第119話 友情より恋優先
「ねぇねぇ、どっか寄って行こうよ」
「うぅん、そーだなぁ」
恋人同士でよくある(?)会話。だが勘違いしないでいただきたい。今この会話をしている男女は恋愛関係にはありません。悲しいことに。
誰と誰との会話かと言いますと、何を隠そう俺と高瀬です。あ~あ、これが本当に恋人同士の会話だったらなぁ。一生リピートしていたい。なんて物思いにふけっているとトントン腕を叩かれた。
「この近くにケーキ屋出来たって知ってた?」
「奢りませんよ!」
「え~まだ何も言ってないじゃん」
目が言ってるんだよ! そのキラキラな瞳が「奢ってくれるよね」って語りかけてんだよ!
いくら一郎に弁当を奪われたせいで腹が減っているとは言ってもケーキは奢れない。だって一個一個の値段がハンパなく高いんだから。
約束通り、とは言っても半ば強引に学校から連れ出され、現在は街中を彼女と2人でフラフラ歩いています。
そりゃあ一緒に帰ろうと言われて思わず頷いた俺が悪いんだけど、何かを奢らせようとするのはダメだよ。なんてったって俺は自他共に認める金欠貴公子なんだから。
「ケーキがダメならお菓子とかは? あそこのクッキー美味しいみたいだよ」
「だから無理だっつーに! よい子は道草食わずに帰るんだよ!」
「え~。それじゃつまんない」
つまんなくていいんだよ! ただ帰るだけなんだからつまるもつまんないもない! 金がないんだ!
なぜ彼女が一緒に帰ろうなんて言ってきたのか真相は未だ闇の中。いつも通りの笑みをこぼしながら歩く高瀬をチラ見して溜め息を吐いた。こんな溜め息吐くのも無理ないよな。一郎のあの顔が頭をよぎるよ。
どうやら美咲ちゃんとはポップコーン効果で少しは仲良しに戻れたらしい。が、放課後になって俺と高瀬が……ってか高瀬め、一郎の前でワザと腕を組もうとしてきた辺りやっぱり侮れねぇ。
美咲ちゃんの次は高瀬と気の休まる所のない一郎。とは言っても別に彼女とヤツは何でもないハズ。なのに泣きそうになりながら、
「たかっ、高瀬とどこ行くってんだよ! 俺は置いてけぼりか!?」
……って言ってた彼の顔がどこまでもついてくる。だ、大丈夫だよな。呪われたりしないよね。
そんな鼻水噴射10秒前の一郎に別に一緒に帰るつもりはないって、そう言おうとした時に演技派女優の高瀬が「約束したのに……」みたいな表情を見せてくれやがった。そんなことばっかやってたらいつか絶対に痛い目見るんだから!
絶対について来ないでねとウルウル作戦を実行した高瀬に何も言えなくなった一郎さんはついには折れた。が、ウルウルよりもヒドい顔を拝見してしまいましたよ。マジでごめんな一郎。今度ポップコーン奢ってやる。
と、まぁこんないつも通りといえばいつも通りの学校生活を終えて、一郎に追いかけ回されることもなくトボトボと歩いているワケなんですが……え? あかね(と萌)ですか? 積もる話でもしにカフェとかへ行ったんじゃないっすかね。ここはノータッチでいかせていただきます。
「ケーキとかはいいから話ってなんだよ?」
いつまで経ってもいくら歩いても高瀬は俺を連れ出した理由を言わない。ならこっちから聞いてしまえだ。このままだと彼女を家まで送ってしまうことになりそうで怖い。
その問に短くう~んと唸った彼女は何を思ったか辺りをキョロキョロと見回し始める。どうやらどこか座って話せる場所がないか探してるっぽいな。
「一条お腹空いてない?」
「え? まぁ空いてるっちゃ空いてるけど」
彼女は俺の弁当が一郎によって食われた現場を目撃している。だからそう言ってきたんだと思うけど、祭りのときに調子こいたからマジで金ないんです、勘弁してください。
「私が奢ってあげるからあのお店に入らない?」
「おごっ、がっ、高瀬が!?」
頭を低くしろ! 机の下に隠れろ! 地震がくるぞ! あっ、やべぇ机がない!
高瀬の言葉に思わずこれは夢なのか、白昼夢を見ているのかと現実逃避してしまいそうになった。有り得ないよ、彼女の口から「奢る」という単語が出たなんて信じられない。
「何その顔? 私だって奢ってもらうばっかじゃないんだからね」
一条って私のことどういう風に思ってんの? と少し不機嫌にさせてしまった。でも、だってお前がそんなこと言うなんて、あかねから愛の告白を受けるくらいにないことなんだもの。そりゃ真顔にもなるって。
「ん~、まぁでも別にここでいっか」
自己完結かい! やっぱりあなたが奢るだなんて有り得ないことナンバーワンだったね! 夢を見た俺が悪かったね!
