第42話 弟に負けてる兄
放心状態の古川先輩に深々とお辞儀をしてその場を後にした俺は、逃げないようにと萌に腕を掴まれたままボケッと立っています。帰りたい、帰って焼きそば食べたい。
「恭子、これからどうするの?」
携帯電話を片手に、萌が辺りを見回しながら質問した。一郎の姿はあれから見えないしあかねも行方不明。絶対に帰ったなあの子。
「まぁ彼氏もいないし、ヒマだからナンパでもされに行くよ」
またナンパ待ちかよ!もうやめた方がいいって。あんな目に遭ってもめげないなんてすごいよ高瀬。
俺の尊敬の眼差しも高瀬は気付かずに、「一条、誰か紹介してくれない?」と無意味な発言をよこした。
「そっか。それじゃまた学校でね」
うお、萌さんよぉ。あなたはその笑顔を絶対に僕には向けてくれないよね、七不思議。
「うんまたね。一条、萌をよろしく!」
「お断り!いでっ!」
即答したら蹴られた。しかも弁慶の泣き所にドンピシャ。泣くよマジで!
「直秀が待ってるから」
「あっそぉ。じゃあさいならぁ、いで!あんた、なんでいちいち蹴るのよ?」
「その話し方キモイ。行くよ」
早く、と腕を強引に引っ張られる。それに反抗すべく足に力を入れて動かないように頑張る。
「だから1人で勝手に行ってっての!」
「あんたも行くんだよ」
それから何度も萌に蹴られ殴られつつ、嫌々ながらも直秀と待ち合わせした場所まで同行するハメになってしまった、サイアク。
「直秀に会うのに俺は必要なわけ?」
「いらないけど一応」
「え…」
待ち合わせ場所を目指す間、なんとかその場を凌いでできれば家に帰りたいと思って俺は萌の顔を伺っている……ってか、不必要なのに同行しないといけないのか?一応って何だよ、いらないなら帰りたいんですが。
「俺、帰っても…」
「駄目」
「なぜ?!」
わからないよ萌ぇ!直秀は俺も来てんの知ってんのか?なんで来たんだよって言われたくないよ。
腕を掴まれてるからダッシュで逃げられるわけもなく、真新しい喫茶店に無理やり入店させられた。
それにしてもいつの間にこんな店が出来たんだ?しかも休日だから人が多い、しかもカップルだらけ…マジで帰りたい。
「直秀は一人で来んの?」
壁際の席に案内された俺達は、ウエイトレスさんにコーヒーを(昨日俺は八宝菜しか食べてないからオムライスも)注文して直秀が来るのを待っていた。
「あんた、もう少し違うモノ頼めない?」
「え?だってオムライス好きなんだよ」
俺って卵が大好きなんだよね、特に半熟が。だからオムライスも大好き。フワットロッのオムライスであることを願うよ。
ワクワクしながら待っていると、萌が俺をジロッと睨んできた。お前もなんか食べたかったのか?どうせワリカンなんだから好きな物頼めばいいんだよ。
「悪いけど、オムライスはやれないよ?」
「いらない!」
「いぎっ!」
人がいるから手を挙げることが出来ない萌はまたも弁慶の泣き所を蹴ってきた。考えたなこんちくしょう。
「誰があんたのなんて食うか」
「ちょっと、女の子が食うとか言っちゃダメだって!」
カップル達がこっち見てんじゃんか!萌の行動を見て俺らをカップルだなんて思う人はいないだろうな。ある意味ナイス判断だよ萌。でも暴力は嫌だ。
「あぁ、人間が多い」
「に、人間って。せめて人と言おうよ。なんか生々しい表現だよそれ」
あんまり人間なんて言わないっての。混んでるね〜とかでいいだろよ。なんで俺といるときはそんな言葉を使うんだよ。もっと女の子らしく振る舞えってんだ!…言えないけど。
「それにそんなこと言うならさぁ、別の場所で待ち合わせしたらよかったじゃんか」
「方向オンチなんだよ」
「誰が?」
直秀って方向オンチだっけ?俺よかしっかりしてると思ったんだけど。その前に萌、自分のことを棚に上げてないか?お前は高校1年の時、動物園に行って迷子になったじゃんか。
「あんたが」
「俺かよ!」
俺はお前について行くんだから関係ないだろが!イヤなら一条家に来いや!
