第52話 宣言されても困ります
庭田先生のお話ははっきり言って俺が期待していたそれとは全く別物でございました。何てことはない、杉なんとかが学校に来てなかったから。俺は無関係もいいところなんですが。
「お家からも何も連絡がなくて」
「そうなんですか…でも俺に聞くよか直秀に聞いた方がいいんじゃないですか?それに俺、杉…?とは別に仲が良いってわけじゃないですし」
杉なんとかめぇ!マドンナである庭田先生を困らせるとは不届き千万許し難い!どうせ高瀬にフラれたからだろ。
ってか自分から振っておいてそれはないんじゃないの?高瀬は学校も休まずに頑張ってるってのに。男ってのは弱い生き物よのう。
杉なんとかに闘志を燃やしていると、それでも心配そうな顔の庭田先生は深い溜め息をついた。そこまで、そこまでアイツが心配なんですか?
「き、気にすることないですよ!きっと傷心なだけじゃないですか?」
高瀬の失恋騒動は庭田先生も知ってるからな。説明の手間が省けただけで良しとしよう。
「傷心?でもそれを言ったら高瀬さんの方が傷ついているはずだよね?」
「え?」
あっそうか。あの後、高瀬が杉なんとかに交際再開のお知らせを断ったこと知らないのか先生。説明、した方がいいのか?でも高瀬の承諾ももらってないのにあれこれ好き勝手言うのもなぁ。
どうしよどうしよとあわわしていると、既に用件を言い終わっていたあかねが嬉しいことに口を挟んでくれた。ここは口を挟むって言葉は適してないか、助け船を出してくれた?
「先生、あの後杉原…君、恭子にもう一度やり直したいって言ったんですけど断られたからショックだったんじゃないですか?………自分勝手」
最後、なんかボソッと言ったよね?何て言ったか聞き取れないほど小さい声だったけど。
そんなこと勝手に言ってもいいのか?とあかねにアイコンタクトを送ると、小さく頷いてくれた。あっその顔は大丈夫って顔だ。
「え?そうだったの?う〜ん、それじゃあ仕方、ないのかしら?」
「そうですよ、きっと明日になれば学校に来ますって」
「そうだといいんだけど」
に、庭田先生、その少し困った顔サイコー!庭田先生ってどんな顔をしても最高だね!って俺のバカ!先生が困ってる時になんて事を考えてやがる!
自分を叱咤する為、俺は手の甲を思い切りつねった。これで許してぇ…誰に許しを請うてる?
庭田先生との用事を済ませ、俺とあかねは取り留めのない会話をしながら教室へと戻って参りました。俺の席に座っていた晃の姿はなく、代わりに直秀が座っていました。そして萌の席に座っているのは高瀬。何を話してる?
「太郎」
うぇっと振り返ると、ドア越しに萌が立っていた。うん、不機嫌そうな顔はしてないみたいだな。どうした?高瀬に席を奪われて行き場を失ったのか?ってかなぜ直秀が?アイツ、教室を間違えたの?
「ねぇ萌ぇ、なんで直秀がいんの?」
「あんたが何か知ってんじゃないの?」
「俺だって今戻って来たんだよ」
萌も知らないの?お前、何をやってたんだよマジで。
「ジュース買いに行って戻ったらいたんだよ」
ジュース?ノド乾いたのか?ってか朝から金持ちだね、俺は水しか飲めないってのにさぁ!ヒガミですよ!
少し悲しさが込み上げてきた俺は、萌にちょっかいを出すことを決めた。
「あれ、それ炭酸入りじゃんか」
「え?ウソ!」
「ウソだよ〜ん!イテェ!」
ちょっと冗談言っただけだろ!何で蹴るんだよ!マンガのヒロインとかだったらここは絶対に「もう!太郎ったらぁ!」とか言って背中を軽く小突くくらいでしょ。マジ蹴りやめてくれ。
「つ、強くなったなぁ」
「それよりあれどうすんの?あのままじゃあんた達自分の席に座れないよ?」
なんとかしないと授業始まるよ〜と萌の背中をポンと叩いたあかねはさっさと自分の席に戻ってしまった、薄情な方だな。あたしも手伝うから直秀という敵を倒そう!とかってないの?敵じゃないけど。
俺の席で何をしてんだよ、なんて軽く言えないよ。見てよ直秀の顔、いつになく真剣な表情で高瀬と話し合ってるよ。ってかいつの間にアイツら仲良くなってんだよ。軽くジェラシーを感じたのはなぜ?
