第45話 敏感だよ俺は
「ただいまぁ…」
財布が悲鳴を上げている俺が萌と美咲ちゃんにハンバーガーを奢ってあげられるハズはなく、1人トボトボと家に帰って来ました。玄関に直秀の靴は見当たらない。あの野郎、嫌がってたクセに美奈さんと楽しくデートの真っ最中か?
「おかえりー。あかねの試合はどうだった?」
後頭部をさすりながら居間へ上がると、母ちゃんがいつものようにソファに寝転がりながら俺の方を向こうともせずに声を掛けてきた。
そういや朝に電話してあかねの応援に行くって言ってたんだった。でも今日はそれどころじゃなかったんだよお母様。
萌が俺のオゴリなら行くって言った後、頭が真っ白になった俺は彼女に必死で(ムリなの!ムリなの!)とアイコンタクトを送っていた。
ちゃんと伝わってるよね?大丈夫だよね?
「…でも太郎って貧乏人だからね、私が奢るから今日は女だけで行こうか」
「え?でも太郎ちゃんも…」
もしかして、俺の願いが通じたのか?サンキュー萌!この恩は明後日まで忘れない!
「いだ!いたたたー!なんかお腹が痛くなってきちゃったよ!」
演技が冴え渡る!俺はお腹を抱えてその場にうずくまった。こんな状態じゃハンバーガーなんて食べに行けない!ってことをアピールしてんだよ!
「だ、大丈夫?!」
ごめんよ美咲ちゃん、こんな俺を許してくれ!今度はちゃんと俺が奢るからね!そして萌もなんか奢るから!
だいじょ、大丈夫だから行っちゃってぇと苦しそうに呟いた俺は、萌と一瞬目が合った。さぞかし俺を見下しているに違いない。
「…貸しだから」
「え?あ…はいぃ」
溜め息混じりに俺を立ち上がらせようとしゃがんだ萌が小さく呟いた。貸しってちょっと怖いんですけど。金出せ!とか言われてもムリだよ。親父の給料を上げてくれたら考えるけど。
「本当に大丈夫?」
「ほっとけば大丈夫だよ、行こ」
放っておくって、ちょっと悲しいね。でも今は文句を言える状態じゃない。まだ美咲ちゃんは俺をガン見してるし、ここは演技続行で!
立ち上がった俺はお腹を抱えたままで美咲ちゃんの背中を押した。…そんな悲しそうな瞳で見ないで!ごめんよ!
「今度は一緒に行こうね!」
「うん行こうねぇ、ごめんねぇ」
バイバイと手を振った俺は、萌に素早く頭を下げる。
本当に助かったよ。持つべきモノは親友じゃない、幼なじみってヤツだね。
「うぅ…も、萌ちゃん」
萌達を見送った後、帰ろうとすると背後から苦しそうな声が聞こえてきた。演技とは思えないね…って晃のヤツ、倒れて気絶したままだったの忘れてたよ。仕方ない、起こしてやろう。
「晃ぁ、大丈夫か?」
「あ…あれ太郎じゃねぇか。萌ちゃんは?」
よっこいしょと晃を立ち上がらせると、辺りをキョロキョロと見回し始めた。
ホントにお前は萌しか見えてないんだね。でも残念、彼女は消えたよ。
「美咲ちゃんとハンバーガー食いに行ったけど」
「なっ!なんだって!?なんで早く起こしてくれないんだよバカ太郎!」
「バカって、せっかく助けてやったのに!」
「うるさい!お前にかまってるヒマなんてないんだ!俺も一緒に行く!どけ太郎!」
「いてぇ!」
邪魔だ!とタックルされた俺はその場に突っ伏した。その拍子に誰かが投げ捨てた空き缶が後頭部に直撃。しかもカドが当たった。
「あ、晃のボケェ…」
仰向けに倒れながら晃の背中を見送った俺は、少しの間その場を動くことができなかった。
「頭痛い…」
「風邪でも引いたのかい?バカなのに」
テーブルに置いてあるせんべいをもらおうと手を差し出したとき、母ちゃんにはじかれた。
たくさんあるんだから一枚くらいくれたっていいじゃねぇか、ケチ!
