第22話 帰りたいけど帰れない
ただいまの時刻は午後7時を回りました。僕はといいますと家に連絡もせず、萌と長いソファに座っております、しかもグレープジュースすら出てこない。自分で取りに行けってかい?
帰っちゃってもいいんだけど、このバカでかい家に萌を一人で置いてくのもね、せめて真さんが戻って来るまでと待っている俺達は今、無言のパラダイス。
「…」
「…」
なんで何も喋ってくれない?俺の言葉を待ってるっぽいけど、無表情のこの子に何を言っても「あっそ」とかで終わりそう。それって俺にしては悲しい。ってか誰だって悲しいよね!
「…」
マジで何も言わないのかいぃ!もういいよ!この無言の時、私が止めてみせよう!
「萌ぇ?」
「…なに」
それだけかよ!「帰らないの?」って言ってくれないわけ?言ってくれなきゃ帰りづらいでしょうよ!しかも疑問形になってねぇし、聞く気ゼロだよコイツ。でも俺が話しかけたんだから、ここは何か言っておかないと殴られそうだ。
「お腹空いたねぇ?」
「ハンバーガー食べただろ」
なんで知ってんのぉぉ!?店にいた俺のこと見えてたわけ?ってことは、勇樹のことも見えてたんだね、あっでも勇樹は君たちを助けないで逃げたわけじゃあないよ、俺が帰れって言ったんだよ。そこは理解をお願いね。
「あんた一人寂しく食べてて楽しかった?」
「ちょっ、勇樹もいたからぁ!」
俺はどんだけ寂しいヤツになってんだよ!一人だったら店内で食わないでテイクアウトしてるから!一人寂しく食べて楽しいって、そりゃ寂しいでしょうが!ってかよく一人で買いに行ってるんですけど…これは言わないでおこう、それこそバカにされる。
「え、勇樹もいた?」
「いたよぉ!俺と楽しくギョーザバーガー食べてたんだから!」
「なにソレ、あんたそんなの食べたわけ?…マズそう」
それを言うなぁ!勇樹はおいしかったって言ってんだから!しかも今度は俺がそれに挑戦することになってんのよ。あっよかったらあなたも来る?ニラの匂いが鼻にひっつくわよぉ。
「俺は普通のハンバーガーを食べましたぁ。そしてとってもおいしかったでしたぁ」
「あっそ」
…やっぱり「あっそ」で終わったよ。俺って予知能力があるのかもしれない、でも萌に対しての予知限定。
あぁ会話が続かんわ、勇樹とだったら一時間なんてあっという間なんですけどね。あいつはたくさん話しかけてくれるから俺はうんうんと頷いてればよかったし。
こいつは話しかける素振りも見せないよ。時間が長く感じるっての。
「何か食べたいの?」
「え、何か作ってくれんの?」
「…ちっ」
「すいません、調子に乗りました」
「じゃあ黙れ」
「はい…」
なんだよこれぇ!何か作ってくれるからそう聞いたんじゃないの?それか今日はありがとう、お礼に何か出前でもどう?とかないわけ?……ねぇよ!コイツに限って俺に何か奉仕するとかまずない!
無言を貫く萌は立ち上がった。それを俺は(あれ、やっぱ何か作ってくれんの?)という期待に胸を膨らませた目で見上げた。あっちょっと、そっちは台所じゃないよ?
「着替えてくる」
「あっそうですか。はいどうぞぉ…」
やっぱり何も食わせてくれないんかい!
あぁもうマジで真さん遅せぇ!早く帰って来いよな、萌に近付くなぁ!みたいな顔してたクセに俺達を家に残して消えたし。
いいんですか?年頃の男が今、萌とこのバカでかい家で2人っきりになっているんですよぉ?…早く帰って来てぇ!
うががぁ!と無言でソファを殴りつけていると、携帯が鳴った。もしやお母様?帰って来いと言ってくれるの?それじゃあ帰らなきゃね。
しかし予想はまたも大ハズレ、液晶には『いちろう』と表示されていた。しかもなんでひらがな?ってか出るのメンドイ…けどお友達だし。
「こんばんわ一郎さん」
『あっお前、早く出ろよな!切ろうかと思ったわ!』
のっけから文句の一郎君。なんだい?あんなに学校でたくさんお喋りしたじゃないか。まだ足りないの?
