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第115話 まんじゅう一つで大騒ぎ

今回より!や?の後にスペースを入れさせて頂くことにしました。……スペースを入れ始めてすぐ、考えていたよりも!や?の数が多く、書いたのは自分なのに驚いてしまいました。

「おは太郎!」


「……おは一郎」


昨日、食べ過ぎました。俗に言うヤケ食いというものを行いました。家に帰ってからなぜか晩ご飯を用意していくれていた母ちゃんに「食べないなら明日から作らないからね」と脅されて食べました。お陰でお腹が異常に膨らんでぽっちゃり太郎再来です。


「元気ねぇなぁ。あ、そうだコレ温泉まんじゅうな!」


「あぁ、ありがとよ……おぇっ」


「な、何だよその態度! お前がメールで温泉まんじゅうって送ってきたから小遣いはたいて買って来てやったのに、おぇって何だよ!」


「わ、悪かった。謝るから……おぇっぷ」


「テメェ!」


こっちだって好きで吐きそうになってるんじゃないんだよ! 自分でも制御出来ないんだからそんなに怒らないでくれ!

教室に入ってすぐうなだれるようにして机に突っ伏した俺に何だかんだと話しかけてくる一郎をスルーしながらも(一郎すまん)昨日のことが頭を離れずにいた。



結局、あの時萌からの電話には出なかった。そしてもちろん俺を背に去っていく三井に声を掛けることもなかった。でも三井の後を追った。1人で帰すのはあまりにも危険だと判断したからだ。萌にはあかねという素晴らしく頼もしい人物が寄り添ってくれているからいいけど三井は1人旅。危険すぎる。


幸いなことに祭りに興奮した若者達が三井をナンパしてどこかに連れて行こうとすることはなく、彼女は無事に家までたどり着いてくれました。


そして夜も遅く家に戻った俺は母ちゃんが作ってくれていた焼きそば(またかよ!)を頬張りながらケータイを開き、「行儀悪い!」と怒られてすぐさまポケットイン。

怒られたせいで(悪いのは母ちゃんじゃないけど)萌に電話を掛け直すことも、三井にメールすることもなく俺はそのまま眠りについ……腹が痛くて眠気も来ねぇ。


まぁ大雑把に説明すると大体こんな感じで今年の千満神社祭りは幕を閉じましたとさ。


「お前、美咲に嫌われたろ?」


「なっ!?」


色々あったなぁと感慨深げに思い出していると、一郎が自分の席(すなわち俺の前)に座ると少々イラッとさせる表情を見せた。


「美咲が久しぶりに話しかけてきてよ。しかもメールじゃなくて口頭でだぜぇ? 何かと思ったら『太郎ちゃんってあんたに負けないくらいにバカだよね』だってよ! ……泣いていい?」


「1人で泣いてて」


お前の悲しい物語(俺にとっても悲しいが)を聞いて一緒に泣いてやるヒマはないんだ。腹がキツイんだよ。それに……。


「……」


一郎のつんざくような泣き声を耳にしながら、ふと隣りの席に視線を移動させてみる。


「バカ、ねぇ」


視線の先には誰もいない。

今日俺は萌と一緒に登校しなかった。それは彼女が風邪を引いたからだとか、車で行くからだとかいう理由じゃない。朝に来たメールが事の発端だ。


『一緒に登校してくれなくていいから』


その素っ気ない内容に俺も半ばヤケに『わかりました』とだけ返信した。そういや考えてみたら萌とメールをしたことがあんまりない。直接電話を掛けるか掛けてくるかのどっちかだからな。今さらながらメールってのはなんて味気ないんだろうと起き抜けに思ったもんだ。


