第49話 シャーペンすら買えない御曹司
ミス西岡に追いかけられながらも教室にたどり着いた俺は、まだ伊藤先生が来ていない事を確認するとあかねにありがとうを連呼してから自分の席に座った。
そして隣りには例のごとくなぜか不機嫌全開の萌様。俺が保健室に行ってる間に何かあったのか?でも聞いたら聞いたで「あんたに関係ない」で終わるから敢えて聞かない。俺は息を整えつつ机にしまってある筆箱を取り出した。
「あっ」
またシャーペン買うの忘れてたぁ!昨日買っておけよ俺のバカ!なにが寝て曜日だ!消しゴムしかないんじゃ意味ねぇよ。一郎は掃除に行ったきり戻って来てないし!
こうなりゃヤケクソで萌に当たって砕けるしかねぇか?きっと砕けると思うけど。
「あの、萌さん」
「ヤダ」
やはりそうきましたか。わかっていますよあなたの言動は。しかも俺が「あっ」って声を出した途端に筆箱隠したよね。意地が悪い子だよまったく。
まぁでもホームルームも始まってないし、終わったらあかねか誰かに貸してもらえばいいか。なんて軽く考えていた俺に絶望的な声が聞こえた。
「あっシャープ忘れた!」
あかねもかよ!
「ごめん萌!今日だけシャープ貸して!」
「いいよ」
あかねには貸して俺には貸してくれないのかよ!しかも俺からは見えないけどきっと笑顔全開。なんでこうも対応が違うんだ?俺って萌に何かしたか?消しゴム貸してあげるから!
「あっ…消しゴム忘れた」
きたきたぁ!萌さん消しゴム忘れたの?俺は予備に何個か筆箱に入ってるよ?ってか消しゴムばっか!あと油性ペン。
俺はこれ見よがしに萌に見せるように筆箱を開ける。よし、今チラ見した!シャーペン貸してくれるなら貸してあげるわよ!
「消しゴムならあたし2個持ってるから貸せるよ」
いらないことすんなよあかねぇ!俺の作戦が台無しだよ!ってかお前もシャーペンは忘れて消しゴムは持って来たのかよ、俺と同類だぜぇ…そんなことよか今はシャーペンを何とかしないと!も、萌様ぁ!
「萌、萌さん、萌様」
「なに?」
「お願いがあるんですが」
「ヤダ」
「頼むよ!」
「だってあんたこの前貸したシャープ壊したし」
「え?」
そうだ忘れてた。俺のおでことがっつんこして借りてたシャーペン壊したんだった。ってか覚えてたんだね、俺はすっかり過去の事にしていたよ。でもそれはそれ、これはこれ…というわけにはいかない?
「また壊されたくない」
「そん、そんなこと言わずに」
「ヤダ」
俺が悪いのは明らかだけど、貸してくれてもいいじゃんかよ。シャーペンは壊したかもしれないけど、俺はそれ以上にあなたに気を使ってあげてるんだよ?
「貸して貸してぇ!貸してよぉ!」
「うるさい、ヤダったらヤダ」
そこまで拒否しなくてもいいじゃんか!どこまでお前は俺が嫌いなんだよ!
もういいよ、優しい勇樹に借りるから。きっと勇樹の事だ、「忘れちゃったんだ?はい」って新品のシャーペンを貸してくれるだろうよ。
「勇樹く〜ん!」
萌に「あなたにはもう頼まないわ!」と軽くタンカを切った俺は、自分の席で参考書か何かを読みふけっている勇樹に抱きついた。
おわ、この前よりも体が小さいよ。ちょっと力を込めたら保健室行きだねこりゃ。
「ど、どうしたの?」
「シャーペン貸してください学級委員長!」
「あっ忘れちゃったんだ?いいよ、何本かあるから」
やっぱりキミは学級委員長だ!全ての生徒に平等であれ!
ありがとうありがとう!と感謝している俺を萌がチラ見していたけど気にすんな。勇樹はあなたと違って優しいの、そしてやっぱり新品のシャーペンを貸してくれた…そんなに俺は図々しいのか!
