第39話 空腹には勝てないって
あれから警察が来てなぜか知らないけど俺だけが色々と聞かれた。犯人の顔はよく見えなかった、よね?と萌を見ても返事なし。俺しか見てないっけ?
「それじゃあ我々はこれで帰らせていただきますので」
「あっはいぃ。お疲れ様でしたぁ…って、あの、何でしょう?」
さっきからこの刑事さん、俺と萌のことをチラチラチラ見てくるけど。なんだ、何用だ?言いたいことあんならはっきりと言ってほしいんですが。
「それにしても若い男女がこんなデカイ屋敷に2人でいるとは……親御さんは何を考えているのやら」
「はい?」
このおっさん勘違いしてないか?俺はいたくているんじゃねぇんだよ!なんならあなたがいるか?5分で帰りたくなるからね!
「まぁ………じゃあこれで」
なんか言いかけたでしょ今!言えよ!気になってしょうがねぇ!
俺の念も刑事さんには届かず、「うえっほん」と不気味な咳をするとまたもチラリと見てきた。と、萌が深々と頭を下げ…てるよ!
「はい、ご苦労様でした……」
あっ萌さん、あなたの方がお疲れですよ。早くベッドに入って寝た方がいいんじゃないかしら?って人の話を聞かないで玄関に入るな!
それから疑いの眼のまま俺達を見ている刑事さんからちゃんと戸締まりするように言われた…俺は高校生だ!ってかニヤニヤすんな!萌とはなんでもないんだから!早く泥棒捜してね!
「寝る」
疲れた表情で秋月邸に入った萌が開口一番にそう呟いた。俺だって疲れてるから寝たいんですけど。
「お、俺も寝るぅ」
2階に上がろうとしている萌に続けと俺も階段に足を掛けた、突き飛ばされた。
「っどわぁ!」
頭から落ちるとこだよ!まだ3段しか上ってなかったからよかったものの、もうちょい上だったら転落になったから!しかも無言で突き飛ばすのやめてくんない?
「あなた何すんのよ!危ないじゃない!」
右の肘を強打した俺は「いてて」とさすりながらも階段を上がり終えた萌を睨みつける。ってか見下ろされるのって、イヤね。
「あんたはソファで寝な」
「えぇぇ?なん、なんでよ?私だってふかふかベッドで寝たいのにぃ!」
説明する必要はないと思いますが、嫌味です。萌の布団がふかふかなのかなんて見たことないからわかりません。でもきっとふかふかでしょう。
「ゆっくり寝たいんだよ」
「俺だって疲れを癒したいわ!真さんが寝てるベッドでいいからさ。どうせおばさんとは寝室別でしょ?」
「なっ…」
何で知ってんの?って目だね。そんなの考えなくてもわかるって。俺が小さい頃からおばさん達、別々の寝室だったじゃないよ。
「だからいいじゃんかよぉん!」
気味悪くうふふふっと笑った俺はもう一度階段に足を掛けた、また突き飛ばされ…るかよ!同じ手は喰わん!
「ひゃっほう!」
萌の攻撃を避けた俺は階段を一気に駆け上がった。この素早い動きについて来れるかな?
「一番乗りぃぃ!」
真さんの寝室はどこだ?女性の部屋に侵入するわけじゃないし、プライバシー侵害にはならないでしょ。
「もしかして、ここ?」
いくつものドアがある中、すぐに見つけることができました。推理するまでもない、ドアに『パパのお部屋』って張り紙がしてあったから。いい歳してこれはないでしょ!……あっ、て事は?
「…ぷぷーっ!」
思わず吹き出しちゃったよ!萌の部屋ってここだろ?『萌ちゃんのお部屋』ってぇぇ!マジかぁぁ?!最高だよ真さん!
「いだぁっ!」
すっかり油断していた俺はユラユラと近寄る気配に気付く暇もなく後ろから思い切り殴られた。
い、今のは伝説のバチコン!目玉が飛び出すほど痛い!
「あんた何す…」
目玉を押し戻しながら振り返ると鬼がいた、赤鬼も真っ青な鬼が。
「……見たな」
怖いからゆらりと詰め寄って来ないで!それに恥ずかしいなら外せばいいでしょ!あっダメだ、釘で打ち付けてあるよ。
「いや、見たといいますか。目に入ったといいますか」
泥棒に会った時よか怖い!木刀を持ってないのが救いだよ!
「見ちゃいけなかった?…ですよね?」
「死ね!」
「がぁ!」
さっきは死ぬなって言ってくれたよね?言った事に責任持とうよ!ってかまたバチコンされた!
「いだだ!ごめん!ごめんってぇ!」
何回謝っても許してくれそうにないよこれは。くっそぉ、俺はこのままバチコンの餌食になるのかぁ!マジで痛いから!
「ソファで寝ろ!」
「はいはいわっかりましたぁ!」
違う部屋で寝るって言ってんだから別にいいじゃんか。なんでそこまでかたくなに嫌がるわけ?
