きます…あっ」


忘れてたけど俺、金欠ボーイだった。でもせっかく初めて勇樹が俺に寄り道して行こうと声を掛けてくれたのに。断りたくないけど、金がない。金よ、俺の財布にいつ間にか入れ!…無理な魔法。


「ど、どうしたの?あっ」


気づいてくれたのかい?あぁそうか。シャーペンを勇樹に借りに行った時点で俺が貧乏人ということに気がついてるよね。そうなんだよ、俺の財布には2円くらいしか入ってないんだ。ってかその前に財布自体を家に忘れてきてた。


「あっえっと、そ、そうだ!この前は一条君に奢ってもらったから、今日は僕が奢るよ!」


おぉ、キミはなんて心の美しい少年なんだ!男なのに女神だ!

ありがとう勇樹ぃぃ!と思い切り彼に抱きついた俺は勢い余ってなぜかお姫様抱っこを実行してしまった。軽い、軽すぎるよ勇樹!メシちゃんと食ってんのか?


「勇樹がイヤがってるって!」


そう言ったのはあかねだった。やめなって!と俺の頭を叩いた彼女に、勇樹がありがとう視線を送ったのは言うまでもない。


ちぇーと勇樹をゆっくり骨を折ってしまわないようにそっと立たせた俺は、なぜかあかねが勇樹の腹に軽くボディブローを喰らわせたのを目撃した。

俺が喰らわされたんだったらぐえぇで済むけど、勇樹にとってその軽いジャブ一発でアバラが折れるんだよ!


「勇樹もやめろボケ太郎!くらい言わないと」


あかねさん、勇樹は心が清らかすぎるからそんな言葉は使わないのだよ。見てよ彼の顔を、こんなカワイイ顔で「ボケ!」なんて言わないって。


「あっそうだあかね。夜にでも隆志のお見舞いに行ってもいい?」


そういやあかね、隆志の看病する為に部活休むんだったよな。リンゴかミカンでも買って持って行こう、母ちゃんに金もらって。


「断る!」


「え、なんで?」


なぜダメなの?俺ってもしかして津田家の人々に嫌われてたりするのか?そんなぁ!


「俺、隆志に会っちゃダメですか?」


「断る!」


なんで一言?別に俺、あかねとケンカとかしてないよね?他にも何か言って欲しい!ってあかねに何かしたか?萌のことで怒ってるのかい?でも勇樹がいるから聞くに聞けない!


「あかね…」

「じゃあね!あっ来なくていいから!」


待ってあかねぇ!と叫ぶも時既に遅し、彼女は脱兎の如くその場から消え去ってしまった。って忍者か!


「あの、今の話って?」


「え?あぁあかねの弟が風邪引いたみたいでさ。お見舞い行きたかったんだけど、ムリみたいねぇ」


「風邪引いちゃったんだ。早く良くなるといいね」


勇樹よ、キミは本当に優しい子だね。見たこともないあかねの弟を本気で心配してくれるとは。でも大丈夫、あかねには来るなって言われたけど絶対に行ってやるから。ヒヒヒ。




取り留めのない会話で盛り上がっていた俺と勇樹が玄関に着いた時、見覚えのあるスーツ姿の女性が目に留まった、香の姉ちゃん(綾さん)だ。帰ったんじゃなかったのか?

と、綾さんが俺に気づき困った顔のまま走り寄って来る。


「一条君、だよね?」


「あっはい」


うお、周りの男共からの視線が心地良いね。ほらほら、あんまりジロジロ見ない!


「副社長見かけなかったかな?」


なんだかものすごい慌てっぷりで綾さんにジェスチャー付きで質問された。しかしそのジェスチャーが何を指しているのかわからない。


「校門の前で車に乗ってたんだけど、突然『あっ!』って叫んだかと思ったら学校内に走って行っちゃって」


ふむ、それはきっと萌を発見したからだろうな。やっぱり萌のやつ金田と帰るんだったんだ。俺に隠すことないのに。


「学校に入って行ったと思って捜してるんだけど、一向に見つからなくて。6時から会議なのに」


会議か。副社長ってのも思ったよか大変そうなんだねぇ。しかし社長である真さんを見る限りは楽してそう、いや楽しそうなんだけど。まぁ社長or副社長になんてなれない俺がそんな心配する意味はない。


俺が萌の事を言っちゃえと口を開きかけると、隣りに立っていた勇樹が綾さんと俺を交互に見ながら声を掛けてきた。


「一条君の知り合いの方?」


「へ?あっそう、ってか香の姉ちゃん」


「え」


俺の言葉を聞いた勇樹の思考が停止した。わかる、わかるよその気持ち。なんたってあんなゴツ男の姉ちゃんなんですから。信じられない、いや信じたくないのもわかる。


「キミも、香の友達?」


「あっはい。佐野 勇樹といいます。初めま、うわっ!」


礼儀正しい挨拶をしようとした勇樹に悲劇(俺にとっては歓喜)が起こった。ペコッと頭を下げた彼に対して母性本能をくすぐられたか、突然綾さんは勇樹を抱き締めたのだ!羨ましいぞこの野郎。


「あの、ちょ、あの」


慌てる勇樹も魅力的だ!俺まで抱きつきたくなってきた、ってアホだ俺!でもそろそろヤバイかもしれない、勇樹の顔が真っ赤だ。今にも血管がブチ切れそう!