萌の意味不明な言動に呆れた俺は運ばれてきたオムライスを口一杯に頬張った。さすが新規オープンの店、卵が最高だな。この半熟感はプロのワザ。
うめっと食っていると真正面から視線を感じる…顔を上げたくねぇ、絶対にガン見してんだろ萌。
「あ〜うまっ」
できるだけ萌と目を合わせないようにオムライスをかけこんで行く。せっかくのオムライスだけどさっさと食べちゃおう、見られながら食べるのすんげぇ辛い。
「あっ来た」
ドアに背を向けていた俺は萌の声を聞いてビビった。なぜならいつもより高音だったから。あんたは人を見て声を変えられるんだね、俺にも高音を頼む。
「あれ、なんで兄ちゃんがいんだよ?」
「いちゃ悪いんか」
後ろから直秀と思われるガッカリした声が聞こえる。俺だっていたくているわけじゃねっての。振り向きたくねぇ、絶対に顔引きつってるだろうよ。
「悪くはないけどさぁ」
「けどって何だよ」
なんか鼻にくる言い方すんなぁ。帰って欲しいなら言ってくれ、イヤだなんて言わないから。背中から負のオーラを感じる、帰れってオーラが。
「直くん?」
「「直くん?」」
聞き慣れないアダ名を耳にした俺と萌の声がハモった。直秀のことだよな?しかも声からして振り向かなくてもかわいい子だと予想できる。
直秀のヤツめぇ…兄ちゃんに紹介して!と振り向くと、かわいいけどめちゃくちゃ睨んでいる女の子の顔が目に飛び込んで来た。振り向いただけで睨まれるって。
「あの、直秀?こちらは?」
よく見ると女の子は俺じゃなく萌を睨んでいるようだ。じゃあいいかと直秀に声を掛けた。かわいい子は睨んでもかわいい、でも笑ってみて!
「あ?あ、あぁコイツは…」
「鈴木 美奈です。初めまして」
こら直秀!女の子に向かってコイツはないだろ!なんて言えない俺は美奈さんの顔をチラ見する。いや違うんだよ、言えるんだけど美奈さんの顔が怖くて言わないだけ。
「あ、秋月 萌です…?」
なんで睨まれなきゃいけないんだよ、みたいな顔で萌が自己紹介を返す。俺も初対面だし萌に続くか?
「俺は一条…」
「あの」
俺の名前は別に気にならないんかい!頼むから途中で遮らないでくれ!最後まで言わせて!
「あなたが直くんの恋人なんですかぁ?」
「は?」
何を言ってんだこの子は。ほら、萌の口が開いたままだよ。しかも何度も瞬き、ドライアイ?ってかおい直秀!なんとか言わないのかよ!
「あぁ……そうだよ」
「「うそぉぉ!」」
って萌ぇ!なんでお前まで驚いてんだよ!
「ふぅ〜ん…?」
軽く返したつもりでも美奈さんの顔が見る見るうちに真っ赤になっていくよ!睨まれすぎだな萌。ってだから俺に助けて光線を出されても状況を理解できてないんだから助けてはやれないっつーに。
「な、直秀?これはどういう…」
「もう名前で呼び合ってるんですかぁ?へぇ、私だって直くんなのに」
何度もいうけど人が喋ってんのにかぶすなよ!いだだだ!微妙に足を踏んでるよ萌!腹立ったからって俺に当たるな!
何を争ってるんだか知らないけど微妙に火花が散ってる女2人、男の俺は恐縮しまくり。
「だって昔からそう呼んでるし…ねぇ太郎?」
「え?あ、ええそうだすなぁ」
いきなり振られても言葉を用意してないんだからスッと出ないって!なんかちょっと訛ったし。
でも萌のやつ、美奈さんに負けず劣らず憎たらしい笑顔を見せてんな。「私の方が直秀と親しいのよ」みたいな。
あっもしかしたら直秀の用事ってこれか?さては美奈さんに俺はモテるからとか何とか自慢したいだけだろ。
萌の勝ち誇った笑顔に何も言えない美奈さんは直秀と萌を交互に見ていると、突然俺に視線を合わせた。俺に一目惚れでもしてくれたのか?
「…直くん、こっちの人は?秋月さんの弟?」
「え?」
俺を指差してる?どこをどう見たら姉弟に見えんだよ!顔とか全然似てないし!
