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第15話 観音様は創設者

俺は伊藤先生に呼び出され、いま職員室の前に立っています。でも立たされてるわけじゃないよ、ノックする勇気がないだけさ。

…くっそ!ヤケくそじゃぁ!


素早く、そして力強くノックした。……あれ、返事がない、って職員室に入る時っていちいちノックする必要はないでしょうよ。俺って何をやってんだか。


静かにドアを開けて中に入り、伊藤先生の姿を探す。

いねぇ、あの人ったら生徒を呼び出しておいてどこ行ったんだよ。早くしないと3時限目が始まるって。あっでも待て!

もしこのまま伊藤先生が見つからなかったら、3時限目を休めるんじゃない?先生を探してましたって言えばいいんじゃない?俺って天才!


「一条君」


はい終わったぁ!俺って馬鹿ぁ!


振り返るとキラースマイルで伊藤先生は俺の顔をジッと見ている。職員室にはいなかったんですね。って見つめすぎですよ、何か顔についてます?


「ちょっといいですか?」


「あっでももう授業始まりますけど」


アホか俺、何言ってんだよ!授業受けたくないなら黙って先生の後について行けぇ!

俺の言葉を聞いても先生は微動だにせずに笑顔を崩しません。何を考えています?


「時間はかかりません、すぐに終わりますから」


あっそうですか。でもできる事なら一時限くらい軽くスッ飛ばす勢いで先生とお話がしたいんですがね。


先生に連れられて入ったのは、職員室の隣りにある生徒指導室……指導室ぅ?何でよ?ココってちょっぴりやんちゃな人達が先生に叱られる為のお部屋でしょ?なんで?俺って真面目だから入った事なんてないし。

あっ意外に広いんだ、ってそうじゃねぇ!なんだか先生の笑顔が怖くて聞こうにも聞けない!


「どうぞ」


「はいぃ…」


これから俺はどうなるんだ?竹刀とかでケツ叩かれたりすんの?しかもこの痩せてる伊藤先生に?

真ん中にポツンと置かれた机をあいだに、俺達は向かい合わせに座った。

怖ぇ、静か過ぎる!そこのすき間から幽霊とか出てきそうだわ!わたくしってゴーストの類いは信じないけど、こう見えて幽霊は苦手なの……って同じ意味かぁ!


「一条君、体調は大丈夫なんですか?」


「えあ?たい、大丈夫です…」


えっ?それを聞く為にわざわざこんなトコに連れて来たんですか?職員室でもよかったんじゃないですか。


「野代君が、あなたがものすごい腹痛を訴えていたと言っていたものですから」


大袈裟だな一郎!俺はただホームルーム欠席するからって言っただけだろが!あの野郎、やっぱジュース奢ってやらねぇ!そして今度抱きつかれたら同情の余地なく投げ飛ばしてくれよう!


「いや、お腹はもう大丈夫です。寝たら治りました」


心が痛む、こんないい先生にウソついちゃった。先生!俺、今度やる歴史のテストで絶対に55点は取りますから見ててください!


「それはよかったですね。…あぁもういいですよ」


マジですか?ホントにもう帰っていいんですね?お言葉に甘えてしまいますよ?


「あっそれじゃあ」


「はい」


立ち上がった俺は先生に小さく挨拶して指導室を出ようとドアノブに手をかける、そして考える。

戻ったら庭田先生にどんな顔して会えばいいんだろかねぇ。やっほぉ、遅れちゃったけど許してぇん!ついでに泣かせた事も許してぇ!って言おうかな、きっと俺が可愛く見えて許してくれるよね。


「あっ一条君」


心を決めてドアを開けた時、何か思いだした先生が俺の名を呼んだ。なんか言い忘れた事でもござますか?お聞き致します!と俺は元気に振り返った。


「忘れてたんですが、庭田先生を泣かせたのは、一条君ですか?」


知ってたんですかぁ?!しかも忘れてたって…。


「あ、いや俺、泣かせて…はい、しまいました」


泣かてませんなんて言えませんよ。だって目撃者がいっぱいいたし、それにこれ以上先生にウソつきたくないし。俺ってとっても真面目だね!って先生を泣かせた時点で真面目とはいえないか。


「理由を聞いてもいいですか?」


穏やかな顔でそう言った先生は観音様に見えた、マジで。先生になら何でも言えそう!