「はいストップ、ストォップ!それ以上は勇樹が気絶します!」


ギブです!と勇樹をやっとこ引きはがした俺はそのまま彼を抱き締めた。僕の勇樹ですみたいな?キモイから!


「勇樹、大丈夫か?」


「げほ、う、うん」


むせるほど強く抱き締められたのかよ。俺も勇樹みたいな顔で生まれてたら今頃…はいムリ!


「キミ、最高!」


あっやっと口を開いたか。しかしいくらカワイイとはいえ男を無言で抱き締めるとは。ちょ、小動物を見るような目で勇樹をガン見したらダメですよ!


「香とは全然違うね。本当に同級生?」


目がキラキラ輝く綾さんを動揺しまくりで見つめる勇樹、の隣りで羨ましい光線を出しまくりの俺。虚しい。


「ど、同級生、です」


「その初々しさ、香に分けて欲しい」


おえっぷ、俺よりもゴツイあの香の体に勇樹の顔がくっついてもかわいくねぇ、むしろ怖い。

まだまだ抱き締め足りない!という顔でいる綾さんに恐れを成した勇樹は俺に助けて光線を出してきた。任せておけ!


「それより金田…副社長を捜さなくてもいいんですか?」


「え?あっホントだ!それじゃ悪いけど、手分けして捜してくれる?」


綾さんの頼みとあらば断るわけにはいかない。俺と勇樹は一瞬顔を見合わせると同時に頷いた。金田、綾さんを困らせてタダで済むと思うなよ!




「いねぇ!」


どこを捜しても見つからねぇ!1階から3階までくまなく捜したってのに見当たらないよ。こりゃ学校から出て行ったと思った方が賢明かもしれないな。


現在、綾さんに命令された俺は1人で金田を捜し、勇樹はなぜか綾さんと2人で捜している。俺ってまた1人ぼっち?もう1人はイヤだっての!


「あっ晃だ」


これから部活か?うわっ周りに女子がべったり張り付いて身動き取れてねぇ。うら、うら、うらめしや!

1人でいる俺と女子に囲まれた晃を比べて思った。よし、見つからないように行こうと。


「太郎じゃないか!ちょっと、どいてくれ!押さないで!足踏まないで!」


もみくちゃにされている晃を見て思った。よし、このまま消えてしまおうと。


「た、太郎ちょっと待ってくれ!助けてくれ!」


誰が助けるかよ。ってか助けてほしいならそのニヤけ顔をなんとかしろや!自慢してんじゃないよ。萌一筋のクセにそんなんでいいんですか!萌にチクってやるからね!…きっと「あっそ」で終わるけど。


「たろぉーーー!」


俺の名を叫び続ける晃を完全に無視した俺はもう一度ぐるっと回って来るかと体を階段に向けた。女子に足でも何でも踏まれてしまえ。


「マジで帰ったのか?あっそうだ」


そうだそうだ。萌と一緒にいるんなら電話してみりゃいいんだ。俺って天才だね!って誰も誉めてくれない。でも勇樹がいてくれたら「すごいよ一条君!」ってきっとお世辞を言ってくれる。うん、そうに違いない。


自分で自分を納得させて携帯電話を取り出した俺は、萌に掛けてみた。でも出てくれっかな?いや、出てくれるさ!


『留守番電話サービスに…』


「はいさよならぁ!」


あんにゃろ、俺からの電話だって気がついて居留守してやがる。あれ、居留守って表現おかしいか?あぁもうどうでもいい!そもそも何で俺が金田のヤツなんかを汗水垂らして捜さなくちゃいけねぇんだ!綾さんの頼みだから?知ってるよ!


「あっ一条君!見つかった?」


1人寂しく携帯電話にボケェ!とツッコミをいれていると、カワイイ声がした。顔を向けると…おぃぃぃ!なぜ綾さんに抱きつかれてんだお前ぇ!マジメに捜してたのは俺だけか!?


「勇樹あなた何を…ってか綾さん何してんすか!?」


ここは勇樹を叱るところじゃない!めちゃめちゃ申し訳なさそうな顔してるし。さっき抱きついたんだからもう充分でしょうよ!


