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第28話 しっぺとエルボー

A組の前に来た俺はまだ高瀬に腕を掴まれたままでいます。しかもこの状態はこの子と腕を組んでいるように見えるらしく、男子生徒の羨望のまなざしがちょっと心地いい、けどプラス数人からの睨み。


「どこ?」


「え、え〜と…あれ。教室にはいないみたいね。便所にでも行ったかなぁ」


「え〜マジで?せっかく来たのに」


じゃあ待ってるかなぁなんて言い出した高瀬になんとか帰ろうと説得していると、彼女の後ろに立ち尽くしている男を見つけ動きが止まった。

高瀬ぇ、絶対に振り向かないでねぇ!


「兄ちゃん?何やってんだよ」


焦りつつ何でもいいから会話をしようとしていた俺は兄ちゃんと呼ばれ、つい反射的に顔を向けると便所から出てきた直秀と目が合った。


「なんかあった?」


無邪気にタタタとこちらへ走り寄って来てくれる直秀君。ふと高瀬を見るとさっきまで組んでいてくれた腕をさっさと離し、俺と直秀を交互に見ている。やっぱり似てる?


「もしかして、一条の弟?」


「そ、そうよ!直秀、ほらご挨拶なさい!」


しつけに厳しい母親のように直秀の頭を強引に下げさせた俺は「オホホホ!」と萌のおばさんのように笑った。しかし直秀はそれが気に食わなかったようで、


「なにすんだよ!」


と手を払われてしまった。でもここで負けちゃダメよ!


「こらぁ!お兄様のご学友があんたの為にわざわざ階段を降りて来てあげたのに、その言い草はなんですか!バチコンいくわよ!」


「ばちこんって何だよ!」


「バチコンを甘く見ないで!少しでも気を抜けば目玉が飛び出すんだからね!」


「怖いから!」


いつもの会話をしていると、高瀬がまたもや俺の袖をグイグイと引っ張る。あっなんかいいねこういうの、私も混ぜてぇみたいなノリ?


「なんだい?」


紳士のようなセリフで振り返るけど、高瀬はこっちじゃなくて後ろを見ていた…あっ振り向かないでって心の中で言ったのにぃ!

高瀬の視線の先には杉なんとかが立っていた。それもアイツはなぜか高瀬ではなく俺を直視してる、見んな!


「たか、高瀬。行こ」


「あれ、行くの?俺になんか用があったんじゃないの?」


「調子に乗らないの!」


めっ!と直秀を一瞬睨んだ俺は高瀬の肩を掴みその場を離れようと歩き出す。あれ…動かないよこの子、ビクともしない。

顔を覗き込むと高瀬の強烈な視線が杉なんとかをとらえていた。こ、怖い…。


「た、高瀬?」


「…え、なに?」


「直秀見たからもういいでしょ?教室へ戻りましょうよ」


「あ、うん」


背中が冷や汗ダクダクの俺は高瀬の背中を押した……ってだから歩こうよ高瀬さん!


「あっ杉原」


杉原?あっそうだアイツの名前って杉原だったよ。ってか直秀!今その名を呼んではいけないわ!あんたは大人しく教室で予習してなさいな。


「高瀬さん!ほら行くのぉ!」


動かない高瀬の手を強引に引っ張った俺は「どいてどいてぇ!」と杉原の横を走り抜けて階段を一気に駆け上がる。


「ちょっと、転ぶって!」


階段を駆け上がる最中、高瀬の慌てた声が聞こえた。立ち止まってはダメ!このまま突っ切れぇ!


「ストップ!一条止まってって!」


「はい、ゴーォール!」


と、2階に着いた高瀬は息も絶え絶えに「手、放してぇ…」と涙目で訴えてきた。

体力のない子だねぇ、そんなんじゃ今度追いかけられたら間違いなくつかまるわよ?


「一条の、弟って、はぁ…アイツ、と友達な、んだ?」


「え?ごめん、途切れ途切れで何言ってるかわかんないや」


何を言ったかなんてちゃんと聞き取れました!でもここはできる限りシラを切るのよ!