「ば、バカじゃねぇよ! 俺はバカじゃねぇ! バカは太郎だけで充分だ!」


「お前に言ったんじゃねぇよ……ってか俺だってバカじゃねぇ!」


「バーカ! バーカ! バカ太郎!」


「てめっ! アーホ! アーホ! アホ一郎!」


「どっちもバカだろ!」


「どひぃ!」


2人で年甲斐もなくやーやー言い合っていると、どこからか飛んできた拳が俺と一郎の後頭部を綺麗に捉えた。一瞬だけ目の前が真っ暗になりました。

強烈な痛みに少しだけ涙目になりながら顔を上げてみると、何と……ってかいつものことだけどあかねがそこにいらっしゃりました。


「朝から何を言い合いしてんの」


彼女は深い深〜い溜め息を漏らしながら萌の席に座るとおはようと挨拶をしてくれる。


「いでで…。お、おはよう(俺の)あかね」


「名前の前に何かつけた?」


「つけてないつけてない!」


晃のマネをしてみたかっただけなんです! でも恥ずかしさに負けて口に出せなかった! もっとも口に出していたら俺は今ごろ中庭に転落していただろう。


「萌は? 一緒じゃないの?」


「知らな~い。遅刻ギリギリで来るんじゃないの?」


「……そう」


意外や意外。あかねは俺の腹の立つ言い方にもう一度拳を飛ばしてくることはなく、その言葉を吐くと自分が座っている萌の席に視線を落とした。


「ねぇ太郎……」


思い詰めたように俺の名前を呟いたあかねは、思わず写メを撮りたくなるほどに美しい横顔を見せてくれています。しかしそれを実行した瞬間に俺のケータイは逆に折れ曲がること必至。あかねファンには生唾ものなんだけどなぁ。高値で売れるよ。


「昨日の電話、覚えてる?」


な、なんだか色っぽいよあかね! 活発を絵に描いたようなキミにそんなおしとやかな態度されたら一発で惚れるわ! ギャップってスゴイ!

許されるならば抱き締めてしまいたい衝動に駆られたと同時にその気持ちは薄らいだ。というか、青ざめた。昨日の電話って、肩に寄り添って欲しいとか、見つめ合ってとか思わず言っちゃったこと?


「お、覚えて……ません」


覚えているなんて言ったらさっきよりも強い一撃が飛んでくる。俺は未成年だし酒を飲んで忘れてしまったとは言えない。だからシラを切るしかない!


「そっか、覚えてないか」


ありゃりゃ? 「ウソつけ!」とかっても言ってこないよ。

普段見せない表情を披露してくれているあかねをこのままジッと見ていたかったけど、やっぱりいつものあかねが好きだから話を変えてしまおうと俺もいつもと違うキリッとした顔でこう聞いてみた。


「あかねぇ、昨日は晃のことぶっ飛ばした?」


「え、何で?」


「あかねからのラヴコールに出なかったから」


「何がラブコールだ」


そこは『ヴ』でお願い!


「ぶっ飛ばしたりしてないよ、電池切れって聞いたし。それに宮田の悲壮な顔見たら何も言えなくなった」


そう言うと昨日のことを思い出したらしく彼女はこめかみを押さえる仕草を見せる。電池切れに気がついた時の晃の顔はこの俺が引くほど悲壮感たっぷりだったもんね。ただ声が異常にデカくてイラッときた。


「あ、秋月だ」


こめかみを押さえつつ自分の席に戻っていくあかねに気づいてもらえない熱い視線を送り続けている途中、萌の姿を発見した一郎がわざわざ報告してくれた。別にいいっつーに。

教室に入ってきた萌は誰が見ても寝不足だとわかる。それでもみんなと挨拶を交わしながら歩いて来る彼女から視線を外した俺は窓の方へと顔を向けた。うぅん、雲行きが怪しいなぁ。雨でも降りそうな……俺の心だ!


「……」


俺の後頭部を見つめる萌の顔が窓に映って見える。けど、それに気がつかない振りをしてわざとらしく欠伸をしてから俺は一郎がくれた温泉まんじゅうの箱を開けた。

腹がキツイってのに食べようとするなんて、女の子は甘い物に目がないって実話だったのね。


「あっ俺にも2コくれ」


そこは遠慮して1コだろ! そんで「いいよいいよ、お前が買って来てくれたんだから」って2コ渡すのが定石だろが! 何で先に複数個要求するかなぁ。

いいよいいよと言う前にさっさとまんじゅうを3コ(1コ多い!)箱から抜き取った一郎は朝メシ抜きだったのと聞きたいくらいに速攻で食い始める。1コ返せって言うに言えない。


「あ、美味い」


最後にあかねと挨拶を終えた萌が席についたと同時に1コ頬張った俺は予想外の美味さに驚いた。一郎の味覚で選んだ物だからどんなモンかと思っていたけど正直美味い。腹がキツくて朝メシ抜きだったからちょうど良かった。


「た、太郎」


先生が来る前にもう1コと箱に手を伸ばしたその時、隣りに座る人物から戸惑いと緊張の入り交じったような声で呼ばれた。


「なに?」


軽く返事をしてからまんじゅうを口に押し込む。一応クールフェイスを装っておりますが心の中は汗ダラダラです。


「昨日、なんだけど……」


極力目線を彼女の方へは向けず言葉を待ってみたが、そこで途切れた。

昨日……昨日はゴメン……却下!

