第113話 祭りに来てまでこれですか
ピーヒャララー……ピーヒャララー………。
右を向けば可愛らしい浴衣姿の女の子、左を向けばお美しい浴衣姿のお姉様。クルッと振り返って見れば、
「てめっ晃ぁ!ネギ残してんじゃねぇよ!」
「俺はネギが嫌いなんだ!そんなに食いたいなら太郎が食えばいいだろ!」
「ばっ、何で俺がお前の残したネギ食わなきゃいけねぇんだ!俺にも肉よこせ!」
「それは断る!」
「てめぇ!」
千満神社……千の満足を与えてしんぜようという意味の神社。出来れば万の満足が欲しいなんて言ったらバチが当たるから心の中で思うだけにしよう。
それにしても毎年毎年よく混むよね。あなた達は他に用事はないもんですか?俺が言うのも何ですが。
約束通り、俺達は祭りの最終日に神社へやって来た。
肉ばかりを食う晃にローキックを当てていると、萌も行くみたいですと連絡した時のヤツを思い出してしまった。電話越しに『うおりゃぁぁああ!』と奇声を上げていたね。鼓膜が破れちゃうと思うくらいにデッカイ声張り上げてたよ。一体どこでそんな大声出してるのか心配になるくらいにデカイ声だった。思わず電話切っちゃったもんね。
「あ、あかね。金魚すくいだよ」
本当にどうでもいいことを思い出しながら晃と焼き鳥で何だかんだ喧嘩しているその横で、萌は一緒に来てくれたあかねの浴衣の袖をクイと引っ張り露店を指差す。
………ハイハイそうです!何を隠そう、あかねは浴衣を着て来たのですよぉぉ!
去年買った浴衣がまだあったから、とあかねはそれを着て来てくれたんです。また彼女の浴衣姿を見られるなんて神様ありがとう。本当に感謝します。
天に祈りを捧げるよう両手を組んだ俺はふと萌と目が合ってしまった。
「……なに」
そう冷たく言い放った萌は深い青(紺色?)が映える浴衣を身にまとっています。冷たい性格だから青ってことでしょうか。
ま、まぁ彼女も似合ってるね。うん、似合ってる似合ってる。馬子にもなんたらってヤツですよ。え、俺?俺は浴衣なんて持ってないのでTシャツにジーンズです。どうでもいいですが晃は浴衣を着用してます。俺だけはみ出し者な気分です。
萌のこの世のモノとは思えないくらいのとても冷たい視線を浴びていると、ふと昨日のことがよみがえった。そして不意に辺りを見回してしまう。
きっと三井は祭りには来ていないだろう。俺がはっきりしないせいで彼女を傷つけた。なのに自分はちゃっかりこうして晃達と祭りに出かけている。昨日の夜、そして今日の朝昼と彼女からのメールはなかった。送ってくれると半ば期待していた俺はマジでアホだ。昨日の今日でメールくれるワケねぇだろが。
………もしかしたら三井は俺に気をつかってメールしていいかと言ってくれたのかもしれないって思ったのは、祭りに行くため秋月邸の前で萌を待っていた時だ。
きっとそうだ、それしか考えられない。自分を振った相手を気遣ってしまう、彼女にはそんな優しさがあるんだ。それを何だ、俺は真っ向から信じてメールなんて待って。
そんなことを考えつつジッと睨んでくる萌から逃げようと視線を逸らした俺は、彼女が指差した金魚すくいの露店で立ち止まってみた。
自分だけが楽しんでいいのかと考えたけど、それは俺はともかく晃やあかね(と萌)には関係のない話だ。俺が暗い顔してたら絶対に何があったのか聞かれそうだし。ここは普段通りの俺で行った方がいいよね。
「ちょっと萌!き、金魚すくいだけはマジでカンベンして!」
金魚すくい、そう聞いたあかねの顔が萌の浴衣の色のように真っ青に変色していくのが見て取れた。その様子に少なからず驚いた萌だったが何かを思い出したのか「あっ」と短く声を出す。
「そ、そっか。えっと、じゃあ…」
「あ〜……わ、輪投げ!輪投げ行こう輪投げ!萌って輪投げ好きだよね?!あたしも大好きなんだよ輪投げ!」
もう輪投げするっきゃないよね輪投げ!と強引に萌の腕を引っ張ると俺と晃を残してズンズン進んでいく。どうでもいいけど「輪投げ」連呼し過ぎだよあかね。相当テンパってるね。
頼もしく萌の腕を引っ張るあかねの後ろ姿をボケッと眺めていると、焼き鳥にかぶりつく晃が何故かいつもよりも少し低い声を上げた。
「津田を誘ったのは正解だったようだな」
「そうだな……ってかネギ!ネギ食えや!」
好き嫌いすると大きくなれないよ!なんてのは死んでも言えない。だってヤツは俺よりずっと大きいから。くそっ、何かすっげぇ悔しい。
しかしマジであかねを誘ったのは正解だったかもしれないな。とは言っても誘ったのは萌なんだけど。
俺が誘った後にすぐさまあかねに一緒に行こうと頼んだらしい。きっと俺と2人きりで行くと思ったのでしょうな……誰がそんな自殺行為するかよ!
