第117話 本気で自分がわからない
新年明けましておめでとうございます! 今年もどうぞよろしくお願い致します! 本当に遅ればせながら更新をさせていただきました! 読んで頂けたら嬉しいです!
はいどうもどうもぉ! 皆さんの憧れの星、一条 太郎でございます! 思う存分俺を見て眩しいと感じてください! …………ごめんなさい、嘘をつきました。
まぁそんなことはさておき、僕は現在超絶可愛い女の子(サンダル着用)と並んでお化けが出そうな道をトボトボ歩きながらも萌のおばさんに電話しようか悩んでいるところです。と、テレパシーが通じたのかおばさんの方から連絡してくれました。が、これがまた泣ける内容だったんです。
『あっコタローちゃん!? 萌が見つかったの! 伸貴君が見つけてくれたみたいで、これから帰るって連絡が来たのよ! 迷惑掛けて本当にごめんなさいね!?』
そんなおばさんの心底嬉しそうな声を聞いたらそりゃ良かったですねって言うしかないよね。俺も見つけてたんですがなんて言えないよねぇ。
ホッとしました、なんて笑いながら答えていると、妙な鋭さを持つおばさんは俺が外に出ていることを察知したのか『お父さんを向かわせるからどこにいるか教えて?』とマジで有り難すぎるお言葉を頂戴しました。
だけどよく考えてみてほしい。あの真さんと車内で2人きりなんて考えただけでおぞましい。
出来るだけ丁寧に、そして失礼のないようにその言葉だけでお腹一杯ですと念を押した俺は、緊張から解放されてまだまだしゃべり続けるおばさんに申し訳ないと思いつつも電話を切らせてもらいました。ごめんなさいおばさん、でもチョコレートは食べたいです。図々しくてごめんなさい。
ふぅっと一息ついてからケータイをポケットに戻して三井に苦笑いを見せる。そんな俺を見て彼女も同じように苦笑いを見せた。まったく、今日は本当に疲れたよね。
「……」
おばさんとの電話を終えてからというもの、三井は時々何か話そうとしてか俺をチラリと見てくるが結局何も言わないで前を向き直してしまう。俺は俺で何か話そう何か話そうと考えすぎて逆に言葉に詰まる始末。何か言えや俺。
「あ、寒くない?」
ふるっと肩を揺らした三井を見て思わず言葉が出た。なんだ、気合い入れなくても声出るよ。変に考えるからダメなんだね。
「ううん、大丈夫。一条君のジャンパー暖かいから」
「そう?」
そう言われても絶対に今身震いしたよね? 俺の見間違いじゃなかったら完全にブルッとしてたんだけど。
ありがとうと一言お礼を言ってくれた三井は口裂け女までもが「か、可愛いじゃない!」と驚くほどの笑顔を見せてくれる。
うぅむ、夜なのに彼女がとても眩しく見える。
「……秋月さんが羨ましいなぁ」
あまりジッと見過ぎるのも申し訳ないと感じた俺は寒くないならいいんだと視線を前に戻そうとしてそう言われた。
「え? うらまや……うらみゃ……」
な、なぜ言えない!? 日本語をマスターしているこの俺が言えないだなんて!
あれ? でも何かちょっとデジャヴ。あっそうか、高瀬にもそんな風なことを言われた記憶があるからか。
「ふふっ」
必死になって言おうとしているところを見られ笑われてしまった。正直恥ずかしいです。こうなったら明日古文の時に庭田先生に頼んでマンツーマンで指導してもらおう。あっ庭田先生というのはべっぴんさんで空手部顧問の先生です。あの美しく長い足から繰り出される蹴りは一度喰らう価値アリ! 俺はもう何度も喰らっているのでわかるんですよ。
ってか三井が横にいるってのに庭田先生の足を想像した俺ってサイテー!