「ダメだよ勇樹!俺みたいな人間には使い古しが似合ってるんだ!」
「え?」
中古でいいの!と勇樹の筆箱を開けるけど、使い古したシャーペンが見当たらない。
「昨日、新しいの何本か買ったから古いのは家にあるんだ。だから気にしないで使っていいよ。あっ消しゴムはある?」
「あっあるある!消しゴムならムダにあるから大丈夫!」
勇樹の家って萌みたいに金持ちなのかな…って俺はどんだけ貧乏なんだ。シャーペンの一本すら買えないなんて。チョコレートじゃなくてシャーペン買えばよかった!後悔先に…。
勇樹様から新品のシャーペンを借りた俺は、(コレ高そうだけど、借りて大丈夫なのか?)と壊したら弁償の文字が頭をよぎってしまい、それを筆箱にそっとしまった。…使いづれぇ。
「あんた、ソレ高いよ」
「うえ、マジ?」
席に戻った俺に、萌が強烈にキツイ一言をサラッと言ってくれた。
お前は俺があたふたしてる姿を見るのが好きなのか?腹黒いな萌さんよぉ。きっと心の中で高飛車な笑いを俺に向けていることでしょう。でも負けないよ!このシャーペンを壊さずに今日一日を乗り切ってみせる!
「うお!」
気合いが入りすぎた俺は筆箱を落としそうになったよ、あぶねっ!弁償できる金なんて俺にはない!ってか使えないよこんな高いモノ!もしも書いてる途中でクシャミとかしちゃって、落としたら、キズモノにしちゃったら…考えるだけで筆箱を開けられない!
「やべぇ、やべぇよ。使えねぇよ」
「うるさい」
お前は金持ちだから貧乏人の感覚はわからないだろ。仕方ねぇ、シャープの芯だけで書くしか手はない。
「あっ」
そりゃ折れるわ!ちょっと力を込めるだけでポキッと折れるわ!アホか俺は、大事な芯が折れちゃったよ!
「あんたってホントに馬鹿太郎」
「この…!」
うるせぇよ!って言いたいけど言えない!言ったら「はいあんたのお父さん左遷ね」って言われそう。転校なんてしたくない。
萌に使い古しでいいから貸してくれない?と言おうとしたけど、あんなタンカ切っておいてそんな調子のいいこと言えない。どうしよ、やっぱり芯のみで頑張るしかないのかぁ!
どうしていいかわからない俺は、なぜか勇樹が貸してくれたシャーペンが入っている筆箱に手を合わせてみた。…何してんの俺?
そんな俺の意味不明な行動を目にした萌、いや萌様が俺の腕に正拳突きを喰らわせてくれた。用があるならそっと腕をポンポンと叩いてほしいけど、そんな事は言えません。なぜなら萌の次の言葉が俺にはわかるから!
「仕方ない、そのシャープ返して来な」
「え?」
もしかして、貸してくれるの?貸してくれるのかい?やっぱり俺の予知能力は他の人よか優れてるね!
「貸してくれるんですか?」
「壊れてるのあるから」
それ使えるの?ってそれ俺が壊したシャーペンじゃないの!使えないよそんなの!まさか俺をおちょくってるのか?
「これ使えねぇよ…あっ芯出た」
思い切り押したら芯が出て来た。うん、これならなんとか使えそうだな。じゃあ勇樹には申し訳ないけど返して来ようか。
「おぼぉ!」
っぶねぇ!筆箱持って勇樹の元へ行こうとしたらコケそうになった!誰も、誰も俺に近付くな!
「ゆ、勇樹ぃ!」
「え?な、なに?」
やっとのことで勇樹の席へたどり着いた俺は、筆箱ごと彼の机の上に置いた。俺が触れたら壊しそうだからキミが取り出してくれ。
「せっかく貸してくれたんだけど、やっぱり俺には中古品が似合ってるんだ。だから涙を飲んで返す!」
「え?別に気にしなくてもいいんだよ?」
ダメなの!高級なモノなんて使った事がない私のことだから、きっと緊張しまくりでシャーペンを握りつぶしそうなの!
