表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/133

第114話 充電しないと使えない

いやぁ花火ってのはいつ見ても綺麗ですな。眺めながら食べようと思って買った祭りの定番商品である焼きトウモロコシも花火の前ではただの食べ物に成り下がる勢いだよ。

だけど美味しいには違いない。帰りにもう一本買って行こう。

………あっ歯に挟まっちゃった。


萌と別れた後、このまま帰るのも何だか味気ないと只今祭り用に設置されたベンチに腰掛けて花火を鑑賞中の僕です。……ちょっと思ったんですが、どうして人は上を向くとアホみたいに口が開くのでしょうか。僕だけでしょうか?


「すごいすご〜い!」


この俺の隣りに座ってキャッキャと喜ぶ女性――女の子は何を隠そう一郎の妹である美咲ちゃんです。

当たり前だけど一郎と共に温泉には行かなかったらしく、友達と祭りに来たところ俺の姿を見つけて声を掛けてきてくれたってワケなんですよ。一緒に来た子達は花火より団子のようで、美咲ちゃんはみんなが戻るまでこうして俺の相手をしてくれているんです。

……俺の方が年上なんだけど。


「ほらほら太郎ちゃん!すごいよキレイだよ!」


バシバシと腕を叩かれて危うく焼きトウモロコシを落としそうになりながらも、負けじと一緒に騒ごうと声を荒げる。と、彼女の手から何かが滑り落ちた。


「すげぇすげぇ!……って美咲ちゃん焼きそば落としてる!」


「え?…あっ!」


花火に夢中になりすぎて焼きそばを落っことしてしまった美咲ちゃんはやっちまった!という表情を見せた。

一郎みたいに砂がついてても拾って食べようとしちゃダメだよ?3秒ルールを適用しちゃダメだからね?って麺を手づかみで取らないの!俺が拾うから!


「もったいないことしちゃったぁ……」


「あ、後で買ってあげるからそうヘコまないで」


そんな寂しそうな顔されたら思わずそう言ってしまうよ。大丈夫、まだ財布に小銭は残ってるからね。


「ありがと!一郎と違って太郎ちゃんって優しいから大好き!」


ぐはぁっ!

もうっそんなこと言って美咲ちゃんったらカ〜ワ〜イ〜イ〜!俺も弟じゃなくてこんな可愛い妹が欲しかったなぁ。直秀あげるから美咲ちゃん頂戴って一郎に提案してみるか。間違いなく断られると思うけど。

ああ見えて一郎は美咲ちゃんのこと大事に思ってるし。そしてそんな自分が好きだから……気持ち悪い!


焼きそばじゃなくて綿あめがいいかなぁとおねだりされた俺はソッコーでOK。こんな愛らしい子におねだりされて断れるはずがなかろうに!それに綿あめの方が安い!俺に気を使ってくれた確率は高いぞ。


「そういえば太郎ちゃん。萌ちゃん遅いね」


「え?あ、あ〜うん、そうね…」


そうだ忘れてた。はじめに会った時に何で萌が一緒じゃないのか聞かれたんだ。きっと一郎から俺が萌と一緒に祭りへ来るってメールで聞いたんだろう。一郎のヤツめ、面倒臭いことしやがって。この場にいなくても存在をアピールしてやがる。


純真無垢な美咲ちゃんにケンカ(になるのか微妙だけど)したから1人でいるんだ〜なんて恥ずかしくて口が裂けても言えないから思わず便所って言ったのを思い出した俺は言い訳に困り果てる。


「お、遅いねぇ…」


「もしかして迷っちゃってるのかな?」


「そ、そーかも。アイツ方向音痴だし」


おっナイス機転だ俺。これはうまい時間稼ぎになるな。今の内に綿あめで気を引いて萌のことは忘れさせてしまおう。

綺麗な花火もそこそこに俺は綿あめ買って来るからちょっと待っててねと立ち上がった。とそのとき美咲ちゃんに腕を掴まれた。「一緒に行く!だって一緒にいたいんだもん!」って言われたら鼻血出る。


「よしっ捜そう!」


「え、えぇ?!」


結果は予想を遙かに超えた!


