番外編 あんたはやっぱりバカ太郎
私は秋月 萌。秋月コーポレーションの娘。でもだからといって特に何もない、ただの中学2年生…だと自分では思ってる。
「あっ萌、今日お前の家に行っていい?」
隣りを歩く幼なじみの一条 太郎が学校から帰る途中にそう尋ねてきた。コイツははっきりいって何も考えてないお調子者で、バカで……言い過ぎた。
「いいけど、なんで?」
「いいからいいから」
なんか企んでいるのはすぐにわかる。この男は何か隠し事をすると鼻の穴が異常に膨らむから。バカ正直とはこういうヤツのことを言うんだろうな。
「あっまたお前ら一緒に帰ってやんのぉ!」
「お熱いようでぇぇ!」
「うるっせぇ!その表現古いし!」
いつものようにクラスメートが私達をからかってきたけど、それももう慣れたものだ。太郎もああ言ってるものの、別段気にしている様子はないし。小学生の頃からこうして隣りに並んで歩いているわけだし。
「あっ萌、今帰り?」
背中を勢いよく叩かれた私、ではなくて太郎が顔面から地面に突っ伏した。元気というか、面倒臭い。
「いってぇ!」
「あかねも?」
「うん!」
元気な声の主はあかねだった。中学に入って一番に友達になった子で、とても感じの良い女の子だ。それに、強い。小さい頃から空手をやっているらしい。
この時間に下校するって事は、今日は空手部の部活はなかったのかな。
「いだだ、ちょっとあかね!助けてくれても良くないですか?」
まだ倒れたままだった太郎が私達を見上げた、マジで面倒臭い。
「あぁごめんごめん。っしょ!」
「おわっ!」
あかねの引っ張っる力が強すぎたのか太郎は「腕ちぎれるからぁ!」と泣きそうな顔を見せて立ち上がった。…なんでこっちを見てる?
「萌も見てないで手くらい貸してよん」
「…」
また始まった。いつも誰かに助けを求める。一人で立ち上がるくらい出来ないわけ?
「面倒臭い」
「お前って、中学生のクセにクールだよね」
「なに?」
「いえ、すみません」
コイツと話してると自分でもよくわからないけど、いつの間にか冷たい言葉を吐いてる。それはコイツが嫌いだからなのか……わからない。
「あっねぇ萌。どうだったの?」
「何が?」
あかねと並んで歩き始めてすぐ、意味のわからない質問を受けた。なにかあったっけ?
「ほら、さっき先輩に呼び出されたじゃん」
あぁそのことか。
「行ってないよ」
「えぇ?行かなかったの?」
信じられない!という表情で私を見つめるあかね、の隣りにいつの間にか一緒に歩いている太郎と目が合った。
「なになに?何の話?私も混ぜてぇ!」
「ヤダ」
「ちょ、俺は邪魔者?!」
「太郎ぉ!!」
「っでぇ!」
私達の後を追おうとした太郎に、同じクラスの野代 一郎が走ってくるやいなやジャンプキックを繰り出した。でも私とあかねはそれを無視して歩き続ける…というか、そのハイテンションなんとかしてほしい。
「ってぇな一郎!やめろって!」
「給食まともに食ってないんだよ俺!」
「知らねぇよ!」
顔をつねり合ったままで歩き出した太郎達とは少し距離を置いて私も歩き出した。っていうかあかね、どうしてジッとこっちを見てる?
「あの先輩って、めちゃめちゃ人気者なんだよ?萌知ってた?」
「今、初めて知った」
「……萌って、好きな奴とかいるの?」
「…」
突然なにを言い出すかと思ったら。まったく話が通らないし、意味がわかんない。
どう返答をしていいのかわからず、私はあかねの顔を見た。
「まさか、た…」
「それはナイ」
絶対に太郎って言おうとしよね今。それはない、絶対にない……と思う。
「いだだ!いてぇって!耳が!耳がちぎれるぅ!」
後ろから太郎とわかるバカな声が聞こえてきた。…あんなヤツ、絶対にナイ。
それからあかねは私と後ろにいる太郎を交互に見つめると「うんうん」と1人で頷きながら歩き続けている。何を勝手に納得してる?
「じゃああたしこっちだから!ほら一郎!あんたもこっちでしょ!」
「え?俺、今日は太郎の家に行ってゲームすんだよ!なぁ太郎!?」
「そんな話知らない!ってか来んな!直秀が泣く!」
「ほら行くよ!じゃあね2人とも!」
あかねに腕を引っ張られた野代は「助けて!」という顔を見せたけど、太郎も無視して歩き始めたし、別にいいか。
「無視すんなぁぁぁぁ!」
「そういえば金太郎、あんたなんで家に来んの?」
「え?あぁ、いいからいいから!ってか太郎です!」
なんだろホントに。はっきり言ってほしい……腹が立ってきた。
「いだ!ちょっと、何で蹴る?」
「なんか腹立ったから」
「なんかって…」
う〜ん、よくわからないけど、なんか腹が立った。なんでだろう、あかねと話をしているときはこんな気分にはならないのに。そうか、太郎の顔を見てるから?