じゃあここで、とガードレールに腰を落とした高瀬はおもむろにケータイを取り出すとふぅっと一つ息を吐いた。
「直秀君からメール来たんだけどね」
「なっ、直秀ぇ!?」
ここでヤツの名前が出てくるとは予想外! まさか高瀬に気があってメールメール電話の嵐をされて困ってるとか? 気持ち悪いからやめさせてくれない? みたいなお願いだったりするのか? 兄として応援してあげたい反面、相手の迷惑も考えなさいって叱ってやらなければいけない。
「この前さ、ほら杉原が一条の家に来たとき。私も行ったでしょ?」
「え? あっ……うん。ホントその節はご迷惑をお掛け致しまして」
アホな弟のせいで嫌な思いをさせてしまったんだよな。後先考えないで電話しやがった直秀が悪い……な、何か自分に言ってるような気がするのはなぜだろう。
「それは別にいいんだけど。その時のお礼がしたいってメールでさ」
この感じだとどうやら直秀が高瀬に気があって、っていう話ではないらしいな。ホッと安心一息だ。
「電話もらったとき『これは貸しだから』って私言ってたんだって」
言ってたんだって? 自分で言ったことなのになんで第三者目線? 覚えてないってこと?
「お礼なんていらないってメールしてるのに『絶対にします!』って言われて困ってんの。それで一条から直秀君に言ってもらえないかなって」
なるほど。直秀は俺と違ってそうそう意志を曲げるタイプの人間じゃないからな。悪く言えばお堅いんだよ。俺が言ってどーにかなるかは分からんけど、困ってんなら仕方がないな。
っつーか直秀のアホ、お礼ってんならもっと早くにしとけよ。あれから何日経ってると思ってる。俺なんて記憶の底に埋めちゃってるよ。
「あ、もしかしてそれで昼休み?」
ハッと気がついて手をポンと叩いた。そうかそうか。昼休みに俺を貸せと言ったのはこの為か。
「うん、萌の前で話すのはちょっとなぁって思って」
杉なんとかの件は萌(正確には真さん)が一枚絡んでいたからな。悪いと思って萌のいない所を狙ったってわけか。でも何も気にすることなんてないのに。高瀬が一番の被害者なクセに萌に気を使うことなんてなかったのに。
そんな風に熱い語らいを始めようとしたその時、何かに気がついたのか、彼女は俺がガードレールに腰を落とすと同時に立ち上がった。隣りに座っちゃいけませんでしたか? 離れて座るか、それとも立ったままの方が良かったですか?
「あれって……」
ボソッと呟いた高瀬の視線の先を追ってみると……追って後悔した。
目の前、とは言っても数十メートル先だけど、信号待ちをしている萌を発見したのだ。でも彼女の隣りにいるのはあかねじゃない。
「あの人……たしか前に萌と相合い傘してた人だよね?」
「……ですね」
どうしてでしょう。なぜ彼女といる時に限って萌&ノブ君を見つけてしまうのでしょう。そういう運命なのでしょうか。
信号待ちの時間も何のそのとでも言いたげな笑みを浮かべているノブ君は、困った表情でいる(ように見える)萌にしきりに話しかけている。
あかねを置いてデートですか。やはり友情より恋、友達よりも恋人を優先したんですね。こんなことになるなら俺があかねとケーキ食いに行けば良かった。あかね可哀想。
しばらく(高瀬だけが)様子を見ていると、信号が青に変わり2人がこちらにやってくる。ってかこっち来んな。
「たかっ、高瀬! 直秀には礼なんざいらねぇって言っておくから! じゃあバイバイ!」
まだあの2人はこちらに気がついていない。逃げるなら今しかねぇ! ま、まぁ別に逃げる必要性はないんだけど、無意識に体を反転させてしまう辺り本能に正直なんだね。
「え? 声掛けないの?」
ちょっと待ってよと腕を掴まれた瞬間、昼休みの一コマが頭をよぎった。が、キャーキャー放してよ~なんて言えない。その代わりと言っては何ですがムリムリヤダヤダと突っぱねた。
「声掛けても嫌な顔されるだけだし。俺だってわざわざ腹の立つことなんてしたくねぇもん」
「あっれ~? もしかして嫉妬? ヤキモチ?」
ぐっふ!
い、今のは効いたぜ。強烈なボディブローだ。
的を射たその発言に言葉を失っていると、不意にニヤリと笑みをこぼした高瀬は何を思ったか突然腕を引っ張ってきた。
「え!? ちょっ、なに、何で!?」
何の思惑で腕を組んできてんの!? 赤面しちゃう! 天狗になる!
「いいからいいから。萌の方見ないで」
何を考えているのか全く読めず、言われるがまま直立不動でその場に固まるしかできない。一体何なの? 何が目的?
「ねぇ一条、ケーキ食べた~い」
「はぁ!? だから金なっ、イデェ!」
足踏まれる意味がわかんねぇ! おまっ、人の足踏んどいてその晴れやかな笑顔は何だよ!
「初デートなんだしさっ」
「は、はつっ、初ぅ!?」
な、なな、何が初? 祝、初デート? 記念日? ……頭パンク!