「迷ってるなら捜してあげないと!」


「さ、捜すったって…」


居場所なら知ってるんだけど。萌は今頃あかねと楽しく橋の上で花火見物の真っ最中だよ。だからわざわざ捜す必要はないって。

今さら萌とは別行動を取ってるんだよとは言えず、グイグイ腕を引っ張られた俺は気乗りしないままに歩き出す。


「そんなゆっくり歩いてたら見つからないよ!?」


「は、はい…」


中学生に怒られる高校生ってどうよ。ってか美咲ちゃんって一郎のことよく怒ってるよな。俺もヤツと同類ってことか。その前に精神年齢が彼女の方が上なのかもしれない。


早く早く!と綿あめのことも忘れて美咲ちゃんはガンガン歩く。ってそっちは橋の方向だよ!?まさか美咲ちゃん、萌がどこにいるか知ってるの?!


「ま、待って!ホントのこと言うから待って!」


「ホントのこと?」


俺の言葉を聞いて立ち止まりキョトンとした表情を見せる彼女は……可愛い!勇樹に引けを取らないほどに可愛い!


「ホントのことって?」


「あ、いや…実は萌とは一緒に行動してないんだよ」


「どうして?」


「ど……ちょっとあって」


「ちょっとって?」


「ちょ……」


返答に困る俺をジッと見つめていた美咲ちゃんは掴んでいた手を放すと首を傾げる仕草を見せる。

ま、まぁ美咲ちゃんになら別に言ってもいいか。それに隠すようなことでもないしな。


「ち、ちょっとケンカしちゃって。だから今はあかねと一緒にいると思う」


「あかねちゃんと?」


「そう、あか姉ちゃんと」


「……」


つ、ツッコミを要求するのは彼女には酷だな。ここはスルーされても致し方ない。


「どうしてケンカしちゃったの?」


「それが俺にもよくわからないんだけどさ。あ、でも俺は悪くないよ?アイツが勝手に行っちゃったんだから。まったくねぇ、わがままお嬢様に付き合うのも一苦労……十苦労だよ」


よくわからない、それは本心だ。勝手にキレて、勝手なこと言って、勝手に1人で行っちゃった。三井と会ったからって俺は別に彼女と一緒に回りたいとは言ってないし、そんなことは思ってもない。なのに三井と見て回れだとか、おかしなことばっかり言いやがって。

……何か考えてるだけでイライラしてくる。萌の顔を思い出すだけでイライラが込み上げてくる。意味わかんねぇ、意味わかんねぇ、意味わかんねぇ!


「萌ちゃんね」


「…え?」


無性に怒りが沸いてきた俺は下唇を血が出てしまうんじゃないかというほどに噛み締める。そんな俺をジッと眺めていた美咲ちゃんは辺りを見回すと小さな声で萌の名前を口にした。


「萌ちゃんね、太郎ちゃんのこと大好きなんだって」


「……は?」


有り得ねぇ。それはマジでないって。もしかして美咲ちゃんに変な気を使わせちゃってんのか俺は。暗い顔してるから元気づけようとそんなこと言ってんのかな。


「いやいや美咲ちゃん、それはないって」


「ホントだって。一緒にハンバーガー食べた時そう言ってたんだから」


あの萌の口からそんな言葉が出たなんて夢物語だよ。それにヤツが好きなのは俺じゃなくてノブ君だし。本人の口から聞いたから間違いない。


「あたしが太郎ちゃんのこと大好きだって言ったら『うん、私も』って」


そ、それはほらアレじゃない?ただ話を合わせてくれただけじゃないの?あまりにも美咲ちゃんが可愛い笑顔で言うモンだから否定出来なかっただけでしょ。もしキミ以外の人にそう言われたら「ハッ!有り得ない!」って鼻から息出しながら言ってるって。なぜか人を見下した態度でそう言ってるから。


「それによく萌ちゃんとメールするんだけど、太郎ちゃんの名前が必ず一回は入ってるよ」


それは太郎のバカとか、太郎のアホとか、バカ太郎とか?くそっ美咲ちゃんにまでそんなこと言ってんのかアイツは。俺は美咲ちゃんの憧れの男だぞ!変なこと言って夢を壊してあげるな!……憧れてはいないか。


「メールは見せてあげられないけど、ホントに太郎ちゃんのこと好きなんだってわかるよ」


「……」


全く信じられません。さっきお前のことはどうとも思ってないって言われたから全然信じられない。

突っ立ったままで何も言葉が出てこない俺を見上げてくる美咲ちゃんの顔が花火によって様々な色に変わっていく。何だか今日の美咲ちゃん、いつもよりも大人っぽく見えるね。浴衣は人を大人にするのね。


