第41話 伝説が一人歩き
挨拶したはいいけど萌の気まずい雰囲気が醸し出され過ぎて気分が悪くなりそうです。ムリ、助けて光線出されてもムリだよ萌ちゃん。
俺の横にいる萌は先輩を、先輩は俺を、俺は俺でタケちゃんのように明後日の方向を見てこの場を凌ごうとしています、でもムリそうです。帰りたい!
「元気だった?」
「あ、はい」
だから返事をしつつこっち見られても困るから!俺は先輩にガン見されても無視されてるし。
困惑の表情を浮かべる萌に笑顔を見せている古川先輩、そしてどっちを見ていいかわからず天井を見上げた俺。場違い野郎とはこの事か。
「全然変わらないね」
「そ、そうですか?」
いちいち言葉を詰まらせたら不審に思われるって。元気よく話してあげて!笑顔で「会いたかったぁ!」って言ってみたら?俺はそのスキをついて逃げさせてもらいますわ。きっと先輩は勢い余って萌に抱きつくよ。
それが俺なら殴られて撃沈するけど。
「って、手ぇ放して!」
逃げようと体を反転させた瞬間、何かを察知した萌が俺の右腕をガッシリ掴んできた。こいつは予知能力でも持ってんのか?
さっきの一郎みたいに袖を掴むな!これ俺の一張羅なんだから!伸びるってば!ちょっ、古川先輩マジで睨んでる!俺は関係ないでしょ…って、あるよね?
(太郎ヘルプ)
なんでこんな時に限ってアイコンタクトが通じんだよ!わかんないフリしたら後で叩かれるよなぁ。
どうしようか悩んだ末、首を素早く横に振った。
(む、ムリです)
(…ヘルプ)
(だからムリだって!)
「いだだだ!」
微妙につねってきてる!先輩にわからないようにつねってきてるよ!俺に頼られても助けられないってのよ。あかねが戻って来るまでの辛抱だから!
(…コロス)
なぜに殺人宣言?真面目な顔してこっち見んな!ってかヘルプじゃなかったの?カタカナで言われても怖いわ!
高瀬は先輩の顔しか見てないから俺の必死のアイコンタクトも気付いてないし、一郎はどこぞの女性を見てるし……あかねは逃げたし!
俺を睨みつける萌を見ていた先輩が何を思ったのか、あり得ない言葉を呟いてきた。
「やっぱり君達って付き合ってるんだ?」
「えぇ?それはありえ…いだい!」
(黙れ)
最後までしゃべらせてくれなかった。だからなんでわざわざアイコンタクト?口に出して言えばいいじゃんか!しかもあのウソ事件からもう3年経ってんだから、本当のこと言っても怒られないって。そんでもってよろしかったらあんた、先輩と付き合えばいいんじゃないの?まんざらでもないでしょ?
「僕たちは付き合ってなんかいません!フリー&フリーです!」
って叫ぶことができたらどんなに嬉しいことだろうか!でも萌の(余計なこと喋ったらコロス)目線が怖くて叫ぶことができん。
「え〜っとぉ…」
間が怖い!なんで萌も先輩も無言でいらっしゃる?なんか言えよ!
ゴモゴモしていると、アホな顔した俺の親友が笑顔全開で近寄って来た。……イヤな予感がする。
「なぁ太郎!あの子にナンパしようよ!」
「ムリ!」
このバカ野郎、今の状況を理解してモノを言え!ほらほらぁ、先輩が「萌ちゃんがいるのに他の子をナンパぁ!?」って顔してるでしょ!ってかナンパなんてしたことないクセに!
「一郎君、ちょっと高瀬とどっかに行っててくんない?」
「え?ヤダよ」
なんで即答?あっそっか、高瀬さんはお前のことを全く見向きもしてないね。そりゃあヤダって言うよね。ってかお前がいたら先輩に睨まれ続けるんだよ。俺の為にどこかへ行ってくれ。
「太郎!お前は俺よりかっこいいんだから声かけて来てくれよ」
「んなこと思ってねぇだろ!」
「ごめん…」
あ、そこは「バレたか?」とか言ってくれないの?全否定したのは俺だけどなんか悲しい。ってか頷くな!
それから俺が何もしてくれないとわかったのか、一郎は「ボケ太郎!」と叫ぶと一目惚れした女子に視線を戻した…殴りてぇ!
