第118話 廊下と足が一体化
半年も更新が途絶えてしまいました。もう見放されていてもおかしくはないほどでございます。
諸事情により書けていなかったのですが、最近少しですが気持ちに余裕も出て、この度本当に遅ればせながら更新をさせていただくことが出来ました。(コメディ書いてるクセに気持ちに余裕とか暗い内容ですみません)
如何せん長いこと書いていなかったので、もしかしたらおかしな部分があるかもしれませんが読んでいただけたら幸いでございます。
追伸……感想、メッセージを頂いているにも関わらずまだ返信が出来ておりません。時間は掛かるかも知れませんが、少しずつ返信をさせていただきたいと思っております。ご迷惑をお掛け致しますが、よろしくお願いいたします。(前書きなのに追伸……)
「太郎……! 太郎……!」
それは昼休みが始まってすぐのことだった。
一郎がまだ登校してこないために1人楽しく昼飯を食おうと机に弁当を広げた時にお声が掛かったのだ。
「……晃?」
いつもならギャアギャア騒がしく教室に突っ込んでくるくせに何でドアの隙間から顔を覗かせてんだ? 会いたくないヤツでもいるのか?
「ちょっとこっちに来い……!」
早く来い! と手招きを始めた晃を横目に、隣りであかね達とメシをかっ食らう萌に視線を移動させてみる。晃がここまで用心深くなるってことは萌絡みしかないよな。
「……」
絶っっ対にドアの向こうにスタンバッている晃に気がついているであろう彼女は、対面に座って弁当を食うあかねをなぜかガン見していた。そんな見られたらあかねは食べづらいよ。いくら晃を見たくないからってあかねをガン見してどうする。
だんだん手招きのスピードが上がっていく晃に小さく溜め息を漏らした俺は、弁当にフタをしてゆっくり時間を掛けて立ち上がる。
一郎がまだ来てなくて良かったな。じゃなかったら俺はこの弁当を抱えてドアまで行くことになってたよ。
……ってか一郎のヤツ休み過ぎじゃねぇ? 単位大丈夫か?
「何だよ? 何で教室に入って来ねぇの?」
何十秒かを掛けて廊下に出た俺は上目遣いをしている晃を見て吐き気に襲われた。ってかそんな縮こまっても図体デカイんだから何の意味もないよ。不審者だよ。
「話がある。屋上まで来い」
「や、ヤダ」
俺にとって屋上は恐怖を感じる場所なんだ。閉じこめられたトラウマが未だに俺の心奥深くに根付いてるんだ。
「それじゃあ中庭に来い」
「や、ヤダ」
中庭はもっと嫌だ。杉なんとかに初めて会った場所だから。そして俺のシャープペンシルが萌によってブチ折られた曰く付きの場所でもある。良い思い出なんてありゃしない。
「じゃあ化学準備室に……」
「ヤダ!」
そこだけはマジで嫌だ! 何でお前は俺の嫌いな所ばっかり指定してくんだよ! ここでいいじゃん! どうせ誰も聞いてないって!
「俺とお前の今後について話がしたいんだよ」
は? 意味がまったくわからん。そんな真剣な表情で言われても理解出来ないんですけど。
「お前は萌ちゃんラヴだろ。俺だって、俺の方がもっともっと萌ちゃんラヴ」
「殴ってもいい?」
普通に『ラブ』でいいじゃん! なんでわざわざヴにする?
「どちらの愛が大きいか、勝負だ!」
どりゃぁあ! と気合い充分に俺を指差してくる晃に一言、声デカイ! 同じテンションでいくと思ったら大間違いだぞ!
「勝負って……そんなことしても無駄だと思いますけど」
「? どういうことだ?」
はてなマークを頭の上にどっさり乗せてそう聞いてくる晃。俺達がここで何を言っても意味ないんだよね。
「萌には心に決めた殿方がいるんだよ。俺達が出る幕はありゃしませんの」
精一杯の笑顔で残念残念と首を振ってみせても晃の表情は変わらない。と、何を考えたかハッと笑いながら自分を指差した。
「殿方って、俺のことだろ?」
「どの口が言ってんだ!」
マジでポジティブスィンキンだな! そこは普通「だ、誰だよそれぇ!?」だろ? そこから物語は続いていくんだろ? 本当にお前は一郎以下、一郎以上だよ!