「バカ言うな!これでもあんたの息子だよ!」
「違うね、あんたは橋の下で拾ったんだ」
「ひでぇ!」
それが実の子どもに対して言う言葉かよ!心配してくれてんじゃないんかい。ってか俺を見ないでよく手を叩き落とせたな。
「あかねはどうだったって聞いてんだよバカ息子」
「勝ったよ、勝ちましたぁ!しかも速攻で」
「やっぱり」
わかってるなら聞くなよ!しかもまたバカって言ったし!直秀にはそんな暴言吐いたことないクセに!ヒイキすんな!
母ちゃんがテレビに目を移した瞬間に、せんべいを奪取しようとしてまたも失敗した。ってかどんだけ食うつもりだよ、もう少しで晩ご飯だよ?
「一枚くらいくれよ」
「ヤダよ、これはアタシのせんべいだ。食べたいならコンビニで買って来な」
「ひでぇ…」
この前、冷蔵庫に入ってた俺のチョコレートを勝手に食ったのに。かわいい息子に恵んでくれてもいいんじゃないの?
「直秀はまだ帰ってないんだ?」
「まだだよ。デートでもしてんじゃないの?あんた先超されたね」
「…」
痛い所をチクチクと突いてくんなぁ。俺だってデートくらいよくするわ!…強がりだよ!くっそ、俺だってがんばれば彼女の1人や2人、すぐに出来るんだよ!……強がりだよ!
「今日の晩メシなに?」
「知らないよ」
「えぇ?」
「まだ決めてないんだよ」
「もう4時半なのに?」
「お腹空いたなら焼きそばでも作って食べな!」
俺はそんなに焼きそば好きじゃねぇよ!なんで俺の顔見れば焼きそば焼きそば言うんだよ!いや、焼きそばは好きだけどさ。
ってか母ちゃん、晩メシ作るのメンドイだけだろ?休みの日まで働いてくれてる父ちゃんに申し訳ないとか思わないの?それでも妻なの?
「アタシも小腹空いてきたなー。太郎、焼きそば作るなら二人前」
「俺は食べない!晩メシまで我慢する!」
自分の部屋に戻ろうと階段に足をかけると、「晩メシは父ちゃんが帰って来たら作る!」と母ちゃんの声が聞こえた。ってか父ちゃん今日は何時に帰って来るんだよ!
「あぁ疲れたぁ」
敷いたままの布団の上に寝そべった俺は目をつぶった。
今日は色々疲れたねぇ。あかねの練習試合を見に行ったまではよかったんだけど、その後がどっと疲れた。宿命のライバル(?)には遭うし、晃には会うし、一郎にも会うし…休日って感じがしなかったよ。
そのままウトウトしていると、携帯が光った。出るのメンドイ…でも萌だったらどうしよう。「助けてやったのに出ないんだ?あっそぉ…ボケェ!」って言われそうだ。
「誰ぇ?」
液晶には「親友」の二文字が見えた。
一郎ではない、あかねだ。あの後勝手に消えたあかねだ。
「はいはいあかねぇ?どしたのよ?」
『あっあんた今どこ?』
「家ぇ…」
やっべ、すんごい眠い。怒ってやろうと思ってんのに声が出ないぃ。
『古川先輩と戦った?』
「なんで戦うんだよ?」
もう何が言いたいのよ?眠いんだから要件をまとめてお願いぃ。
『宿命のライバルだから?』
「ちげぇ…」
『ちょっ、太郎?おーーい』
「あかねぇ…助けてぇ」
『えぇ?』
ねむっ…。
俺はあかねの声を子守歌に、夢の世界へと旅立った。そしてなぜかあかねに夢の中で蹴られた。
(いい加減に起きなさいなバカ太郎)
天使さん、夢にまで出てくんな。昨日は全然寝てないんだよ、ゆっくり寝かせてくれ。
(起きなバカ太郎)
いや、だから人の話を聞いてるかい?寝かせてくれって言ったんだよ。
「起きろ太郎!」
「…えぇぇ!?あれ、あかねがいる」
「いるよ!」
どこだここは?まだ夢の中なのか?…そうだよなぁ、じゃなかったらあかねが俺の部屋で仁王立ちで立ってるはずがない。
夢だと信じている俺は横になったままあかねを見上げて拍手した。
「あかねだあかねだぁ。夢に出てくるなんて、よっぽど俺達はラブラブなんだねぇ」
「あんた寝ぼけてんの?」
「え?」
夢、じゃないの?じゃあ何であかねがいる?さっき電話で話してたよね。あれから何分経ってる?……30分?