「……太郎ちゃん?」


黙ったままでいる俺の服の裾をくいと引っ張ってきた美咲ちゃんは何かマズイことを言ってしまったと思ったのか、大丈夫?と尋ねてきた。


「だ、大丈夫大丈夫。よっしゃ、綿あめ買いに行こうか!」


「え?でも萌ちゃん捜さないと…」

「萌はあかねといるから大丈夫だって!それに帰る時はノブ君に電話すりゃ迷わずに帰れるし、心配ないよ」


「ノブ君って誰?」


「萌の好きな人ぉ」


「だ、だから萌ちゃんは…」

「だって本人がそう言ったんだもん」


「でも…」


「いいからいいから!お友達が来るまでパァッと遊ぼう!型抜きとかしよう!」


花火が夜空に上がる中、俺は無理にはしゃいで美咲ちゃんの腕を引っ張り歩き出した。パァッと遊ぶのに型抜きはちょっと地味過ぎる(型抜きが好きな方、ごめんなさい)か?お化け屋敷にでも入った方がいいかな?いやいや、こうなりゃ全て楽しもう!財布の中身がスッカラカンになるまで遊び倒そう!


「美咲〜!」


型抜きの屋台を見つけてGO!と張り切ったその瞬間、美咲ちゃんの友達が現れた。そして彼女の腕を掴んでいる俺に冷たい目線を向けてくる。

ち、違うよ!人さらいとかじゃないよ!


「美咲こっちに!早く!」


何やらとてつもない勘違いをしている友達3人は俺から美咲ちゃんを引きはがすと彼女を後ろに隠して俺をガッツリと睨んできた。

違うのに……。俺は一郎の友達で、イコール美咲ちゃんの憧れの人で……。


「美咲に何か用ですか?」


ってかさっき会ったじゃん!「それじゃあ私達はちょっと食べてくるから!」って手ぇ振ってたじゃん!俺その時美咲ちゃんの隣りにいたじゃん!


「み、美咲ちゃん説明してあげて…」


今時の中学生の女の子って鋭い眼光を持っていらっしゃる。この俺がピクリとも動けない!


「……」


ちょ、ちょっと美咲ちゃん!何で黙ってんの?お願いだから誤解を解いて!このままだったら俺は不審者だよ!


「……みんな、行こう」


えぇえええ?!どどどどういう事?!何で美咲ちゃんまで他の子みたいに冷めた視線を俺に送ってんの?その目は一郎に向ける目と一緒だよ?俺の格はそこまで下がったの?

何が悪かったのか、美咲ちゃんは友達の手を掴むと俺に背を向けて走り出してしまった。

………と思ったら遠くで立ち止まり、バッグから何かを取り出す仕草を見せた。


「……あ、メール………って美咲ちゃん!?」


やっぱり俺は一郎と同じ位置に立たされたんだ!メールでしか会話してくれなくなっちゃったんだ!一郎の気持ちが痛いほどにわかる。ゴメン一郎、今までそっけなくしてゴメン!

悲しい気持ちで受け取ったメールを開いてみると、題名はなかった。なんてこった!


『あたしは嘘ついてないから。太郎ちゃんのバカ』


ば、バカって言われた。

その悲しいメールを読んですぐに視線を上げるが、そこにはもう美咲ちゃん達の姿はない。走って行ってしまったのね。


……焼きトウモロコシ買って帰ろう。






綿あめと焼きそば、そして焼きトウモロコシにたこ焼き、極めつけはチョコバナナを手に(マッフルと猫人形は焼きそばを買った時におばちゃんがくれたビニール袋に入れました)俺は歩き続けていた。

あ〜あ、こんなに食べたら太っちゃうよ。ぽっちゃり太郎のお目見えだよ。


今年の祭りは全然楽しくなかったなぁなんて1人思いながら神社を抜けようと歩き進める。花火もそろそろ終わる頃だな。萌と顔を合わせることがないようにさっさと帰ろう。


リンロンリン……リンロンリン……。


あかねだ、そう確信した。今の今まであかねから着信がなかったのが不思議なくらいだ。そして彼女の第一声が予知できる。『何で萌1人なのさ?』に1万点!


『あ、太郎?何で萌1人で来たの?』


フフフ、さすが俺だ。彼女の言葉が手に取るようにわかる!