「なに?俺の顔になんかついてる?」
「自縛霊がついてる」
「うぇ、マジかよ!」
「ウソだよ」
単純、というかただのバカ。人の話をすぐに信じる。男らしさの欠片もない。というか、ホントに家に来る気?もうお父さんが帰って来てるかもしれないのに。
「真さん、いる?」
私の表情を読んだのか、太郎が家に近付いてきたときそう聞いてきた。やっぱりあんたってうちのお父さんが苦手なんだ?
「いるよ」
「マジかぃ……んじゃここでいいか」
「何が?」
ここでいいって、ここ道路だけど?近所迷惑だけはカンベンして。
「ほい」
「なにコレ」
「お誕生日おめでとぉ」
「…?」
太郎は鞄から小さな包みを取り出すと、私に差し出した。……誕生日?
「誰の?」
「え?あなた、自分の誕生日を忘れてしまったの?」
「…」
「いだ!」
人を小バカにしたその顔、マジで腹が立つ。
気付くと太郎に蹴りを喰らわせていた私は、ご近所さんが見ていないことを素早く確認する。
「いでで。今日はお前の誕生日でしょうが」
「今日?」
………忘れてた。
「だから、お誕生日プレゼントよ!ありがたく頂戴しなさいよ!」
「あ…」
ありがとう、と言う前に太郎は私に包みを渡すと走って行ってしまった。そうだ、今日は私の誕生日だった。自分の誕生日を忘れるなんて、バカみたいだ。
「ちょ、ちょっと太郎!」
「萌ちゃん」
走り去った太郎の背中に声を掛けようとして、止まった。あれ、誰かに呼ばれた?いま忙しいから後にしてほしいんだけど。
「?」
遠くなる太郎の背中を見つめ終え振り返ると、見たことのある顔がそこにあった。でも、名前は思い出せない、というか知らない。
「やっぱり帰ってたんだね」
「はい?」
やっぱり?……あっそうだ、今日この先輩に呼び出されてたんだった。というか、わかってたけど行かなかったんだった。でもどうして私の家の近くにいるんだろ、先輩の家もこの辺なのかな?……聞くのメンドイ。
「今日、誕生日なんだよね?これ、プレゼント」
「え?あ、ありがとう、ございます………でも」
名前も知らない先輩がくれたのは、太郎がくれたそれよりも大きく、そして可愛らしい包みだった。でも、話したこともない人にもらうとなると、ちょっと気が引けるんだけど。
「あの…」
「あのさ」
どうして私にくれるんですかって言おうとして、遮られた。顔を上げると、彼は私ではなく太郎…というか太郎が入って行った家を見つめている。話しかけておいて私は無視?
「いつもあの子と一緒に帰ってるの?」
「え?あぁ、はい」
「付き合ってる、とか?」
「…?」
なんでこの人はこんなにも質問攻めしてくる?私なんか悪いことしたか?というか、太郎を「あの子」って。アイツでいいのに。
「いや、俺さ…」
「萌ぇぇぇぇ!」
「うわっ!な、なに?」
この耳をつんざくような腹の立つ声は、振り返らなくてもわかる。バカ太郎だ。近所迷惑だって言ってんのに。
「ごめん!それ返して!」
猛ダッシュで私の所へ戻ってきた太郎が、肩で息をしながら私の手の中にある包みを指差してそう叫んだ。
「か、返す?」
「そう!やっぱ返して!」
「なんで?」
「え、なんでって……間違えたんだよ!」
「は?」
プレゼントを間違えた?ちゃんと説明してもらわなきゃ、返してやらない。
「だから…」
なんだろ、なんでそんなに焦った顔してる?
「あの、萌ちゃん?」
「あっはい?」
すっかり先輩の存在を忘れてしまっていた。でも今はそれどころじゃない、太郎の言葉を待ってるんだから。
「と、とにかく返してね!」
「あっちょっと!」
ちょっと油断したスキに、乱暴に包みを奪った太郎が走り出した。って、それ違う!こっちだよ!
「太郎!間違えてる!」
「え?あれ?なんだコレ?」
コイツは本当にバカだ。どうしたら間違えられるんだろう、色が全然違うのに。
「間違っちゃったよ、テヘッ!」
「笑えない!」
「っでぇ!」
スキップで戻ってきた太郎に再度蹴りを喰らわせた。どんなときでもコイツはおちゃらけて、マジで反省の色がない。
「キミ、一条君、だよね?」
「はい?そうですけど」
包みを太郎から奪い返した時、先輩が少し大きな声でそう言った。その顔はちょっと怒っているようで、私は無言のままで先輩と太郎の顔を交互に見るしかできなかった。というか、怒るような出来事あったっけ?
