第4話 俺のシャーペンよ永遠に
所変わって僕は今、中庭に来ています。まだお昼時間はあと15分くらいある。
そう、ここへ来る理由はただひとつ。
俺のシャープペンシルが今、ここのどこかで深い眠りについている。
萌の奴、自分で投げておいて拾いに行かないから、仕方がないから俺が拾いに来てる……って言えないだけです、拾いに行けと言えないだけなのです。いいよ!がんばるから!
どこに落ちたかなと、がさがさ草をかき分ける。って広いよ中庭!無駄に広い!
とても15分じゃ探せないよ。あ〜あ、あれ気に入ってたんだけどな。
本当に今日は最悪だ。萌は隣りになるし、シャープペンシルは行方不明にされるし、エビフライは食べられるし、萌は隣りになるし……ホント最悪ぅ。
「あれ?一条なにしてんの?」
俺がしゃがみこんで一生懸命探していると、一条と呼び捨てにする女が現れた。振り向くのがちょっと怖いけど、あいつよりも甲高い声。
誰?と振り向くと、さっき一郎とバカ踊りをしていた高瀬がいた。しかも男連れ。
「何かあった?」
男の腕に絡みつきながら笑っている高瀬。男は照れ臭そうに俺を見ている。………別に羨ましいとか思ってないよ?魔性の女に引っかかってるから同情して見てるのさ。
「シャーペン落としたんだよ」
シャーペンとはシャープペンシルの略。って誰もそんなことを気にしてない。
萌に投げられた、なんて言ったらこいつは絶対に報告するだろう、そして俺は殴られる。わかりきっている。だから、だから敢えてあいつの名前を出さない。
「どっから落としたのさ?まさか教室?」
「…はい」
力なくそう答える俺に、バカじゃないのーと男に笑いかける高瀬さん、と一緒に微妙な笑みを浮かべる彼氏さん。どうかした?なぜあんたはチラチラと俺を睨む?
「なんで睨む?」
思わず口に出してしまいました。だって何も悪いことしていないのに睨まれる筋合いなんてない!と思ったから。
「え…べ、別に睨んでないけど」
あんたウソが下手ですなぁ、めちゃくちゃ目が泳いでますよ?なんで?なんでそうまでして隠す?男だったら「睨んで何が悪いのさ!」くらい言えない?ってあなたまで女言葉を喋られたら引いちゃうけど。
「なに?どうかした?」
高瀬が俺と彼氏を交互に見る。彼氏は、「な、なんでもない」と口をごもごもさせつつ、また俺を睨む。
ま、まさか、これって嫉妬?俺、今この人に嫉妬されてる?
「どうしたの?」
気付けよ高瀬!お前は自称「魔性の女」だろ?
お前が俺と話してるからこの男は妬いてるんだよ!そして俺は睨まれてんだよ!って睨むなら他の男と話してる高瀬を睨めよ!
そんなことできないか、惚れてる女を睨むなんて、できないよねぇ。
「へへへー」
またも口に出てしまった。しかも気持ちの悪い笑い声、最悪です。
「なんだよ?」
そうだよね、怒るよね、怒って当たり前だよね。でも、勘違いしないでいただきたい。俺はあなたに対して笑ったんじゃないの。言いたいことが言えない俺に笑ったの。
「何でもないっス。あぁそうだ!2人の時間を邪魔しちゃいけませんよねぇ!邪魔者は消えますわ〜ん!」
「え?ちょっと!私達も探してあげるよ、どんなシャープ?」
いらんお世話じゃ!そんなことしたら彼氏に睨まれるどころか、探してるフリして足踏まれたりするわ!
「いいよいいよ!こんな広いし、きっと見つからないから。時間のムダになるし」
俺は高瀬の返事を聞く前にまわれ後ろをすると、行進するようにその場を離れようとした。
「一条!」
後ろから女の声が聞こえる……聞こえない聞こえない。ここで立ち止まったら絶対に彼氏は、「こいつ、俺の恭子に気があるんじゃねぇの?」って思うに決まってる。そんなドロドロ、好奇心でも体験したくない。
俺は普通に高校生活を過ごしたいのだ。
「ちょっと待て」
彼氏が僕を呼びました。どうする?振り向く?
やめておきましょう。きっと振り向いたらこう言われるよ。「お前、俺の恭子に気があるんだろう」ってね。でもこのまま真っ直ぐ歩いて行ったらきっと彼はこう言うよ。「恭子が呼んでるのに振り返らねぇ、お前は我が友だ」って。
だから僕は歩いて行くのさ。
「待てよ!」
あれ?ちょっと違う展開。何?何の用?
「なにさ?」
俺ってこんなときまで女言葉?ダメだなぁ、やっぱりいつも使ってるから気付かないうちに出てしまうのねぇ。
「恭子が呼んでるのに振り返らねぇってどういう事だよ!」
えぇ?今それ言う?君は僕が邪魔なのでしょう?短いお昼休み、恭子さんと2人で過ごしたいんでしょう?
僕は普通に高校生活を送りたいだけなの。あなたとケンカなどしたくないの。
「何で黙ってんだよ?お前、もしかして恭子に気があるんじゃねぇのか?」
……意味がわからねぇ。なんで黙っただけでそうなんだよ。高瀬ぇ!お前も何か言ってやれよ!「あんた、私が信じられないの?」とかなんとか言ってくれぇ!