一郎の気持ちが嫌でも分かってしまう。こんなんされたら誰だって勘違い起こすよ。そりゃハンバーガーも奢りたくなっちゃうよ! そんでわざと口の周りにケチャップ類を塗りたくるよ!
ちょっと後ろ向くよ、と強引に萌達に背を向けさせられた俺は初デ、初デートと純情少年丸出し。と、チラリと背後に視線を向けた高瀬がヤケにニヤついた声を上げた。
「あっ、萌こっちに気がついた」
「え?」
思わず後ろを振り返ってしまうなんて、見ないようにしてても見てしまうものは見てしまうものなんだね。
「ダメだって! あっち向いてて!」
「イデデッ! ちょっ、手首捻ってる!」
それは紛れもなくあかね直伝ですな!? ギャヒギャヒ痛みに悶える俺に向かって何事もないかのように笑みを見せてくる高瀬。でも手首キメてる。笑顔で関節技って何だ。
「さて、萌の反応はどうかな~?」
フフッと(俺にはヒヒッと聞こえた)魔女のような笑い声を出した彼女がまたもチラリと振り返る。
はぁ~~っ、そういや高瀬さんには言ってなかったね。萌は俺のことなんざ何とも思ってないんですよ。だからこんな小細工しても何の意味もないんですよ。
「……」
「? 高瀬?」
腕を組んだままの高瀬が固まっている。いや、俺としては嬉しい事この上ないんだけど。出来るのなら芝居とか抜きで腕組んで固まってて欲しいくらいなんだけど。
後ろを向いて動かない彼女を疑問に思ったが、また手首をキメられては困るので本っ当にチラっとだけ振り返ってみた。
「…………いねぇし」
そこに2人の姿はなかった。目の前にいたのは汗を掻いたサラリーマンだけ。ふぅふぅ言いながらハンカチで額の汗を拭っている。そして鞄からケータイを取り出してどこかに電話を……どーでもいい!
「高瀬? もう放してもらっていい?」
「……萌」
「あ?」
このまま腕を組んでても仕方ないよ、でも組んでいたいのなら喜んで。そう言おうとして邪魔された。萌が……何だって?
「萌……すっごい顔してた」
すっごい顔って、そんな固まるほどすごい顔ってどんだけ笑える表情してたんだよヤツは。巻き戻して見てみていい?
「……そりゃアレだな。『私達これからデートなの。あら、あなた達も?』的な顔に1万点」
今はノブ君に夢中だから俺達に声を掛けるのもめんどくさかったんだよきっと。ノブ君だけを視界に入れていたかったんだよ。
「そんな顔じゃなかったけど」
「じゃあどんな顔よ?」
えっと、と宙を見上げた高瀬は、それから約3秒ほど動かなくなった。また固まったのか?
「『何で? 何で?』みたいな。……っふふ」
え? な、何その不敵な笑い声。高瀬の口から発せられたのか? やっぱり頭のネジ1個くらい吹き飛んでんのか?
突然不気味に笑い始めた彼女に当たり前だけど通行人がガン見してくる。やめてくれ! 俺も同類だと思われる!
「やっぱり萌……ふふふ」
だから気味悪いって! 意味わかんねぇし! 俺にもわかるように説明してくれ。そしたら俺も同じように笑ってみせるから! 期待は裏切らないから!
「萌も悪いヤツだよね~」
「は? いや、何が?」
脈絡のないその言葉に目が点になるも、肝心なことは何も言ってくれない。自分だけ楽しみやがってぇ。俺だって楽しみたいのに。
「まぁいっか。面白いもの見れたってことで」
「だから何が面白かったんだよ!? ちゃんと説明してよ!」
「……鈍感」
ちょっ、いきなりそのジト目はなんですか? 今の今まで笑顔でいたのに何で突然そんな表情に? さすがは演技派女優? なんて思っていると、突然彼女の表情が強張った。
「……あっ! じゃ、じゃあ私帰るから。直秀君のことよろしくね!」
「え? ちょっおいおい待て待て! まだ話は終わってないって!」
「私は終わった~!」
終わってねぇって! 勝手に終わらせんなや! 聞きたいことは山ほどあるってんだよ!
うおぉい! と叫ぶも、時既に遅し。高瀬は信号が青に代わるや否や手を振ると走り去ってしまった。……ってかヤケに必死な表情だったけど、何で?
「……お楽しみは終わったんですか?」
「へ?」
背後からの低い地鳴りのような声に思わず体が硬直する。こ、この麗しき声は。
「……あ、あかね……?」
高瀬のバカヤロー! 絶対アイツあかねがここにいるの知ってて置いて行きやがったな! だからあんな必死な顔してたんだな! ってかあかねオーラに気がつかなかった俺の馬鹿ぁ!
2ヶ月ぶりに更新をさせていただきました。
活動報告という素晴らしい機能があるにも関わらず、しかし報告出来ることがないせいで何も書けない……早く初報告をしてみたいです。