番外編5 素直になれない
『大好きで仕方ねぇです!!ええ好きです!』
「…………はっ!」
………ゆ、夢?
夢の中でまで太郎のアホ顔を見るなんて、最悪。
ベッドから飛び起きた私はジンワリと額に汗を掻いているのに気がつき手の甲でそれを拭った。ふと辺りを見回すとまだ部屋の中は暗く、手探りで近くに置いてある時計を手に取り目をやると一般的に丑三つ時と呼ばれる午前2時を回っている。
本当に嫌な夢……夢?現実でも太郎のヤツそんなこと言ってなかった?
「……言ってた」
言った、間違いなく言ってた。私に「好きだ」と言ってくれた時はヤケクソ気味だったけれど、あの時は違っていた。……ちょっと待って。『言ってくれた』って言い方ちょっと待って。そんな言い方したら何だか言ってくれるのを待ってたみたい。
「……っふぅ」
あれから何度溜め息を吐き出しただろうか。時間的には昨日のことになるけれど、まだまだ実感が沸いてこない。
黙っていると様々な考えが頭をよぎっていく。そんなモヤモヤを何とか忘れようと首を何度も振ってからもう一度横になり真っ暗な天井を見上げて……また溜め息。
「……」
目をつぶると太郎の顔しか浮かばなくなってしまった。それも真っ赤な顔で早希に告白をしている顔。
「お祭り、私とじゃなくて早希と行きたかったよね……」
太郎の告白を目の当たりにして、いたたまれなくなってその場を後にしたけれど、自分でもどこへ行って来たのか良く覚えていない。
告白をしてOKをもらったんだったら、明日(時間的には今日)のお祭りはきっと早希と行きたいに違いない。だからノブ君と行ったらなんて言ってきたんだと思う。けど太郎のことだから先に私とお祭りに行く約束をしてしまった手前、やっぱりお前と行かないとは言いづらいんだろう。
そして私はそれに甘えた。
結局私は自分が可愛いんだ。太郎のことも早希のことも自分の次の次くらいにしか思っていない。本当に彼が好きならあんな嫌味な言い方しないで素直に早希と行った方がいいんじゃないかと言えば良かったんだ。それなのに私は愛しの早希なんて言って太郎を困らせて。
……自分が嫌になる。
「って、高瀬かいぃぃぃ!」
目の前にはなぜか満面の笑顔で太郎に「サイテー」と罵った恭子の姿。彼女が近付いて来ていることに全くと言って気がつかなかった私と太郎は瞬きすら忘れて固まった。
「やっほ萌〜。ところであかねは?いないの?」
サイテーは酷い!酷すぎる!と言いながら立ち上がった太郎を軽くスルーし、恭子は辺りをキョロキョロ見回すと私にそう尋ねてくる。
マイペースって、羨ましい。
「あ、うん一緒に来てるけど。今は……ちょっとあって」
「ちょっとって?」
うっ、そこは突っ込まないで欲しかった。けどそれを恭子に願うのは無理な話だとわかっている。
なんて言おうか言い訳に困っていると、私を助けてくれようとしたのか太郎が恭子の前に立ちはだかり、彼女にビシッと指を差してこう言っ……叫んだ。
「ちょっとはちょっとだよ!てか俺にサイテー言っといてスルーかよ?!」
「一条の腫れて赤くなったほっぺたが原因?お祭りに興奮して萌に殴られてるスキにあかねとはぐれた?」
「なっ?!はれ、腫れてないし?!ってか人の話聞いて!」
「じゃあその可愛くない変な人形のせい?」
「マッフルに謝れやぁ!」
さすが恭子、全く太郎に引けを取らない。というか太郎に口で負ける人なんてそうそういない。
「…こんばんは」
涙目で「マッフルに謝れ!……お願い謝って!」と叫ぶ太郎を呆れながらも眺めていると、不意に声を掛けられた。
今の声、どこかで聞いたことがある。確か昨日も聞いた。
「あ……こ、こんばんは…」
無意識に声がした方へ視線を移動させると、そこには笑顔で私を見つめる早希の姿があった。だけど私はまともに顔を見られない。
「秋月さん達もお祭りに来てたんだね」
そう言って早希は眩しい笑顔を私に向けてくる。太郎は恭子との会話に忙しいのか彼女の姿は目に入っていないようだ。そんな彼にチラリと視線を移動させた早希だったけど、すぐに私の方へ戻すと「偶然だね」なんて言いながら隣りにやって来た。
「あれ?何だか秋月さんいつもと印象が違う?」
「そ、そう?」
「うん。なんでかなぁ……髪を結ってるからかな?すっごく大人っぽいね」
「あ、ありがとう……」
そういえば言われた通りあまり髪を結ったことがない。縛るのが面倒くさいから……何て理由だろう。
「それじゃ一条君も興奮しちゃうよね」
「っ!?」
い、嫌味?今の嫌味なの?
