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第116話 正義の味方になれず終い

「緑茶で良いですか?」


「あっお構いなく」


そんなこと言われたってまんじゅうノドに詰まらせたら対処に困るじゃないですか。背中を叩いていいと言うなら思いっ切り叩かせてもらいますけど。

目が合えばなぜか2人して照れ笑いを繰り返し、意味わかんねぇ! とツッコミたくなるのを何とか抑えて現在、僕とノブ君は一条家の居間にてまんじゅうを食べております。幸いなことに母ちゃんは晩飯の買い物に出ている為まんじゅうを食われるという被害は起きませんでした。


「お、美味しいですね……」


「う、うん……」


何で男2人向かい合ってまんじゅう食ってんだろ。そりゃ会話も盛り上がらないっつーの。

無言でまんじゅうを口に運ぶノブ君をジッと見たり見なかったり……それこそ恋する乙女のような仕草をする俺はきっと気持ち悪いに違いない。


「な、何か?」


引きつった笑顔を見せつつもまんじゅうを食って緑茶を飲み終えたノブ君がそう聞いてきた。俺は俺で飲み干してしまったというのに湯飲みから口を外せない。

いやいや、何か用があるのはあなたの方ですよね? 俺は今か今かと待っているのですよ。


「俺に話があるんじゃないんですか?」


「あ……うん、まぁ」


何だか歯切れの悪いノブ君はバツが悪そうにお茶をすする。それを見て俺も入っていないお茶をすする。


「一条君は……」


さっきまで嫌ってくらいに視線が合っていたのにそう切り出したノブ君は俯いて自分が持つ湯飲みをジッと見つめる。

こういう瞳が女性をその気にさせるんでしょうな。かく言う俺も少なからずドキッとさせられる。綺麗な人は性別を超えて綺麗なんだろうか……誰だ俺は。


「キミって萌と仲良いよね」


ノブ君が口にした『萌』という単語に心臓が飛び跳ねたのがわかった。そうだ、この人も俺と同じくアイツを呼び捨てにする1人だった。だけど誰が萌を何と呼ぼうが俺には関係のないことだ、と自分に言い聞かせて言葉を返す。


「良くないです」


ここで冗談でも「ええそりゃもうとっても仲良いですよぉ」なんて言ったら後で萌に何を言われるかわかったもんじゃない。いや、言われるくらいならまだマシだ。拳やら足やら飛んで来そうで怖い。


「幼なじみという厄介な代物でしかないです」


「そう言ってる割には眉間にシワが寄ってるけど」


「……まんじゅうが甘過ぎただけです」


まんじゅうのせいにするのは身を引き裂かれる思いだったがここは心を鬼した。ごめんねまんじゅう、本当はとっても美味しかったんだよ。

カッコつけて「あんまり甘いの好きじゃないんで」と言ってみたが嘘がバレバレ。がっついて食った時点で好きだ! って叫んでるのと同じだろ! ちぐはぐなこと言ってノブ君を困らせてるよ!

まんじゅうもお茶も飲んでしまった今、このしーんと張り詰めた空気を壊せる物は何もない。ズズズとお茶をすすることも出来なけりゃ立ち上がって便所に行く勇気もない。


「萌は一条君のことどう思ってるのかな」


「俺は萌じゃないので本人に聞いてください」


どんな質問だよ。そんなの答えられるわけないだろが。あれか、祭りに行った時に言われた「別にどうとも思ってない」って言えば気が済むんですか。ってかあなた萌の気持ち知っててワザと言ってませんか?

少しずつ余裕のある表情に戻っていくノブ君を見ていると妙に胸の奥がざわついた。なんだその勝ち誇ったような顔は。男は顔じゃないんだよ、ハートだよハートゥ。あかねならきっとわかってくれるってんだ。


まんじゅうはまだ残っていたがそれを差し出す気分にもなれなかった俺は意地悪にも皿を片付け始める。くそっ、俺は心の狭い男だ。自分からまんじゅうどうですかって誘っておきながら1コしかあげないなんて。

ごちそうさまでしたと手を合わせてまんじゅうに感謝の意を表したノブ君は高級そうな腕時計に視線を落とす。それにつられて俺も皿を持ったまま居間にある時計に目を……止まってるし! 電池くらい交換してよ!