「真さんの部屋ってそんなに汚れてんの?」
「あんたと同じ階で寝たくないだけだよ」
っんだよソレェ!泊まれって言ったのはあなたでしょ?それが客人に対する礼儀か!
「別に一緒に寝ようって言ってるわけじゃないのに…」
「なに?」
「いえ…」
態度が先程とはまるきり違う。やっぱ二重人格かこの女。さっきまでは少し、ほんの少しだけかわいく思えたけどやっぱり前言撤回。かわいさ余って憎さ100倍とはこのことね。
ガタタ
「うわっ!」
なんだよ風かよ!もう寿命縮めたくないんですけど!って、あれ。なんで萌……。
「も、萌さん?」
い、いきなり抱きつかないでぇ!心の準備が整ってないから!はず、恥ずかしいぃぃ!
「さ、触るな!」
「いだっ!」
今の発言おかしいでしょうが!お前が抱きついてきたんだろ?俺の言葉だよそれ。
またも(バチコンされて)突き飛ばされた俺は壁に頭をがっつりぶつけた、って俺って可哀相。俺は悪くないのに。
「ででぇ…おまっお前なぁ」
「馬鹿太郎」
「はいぃ?」
なんで今バカをつける?バカな事は何もしてませぬぞ?というか、あなたが馬鹿だ!……なーんて言えないわ!
「仕方ないから、ここで寝ていい」
「ここって………ここぉぉ!?」
なぜ廊下を指差してんだよ!寒いってば!いや、そういう問題じゃない!
「やだよ!何が悲しくて廊下で一晩過ごさなきゃいけないんだよ!」
怖いならそう言えよな、ホント素直じゃないよこの子は。
「いいから!今お父さんの布団持ってくる」
「ちょっマジかよ?それならソファの方がマシだっつーに!」
俺を人として扱えってんだ。廊下なんかで寝たら風邪引くわ!
「わかっわかった!」
ふんだ!と下へ降りようとして意味不明な萌の返答が聞こえてきた。意味がわからん、何がわかったのよ?
「私の部屋で寝ろ」
……………。
「はいぃぃぃ!?な、何を」
何を言ってんだコイツは!言ってることめちゃくちゃじゃねぇか!話が飛躍しすぎだから!ってかなんで顔赤いの?泥棒騒ぎで興奮しすぎた?
「怖いんだよバカ太郎!」
「いったぁ!」
それが怖がる人の態度かよ!再度バチコンするな!
頭を撫でながら、まだ睨みをやめない萌を見ると…ちょっと、なんで涙目?俺は泣かしてないよね?大丈夫よね?
「もう泥棒は来ないと思うよ?」
「いいから部屋に入ってろ!布団持ってくる!」
「えっちょっマジで?」
「ボケ太郎!」
「なぜ?」
萌は去り際、俺に凄まじい睨みを利かせ一発蹴ると真さんの部屋へと入っていった。ってかまだ寝るって言ってないんですがね。
「うぉ…お、女の子の部屋だ、というか、女性のお部屋?」
萌の部屋に入った僕は恐縮しまくりでした。ってか広いよ!何畳あんだよマジで!
でかいテレビにでかいベッドにでかいタンスに……って全てがビックサイズ!さすが金持ち!
俺の部屋に電化製品はひとつもない、裸電球のみ。…貧乏最高!
「ん?」
これまたでかい勉強机の上に飾られている写真が目に入った。あっこれ、中学の時の……。
「変人」
「だからなぜぇぇ!?」
部屋に入って来ていきなり悪態かよ!それに変人て…。
「誰が変人だ!」
「勝手に見るな」
剛速球と言ってもいいほどの速さで布団を投げられた俺はそれを体全体でキャッチ、できるはずもなく布団と共に倒れた。
あががぁと布団をどけて萌を見上げると、まだ赤い顔をしていらっしゃるようね。
「って敷き布団は?」
直に床で寝ろってか?そりゃないでしょ!
「床暖入ってるから」
「いやいや、俺が言いたいのは」
「持ってくるの面倒臭い」
「…」
もう何も言うまい。いいよ、背中を痛くしながら寝てやるよ。でもあなたはそのふかふかベッドで寝るのよね、ずるいわよ!
「もういいよ、寝るわぁ」
写真がちょっと気になったけど、突っ込んだ話したら下にいる俺は踏まれそうだからやめよ。
「こっち見るな」
「見てないわよ!」
後頭部に目はついてないから安心してオネンネしなさいな!
……ね、眠れねぇ、って当たり前だ!中学の時以来、萌の部屋に入ってないんだから。しかも突然ここで寝ろって言われても心の準備はできてないし、目が冴えすぎてますよ!
しっかし変わったなぁ。あん時はもっとこう、可愛らしい部屋だったような気がすんだけど。今も女の子の部屋って感じはするけど、なんか、大人ないい匂いがする……変人!