驚きのあまり目を見開いて彼女を見つめると、ニッコリと微笑まれてしまった。悪気があって言った言葉じゃないんだろうけど。それに早希は嫌味を言うような子じゃない。それは良く分かっている。
ここで笑顔を返したらどうなるんだろうなんて思いながら、どういう顔を見せていいのかわからずにいた私は思わず太郎に視線を送る。けど彼がどうにかしてくれるわけない。自分で何とかしなければ。
「きょ、恭子に誘われて来たの?」
「うん、そうなの。高瀬さん彼氏と来る予定だったらしいんだけど急にキャンセルになって、せっかく浴衣着てるんだしって私に電話してくれたんだ」
「そ、そうなんだ…」
「でも待ち合わせした所に行ってみてビックリ。そこに知らない男の人達がいてね。一緒に回るからって言われちゃって。どうしようか困ってたら『楽しければいいよね』って」
「楽しければ…」
なるほど恭子が言いそうなことだ。
なんとか会話の糸口を掴み、何てこと無い話を早希と交わしていると太郎の大声が耳に突き刺さって来た。
「っだからぁ!今あかねは晃と共にいて俺達はそこに行く途中なんです!2人でとんずらこいたワケじゃないってば!」
「そんなこと言って〜。浴衣姿の萌に耐えられなくなってスキあらばって思ったんでしょ?っていうか何かしたでしょ?それでほっぺた叩かれたんでしょ?」
「あ、アホ!アホ!アホぉ!」
テンパりすぎてアホという言葉しか思いつかないらしい。
ってちょっと待って。いま何て言ったの?隙あらばとか言った?早希の前で言って良い事じゃない!
勢いづいた恭子を止めるのは不可能に近い。ということは太郎を黙らせるしかない!
輪投げの景品であるマッフル(?)の人形を形が変わるほど握り締めている(猫のぬいぐるみは奇跡的に無事……といっても右目が取れてしまっているけれど)太郎の背中に軽く巾着袋を当てて黙らせようと試みた。
「いでっ!お前っ何すんだ?!」
どうやら逆効果だったみたい。
「高瀬の勘違いを正してやってんのに何で叩く?!高見の見物決めてんなや!」
「うるさい」
「くっ!このっ……!」
何やらワナワナ震えている太郎を横目に恭子へ体を向き直す。お願いだからこれ以上余計な事を言わないで……って思ってるそばから何でニヤニヤしてるの?聞くの怖いんだけど。
「も〜え〜。お祭りに来てテンション上がるのは分かるけどさ〜。だからって簡単に気許したらダメだって言ったでしょ?一条だってこう見えて一応は男なんだからさ」
き、聞いてない!簡単に気を許したらダメだなんて一言も聞いてない!って、気なんて許した覚えない!