「…もう別にアイツのことはなんとも思ってないって言ったじゃん」


「え?」


「あかねも気にしすぎだし」


「あ〜…いや、俺は別に」


「まぁ、そこまで心配してくれるのは嬉しいけどね。でもホントにもう気にしてないから」


いやいや、さっきの杉原を見るあなたの目、尋常じゃなかったよ?私をよくも振ってくれたわね、覚えておきなさいよ!って目をしてたよ?


「あっそうだよね、気にしすぎだよね俺ら」


知らないうちに高瀬に気を使ってたみたいね。きっとありがた迷惑ってこういう事をいうんだろう。


(ありがた迷惑もいいところさ!消えちまいな!)


あれ、久しぶりだね天使さんよ。でも今はあなたとあーだこーだ言い合っている余裕はないのよ。ほら見てみな、杉原が階段を上ってくるわ。

…ってなんで?


「ちょ、早く教室に戻って高瀬ぇ!」


「え?なに、なんで?」


高瀬はまだアイツに気がついていない!早く!一刻も早く戻って!

俺は教室のドアを開けると、勢いよく「あかねぇ!」と叫ぶ。あっいたいた。


「なに?」


小走りで近付いてきたあかねに、俺は勢いよく高瀬の背中を押した。


「パァス!」


「うわ!」


力が強すぎたか、高瀬は押された勢いそのままであかねにヘッドバッドを喰らわせてしまった。すごい音したよ、とっても痛そう!


「いったぁ!太郎なにすんのさ!」


「緊急回避ぃ!」


2人仲良く倒れたあかねと高瀬に「ごめ〜んね」とかわいく謝り、ドアを素早く閉じた、と同時に杉原が2階に到着。


ゼェゼェと息をする杉原を、俺は怪訝に見える目つきで迎え撃つ。ってハナからケンカごしはいけないわね。


「あの、一条さん」


「はい?」


あれ、敬語だよ。この前までこんなヤツじゃなかったのに。おかしいねぇと杉原を見ていると、あろうことか頭を下げられた。


「すいません。もう一度、きょう…高瀬さんと話がしたいんですけど」


恭子って言おうとしたね今。話ねぇ、俺を通さなくてもいいんじゃ……そういや二度と近付くな!って俺が言ったんだったよね。


「何を話すの?」


「え、いや、もう一度ちゃんと謝りたくて。できることなら…」


「…」


どうする?俺が勝手に「帰れ!」とか言ってもいいわけ?でもそれは高瀬の気持ちを無視してないかい?


(ここは大人しく高瀬を呼んで来た方がいいんじゃないか?)


あんたも久しぶりだね悪魔。でも俺はコイツに近付くなって言ったのに、矛盾してないか?


(…けっ勝手にしろ)


あらら、諦めるの早くなったね。それはあなたの意見を取り入れない私のせいなのよね?でも許してなんて言えないわ、悪いと思っていないから。


(…ちっ)


いや、舌打ちしたからといって別に怖くないよ?萌の方が数十倍怖いから。あんたは顔が見えないから怖さも半減するんだよ。ってかあんたの顔を見てみたいわ。今度脳みそから出ていらっしゃいな。


「あの、やっぱ…ダメっすか?」


「え?あ、あー…」


真剣に悪魔と交信しててコイツと話してること忘れてたわ。ってマジでどうしよう。


「ち、ちょっとここで待て!」


判断力に欠けた俺は、ドアを開けようとして動きを止めた、というか止まった。晃…お前の出番はまだまだ先だから来ないでぇ!


「太郎ぉぉぉ!」


「うわっ!」


突然の叫び声に驚いた杉原が振り向く、そして後ずさり。


「聞いたか!?聞いてくれたのか?」


「ま、まだですぅ!ってか、聞けません!ごめんなさい!」


「お前ぇ!俺が何の為にお前を許してやるって言ったと思ってんだ!」


「いだだだだ!」


廊下の真ん中でコブラツイストを受ける俺。ってか杉原の目の前で……めちゃくちゃ恥ずかしいんですが。

「ギブ!」と叫ぶも晃の力が弱まらない。そんなに知りたいならご自分でお聞きになってくださいましぃ!


「あ、あの…」


技が決まったままの俺に、申し訳なさそうに杉原が顔を覗き込んでくる。ちょ、あんたのその腰の低さ、守護霊交代でもしたか?