「どした?」
『お前、勇樹にハンバーガー奢ったんだってぇ?』
情報早いわ!お前帰りにでも勇樹と会ったのかい?……聞くのもメンドくせぇ!
「奢ったよ。てかなんで知ってんだ?」
『なんで俺に奢らないでアイツに奢るんだよ!俺だってあかねに殴られたんだぞ?お前は勇樹に感謝の気持ちを示す為に奢ったんだろ!?」』
もう奢る奢るってぇ、あなたのその奢りの気持ちが油断につながるの!って俺は何を言ってんのよ!なんの油断だよ!
「お前にはオレンジジュース奢ったじゃねぇかよ。充分でしょう?」
『バカ野郎、そしてバカ太郎!値段が違うだろうが!俺にもギョーザバーガーセット奢れぇ!』
「なんでセットなんだよ!ジュース分は奢ったんだから単品でいいだろが!」
『じゃあポテトも奢れよ!ぽて…プッ、ップーップー…』
さよなら一郎、キミのその図々しさは世界一だったよ。ってかお金がないんだってぇ!勇樹には気前良く奢っちゃったけど、もう俺のお財布は泣いているの!中学生の頃から使ってるシャーペンが筆箱に入ってる時点で俺が貧乏人だって気付いてよ一郎!まぁそれお前も持ってたけど。
勢いで電話を切っちゃったけど、アイツがこんな小さな抵抗で諦めてくれるはずないよね、明日学校に行くのが怖い。
さっきは会話の糸口を探してるつもりで萌に言ったんだけど、本当にお腹空いてきちゃったよぉ、お腹が暴れ始めた。ハンバーガー食ってもその後に全力疾走したから栄養は全て汗となり消えちゃったんだね。
萌がまだ2階から降りて来ないのを確認した俺は台所へ行こうと立ち上がった。この際ゼイタクは言わない、水でいいです。
食器棚からめちゃくちゃ高そうなコップを拝借し、蛇口を捻る。…水しか出ねぇ、って当たり前だけど。
水を3杯飲んだ後、コップを丁寧に洗い終えた俺はまたソファに戻った。
真さんマジ遅せぇ、ってか萌すら降りて来てくれないし。お客様を呼んでおきながらこの対応、一度がっつり叱ってやらなければいけないわね!…無理だけど。
ソファに横になり、俺は目をつぶった。あぁフカフカだぁ。お金持ちじゃなきゃ絶対にこんなソファは買えないよ、でも今は俺一人のもの。これでワイングラスでも持ってたら言うことないんだけどね…アルコールはダメよ!あなたはまだ未成年なんだから!……一人芝居って虚しい。
「あんたまだいたの?」
ソファに寝そべったまま豪華なシャンデリアを見上げていた俺の耳に悲しすぎる一言が届いた。
あなたを待っててあげてたのにその言い草はないんじゃない?
「ヒドいこと言うねぇ、あなたを待ってたのに」
「なんで」
それ言っちゃう?なんでって言われても理由なんてないわ!自分の胸に手を当てて聞いてごらん、答えなんて出ないから。
「別に、なんとなくぅ?」
「何それ」
邪魔、と頭を叩かれ起き上がると萌は隣りに座った。それって部屋着なの?これからデパートに行ってきま〜す!みたいな服装なんですが。
「見るな!」
「えぇぇぇ!?す、すいませぇん!」
何でこっち向いてないのに見てたのわかったんだよ?耳に目でもついてんのかこの人は。ってかいきなり怒鳴ることないじゃんか、「なに?」でいいじゃん。
「なに」
今かよぉ!しかもまたもや疑問形ですらねぇし。ってか怒鳴る前にそれを言ってほしかったわ!
「真さん遅くねぇ?」
「…お母さんを迎えに行ったんじゃないの?」
「えぇぇ!?迎えに行ったの?じゃあなんであなたはここにいるわけ?」
「自分の家だから」
「…」
そりゃそうだけどさぁ、迎えに行くってわかってんならあなたも行きなさいよねぇ。待ってる俺の身にもなってよ。
ってことはだよ?俺はいつになったら帰っていいの?今帰っちゃっていいわけ?
(一緒にいてくれって言われたわけじゃないんだから帰っていいだろよ)
悪魔さんよ、あんたそれはもうれっきとした男言葉だよ?自分は女性だと言っていたでしょう?諦めたの?
でもせっかくここまで待ったんだから、真さんが帰るまでいてもいいんじゃない?