笑ったまま歩く三井とグハハ笑いを浮かべながら歩き続けた結果、三井家に到着した。そして居間の明かりが灯っているのを確認した俺は申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。
娘の帰りを待つ両親の顔が思い浮かぶな。とはいっても彼女のご両親の顔を拝見したことはないんだけど。でも絶対に心配してるよなぁ。
「また送ってもらっちゃたね」
そう呟いた彼女は横にいた俺より一歩前に進んだ。
「いや、電話した俺が悪いんだから」
後先考えないで電話なんてした僕が全面的に悪いです。誠に申し訳ない。
俺の返事を聞いた彼女は何か考えるように夜空を見上げる。うぅむ、星や月よりも彼女の姿は美しい……自分で言って赤面しそう。
「知ってても、知ってるのに……かぁ」
ふっと顔を戻してそう言った三井は笑顔を見せてくる。で、でもごめん意味がわからないよ。
へ? という顔をする俺を見て三井は苦笑いを見せながらも言葉を続けた。
「相手の気持ちを知ってても好きなのに変わりはないって普通なことなのかな」
「……は」
「なんて、ね?」
少し意地悪な笑みをこぼした三井は固まる俺を背に玄関へと進んでいく。
ちょ、ちょっとまた言い逃げなの? 俺はどうすればいいの? と、思ったら振り向かれ、俺は絶対に変顔を披露していたと思われる。
「……秋月さんね」
不意に寂しそうな表情を見せた三井はそれから少し黙ってしまう。けど急かすことも出来ない俺は次の言葉をジッと待ってみた。
「……送ってくれてありがと! それじゃあおやすみなさい!」
「え? ちょっ三井さん!?」
「気をつけてね!」
やっぱりまた言い逃げですか。でもそんな笑顔で言われたら何も言えないじゃないですか。ただ手を振るしか出来ないじゃないですか。
それから笑顔全開の三井さんは俺のジャンパーを羽織ったまま三井家へと入って行ってしまった。うん、絶対にジャンパーのこと忘れてるよね。
それから約数分間その場であれこれ悩んでみたものの、三井家のインターホンを鳴らすことも出来ず回れ右をしてトボトボと一条家を目指すしかありませんでした。そして思った通り、一条家の居間は暗いままでした。ってか真っ暗でした。
一条家に戻ったのが午前1時近く。もしかしたら俺って結構な不良? なんて思いながら家の中に入った。それから冷蔵庫を漁って牛乳を飲んだり桃の缶詰を食べたりしたせいで寝たのは結局丑三つ時。当たり前だが眠気という敵と戦いながらの起床となりました。
そして重いまぶたをこすりながらも階段を下りた僕は、目の前に広がる光景に軽い目眩を起こしたのです。
「……おはよ」
何でウチにいんのぉぉぉおお!?
眠さ&ダルさ80%で居間に入ったはいいが、そこで当たり前のように古い2人掛けソファに腰を下ろして茶をすする萌に呆然とするしかない。
あれ? ここっていつから秋月邸に成り上がったの?
「朝から気分悪い」
「は、え? 何が?」
「下着姿でウロウロされたら気分悪い」
見ちゃイヤん! ……じゃねぇよ! 自分の家なんだから下着姿でウロチョロしようが裸で踊ろうが俺の自由でしょうが!
湯飲みに口をつけながらも(余談ですが昨日ノブ君に渡した湯飲みと同じ物です)ジト目で睨んでくる萌に何でもいいから言い返そうと口を開ける。が、萌の横に座っていた直秀が(朝からわーわー言うのカンベン)という表情をしていたので断念した。
ってか俺が悪いの? それにどうしてお前も当たり前みたいに萌の隣りで牛乳飲んでんだよ。何で萌ちゃんがいんだよとかって抗議しなかったの?