「あぁ?お前は誰だ!」


そのテンションなんとかしてぇ!と思わず言いそうになった。興奮気味の晃は俺から体を離し、杉原にズンズン近付いていく。普通にしててもお前は背が高いから存在感ありすぎるのに、そんな凄んだ目つきで近寄られたら怖いから!


「あ、俺は杉原…です」


「萌ちゃんに何の用だ?」


「え?いや、俺は」


「ま、まさか太郎!コイツが萌ちゃんの、ぐわっ!」


「それは違うからぁ!」


言いたいことはわかった!でも言っちゃダメよ、間違いだから。

俺は晃にドロップキックを喰らわせた。デカイ体がものすごい音を立てて倒れる。何でもかんでもふぁ…の相手に結びつけるのはよくないよ。


「一郎ぉ!」


うつ伏せの晃の上に座った俺は奴の名を呼んだ。彼ならばきっと駆けつけてくれるはず。そしてコイツを捕まえていてくれるはず!


「…」


おいぃぃぃ!なんでドアの窓から少しだけ顔出してんだよ!あれか、さっきお前を置いて高瀬と2人で行ったからスネてんのか?今日ハンバーガー一緒に食いに行ってあげるからぁ!


「くっ、じゃあなんでコイツは萌ちゃんに会いに来たんだ?」


「違うって!コイツは萌に会いに来たんじゃないから」


「え?マジで?じゃあなんで俺はお前に蹴られたんだ?」


説明するのもメンドイよ。ってか自分でわかってよね。

俺はよいしょ…と晃から離れ、膝についたホコリをほろうと杉原に視線を合わせた。


「悪いけど、高瀬はもうお前のことは別に気にしてないって言ってたよ」


「え、あぁそうっすか」


「でも」


あの時の高瀬の顔ははっきりと覚えてる。お前のことをジッと見てたアイツは、全然気にしてないって目じゃなかったし。……あぁもう!


「ちょっと待ってろ!」


俺は倒れたままの晃につっかかって転びそうになるのをなんとか回避し、一郎が張り付いていたドアを思い切り開けた。そして勢いに負けて倒れる一郎。


「高瀬、ちょっと」


窓際で女3人仲良く話しているグループへ近寄った俺は、高瀬に手招きをする。その時、なぜか萌に睨まれる。今楽しく話をしてんだよ!って顔ですね。


「どしたの?」


「あれ、おでこ赤くなってるけど、どした…」

「あんたに押されたからだよ!」


俺の席に座っていたあかねが俺の弁慶の泣き所を蹴った。膝カックンばりに俺はその場にへたり込む。でも俺のせいだから反撃はできません。


「いってぇ…今さ、アイツが来てんだけど」


「アイツ?」


「うん、す…」


名前を言ったらまたあかねに蹴られるよなぁ、一年坊主とかって言った方がいいか?なんて考えていると一郎が後ろから俺を抱き締めてきた……お前の目的を教えろ!


「てめっ離れろ!」


「廊下に高瀬の元カレ来てるよ?」


「「…ボケェ!」」


またもあかねとのコラボが実現しました。俺は抱きついたままの一郎を背負い投げして、倒れたところであかねが一郎のおでこに手刀を喰らわせる。俺達って阿吽あうんの呼吸。


「っでぇ!お前ら何すんだよ!」


「お前がいらないことを言うからだよ!」


アホ!ともう一度頭を叩こうとした俺を間一髪で避け、素早く立ち上がった一郎は自分の席に座ったままの萌の背中に回り込んだ。言っておくが、その子はそんなに甘くないぜぇ。


「邪魔」


ほらね。一言でノックダウンだよ一郎。でも何も言い返せない一郎は「俺が可哀想!」と言ってまた俺に抱きついてきた。もういいよ、そのまま抱きついてなさいな。


「ヒロくん、来てるの?」


「え、あっなんかお前ともう一回話がしたいとかなんとか、言っていますが」


「…そっか。わかった」


「ちょっと行ってくる」と立ち上がった高瀬は、萌とあかねに少し寂しげな笑顔を見せて教室を出て行こうとした……って晃!一郎みたいにドアに張り付いてるよ!無視して開けちゃっていいからね高瀬!