そんな高瀬はポカンとしたまま彼氏を見つめてる。っておいおい彼氏さんよぉ、今照れてる場合じゃないよね?
「…あはははは!!」
なんで高笑い?見てみなよ、彼氏もさっきのあなたと同じポカンとした顔してるよ?笑ってないでなんとか言え!
「一条はちゃんと彼女いるって!」
「は?」
何を突然言い出すのこの人、頭のネジが外れちゃったの?それも一本どころか全て。ネジというネジ全て!
「萌、知ってるでしょ?秋月コーポレーションってとこの娘。あの子こいつの彼女」
な、殴らせてくださぁーーーーい!一回、一回だけでいいから女性を殴らせてぇぇぇ!
「頼むから勝手に話作んなよ!恐ろしいわ!恐ろしくて夜眠れなくなるわ!」
「何言ってんの?図星でしょ?」
「あ、アホぉぉぉぉ!恐い!恐いぃぃ!」
俺の絶叫を聞いた彼氏が後ずさりした。そんなに俺おかしい?自分の気持ちに素直になっただけなのに、おかしい?あっまた後ずさりした。俺が珍獣にでも見える?
「お、おい恭子、行こうぜ」
彼氏が恭子、いやいや高瀬の腕を掴んだ。そしてなにか怯えた表情をしている。俺の迫真の演技が功を奏したか?いや違うか、演技でもなんでもない、正直になっただけだ。
「え?でも、一条のシャープペン、一緒に探してあげないと…あっ」
優しい子は今はいらないよ!今は俺を一人にしてください!彼氏!早く高瀬を連れて行けよな!男なら「俺についてこい」くらい言えないのかよ!
俺は「行って!行っちゃって!」と高瀬の背中を押した、そして彼氏に軽く睨まれる。その目は「俺の恭子に触るな!」みたいな?どうでもいいわ!
俺は一人になった。そして腕時計に目を落とす。……7分もムダをした。あと8分しか猶予がない。しかも俺のシャープ、筆箱を開けて気付いたけど、今日はあれ一本しか持って来てない。昼までの授業は先生にバレないように書いてるフリしてたけど、次の授業は英語。
英語の先生である西岡 照美は「ノートに書かない奴は廊下に立とう!」が合い言葉。絶対に見つけなければ!
ここら辺にはないか。とするとあとは俺の教室の真下!俺は思い切り振り返った……そしてフリーズした。
「あれぇ?あなた、ここで何をなさっているの?っていうか、いつからいらっしゃったのぉ?」
目の前には冷めた目つきで僕を睨む萌様のお姿がありました。お嬢様のおなぁーりー!って今それどころじゃない!いつからいた?ねぇいつから?
「あの、僕の声、届いてます?」
なんだかとても恐い、冷めた目線が痛い。しかもこの子の背中に般若がいる、それもものすっごく恐い顔の般若が。
「いつ、誰が?」
「え?な、何がですか?」
なんでそんなに低い声が出る?あなたもしや変声期?
それに「いつ、誰が」って意味がわかりませんけど?英語?英語の授業?予習したいの?
「…いつ、誰が」
「ひぃぃ!ど、どこで、何を…」
「わけわかんないんだよ!」
それ俺のセリフぅ!手を上げるな!殴ろうとするな!こんな大勢の人がいる所で!って誰もいねぇ!みんな俺を置いて教室に戻ったのか?!
「いつ、誰がって聞いてんの」
「な、何がなんだか僕にはさっぱりですぅぅ!」
もうわけわっかんねぇ!「いつ、誰が」って、「今、萌が」俺を殴ろうとしている?大正解!……助けてぇぇ!
「いつ、誰があんたの彼女になったんだよ!」
「ひぃぃぃ!」
やっぱり聞いていたのか!じゃあ彼氏が後ずさりしたのって、お前のせいなのね?あの怯えた表情、早く気付くべきだった!
「しかも恐ろしくて夜も眠れなくなるって?」
それは真実!真実です!僕の本当の気持ちです!だって見てよ今のこの状況を!眠れなくなること間違いなしでしょ?
「せっかくアホなあんたの為にシャープ探してやったってのに」
「え?」
萌の手からチラリと見えたのは、俺のシャーペン。も、もしかして、探してくれたの?自分の罪を悔いて?
もう、照れ屋さんなんだから!ってちょっと?
「ふざけるな!」
「やめてぇぇぇ!」
俺の大事なシャープペンシルは、萌の手によって真っ二つに折られてしまった。もう使えない、寂しい。
思えばあのシャーペン、中学に入った時に一郎とお揃いで買ったんだよね。「俺達の友情に乾杯!」って。でもアルコール飲めないから代わりにシャーペンで乾杯したのよ。
しかし男がお揃いって、今考えると気持ち悪い。しかも一郎とお揃い、恐ろしい。
俺は英語の授業を受けることが出来た。一郎がシャープペンシルを貸してくれたから。いい奴だよあいつ、時々おかしい言動をとるけど。
でも、「これ汚ねぇから貸してやる」って言われたんだけど、これってお揃いで買ったやつだよね?お前もまだ使ってたんだ、嬉しいよ一郎君。でも、汚ねぇからって、ちょっとひどくない?




