第44話 兄の威厳はあるようでない
お店の人に「ケンカなら外でお願いします!」とつまみ出された俺達は、近くにある公園に来ています。ってかもっと早く注意して欲しかったよ。なんでちょっとの間見物してたんだよ店長さん。
「太郎ちゃん久しぶりだね!元気だった?」
「えぇ?あぁうん元気だったよ。ってか美咲ちゃんさぁ、こう見えても俺はキミよか年上なんだよ?ちゃんはダメよちゃんは」
「だってずっとそう呼んでるじゃん!」
この元気一杯の笑顔を振りまいてくれているのは野代 美咲ちゃん。そうです、一郎の妹さんです。本当に久しぶりだなぁ、背も伸びて、大人っぽくなったわねぇ。
って俺は近所のオバさんか!
「萌ちゃんも元気そうだね!」
「うん、美咲もね」
楽しそうに美咲ちゃんと話をしている萌の隣りに、ちゃっかり立っている晃はまだ俺に手の平を見せている…もう見飽きたわ。晃から視線をずらした先にいたのはまたも面倒くさい男、一郎。
「太郎よ、助けてくれ」
「なんだよ?ってかお前逃げただろ」
「逃げてねぇよ!美咲が近くにいるから来いって言われて迎えに行ってたんだよ。んで戻ったらお前がいなかったんじゃねぇか」
「俺のせいかよ!それならちょっと待っててくらい言えばよかったじゃねぇかよ」
「俺には時間がねぇんだよ!」
「何ソレ?全然カッコ良くないんですけど!」
お前はヒマ人以外の何者でもねぇじゃねぇかよ!なんでポケットに手を突っ込んでんだよ!カッコ良くねぇよ!逆にサムイわ!
「ねぇ直くん」
俺と一郎の会話を聞いていた美奈さんが、直秀の隣りにススっと移動したのを見逃さなかった。晃はダメだとわかって直秀に戻したのか?それはやっちゃいけないよ!でもそんなことを言えない俺は一郎とアホな会話を続けるしかない。
美奈さんは俺達に聞こえないように、直秀の耳に顔を近づけてヒソヒソ話を始めた。ってか悪口とか言ってないよね?
「なぁ一郎、直秀の隣りにいる子なんだけどさ…」
俺の美奈さんを見る視線が気になったのか、一郎が俺の耳に顔を近づけて呟いた…気持ち悪いっての!
「あの子は直秀ラブなんだってぇ…さっきまでは晃ラブだったみたいだけど。だから諦めろ」
「そうじゃねぇって。俺さ、さっきあの子に前歯折られたんだけど」
「へぇ…えぇぇ!?マジか!?」
「マジで。でもあの子、俺と目を合わせないようにしてるよな」
「してるね」
ってことは空手の練習試合を見に来てたのか?でも一郎が悪いとはいえ、前歯折っておきながら「大丈夫でしたかぁ?」の一言もナシとは。根性が据わってるね美奈さんよ。
「ってか一郎、なんでお前ここにいんだよ」
「俺がいちゃダメなのかよ!」
そういうことじゃねぇって!いてもいいんだけど理由を聞いてんだよ!
「美咲の奴ヒドいんだよ。迎えに行った後、隣りで歩いてんのにわざわざメールで会話しようとすんだからさぁ」
「お前ってそんなに嫌われてんのか」
「知らねぇよ!美咲に聞けよ!…聞いてよ」
人をアテにすんな!面と向かって会話したくないなんてどんだけ嫌われてんだよ。
「マジで!?」
一郎に「頼むよ!」と懇願されていた時、直秀の大声が耳についた。アイツったら美奈さんの前だからって張り切っちゃって!でも言っておくけど近所迷惑になるからあまり大声は出さないで!
「なんか直秀のヤツこっち見てないか?」
俺の手を握っていた一郎が睨まれてるのに気付いたか、そっと耳打ちしてきた。直秀に睨まれたからってなんだよ、睨み返してやればいいんだ…美奈さんに睨まれてたんだ。ってか手を離せ!