『聞いても教えてくれないし、宮田は電源切ってんだか連絡つかないし、あんたは来ないし。どうなってんの?花火終わっちゃったじゃん』


「萌は?」


『今ジュース買いに行ってるよ。って話逸らすな』


そうだよな。萌がそばにいたら俺に電話しづらいよね。美咲ちゃんにだけじゃなくてあかねにまで気を使わせてんのか萌のヤツ……美咲ちゃんは俺に気を使ってくれてたんだっけ。最後にバカって言われたけど。


「言っておくけど俺は無実だからね?萌が俺と一緒にいたくないって1人で行っちゃったんだから俺に責任はないよ?」


『は?どういうこと?』


「俺が聞きたいわ」


多分あかねの脳内はクエスチョンマークで一杯なことだろう。でも俺にもよくわからないんだから説明なんて出来ない。


「悪いけど俺帰るから一緒にいてあげられなくてゴメンね?でもこれだけはわかって!出来ればあかねとずっと一緒にいたかったんだよ?隣りで花火見上げたかったんだよ?んでもって花火を見てほうっとしたあかねが俺の肩に寄りかかるの待ってたかったんだよ?そんでもって見つめ合って…」

『ップ……ップーップー』


切られてしまった。きっと萌が戻って来たんだろう…そう思っていないと明日が怖い。


「太郎太郎たろぉぉぉぉぉおおお!」


「おぶぅっ!?」


突然の不幸が俺を襲った。


それじゃあ帰りましょうと誰にと言うわけでもなく呟いて歩き始めたその時、誰かに背中を思い切り押されてしまった。肩をポンと叩いて「よう!久しぶり!」的な挨拶ではない。恨みを持つ人間の犯行としか思えない。


「ってぇなぁ!誰だ…って晃ぁ!お前何すんだ!」


俺を不幸に陥れたのは宮田 晃さん(16歳)でした。

彼は浴衣の帯が乱れているのに(別に乱れてるからって見たくもねぇ)それを直そうともしないで俺の背中を全力で押したんです。汗で髪も乱れてるよ。どれだけこの神社内を走り回ったのか聞きたくない。


「何すんだって、それはこっちのセリフだ!」


意味わからん!俺は何もしてねぇよ!ただ綿あめ食いながら歩いてただけだろが!ってかチョコバナナ落っこちた!弁償しろ!


「萌ちゃんをどこへ連れ去ったんだよこの野郎!」


嘘ついたらトゲ千本飲ますぞ!と凄んでくる晃に一言。トゲじゃなくて針だろが!


「どこにも連れ去ってねぇよ!ってかお前あかねから電話来てねぇの?」


「来てない!津田は俺がジャスミンティーを買いに行ってる間にドロンしたんだ!」


「ドロンって…。あかねはお前が消えたって言ってたぞ」


「消えてない!ジャスミンティーを買いに行ってただけだ!射的の商品に萌ちゃんが欲しそうな物はなかったからジャスミンティーを買うことにしたんだ!萌ちゃんはジャスミンティーが好きだからな!ジャスミンティーなんて大人な飲み物じゃないか!ジャスミン…」

「ジャスミンジャスミンうるせぇよ!」


ジャスミンって響きがただ単に良いからって連呼してるだけだろお前!


「ってかお前、ジャスミンは?」


ジャスミンを連呼する割に彼の手には何も握られていない。走って落としてそのまま忘れたか。


「あぁ、走ってたらノド渇いて飲んだ」


「アホか!」


萌の為に買ったジャスミンティーを何の躊躇もなくノドが渇いたから飲んだって言えるお前はある意味で大物だ。ただ絶対に尊敬はしないけど。

……その前に萌ってジャスミンティー好きだっけ?飲んでるとこ見たことねぇ。


「そんなことより太郎!お前は1人で何してんだ!萌ちゃんはどこだ!?」


「声デケェよ!萌なら神満橋であかねと花火見てるって…終わったけど」


今思うと萌と一緒に橋へ行かなくて良かったかもしれない。行ってたら今ごろ俺は川に落ちてたはずだ。え?なぜって、考えたらわかるでしょ。


「あぁ?!萌ちゃんが神満橋にいるってのにお前は何で綿あめ食ってんだよ!」


そこは別に「ここで何してんだよ!」で良くないですか?綿あめ食ってちゃ悪いみたいな言い方だね。


「俺はいいんだよ。お前こそ早く行かないとあかね怒ってるぞ」


よっこいせぇとお年を召した方のような掛け声と共に手から滑り落ちた袋を拾い上げようと腰をかがめる。


「……なぁ太郎」


「あ?いやいや、拾うの手伝ってくれなくていいから早く行ってくれ」


待ってて俺の萌ちゃぁん!なんて叫びながら走り去ってくれるのを期待していたのに、彼はなぜか落ちた袋を拾ってくれた。

俺の相手なんてしてくれなくていいっての。ぜ、全然寂しくなんかないんだから!