「いいですけど、長くなるかもですよ?」


「いいですよ。ゆっくり聞きましょう」


もう一度イスに座り直した俺は、ことの経緯を話した。高瀬のことを思うと言っちゃダメなのかもしれない、けど俺は全てを聞いてもらいたいと思った。



全部話し終えたとき、3時限目が終わる頃になっていた。って10分もあれば終わる話をこんなにも長くできるとは、俺ってやるな。

それに俺って長話が好きねぇ。そういや平気で2時間半くらい長電話できるし、しかも一郎と。アタシ達って女の子みたぁい!


アホな事を考えつつふと前を見ると、伊藤先生は黙ったままで腕を組んでいる。なんだ?そんな難しい話をしたつもりはないんですが。

何を考えているのかすらわからない俺は、先生の言葉を待つしかない。なんだ?何を言おうとしているのです?


「…実は先ほど庭田先生に呼ばれましてね。彼女のクラスの杉原君が一条君に殴られたと言われたんですよ。でもだからといってキミの言葉を聞かないまま頭ごなしに叱ることはできないと思いまして。申し訳なかったんですが、呼び出しをさせてもらいました」


先生、やはりあなたという人は先生の鏡です、涙が溢れます!でも叱られたくありません!


「一条君の話が聞けてよかった」


「いや、俺こそ先生に迷惑かけてすいませんでした」


心の底から謝りました。そうだよね、迷惑をかけちゃいけないよ。わかったか、俺!


「それじゃ、失礼します」


「あっ」


また何か思い出したんですか?何でも聞きましょう!先生の為ならエンヤコラです!


「庭田先生にちゃんと謝って下さいね」


えぇぇ!?あや、謝るんですか?しかも殴られた杉原にじゃなくて、ただ泣かせてしまった庭田先生に?って伊藤先生、あなたもしかして…。


「私も庭田先生のファンなんですよ。会員番号1番」


あなた創設者だったんですかぁぁ?!ちょっと!会員証を見せなくていいですからって手が込んでますねって先生、目が笑ってねぇ!拳がブルブル震えてるよ!俺を殴りたいと思っていますね?!


「謝ります!これから速攻で謝ってきますぅ!」


「よろしい」


「失礼しましたぁ!」


先生が一瞬、悪魔に見えたわ!しかも俺の中に住んでるアホな悪魔じゃなくて、マジで怖い悪魔に!目がギラリと光ってたよ!謝らなきゃ俺が危ない!庭田先生!待っててねぇ!



授業が終わるまであと6分はある!

俺は階段を2段飛ばしで駆け上がり、勢いよく教室のドアを開けた。

教壇の前には驚いたのか固まったままで動かない庭田先生を発見。やっぱり美人先生!ってそれどころじゃないわよ!


「にわ、庭田先生ぇ!ごめんなさいぃ!」


俺は謝りついでに先生に飛びつこうとした。俺は変態かぁ!


って先生ぇ?!


「ごっはぁぁ!!」


先生にあと一歩でさわれる!とその時、先生は華麗なステップで俺をかわすと回し蹴りを繰り出した。その綺麗なおみ足は俺の左側頭部にクリーンヒット。今までの出来事が走馬燈のように頭の中を駆けめぐる。やべぇ、失神しそう。

いま思いだしたけど、庭田先生って空手部の顧問だったね。……気付くのが遅かった。また保健室で過ごすのかな、俺。


「でぅ!」


誰に助けられることもなく、そのまま床に突っ伏す。頭がグラグラするぅ、吐き気がするぅ。こんな強烈な蹴り、あかねにもできないって。


「ご、ごめんなさい一条君!」


あっ先生、俺の名前を覚えていてくださったんですね。うれしいです。そして俺が悪いのに謝ってくれるなんて、ファンになりそうです。


「何やってんの太郎!」


席を立ったあかねが素早い身のこなしで起き上がらせてくれた。マジでありがとう、俺一人じゃ立てなかった。


頭を撫でつつ一息つこうとした時、スルドイ視線が俺に注がれているのがわかった。チラリと見ると何人もの男子が睨んでる。お前ら、さてはファンクラブ会員だな?