「こっち来るよ太郎」
「俺の差し歯治せって言えばいいんじゃねぇの?」
俺だってイッパイイッパイなんだ。頼むから黙ってて。
「かわいい子に向かってそんなこと言えるかよ」
「じゃあ治してくださいって言え」
「お前にはもう頼まねぇ!」
バカ太郎が!と俺をひと睨みして一郎が美奈さんの方へ歩いて行った。アドバイスしてやったのにバカって言うなよバカ一郎。…あら、なんか1人になっちゃったよ。
1人ぼっちになった俺は、萌と楽しそうに会話をしている美咲ちゃんと目が合った。マジで一郎とは全然違う顔してるよ、ホントに血は繋がってんのか?
「太郎ちゃん!」
パタパタと音が聞こえそうな走り方で俺の元までやってきた美咲ちゃんは、直秀と一緒にいる一郎に視線をずらした。うわ、イヤな顔してんな。
「太郎ちゃんって何で一郎と仲良いの?」
一郎って、せめて一郎兄ちゃんとかって呼んであげて!呼び捨てかよ。
「何でって、気が合うからかなぁ」
「一緒にいてイライラしないの?」
「い、イライラ?」
一郎よ、キミは家でどんな扱いを受けているのか知りたくなったよ。後でギュッと抱き締めてあげるから気を落とさないでね!
「萌ちゃん!俺とソバを食べに行こうよ!」
まんまと萌と2人になることに成功した晃が大声で怒鳴ったのが聞こえた。ってか萌の近くに立ってるクセしてなんでそんなにデカイ声出してんだ!萌にまた殴られるよ!
…ソバか、食べたいねぇ。オムライスは食べたけど、急いで胃に入れたからまたお腹空いてきたし。でも晃は俺を連れて行ってはくれないだろうね。
「ねぇ美咲ちゃん、俺となんか食いに行かない?」
「あたしハンバーガー食べたい!」
ハンバーガーはやめてぇ!なんかわからないけどイヤな思い出が頭を駆け巡るから!頼むから定食とかにしてくれ!
「やめてください!」
う〜んと悩むフリをしていたとき、美奈さんの嫌悪が溢れんばかりの声を耳にした。ってか人が多いから忙しい!
なにをやめてくれなんだ?直秀のヤツ何かやらかしたのか?
「俺はただ差し歯を治してくださいって言っただけだって!」
一郎か、メンドくせぇなぁもう!本気で言うヤツがあるか!
直秀が「どうにかして!」という目を俺に向けてきたので、しょうがないので救援に向かおうと体を回転させた…と美咲ちゃんに服を引っ張られて停止。引っ張り過ぎ!
「まったく…」
おもむろに携帯電話を取り出した美咲ちゃんは、目にも止まらぬ速さでメールを打ち始める。きっと一郎に送るんだろうな。
「あれ、美咲だ…やめろバカ兄?」
一言かよ!
「た、たろぉぉぃ!」
こっち来んな!涙は流してもいいけど鼻水はカンベンして!さっきも言ったけどこれ一張羅だからね!
「お前のせいでまた美咲に嫌われちゃったじゃねぇかよ!」
「俺じゃねぇよ!お前が勝手にやったんだろ!」
「責任転嫁すんなよ!後で1リットルのジュースを奢れ!一気に飲むから!」
「飲み過ぎ!」
すぐ何か奢れって、お前は成長しねぇな!美咲ちゃんなんて一郎がこっちに来ても明後日の方を見てるよ。見るのもイヤなのか?それはあまりにも可哀想じゃないか?
「太郎ちゃん!こんなヤツほっといてハンバーガー食べに行こうよ!」
「ハンバーガー?お前、美咲には奢って俺には奢らないのかよ!女に甘いんだよお前は!」
「お前に言われたくねぇよ!」
誰がいつ奢るっつったんだよ!俺の財布にはもう小銭しか残ってねぇんだよ!俺が奢って欲しいわ!
一郎が俺の右腕を、美咲ちゃんは左腕を渾身の力を込めて引っ張り合う。これが両方とも女の子だったらなぁ…両手に花じゃない、片手には雑草。最悪だよ!
「てめっ一郎!手ぇ離せって!」
「美咲に言えよ!俺が先に引っ張ったんだから!」
順番なんてどうでもいいわ!いい加減にしないと俺の両肩が脱臼する恐れがあるんだよ!美咲ちゃんは手加減して引っ張ってくれてるけど、男のお前が何で一生懸命になってんだよ!マジで痛いわ!
「萌ちゃん!ソバソバ!食べに行こうよソバソバ!」
「行かないって!ソバソバうるさい!」
腕がちぎれるぅ!と泣いていると、萌に殴られた晃が目に入った。萌、助けて!俺を助けられるのはキミしかいない!一緒に帰ってあげるから!