昨日……昨日どうして電話に出なかったんだよ……有り得るか?

う~ん、あかねの言いそうなことはすぐに思いつくのに何で萌の言いそうなことはわからないのかね。それだけ複雑な性格だってことか。ってかその前にあかねが分かり易すぎるのかもしれない。


「……」


時間を掛けて口に入れたまんじゅうを飲み込んだ後も萌は何も言ってこない。ただ机に置かれた温泉まんじゅうの箱をジッと見つめているだけ。

まさかそんな真剣な表情で「まんじゅう食わせろ」とか言わないよね? 怖さに負けて差し出してしまいそう。


「……ごめん、何でもない」


謝ってくること自体有り得ないことで、何でもない表情じゃないのは見てて明らかだったが、別に突っ込んで聞くことでもないかと俺は「ふがっ」とだけ返事をする。だって3コ目のまんじゅう食い始めた瞬間に言ってくるんだもの!


(太郎、太郎!)


なんだよ一郎。アイコンタクトじゃなくて声に出せ。萌との会話はもう終わったんだから気にするな。


(もう1コくれ)


だから少しは遠慮しろや! あと残りわずかなの知ってて言ってんのか?!

もう1コもう1コとせっついてくる一郎からまんじゅうを守ろうと大急ぎで鞄に箱をぶっ込む。残りは家に帰ってから食べるんだ!


「ケチ! ケチ太郎!」


「3コも食っといて言うセリフか!」


テットロティン……テットロティン。


家にまだ一箱あるからもうお前には頼まねぇ! と怒る一郎(じゃあ何で俺からもらおうとする?)にアホ面を見せて怒りを倍増させていると、今にも眠りにつけそうな素晴らしい曲が鞄から発生した。


『昨日は何も言わないで帰ってごめんなさい。それと家に着くまでいてくれてありがとう』


……バレていたようです。

おかしいなぁ、ちゃんと隠れながら後をつけたはずなんだけど。歩きながら焼きそばを食ったのが悪かったのか? ズルズル音を立ててたのがいけなかったのかも。ってか家に帰ってまた焼きそば食った俺はどんだけ好きなんだ。


そんなことを考えながら三井の送ってくれたメールに目を通していく中、少しの違和感を感じた。

そうだ、ハートマークが入ってないんだ。いつもなら最後に必ず1〜2コのハートマークが入っているのに今回はそれがない。……入ってるワケないか。

もう一度窓に顔を向けた俺は返事しようとメール作成画面を開き、『バレてた?』にしようか『おはよう』にしようか件名で悩む。どっちでもいいわ!


「え~っと」


悩みに悩んだ末、件名は『おはよう! バレてた?』と複合させることにした。それから後をつけるような真似をしたことを謝り送信。


「なぁ太郎。ちょっと頼みあるんだけど」


「うん、断る」


「まだ何も言ってねぇのに!」


悪いがお前の頼みを聞けるほど俺は心が広くないんだ。ぜっっっったいに「教科書貸して」か「シャーペンの芯くれ」だろ。教科書なんて貸せないし、シャーペンの芯は俺が欲しいくらいなんだから。俺だって残り一本の芯でどう今日を過ごそうかすっごく不安に駆られてんだよ。隣りの席の八重子に頼め。


「頼むよ! 今日だけ一緒に帰ってくれ!」


「ちょっ、腕掴むな! ってかそれが頼み?」


意外な展開だぞこれは。でもなぁ、一郎と下校すると何かしらのハプニングが起こる確率がめちゃくちゃ高い気がするんですけど。出来ればひっそりと1人で帰りたいんですけど。

聞くところによると(ってか勝手に話し始めやがった)どうやら美咲ちゃんとの仲を取り持ってほしいらしい……取り持つって何だ。兄妹なのにどうして俺が仲を取り持ってやらないといけねぇんだよ。