悔しかったら俺みたいに勢いに任せてみろぉ!うわっすっげぇ睨んでるよ。一応クラスメイトだよ俺、そんなんでいいわけ?


「考えなしでアホなことするからだよ、バカだねあんた」


あかねぇ、もうちょっと優しい言葉をかけてくれてもいいんじゃない?アホにバカって、どっちかにしてほしい。


「一条君、ごめんなさい」


あかねの肩につかまっている俺に何度も頭を下げてくれる先生。やっぱり優しいね。でも男共の視線が痛い!


「俺の方こそすいませんでした。あっ……あと怒鳴ってすいません」


最後の言葉は先生にだけ聞こえるように言ったつもりだったんだけど、「なんだと!?何してくれてんだお前ぇ!」と、男子生徒から苦情殺到。聞こえてんのかよ!どんだけ地獄耳?って俺が地獄耳1号だけど。

うるせっ、お前達には関係ねぇ!って言いたい、でも言ったらきっと袋叩きに遭うからやめておきましょう。じゃあ何て言ったらいい?悪魔、ほらあなたの出番よ。


(理由はない…って言え)


それはダメでしょう?理由もなく俺達のマドンナを怒鳴ったのかこの野郎!って言われるのが関の山だよ?もっとマシな言い訳を頼むよぉ。


(…ねぇ)


ボケェ!あんた、もしかしてさっき言ったこと覚えてんの?「アホな悪魔」って言ったの根に持ってるわけ?お前、心の狭い男だねぇ。


(女だボケ!)


女かよ!だったらもっとおしとやかにお願い!

俺がこんなにおしとやかで清楚なのに、なんで頭の中にはこんな奴らしかいないんだろうね。七不思議だよ。


(私は清楚よ、ただあなたがマヌケだから声を荒げるだけなの)


お前、どの口が言ってんだよ!って天使かお前ぇ!お前のどこが清楚だってんだよ!「〜してやるがいいさ!」とか「殴られるがいい!」しか言ってねぇだろ!


(…ねぇって言え)


うるせぇよ悪魔!もういいんだよ!お前らにはもう頼まねぇから!


男子生徒の「覚えてやがれ!」という視線を浴びながら自分の席に戻った俺は、こっちを見ている萌と目が合った。


なんだろ、これまた睨んでないよ。でもさっきとは違って冷たい視線。まさかお前も庭田先生のファン?って女だし。いや、女が女のファンで何が悪いの?ってそういう事じゃなくて!

そういえば話の最中で俺、抜けちゃったんだった。

…マジであんた高瀬とナンパされに行くつもりかい?


「…」


そう目で訴えてみたけど、わかるはずないよね。目と目だけで会話するなんて、ムリよね。

あかねとはさっきアイコンタクトできたけど、それは2人とも危機に陥ってたときだし。危機的状況では困難なことでもできるのさ!


「何見てんの」


いや、あなたが見てたからでしょう?でもそんなことは言えない。「うるせっシャープ返せ」って言われる。授業はまだある、返したくない。

じゃあ何て言う?あっこれは自分に問いているの、悪魔さんと天使さんには問うていないわ。


「な、何でもないわぁ。気になさらずに授業に戻ってくださるぅ?」


「その話し方…」


やめろって言われてたぁ!でもここで「ごめんなさい」なんて言っても絶対にお許しを頂くことはできまい!仕方ないね。


「あなたのマネをしているだけよ。気になさらずに授業にもど、おぶぅ!」


言い終わらないうちに、萌の目にも留まらぬ速さの正拳が俺の右頬を捉えた。お前って、たしか右利きだよね?なんで利き手じゃない方の手でそんな早い正拳が繰り出せるのよ?


「一条君?どうしたの?」


俺の叫びを聞いた庭田先生にそう聞かれたけど、先生助けてぇ!とは言えないって。萌の睨みが俺を震え上がらせてたから。そしてまだ男共の睨みも消えちゃあいない。


やっぱり睨まれるのは、イヤだ。







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