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第36話 八宝菜は蜜の味

家まで送ろうと思ってたのに、あかねは俺からスポーツバッグを奪うと猛ダッシュで逃げて行ってしまった。しかも宿命のライバルの名前を教えてくれないまま。気になって夜眠れなくなったらどうするのよ、この美しい顔にクマなんてできた日にはお外へ出て行け…るよね。堂々と出て行けるよ。


「あれ…萌だ」


あかねに蹴られた太ももをさすりつつ帰ろうとしていると、携帯電話が鳴った。出るのメンドイけど、出なかったら後が怖い。


「はいはい、もっしぃ?」


『ップ…ップーップー』


「なぜ?」


なんで何も言わずに切る?出方が悪かったか、ってか俺から掛けなきゃいけないの?電話代かかるっての!


「ップルルル…あっ萌ぇ?」


『なに?』


「何って、お前が掛けてきたんでしょうが」


『あぁ…』


「?」


用があるからかけてきたんじゃないわけ?何用なのよ。顔が見えないから怒ってんのかどうなのかもわからんし。


「どした?」


『あぁ…もうあかねは送ったの?』


「えあ…あーうん」


走って逃げられたなんて言えないよねぇ。送っていけって言っただろうが!って怒られる。電話でまで怒られたくないし、しかも通話料は俺持ちだし。


『あんた、ちょっとこっち戻って来て』


「なぜ?」


『いいから。あと柿の種とサラミ買って来て』


「はぁぁぁ!?」


何様ぁ!?ってかそれって酒のつまみだろ?もっと女の子らしい物頼めよ!例えば豆大福とか、いちご大福とか、よもぎ大福とかさ。俺は甘い物が好きなんだよ!ってかもう金ねぇって。


「お前にハンバーガー奢ったからもうお金ないよ」


『後で払うから』


「いや、だから金ないって…切りやっがたぁ!」


人の話は最後まで聞けってんだよ!あぁもぉぉぉ!一回自分の家に戻って金持って来なきゃ買えねぇよ。そんなに俺って貧乏人?違う、色々な方々に色々な物を奢り過ぎてしまったからこんな事になってしまったんだ。

調子こいてセットなんて頼むんじゃなかったよ、俺だけでも単品にすりゃよかったかなぁ…後悔先に立たず!




「ただいまぁ!母ちゃん金くれ!」


家に戻った俺は玄関を開けた瞬間に叫んだ。ってか帰って来て早々に金くれって、俺ってもしや親不孝者なのか?


「金なんてないよ!欲しいならバイトしな!」


玄関に出て来てくれさえしない母ちゃんの声が家中に響く。マジで声デケェ。


「それじゃ遅いんだって!今すぐ必要なんだよ!」


「誰か誘拐されたのかい?身代金はいくらだ?」


「恐ろしいこと言わないで!」


怖いわ!と居間に入って行くと、ソファに横になってくつろいでいる母上様を発見。あれ、俺の晩ご飯は?ダイニングテーブルには何も乗っていないようなんですが。


「ねぇ俺のメシは?」


「ないよ」


「えぇぇぇ!俺めちゃくちゃ腹減ってんのに!」


「あんたねぇ、あたしだってヒマじゃないんだよ!こんな遅くまで連絡ひとつよこさないで、イコールいらないってことだろ?」


ひっでぇぇ。ちょっと連絡が遅れたってか忘れてただけなのに。お腹空いてんだよ!


「なんかない?何でもいいから」


「焼きそばでも作ったら?あたしはこれから忙しい時間帯に入るから、食べるなら自分で作りな」


「忙しいって、ただせんべいバリバリ食ってテレビ見てるだけじゃんか」


「サスペンスドラマが始まるんだって!もうあんたうるさくて集中できないよ!ほら、お金やるから黙ってろ!」


せ、千円…。おつかいじゃねぇってんだよ!でもせっかくくれたんだからポッケにしまっておこう。母ちゃんのことだ、「いらないなら返しな!」って言ってくること間違いない。


「あっちょっとまた出てくるから。でもすぐに帰って来るから安心して」


「心配してないからとっとと行ってきな。あっ始まった…太郎!」


「えぇ?!何よ?」


直秀が残したであろうギョーザが、一個だけテーブルに置いてあったのを見つけた俺がそれをパクリといただいたとき、母ちゃんが切羽詰まった声を出した。

慌ててギョーザ丸飲みしちゃったじゃんか!食べた感じしねぇ!