「もう一度だけ聞いておく」


「な、何を?」


いつになく真剣なその表情に少しだけうろたえてしまう。ってか、顔近い顔近い!周りの人が「ま、まさか!?」みたいな興味津々な目で見てる!


「萌ちゃんとはただの幼なじみなんだよな?」


「は?」


「お前は萌ちゃんのこと別にどうとも思ってないんだよな?」


「え?」


晃のその問いに一瞬だけ目が点になる。が、すぐに何を問われているのかに気づき無意識に顔を逸らしてしまった。


「あいや、ただの幼なじみっつーか……幼なじみっつーか……」


「はっきり言え」


いつもより低いトーンでそう言いながら詰め寄ってくる晃は俺が少しでも変な発言をすればその握り締められた拳が飛んできそうなほどの雰囲気を漂わせている。そしてそんな彼を見ていると言葉が詰まって上手くノドから出てこない。


「……好きなんだな?」


「っ!」


晃の言葉にハッと顔を上げ……た時点で答えているも同じだ。

ジッと俺を見つめいた晃だったが、ふと俺が持っているマッフルその他が入った袋に視線を落とすと小さく溜め息を漏らした。


「……そうか」


か細い声でそう呟いた晃はそれからもう花火は終わったというのに夜空を見上げる。

俺の答えにブチ切れて殴ってくるのかと思っていたのに、意外なほど冷静な顔でいる彼は俺に視線を戻すと口元にうっすらと笑みを浮かべた。


「……俺がどうして萌ちゃんに惚れたか知ってるか?」


「え?あ〜……たしか中学の時に体育祭でお前がケガして、その手当てしたのが萌だったから……」


それについてはよく覚えてる。なぜか体育祭が終わって約半年ほどその話ばっかり聞かされたから。それもあかねと一緒に。「も、もういいわかってるから!」ってあかねが言ったのも覚えてる。

そういえば晃とこうしてよく話すようになったのってその頃だったな。……普通なら俺はいつも萌と一緒にいるムカつく男!って敵意むき出しで睨んできてもおかしくないのに、何で友達になってんだ?


「………俺の初恋だ!」


「いでぇっ?!」


全くもって攻撃されるなんて思いもしなかった俺の無防備な横っ面に晃の張り手が見事に決まった。マジで痛い!ってか殴るタイミングおかしくないか?何で今なの?さっきじゃないの?


「お前も萌ちゃんが初恋の相手かこの野郎!」


「ち、違うわ!」


萌に殴られたほっぺたの赤みがまだ引いてないってのに、同じ場所を狙い打ちしやがった!


「違うだぁ?!じゃあよく男子にありがちな保育園の先生か?!」


「違います!ってか俺は幼稚園出身です!」


ありがちとか言うな!保育園の先生が初恋だった全ての男子に両手をついて謝れ!


「保育園の先生でもない?じゃあ誰………ま、まさか!」


その目、何を言いたいかわかる。が、言わせるワケにいかない!


「言っておくけどお前じゃないからな!だからその変な目をヤメろ!」


お前はなぜかちょっとでもスキを見せると自分を好いてるって勘違いを起こすのを俺は知っている。「悪いがお前の気持ちには答えられない、すまない」って勘違いも甚だしい!


「三井?」


勇樹は好きだけど男は嫌だ!と豪語している(この場に勇樹がいたらドン引きされること必至)と晃がポツリとある名字を呟いた。


「そ、そうだよ三井……ってアレ?何で俺の初恋の相手知ってんの?」


晃に言ったことなんてあったか?いつも萌のことしか話さないのに。

多分赤くなっているだろう頬を優しくさすりながらも、ふと疑問を感じて顔を上げてみると彼は俺じゃなく俺の背後に目線を移動させていた。

何だ?何でそんなトボけた顔してんの?


「?……っぢぇい!」


何の気なしに振り向くと、そこに早希……もとい、先ほど別れたばかりの三井さんのお姿がありましたとさ!

ってか、今の会話聞いちゃった?男同士の会話を耳にしてしまいましたか?


「あ、あの……」


視線を左右に泳がせながら三井は「たか、高瀬さんとはぐれちゃって……捜してたら一条君の、姿が見えて……」と途切れ途切れに話し始める。

この挙動不審の具合から見てまず会話は丸聞こえだったようです。


「あ、た、高瀬?い、いや…俺は、見て…ない、けど…」


俺も挙動不審かよ!