「萌、様に借りることになったの…壊れたヤツだけど」
「なんか言った?」
ミス地獄耳!遠くにいても自分に分が悪い言葉は聞こえてるんだね。
なんとかシャーペンを受け取ってくれた勇樹に何度も頭を下げた俺は、いそいそと自分の古い筆箱を抱えて席に戻った。ってもう筆箱を大事に持たなくてもよかったんだった。
それにしても壊れたシャーペンなんてまだ持ってたのかよ。金持ちなら新しいの買えばいいのに…でも壊したのは俺だから何も言えない。
シャーペンを無意識にカチカチしていた俺は、ふと一昨日の事が頭に蘇った。
「そういえば、美咲ちゃんとハンバーガー食いに行けたの?」
「行ったよ。あんたと同じチリなんとかバーガー食べてた」
マジか?俺以外で食った人がいるとは。ってかなんとかってなんだよ、みそだよ。ちゃんと覚えてよね。
「奢ったの?」
「奢った…後でちゃんと請求するから」
俺食べてないけど!まさか貸しってのはそれのことなのか?金払うなんてムリだよ!シャーペン買えない時点で俺の財布の中身を察してよ!
「ら、来月の小遣いもらったら払います」
「…いらない」
どっちだよ!払えとかいいとか。でも払わなくて済むならありがとう。あなたは基本的に優しいんだよね。しかし俺にはその優しさを半年に一回くらいしか見せてくれないけど。萌の優しさよ、また半年後に会いましょう。
「じゃあ払う代わりに教科書見せてあげるぅ!」
「いらない、あんたの教科書なんて見たら勉強する気が失せる」
そこまで言わなくてもいいんじゃない?くっそ、シャーペン借りてるから強いことは言えない…じゃあ弱い言葉ならオーケー?
「萌ちゃんったらぁ、ホントは嬉しいクセにぃ!」
「気持ち悪い!」
「いってぇ!」
立ち上がった瞬間、蹴られた。蹴らなくてもいいじゃんか!俺が嫌いなら嫌いってはっきり言え…はっきりはヤメて。これでも僕は小心者だから。
「あっいたいた萌!」
涙目で足をさすっていると、遅刻ギリギリの時間にやって来た高瀬がドアを威勢良く開けて萌の元へとスッ飛んで来た。キミも朝から元気だね。
「あっ恭子、おはよう」
「それどころじゃないって!」
そんなに慌ててどうした?とも言えない俺は、イスに座りがてら高瀬の言葉を待った・・・・もちろん萌にバレないようにチラ見してます。
「萌の家って、お金持ちなんだよね?」
「え」
返答に困る質問するねぇ。「うん、そうだけど?」っても言えないだろうし、「べ、別に?」って言ったら金持ちのクセに!って思われるだろうね。ナイスな質問だな!おっしゃ、ここは俺が一肌脱いで差し上げよう。
「萌ちゃんは金持ちも金持ち、大金持ちよぉ!」
「黙れ!」
「おわっ!」
裏拳が飛んで来た!上履きの次は裏拳かよ!ってかドンピシャで俺の顔面スレスレだよ。間違いなく後頭部に目がついてるよこの子。
俺のナイスな返答が高瀬に聞こえたか、「それでさ!」と、完全にスルーしてくれた。
「どっかの御曹司が萌に会うために来たみたい!」
「は?御曹司?」
「うん!見たところそんなカンジだった!っていうか、絶対にお金持ち!」
御曹司って、ドラマとかでよく耳にするあの御曹司か?ってか現実でその言葉を聞いたのは今日が初めてだよ。見てみたいよ御曹司!あっだから伊藤先生、教室に来るの遅くなってんのか?
俺が御曹司の顔を想像していると、疲れた顔の萌が頬をポリポリと掻いた。どうにでもなれみたいな顔だ。って俺を見てどうする、僕は御曹司などではないよ。
「太郎、あんた何か知ってる?」
「知ってるわけがないでしょ」
なんで俺に振るんだよ。御曹司の知り合いなんているかっつーに。ってか知ってたらソッコーで親友になりたい、いやなってみせる。
「またお見合いとかっていうんじゃないだろうねぇ?」
真さんの事だから、あんなことで諦めるタマじゃないのは確かだからな。でもわざわざ学校まで来たりして、その御曹司ってのはよっぽどヒマ人らしいね。
晃!寝てる場合じゃないよ!