「きょ、恭子ちょっと黙って!」
「え〜何で〜?」
ま、まさか恭子。この状況を楽しんでない?ヤケに私の顔見てニヤニヤしているし。
「た、高瀬さん。佐々木君達待ってるからもうそろそろ行こう?2人の邪魔しても悪いし…」
太郎と2人で恭子を睨みながらワナワナ震えていると、恐縮気味に早希がそう小さく呟いた。
と、彼女の声に反応した太郎の体が硬直したのが見て取れた。
「み、三井…」
聞き取れないほどの小声で早希の名を呼んだ太郎はそれから挙動不審に陥り私の足を軽く踏んできた。……が、我慢しよう。
「一条君、こんばんは」
昨日の事なんてなかったかのように太郎へ挨拶をした早希は固まる彼にニコリと微笑むと恭子へ視線を戻す。
「佐々木君……って?」
恭子は佐々木という人を知らないのか、首を傾げて疑問に満ちた顔を彼女に向ける。
もしかして佐々木君って恭子達の後をついて歩いてたあの茶髪の人の事?
「………あっ!そーだそーだ忘れてた!佐々木君達と来たんだった!」
数秒ほどしてからやっと思い出し、手を一度パンと叩いた恭子はそれから突然笑い始めてしまう。一緒に来た人の名前を忘れるなんて…。
そんな恭子の様子に呆れ返っていると隣りに移動してきた太郎が私の巾着袋を指で突いてきた。……触れたら腐るって言うから巾着袋に触ったんだろう。
「高瀬のヤツ頭のネジ吹っ飛んだのか?」
「あんたが吹っ飛べ」
「ひでぇ…」
目の前に好きな人である早希がいるというのに私に話しかけてきて大丈夫なの?私に気を使ってるつもり?
「ごめんね。邪魔するつもりじゃなかったんだけど…」
まだ大笑いする恭子の隣りで早希は申し訳なさそうにそう言うと、一瞬だけ太郎の方へ視線を向ける。何だか「後でどこかで会おう」と合図を送り合っているような感じがするのは私の気のせいだろうか。
「……太郎。私先にあかねの所に行ってるから」
自分でも不思議に思うほど息が詰まりそうになった。異常なほど心臓が早く動いていた。このままここにいると太郎のことを突き飛ばしてしまいそうになった。
2人のことを見ているくらいならあかねの元へ行った方が数百倍楽になる、そう思って私は振り返り射的の屋台を目指して歩き出す。
「え?ちょっ、ちょいと待って!お前を1人で行かせたらあかねに何を言われるかわかんねぇ!」
「あかねにははぐれたって言っておくから」
「それはヤメて!はぐれたなんつったら後で殴られちゃうよ!」
「殴られたら」
「ひでぇ!」
あんたなんて殴られたらいい……とは思っていないけれど、それに近い思いは抱いている。私とはぐれたことにして早希とお祭りを楽しんでくれたらいい。言い訳なんていくらでも出来るんだから。
「あ……じゃあ私達もう行くね〜」
そんな私の思いとは裏腹に、不穏な気配を感じ取ったのか恭子はバツが悪そうにそう言うと早希の手を掴んで返事も待たず歩き出してしまう。早希は一瞬だけ私の顔を見ると困ったような笑顔を見せてから去って行く。……これじゃあ気を利かした意味がない。でも、先に行くと言ってしまった手前、私も行かないと。
「待て!待てっつーにぃ!」
太郎にとって浴衣のせいで思ったように走れない私を捕まえるのは容易なことだったらしく、走り始めてすぐに腕を取られてしまった。何で私?太郎が一緒にいたいと思ってるのは早希なのに、どうして私の腕を掴む?