「せっかく美咲が自分から話しかけてきたんだぞ?!」


「知ってる」


「違う、お前はわかってねぇ! 上手くいけば仲直り出来るチャンスだってんだ! だから何か買いに行くから付き合ってくれ! いや、付き合え!」


何で命令形だよ?! しかも何かって、買う物くらい考えてから言えや。

お前は似非女性だから美咲の欲しい物くらいわかるだろ? と意味不明な発言をする一郎の顔を見るとそりゃもう必死。あまりに必死すぎるその顔に申し訳ないが笑みがこぼれる。ってか似非とか言うな。それを言うならお前だって似非女性だろが。


「調子に乗って温泉まんじゅうやるよって言ったら『は? 太る』って言われたから甘い物は却下な」


「……」


美咲ちゃんって一郎にはとことん冷たい態度なんだね。昨日は綿あめ食べたいって言ってたのに。もしかして本気で俺に気を使ってくれてたのかも。良い子に育ちすぎてどうしましょ。


何がいいか本気で悩む一郎をボケッと眺めてすぐ、伊藤先生が教室へ入って来た。そしてキラースマイルを披露。いつ見てもドキッとする笑顔です。

まだまだ悩み続ける一郎に前向けと一発頭を軽く叩いてから、口の周りにあんこがついていないか確認だけをする。それでなくても庭田先生の一件で目をつけられてんだからね。


「おはようございます」


伸びやかな先生の挨拶と共に朝のホームルームがスタート。それに乗せられた俺は少年のように「おはよーございます!」と大声を張り上げ、そして全員から冷たい視線を浴びせられる。悔しかったらお前達も大声で挨拶してみろ。悲しくなるぞ。


「あたっ」


先生の綺麗な日本語を聞きながらまぶたが重くなっていくのを感じ、小さく欠伸をしていると何かが頭にこつんと当たった。そう、一郎が前を向いたまま背後にいる俺に向かって丸めたメモ用紙をぶん投げてきたんです。ってか伊藤先生見てるから!


『次の3つの中から選べ』


テストの問題みたいな書き方すんな! でも何であれって命令形なんだろうね。答えてやるんだから『選んでくださいませ』くらい書けってな。


『1.みかん 2.シュークリーム 3.しょうパン』


何が何でも3番だけは絶対にダメだ。そして2番もダメだ。自分から甘い物は却下とか言ったクセにもう忘れてんのかコイツ。う~ん、消去法でいくと1番なんだけど……みかんでいいの?


「……」


アレしかねぇ。

俺は何の確信もないのに自信に満ちあふれた顔である食べ物の名前を書き、一郎の座る席にメモ紙を投げた。もうこれっきゃねぇよ。


『却下』


返事早っ! ってか一生懸命考えて出した答えなのに却下はないだろ?!

考えるまでもなく俺が書いたのは『焼きそば』だった。美咲ちゃんが花火に目を奪われて落としてしまった焼きそば。きっと食べたいに違いない。お前は兄ちゃんのクセにそんなこともわからないのか? 呑気に温泉に浸かってるからだよこんにゃろう。

あぁもう美咲ちゃんの好きそうな食べ物なんて言われてもそんなすぐに出てこないっつーに……一郎こそ兄妹なんだから分かれよ!


「あっ!」


しゃ、シャーペンの芯がぁ! 焼きそばって書いたせいで芯が無くなってしまった! これが最後の1本だったのにぃ!


「い、一郎…! 芯よこせ…! 1本でいいから芯をくれ…!」


いくら空気の読めない男とはいえ、ホームルームの最中にデカい声を出したらマズイと小声で一郎に希望を託す。頼む、芯を!


「…まんじゅう2コと引き換えだ」


どんな交換条件?! 芯1本とまんじゅう2コはいくら何でもないでしょうが! せめて1コ……半分だろ! ってかお前の頼みを聞いたせいでこんなんなってんのに!


「悪いが妥協はしない。2コだ」


カッコつけて言うな! くそっ足元見やがって!