「とにかく! 俺達が何しても無意味なの!」
全部ノブ君の一人勝ちなんです! 俺達がここで話し合っても、有り得ないけど決闘しても何の意味もないんだよ。やるだけムダムダ、踊らにゃソンソン。
「じゃあお前は戦線離脱でいいんだな」
ハイお前負け犬決定な、と付け加える晃さん。いや、お前も負け犬決定してんだけど。中学の時から決定済みなんだけど。
「何の行動も起こさないまま諦めるヤツは俺のライバルとは認めてやらん。今後は萌ちゃんに気安く声を掛けてくれるなよ。ついでに俺にも軽く声を掛けるな」
「ひでぇなオイ」
どんだけ上から目線だよ。お前の萌でもないのにそこまで言う? そんな権限あったの? ってか何でお前にも声掛けちゃダメなんだよ。俺は諦めたって言ってんだからラッキーとか思っておけばいいのに。バカ正直か。
へぇへぇと話半分に聞いてあげると、そんな俺に呆れたのか彼は腕組みをしてこう言ってきた。
「お前は当たって砕けろという言葉を知らないのか?」
「知ってるっつーの」
だって俺は砕けたもんね! とは言えず、「でも砕けたくないもん!」と両手を腰に当てる。そしてこういう仕草は男がやっても気持ち悪いだけだということを今初めて知りました。かく言う晃もそんな俺を見て盛大な溜め息を漏らしてくれた。
「だからバカ太郎って言われるんだよお前」
聞こえてます。ボソッと言ってもちゃんと聞こえてますから。お前に言われたら終いだよ。
「僕もそう思うよ」
バカ晃さんに言われたくねぇよと反撃しようとして口を閉じた。
今の可愛い声、そして自分を『僕』と呼ぶのは俺の知っている範囲ではあの子しかいない。
「ゆ、勇樹!?」
キミも僕をバカ呼ばわりするのですか? いつからそこにスタンバイしてた?
すぐ後ろに立っていた勇樹は俺が振り返るとジッと見つめてくる。そんなに見つめられたらドキッとしちゃ……ちょっ晃! 俺の足踏んでる! 何で前に出て来た?
「佐野」
おい晃! お前と勇樹は身長差どれくらいあると思ってんだよ! 上を向きすぎて勇樹の首が悲鳴上げそうだって! 近づくな!
ちょっと離れて! と晃を遠ざけようとすると、勇樹はとっても真剣な眼差しを俺に向けてこう言った。
「行動するのってすごく勇気がいるけど、しないよりはずっと良いと思う」
……そうか。前に勇樹は萌に告はっくという行動を取っていたんだったな。
勇樹の言葉にうんうん唸っていると、ジッと見つめられた。男2人に見つめられるなんて一生に一度もないよね。ってそんな目して見るな! 何か俺が悪いことしたみたい!
「俺、俺だって行動したっつーに! でもダメだったんだから仕方ねぇじゃんか!」
2人の鋭い視線に耐え切れなくなってついに大声を張り上げてしまいました。そしてそれに驚いた勇樹と晃は目を見開く。と、同時に勇樹が「あっ」と小さく息を呑んだ。
そういや俺の一世一代の告はっくシーンを勇樹は目撃してたんだっけ。でもその顔は忘れてたね。俺と萌の変わらない関係を見てすっかり記憶から削除されてたね。
なんて勇樹の愛らしい顔に目を奪われていると、晃の怒声が響いた。
「こ、行動って……俺の萌ちゃんに何をしやがった!?」
「何もしてねぇよ! お前の萌ちゃんじゃねぇし!」
あっ、勢い余ってちゃん付けしちゃった。
「やっぱりちょっと屋上に来い! ここじゃ萌ちゃんに聞かれる可能性がある!」
「萌ならあかねをガン見するのに忙しくてそれどころじゃねぇよ」
ドアだって閉まってるし大丈夫だっての。余計な心配してくれるな。ちょっ、大丈夫だってば! 腕を掴むな!
「いっちじょー」
嫌がる俺の腕を掴んで無理やり階段を上がろうとする晃に必死で抵抗していると、教室のドアが開いた音と共にトボけた声が聞こえてきた。
「たか、高瀬ヘルプ!」
もうこうなりゃ誰でもいい! そしてなぜわざわざ廊下に出て来て俺の名を呼んだのかはスルーしておこう。
グイグイ引っ張る晃に対抗すべく近づいてきた高瀬さんの腕を掴まさせていただきました。
「きゃっ!? ちょっとヤダ~! どこ触ってんの?」
おまっ、変な声出すな! ってか腕掴んだだけなのに何で?