「萌ちゃん?」
「え?あっはい?」
「よかったら、これから時間ある?」
「え…?」
俺と一郎の会話もそこそこに、先輩が恐る恐る萌に質問をした。ってか恐れるなら誘わなきゃいいのに。殴られても知りませんよ。
とはいっても萌さん、時間あるよね?ヒマ人だよね?俺はあかねと帰るし、あなた達はラブラブモードでカフェでも行って来たら?
「あっごめんなさい。これからちょっと用事があって」
えぇ?あなた用事なんてあったっけ?ウソにしても、もうちょいウマく出来ないか?でもそんなことを言ったら掴まれた腕が折られること間違いない。
チラリと先輩を見ると、残念な顔丸出し。そこまで落ち込むか?
「あっ…そ、そうなんだ?」
古川先輩、言葉が見つからないみたいね。速攻で断られたらそりゃゴモるよな。うお、俯きつつこっち見てる。俺が断ったんじゃないのに!
「それじゃ…行くよ太郎」
「俺かよ!?」」
もう僕を面倒に巻き込まないでよ!この後はあかねちゃんと炭酸水を飲みながら帰路に着くんだから。
「いち、一郎、助けてぇ!」
「マジであの子かわいい…」
おぃぃぃ!親友より名も知らない女子か?俺らの友情なんてそんなモンなのかよ!
ってか、あかねの話が本当なら古川先輩は俺に会いたいって言ってたんだよね?なんで萌に予定ないか聞いたんだ?本人を目の前にしたら俺はいらないの?
…よっし、ここは先輩の為に俺が気を利かせてやるか。
「あっ萌。俺ちょっと先輩と話あるから、高瀬連れて外に出ててちょ」
「は?なんであんたが…ちょってなんだ」
「でっ!」
明るい雰囲気にしてやろうと思ったのに殴られた。掴んでた手を離してくれたのは嬉しいけど、倍痛い。でも今は痛がっている場合じゃないよ、先輩は悲しさを通り越して絶望な顔してるし。俺が助けてあげますからね!
「あかねに聞いたんですけど古川先輩、俺に用事があるんですよね?」
「え?いや別に」
「えぇ?だだ、だってあかねに俺を連れて来いって頼んだんですよね?」
なんだこの展開は?何を言ってんだコイツ、って顔されてるし。……あかねぇ!
「あの、俺に用事はないんですか?」
「あぁ、うん」
「えぇ!?じゃあ何で俺…」
来た意味ねぇじゃんか!なんだよ宿命のライバルってぇ!きっと先輩は俺をそんな風に思ってないだろよ!あかねちゃんの野郎めぇ…女の子だから野郎はおかしいか。しかもなぜかちゃん付けだし。
「あっ太郎!あの子!あの子!」
「なんだよ!」
お前はマジで黙っててくれ!って人を呼んでおいてこっち見ないのかぃ!高瀬と一緒だよあんた!
「あの子がどしたのよ?」
「昨日、夢で会った」
「消えて!今すぐここから消えてちょうだい!」
夢で会ったからなんだってんだよ!理解不能な話をされても返答に困るから!
ボケがぁ!と一郎の頭を軽く叩いた俺は無視を決め込もうとしたけど、思い切り腕を引っ張られて失敗した。
「ちがっ違うんだって!マジで会ったんだよ!…………夢で」
「じゃあ昨日夢で会いませんでしたか?って聞いて来いよ」
多分ダッシュで逃げられるから、とまでは言えない。でもマトモに会話していたくもねぇ。いいんだ、傷ついて強くなれ一郎。
「あっそっか。じゃあ行ってくる」
「え?ちょっ、マジで?」
あ〜行っちゃったよ。仕方ない、他人のフリをしとくか。ってまだ古川先輩こっち見てるよ。言っておきますが、俺と萌は最初から付き合ってなぞいませんよ…って言いたい!言ってあげたい!
「古川せんぱ…」
「一条、くんだったよね」
「はい?」
いま絶対に呼び捨てにしようとしましたね?でも俺は後輩なんだから別にいいのに。
「津田に何か言われた?」
「津田?あっあかねですか?え〜…」
どうしよ、先輩がまだ萌にぞっこんラブだって聞いたけど、彼女を前にしてとてもじゃないがそんなこと言えそうにありません。
「え〜…」
言葉のレパートリーがマジで少ないわ俺!なんか言いかけちゃったから何でもいいから言っておかないと!