「そろそろ萌も帰って来る頃かな」


小さい溜め息を漏らしたノブ君はそれから居間をグルッと見渡す仕草を見せる。狭くてすいませんね。でも俺は言いました。汚い・臭い・滑るの三拍子揃ってますけどって確認しましたよ。母ちゃんの趣味はワックス掛けなもので。

そんな思いを抱きつつ皿を台所に持って行こうとしてすぐ、ノブ君の動きが止まった。何か興味の引くものでもありました?


「あれって……萌?」


「え? あぁハイ」


ノブ君が目を奪われたのはやはり萌でした。といっても本人じゃなくて写真なんだけど。

テレビの上に飾られた一枚の写真。なぜか俺や直秀じゃなくて萌とウチの親が写っている写真です。ああして見ると親子の写真のようだ……何で萌?


「いつ頃の?」


そう言って立ち上がったノブ君は写真に近づきそれを手に取り眺める。後ろ姿しか見えないけどきっと穏やかな表情をしているに違いないでしょうな。


「たしか萌が引っ越して来てすぐだったような……」


写真に写る萌と母ちゃんはとてつもない笑顔を見せているが、父ちゃんは引きつり笑い。あの時の俺は何で父ちゃんがそんな顔をしているのかわからなかったけど今はわかる。ご機嫌を損ねないように必死こいてたんだよアレは。ってかその写真撮ったの俺なんですけど! 俺も写りたいって言ったら父ちゃんに「後で! 後で!」って怒られた記憶が鮮明に残ってるんですけど! どんだけ気が弱いんだよ父ちゃん! 今でもその姿勢は変わってないよ!


カメラを構える俺の後ろで直秀が恨めしそうな顔してたなぁなんて昔のことを思い出していると、写真を戻したノブ君がこっちに振り返った。


「萌のヤツいい笑顔してるなぁ」


「中2の時にその笑顔とはおさらばしましたけどね」


「え? どうして?」


「さぁ……それも本人に聞いてください」


だから俺に聞かれても困るってんですよ。

役に立てなくてすんませんと悪いとも思ってないクセに謝った俺はそれから流しに皿を乱暴に置く。……わ、割れてないよね? 割れてないよね?


「あ、それじゃあ俺はこれで……」


俺のあまりの対応に居心地が悪くなったのかノブ君は「とても美味しかった。ありがとう」と言い残すと居間を出ようとしてか歩き始めた。

俺って意外に悪者になれる素質があるのかもしれない。自分から一条家に入れておいてこれはないよな。マジで悪いことした。


「あっノブく……ノブさん!」


追いかけるかどうか迷ったのはほんの一瞬で、俺はまんじゅうが入った箱を手に大急ぎで居間を飛び出した。よしっ、まだ2コある!

靴を履こうとしていたノブ君が怒濤の追い込みでやってきた俺に驚いて前のめりにコケそうになった。が、急いで腕を掴んであげたお陰で彼は無様に転ぶことはなかった……俺のせいなのに上から目線で言っちゃった。


「これ良かったら食ってください、って言っても2コしかないですけど」


さっと差し出したはいいが残りのまんじゅうは潰れてその内の1コはあんこがはみ出している。微妙にデジャヴを感じるのはなぜだろう。


「え? でも」


「俺は5、6コ食ったからもういいんです」


あながち間違ったことは言っていない。結構食ったからな、しかも学校で。

まんじゅう2コあるから萌と一緒に食べてくださいっつったら嫌味以外の何でもないことはわかってるつもりだ。だから俺は無言で強引に箱からまんじゅうを取り出すとノブ君に手渡した。あ、箱も潰れてたか。