「こっち見るな金太郎!」
「ええぇぇぇ!?」
助けてくれるどころか暴言吐かれた!しかもなぜ今この状況で金太郎なんだ?相当テンパってる証拠だな。
萌は助けてはくれないか、じゃあ直秀しかいねぇ!
「って直秀ぇ!」
「助けて兄ちゃん!」
なんでお前まで引っ張られてんだよ!しかも美奈さんに。女性に引っ張られるって、この根性ナシ!がんばってこっちへ来い!
「行くよ直くん!」
「ちょっと!引っ張らないで!」
ズルズル引っ張られてんじゃねぇ!お前はそれでも男かよ!あぁ、だんだん直くんが遠くなっていくよ。俺を助けてくれる人がいなくなってしまった。自分でなんとかしろってか?やってやるよ!俺は男だ!
「行こうよ太郎ちゃん!」
「俺の太郎だ!」
「いだだだだ!」
やっぱりムリっぽい!ってか一郎!気持ちの悪いこと言ってんじゃねぇよ!誰の太郎だボケ!俺は誰のモノでもねぇ、この先出会う運命の女性のモノだ!
(そんな人はいないわよ)
悪魔のボケ!絶望的なこと言うな!俺の脳ミソに住んでるんだから気の利いたこと言ってみろってんだ!
(…いないわよ)
考えてソレかよ!最悪だなお前は!いいから消えてちょうだい、そして一生現れないでいいから!
(もう現れてるじゃないの!)
久々の登場で気合いが入ってるところ悪いけど、今は天使の言葉に耳を傾けてるヒマはないんだよ。あなたも消えてください!
(運命の女性は秋月 萌よ!)
冗談でも怖いわ!お前らは俺を怖がらせるのがそんなに楽しいか?俺の分身のクセして!
(お前の分身?ハッ!ちゃんちゃら可笑しいわ!…ップ)
てめっ、言いたいこと言って消えるな!後で覚えておけ!ってかマジで腕が痛い!服が伸びる!
「太郎ちゃん!」
「ちゃぅうぉんちゃん!」
「それ誰だよ!あぁもう一郎スマン!」
美咲ちゃんを転ばせるわけにはいかず、俺は一郎の足を引っかけて転倒させた。油断していた一郎君は顔面から地面に激突、絶対に鼻血が出たな。
「あぁイテテ…」
腕をさすっていると一郎が悲しそうな瞳で俺を見上げた。悪いな一郎、女性を手にかけることは俺にはできないのだよ。
「太郎てめぇ…信じてたのにぃ!勝手に美咲と結婚でもなんでもしやがれぇ!」
「話が飛躍し過ぎ!ってか待て一郎!」
俺はお前の義兄になるぅ!と立ち上がった一郎は俺にローキックを喰らわせると公園をダッシュで逃げて行ってしまった。ってかなんで俺が美咲ちゃんと結婚しなきゃいけねぇんだよ。アホかアイツは。
「ごめんね太郎ちゃん、ホントにバカな兄貴で」
引っ張りすぎて疲れた美咲ちゃんは手首の運動をしながら俺と一緒に一郎が消えた方向を見ていた。ここは頷いた方がいいよな…いや、でも待てよ。一応アイツは兄ちゃんだからな、そんなことはないって言った方がいいか?
「いや、そんなことは…あるね」
ない、と言おうとしてやめた。遠くに見えた一郎がコケたから。いつまで見てても飽きないね。
「邪魔者もいなくなったし、ハンバーガー食べに行こうよ!」
「え?そ、そうだなぁ」
やっべぇ、晃がソバなんて言うから思わず言っちゃったけど、小銭しか持ってないから奢るなんて絶対ムリ。ここはワリカンに……俺のバカバカ!中学生にワリカンしようだなんて俺のバカ!
「…あっ萌」
自分の頭を殴りつけていると、倒れたままの晃をそのままにして萌がこっちに歩いて来た。そうだ、萌も連れて行こう。そして奢ってもらおう…俺のバカバカ!女性に奢ってもらおうだなんて俺のバカ!
「あっねぇ萌ちゃんも一緒にハンバーガー食べに行こうよ!」
「ハンバーガー?」
「うん!」
「…桃太郎のオゴリならいいよ」
一回、家に帰らせて……。