騒ぎ始めた高瀬と一緒にキャーキャー言いながら手を放した俺は思わず晃に抱きついてしまった。
あっ、さすが体育会系。分厚い胸板。
「き、気持ち悪い! 離れろ!」
萌ちゃん以外の人に抱きつかれたくない! と俺の顔面を両手で押してくる晃は必死そのものです。が、ここで離れたら高瀬ファンの餌食になる! でもこのまま晃にくっついてたら晃ファンの餌食にもなりそう。
「ごぎぎぎ……!」
こ、こいつアイアンクローを繰り出してきやがる! こめかみが超痛い!
「は、な、れ、ろぉ!」
さっきまで放すまいと俺の腕を掴んでいた人とは思えません。顔を真っ赤にした彼は渾身の力を込めて俺のこめかみに大ダメージを与えてきた。
手芸部である香よりもゴツい手でのアイアンクローはマジ痛い! 意識失う!
「取り込んでるとこ悪いんだけどさ。ちょっと一条借りていい?」
俺は物か!?
こめかみの痛みに襲われながらもツッコミを入れようとして止めた。
もしここで高瀬が俺をさらってくれたら晃とバイバイ出来るんじゃない? 上手くいけば屋上にも中庭にも、あの恐怖の小部屋にも行かなくて済むよ。
「悪いが太郎は貸せない。大事な話の途中なんだ」
だから貸す貸さないってお前ら、俺を人として扱え!
もんのすごく真剣な眼差しでそう言った晃だが、俺にダメージを与え続けています。お願いだから放してください、このままじゃ本当に意識飛ぶ。
「そっか。うん、わかった」
意外にも高瀬は駄々もこねずに頷くと無言で俺をチラリと見つめてくる。そしてその間に勇樹が「もう放してあげて」と晃に提案してくれた為、俺は辛い痛みから解放された。
ありがとう勇樹、ついでに高瀬にも「もう見つめるのやめてあげて」と言ってくれ。
「な、何でジッと見てんの?」
そこまで見つめられると照れちゃうよ。思わず隣りにいる勇樹の可愛らしくも細い手を握っちゃったよ。でも彼は晃のように俺を拒絶したりはしないよ。ギュッと握り返して……は、くれないか。
何故かジ~ッと俺を見ていた高瀬は突然ふっと笑みを見せてくる。コイツ、自分がどういう仕草をしたら可愛く思われるかを知ってやがる。そしてそうと知っていながら可愛いと思う俺は魔法にかかっている。
「んじゃ一条、今日は一緒に帰ろ~ね」
「あぁうん……って、えぇぇえ!?」
突拍子のない発言ありがとうね! 突然過ぎて目がいいだけ丸くなったよ! ついでに勇樹のつぶらな瞳までもが丸くなったよ!
じゃね、と意味深な笑みを継続させながら高瀬は俺の背中を叩くと教室に戻って行った。
どうしてだろう、最近の高瀬は少し暴力的。腕とか背中とかよく叩いてくる。そんなどうでも良いことを考えながら彼女の背中を見つめる大中小トリオの僕達は言葉もありません。
「一緒に帰る意味がわかんねぇ……」
思わず心の声が出てしまった俺に頷いてくれる勇樹……晃はというと呆けた顔をしていたが、ハッと我に返ったと思ったら胸ぐらを掴んできた。
「お前ってヤツは! 萌ちゃんだけじゃ飽き足らず高瀬まで……っ!」
晃さん痛い痛い! 足踏んでる! 胸ぐら掴んでもいいけど足だけは踏まないで! 全体重を乗せないで!