一郎の態度に腹を立てた俺は筆箱から油性ペンを取り出して『そんな意地悪するなら一緒に帰ってやらないんだから! 美咲ちゃんとは一生メールで会話してろ!』とくしゃくしゃになっているメモ紙に殴り書きする。と、横から視線を感じて動きを止めた。


「……」


伊藤先生が話し続けているのもお構いなしで萌が俺をガン見しておりました。

なんだよ、まんじゅう1コと芯を交換してくれんのか?ならガン見してきてもいいよ。


「……あ、そうだ」


萌が何を言いたくてこっちを見ていたのかはイマイチわからないが、視線を浴びたお陰で重要なことを思い出しましたよ。まんじゅうで頭がいっぱいですっかり忘れてた。


「……はいこれ」


伊藤先生が「それではこれで終わりますね」とホームルームを締めた後、ごちゃごちゃと夢がいっぱい詰まっている鞄から猫人形を取り出した俺はそれを萌の机に投げ……たら殴られそうだからそっと置いた。

家庭的な俺はお裁縫だって出来ちゃうんです。その気になれば雑巾だって繕えちゃうんです。


「? ……あっ」


猫人形の存在をすっかり忘れていたらしく萌は一瞬だけ呆けた表情を見せた後にハッと顔を上げた。直すって約束しちゃったからね。男に二言はないのよ。


「乱暴に扱わない限り目は取れないと思われるから」


聞く人にとっては間違いなく嫌味だと言えるその言葉を難なく発した俺は、話しかけついでにシャーペンの芯をもらおうかと思い悩む。図々しい?


「直してくれたんだ…」


意外とでも言わんばかりに萌は驚いた表情を変えない。

そりゃ直しますよ。俺にはマッフルがいるんだから。猫人形を部屋に飾ってヤキモチ妬かれたら困るんだよ。


「目、ズレてる」


「え」


ちょっ、ちょっとのミスだよ。人間の顔だって左右対称じゃないんだからそんな小さいことにクヨクヨすんな。


「何か気持ち悪い」


せっかく直したのにダメ出しプラス気持ち悪いの一言まで添えてくれるなんて、キミは本当に期待を裏切らないね。嫌味には嫌味をってことでしょうか。


「俺の裁縫能力じゃそれが精一杯なのよ。ちゃんと直したかったら香に頼んでくれ」


手芸部である香に頼めば朝飯前で直してくれるハズ。ゴツイ割りに手先が驚くほど器用だし、それに全く似てない美人の姉ちゃんまでいるし……関係ないけど。


「……これでいい」


良いって顔してないんだけど。まぁいいや、俺の猫人形じゃないし。ってか改めて見ると微妙に恐怖を感じるほどズレてんな。夜中に見たら驚きそう。


「早希とはまた会えた」


………え?

あ、あぁ尋ねてきてんのね? 疑問文じゃないからお前が三井とまた会ったのかと思ったわ。紛らわしい!

萌と向き合って話をすることに少なからず抵抗を感じて萌、というよりも彼女の頭頂部を見ながら口を開いた。


「あ~…うん、会った」


「……そう」


そういやそのとき萌のヤツ俺に電話してきたんだっけ。でも何も言って来ないってことは別に大した用事じゃなかったのかな?


「そういえば昨日電話くれたよな? 何かあった?」


1人で考えても答えは出ない、イコール聞いた方が早い。俺は鞄に猫人形を入れた萌に少しだけ視線を移動させて聞いてみた。あっそんな乱暴に扱ったらまた目が吹っ飛んじゃう。


「別に大したことじゃないから」


その返事は想定の範囲内です。やっぱ何てことなかったか。

きっと焼きそば奢ってもらうの忘れたとかそんなことだろうと思い込み、これ以上突っ込んで聞いても「うるさい」と返ってくると確信した俺は鼻から息を出しつつ立ち上がる。


「まんじゅうくれたら代わりに便所に行ってやってもいい」


俺の行動をいち早く察知した一郎が振り向き様にそう言ってきた。

まんじゅう食いたいからって何でもかんでも交換条件出してくんじゃねぇ! お前がスッキリしても意味ねぇんだよ!


「1人で行くから結構」


「じゃ、じゃあいいよ! ただし便所から戻って来るまでに買う物を考えておけ! ……考えてください!」


「焼きそばって書いただろ」


「そんなん却下だ却下! 美咲は焼きそばは焼きそばでもあんかけ焼きそばが好きなんだよ!」


じゃああんかけ焼きそば買えや!