そんな感じで後で覚えてろよ光線を直秀に送っていると、台所から俺よりも眠さ率が高そうなエプロン姿の母ちゃんがやってきた。
「あ、太郎やっと起きたのかい? 全くあんたはいっつもギリギリまで寝てんだから。起こす方の身にもなりなよ」
起こされてませんけどね! 今日だってケータイの目覚ましで起きたんですけどね!
「何で萌がいんだよ……!?」
なぜか溜め息を漏らして(こっちが溜め息漏らしたいわ!)台所に戻ろうとする母ちゃんの肩を掴んだ俺は萌の行動に注意しながら小声でそう問いただそうとする。が、相手はあの母上様です。
「本人に聞いたら?」
聞けないから母ちゃんに尋ねてんだよ! それくらい分かってよ!
「ってちょっと! 俺のメシは?」
いいから早くご飯食べちゃいなとだけ言い残し去って行こうとする母ちゃんを慌てて引き止める。早く食えって言われても食うモンがないんですが!
「あっ、萌に食べさせちゃった」
テヘッ、じゃねぇよ! 悪いけど全然少しも1ミリも可愛くねぇよ! むしろ腹が立つよ!
笑って誤魔化すという彼女にとっては高等技術を披露してもらったが、それでもグチグチうるさい俺に腹を立て最終的には逆ギレを起こして居間を出て行ってしまった。お願いだから子どもに逆ギレしないで。
「あ、俺もう行かないと」
俺と母ちゃんの痴話喧嘩を聞いていた直秀が牛乳を一気に飲み干しそう言うと萌に「それじゃあ」と挨拶して立ち上がる。そして兄である俺には何の言葉も掛けてくれず、ただチラリと視線を寄越しただけ。なんだコノヤロー。言いたいことあるなら口に出せや。
それから無言を貫く弟はなぜかニヤけた表情で弁当箱を鞄に入れると居間を後にした。そんな彼の背中を見つめ、そしてこう思うのです。母ちゃんと直秀に逃げられた今、自分の力で何とかするしかないと!
ソファでくつろぐ萌を横目に、まずは持って来ていた学生ズボンを履いてからテーブルに置いてあった牛乳を手に取り一気に飲み干す。何をするにもまずは栄養補給が大事なのだ! でも冷蔵庫に入ってなかったからぬるい!
「ッカハァ! やっぱり朝は牛乳だよね!」
どうですか俺の演技。CM出演が舞い込んで来そうで怖いくらいな笑顔ですよ。
「あっそ」
萌監督の評価はイマイチだったみたいです。ってか俺の演技を見て「それサイコー!」なんて萌が言うワケねぇ。どんな素晴らしい演技しても今みたいに無表情見せるだけだよね。それじゃあ次の作戦と参りましょうか。
「あ~……ゲフォ」
ケホッと小さく咳をしてからまずは軽いジャブのつもりで萌の隣りに座ってみる……立ち上がられた。やっぱり直秀みたいにはいかないね。
はいはいごめんね~と立ち上がると俺の顔を凝視したままで萌はもう一度ソファに座り直す。俺の家なのに俺より態度デカイってどうよ。
「え~っと。も、萌さんや。何でウチにいんの?」
「別に」
へー……意味不明!
茶をすすり続ける萌は俺の方へ視線を向けようともしないでテレビに集中している。くそっ、俺の朝メシ食ったクセによくそんな平然とした態度でいられるもんだ。秋月家の朝メシはウチよりももっと豪華なはずだろ? それなのに何でわざわざ一条家で食ってんだよ。とはいってもウチなんて焼かない食パンにバター(マーガリン)なのに……あれ? 何だか香ばしい残り香が鼻についてるんですけど……。
「朝メシ……何食った?」
「トーストにスクランブルエッグ、ベーコン……と、何かのスープ」
ヒイキじゃねぇかぁぁああ! 何で萌が来た日に限ってそんな豪勢な朝メシが出てくんだよ! しかも全部横文字だし! ……最後の『何かのスープ』って、何が入ってたのか聞くの怖い。
「あ~食いたかった! そんな朝メシならめっちゃ食いたかったぁ!」
デッカい声で嫌味を発した俺はチラリと萌を見てみる……が、茶をすすったまま微動だにしない。何か言えや! 食べちゃってゴメンねって言って!