「萌ちゃんとは、どういう関係?」
「あの、関係とは?」
「だから、萌ちゃんと付き合ってる?」
「それは……ノーコメントで、いだぁ!」
「誤解を招く言い方するな!」
コイツの脳みそは何で出来てる?絶対にみそじゃない、プリンだ。それも賞味期限がとうに過ぎたプリン。
「何すんだよ!」
「こっちのセリフだ!このバカ太郎!」
本当にコイツは何を考えてるんだろう。何も考えていないのか?あぁもう腹が立つ!
「付き合ってないの?」
「付き合うわけないですよぉ!こんな暴力娘となんてぇ!」
……暴力娘?そっか、太郎は私をそう思ってたんだ。でもそう思われても仕方ない。
でも、なんか………。
「あれ、萌ぇ?」
「萌ちゃん?」
なんかよくわかんないけど、疲れた。太郎の顔なんて見たくなくなった。
「ちょ、萌ぇ?」
「返すよバカ太郎!」
「いだっ!おまっ投げんなよ!壊れたらどうすんだ!」
「どうせロクなものじゃないだろ!」
「ひ、ひでぇ!」
太郎の悲しそうな表情を見てもなんとも思わない、いつもの演技でしょどうせ。
腹が立ち過ぎた私は先輩と太郎を背に歩き出した。早く家に帰って寝よう。きっとお父さんが誕生日の飾り付けとかしてそうだけど、今はそんな気分にはなれない。
「あっちょっと萌ちゃん!」
門を開けようとすると先輩が走って来た。あんたもプレゼント返せって言うつもり?
そんなことを考えていると、私の思っていた事とはまったく違う言葉が耳に入った。
「もし、もしよかったらなんだけど。俺と、付き合ってもらえない?」
……は?
「この前、空手の試合見に来てくれたよね?」
空手?…あぁ、太郎を連れてあかねの応援に行った時の事を言ってるのかな。でも先輩を見に行ったわけじゃないんだけど。
「津田にキミの事を聞いて、それで今日が誕生日だってことも教えてもらって、今日しかないって思って…」
今、もしかして告白というものをされている?どうしよ、私、先輩の名前すら知らない。名前も知らない人となんて、付き合えるハズがない。
「よかったら、なんだけど…」
よくよく顔を見ると、素敵そうな人だ。優しそうだし、太郎とは正反対。というか、なんで太郎、先輩の後ろに隠れてんの?
「太郎、あんた何してんの?」
「はっ!気付かれたか!」
もう何がなんだかまったくわからない。勝手にして……でもその前に。
「先輩」
「あっはい!」
「ごめんなさい」
「え?」
そこから先輩は完全停止。私のせい、だよね?でも、承諾はできません。
「ど、どうして?」
え、そこは「そうか、わかった」でさよならじゃないの?理由を聞かれても困る。だって「名前も知らない人と付き合えない」なんて言えない。それは言っちゃいけない気がする。
「え〜っと…」
どうしよ、言い訳が思いつかない。なんて言っていいかもわかんない。
「あの!すいません!」
考えを募らせていると、先輩の後ろにいた太郎が大声を張り上げた。マジでうるさい、近所迷惑。
「な、なに?」
「萌は…あ〜、えっとぉ」
もしかして、私に助け船を出そうとしてるのか?でも口下手だから言葉がうまく出てこないみたいだ。やっぱり太郎に助けてもらうのはムリっぽい。
「萌は…ぼ、僕が好きなんですよ!」
「…………え」
「だから、萌は僕の事が好きなんです!だから諦めてやってください!」
意味が、意味がわからない。いつ、どこで私があんたを好きだなんて吐いた?