「行く前にお茶入れてって」


「お断りします!」


金返せ!と母ちゃんの怒号を背中に、俺はダッシュで玄関に走った。そういうことは直秀に頼んで。あれ、そういや親父まだ帰ってなかったな、残業お疲れ様だね。




なけなしの千円で柿の種とサラミ、そして自分へのご褒美にとチョコレートを買った。そしておつりをポッケに入れてジャラジャラさせつつ、今秋月邸の玄関に立っています。

門が開いてたよ、用心しろって言ったのに。


既にチャイムを鳴らした俺は萌が出てくるのを今や遅しと待っています。ってか遅いよマジで!


「はい」


ガチャッとドアを開けたのは私服姿になった萌様でした。俺はまだ学生服に身を包んだままです。でも今は早く帰りたい一心だから何も言いません。


「ほい、言われてた物買って来たよぉい」


「あぁ、……ありがと」


「!うわぁぁぁぁぁ!」


突然叫んでしまって申し訳ない!だって、だってあの萌が礼を言ったんだよ?しかも俺に!これは絶対に何か裏があるよ!ちゃっちゃと帰っちゃおう!


「ぁぁぁ…っと。ご、ごめんなさいぃ」


ぁぁと長く伸ばしすぎてちょっとノドをやられてしまった。


何度も頭を下げている俺をジッと見つつ、萌は柿の種その他が入ったレジ袋を奪い…いや、受け取った。ってかちょっと待って!俺のチョコも入ってるんだから!


「ちょ、ちょっと!俺のチョコも入ってんだよ!」


「じゃあ入れば?」


「えぇ?」


ありがと、じゃあハイさよならって言ってくれるんじゃなかったのか?ってか帰らせてほしいんですが。入ってもまた俺なんて場違いボーイになるんだし。


「かえ、帰ってはダメですか?」


「あんた、この家に女2人でいさせる気」


「え?で、でも真さんがおばさんを迎えに行った時、あなた1人でいたんじゃ…」


「イヤだっての?」


「あいや…イヤじゃないんですが、おな、お腹が空いていて」


「恭子が八宝菜作ったから食べて行けば」


「え?八宝菜ですか?」


へぇ、高瀬って意外にも家庭的なのかもしんないねぇ。料理下手な萌とは大違い!しかも俺って八宝菜大好きなのよ、特にうずらの卵。入ってるよね?


「痛い!」


ただ人知れず頷いてただけなのに持ってた袋で殴られた!目に入ったし充血しちゃうよ!


「いつつ、何をなさるのよ?」


「なんかムカついたから」


なんかって何だよ!殴った理由を教えてくれって言ったんだよ俺は。


「ほら、入りな」


「はいぃ、おじゃましますぅ」


目をこすりながら今日2度目の秋月邸に入ると、めちゃくちゃいい匂いが俺の鼻に届いた。中華のいい匂いだよこれ、食べたい食べたい!


「あっ一条!おつかいありがと!」


「え…たか、高瀬、お前…」


「なに?あっ八宝菜作ったから食べてって」


「あっうん…」


八宝菜を皿に乗せた笑顔満開の高瀬が俺の前に現れた。そしてなぜ俺がオドオドしているかといいますと、高瀬は萌のおばさんがよく身につけているフリフリのエプロンを着ていたのを見たから。

うっわぁすっげぇ似合ってるぅ!おばさんには悪いけど、高瀬の方が似合ってるかもしんない。ってか……。


「かわ、かか…」


「え、なに?」


「あわ、いや……」


晃じゃないからクサいセリフは言い慣れてない!冗談で言うときはサラッと言えるのに!


(かわいいってくらい言えないのかい?ッハン!)


鼻で笑うな天使ぃ!俺は純情なんだよ!まっさらな心の持ち主なんだよ!


「どしたの?座らないの?」


「へ?あっいや座ります!そしていただきます!」


「うん?」


少し困った顔で笑う高瀬を前に、テーブルに座る俺、の隣りに座った萌。高瀬の隣りには座らないの?

にしてもいい匂いだよね、うちで焼きそば食べないで正解だった。


うまぁうまぁい!と八宝菜をがっつく俺を口もつけずに見ている萌。でもんなこと気にしてる場合じゃない!一郎、悪い!今俺は高瀬の手料理をいただいていますよ!しかもうまいときたもんだ!


