第21話 絶対勝てっこない
ギョーザの匂いでいっぱいの店を後にした俺は、萌と高瀬が去った方角を見ていた。変な男達が後を追っていったっぽいけど、あの方向だと萌の家があるし心配はいらないかねぇ。
少し遅れて店から出てきた勇樹が俺と同じ方向に顔を向ける。やっぱりあなたも見たの?
「さっきのって、秋月さんと高瀬さん…だよね?」
「ん〜そうみたいね」
それだけ?という顔を見せる勇樹。キミは僕に何を求めてる?一緒に俺の家まで行きたいの?
勇樹だってもう帰らないといけないし、俺だって……俺の帰る方向って萌達と同じじゃねぇか。あっ高瀬の家もあっちなのか?
「とにかく!今日はありがとね勇樹!また今度食いに来よう!」
「あっうん…」
あれ、元気がないよ。ギョーザが合わなかったのかい?…違うか。キミは本当に心配性なのね。
しかもその目は俺の一言を待っているよね、言いたくもない一言を。
「…あ〜萌達なら俺に任しといてぇ」
「え、でも」
僕も行った方が…って言おうとしてるのかい?あいつらなら放っておいても大丈夫だって。それよりお前の方が心配だっつーに。暗い夜道、かわいいキミにもしもの事があったら私は生きてはいけない!
「大丈夫だからぁ、ほら行っちゃって!」
心配が顔に表れすぎている勇樹の背中を押した俺は元気に手を振ると、萌達が行った方角へと走った。こうでもしないと絶対にお前は「僕も行くよ!」って言いかねないからねぇ。
「き、気をつけて!」
背中越しに勇樹の助言が聞こえる。大丈夫よ、ハンバーガー食べたから元気満タンだし!俺は振り向かずに手を振る。
ってあれ、あいつらどっちに行った?右か左か?俺の家は右だけど、右でいいか?
(右に行った方がいい。絶対にあの2人は秋月邸に向かっているハズだ)
マジかよ悪魔、お前って遠くの人が見える能力でもあんの?ってか悪魔ってのは普通は逆のことを言うんだよね。ここは左か?
(そうよ左にお行きなさい!そして道に迷うがいいさ!)
なんで迷うんだよ?生まれたときからここら辺に住んでんだよ俺は、迷ったことなんてないっての。天使の言うこともアテにならねぇな。
…えーっと、じゃあ十円玉投げて裏なら右、表なら左ってことで。
「はい裏ぁ…右ぃ」
覇気が全くねぇよ俺!もっと元気良くいこうよ!って一人でアホだね。ほら、道行く人が「視線を合わせちゃダメ!」みたいな目で見てる。自分ではマトモだと思っているんですが。
結局悪魔の言葉を信じた俺は右向け右をすると、もう一度走り出す。…疲れるぅ、ハンバーガー食ってもこれじゃ体力消耗しちゃうじゃんか。
食べたばっかりだからお腹痛い!とブツクサ言いながら走っていると、萌達を追っている男どもの背中が見えた。そしてすぐ前には萌ちゃんと高瀬ちゃん、ここは恭子ちゃんと言った方がいいかしら?
走るのをやめた俺は、木陰に隠れることにしました。だって勢いよくあの子達の前に出ても、「何でお前がいるんだよ」って言われたら困るから。ちょっと様子を見てからカッコ良く登場するつもりです。抜き足差し足でアイツらを追う。
「ナンパされておいて勝手に逃げるなってのー」
「しかも人の顔を殴っておいてー」
萌と高瀬の前に小走りで移動した男達はニタニタと気持ちの悪い顔でそう次々に呟く。やっぱりアイツら逃げてたんだね、じゃあ走れってのよ。
金髪の男はよく見ると左のホッペが赤くなっていた。やっぱり殴ったんだね萌さん。てかなんで語尾を伸ばす?それじゃまるで岩ぁんと一緒じゃねぇか。
それにしてもコイツら、恐ろし気もなくこの2人に声を掛けたねぇ、その勇気だけは誉めてあげよう。
「かわいい顔してヒドイ事するよなー」
「マジでー。でもかわいいから許してやるかー?俺達と遊んでくれればいいよー」
いちいち語尾を伸ばすんじゃねぇ!初めて名前も知らない奴に腹が立ったわ。っつかお前ら2人一緒じゃねぇと喋られねぇの?しかもかわいいから許すってんなら追ってくんなっつーに……遊びたくねぇから逃げてんじゃねぇかよ!
さてどうしましょうか。このままあのグループの横を「やっほぉバイバイ!」って走り抜けても大丈夫か?萌はまだ俺に気がついていないようだし、ヤバかったら走って逃げるだろうし…う〜む、でも勇樹には俺に任せておけぇって言っちゃったしな。約束を破るのは男として、というか女もやっちゃいけないよね!
それじゃあ行きましょうか!と木陰から体を出したとき、金髪男が高瀬の肩に手を置いたのが見えた。
よかったねお前、もし萌の肩に手を置いていたら殴られるだけじゃ済まなかったよ。キミの幸運は今ここで使い果たした!