「触るな!」
「ヒョォ!」
振り向き様に勢いをつけて太郎に巾着袋をぶつけようとした。けれど、その行動はお見通しだったのか簡単に避けられてしまった。
「俺と一緒にあかねのトコ行くんだよ!勝手な行動は慎んで!」
太郎が早希に憧れを抱いていたのを私は知っている。中学2年になって早希と同じクラスになったと泣いて喜んだことも知っている。ずっと太郎は早希のことが好きだったのを……知っている。
ここで引き止めてなんて欲しくない。私は掴まれた腕を乱暴に振り回し太郎から離れた。
「あんたこそ……あんたは早希といればいい!」
「……何だよそれ」
既に近くには恭子と早希の姿はなく、お祭りを見て回っている人々が私達を避けていく中、私と太郎は睨み合った。
「さ……三井と行けばって、昨日もそんなこと言ってなかった?俺言ったよな?行かないって言ったよね?」
昨日も見た太郎の真剣な顔を直視できない自分に苛立った。でもそれは太郎の顔を見たくないとか、そんな理由じゃない。目を合わせられないだけ。
「あっ!も、もしかしてお前……」
「な、なに」
ハッと何かに気がついた様子で太郎が私をジッと見つめてくる。な、何を言うつもり。
「もしかして……マジでノブ君と来たかった?」
「……」
「だから俺に三井と行けって言ったんでしょ?そういうことならさっさと言ってくれたら良かったんだよ」
……何も分かってない。
「俺だって晃に言われて誘っただけだし」
「宮田?」
「あ……」
やっぱりそうだったんだ。
太郎が私を誘ってくれた時点で分かってはいた。彼はウソをついたりすると決まって鼻の穴が膨らむ。しかもその時はそれを隠すようにわざわざ鼻を摘んでいたし。それが却ってバレバレなのを分かっていないのがバカ太郎たる所以。
「私を誘ったのは仕方なくってか」
「あ、いや、そうじゃなくって…」
冷や汗でも溢れ出しそうな顔であれこれと言い訳する太郎は何を思ったのか辺りをキョロキョロと見回し始めた。あかねがいたら助けてもらおうって考えでしょどうせ。
「そんなに私と行くのが嫌なら宮田に嫌だって断れば良かったのに」
「だ、だから嫌だったワケじゃなくて!」
「仕方なくって言った」
「言ってないから!ってか言ったの俺じゃなくて萌だから!」
どちらにしても同じことだ。宮田に言われたから仕方なく誘った、でしょ。きっと何か弱味でも握られて断れなかっただけ。それを何だ、私は一人で有頂天になって……。
「どっちでもいい」
「良くねぇっつーに!」
お前も高瀬も人の話を聞かない事この上ねぇよ!と一人息巻いている太郎に睨みを利かせていると、巾着袋に入っている携帯電話に着信が来た。まだギャーギャーうるさい太郎をそのまま無視して開いてみると『あかね』の三文字が表示されている。来るの遅いって怒られるのかな。
「もしもし?」
「ってか普通に出んのかいぃぃ!俺の話なんてスルーかいぃぃ!」
「ちょっと、うるさくて聞こえない」
「うる……うるさい言うな!大の男に向かってうるさいとか言うな!」
「本当にうるさい!」
「……ごめんなさい」
静かになった太郎を背に急いでもう一度あかねに声を掛ける。それでなくてももう一人のうるさい宮田と一緒にいてくれてるんだから、早く出ないと。
『あっもしもし萌?あんた達どこ?』
「え?どこって……」
さっきまで少し遠くから手を振っていてくれていたのに。人混みで私の姿が見えなくなってしまったのかな。
「……あかね、どこにいるの?」
電話を手に射的の店へと視線を向けてみるけど……そこにあかねの姿がなかった。ついさっきまでそこにいたのに。
『実は宮田が突然ジャスミンティーが飲みたいって騒いじゃって。萌にも買って来るからって行ったんだけど……』
「だ、だけど?」
『はぐれた』
「は……はぐれた?」
『電話してもつながらないんだ。あたしも一緒に行くぞって言われてついて行ったはいいんだけど途中ではぐれちゃって』
「あかねは今どこ?」
『えっと……………橋の上?』
どこの橋?!この近くに橋なんてあった?辺りを見渡してみても橋なんて見当たるはずもなく、私はどこの橋かを聞き出そうとした。けど、太郎が音もなく私の背後に近づいてくると突然肩を叩いて来たのでそれをする事が出来なかった。
「あかね?ちょっとあかねなの?あかねと喋ってんの?ねぇ萌ってば!」
「ちょっ、うるさい」
今話してる途中なのに横から話しかけてくるな!というか、話しかけるな!……触るな!