まぁもうちょい待てば話も終わるか、なんて考えた俺は隣りでアップルジュースを立ち飲みしている萌に顔を向けた。でもこっちを見ないで飲み続けている。なに?くらい言え。
「あっそういや金田、副社長になったみたいね」
「あっそ」
「えっ何その興味ないんだけどって返事」
「興味ないし」
「そっすか」
無言で立ったままジュースを飲み続ける彼女を見て少し違和感を感じてしまった。金田のプロポーズを断って来いと命令されてたのにそのことについて一切何も言ってこないし。…断る前にどっか行かれちゃったけど。
何か朝と違ってちょっと、何か、おかしいよねぇ。俺の気のせいかもしれないけどさ。
「太郎」
「うぇ、はい?」
見てんな!って殴られるのか?と反射的に頭を手で隠した俺は、チラリと萌を見た。けど当の本人は缶に口を付けたまま高瀬と直秀を見つめている。何で俺を呼んだ?ってか缶に口つけたままでよくしゃべることできたね。
「…そうだ。今日あんた、1人で帰って」
「え、なんで?」
「いいから。あとこれ、捨てて来て」
飲むの早ぇ!350ミリリットルを何秒で飲んだんだよ!しかも俺には一口もくれなかった。俺だってノドがカラカラだったのに。ってか自分でゴミくらい捨てろってんだよ。
「俺は別に1人で帰ってもいいけど…真さんにバレないようにしてよね?」
缶を受け取った俺は、一滴も入っていないことを確認すると、ゴミ箱へナイスシュートを決めた。あっやべ、燃えるゴミの方へ入れちゃったよ。
「何でお父さんが関係あんの?」
ゴミ箱を漁っている俺の背後から萌の不満そうな声が聞こえてきた。聞かなくてもわかるでしょ、バレたらやばいんだよ。
「いや、だからね?一緒に帰ってないってバレたら父ちゃんのクビが吹っ飛ぶんだよ」
「…」
あれ、なんで何も言わない?意味が通じてないわけじゃないと思うんですがね。あっもしかして、俺と一緒に帰りたかった…有り得ねぇかそれは。
缶を不燃ゴミに投げ入れた俺は、直秀達をチラリと見た…まだ和気あいあいしてやがる。早く教室帰れ!と直秀に向かって念力を唱えていると、萌に背中を引っ張られた。
「…この前も聞いたけど、あんたどうして私と帰ってんの?」
またソレ聞くか?知ってんでしょ?承知の上でしょ?
「真さんに頼まれた、というか命令されたから?」
「命令?」
「だから、一緒に帰れって」
「…嘘だ」
「ウソじゃないって」
なんでウソ言わなきゃいけないんだよ。俺はこう見えても正直者…伊藤先生ごめんなさい!
「だって、あんたが一緒に帰ってくれって言ってきたんじゃん」
「真さんにそう言えって頼まれたんだよ」
そのマジで驚いた顔を見るところ、何も知らなかったんですね。でももう俺達だっていい歳だし、知ってもいいよね、クビにならないよね?
でもちょっと言ったのマズかったか?なんて思って萌の顔を見ると、なんだか戸惑った表情がそこにあった。なんで目が泳ぎまくってるんだ?
「じ、じゃあもしお父さんがもう一緒に帰らなくていいって言ったら?」
そりゃもうサイコーですよ!と言いそうになって固まった。なぜ、なぜ瞳に涙を溜めているのよ萌さん!あっ金田みたいに瞳を『め』と読んじゃったよ!
俺、何かヒドイこと言った?言った憶えが全くないよ!なんで泣いてんだよ!
「ちょちょちょっ、も、萌ぇ?ど、どした?」
「別に…もう今日から一緒に帰らなくていいから。お父さんにも言っとく」
「え…あっちょ、どこ行く?」
俺の問いかけも無視した(その直前に思い切り睨まれて)萌は、もうすぐ授業が始まるっていうのに教室を出て行ってしまった。
そういや晃の姿が見えなけりゃ一郎も行方知れずだ。ってか萌、どこに行くんだよ…俺、マジで、何か言った?
直秀と高瀬は杉なんとかについて討論していた、って考えるまでもないね。俺が力なくトボトボと自分の席に近付いて行くと、「あっ」と短く声を出した直秀がパッと立ち上がった。早く自分の教室に戻れ、じゃないと今の俺は弟のお前であっても…泣きつきそうだ。
「あれ、萌ちゃんは?」
「知らね。いつでも一緒にいるわけじゃないしぃ?」
「ふ〜ん」
自分から聞いておいて何だその反応は。仮にも俺はあなたの兄様ですよ?「えっそうなの!?」くらい驚けよ!驚かれたらそれはそれで困りますがね。
「あっそれじゃあ高瀬さん」
「うん」
可愛らしくバイバイと教室から出て行こうとした直秀に手を振った高瀬は、彼の姿が見えなくなると萌の席に座ったまま俺の顔をジッと見つめてきた。俺にもバイバイ求む。
「直秀君って、ホントに一条の弟なの?似てないよね」
面と向かって言われると正直ヘコミますわ。そんなに顔が違うかい?そんなに俺の方が格好いいかい…?自分で言ってて悲しくなってきた。
「俺は橋の下で拾われたんだよ」
「えっホント?」
ちょ、信じないでよ!なんかゴメンみたいな顔やめて!