ちょっとやめてよ!と高瀬のマジで嫌がる声が聞こえる。あの男達は嫌がる人を無理矢理連れて行く気なのね?許せないわ!あっでも待って!俺は一人でアイツらは二人だよ?勝てっこねぇって。
…それならばやる事はひとつ!
「やぁっほぉぉ!」
元気良く走り出した俺は、まず高瀬の肩に手を置いたままの金髪男にラリアットを喰らわせた。不意打ちだけど許してね!
ぐぇっと金髪さんはうまいこと倒れてくれました。おっしゃ、なんとかモロに入ってくれたよ。
「て、てめぇ誰だ!おい、大丈夫か!?」
突然のヒーロー登場に驚いたロン毛の男は金髪さんを助け起こそうと前かがみになる。あらぁそこは語尾を伸ばさないのね、感心感心。でも今は誉めている状況ではないの!
「どっせぇぇい!」
しゃがみ込んでいるロン毛さんにジャンプキックを喰らわせた俺は、倒れたかどうかも確認する前に萌と高瀬の鞄を奪い取り走りだした。もちろん目指すは秋月邸です。
「は、走るよ恭子!」
「え、ちょっと!」
するべき行動に気がついた萌が高瀬の肩を叩き、俺に続いて走り出す。高瀬は萌の後ろから「待って!」と後に続く。よし、そのまま俺についてこいやぁ!
少し速度を緩めた俺は萌と高瀬を先に走らせた。耳を澄ましてみるけど後ろから足音は聞こえないね、じゃあエンジン全開!
金髪さんとロン毛さんが追って来ないと確信した俺は、前を走る萌と高瀬にちょっかいを出してやろうと速度を上げる。
「ウォホホホホォ!」
自分でも気持ちが悪いと思えるような不気味な声を発した俺は、「たぁかぁせぇ!」とまず高瀬の隣りについた。その声に驚いた高瀬が転びそうになる、あっ悪ぃ!
「太郎!あんたふざけんじゃないって!」
俺達の前を走っていた萌が高瀬の「わぁ!」と叫んだ声に反応して振り向いた。こっちを見るな!全力で走れよぉ!と言おうとしたとき、萌の顔がこわばったのがわかった。
「ちょ、マジで走れぇ!」
そう叫んだ萌の走るスピードが上がった。なに?もしや…チラリと振り向くと、あわわ追って来てるよ!しかもロン毛さんだけ。金髪さんはどうしたんだ?倒れて動けないから置いて来たのか?友達を置いてくるなんてヒドイ奴だよ!
「高瀬、全力出せってぇ!」
「あんた達と違ってそんなに速く走れないって!」
よく見ると高瀬はもう限界ですって顔をしてる。ダメダメ!諦めるんじゃないわよぉ!ここで立ち止まったりなんてしたら、地獄の惨劇が始まるわよ!
「がんばってぇぇ!」
俺は高瀬の後ろを走り、鞄で背中を押す。今はあの一年坊主がいないし背中も触り放題ですよ…アイツは関係ねぇか。ってかアイツのせいでこんなことになってんじゃねぇの?アイツが高瀬をフッて、それで、それで…疲れる!
こんなに全力で走るのなんてマジで久しぶりなんですが、なんか青春してる気がするねぇ、って青春どころの話じゃないってね。あっ高瀬!速度が落ちてるよあなたぁ!
「もうすぐゴールだからぁ!諦めんなぁ!」
俺だってもうゼィゼィ言ってますよ!お前らを追って走って来たんだから、2倍は疲れてるよマジで。
ヒィヒィ言いながら俺達はやっとの事で秋月邸の前にたどり着いた。振り向くとまだロン毛さんが追って来てる!やっべぇ!早くこのでっけぇ門を開けてぇ!
「萌ぇぇ!」
肩で息をする俺達の前に現れたのはロン毛さんでも、もちろん金髪さんでもない。萌の親父、真さん。
「何があったぁぁぁ!」
とにかく中に入れてくれぇ!
俺達は真さんを無視して秋月邸に転がり込んだ。マジで、マジで疲れた…。
門を閉めた後そっと隙間から外を見てみると、やっとロン毛さんが到着。辺りをキョロキョロと見回すと「ちっくしょぉ!」とそばにあった電柱を蹴り、「いてぇ!」と呟くとその場を去って行った。こう言うのもなんだけど、寂しい背中だね。金髪さんを大切にしておやり。
肩で息をしている萌と高瀬、そしてその場に倒れたままの俺…俺、何やってんだよ。知らない男にラリアット喰らわせてジャンプキックまで喰らわせて……笑えるわぁ。
「萌ぇ!萌ぇぇぇ!」
ちょっとは黙れよ真さん!だが俺の心の叫びも届かず、真さんは萌の元へ走り寄った。
…全てはあなたに責任がある、よね?あなたが見合い話なんて持って来なかったら、高瀬は振られることもなく、ナンパされに行くこともなく、そして俺は全力で走ることなんてなかったんだよね。
あなたを一度でいいから殴らせてくださぁぁい!