「太郎」
「ぬぁ!な、なに?」
気付かないうちに声を出して独り言しゃべってたか?って起きてたの?
「あら?なにさ?」
あれ、返答がないよ。まさか寝言?寝言に返事しちゃったよ俺、アホか。
俺はよっと体を起こし、ベッドに寝ている萌に視線を移した。ってかこっち見てすらいねぇ、間違いなく寝言だね。
「あんたさ」
「あっはい?」
起きてんのかよ!どんだけ溜めて話すんだよ!
「あんた、彼女とかいないの」
「…は?」
突拍子のない発言すんなぁ。ってかいるかいないか聞かなくてもわかるでしょ?
「いないわよん」
「なんで」
「えぇなんでって?」
考えて!あなたがいるからでしょ!あなたと登下校を共にしてるから変な誤解して女性達は僕に声を掛けたくともできないの!って信じてる!
(注:ここは一気に読んでください。)
「そりゃあ、まぁ、あれだ。僕が素敵すぎて誰も近付けないというか…」
「バカだから近付かないんだろ」
悪かったねウソで!ってかバカじゃないって!
「俺はいいんだよ別に。…萌はどうなのよ」
「は?」
この前は別にいらないみたいな事を言ってたけど、やっぱり女の子なんだから高瀬のように彼氏と腕組んで歩いたりしたいでしょ?
ってか勇樹と付き合ってるんだ、とか言われたらどうリアクションすればいいんだろ。うっそぉん!なんて言ったら枕が飛んで来そうだ。
「……寝る」
「ちょっとぉ!あなたが話しかけてきたんでしょうが!夜はこれからだよ?もっとお話しましょ…」
「スースー……」
もはやかよ!寝付き良過ぎだよあんた!
「…萌ぇ?」
まだ体を起こしている俺は萌の顔をちょっとだけ覗き見た。
マジで寝たね?じゃあ行動開始……俺は変態か!
「俺も寝よ…」
あっそうだ。徘徊する代わりにさっき見れなかった写真を見てやろう。っと、アレ?さっきまで机の上にあったのに、どこにいった?
「萌ぇぇ…!」
コイツ写真がっしり掴んで寝てやがる。くっそぉ、奪い取るわけにもいかないし、少しでも触れようもんなら殴ってきそうだし。
「スースー……」
ってか俺がいても平気で寝れんのかぃ。ドキドキして眠れないのよん…とかはないよね。まぁ俺もドキドキとかはしてないし、別に意識とかもしてないし。
それにしてもグッスリ寝てんなぁ、ってかお客の俺を差し置いて寝るか普通。
う〜んどうしよ、ヒマだよ。眠れないし、お腹空いたし、ノド乾いた。八宝菜しか食べてないんだから腹減って当たり前か。でも人の家の台所を漁るほど俺は墜ちちゃいないよ!…寝てやるわよ!
無理やりにでも寝ようと布団をかぶった俺は、萌のイビキを期待しつつ目をつぶった。寝言とか言ったら明日からかってやろうかね、イヒヒ……俺は誰?
ぐー
「…るっせ」
ぐー
「るっせぇ」
ぐー
「うるっせぇ!」
「お前がうるさい!」
「ごわぁ!」
枕で攻撃しないで!モロに顔面に入ったわ!ってか起きてんのかよ!
のそっと上半身を起き上がらせた萌が、目を手で覆い痛がっている俺を睨んだ。ってか仕方ないじゃん、お腹空いてんだよ。でも今は素直に謝ろう、きっと機嫌が悪そうだから。半目向いてるし。ってか寝ぼけてるだけか?
「うるさいんだよ」
「あらら、ごめ〜んね」
「気持ち悪い」
「…」
俺のかわいさ余ってキモさ100倍の笑顔が効かないわ……効いてんのか、気持ち悪いって言われたんだから。
「あんた、お腹空いてんの」
「八宝菜だけじゃ足りなくて。僕はまだまだ成長期なんですよん」
「…デブ太郎」
「でっ…」
誰がデブ太郎じゃい!俺の体見たことあんのか?一般的な体型してるっつーに!
「デブはヒドくないですか?せめてポッチャリ太郎とか」
「なんか食べて来れば?」
「え?いいの?」
「あれば」
それはないかもしれないけど、ってこと?悲しい……あっ、そうだ!
「柿の種は?残ってないの?」
「食べた」
「じゃあサラ…」
「食べた」
「チョ…」
「食べた」
お前の方がデブじゃあ!食い過ぎだろそれぇ!
「…寝ます」
「静かに寝ろ」
「はぁい」
ちっきしょ、お前は柿の種とか食ったから腹一杯だろうが、俺の腹は泣いてんだよ。しかもお腹が鳴るのなんて制御できないってんだ。
「スースー」
「はやっ!」
マジで寝付き良過ぎ。
全く眠気が襲ってこない俺は、そのまま朝を迎えましたとさ。
…ってかあの写真って、まだ萌の隣りで歩いてた頃のだよねぇ。
 