「え…開けていいの?」


「き、気にせず開けちゃって!」


俺は振り向いて微妙な顔を浮かべる高瀬に「ゴー!」と声援を送る。小さく頷いた高瀬はさっきの俺よりも力強くドアを開けた。そして吹っ飛ぶ晃、ってかこれなに?再現VTR?


それから静かにドアを閉めた高瀬は杉原と姿を消した。言いたいことがあるはずだよね、はっきり言ってすっきりしておいでぇ。


「いってぇ!」


しんみりドアを見ていると、腕に激痛が走った。なになに?と目を落とすと、綺麗な指の跡がくっきり2本見える。しっぺされた!


「あかね!お前いきなり何すんの!」


「え?あたしじゃないって!」


「あんた以外にこんな強烈なしっぺできる人いないでしょうよ!見てよ、指の跡がついてるじゃないよ!」


「だからあたしじゃないってば!」


「だから…え?」


ふと見ると、萌がイスに座ったまま俺を見ています。あっあなたなの?あなたが何も言わずにしっぺをしたの?


「…萌?」


「なに」


「今しっぺしたの、あなた?」


「そう、何かあんたの顔見てたら腹立った」


それだけの理由でこんな強くしっぺするかぁ?ヒリヒリしてるってば!と言いたくても言えない俺はモジモジしていると、首に激痛が走った。


「いてぇ!なんでお前までしっぺしてくんだよ!」


「俺だけ仲間外れにすんなよ!」


抱きついていた一郎が俺の首にしっぺを何度も喰らわせてくる。やるならお願いだから腕にしてよ!


「いてぇって!」


あまりの痛さに俺は半泣き状態でみぞおちにエルボーを繰り出し、油断していた一郎が「おぽっ!」とアホな声を上げてしゃがみ込んだ。


「ホッントにバカだ」


萌がそうポツリと言ったのを聞き逃さなかった。と、ふとドアから視線を感じる。

晃がドアの窓から「今だ、聞けぇ!」と口をパクパクさせている。この状態で聞けるかよ!状況をよく読んでからモノを言ってちょうだい!


「もうヤケクソで聞くしかねぇ……秋月ぃ!」


エルボーが浅かったのか、もう回復した一郎が渋い顔を見せながら萌の机に両手を置いた。その様はまるで尋問を開始します、みたいな雰囲気です。ってまさか晃のやつ、俺じゃなくて一郎に合図を送ってたのか?


「誰にも言わないからさぁ、秋月のファーストキッスの相手を教えてくれない?後でジュース奢ってやっから、ぐぉ!」


お前に教える必要はない!と萌は机に置いていた一郎の手を目がけて拳を振り下ろした。ゴキッ!と鈍い音が教室に響き渡る。ってかもうちょっと加減してあげてよ!


あ〜泣いちゃったよ、一郎もアホだね、ジュースくらいで萌が教えるかよってかその前にキッスて…晃ですら言わないから。


「折れた!絶対に指が全部折れたよ今の音は!太郎ギブ!」


「ミートゥ!」


自から地獄に足を踏み入れる勇気は認めますが、助けるのはムリ。自力で逃げて。


っていうか一郎は怖い物知らずだよね、とあかねにアイコンタクトを送る俺。さっきまで俺に聞いてくれよみたいな事言ってたのに。どう考えてもヤケクソだよあれは。


(そういや恭子に聞いた?)


萌の前で堂々と話し合う勇気のない俺達は、いつの間にかアイコンタクトの達人になっていた。


(高瀬の奴、教えてくんなかったんだよ)


(マジで?あの子知らないのかな?)


(え?アイツ俺にウソついたの?なんで…)


なんでそんな事を、と言おうとした時、萌が立ったままでいた俺の足を踏んづけた。ってしっぺの次はストンピングかいぃ!


「萌さんイタイぃ!」


キミもアイコンタクトに混ぜて欲しいのかい?それなら態度じゃなくて言葉で示して欲しい!


「あかね、次体育だから行こう」


俺の足を踏んでおいてあかねかよ!踏まれ損だよ!


って、体育?忘れてた。そうだ5時限目は体育だった!しかも予定ではグラウンドに集合。雨よ降れぇ!ってか高瀬!頼むから早く戻って来て教えてプリーズ!










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