(も、萌ちゃんヘルプ!)
(…)
俺からのアイコンタクトは通じないんかい!目が合ってるじゃんか!汗ダラダラなの見ててわかるでしょ?助けてくれないの?
「…なに?」
言葉を発さないでぇ!今はアイコンタクトの時間だよ!
なんか言えよという顔で俺の顔を覗き込んだ萌に、そこで上目遣いをしてくださいなんて言えず「おあ、おあぁ」と不気味な声を発するしかありませんでした。
「あえ、あの」
「ちゃうぉぉ!」
来た来た救世主!このアホな声は親友の一郎だね!なんでもいいからこの息苦しい場所から私を連れて逃げてぇ!
でも、ありがとう!と振り返った俺は愕然とした。間違ってもアイツは救世主じゃねぇ。
「痛いよちゃうぃぃ!」
「なんだその顔は?!」
「歯が抜けたぁぁ!」
一郎の前歯が一本、見事に取れていた。しかも右の鼻からは出血、つまり鼻血。
「お前が言った通り夢で会ったよねって言ったら殴られた!俺の差し歯返せぇ!」
「なんで俺のせいになってんだよ!ってかその前歯って差し歯だったの?」
あっそうだそうだ。コイツ中学の時に電柱にぶつかって前歯折ってたんだった。もう一回歯医者さんに行って入れてもらえ。
…あっそうだ!
「それはスマン!じゃあ早く歯医者さんへ行こう!俺がついて行くから大丈夫だ!」
やっぱりこの男は救世主だった!この機会を逃してたまるか!
「お前じゃなくて高瀬がいい」
ボケェェェェ!せっかく俺が、俺がぁ!
先輩と萌が俺を見てるから、大振りで一郎を殴ることが出来ない!でも一発叩いてやらないと気が済まない!
チャランポランチャランポラン
なんだ?このちゃらんぽらんな音は?ってかまんまだけど。
「あっ美咲だ…なんだよ?」
一郎が面倒くさそうに携帯を取り出すと、勝手に話を始めた。でも前歯が抜けてるから時々息がスカスカ出てる。
美咲って、一郎の妹さんか。あの子って一郎に全くと言っていいほど似てない、だからめちゃめちゃカワイイんだよね。でも一郎は嫌われているみたいで、家にいても電話で会話をするらしい。中学生だから難しい年頃みたいな?わからんわ。
「今ちょっと忙しいから後にしてくれよ。あぁ?お前に関係ねぇよ。あぁ?」
なんでか一郎がとてもたくましく見える……妹にしかデカイ態度取れないのかよ!兄ちゃん失格だよお前!
イライラを募らせながら一郎の様子を見ていると、俺の足を少しだけ萌が踏んづけて来た。でもあんまり痛くないから叫べない。ってか用があるならば肩をトントンと叩けばいいんじゃない?なんで暴力?
「帰るよ」
「え?いや、でも先輩が」
帰るのはいいよ、俺だって帰りたい。でも絶望の谷へ突き落とされた古川先輩を残しては帰りづらいんだよね。萌は先輩のあの目を見て「ほいじゃさいなら〜」って帰れるか?
「一条君」
「はい?」
ほらぁ、声に覇気がないよ。ってちょっと待ってぇ!
「っぶぉ!」
先輩の正拳突きが俺の顔面を目がけて飛んできた。それを間一髪で交わせた俺は、驚きと焦りで無意識のうちに萌の背中に隠れる…弱虫!
「なん、何をすんですかいきなりぃぃ!先輩は空手家でしょ?素人相手に何をなさるんですか!」
「俺が何も知らないと思ってる?」
俺が知らないよ!ってかたしかあかねも昨日おかしな事言ってたよな。なんなんだ?俺の知らないところで俺の伝説が誕生してるのか?
「空手やってたよね?」
「はい?や、やってないですよ」
何を言い出すんだこの人は。空手なんてやったことないんですけど。誰かと勘違いしてんのかな。
「え?一条空手やってたの?」
萌の後ろに隠れていると高瀬が目を輝かせてそう聞いてきた。って何で輝いているの?あなたは空手家が好みか?一郎!空手をやれ…っていねぇ!アイツ電話しまま消えやがった!
「空手なんてやったことないってぇ!」
自分の知らないうちに空手を習ってたのか?もしやドッペルゲンガー?それなら俺じゃない!