「ウソウソ!ウソだって!」
「もうマジでビックリした…あれ、萌は?一緒じゃないの?」
「どっか行ったわー。あっそういや高瀬、今日また萌とナンパされに行くの?」
「え?行かないよ。どうして?」
あれ、俺の予想が外れた。てっきり高瀬とナンパされに行くもんだと思ってたのに。じゃあ誰と帰るんだろうかね。ってか1人で帰るのか?
「一条と帰らないの?」
「今日は1人で勝手に帰れって言われたんだよねぇ」
隆志が心配だからあかねと一緒に帰るのかな、なんて自分の席に着きながら考えていた俺に何やら意味深な笑顔を見せた高瀬が俺に顔を近づけて来た。
うわ、間近で見ても、かわ、かかか…心中ですら言えないのかよ!
「もしかして、御曹司と?」
「え?…あ、あぁそうか御曹司」
もしも萌がジュース買いに行った時、金田に会ってたらそれも有り得る話だ。でも萌のことだ、はいはいと一緒に帰るか?お断りしますって言いそうなんだけど。
考えても答えは出ないと気づいた俺は、便所にでも行っていた一郎が教室に入って来たのを確認した。何か企んでる目してんな、ここは無視した方が賢明か?
「太郎!太郎!太郎!」
「何度も呼ばない!」
バタバタと走り寄って来た一郎は高瀬と俺の距離に一瞬怯んだ表情を見せた、けどすぐに厳つい顔に戻して俺の胸ぐらを掴む。もうお前は高瀬とは何でもないんだからいいでしょうが!ってか初めから何でもなかったけど!
「お前、俺が晃に脅されてるときに楽しく高瀬と会話ですか?!」
「な、何よ?どうなさったのよ一郎様」
「アイツ、まだ秋月のファーストキッスの相手を調べろってうるせぇんだよ」
あっすっかり忘れてたよ。そういえば探せ!って言われてたんだった。でも勇樹じゃないことは萌の口から聞いちゃったし、誰かすらもうわからん。過去のことを引きずるなんて男じゃないよ!…って言えたらどんなに楽か。
「しかも俺にだけ怒るんだぜあの野郎。なんでお前は殴られないんだよ!」
殴られたの?あっホッペがほんのり赤くなってる。可哀想だけど、それは宿命というもの。避けられないの!
「あなたは殴られるという星の下に生まれ落ちたのよ。運命と思って受け止めなさい」
「ひでぇ!元はといえばお前が俺にラブレター書いたからこんなことになってんじゃねぇかよ!」
「俺だけのせいかよ!わざわざ萌の名前書いたお前だって悪いでしょうよ!」
ボケボケェ!と第2回ビンタ大会が幕を開けた、けどクラスのみんなはそれをスルー、というか冷ややかな目。高瀬は「バカじゃないのー?」と笑いながら俺達の死闘を眺めている。あかねは、英語の教科書を取り出している。あなたもスルーですか!
誰も止めてくれないと悟った俺と一郎はビンタもそこそこに、それぞれ自分の席に戻った。そっか、いつもならここで萌が「うるっせぇんだよ!」って言ってるんだよな。あれからまったく戻って来そうにないし、どこ行ったんだマジで。
「えっと歴史歴史〜」
鼻歌交じりで歴史の教科書を机から出しているとき、誰かの視線を感じた。殺気に満ちた目線じゃないなこれは。誰だ?
「…勇樹?」
辺りをキョロキョロ見てみると、前の席に座っていた勇樹が俺をジッと見ていた。でもその目はちっとも笑ってない。俺、何かしたか?
俺と目が合った勇樹はゆっくりと立ち上がると、ギュッと右手の拳を握り締めながら近付いてくる。殺気は感じられないけど、めちゃくちゃ怒りに震えてそうだ。
教科書を持ったままでいる俺の前に立った勇樹は、いつもとは違う口調でこう切り出した。
「一条君。さっき秋月さん、泣いてなかった?」
「え…い、いや」
勇樹には見られてたのか。でもドアからお前の席まで相当な距離があるけど、見えてたの?どうしよ、真剣な顔されてるからおちゃらけた返答なんて出来ない。
目が泳ぎまくりで何も言えない俺を見ていた勇樹は、静かに息を吸い込むとすごい推理を披露してくれた。
「一条君が泣かせたの?」
「まさ、まかさ!泣かされることはあっても泣かすなんて!」
慌てすぎて言葉がおかしくなったのにも関わらず、勇樹の真剣な眼差しが変わることはない。でも本当の事だからね?断言できるよ!
「…一条君って秋月さんの事、本当はどう思ってるの?」
「ど、どうとは?」
あれ、たしかあかねにもそんなようなセリフを言われたな。しかしそんなことを聞かれても、どうって…どういう風に答えればいいんだ?
「僕は……僕は、秋月さんが好きだ」