三井との間に気まずい空気が流れる中、晃が俺と彼女の顔を交互にのぞき見てくる。お前が初恋の話なんてするからぁ!


「あき、晃!お前そういやケータイの電源切ってんのかぁ?!」


話を変えたい一心でそう叫ぶ。まぁ叫ぶ意味は全くないんだけども。気まずい雰囲気を変えたくて叫びました。


「携帯?いや……あ、電池切れてる」


俺の質問に何言ってんだとでも言いたげに晃はケータイを取り出して、そして青ざめた。


「……なんてこったぁ!」


鬼気迫る声で晃はよく外国人がやる(実際に見たことはないけど)両手で頭を抱え「オーマイガッ!」みたいなポーズを取った。うぅん、男前がやるとどんなポーズも映えやがる。


「電池切れってことは萌ちゃんから来た電話も受け取れてなかったってことかぁ!」


いや、きっと萌はお前に電話してないと思う。してたのはあかねだよ。そしてそれは怒りの電話に違いない。出たら出たで「オーマイガッ!」になってる。


「何で早く教えてくれなかったんだよバカ太郎が!」


「えぇ?!俺が悪いのかよ!?」


「呑気に綿あめなんて食いやがって!」


全責任を押しつけてくんなや!お前がちゃんと充電してないのがそもそもの原因だろが!


「こんな所でお前の初恋話なんて聞いてるヒマはない!」


おまっ、お前が先に言い出したんだろよ!だから三井に聞かれちゃったんじゃんかよ!

自分でも何が言いたいのかわかっていない様子の晃はそれから三井にチラリと視線をずらす。

頼む、頼むからもうこれ以上何も言わないでください!


「……俺はお前に負けるなんて全然、これっぽっちも思ってないからな!萌ちゃんの心は俺にしか向いてないんだ!お前なんかに負けてたまるか!」


晃はなぜか俺じゃなく、三井に視線を向けたままそう叫んだ。と、同時に「萌ちゃんと俺は一心同体という名の……!」と走っていく。最後まで言ってから行けや!気になるわ!


俺の萌ちゃぁん!とやはり思った通りの行動を取った晃の背中を眺めながら溜め息をひとつ。

晃にバレちゃったな。でも知ってたっぽい顔してたような…。好きなんだなって言われて顔を上げたときのヤツの顔は全部知ってたような感じだった。


まぁこれ以上考えても仕方ないかと見えなくなっていく晃を見つめて約数秒、さて帰ろうと振り向いた。


「あ、たかっ高瀬だっけ?一緒に捜そうか?」


三井を忘れていたぁ!

目の前に突然(さっきからいたけど)現れた三井の姿に動揺しまくりで、とりあえず当たり障りのない発言をしてみる。晃のせいですっかり油断していた。そうだよ、三井がここにいたんだよ!

くそっ高瀬め、三井を置き去りにどこに行きやがった?お陰で聞かれたくないこと聞かれちゃったよ……責任転嫁してるよね。


「い、いいの。気にしないで」


「そ、そう?」


「う、うん……」


ぎ、ぎこちねぇ!

気まずい雰囲気を感じつつ、お互い愛想笑いを振りまく。……よしっ、こんな時なのにやっぱり彼女の笑顔は良いと思った俺に天誅を下して!


「あっチョコバナナ……落としちゃったんだ?」


「え?あっ、あぁそうなんだよね!晃がいきなり背中押して来て!」


気を使わせてしまっている感100パー!そんな彼女に感謝しつつポツポツと会話をつないでいく。

初恋話のこと尋ねられるかと思ってたから逸れてくれて良かった。


「一条君はもう帰るところ?」


「え?あぁうん。三井は……高瀬を捜す?」


帰るとは言ってもじゃあ頑張って高瀬を捜してね、ハイさよならって訳にいかない。1人よりも2人で捜した方がいいに決まってる。

近くにいないかなぁなんて思いながら辺りを見回していると、少し顔を赤く染めた三井が申し訳なさそうに口を開いた。


「あの、ごめんなさい。嘘をつきました…」


「へ?ウソ?」


「うん。一緒に来た人達が『もう奢れない!』って途中で帰っちゃって。高瀬さんは食べたい物は食べたからもういいやって、さっきそこで別れたの」


こ、怖ぇ。どんだけ奢らされたのか恐ろしくて聞けない。同情するよ男達。初めはカッコつけて何でも買ってやるよとか豪語してたんだろうな。高瀬もそれに乗っていいだけ奢らせたんだろう。そして男達は自滅。下に恐ろしや。

ってか高瀬!食うモン食ったからもういいやってそりゃないよ!自分から誘った三井を置き去りに帰りやがったのか!薄情者!