ブルブルと首を大袈裟に横に振った俺を見て、先輩が眉間にシワを寄せると萌と目を合わせた。その目は「本当に?」って目だ。言ってやってくれ萌!
「あんた、隠れて空手やってたの?」
「なんで隠れてやんなきゃいけないんだよ!ってかやってないから!先輩、おかしなことを言わないでください!」
「え?だって津田に聞いたんだよ。中学の時、彼女を助けたんだろ?」
「え?」
俺があかねを助けた?助けられることはあっても助けることなんてないと思うんですけど。…う〜ん、思い出せ俺の脳みそ!
(お前はあかねを助けたことなどない!つまらないウソはつくな!)
てめぇに聞いてねぇよ悪魔!俺は脳みそに話しかけてんだ!お前の出番じゃないよ。向こうでコーンポタージュでもすすってろ。
(…お前の脳みそは私のモノだ)
怖いこと言うな!ま、まさかお前が俺の体を乗っ取って空手を習っていたのか?
(まさか)
もういいよ、お前はマジで消えろ!
「中学の時ちょっと噂になったんだ。キミが津田を助けたって」
「う、噂?」
初耳ぃ!普通な俺が、噂になった?それは聞いたことないぞ!聞きたい知りたい!
「津田が空手の大会で優勝したとき、それを逆恨みした相手が彼氏を連れて津田の所に来て、それでキミに助けてもらったって」
「…………あっ」
別にそれは伝説でもなんでもない。
こからのお話は太郎の記憶から引っ張ってくるので、三人称で展開いたします。
2年前のある日、空手の大会に出場していたあかねの応援に来ていた太郎はその帰り道、男1人と女1人に遭遇しました。そう、その女は決勝戦であかねに敗れていた女子でした。
「あんた、ズルしたでしょう」
「は?」
女は男とアイコンタクトをとり、一歩、また一歩と近付いて来ます。その男は男子の部で優勝した男でした。太郎とあかね、絶体絶命のピンチ。
「ズルって、どうやってそんなことするのさ?」
「うるさい!タカシやっちゃってよ!」
ゆっくりと近付いて来るタカシ、にゆっくり後ずさりする太郎…とあかねに足を引っかけられて転んでしまいました。
「いってぇ!何すんだよあかねぇ!」
「あたしはこっちの女やるから、男は任せた!」
あかねは女の名前すら覚えていませんでした。
「任すな!ムリだっうぉぉ!」
ダメダメ!とあかねにすり寄ろうとした太郎がタカシに殴られました。それを無視してあかねが女に飛びついていきます。そして瞬殺…アゴ先を殴って気絶させました。
「典子ぉ!」
女の名前が判明しました。
「てめぇ!」
恋人を気絶させられ、怒り心頭のタカシは倒れた太郎に背を向けあかねに向かって突進を始めました。しかし顔面から地面に突っ伏してしまいました。どうしたことでしょう。
「離せこの野郎!」
倒れた太郎がタカシの足をガッシリと掴んでいたのでした。そして気味の悪い声を出しながら立ち上がった太郎は変な踊りを始めました。
「な、なんだ?」
「鶴の舞いぃ!」
それは変な踊りはでなく、変な構えだったのです。太郎は「クエェェ!クェ、クェ!」と、どう考えても鶴の鳴き声ではない奇声を発してタカシに突っ込んでいきました。
「うわっ!」
太郎のおかしな行動に油断したタカシは、彼の正拳突きをモロに喰らいました。そして鼻血を出しつつ倒れてしまいました。
ってことがあったんだよね。俺は別に助けたと思ってはいないんだけど。その後タカシってヤツに殴られそうになって、結局あかねに助けてもらったし。
「俺は別にあかねを助けたわけじゃないですよ」
「なぁんだ、つまんない」
おいコラ高瀬ぇ!なんだその冷たい目は!俺が空手やってないからってその目はないんじゃないの?あかねを助けたんだ?すごいすごい!くらい言ってくれてもいいんじゃないですか?
「あっもう時間ない。ほら太郎、行くよ」
「時間って、あんたこの後に予定なんかあった?」
「直秀と会うんだよ」
「なんで!?」
なぜここで直秀君の名が出てくるんだ?あっそういや昨日、電話でアイツとなんか喋ってたよな。デートか?
「それじゃあ先輩、お元気で」
「えっ、あっはい…」
先輩が可哀想だよ!お元気でって、なんかもう一生さようなら的な言い回し!