「え、そ、そうなの?」
先輩、こっちを見つめられても困ります。というか、どう返答していいか迷うし。
「い、いえ…」
「恥ずかしがんなよ萌!いいんだ、わかってるから!という事なので、すいませんが!」
「ちょ、引っ張るな!」
開いた口が塞がらない、というか塞ごうとしない先輩を背に太郎に腕を引っ張られたまま、私達は門をくぐった。
「なんであんなウソ言った?」
「ウソ?あぁ、だって」
「だって何?」
家には入らない。きっとお父さんが玄関を開けたらクラッカーを鳴らしてきそうだし。だから玄関の前で私は太郎の頭をこづいた。
「いでっ。…だって萌、断りたいけど断れないって顔してたから」
「だからって何で私があんたを好きじゃなきゃいけない」
「他に理由が思いつかなかったんだよ。仕方ないじゃんか」
そうボソッと呟いた太郎が、持っていた小さな包みを私に差し出した。
って間違えたんでしょ?私にくれても困る。
「やっぱりプレゼントフォーユー」
「は?」
「いや、先輩がお前にプレゼント渡したとこ見て、あげたのマズったかなって思って」
「意味わかんない」
「い、いいから受け取ってフォーユー!」
「ちょ、押すな!」
「だだぁ!」
太郎が包みを私に押しつけてきたとき、力を抜いていた私は壁に頭を激突させた。と同時に太郎も顔面を壁に強打させた。というか……。
「触るな!」
「いだっ!」
混乱に乗じて抱きつくなんて、マジで最悪だこのバカ太郎、アホ太郎、ボケ太郎!
「あんた、明日から私の隣りで歩くな!」
「えぇ?なんでよ?」
「なんでも!少しでも隣りに来たら殴る!」
「殴るのぉ!?」
なんで?と連呼する太郎をそのままに、私は玄関を開けた。
「萌ぇ!ハッピバースデー萌ぇ!」
予想通り、玄関を開けた瞬間お父さんがクラッカーを鳴らした。耳元で聞くとマジでうるさい。というか、私じゃなかったらどうすんのさ。
「ケーキがあるよ!プレゼントもあるよ!ついでにお父さんもいるよ!」
「いらない」
「え………あっ、そうだ!写真を撮ろう!今日の記念に写真を撮ろう!…って、太郎?キミはそこで何をしている?」
「え?俺?いや、あの」
ふと振り返ると、アホな顔をしておでこをさすっている太郎が突っ立っていた。まだ帰ってなかったのか。
「まぁいいか、ちょっと太郎!シャッター押してくれ!」
「は?」
「今日の記念に写真を撮るんだよ!おーい母さん!母さん!」
「今ケーキ焼いてるの!後にして!」
遠くからお母さんの威勢のいい声がこだまする。今年も焼いてくれたんだ。というか、お父さん、悲しい目を見せても同情したくない。
「ま、まぁいいか!じゃあ太郎!写真撮ってくれ!」
「なんで俺が」
「なにか言ったか?」
「いいえ!撮ります撮ります!じゃあ萌!元気良く笑ってみよぉ!」
「ムリ」
とは言ったものの、せっかく準備してくれてたんだし。一枚くらいならいいかな……。
「はいキムチーーー!」
「太郎!そこはチーズだろ!今日は萌の誕生日なんだぞ、もっと真面目にやれぇ!」
太郎に詰め寄ったお父さんは、カメラを奪い取ると事細かに指導を始めた。インスタントカメラでそこまでする必要ある?
「ちょ、お父さん!何枚撮るつもり?」
パシャパシャとなぜか私だけを撮るお父さんに、無意味であろう質問をしてみた。
「36枚?」
「…」
やってられない、家に入ろう。
「あっちょっと萌!あっそうだ太郎、一枚だけお前入ってもいいよ。仕方ない」
「仕方ないって、俺だって…」
「いいから入れ!ほら、萌!」
うるっさいなぁ、何?と振り返ると、笑顔全開の太郎と目が合った。なんでこんなに笑ってんの?って、肩に手を回すな!
「はい、チーズ!って、太郎てめぇ!」
「やったもん勝ちとはこのことでぇぇす!じゃあまたねぇん!」
そう言った太郎の顔は顔面蒼白だった。お父さんが鬼の形相で彼を追って行ったから。お父さんの性格知ってるクセにやるからだよ、マジでバカ太郎。
お父さん達が門を出て行ったのを見計らい家に入った時、ふと思い出して太郎がくれた包みを開けてみた。中にはピンク色のシャープペンシルが一本入っている。アイツ、あの顔でこのシャープ買ったわけ?
……でも、せっかくくれたんだから、ありがたくもらうことにするか。
「羊が一匹、羊が二匹…羊が」
「うるさい」
「だって眠れないんだもん!」
羊を数えてたら眠れるのか?というか、数えている人初めて見たけど。
何か言ってやろうとふと顔をずらすと、布団で顔を覆っている太郎が見えた。でも頭の先しか見えない、でもバカ太郎丸出し。
机の上に飾っていた写真、太郎に見られてないよね?今は見られないようにガッチリ掴んでるし。いくらバカ太郎でも私が寝た後に奪ったりしないよね。なんて事を考えながら私は目をつぶる。
高校2年になった今でも、あの時太郎がくれたシャープペンシルは私の机の中で、一度も使うことなく眠っている。
忘れてたけど、名前も知らない先輩がくれたプレゼントは、なぜか渋い湯飲み茶碗だった。私って、そんなにお茶が好きだっけ?