「高瀬って料理上手なのね!いい奥さんになれるよぉん!」


「あはっ、ありがと」


マジで高瀬の旦那になる奴が羨ましいね、毎日こんなうまいモンが食えるんだから。


「あれ、萌さん食べないの?」


食べないなら全部いただいちゃうよ?と目で訴えた俺は萌の睨みも届かないほど有頂天になっていた。うわっ、まさか一郎に続いて俺まで高瀬マジックに?


「私達はさっきハンバーガー食べたからあんまりお腹空いてないんだよね」


萌の代わりに高瀬がアハハと笑って答えてくれた。……満腹?


「あれ?じゃあなんで八宝菜作ったの?」


「あぁそれは一条がお腹空いてるんじゃないかっても…」

「いっだぁ!」


なんで話を聞いていただけの俺に肘打ちすんだよ!脇腹がめっちゃ痛いわ!


「萌ぇ!お前何すんだよ!」


「恭子、余計な事言わなくていいから」


被害者の俺はスルーかいぃ!ってかなんで顔赤いんだコイツ。……ま、まさか!


「もっ萌…」


箸をテーブルに置いた俺は萌に体を向けた。と、のけ反られた。じゃあなんで隣りに座った?


「な、なに?」


少し慌てた様子の萌に顔を近付け、俺は何も考えなしにおもむろに彼女の額に手を当ててみた。


「…は?」


「いや、熱でもあるんじゃないかと思いまして」


「なんで?」


「なんでって、顔赤いから」


ほらほら、そうこう言ってる間に見る見るうちに赤さが増してるよ。こりゃ間違いなく風邪だよ風邪!


「あなたちゃんと手洗いうがいとかしてるぅ?風邪は万病の元よ、今のうちに注射打ってきたらぁ?」


大袈裟に熱い熱いと手を額から離した俺は、「病院に行ってきなさいよ!」と言いつつ箸を持ち直して食事を再開しました。せっかくの料理が冷めちゃったらもったいない!


「い、一条」


うずらの卵を頬張ろうとしたとき、非常にマズイって顔をした高瀬に止められた。もしかして食べたいの?でもまだたくさん卵あるけど?


「………っのぉ」


「え?」


なんだこの地鳴りのような声は。俺の隣りから聞こえてくるんですけど。

ふと横を向いた俺は、萌の顔を見るなり掴んでいたうずらの卵を落としてしまった。こわ、怖い!


「このっ…!」


「ごぉ!」


モロに萌様の拳がアゴに入った。脳しんとう起こしたら介抱してくれんのか?ってかおつかいして、風邪の心配までしてやったってのにこの扱いはないんじゃないか?


クラクラしながらイスから転げ落ちた俺をすさまじい形相で見下ろす萌。まだ、食べ足りないんだけど…。ってか高瀬!見てないで助け起こしてちょうだい!


「触るな!腐る!死ぬ!」


「えぇぇ?」


なんでそんな怒るわけ?おでこに手を当てたのがそんなにイヤだったのか?また腐るって言われたし。さっきお前は自分から俺の腕を掴んできたクセに。


「ふふっ」


ちょ、なんで笑ってんだよ高瀬。どしてそんな穏やかな笑顔を見せてるの?ってまだ頭がグルグル回ってるんですがねぇ。


「一条さぁ」


「は、はいぃ?」


うぐぐとイスに手を置いた俺に高瀬が意味深な笑顔を見せてきた。笑えないっつーに、笑うとこじゃないっての。


「きょ、恭子!だからいらない事言わなくていいって!」


「えぇぇ?まだ高瀬は何も言ってないじゃんか」


「うるさいしゃべるな!黙れ!」


うわ、マジで怒り爆発してるよ。こういうときは何を言ってもムダなんだよね、じゃあ黙って八宝菜を食べようか。


「うわぁぁぁ!た、たま…卵がぁぁぁ!」


皿にうずらの卵がひとつもないぃぃ!なんで?イスから落ちる前までいくつか残ってたよね?なんでなんで?


「お、俺のうずら食ったのか萌ぇぇ!」


萌の口は異常に膨らんでました。絶対に全部口に含んでるよ!新手の嫌がらせか!


「もご…あんふぁろ…ごご…うふらひゃらい」


口に入れすぎてうまくしゃべれてねぇじゃねぇか!どんだけ俺を悲しませりゃ気が済むんだよ!

それにうまく聞き取れなかったけど言いたいことはわかったよ。「あんたのうずらじゃない」だろ?でもお前のうずらでもないからね!