(いいから帰るって言え)
俺の意見は却下かよ!ってか俺の話すら聞いてないんじゃねぇの?
(帰ってはダメ!彼女は強がっていてもきっと心細いハズよ。そっと手をつなぎなさい……そして殴られるがいいさ!)
結局それかよ!お前を殴りたいわ!渾身の力で殴ってやりたいわ!
「ま、真さん何時に帰ってくんの?」
「帰って来ない」
「うぇ、なんでよ!?」
「お母さんの実家ってすごく遠いから今日帰って来るのはムリ、あんたも知ってんでしょ。…明日の昼には帰ると思うけど」
そんな投げやりでいいわけぇ?かわいい娘一人残して行くなよ真さん!あんたの脳内を見させて!ってか萌ぇ、お前もついていけぇ!
どうする?このまま待ってても真さんは戻ってこないし、晩メシにもありつけない。……帰ろう。
「萌、俺帰るわぁ」
「わかった」
そこは「え?」とか言ってくれないの?一人は寂しいです、みたいな顔すら見せないよこいつ。俺はいてもいなくても同じってこと?
「いいの?帰るよ?本当に帰っちゃうよ?」
「うるっさいなぁ。帰れば」
マジで呆れた顔すんなよな!いいよ帰るよ!帰っちゃうんだからぁ!
(だから帰った方がいいっつたんだろうが、このボケ太郎)
てめぇボケ太郎言うな、せめてバカ太郎にしろ!ってか俺の脳みその中に住んでるクセにボケはないでしょうよ。お前の話なんか誰も聞かないってんだよ!俺は自分で帰ろうと思ったから帰るの!お前の意見に賛成したわけじゃねぇから。
(…っるせぇ)
じゃあ喋らすな!こっちだってお前と話してたら疲れるんだよ!このボケ悪魔ぁ!
(…)
黙っちゃたよ、人知れず傷ついた?だけど謝らないからね!先にボケって言ったのはそっちなんだからね!
(肩に手を置いて殴られるがいいさ!)
そんな自殺行為しねぇよ!悪魔もボケなら天使もボケだな!お前らいい加減ほかの脳みそに引っ越してください。
「…帰るよ?」
「帰れ!」
わかったよ!そんなに言うなら帰ってやるさぁ!まったく、人がせっかく気を利かせてあげてるってのに。
ってかなんでこの子はこんなに性格ネジ曲がってんだ?昔はそんな子じゃなかったよね?「コタロー、コタロー」って俺の後ろを追いかけて来てたんだよ?しかも満面の笑みで。って俺は太郎だ!見てよ今の彼女の顔を。笑顔とは無縁ですぜ。
「何見てんの」
「いえ…」
口を開けば悪態の連チャン。「どしたの?」って可愛く言ってみろってんだ!そしたらきっと俺は一発で惚れるよ?それでなくてもそのセミロングの黒髪は僕のツボなんだからさぁ。
…って俺は何を夢見てるわけ?
「いでぇ!」
ブツブツ言っている俺の右太ももに萌の強烈なローキックが炸裂した。マジで痛ぇ!立っていられないから!
足に踏ん張りが効かず、その場に突っ伏す俺。ジンジンする、絶対に真っ赤に腫れ上がってるよ。
「何すんのさぁ!?俺はただ帰ろうとしただけでしょうよ?なんで蹴んのよ?」
あなたのその蹴り、殺人級です。今からでも空手部に入ったら?あかねと黄金時代を築けるでしょうよ。
「ブツブツ言ってるから」
「じゃあそう言えばいいでしょうに!なんで口より先に手が出るのよあんた!」
「手じゃなくて足だよ。それにその喋り方マジで腹立つんだけど」
喋り方に腹が立ったから蹴ったのかいぃ?しかも手じゃなくて足って、それを世ではヘリクツというんですよ?わかっておっしゃっているの?
涙目で立ち上がった俺はついていないホコリをほろうと鞄を持ち上げる。マジで帰るからね。今さら「行かないでぇ!」なんて言ってもムダよ?
「じゃ…」
じゃあねんと気持ち悪く言って速攻で家を飛び出そうとしたとき、またも俺の携帯が鳴り出した。タイミング悪ぅ、一郎か?
「あっあかね?」
液晶には『親友』と表示されていた。この前までは『あかねちゃん』だったんだけど、エビフライ事件からはこれに変更したのよね。何かしら?部活はもう終わったのね。
「はいはいあかねぇ?」