「わかんない。最近お父さんと喋ってないから」
また無視してんのか。一応お父さんなんだからちょっとくらいは話をしてあげた方がいいんじゃないの?だからなんとか自分の方を向いてもらおうとあの手この手を使ってんだよきっと。親父の威厳なんて微塵もねぇ。
「結構カッコ良かったよ!萌も見たら惚れちゃうかもね!」
狙ってんのかよ高瀬。目が輝きを増してきたね。
「それに杉原とは違ってお金持ちそうでも紳士な人だったよ!試しにケータイ落としたら拾ってくれたし」
俺だって高瀬みたいなベッピンさんが目の前で携帯落としたら一瞬で拾ってあげるよ!いや、俺は誰が落としても拾ってあげる。ってか試しにって、キミは一体何がしたいんだ?
「萌って御曹司の知り合いとかいたんだね!」
「い、いない…と思うけど」
微妙だな、今のはいるような返事だ。照れてんのか?ってかいるなら俺にも紹介してほしい。
「その御曹司って日本人なの?」
おっあかねも気になるか?
幸い伊藤先生はまだまだ教室に来る様子はないし、ここは女の子同士で楽しくおしゃべりしましょ!
「日本人だったよ。でもカッコ良いのこれが!さっき廊下で伊藤先生と一緒にいたんだけど、萌の話してたんだから!」
興奮しすぎだな。男は金持ち&美形じゃなきゃ今の女性は話題にもしてくれないんだね。でも今は私も女子の仲間!乙女チックに目を輝かせてやるわ!
「太郎、気持ち悪いんだけど」
笑顔を作った途端それかよ。俺の顔は気持ち悪いの?何度も瞬きしててかわいいとか思わない?
「ドライアイ?」
そうそう最近どうも目が乾いて、って違うわ!
くそっ萌めぇ、俺を会話に入れてくれないつもりだな?でも一郎はいないし、勇樹も本を読んだまま動かないし。机に突っ伏すしかねぇか。
勝手におし!と萌を軽く睨んで(直は無理だから微妙にずらして)机に頭をぶつけた。一郎よ早く戻って来てぇ、じゃないと寂しくて悲しいよ。
萌達の会話を聞いてるようで聞いていない俺は窓の外を見た。寒いけど暖かい朝の光を一人占めしてる。嬉しいようでこれまた悲しい。
「…ろう、太郎………金太郎桃太郎!」
「うわっ!」
「馬鹿た…」
「はいはい何ですか!」
人が日向ぼっこして現実逃避してたのにデカイ声出すなよ!しかもバカやめてって頼んでんじゃんか!
名前を叫んでちょっと疲れたのか、ゼェゼェ肩で息をする萌と目が合った。なん、なんすか?無言で見つめられても困る。
「ちょっと思ったんだけど、もしかしてアイツの事じゃない?」
「アイツって誰よ?」
名前を言ってくれないとさっぱりわからん。こう見えて僕は人の名前を覚えるの苦手なんだよ。それに御曹司になんて知り合いいねぇし。
「ほら、中学の時」
「中学ぅ?」
じれってぇ。アイツとか中学とか言われてもわかんねぇよ!
「中学生の時、うちに来た御曹司っぽい人…」
「………あ〜アイツ…ってアイツ?マジでぇ!?」
「知らない!うるさい!」
なぜ怒られた?せっかく思い出してあげたのにうるさいかよ。
でもアイツなら来てもおかしくないな。しかも萌、「っぽい」じゃないだろ。アイツは本物の御曹司だよ!
「アイツが学校に来たってことは、萌に再度プロポーズをする気だな」
「ヤダよ。あんた断ってきて」
「ムリです!」
俺はお前の何でもないんだからズケズケと断りになんて行けるかっつーに。人を頼らず自分の力で何とかしようとか思わない?応援くらいはしてあげるよ。
「貸しはこれでチャラにするから」
貸しって、ハンバーガーの事か?金を払う代わりに断れと?ちきしょ、俺が小銭すら持ってないことを知ってるからって汚ねぇ手段使いやがる。
「喜んで断って来ます!」
俺のバカ野郎!ハンバーガー代すら払えないのかよ!