でも金がねぇから買えないんだよ! となぜか八つ当たりされた俺は喚き続ける一郎を背に教室を出ようと歩き出す。お前の話に付き合ってたら授業が始まっちゃうよ。





「ありゃ?」


教室を出てさぁトイレ! と張り切ったその瞬間、ケータイがブルブル震えた。マナーモードにしちゃったからあのメロディは一時お預け。


『今日は秋月さんと帰るのかな?』


差出人は三井……何の確認? もしも一緒に帰らないよって返事したら『それじゃ帰りに校門で待ってるから』って返ってくるのか?

質問の意図が読めないものの、すぐさま『帰らないけど何かあった?』と返信。おっとトイレトイレ……と入ろうとして返信が来た。三井って俺よりメール打つの速いかもしれねぇ。何秒も経ってないのに。


『教えてくれてありがとう』


??? わからん、わからんぞ。三井の考えがまるで読めない。

便所に行くのも忘れて廊下に突っ立ったまま悩む俺の耳に始業のベルが聞こえてきた。ヤバイ、このままだと尿意に押されて授業に身が入らなくなる!


……元々身なんて入ってないだろという意見は却下の方向で。






無事に便所を済ませ、気がつけば放課後が迫っておりました。この頃時間が経つのがとっても早く感じるのは歳をとったせいでしょうか。

シャーペンの芯は一時限目が始まる前にあかねから1本譲り受けましたよ。優しい子が友達で良かったと心底思いました。感謝の気持ちを伝える為に上目遣いでジッと見つめたら「もう1本いるの?」と聞かれてしまいました。こんなやり取りしか出来ない彼女は今までに何人の男子を泣かせてきたのでしょう。


「よっしゃ太郎! 俺について来い!」


「あんかけ焼きそば買うのに俺がついて行く必要はないだろが」


「誰があんかけ焼きそば買うって言った?! 美咲にはポップコーンを買う!」


「は? どこで?」


「ポップコーンって言ったら映画館に決まってんだろ!」


ポップコーンの為に映画館に行くんかい! あれは映画を鑑賞しつつ頬張るものだ! バリボリうるさいって周囲から白い目で見られるのがいいんだよ!


「いいだろ一緒に行こうぜぇ!」


「俺にも買ってくれるんなら考えてやっ…」

「それじゃ寄り道すんなよ~」


変わり身早ぇ!

冗談だってば~、と言う前に本気で奢りたくなかったんだろうと思われる一郎は脱兎の如く教室を後にしやがりました。

……アイツと俺って本当に親友なのかな。俺だけがそう思ってるのかも。


悲しみに暮れつつもクラスメートと挨拶をしながら教科書その他を鞄にぶっ込み、そのせいでまんじゅうを潰してさらに悲しみに包まれた俺は帰ろうと立ち上がった。


「あっ太郎ちょっと」


「んぇ?」


俺に声を掛けてくれたのはついさっき高瀬と萌に別れを告げたあかねさんでした。高瀬は何か用事があるようで挨拶を終えると同時に教室を飛び出して行った。萌はというとケータイをいじりながら出て行きました。前方不注意で壁にゴッツンしなけりゃいいけど。


「あんた今日は1人?」


「えぇ1人よ。一緒に帰りたいなら部活終わるまで待っててあげようか?」


そう言ってから素早く鞄で顔をガード。殴られるとわかってヤバイ発言をするのはなぜだろう。構って欲しいから……寂しがり屋か!


「いや待っててくれなくていいんだけど、って何してんの?」


ちょっとちょっとぉ、ガードした意味がないよこれじゃあ。殴られるイコールあかねに触れられると思ったのに……俺って変態に近づきつつあるな。


「さっき何の気ナシに萌にどっか寄って帰る? って聞いたら『うん、ちょっと』って言ってたんだけど、何か心当たりある?」


「ないない。コンビニで柿の種でも買って帰るだけじゃねぇの? それでも一応は寄り道になるし」


「柿の種ってあんたねぇ……。いやさ、何だか今日一日話しかけても上の空って感じだったからちょっと気になったんだ。萌って人としゃべってるときケータイ開いたりしないのにしてたし」


あぁいるよね。こっちが一生懸命話してるのにケータイいじる人。ちゃんと聞いてんのかって怒りたくなるよね……一郎とか!


「男とメールの交換に忙しいだけでしょどうせ。友達なんて二の次なんだよ、まずは男が優先されるんだ」


「じゃあ何であんたは優先されないのさ」


グッサ! お、男とは言ってもピンキリなんだよ! 優先される男もいればされないヤツもいるんだ!