「なん、なんでいる?」
「あんたが助けてって言ったからでしょうが!」
「ぐえっ!」
布団の上から踏まれた!相当ご立腹な顔をしていらっしゃる!ってか俺そんなこと言った覚えはないよ!なんで眠る前に助けてなんて言わなきゃいけねぇんだ!
「俺言ってないよ!」
「言ったよ!助けてって言った!」
「ごめ、ごめん言ったよ言いました!だから踏まないで!」
母ちゃんのバカ!なんであかねを俺の部屋に通したんだよ!「太郎、お客さんだよー」くらい言ってくれないの?
「急いで来たってのにさぁ、寝言だったのかい」
スポーツバッグを乱暴に床に置いたあかねはどっかりとその場に座った。ジャージ姿だからあぐらを掻いてる…女の子でしょ!なんで男の俺が正座してんだ!
「すいませんでした。お詫びに歌をプレゼン…」
「いらないって!」
ごめんねの歌を披露しようとして止められた。傑作なのに聞かなくていいのかい?作詞作曲は俺だけど。
「寝言で助けてとか言わないでよ」
「ごめんねぇ」
あかねは俺のことを心配して試合で疲れてるのにわざわざ来てくれたのか。やべっめちゃくちゃ嬉しいよ、ありがとうあかねぇ!お礼に晩ご飯はうちで食べてって!
「あかね。これから用事とかある?」
「ないけど?」
「じゃあうちでメシ食ってってよ。試合お疲れ&ごめんねの印に」
「そう?じゃあそうするかな……ってダメだ!やっぱ帰る!」
「え?な、なんで?」
突然立ち上がったあかねはスポーツバッグを持ち上げようとした。うちで食べるって言ったんだろ!絶対に逃がさん!
「ちょ、太郎!何してんの!」
「うちで食うって言ったでしょうがぁ!」
是が非でもスポーツバッグを離すものか!思い出したけど、エビフライのお礼もまだしてなかったし、絶対に食って帰ってもらうよ!
「ムリムリ!」
「なんでムリ?!」
「帰る帰る!」
「なんで帰る?!」
あかねも俺も肩で息をしながらスポーツバッグ争奪戦を数分間繰り広げた。
「ね、ねぇあかねぇ…もう諦めたら?」
「あんたがね…」
寝起きに何をやってんだ俺は。ってか母ちゃん、「うるさいよ!」とか言いながら怒りに来てくれないんかい。俺はどうでもいいのかよ。
ぜぇぜぇ言いながらあかねがスポーツバッグから手を離したスキに、俺はそれをがっしりと掴んだ。これで帰ることは不可能に近い。
「お、俺の勝ちぃ」
「はいはい」
「ゆっくりしていってよ?」
「…………うん」
この遅い返事は食ったら速攻で帰るつもりだな。なんでそんな帰りたがるんだ?まさか、俺の家って臭いのか?聞くに聞けない!
それからあかねの息が整う数十秒間、俺は彼女の挙動を観察することにした。鼻をつまんだら臭いの決定、それ以外の行動をとってくれたらセーフ。
「な、なに?」
いくら待っても鼻をつまみそうにないな、セーフ!でもそれならなんで帰りたがるんだ?俺と2人でいること自体がイヤなのか?
「俺ってあかねに好かれてる?」
考えても答えは出ないから聞いてみることにした。でも優しいあかねちゃんの事だ、俺が嫌いでもはっきりとは言わないだろう。だから顔色で判断する!