「俺の兄ちゃんだよ」
「え?ウソ?全然似てない!直くんの方がかっこいい!」
「…」
(お前、女性に向かってボケェ!はないだろ)
心の叫びを勝手に読むな悪魔!って今のは仕方ないよ、だって、俺、俺だって……。
(無意味な自己主張はお止め!)
るっせ天使、お前も呼んでねぇんだ!
なんとか俺をバカにすることで気を取り直した美奈さんは、座ったまま(怖い)笑顔でいる萌を睨み始めた。
俺はわざわざ来てあげたのに、蹴られてバカにされて、かわいそうだ。後で直秀にチョコレートパフェでも奢ってもらわないと気が済まない!
「秋月さんはどうして直くんのお兄さんと一緒にいるんですかぁ?」
「は?別に、太郎が一緒に行きたいって言ったから」
それはムリがある!何が悲しくて弟の彼女と一緒にオムライスを食わなきゃいけねぇんだよ!恋人なら2人の時間を大切にしろ…意味がわからん!
「直くん、本当にこの人と付き合ってるの?」
「え?そ、そうだけど?」
ははーん、段々状況が理解できてきたよ。美奈さんは直秀ラブなんだな。でも直秀は萌と恋人同士ですとアピールして諦めてもらおう作戦を決行しているわけだ…気付くの遅ぇ!
「でも、そんな風に見えないけどぉ?だって秋月さん、直くんの事ちっとも見てないしぃ。お兄さんの方ばっか見てるしぃ」
「え?そ、そんなことないって。ねぇ萌ちゃん」
ヤバイヤバイと顔に書いてある直秀は祈るように萌を見る。それに気がついた彼女は目を泳がせまくる。
「え?あ、あぁうん…」
どうしたらいい?と萌に視線を移された。よし、ここは俺も合わせた方がいいよな。
「そ、そうだよねぇ」
「お前は関係ない!」
「いでぇ!」
萌に続いて発言したら蹴られた、そして足を踏まれた。にしても、直秀も萌もウソが下手クソだね。めちゃくちゃ怯えてんじゃんか、動揺してんのバレバレだよお前ら。
「へぇ、ふぅん…」
お前達のド下手な演技じゃ誰も騙すことなど不可能だね。美奈さんの目を見てみろ、信じられないんですけどぉ?って顔してるよ。ってかハナから信じる気ゼロだねこりゃ。
それにしても、俺がいる意味が全くわからない。場を和ませるどころが混乱させてるだけだとおもうんですが。
「そういうことだから、悪いけど」
なんだ?直秀が格好良く見えるよ。ってかアイツってモテ男だったのか?確かにサッカーやってるから筋肉もあるし、顔だって…俺だって!
「私は諦めないよ」
「え?」
「だって信じられないもん。どう見ても直くんと秋月さんって、恋人っていうよりも姉弟みたいだしぃ」
スルドイね美奈さん。おいおい、あなたまで勝ち誇った顔しちゃダメだって。萌の怒りが少しずつ膨らんでいってるから!俺が八つ当たりされるんだから!
「それに、秋月さんって、直くんを大切にしなさそう」
「…!」
最悪の展開だよこれぇ!痛い!足を踏まないで!静かな闘志を燃やさないで!
美奈さん!萌の性格を知らないよね?やられたらやり返すがポリシーな女の子なんだよ萌さんは!後悔しても知らないぞ!
「直秀」
ふふんと笑った美奈さんを思い切り睨んだ萌が、静かに呟いて静かに立ち上がった。こわっ、背中に真っ赤なオーラが見える。絶対に怒り心頭もいいところだあれは、逃げる準備しておこう。
「え?も、萌ちゃん?」
「あんたかわいそうだね。こんなバカ女に好かれて」
「「…え?」」
きっと今、俺と直秀は同じ顔をしているに違いない。ってか萌、面と向かってバカ女って言える度胸を誉めるのは後にして、心で思ってても普通は言えないっての。
バカ女呼ばわりされた美奈さんは、真っ赤な顔で何か言い返そうと必死に考える様子を見せる。
「ば、バカ女って…凶暴女に言われたくないんですけどぉ?」
美奈さん負けてねぇ!俺だってそんな死に足を踏み入れるような発言したことない!怖いモノ知らずってなぁすげぇな。
「萌ちゃぁぁぁん!」
「だ、誰だぁ?」
立ったままで睨み合っている萌と美奈さんをどうすることも出来ずに見ていた俺は、ドアの方からアホな声を聞いた。これこそ最悪の展開!