「あ、ありがとう」


結構ですと言いづらい雰囲気にさせたのが良かった。ノブ君は恐縮気味にそう言うと笑顔を見せてくれる。それから2人して作り笑いを浮かべながらさよならの挨拶を交わした。


はぁぁ、八方美人な俺ってどうよ。誰にでもいい顔して結局は自分が可愛いだけじゃんか。こんな自分どうにかしてやりてぇ。






ノブ君が一条家を去ってからあっという間に時間が過ぎ、気がつけば就寝時間です。

あ~眠れねぇ。頑張って目をつぶっても無理なものは無理だ。腹一杯で眠れないとかじゃない。胸一杯でもない。


「……」


ぼうっと天井を見上げて溜め息を漏らす。

私にはノブ君がいるから……その言葉が頭にこびりついて離れてくれない。だけど、わかってたことなのに何だかムシャクシャする。

俺は萌に告白……のようなものをしたのは確かだ。でも、だから? って言われたらそれで終わり。ってか初めから終わってたんだろう。萌の気持ちは最初からノブ君にあったんだよ。俺の告白なんてあってないようなもんだったんだ。


「萌のボケェ……」


誰に聞かれるはずはないって知っているのに無意識の内に小声になる。こんな時まで大声出せないなんて俺はどんだけ小心者なんだってな。

ネガティブになるな! と自分に言い聞かせながら視線を横に移す。と、そこで勉強をしたことのない勉強机が目に留まった。

あの引き出しには萌と写っている写真がある。それも俺だけがすっごい笑顔の写真。すっかり取り出すの忘れてた。


「……ボケェ」


俺に笑顔を向けてくれなくなってからどれくらい経ったのかなんて考えるまでもなく、こんなことじゃ朝を迎えてしまう! と強引に目をつぶった。


「おわっ!」


意地でもグッスリ眠ってやる! と息巻いたその瞬間、充電器に刺さったケータイが俺を呼んでしまった。今何時だと思ってんだよ。もう良い子はお布団の中だっての。

寝たふりをして出ないのもいいかなぁなんて思ったが、そんなことは出来ないかと面倒くさがりながらも布団から出てケータイを手に取った。


「あれ……? はい、もしもし?」


『あっ、コタローちゃん?! 萌そっちに行ってない?!』


その声は焦りと不安で一杯のようだった。

電話の向こうから聞こえてきたおばさんの大声に驚いたものの、やっぱり微妙に萌と声が似てんなぁなんていらないことが頭をかすめる。


「え、あの、おばさん?」


『萌が帰って来ないの! 電話にも出てくれないの!』


「ちょ、ちょっと落ち着いてください。萌のヤツ帰ってないんですか?」


『コタローちゃんどうしたらいい?! 警察に行った方がいい?!』


俺の言葉なんて耳に入っていないようで「どうしよう?!」を連呼するおばさんの声に目がばっちりと冴えた俺は部屋の明かりをつけ、無意識にその場に落ちているジャンパーを手にしていた。あ、チャックが壊れてる。


『お父さんは俺が捜しに行くから心配するなって言ったんだけど、もう2時間も経つのに!』


ってことは今は夜の11時半だから、真さんが捜しに出たのは9時半くらいか。萌のバカめ、いつもなら連絡くらいするクセに。


「あかねの家とかじゃないんですか?」


『夜も遅いからお家に電話出来なくて。あかねさんの携帯番号は知らないし、コタローちゃんにしか電話出来なかったの。ごめんなさい』


「あ、いやいいんです、まだ寝てなかったから。じゃあちょっと俺の方から電話してみますから一旦切りますよ?」


『お願い!』


あの優しいおばさんを心配させるなんて萌のヤツは一体何をしてんだか。

夜も遅いが構ってられないとまずはあかねに電話しようと……待てよ。たしか夕方に公園で三井といたよな。もしかしたら何か知っているかもしれない。


「……くそっ!」


電話を掛けようかどうか迷った末、俺はバタバタと階段を2段飛ばしで下りながら電話を耳に当てた。直秀、起こしたら悪い!


『はい? 一条君?』


意外にも三井はすぐに出てくれた。そして驚いたような声が聞こえてくる。ですよね、夜中(と思っているのは俺だけかもしれないけど)にいきなり電話なんてしたらそりゃ驚きますよね。


「あ、夜遅くにごめんね。今大丈夫かな?」


『うん、大丈夫だよ。何かあったの?』


「あっ実は萌が家に帰ってなくて。夕方くらいに三井が萌と公園にいたの見かけたから、その時何か聞いてないかなって思って掛けてみたんだけど」


玄関の鍵を開けながらそこまで一気に話し終えると、電話の向こうで息を呑む音が聞こえてきた。俺の推理は間違ってなかったのかな?