「別に普通だよ」
微妙な返答だな!好きでもなけりゃ嫌いでもないってか?ってか普通って悲しい、俺はあかねラブなのに。あっ親友としてだからね。
う〜ん、顔色も普通だしウソを言っている確率はなさそうだな。
「そういやあんた達、あたしを置いて帰っちゃったでしょ」
「え?あれはあかねが先に消えたんじゃんか」
「着替えて来るって言ったんだよあたしは」
「え?」
そうだ着替えて来るって言ってたな。勘違いしてたよ、あかねは消えるような薄情者じゃないよね!
まったく、と呟いたあかねが何かを思い出したのか、部屋を見回しながら聞きたくもない名前を口にした。
「そういえば太郎、あんた萌達とはあれから別れて行動したの?」
「別れたというか、別れざるを得なかったというか」
「どういう事?」
「後で晩メシ食いながら話すよ」
「そんなこと言って説明するのメンドイだけじゃないの?」
「バレた?」
「あんたねぇ」
あぁと溜め息をついたあかねは俺の勉強机をチラリと見た。勉強なんてしてないから新品同様でしょ?羨ましいかい?
「机が欲しいのかい?」
「違うよ!……萌の事なんだけどさ」
「萌ぇ?」
何で突然アイツの名前が出てくんだ?1ミリも萌の話なんてした記憶はないんだけども。…今したけど。
「萌がどしたのよ?アイツとなんかあった?」
「いや、別に何もないんだけど」
何を言いたいのか全然わからない。言いたい事をズバッと言ういつものあかねに戻って!
「あんた、好きな子とかいる?」
「はいぃ?あんた何を言って…」
「いるの?」
な、なに?なんで真剣な眼差しになってんの?俺も真剣に答えちゃなきゃダメなのか?
「い、いるよ」
「だ、誰?」
「…あかねちゃん、いてぇ!」
言った瞬間にスポーツバッグで殴られたぁ!重いから殺傷能力バツグンだよ!
「マジメに聞いてんだから!」
「ごめんごめぇん!だからスポーツバッグを構えないで!」
あっぶねぇ、マジで危機を感じたよ。でもこんな怖い顔したあかねなんて久しぶりに見たな。
そんなに俺の好きな人が誰なのか気になるのか?…もしやして、あかねは俺に気があるのか?
ま、マジかぁぁぁ!
「あか、あかね。ありがとう」
「は?なんで?」
「あかねの気持ち、確かに受け取った」
「ちょ、なんのこと?」
あれ?なんで訳がわかんねぇって顔してんだよ。恥ずかしくて誤魔化そうとしてるのか?いいんだよ、もう俺は気付いたんだから。
「あんた、何か勘違いしてない?」
「勘違いなんてしてないよ。あかねの俺を想う気持ち、確かに…」
「それが勘違い!」
「いってぇ!」
なんでぇ?なんでスポーツバッグを投げつけてきたんだ?しかも顔面で受け取ったから鼻が痛い!
真っ赤な顔で怒り狂うあかねに、俺は正座…というか土下座をしました。
萌が怒った時とは比べようもないほど怖い。怒りよ静まってください!
「す、すいませんでした」
「宮田と同類だよあんた!この勘違い太郎!」
イヤだ!晃と同類になんてなりたくない!訂正しますから訂正してください!
「早とちりもいいところだよ。何をどう考えたらあたしが太郎を好きになるのさ」
それも少し寂しい!全否定しなくてもいいじゃんか。「まぁ好きだけどさぁ…」とかでいいんじゃない?……それはそれでちょっと慌てるけど。
「あんた、萌の机に飾ってる写真て見たことある?」
「机?学校の?」
「バカ。家のだよ」
家の…あぁあれか。見ようとしたら萌に奪われたヤツだな。たしか、中学の頃のだよね?それがどうしたのか?
「一瞬見たけど、あれがなにか?」
「…あんたって昔からそうだけど、鈍感だよね」
俺は敏感だよ!危機とかもすぐに察知できるし、それに敏感肌だし…関係ないし。
「あかねぇぇぇ!ご飯出来たから降りておいでーーー!」
母ちゃん声デケェ!しかもなんで俺じゃなくてあかねの名を叫んだんだよ!俺は無視か!