「そこにパンある」
だからそれ焼いてないって! しかもマーガリンすら出てねぇし! あれか、食パン口にくわえて路地で誰かとぶつかれってか? そしてその人は転校生で運命の出会いってか!? 有り得ねぇよ!
直秀の予想した通り俺がわーわー騒ぎ始めると、疲れた顔の萌が立ち上がり飲み干した湯飲みを手に近づいてくる。
ちょっ、「じゃあこれでも食ってろ!」とかって湯飲み投げてきたりしないよね?
「……コンビニで何か買えば」
俺が金ねぇって知っててわざと言ってませんか? 奢ってくれるってんなら話は別ですが。
「奢ってくれんの?」
「誰に言ってんの」
「萌に言ってんのぉ」
「有り得ない」
心のこもってない言葉ありがとね!
「ってだから何でウチにいんの? 一緒に登校しないって言ったのあなたよ?」
嫌味には嫌味を。俺はフフンと鼻を鳴らしてそう言ってから高飛車に笑ってみせる。朝飯の恨みってのは恐ろしいものだと知れ!
「……言った」
「で、でしょぉ?」
「……」
それから無言が生まれます。しかし今の私にとって無言など屁のカッパだよ!
「まぁ萌が太郎様と一緒に行きたいのぉって言ったら話は別だけど?」
有り得ないけど一応言ってみる。言うわけなんてないってわかってても言ってみる。そう、俺は冒険者!
「絶対に言わない」
……だよね。あなたがそんなことを口走った日にゃ大地震が来るよね。
「だけど……」
それはごめんあそばし~なんておちゃらけた顔を見せて怒りを増幅させてやろうとすると、俯いたままで萌が言葉を繋げた。
「一緒に行き……」
え? まさか「一緒に行きたい」って言うの? 俺のことどうとも思ってないのにそんな発言してしまうの?
「行き……たくないとは思ってない」
遠回しな言い方だなおい! ホント素直じゃないねこの子は。行きたいなら行きたいって言えば俺だって……どうするの?
どうするどうすると考えている間も萌は何も言わずに下を向いている。そしてそんな彼女を見てピンと来た。
「あ、あのさ? 言っておくけど俺は昨日萌のこと捜したりしてないからね?」
「え?」
ハッと顔を上げた彼女を見て確信しました。
はは~ん、やっぱりこいつぁおばさんに「あなたが突然いなくなったから慌ててコタローちゃんに電話しちゃったじゃない!」系の発言を聞かされたな。そして「謝ってきなさい!」みたいなことも言われた顔だ。
っつっても俺が勝手に家を飛び出したんだから萌が謝る必要性はないんだけど、相手はあのおばさんだからねぇ。萌もおばさんにだけは逆らえないから嫌々来たんだろう。それで嫌味にと俺の朝メシを食ったんでしょう。
「でもお母さんが……」
「おばさんから電話はもらったけど別にその後は何も行動とかしてないし」
萌の言いたいことは分かってるつもりだ。だけどそれを素直に聞ける姿勢を俺は持っていない。出来るなら昨日の出来事は全て忘れてしまいたいんだ。記憶から抜き取って焼いて食ってしまいたい……あっ食ったらまた思い出すか。
「……そう」
萌は俺の言葉を聞いて数秒してからそう返事をしてきた。その顔は丸々信じてくれたようですな。あともう一押しで終わるねこりゃ。萌までも簡単に騙せてしまう自分が怖くなる。
「そうそう。だから萌がノブ君と…………ばっ」
ば、ばっきゃろぉぉぉぉお! 全て台無しじゃないよ俺のバカァ! 自分が怖い! さっきとは全く違う意味で怖い!