『秋月さん、帰ってないの?』


「そうなんだよ。何やってんだかねあのお嬢様は」


『……』


出来るだけ明るくそう言ってみるも、何の言葉も返ってこない。まさか電話しながら寝た……そんな一郎みたいなことしないよね。


「三井? もしもし?」


『あ、ごめんね……私のせいかもしれない』


三井のせい? 家に帰るな! とか言ったワケじゃないでしょ?


「何で三井のせいなの?」


『秋月さんにこれ以上一条君のこと振り回すの止めてって言ったの……もしかしたらそれで……』


「え?! な、なんだってそんな……」


外に飛び出した俺は三井の言葉に立ち止まる。雨は降っていないものの夜風が体に響く。雨は降ってないにしてもスウェットにジャンパーじゃ寒すぎる。しかも慌てて母ちゃんのサンダル履いて来ちゃったよ。もうすぐ夏なのに寒いよ。


『私には関係ないって言われたらそれまでなんだけど、でも昨日の秋月さんの行動を聞いていても立ってもいられなくて。それで帰りに通るからって公園まで来てもらったの』


三井が結構な行動派だってことは知ってたけど、まさか自分勝手女王の異名を持つ萌を呼び出したとは予想外。それに呼ばれてホイホイ行った萌も意外だな。面倒なことは極力(絶対)しないヤツなのに。俺が呼んでも「お前が来い」で終わるのに。


「あっもしかして俺に萌と一緒に帰るか聞いたのそれが理由だった?」


『うん、ごめんね。直接秋月さんに聞けば良かったんだけど』


「いや、いいんだけどさ」


そうか、あかねが言ってたのはこのことだったのかもしれないな。彼女が一生懸命話してるのにケータイ開いてカチカチしてたのは三井にメールを送ってたからだ。ってか萌! あかねが話してんのにケータイなんか開くな! その時のあかねの悲しそうな表情が目に浮かぶ!


『公園に来てもらってすぐ秋月さんに一条君のことは別に何とも思ってないから勝手にしてって言われて。私それ聞いて我慢できなくなって……』


そのことなら今さら驚くことなんてない。萌が俺を好きじゃないことなんてわかってるし事実だ。ふぅむ、三井に俺を振り回すなって言われたくらいで家に帰らないなんてことはないよな。それが原因じゃないだろう。


『……一条君は今どこにいるの?』


「え? あ、まだ家の前だけど」


『私も秋月さんのこと捜すね! もしも先に一条君が見つけたら教えて!』


「え?! いやいやいいよ! ってか逆に心配だよ!」


『ありがと!』


ちょっ、褒めてないって!

電話したのは失敗だった。三井は見た目通りにすっごい良い子で、萌がいないと知ったら自分を責めるに決まってる。俺としたことが!

家から出ないで! という必死の願いは報われず、電話を一方的に切られた俺はその場で地団駄を踏む。こんな夜遅くに1人で外に出るのは危険なのに! 祭りの夜は何事も起きなかったからいいけど、今日も大丈夫とは限らないのに!


「チクショッ! 失敗こいた! 電話しなけりゃ良かった!」


近所迷惑もお構いなしに大声を張り上げた俺は、前方からやって来た犬の散歩中だったらしい女性が

全速力で逃げて行くのを見た。マズイ、通報される前に出来るだけ早くここから避難しよう。


超が3コくらいつく方向音痴女のことだ、きっと迷いに迷ってるに違いない。帰りたいけど帰れない状態になってるに決まってる。

方向音痴の方の心理が今ひとつ読めない俺は手当たり次第に捜すしかないと走り始めた。そして走りながら三井に電話を掛けてみる……が、出てくれない。電話を置いて行ったのか?


「……」


あかねに電話したらどうなるかなぁ。予想出来るだけにめちゃくちゃ怖い。それに三井の二の舞になる。絶対に家を飛び出すに決まってる。





携帯電話はポケットにしまい、手始めにまずは公園内に進入を試みた。が、人っ子1人いない。ここで立ち止まってても時間の無駄だな。よしっ、次!