お前なんかのどこが良いんだ!? と友達に対してあまりにもな言い草の彼は足にダメージを蓄積させていく。くそっ、デケェ足だな。でもなぜか何センチなのか聞きたくない。
「……ろ~……たろ~……太郎~……!」
このままいくと廊下と自分の足が一体化してしまいそうな恐怖に陥っていたまさにその時、誰かに名を呼ばれた気がした。だけどいくら考えてみても男の声。ここは聞こえないふりをしてみよう。
「太郎ぉぉ!」
「……やっぱりお前かい」
両手を振りながら全力で走ってくる一郎、またの名を「なぜ内股走り?」がやってきた。あの顔は昼飯食ってから学校に来たな。
っつーか、いくらなんでもそんな走り方の人はいないぞ。全世界にいらっしゃる内股の方に全身全霊をかけて謝れ。じゃないと俺が代表してラリアット喰らわす。
「げぽっ!?」
謝らなかったお前が悪い。
バタバタとアホ面全開で走り寄って来た彼に驚いた晃が俺から離れてくれた。と、同時に一郎へ問答無用のラリアットをお見舞いしてやりました。そして喰らった勢いそのままに仰向けに倒れ込む一郎。
「ゲゥッ、ゲェッフォッ! グエェッフォッ!」
そんな咳き込むほど強烈だった!? と考えさせられるほど彼はこの世のものとは思えない咳き込み方を見せる。ってかその咳き込み方ちょっと怖い。鼻水出てるし。
でも気持ち悪いだなんて親友に向かって言えない僕は、ごめんね~なんて軽く言いつつ倒れたまま咳き込む彼を助けてあげました。俺ってとても優しい一面があるんです。
「ゲェッホッ……。ひ、ひでぇよ太郎。ただ走ってきただけの俺にラリアットぶちかましてくるなんて……ブエッフォ」
「だから悪かったって」
一郎の顔を見たら無意識に腕が出たんです。すなわち俺の意志ではない。俺の脳に住む天使か悪魔の仕業だと思ってくれ。
鼻水出てるから! と一郎の頭を軽く小突いた俺はふと顔を上げる。あっ勇樹(と一応晃)がいたんだ。
(一郎がいるとまとまる話もややこしくなるからまた今度ね!)
2人にそうテレパシーを送る。優しい俺はウインクもしてあげた。そしてそれを見た一郎が咳き込む。
お前の内股走りより100倍マシじゃないですかね!?
それじゃあ解散! と手を挙げた俺に頷いた勇樹がまず教室に戻っていく。出来るならキミと一緒に教室へGOしたかった。お姫様抱っことか繰り出したかった。
はぁっと一息ついてから何故か全身を預けてくる一郎に暑苦しさを感じていると、少し表情が硬くなっている晃がツカツカと歩いてきた。
解散しようってテレパシーが通じなかったのかな。それかお前の周囲にはテレパシーをはじき返すバリヤーでも張ってんのか?
「……っ一郎! なんでお前はいつも邪魔するんだ! いま俺と太郎が大事な話してんだから気を使え!」
苦しがってるヤツにも容赦ねぇ(男に対してだけ)。
突然怒りをぶつけられた一郎は困惑した顔で俺にしがみついてくる。マジで暑苦しい!
「き、気ぃ使えったって俺は何もしてねぇだろ! ただ咳き込んでるだけだろ!?」
咳き込んでる割にははっきりしゃべってるね。ってかもう回復してるだろ? なのに何で俺に寄りかかってんだよ!
自分より背の高い晃に負けまいと胸を張った一郎だが、その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。打たれ弱いなお前。
「晃のクセに調子乗ってんじゃねぇよ! バーカバーカ! ……ば、バーカバーカ!」
レパートリーが悲しいほど少ない一郎はバーカという単語しか浮かんでこないらしいです。でも俺も似たようなもんだからここは聞き流す。
「バカはお前だ! いいから教室に入れ!」
そんなに一郎にバカ呼ばわりされたのが気に食わなかったのか、晃は犬を追い払うかのように「しっしっ!」と手を振りながらそう言った。でも晃さん、一郎の性格はキミもご存じのはず。言われて素直に教室に入っていくようなヤツじゃないよ!
なんて思っていると、突然一郎が俺の腕を掴んできた。そして瞳を輝かせてこう言った。
「太郎! 俺と一緒に教室に入るか、それとも晃と一緒に歩んでいくのかどっちだ!?」
ごめん理解不能。だが、いま晃という魔の手から逃れる為には一郎の助けが必要だ。
「もちろん一郎と共に歩んで行きます!」
ビシッと敬礼を見せた俺はそれから一郎隊長の指導の元、敵勢力である晃への威嚇を開始。
来るなら来い! 俺は絶対に屋上なんかに行かないからな!
「お前ら……馬鹿コンビだな」
フンと鼻を鳴らして勝ち誇ったようにそう言い放った晃に怒り大爆発寸前の俺達。
何か言ってやって! という一郎からのテレパシーに頷いた俺はビシッと晃に指を差して叫ぶ!
「馬鹿はお前だ! バーカバーカ! バーカバーぎゃ!?」
後頭部に重い衝撃が走った!
しゃべってる途中で頭を小突かれた俺は舌を思い切り噛んでしまい、あたふたしながら「ねぇ血出てない!? 出血してないよね!?」と一郎に迫ってしまった。ってか一郎テメェ! 何でドン引きしてんだよ! そんなに大量出血なの!? ねぇ教えて!