「もぉいいよ…白菜食うから」


萌の口に入ったうずらをよこせなんて言ったら「変態」って返されるよね。でもまだふたつくらいしか食ってなかったのに。


重い溜め息をついて残りの八宝菜を食べていると、携帯電話が鳴った。液晶には「いちろう」と表示されている。もしや、何かを感づいて電話してきやがったのか?どうしよ、出た方がいいのかな。


「出ないの?」


ちょいちょいと八宝菜を箸で突っついている高瀬にそう聞かれた。見ると萌はまだうずらの卵と戦っている、そしてまだ睨んできている。


「で、出るよ…はい?」


『あっ早く出ろよな!お前、もう家にいるんだろ?』


「え?あぁいやぁ、家というか、家にはいます」


萌の、となんて言えない!一郎は今日、高瀬がここに泊まるのを知っている。言えるわけがありませんよ!


「なん、何の用ですか?」


『いや、さっきはちょっとばかり言い過ぎたと思ってさ。だから明日は俺がお前にジュース奢ってやるよ』


「え?あ、あぁありがとぉ…」


お前ってやっぱりいい奴だね!俺はお前にハンバーガー奢ってないのにそこまで気を使ってくれるとは。でも電話を掛けてくるタイミングが悪いよ!


「誰?」


ばっ高瀬ぇ!お前しゃべらないで!


『…太郎、お前、今、どこに、誰と、いる?』


なんで一言ずつ切ってしゃべるんだよ一郎!やばいやばい!なんとか誤魔化さないと!


「え、今、家で、か、母ちゃんと、います」


『ウソつくんじゃねぇよ!お前の母ちゃんそんなかわいい声出ねぇだろ!』


「おぃぃ!母ちゃんをバカにすんな!ちょっと頼めばかわいい声出してくれんだよ!」


『頼む意味がわかんねぇよ!ってか高瀬だろ?なんで帰ったお前が高瀬と一緒にいるんだよ!』


「いや、だから、それは…」


『バカ太郎!ボケ太郎!アホ太郎!……ボケ太郎!』


「お前レパートリー少ねぇよ!」


もうマジで切ってやりたい!そして八宝菜をがっつきたいけど、せっかく俺を想って電話してきてくれたんだしなぁ。あぁもうどうしたらいいのよ!


「野代?なんで叫んでんの?」


電話を切ろうかどうか悩んでいると、一郎の声が聞こえたのか高瀬がそう聞いてきた。そうよ一郎君です。それに叫ぶ理由なんてすぐにわかるでしょう?あなたが無言でいてくれないから彼は叫んでいるの。


「なんでって…」


「なんか、すごい怒ってない?なんかあったの?」


気付けぇ!お前と俺が一緒にいるから怒ってんだよアイツは!ちょっとあなたって鈍感ちゃんなのね。


「俺がお前といるから怒ってんだよアイツ」


「え?あぁそっか。じゃちょっと貸して」


「へい?ど、どうぞ」


「ありがと。もしもし野代?」


携帯電話を受け取った高瀬はイスから立ち上がると、俺と萌に聞こえないようにするためにか玄関へと移動して行った。ほっ、助かったか。でも、一郎は俺の親友ってことになってるからあまりヒドい事は言わないであげてねぇ?


「あっ冷めちゃう冷めちゃう!」


あっと思い出したように八宝菜をガバガバと口へ運んでいく。卵はもうないけど他の食いモンもおいしいから別にいいやい!


「…ねぇ」


「ふぉご…なに?」


食ってる最中に話しかけたらいけないよ、ノドに詰まっちゃうっての!


「あんたさ」


「なによ?」


早く食べたいんだからさっさと用件言ってくれないかなぁ。なんでいちいち言葉に詰まったみたいな顔してんのよ。


「萌ぇ?」


「…」


「任務完了!」


萌が何か言おうと口を開きかけたとき高瀬が玄関から戻って来た。ってか言うの遅いよ萌さん。そしてなぜまた黙る?


「お疲れぇ。ってか一郎になんつったの?」


「え?あぁ別に?」


「別にって、何か言ったんでしょう?」


「野代はわかってくれたんだからいいじゃん。ほら、冷めちゃうよ」


早く食べちゃってと携帯を返した高瀬が俺を急かすってか何で教えてくれない?俺らに言えないほどキツイ一言を浴びせたのか?一郎よ、明日明後日は休みだから、ゆっくりと休養を取ってくれたまえ、俺からは一切電話しないから。


おおぉぉぉ!と皿を持ち上げて食べる俺は、なぜかニヤニヤしながら俺と萌を交互に見つめる高瀬を見た。ってか、一人で笑ってるなっつーに。














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