……今さらだけど夜の道全てが怖いですな。その角の路地から口裂け女が出て来そうで怖い。ポマード持って来てねぇから戦えない。

いったん立ち止まって電球の切れている路地に行こうかどうか迷っていると、不意にチラリと人影が見えた。ぽ、ポマード連呼する準備して!


「あ、一条君!」


「っどぇぁあ!」


現れたのは俺と似たような格好をした三井さんでした。

全速力で走ってきたのか息を弾ませて萌は見つかったのかと尋ねてくる彼女の顔は強張っている。その表情はどう見ても自分のせいで萌がいなくなったんだと思ってるに違いない。今さらだけどやっぱり電話なんてするんじゃなかった。


「ごめんね三井。俺が電話したから」


「ううん、私が原因かもしれないんだから」


「いやいや、それはないって。萌が俺をどーとも思ってないのは確かだからさ。俺もそれは知ってることだし。だから別に三井に何か言われたからってそれが原因でいなくなったんじゃないよ絶対に」


「え?」


「あっそれよりそんな格好してたら風邪引いちゃう!」


パジャマにパーカーって、それじゃあ風邪を引かせてくださいって言ってるようなものだと大急ぎでチャックの壊れたジャンパーを脱いだ俺はそれを三井に差し出す。多分洗い立てだから臭くないと思うよ。


「え? あ、私なら大丈夫だから! 一条君こそ風邪引くよ?」


「バカは風邪引かないって言うでしょ」


大丈夫、大丈夫だからと連呼する三井に強引にチャックの壊れた(って何回言わせる?)ジャンパーを羽織らせる。うっ寒い。寒くて鳥肌が立ちそう。


「……ありがとう」


「こっちこそわざわざ来てくれてありがと。電話してごめんね、送ってくから」


「……え? う、ううん私も捜す! 二手に別れた方が見つける確率上がるでしょ? 私はそっちに行くから一条君は……」

「俺1人で充分だから」


「……」


俺の言葉にふと肩の力を抜いた三井はそれから羽織ったジャンパーをギュッと握り締める仕草を見せる。

きっと俺の言いたいことを理解してくれたんだろう。三井が萌を捜すのは間違ってる。電話した俺が言えることじゃないけど、彼女は何も悪くないんだから。何も言わないでいなくなった萌が悪い。


「送ってくね」


「……」


無言で小さく頷いた三井を先導するように歩き出した俺は辺りを注意しながら先に進む。

出来るならダッシュで行きたかったが、三井も慌てて家を出たと思えるようなサンダルを履いていた為にそれは断念。かく言う俺も足が痛い。母ちゃん仕様のサンダルだから小さくて足が痛い。見た目よりも足の小さい母ちゃん、たまに俺の靴を履こうとするのはどうしてだろうか。




「……一条君」


歩き始めて数分、後ろを歩く三井の足音が聞こえなくなった。それと同時くらいに震えたような声で名前を呼ばれた……気がした。


「なに?」


そっと振り向いてみると俯いたままジャンパーを握り締める三井の姿が目に入る。あれ? 呼んでない?


「さっき言ったこと、本当?」


「さっき?」


「一条君に対する秋月さんの気持ち知ってるって……」


「あ、あぁそれ? ホントホント」


別にここで嘘をつく必要はない。俺は努めて明るくそう言った。が、三井の表情は固いままだ。

立ち止まって俺をまっすぐに見つめてくる三井は心なしか寂しそうな目を見せている。と、言葉に詰まる問いをぶつけられた。


「……それでも、一条君は秋月さんの気持ち知ってるのに…………知ってても好きなの?」


「……え」


……好き、なんだろうなぁ。

どれだけ萌がノブ君を好きでも、俺のことを別にどうとも思っていなくても、だからじゃあ諦めますねって簡単にいくわけがない。

何も言えない俺はジッと三井を見つめ返すことしか出来ずにいる。が、彼女は俺が言いたいことがわかったのか小さく溜め息を漏らすと力のない笑みを見せてくれた。


「やっぱり好きなんだね」


「……自分でも何であんな暴言・暴力女のこと好きなのか良くわかんないんだけどね」


「……そう」


それから三井はもう何も言わなかった。歩みを始めた彼女は立ち止まる俺を追い越して先を急いで行く。当たり前だけど、三井の後ろ姿は萌とは全然違うんだな。






「いいからこっちに来いって!」


それは三井の家まであと数十メートル、という時のことだ。キョロキョロ萌がいないかどうか捜しつつも歩き続けている俺の耳に遠くから苛ついたような男の声が聞こえてきた。地獄耳も良いんだか悪いんだか。