「だって、本当にカワイイいんだから!」


「いや、そうじゃなくて」


カワイイのは知ってるんですよ。これでも去年から同じクラスなんですから。それに勇樹は俺の勇樹なんです!そして勇樹は萌ラブなんですよ…ラブ、ラブなんですよ。


なんだろ、なんかモヤモヤすんな。腹減ってきたからか?早くハンバーガー食べたくなってきた!


ピロピロピロポー。


「あっちょっとゴメンね」


苦しい表情の勇樹から名残惜しそうに離れた綾さんは、素早い動作でバッグから携帯電話を取り出すと仕事モードに切り替わり凛々しい声で話し始めた。ってピロポーって、どんな着信音なんですか。


「副社長、今どちらに?学校の近くのハンバーガーショップですか?わかりました、すぐに向かいますので」


俺は見逃さなかった。電話を切った瞬間、綾さんの顔が怒りで歪んだ。矛先が俺じゃなくて安心したよマジで。ってか萌にじゃなくて金田に電話した方が手っ取り早かった!俺って微妙にアホだ。


「やっと電源入れたと思ったらあのボンボン…」


小声だけどちゃんと俺と勇樹の耳に入るような音量でそう言った綾さんはケータイを乱暴にバッグへ投げ入れた。上司に向かってそりゃないんじゃないですかね、なんて言う気になれねぇ。俺も同意見ですから。


「2人ともごめんね、ありがと。あっキミ勇樹君だったよね?今度遊びに行こうね!」


「あ、はい…」


「一条君もありがとうね。それじゃ!」


なぜ、なぜ俺は名字で勇樹は名前で呼ばれたんだ?距離を感じたのは気のせいですか!俺にも同じ対応を望みますよ綾さん!


しかし綾さんは俺の必死の視線を軽くスルーして「香によろしく〜!」と(勇樹に)手を振り、相当な速さでその場を去った。


「勇樹ぃ」


「な、なに?」


かわいらしく手を振ってる場合じゃないよ勇樹君。キミに聞きたい事が山ほどあるんだ。


「俺がマジメに金田を捜してたってのに、キミは綾さんと何をしてらっしゃったのかしらん?」


ゾンビのような仕草で勇樹に迫る俺。助けを呼んでもムダだよ、もう生徒はほとんど帰っちゃってるからねぇ。


「お前を喰って俺が勇樹になってやる!キャハハァ!」


(お前は悪魔か)


悪魔に言われたくないんだよ。そういや新キャラはどうした?あまりに自分とかけ離れてるからやめたか?


(るっせ)


「な、何もしてないよ。誤解だよ」


「その割りにあなたから香水の香りがプンプンしてるんですけどぉ?」


「そ、それは…」


わかってるんだ、綾さんにムリヤリ抱きつかれただけでしょ?しかしイジらせてくれ!オドオドしてる勇樹、サイコー!ついでに俺サイテー!


ガバッと抱きついた俺は勇樹の首筋を噛むマネをした。ちっきしょ、高そうな香水の匂いがするよ!

ぐぁぁと意外にもノッてくれた勇樹に感謝しつつ、少しの間遊ばせてもらった俺は綾さん同様、名残惜しげに彼から離れた。


「まぁでも金田の野郎も見つかったし。ちょっと遅くなったけど行きましょうか社長!」


俺は彼の鞄を奪い取ると、ゴマをするように低姿勢で話しかける。


「しゃ、社長?」


だってハンバーガーを奢ってくれるんだよ?太っ腹社長とはあなた意外に考えられない!あっでもそういや金田のヤツもハンバーガー屋にいるとか綾さん言ってたな。会いたくねぇ、けど大丈夫か。向こうは車、こっちは徒歩。俺達が着く頃にはもういないだろ。





ハンバーガー屋に行くまで、朝のことを何か聞かれるんじゃないかと内心ビクビクしながら勇樹と歩いていたけど、彼は何も言っては来なかった。

でもそれが逆に怖い、けどここは勇樹に従ってヘタに萌の話はしない方が良さそうですな。おっし、萌のことは忘れて男2人楽しく行こう!と意気込んだ俺は勇樹の一言で撃沈した。


「秋月さん?」


「え」


萌のことは話さないって誓ったそばからそれかい!いや、誓ったのは俺だけなんだけど。


「ど、どこ?」


恐る恐る勇樹の視線の先を見てみると、俺達がこれから入ろうとしている店がそこにあった。ガラス越しだから見えるんだよねこれが。


「あ」


店内では2人用の席に萌が座っていた。そして、向かい合わせに座る見たこともない男と仲良さそうにハンバーガーを食っている。


しかも萌のヤツ、セット頼んでやがる。











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