「ぐわぁぁ!」
萌が殴ってくれた、バンザイ!って相当あなたもご立腹のようですね。顔が真っ赤だよ、って走ったからか。
「お父さんのせいだから!」
「えぇぇ!?」
萌さん、ちゃんと一から説明した方がよろしくないですか?突然そんなこと言われてもきっと理解できないよこの方は。
秋月邸内に入った俺達は萌を真ん中に、3人仲良く居間にある長いソファに座っています。そして目の前には土下座した真さん…頭を下げるだけならまだしも娘に土下座って。
説明がてら萌がキツイ一言を浴びせた後、この状態が3分ほど続いている。それもこれも萌が事の発端は全てお前にある!って言ったから。
あっでも萌ちゃんはお前とは言ってないよ、お父さんて言ってたよ。そんで高瀬にも申し訳ないって彼女にも土下座。
でも俺にはしてないだろね、真さんの体は微妙に俺からずれてるし。あんたの大事な一人娘を助けたんだからありがとうぐらい言ってもバチは当たらないと思うよ?そこんとこどうなのよ。
「本当にすまなかった!高瀬さん、あなたにも悪い事をしました!………太郎も」
最後の言葉が聞き取れないほど小さいぃ!あんたマジで悪いと思ってんのかよ!社長だかなんだか知らねぇけど、感謝の言葉も言えないんじゃ部下はついてこないってんだよ!
でも俺はあなたと違って優しい人種だから何も言わないでさしあげるわ、てかうちの親父の進退に関わりかねないからだけど。
いつになく厳しい表情の萌をチラ見しつつ、真さんは少しだけ顔を上げた。。
「高瀬さん、本当に申し訳ない事をしてしまいました」
「あっいえ、大丈夫ですから心配しないでください」
あなたっていい子なのね。俺だったら間違いなく「慰謝料プリーズ!」って叫んでるよ。
「…ところでそのナンパをしてきた奴はどんな男だった?」
「えっなんで?」
気付けよ萌。真さんはお礼……もとい仕返しに行く気なんだよ、かわいい娘が危ない目に遭ったんだから親としちゃいても立ってもいられないからねぇ。そこら辺は強いお父さんなんだけど、それも萌に対してだけ。追われてるのが俺だったら「がんばれや」で終わるだろう。
「顔なんてよく見てない」
「ちょっとカッコ良かったけどね」
お前はちゃんと見てたのかよ高瀬!しかも萌、お前は相手の顔も見ないでナンパされてOKしたわけ?しかもその途中で逃げるって…男からしたらフザケてんの?って思うこと間違いないよ、それじゃ俺だって絶対に追いかけてるわ。
「そうか…高瀬さん、家までは私が送りますから」
そこは送りますじゃなくて「送らせてくださいませ」でしょうよ、微妙に上目線ですね真さん。
「じゃあお願いします」
高瀬は悪びれることもなく、萌と俺に「じゃあね!」と言うと、寂しい背中を見せる真さんの後に続いて居間を後にした。なんだよ、せっかく来たんだからもっとゆっくりしていけばいいじゃん……俺の家じゃないけど。
2人が出て行った後、俺はうーんと伸びをすると、チラリと萌を見た。彼女はいつものように無表情。もう疲れはとれたのかい?
俺はいつまで経っても「あんたは帰らないの?」と言わないこの子に話しかけようと少し近付いた。
「も…」
「ボケェェ!」
「えぇぇぇ!?」
俺が少し近付いただけで何かを察知した真さんが居間に戻って来た、しかも般若のような顔で。あんたどんな能力持ってんだよ!なんで俺が萌に近付いたのがわかんだよ!早く行けよ!
ふと見ると呆れた、というか無表情のままで萌は真さんを見つめている。というか、ここは睨んでやってちょうだい!
「お父さん早く行って!」
「はいいぃぃ!」
俺の胸ぐらを掴もうとしていた真さんを叱咤した後、萌は立ち上がった。え、何?殴る気?しかも真さんじゃなくて俺を。めちゃくちゃ俺を睨んでいるよ。
「も、萌ぇ?」
「…お父さん」
「はい!行ってきます!」
深々と頭を下げた真さんは一瞬だけ俺を睨むとダッシュで居間を後にした。俺って睨まれ損だよ、助けて睨まれるって…。
じゃあ俺もと重い腰を上げようとした時、おばさんの姿がないことにやっとの事で気がついた。疲れててそれどころじゃなかったよ。
「あれ、おばさんは?」
「実家に帰った」
「へぇ、ってえぇぇぇ!?なんでお前はそんな普通にしてられんのぉ!?なんで慌てないの!」
慌てても仕方ないだろ、という顔で俺を見下ろしている萌、なんか言ってくんない?って、考えなくてもわかるか、真さんのせいだよね。お見合い話なんて持ってきたからだよね?ってフツー娘を置いて実家に帰るか?
「朝からいなかったから。『しばらく実家に帰ります』って手紙もあったし。心配いらない」
お前って、そういうトコめちゃくちゃクールだね。それにお前は絶対におばさん似だよ。ってあれ、じゃあ今、この秋月邸には俺と、萌だけ?
まったく緊張感ゼロの俺達って一体…。