「私とノブ君がどうかした?」
や、ヤバイヤバイ! やっぱり俺って一言多い! そのまま黙ってりゃ終わってたのに! 自分の口が憎い!
「だ、だから萌がノブ君と……お、温泉まんじゅう食ったからって別にどうとも思ってないから」
ナイス機転! 助かったよ温泉まんじゅう(一郎)!
よっしゃと心の中でガッツポーズを取った俺は自信満々の顔を萌に向け……あれ? 何でまだ疑問に満ちた表情してんの?
「何でガッツポーズ取ってんの」
心の中でじゃなかったのねぇ!? 自分の手が憎い!
もう何も言い訳出来ないと悟り、テーブルに置かれた食パンを一気食いした俺は萌を背に歩き出す。そう、逃げるんですよ。これ以上しゃべったら余計なことポロポロこぼしそうなんだよ。
「無視するな」
「はっ早く行かないと遅刻しちゃうでしょうよ! 今日は大好きな古文もあるし!」
早く庭田先生を目の当たりにして安らぎたい。ジッと見つめていたいんだよ。見られてるのに気づいて恐縮する庭田先生はすっごく可愛いんだから! ……今日って古文あったっけ。
「誤魔化すな」
ちゃっちゃと行っちゃえと居間に持ってきていた鞄に手を掛けようとして邪魔をされた。鞄を奪い取った萌はそれをしっかりと両手で抱きかかえてからメデューサも逃げ出すほどの石化眼力で俺をガン見。無理無理、言えないって。
「何を見た」
「いや、あの~~……」
どこまで言っていいのやら、どこまでがセーフなのか。語尾をいらないくらいに伸ばして時間稼ぎをする俺は、萌のイライラメーターがどんどん上昇していくのがわかった。
「ほら萌! あんた早く行かないと遅刻するよ!?」
湯飲みを投げつけられる! そう目をつぶった瞬間、母ちゃんがドタバタとうるさい効果音つきで居間に突入を仕掛けてくれた。助かったというべきでしょうか。でもどうして実の息子である俺じゃなくて萌の名を呼んだの?
「太郎も朝ご飯食べられなかったからっていつまでもいじけてないで早く行きな!」
いじけてねぇよ! 食パン食ったし!
掃除の邪魔だよと俺の肩を(強く)押した母ちゃんはなぜか萌に向かって満面の笑みを浮かべる。俺を突き飛ばしておきながらその笑顔はなんだよ。
「って俺の弁当は!?」
「ここにあるよ! まったく、あんたは二言目には弁当なんだから」
そんな弁当言った記憶ないんですけど! 焼きそばの次は弁当って俺はどんだけ大食漢だよ!
ただ単に早く眠りにつきたいだけで絶対に掃除なんてしないと思われる母ちゃんから半ば追い出されるように家を飛び出した俺と萌は、気がつけば並んで学校へと向かっているではありませんか。
母ちゃんが場を荒らしてくれたせい(お陰)でノブ君の話は消えてくれたが、無言の中での登校ってのはやっぱり少し寂しい。
「……やっぱり」
ちょっとでも寂しさを紛らわせようと口笛を鳴らし始めた途端、隣りを歩く萌がポツリと呟いた。
「やっぱりあんたが好きみたい……」
「す……ぜぇぇええ!?」
わわわわ! 朝っぱらから何を言い出すのよお前は!? 心臓飛び出すかと思ったわ!
「あんたなんかのどこがいいんだろ」
俺に聞くな! と、ツッコミを入れようとして手を止めた。
たしか昨日俺も三井に萌のどこがいいんだろみたいなこと言ったよな。人を好きになるってのはよくわからん、けど好きなの。みたいな? 知るか!