「わ、ワタクシはあなたと同じ女性だから優先なんてされないのよ。あっそうだ、今度一緒に銭湯に行きましょう? お背中流して差し上げる」


「断る!」


「っずぇ!」


女性同士なんだから恥ずかしがることなんてないわよぉと近づいた瞬間、顔面スレスレに鞄が飛んで来た。直撃してたら放課後なのに保健室に直行してたよ。


「まぁでも銭湯か。いいかも」


え、えぇぇぇ?! それはOKと受け取っていいんですか?! ここここ混浴の銭湯探さないと! ってか良いなら何で攻撃してきたの?


「今度のぞみ達つれて行ってくるかな」


……そうですよね。そりゃそうですよね。妹達と行くんですよね。

淡い期待が泡のように消え去り、俺はガックリと肩を……悔しがるなんて俺は助平以外の何者でもねぇ。だけど美人と同じ湯に浸かるのは世の男性全員の夢なんだ! 恥じることなど一つもない! ……ここまで力説するヤツって。


「太郎も一郎と行って来たらいいよ。あ、萌のこと何かわかったら教えてよ」


去り際に気味悪いこと言うな! ヤツと銭湯に行って背中の流し合いなんて考えただけで背筋が凍る!

鳥肌が立って止まない俺に笑顔で「じゃあね」と言ったあかねは重そうなスポーツバックを抱えて歩き出す。ってか萌についてなんて俺にだってわからないっつーに! 待って行かないで! 


「……ばいばい」


もはや見えなくなったあかねの背中にさよならを言うのはとっっても寂しいものです。





あかねと別れた後、というか逃げられた後、勇樹になら背中を流してもらいたいなぁなんて気持ちの悪い考えを持ちながら外靴に履き替えた。

うわっ雨雲がここまで近づいて来てる。早いとこ帰って寝よう。


「雨に降られて彼にも振られ~、涙に濡れるならいっそ捨ててやるわ~」


子どもの頃に流行った(タイトルは忘れたけどよく母ちゃんが歌っていた)歌を口ずさみながら校門を出て1人トボトボと歩みを進める。当然だが声を掛けてくれる学生は誰もいない。久しぶりに岩ぁんと帰ろうと思ったのに。部活か?


ひと雨来そうな空の中、小腹が空いたと下っ腹を軽くさすって……家まで直行しようと心に誓う。ちょっと力を入れたらベルトが弾け飛びそうで怖い。朝から調子こいてまんじゅうなんて食うんじゃなかった。

朝のランニングでもするかなぁと思うだけにしてひたすら家を目指そう。これでも一応はトレーニングになりそう……な気がする。


「秋月さん」


いえ、俺は秋月ではないのですが。なんて冗談は置いておいて。

ふと声がした方向へ顔を上げるとそこには色々と思い出深い公園があった。いつの間にかここまで歩いて来てたのか。俺って早足選手権があったら間違いなく表彰台を狙えるな。

有り得ない大会のルールはどうしようかなんてどうでもいいことを考えながらふと前を向くと、今まさに萌が公園内に入っていくのを確認。そんな彼女の小走りをボケッと眺めてすぐ視線の先に見覚えのある制服が目に入った。


「こっちこそいきなりメールなんてしてごめんね」


三井さんではないですか。

可愛い制服に身を包んだ三井はブランコから降りると同時に萌に頭を下げて何やら謝っているのが見て取れる。会話はよく聞こえないけど、カツアゲじゃないよね?

あまり見ない光景にその場に立ち止まった俺は2人をしばらく見守って……ってか。


「……」


立ち止まってないでさっさと帰ろうよ俺。ここでジッと眺めてても良いことなんてないよ。おまわりさんに「ちょっとキミ」って肩を叩かれちゃうよ。

何を話しているのか気にならないって言ったらウソになるけど、盗み聞きは良くない。盗みって言ってる時点で犯罪だ。

ダメダメ! と何度も首を横に振ってから両手で耳をがっちりとガードする。よしっこれで何も聞こえない! 車のクラクションすらも聞こえない!


「……聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥!」


意味を取り違えているのは自分でもわかっているつもりです。それでも口をついて出たのはそんな言葉だった。それから萌達の会話が聞こえないようにする為に何でもいいから声を出そうとダッシュしながら「一郎とポップコーン! ポップコーン!」を連呼する。くそっ、こんな時に一郎とポップコーンしか出てこないなんて! せめて「あかね!」だったら良かったのに!