「あぁぁかぁぁねぇぇぇ!今どこぉぉぉ?!」
「うる、うるさい!」
私の持っていた携帯電話に掴み掛かる勢いで太郎が大声を出した。そんな大声出したら周りの人が見てくるのに!恥さらし!
「あぁかぁねぇぇええ!」
「うるさいって!」
「ぐぇっ!」
その耳をつんざくような大声に思わず拳が彼の脇腹を捉える。でも謝ったりなんてしない。だって太郎が悪い。すごい耳鳴りしてる。
『何か太郎のヤツ叫んでない?』
「な、何でもないよ。とにかくあかねはそこから動かないで。私がそっちに行くから」
『あっホント?悪いんだけどそうしてもらえると助かる。戻ろうかとも思ったんだけど、どっちから来たか忘れちゃってさ』
「いいよ気にしないで」
『うん、ごめんね。こっちでももう一回宮田に電話してみるから』
「お願い」
それじゃ急いであかねの所に行かないと……その前に橋を見つけないとどうにもならない。
電話を切った私はそれを巾着袋へ戻した。そしてふと目の前にうずくまる太郎の姿を見つける。………弱すぎ。
「みぞ……みぞおちに入った…」
「ギャアギャアうるさいからだよ。自業自得」
「くっ……あっ、そういやあかねはともかく晃は?まだ射的やってんの?」
「はぐれたって」
「はぐれた?じゃああかねは今1人?どこにいるって?」
「橋の上」
「どこだよ!?」
私だって分からないんだよ!今この近くに橋があるか一生懸命思い出そうとしてるんだから大声で喚くな!
みぞおちを撫でながら立ち上がった太郎がふと真剣な顔になる。そして顎に手をやり何か物思いに耽り始めた。
「……っむぅ。これは難事件だな」
探偵にでもなったつもりか。というか、あんたが探偵になれるのなら誰しもが探偵になれる。
「この辺で橋って言ったら……神満橋じゃねぇ?」
「かんま……?あっ」
そうだ。確かこの辺にそんな名前の橋があったはず。今はあまり通らないからすっかり忘れていた。ここから歩いて約10分ほどの場所にある大きな橋。中学の時はその橋をよく渡っていたよねたしか。
「じゃあ私そこに行くから」
「うん……って何で俺を置いてく?!」
「あんたは早希とお祭り楽しんで」
……また嫌味。出来るだけ嫌味にならないような言葉を探したけれど、見つからなかったから仕方ない。でも一応言っておく。今のは嫌味じゃない……心の中で言っても聞こえるはずないけれど。
「俺は萌と祭りに来たんだよ?」
「知ってる」
だって誘ってくれたから。
「知ってんなら何で三井と楽しめとか言うのよ」
「……せっかくのお祭りなんだし、好きな人と一緒に回った方がいいから」
そう言った瞬間、太郎の顔が引きつった気がした。きっと図星って事だよね。
それから少しの間だけ無言のままお互いの顔を見つめ合う。と、わざとらしく深い溜め息を漏らした太郎が口を開いた。
「……あのさぁ、何か勘違いしてねぇ?」
「してない」
「即答すんな!」
勘違いなんてしていない。太郎の顔を見れば一目瞭然だ。
「……」
していないと断言したのはいいけれど、次の言葉が見つからない。不安に駆られつつ太郎の顔をチラリと見ると何か言いたげに私を見つめていた。
「み、三井のことだけど…」
「……」
「そりゃ、そりゃあ憧れてたさ!だってマジで可愛いんだもん!」
「……」
「おまけに優しいし、よく気がつくし、あの笑顔を向けられた日にゃ死んでも良いって思ってたくらいだよ!……でも、今は違うから」