「も、萌ちゃん」
確認するのもアホらしい、俺に攻撃喰らわせたのは間違いなく萌でした。ふと下を見ると音楽の教科書が落ちています。
これを投げやがったのか。しかもちょうど本の角が後頭部に直撃するよう計算して投げたな。どこまでも計算高い女よ!
「邪魔なんだけど」
「……」
ちょ、ちょっと俺達は男のクセに何の反論も出来ないの!? 一郎負けんな!
「あ、悪い……」
謝るな! 「邪魔だと!? じゃあお前が隅っこ歩け!」くらい言ってやれよ! ってか一郎に丸投げしてる時点で俺はダメダメだけど!
「あっ萌ちゃん! ちょっと待って!」
萌さえいれば俺達なんてどうでもいいらしい。
晃は(多分)音楽室へ行こうとする萌について行く気なのだろう。その場にいた俺と一郎に向かって「邪魔だ!」と言ってきた。
……やっちまいましょうぜ一郎さん!
(ラジャー!)
グッと親指を突き立てた一郎と俺は、もはや萌しか見えていない晃に足払いを繰り出す。予想通り足元の注意を怠った彼は前につんのめって……ストォォップ!
「萌ちゃぁぁあん! ぐわっ!」
倒れ込みそうになったヤツはこれ幸いと前を歩いていた萌に抱きついていった。が、そんな幸せな時間が長く続くはずもなく、萌の気合いがこもったヒジ打ちをアゴに喰らってあえなく撃沈。
いくら俺でもあそこまで遠慮のないヒジ打ちは出来ないね。ヘタしたら骨格変わるよ。
あ~あ、ご愁傷様~と他人事のような感想を述べていると寒気が走った。
「……」
お、俺は何もしてません! だから睨まないでください!
……ごめんなさい、足払いを仕掛けたのは自分です。正直に言うからヒジ打ちだけは勘弁してください!
無言で近づいてくる萌にそう心の中で謝罪するも、口に出さなければ意味がない。そんな当たり前のことに気がつかない俺はブルブル首を横に振ることしか出来なかった。
「……」
ノーノー! と意味不明な発言を繰り返す俺を冷たい眼差しで睨んでくる萌。だけど手も足も出してこない。ましてや拾い上げた教科書をブン投げてくる様子もない。しかし萌の睨み攻撃は精神的ダメージ大。
「萌ちゃん! 萌ちゃん!」
萌と臨戦状態に入っている最中、俺もいることを忘れないで! と言わんばかりにアゴを撫でながらも晃が立ち上がるなりなぜか萌の名前を連呼し始めた。
……つーかお前さ、さっきは萌と顔合わせないように俺を廊下に呼び出したんだよね。なのに何でフツーに萌に話しかけてんだよ。恋は盲目なのか? ……意味間違ってる?
「……」
萌萌うるさい晃をヨソに俺をガン見してくる萌。そのどうにかしろやって目線ヤメてもらえます?
「萌ちゃん音楽室に行くんだよね!? 俺も一緒に行く!」
マジでうるせぇこいつ! なんで近距離にいるのにそんな大声張り上げてんだよ! 萌の耳は正常なハズなのに。
笑顔がはち切れんばかりの彼は萌にキラリと光る歯を見せる。しかし、実際に歯は光らない。
「勝手にして」
5時限目の授業、B組は音楽じゃない。そんなのは分かりきったこと。晃が音楽室に来てもまたこっちに戻らなければならない。でも萌はあえてそれを言わない、俺も言わない。
ぎゃあぎゃあうるさい晃を無視して前を向き直そうとした萌が俺をチラリと見た。けど、別に何を言うでもなく彼女はそのまま階段を上っていった。
なんだよ、何か言いたいことあるなら言ってくれや。気になるわ。
「ってかもう5時限目始まるの!?」
萌が教科書片手に教室から出て来たってことはもう大分時間が経ってしまっているということだ! 昼飯抜きなんて耐えられない! 一気食いして音楽室に走るしかない!
「……はっ! 一郎、一郎がいねぇ!」
いつの間にか隣りにいた一郎が消えている。その瞬間に俺の脳みそが『警報! 警報!』とサイレンを鳴らした。
「弁当が危ない!」
予想は的中した。
この後書きを読んでくださっているということは、118話を読んで頂けたということですよね?
いいだけ更新を途絶えさせておきながらこんな事を言ってはと思うのですが、読んで頂き本当にありがとうございました!