「ポップ! 一郎のポップコーン!」


最終的には『一郎のポップコーン』という曲が完成し、こんな短時間で作り上げられるものかと驚きつつも一条家の前までやって来た。やべぇ、自分の才能が怖い。

やっとのことで玄関を前に両手を放した俺は軽い息切れをしつつ、チラリと横を向いてみる。


「いつ何時も一条家の光を奪ってやがんな」


バカデカい秋月邸を見上げながら悪態をついてみたが、何も変わらない。俺の言葉一つでこのデカイ家がブッ壊れるわけでもないんだけど。魔法が使えたらいいのにな。そしたら秋月邸をどこかへ移動させられるのに。


「……ポップコーン……」


さっきまで頭の中を駆けめぐっていたあの曲はどこかに消え去り、残ったのはポップコーンという言葉だけ。なんだか連呼してたら食いたくなってきた。でもそうなると映画館に行かないといけない。そして一郎に会って面倒臭いイベントが起こる。それだけはカンベン。


「……腹減った」


走ったからお腹空いた。さっさと家に入って部屋に閉じこもってまんじゅう食おう。こういうときだけ鼻の利く母ちゃんのことだ、「何か隠してるね?!」って言われそうで怖いけど。せんべい食っててくれることを祈ろう。

軽く屈伸をして階段を上る準備を整えてから手首の運動に取りかかる。まずは靴をいかに上手に、そして素早く脱げるかが問題だな。


「一条 太郎君?」


気合いを込めて玄関のドアノブに手を伸ばそうとしたその瞬間、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。フルネームで俺を呼ぶ人なんていたっけ?


「あ、の、ノブ君……」


あちゃ! 思いあまってノブ君て呼んじゃった! 

振り返ってそう言うと私服姿のノブ君が引きつり笑いを見せてくれました。が、すぐに気を取り直したかコホンと小さく咳をすると一条家から秋月邸に視線を移動させた。見比べるまでもなくこっちの方が小さい造りですが何か?


「い、今帰り? 萌は……一緒じゃないんだね」


「え? あ、あぁハイ」


この人が萌と……そう思うと無意識に視線を逸らしてしまう。が、彼はそれに気づいていないのか眩しい笑顔で「雨が降りそうだね」と報告をしてくれた。

はぁぁ……一郎に会わずともイベントが起こっちゃったな。そんでもってマンガとかだとここで都合良く萌が登場したり……しないか。

辺りを見回してみるも萌の姿はなく心の中でホッと溜め息を漏らす。こんなとこでノブ君とラヴラヴ会話を見せつけられたら吐き気に襲われてた。


「あの、何か用ですか?」


一応聞いてみる。でも俺に用なんてないのは百も承知です。あなたは萌のことを聞きたいんでしょう? しかし残念、彼女なら今ごろ公園のシーソーにでも乗ってるんじゃないでしょうか。


「いや、用……っていうか」


「はい?」


なんだなんだ? 俺に用事あるのか?

こんな時にそんなことをする必要は全くないが、俺は可愛く首を傾げる仕草を見せてノブ君を絶句させる。こういうのは女の子がするからいいんだよね。男の俺がしても気持ち悪いだけなんだよね。


「あ~……それじゃ立ち話も何ですから良かったら家に入りません? あっもちろん俺の家ですけど」


温泉まんじゅうもありますけどどうですか? と提案して後悔した。何でわざわざノブ君を家に招いて一郎という空腹怪獣から守り通した温泉まんじゅうを出さなきゃいけない。ってか一郎の野郎、俺がちょっとでも隙を見せると鞄に手を入れようとしやがって。油断も何もあったもんじゃない。


「お、温泉まんじゅう……」


え、そこに食いつきますか? てっきり「いや、温泉まんじゅうは食べ飽きてるから」って言ってくれるもんだと思ってたんだけど。


「あ、いや温泉まんじゅうは別として……上がってもいいかな?」


「えあ……あ、どうぞ」


自分から招き入れておいてやっぱりダメでした、なんてこと言えるはずがない。俺は「汚い、臭い、滑るの三拍子揃ってますが」と念を押してから玄関のドアを開けた。

温泉まんじゅう……何個残ってたっけ?







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