「早希の思考はわかんない」
「へ……」
おまっ、お前じゃないんかいぃ!ってか分かってたことなのにあわわする俺って……アホか。
「回りくどい言い方すんなよ……」
溜め息に溜め息を重ね、ついには咳き込むほどの溜め息が漏れた。
一緒に行く理由はないものの、でもだからといって歩く速度を緩めて萌と距離を取ってもなぁなんて考えているうちに学校へと到着してしまった。が、玄関で外靴が思ったように脱げずモタモタしてる間に彼女は上靴に履き替えると俺を残して階段を上がって行く。行動全てが遅くてごめんねぇ。
「あ、太郎おはよ」
教室に入って一番に声を掛けてくれたのは紛れもなくあかね姉ちゃんでした。良いね良いね。美人な方が一番に声を掛けてくれるのってすごい良い。
デカい声で「おはよぉあかねぇ!」と叫びながらふと教室内を見渡してみるが、萌の姿がない。お嬢様は便所か。
「太郎? 元気なさそうだけど何かあった?」
さすがあかね。俺の微妙な変化に気がついてくれるとはやはりあかねだ。もう俺と結婚するしか道はないよ。
「あかね、お願いがある」
「断る」
早いよあかね! まだ何も言ってないのに!
「あんたの言いたいことはなぜか分かるんだよね」
それって言わば熟年夫婦じゃねぇ? 言いたいこと言わなくても通じてるみたいな。やっぱり俺と結婚するしかないよ。あかねに釣り合うのはちょっと頼りないけど、いざというとき力になってくれる俺みたいなヤツしかいない。戦国先輩はいつ何時も頼れ過ぎてダメだ、あかねには不釣り合いだよ。
「じゃあ今の俺の気持ちを読んでみてくださ~い」
「えっと……お腹空いた、とか」
あ、当たってるけど嬉しくない! 「ちょ、ちょっと何考えてんだよ!」とかって顔を赤らめてくれてたら鼻血出す勢いだったのに!
「当たってるでしょ?」
「はい、正解です」
鼻高々なあかねに何も言えない俺は机に突っ伏す。ホントにあかねってば鈍感ちゃんなんだから。私の気持ちをわかってよ。
「あぁ、そういえばさっきまで宮田が来てたんだけどね」
「晃が? 何用で?」
前に萌ちゃんのいないA組に用などない! って言ってたヤツなのに。どんな心境の変化?
「ちょっといつもと違う感じだったなぁ」
「どう違う感じ?」
「それがさ……」
「どんな感じ?」
「いや、だから……」
「ねぇねぇ教えて~!」
「メンドくさい!」
「ぎびっ!」
返答に困ったからってノドに手刀はヒドい!
上手くいけばどさくさに紛れてあかねに触れられると思った僕が悪い。確かに触れられたけど手刀だし。
「いつもなら萌は? って聞くのに聞かなかったんだよね」
ノドを抑えて咳き込む俺の背中を軽く叩きながらそう言ったあかねはう~んと唸る。あ、背中が暖かい。
「もしかして萌のこと諦めたのかな」
その言葉に少なからずドキッとさせられた。
祭りの時の晃は確かに少しおかしかったよな。まるで俺も萌を好きなことを知っている感じだったし。ってことは、俺相手じゃ勝ち目がないと悟って諦めた……はずないか。絶対に諦めないみたいなこと言ってよな。でも今日は萌萌言ってなかったってか。
まったく、男ってよくわからない生き物よね……俺も男だけど。
「あっ萌おはよ」
2人で晃について議論を重ねている内にどこへ行っていたのやら、萌が教室に入ってきた。そしてそれに気がついたあかねが彼女に声を掛ける。
あっあかねさん、どうして俺から離れるの?