「高瀬さんの家は私の家と反対方向だから」


明日ちゃんと叱ってやるから大丈夫、と三井を励まそうとすると先を越されてそう言われた。高瀬をかばってくれるんだね。やはり優しい……そういや反対方向だったか。

何で嘘をついたのかはこの際聞かないでおこうと心に決めていると、彼女は俺の持つ数々の品をジッと見つめてきた。


「あ、食べたい?」


「う、ううん。違うよ」


違うの?たこ焼きに視線釘付けだったような気がしたんだけど。俺はこう見えて見栄っ張りだから分けてあげるよ?


「それ全部、一条君1人で食べるの?」


「うん、そう」


「……」


そこで困った顔見せられると俺も困っちゃうんですが……ってか三井ってどんな顔しても可愛いんだよ。もうそれはある意味犯罪ですぜ!そして俺はヤケクソですぜ!

少し気持ちが落ち着いて来た俺は、まだたこ焼きその他大勢に視線を向ける三井にしょーもない質問をぶつけてみた。


「三井は全部コンプリートした?」


「コンプリート?」


「食い物全部食った?」


「た、食べてない……かな?」


俺はコンプリート失敗したんだよね。お金が無くなっちゃったんだ。だからかき氷とイモ団子と焼き鳥他は来年に持ち越し。くそっ、バイトでもしようかな。

細身の三井がいくら奢ってくれたとは言っても食べ物を全て今日だけで食べ切るのはまず無理だ。俺はなんてアホなことを聞いてしまったと悔やんだが、もう後の祭りじゃい!


「……秋月さんの所に行かなくてもいいの?」


彼女が食べたそうな顔をしていると思い込んだ俺は、たこ焼き食べる?とフタを開けようとした。その瞬間、三井の小声が耳に届いてきた。


「い、いいのいいの。1人で勝手に行っちゃったのはアイツなんだし」


「もしかして私のせい?私と会ったから…」


「ちがっ、違う!絶対に違うから!」


心から申し訳なさそうな顔で頭を下げようとする三井に慌てた俺はまたもマッフルその他が入った袋を落としてしまった。もう袋ボロボロだよ。さっきつまづきそうになって落として踏んだから破れてるよ。


「三井は悪くないから!」


袋の破れた部分から猫人形が顔を覗かせているのに気がついてそれをギュッと握り締める。ちくしょ、猫人形の顔が萌の憎たらしい顔に見えてくる。


「……うん」


納得のいかなそうな表情で、でも何も言わずに彼女は小さく頷いてくれた。

三井が悪いなんて絶対にない。悪いのは、萌だ。勝手に消えたあいつが悪い。


「一条君の初恋の相手って、私だったんだね」


「…え?」


い、今それ聞きますか?

スルーしてくれているものだと信じて疑わなかった俺は突然のその質問に顔が引きつる。


「私がもっと早く一条君のこと好きになっていたらどうなってたかな…」


どうなってたか……それは俺にもよくわからない。今とは違う未来があったのか知りたい気持ちがある反面、過去に戻りたくない気持ちもある。

いつも遠くで眺めるだけだった三井がここまで言ってくれるなんて、普段の俺ならヒャッホー!とか言いながら抱きつこうとしてもおかしくない。でもそれは殴られるってわかっててやってることなんだよな。あかねに対してもそうだし、萌に……抱きつこうとしたことは一切ない!

なんだよ俺。何だかんだ言って萌のこと考えてる。んでもって1人で腹立ってる。


「……たこ焼き、ひとつもらってもいい?」


何も返答しない俺に何を思ったか、三井は困ったように笑うと俺の手にあるフタを開けたままのたこ焼きを指差した。


「あ、食べて食べて!冷めたら美味しさ半減だし!」


「ふふっ、うん。ありがと」


俺の言葉にしっかりと頷いてくれた三井は開けた箱から一個たこ焼きを取った。そしてパクリと一口。


「うん、美味しいね!」


「だ、だよね美味いよね?!何でたこ焼きってこんな美味いんだろうね?!」


「ホントだね」


美味い美味いと照れ隠しに俺は高速で2つほどたこ焼きを一気に口の中に放り込む。そして勢いよく口から吹き出した。

の、ノドに詰まった!ジャスミンティーが欲しい!