ただのケンカか何かだろうと聞こえた声を無視して通り過ぎようとしたが、三井が立ち止まってしまった為にそれをすることが出来ない。三井にも聞こえたってことは別に地獄耳を装備してなくても同じだってことね。


「放して!」


やばかったら警察に通報すればいいかと近づこうとしたその瞬間、女性の嫌がる声がした。そして片方のサンダルが脱げたのもお構いなしに無意識に声がした方へ走り出す。

今の声、俺の聞き間違いじゃなかったら……幻聴じゃなかったら……!


「も……」

「萌!」


…………と、叫ぼうとして止めた。正確には呼ばせてもらえなかった。俺より先にノブ君がその名前を叫んでしまったからだ。

必死に男から逃れようとする萌の姿を発見してそこに突撃しようとしたが、横の路地から飛び出して来たノブ君に目を奪われた俺はその場で停止するしかない。なんでここにノブ君が、なんて考えは浮かんで来なかった。


「萌に触るな!」


口を開けたまま立ち止まっている俺の目の前で、萌の腕を掴んでいた男の顔面に拳をめり込ませたノブ君は間髪入れずに隣りにいた男にも蹴りを喰らわせる。その光景を目の当たりにした俺はこんな時にノブ君ってやっぱり強かったんだと思ってしまった。俺には無理な身のこなしだ。


「大丈夫か?!」


あっという間に2人の男を倒したノブ君は地面にへたり込んだ萌の腕を掴んで立たせる。と同時に顔を押さえて立ち上がった男に睨みを利かせた。その異常なほどの目力に勝ち目はないと踏んだのか男達は何か叫ぶとその場から走り去って行く。

……俺が出て行って今のノブ君みたいにあの男共をやっつけることが出来たか? 萌を助けることが出来たか?


「萌? 平気?」


「の……ノブ君……」


俺はまた地面に突っ伏したまま連れられて行く萌を見ていることしか出来なかったんじゃないのか? 前はあかねが助太刀してくれたから何とか凌げただけだ。


「……無事で良かった」


ノブ君みたいに強くない俺が萌を助けることなんて出来ない。だからノブ君が萌を抱き締めてもそれを止めることも出来ない。ただ2人が抱き合うのをボケッとバカみたいに眺めるしか出来ないんだ。


「……一条君」


後を追ってきていた三井が呆然と立ち尽くす俺の服の袖を軽く引っ張ってくる。けど、俺は名前を呼ばれたっていうのに返事することが出来ずにいた。

やっぱり萌に見合うのは俺なんかじゃなくてノブ君みたいなヤツだったんだな。頼れる存在で、甘えられる存在で……。

萌が見つかって良かったと思いたい気持ちと、俺が先に見つけていたらと思う気持ちがぶつかる。


「こ、公共の場で見せつけてくれるよねぇ」


いらない考えを頭の奥底に無理やり押し込みながらそう強がりを言った瞬間、袖をギュッと掴まれた気がした。

違う、三井に甘えるのは違う。そんなことをすれば後悔するのは目に見えてるし、それに何より彼女をまた傷つけることになる。


「……行こっか」


出来るだけ笑顔を作って三井に笑いかける。こんな時まで笑う必要はないのにいつからこんなヤツになったのかな俺は。自分で自分に呆れるわ。


「無理に笑わなくていいよ。ゆっくり歩こう?」


その優しさが逆に俺の胸を締め付ける。三井の気持ちに応えてあげられないのは彼女も知っているのに、何でそこまで俺に優しいんだろう。

クイと袖を引っ張られてたどたどしくも歩き始めた俺は、まだ抱き合っている2人を背に三井家を目指した。



今回は少し(?)シリアスな感じになった……よなぁと勝手に思い込んでいる今日この頃です。

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