「おはよ」
挨拶を返した萌は俺をチラリとだけ見てから自分の席へ着席。
何やかんやと萌に話しかけるあかねをジッと……見たらアイコンタクトで怒られそうだったので視線を前に移動させた俺はギュルっと鳴ったお腹を慌てて押さえる。
あ~クソ、腹減った。食パン一気に食ったから腹減った。前の席の持ち主である一郎はまだ登校してないからヒマだし。
「おっと、メールだ」
この分だと弁当だけじゃ足りないかもなんて考えていると、ポケットに入っていたケータイがブルッと震えた。マナーモードなのに着信なのかメールなのかわかる俺ってすげぇ。
『今日行けたら行く』
一郎ぉぉ! お前の身に一体何が起こったんだ!? ポップコーンじゃ美咲ちゃんを振り向かせることが出来なかったのか? だが聞くのメンドイからここはスルー決定だな。
ごめん一郎と心中で謝りながらケータイを鞄に投げ入れた、と同時に不意に萌と目が合ってしまった。
「……なに」
「何って、萌こそ何?」
ジッと俺を見てくる(正確には睨んでくる)彼女はそれから小さく溜め息を漏らしやがる。俺を見て溜め息とかヤメてよマジで。
俺だって何だか知らないけど溜め息吐きたいわと負けじと目一杯息を吸い込んだ時、あかねが何か思い出したように手をパンと叩いた。
「ねぇ萌。今日あたし部活休みなんだけどさ。帰りどっか行かない?」
「行く行くぅ!」
「いや、太郎は誘ってないんだけど」
ヒドいヒドい! 俺だってあかねと道草食いながら帰りたい! 一緒に(2人きりで)帰れるなんてそうそうないんだから!
「俺と帰ろうよあかねすわぁん!」
「ヤダよ!」
はっきり言うなよ! こう見えて傷つきやすい性格なんだから!
「あ~か~ね~と~か~え~り~た~い~!」
「だからイヤだっての!」
まだ言うか! とあかねが拳を突き上げたと同時にお口にチャックをしました。これ以上突っ込んだこと言ったら絶対に意識飛ぶ。でもそこまでして俺と帰りたくないの?
「萌は何か用事とかある?」
振り上げられた拳を恐れている俺にあんたとの小コントは終わりとあかねは話を戻してしまう。ちきしょ、俺が女性だったら彼女もここまで嫌がらない(はずだ)のに。
「用事は別にないよ。どこに行く?」
やっぱり俺をスルーの萌は何やら楽しげに「どこか行きたい所あるの?」と笑顔全開。
お、俺だって仲間に入れてあかね!
「私はケーキの王女様、ショートケーキが食べた~い!」
「だから太郎は誘ってないっての!」
待ってましたとばかりにあかねの裏拳がオデコに直撃。でも鼻っ面じゃなくて良かった。顔面に喰らってたら鼻血出てる。
「ぐぐ……な、何で俺は行っちゃダメなのよ?」
「女同士、積もる話もあるんだよ」
それを言われちゃ何も反撃出来ねぇ。でもあかね、どっかのおばさんみたいな言い方だね。パッと「積もる話があるんだよ」なんて出てこねぇよ。
「じゃあ帰りまでどこ行くか考えておいて」
あかねのその言葉に「はぁい!」と言いたい気持ちをグッと堪えて萌の方へ視線を向けてみる。
こいつ、ノブ君だけじゃ物足らずあかねにまで手を出そうとしてんのか。……ってまた思い出してしまった。一体いつになったら忘れられるのやら。
「……本当に気が多い。それじゃ早希が可哀想」
「は?」
あかねには指一本触れさせねぇからな視線を静かに送っていると、萌が俺を凝視しながらそう言い放った。
「そんなん言うなら俺の方が可哀想だわよ」
「生まれて来なければ良かったね」
そりゃヒドすぎ! いくら心でそう思ってても決して言葉に出しちゃダメだよそれは!
ふんっと俺から視線を外した彼女はそれからホームルームが終わってもこっちを見ることはなかった。
「……マジで俺って可哀想」
あーだこーだ、なんだかんだ言いながら普通に萌と話が出来てしまう自分が嫌になっていくね。
……しかも今日は古文なかったよ。