「っごへぁ!」


「だ、大丈夫?」


ポロポロ涙を流して咳き込む俺の背中に手を当てた三井は優しく叩いてくれる。これが萌なら「汚い!」って一言で終わらせるよな。

って、また萌のこと考えちゃってるよ。俺はアホか。


「ごひゅっごへっ……ご、ごべん。あびばど……」


謝罪の言葉も感謝の言葉も上手く出てこない。三井を前にしてこんな醜態を晒してしまうとは一生の恥!


「何か飲む?」


「い、いや大丈夫……」


何とか咳を堪えて胸をドンドンと叩く。マジで息が出来なかった。目がチカチカする。


「……!」


ちか、近い!顔が近いよ三井さん!

少し落ち着いてきたのでふと顔を上げると、心配そうな瞳の三井が眼前に迫っていた。近すぎる!

驚きのあまり目にも止まらぬ速さで三井から離れた俺は無意識の内に辺りを見回してしまう。でもこの状況を誰かに見られようと関係はないんだから別にいいのに。


「大丈夫?」


目を見開いて固まる俺に近づいてくる三井はまだ心配してくれているようで「やっぱり何か飲んだ方がいいよ」とアドバイスをくれる。

間近で三井の顔を見た驚きで咳も何も止まりました。もうノドには何も突っかかってはいません。


「だ、大丈夫、大丈夫……」


平静を装いつつも挙動不審に陥った俺は大丈夫しか言えない。そんな俺に彼女は少し疑問を抱いたような表情を見せたが、すぐにホッとした顔になった。と思ったらものすごい一言を言われた。


「…私といるの秋月さんに見られたくない?」


「えぁ!?」


正直言ってビクついた。

そんなことないと大声で言ってみたものの、多分今の俺の鼻の穴は膨らみに膨らんでいることだろう。鏡がないから確認することは出来ないけど、きっと破裂しそうなほど膨らんでいるに違いない。


「秋月さんと別れて行動してるのって、本当に私のせいじゃない?」


「だ、だから違うって。きっと俺が猫人形をぞんざいに扱ったからそれにキレて置いて行かれただけ」


三井と祭りを楽しめやら、好きな人と回った方がいいとか言われたけどそれは直接三井には関係のない話だ。萌のヤツが勝手にそう思い込んで言ったきただけなんだから。


「……私ならそんなことしない」


「へ?」


「好きな人を置いて1人で行くなんて絶対にしない」


「あ、あの……三井?」


何か怒ってらっしゃる?俺が怒らせてしまったのか?

普段でもあまり見ることのない彼女の怒り顔に少しだけ後ずさる。そしてそんな自分が情けないと思う。


「私、秋月さんは一条君のことが好きなんだって思ってた」


「え……」


「だけど今は違うって思えてくる。好きな人とならずっと一緒にいたいって思うよね?」


「お、思います」


とは言ったものの、萌はそういう型にハマる人物じゃない。あれだけ強い手首パンチをノブ君に喰らわせておいて結局は彼のことが好きなんだし。普通の人種じゃないんだよアイツは。


「なのに一条君を置いて1人で行っちゃうなんて」


「……」


返答に困る。なんだか最近の俺は困ってばっかだな。優柔不断もここまでくると厄介だ。自分に腹が立つ。


リンロンリン……リンロンリン。


大勢の人が立ち止まる俺と三井の横をすり抜けていく中で、お互い言葉もなく見つめ合っていると本日2度目、ケータイに着信が来た。


「……あ」


電話の発信元は……萌からか。

俺を置いて行ったクセしてよく電話なんてしてこられるな。絶対に「さっきはゴメン」なんて電話じゃないのは出る前からわかってる。それでもやっぱり出ようと思ってしまうのは萌が好きだからか、それとも別の理由だからか…。


「出るの?」


ケータイをジッと睨みつける俺を見つめて三井がそう呟く。きっと俺の顔を見て萌からだって感づいたんだろう。すごい観察眼を持っていらっしゃる。


「ごめん。出てもいいかな」


「……謝ることなんてないよ」


そう言った三井は力ない笑顔を見せた後、俺に背を向けて一歩、また一歩と離れて行く。

これは電話に出ないで呼び止めた方がいいのか?それとも電話に出た方が?


リンロンリン…リンロンリン。


手に持つケータイが早く出ろと言わんばかりに鳴り響く。それでも俺は三井の背中から目を離せずにいた。




















またも更新が遅れてしまいました。本当に申し訳ございません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