「……」
「ちょっ、何でもいいから返答くれない?あっそとか、ふ〜んでもいいから」
「……」
「無言ヤメて!何でもいいからしゃべって!」
「……」
太郎の言う通り何か言葉を発しようと思えば出来る。けど同時に涙がこぼれそうな予感がしてそれをする事が出来ない。もう太郎の前で泣きたくなんてない。すぐにメソメソする弱い女になんてなりたくない。
「……私は優しくもなければ気もつかないし笑顔もない」
「そ、そんなことねぇでしょうよ。俺以外の人としゃべってる時よく笑ってんじゃんか」
「盗み見?」
「ちっ違うわ!ふと見たらお前が笑ってたんだって!ちょっヤメて!人を変態みたいな目で見ないで!」
「だって変態でしょあんた」
「平然と言うな!」
あかねの浴衣が少し乱れたくらいで興奮するあんたのどこが変態じゃないっていうの。しかも目が勝手に動いたなんて言い訳して。
「と、とにかくだ!」
「あかねの所に行く」
「そう……じゃなくて!話の腰折らないで!」
これ以上話をしていても終わりは来そうにない。
早希と会ったときに気がついた。彼女を見る太郎の目は私を見るときとは違う。憧れだけでそんな目はしない。やっぱり今でも早希のことが好きなんだ。そして彼女も太郎を好いている。
だとすると私が2人の邪魔をしている事になる。私に好きだと言っていなければ太郎は何の気兼ねもなく早希と付き合えるはず。だから私が引くのが彼にとって一番都合が良い事だというのも良く分かっている。
「私は別に何とも思ってない」
「……え?」
「あんたこそ何か勘違いしてるんじゃないの」
「勘違いって?」
「私はあんたの事が好きだなんて一言も言ってない」
「いや、それは……でも…」
「勘違いにもほどがある」
「……」
これでいい……と思う。今まで散々彼の前で泣いたり抱きついたりしてしまったけど、それは好きだったからじゃない。幼なじみとして頼りにしていただけ……そう思ってくれていい。
「私にはノブ君がいるし」
「え?で、でも……そうですか」
太郎が見てる所でノブ君の頬を叩いてしまった事があるけれど、こう言っておけば太郎の事だ、きっと何も言ってはこない。…ノブ君には本当に申し訳ないけれど。でも太郎はノブ君に何か尋ねたりはしないだろう。
「……じゃあ、私はあかねの所に行くから」
「……わかった」
思った通り太郎は俯いて何も言わなかった。ただ私の言葉に頷いただけ。
「あ、萌…」
それじゃあと振り返ったとき、小さな声で名前を呼ばれた。自分からあんな事を言っておきながら、身勝手にも少しの淡い期待を持ち振り返る。けど、太郎は俯いたままだった。
「猫人形。目ぇ直しておくから」
「……ありがとう」
猫人形……変なネーミング。
そうだ、直してもらったら中学のとき誕生日にもらったシャープペンシルの横に置いておこう。私にはそれで充分。これからはただの幼なじみとして……友達として彼と接しよう。
悲しいくせに、涙が出て来ない自分がそこにいた。
更新が大変遅くなってしまい、本当に申し訳ございませんでした。
今さら遅いわ!と思われるかもしれませんが、更新をさせていただきました。読んで下さり本当にありがとうございました。
皆様より評価、そしてコメントを頂いたのにのも関わらずまだ返信が全く出来ておりません。本当にすみません。時間が掛かるかもしれませんが、必ず返信をさせて頂きたいと思っております。