あかねも最初は邪魔したら悪いからと断ったみたいだけど、萌に何度も頭を下げられてついに折れてしまったようです。
その日の夜にあかねから電話来たときはもしやラヴコール?なんて思ったけど、祭りのことだった。大丈夫だよ、晃も行くんだよと優しく教えてあげると「それ萌は知ってんの?」と聞かれた。なのでノーと答えたら、「あんた、萌を騙したワケ?」と凄まれてしまった。電話口から何やら殺気が漏れた気がしたよ。しかしそこは言い訳の天才であるこの私。全てを晃のせいにして丸く収めました。……すぐにバレたけど。
なぜかカッコ良く焼き鳥を食い続ける晃から無言でネギしか刺さっていない串を渡された俺は何も言わずにそれを食う。……肉、肉が食いたい。
悲しみに暮れつつ残されたネギを頬張っていると、遠くで今まさに輪っかを投げようと構えたあかねが見えた。
よっしゃ、応援しに行こう。晃といたらずっとネギだけ食わされそうで怖い。
「さぁ萌!何が欲しい?!」
うおっ気合い充分だなあかねさん。
彼女が金魚すくいを断固拒否する理由はただ一つ、津田家にはもう何十匹と金魚がいるからだ。
津田家では祭りイコール金魚すくいという考えを持っているらしく、祭りに行けば必ずそれこそ家族総出で金魚すくいに興じる。
さっきのあかねの慌て振りを見る限り昨日も妹達と金魚すくいしたんだろうな。きっと家にある水槽が溢れんばかりに金魚をすくったに違いない。
…そういや去年も金魚すくいはしなかったな。
やっとのことで自分の好きなものが楽しめると意気込んでいるあかねの横で、悩みながらも欲しい賞品を選んだ萌が店の奥を指差した。
「えっと……じゃあ、あの人形」
そう言った萌の視線の先には小さな猫の人形が、とはいっても小さな女の子がそれを見て思わず抱き締めたくなるような可愛いデザインのぬいぐるみではなくて結構リアルな作りです。遠くから見たら本物と見間違いそう。
でもあれなら大丈夫そうだ。たまにそれって絶対に輪は通らないよね?!って品があるんだよね。
「よっし!行くよ!」
輪っかを握るあかねの手に力が入る。そして!
「ちょっと待て津田ぁ!」
晃によって止められた。
「っえぇ?!」
突然のストップ宣言にタイミングをずらされたせいで力が半分ほどしか出せなかったあかねは輪っかから手を放したと同時に前につんのめっていく。
え〜……で、彼女の手から放たれた輪っかはといいますと、半分ほどの力しか出せなかったというのにすごい勢いで飛んでいき、最終的に奥の壁にブチ当たって空しく落ちた。うん、いつ見てもすごいお力をお持ちで。
「み、宮田ぁ!あんたいきなり大声出すなって!」
怒り大爆発のあかねはずっこけたせいで浴衣が乱れてしまったがそれを気にすることなく後ろにいた晃に文句をぶつける。そうだそうだ!そしてネギ食え!……って、乱れた浴衣?
「……ッハァ!!!」
ちょ、ちょっとちょっとあかね超セクシィィ!早く直して!そこいらの男がガン見して当たり前だから!
「っぼごぉ!」
薄ら笑いでも浮かべてしまっていたのでしょうか。
萌の背後にいたにも関わらず、俺の怪しい気配を察知したのか振り向き様に持っていた巾着袋で横っ面をブッ叩いてきた。ってかその巾着袋に何が入っているか聞いてもいい?めっさ固かったんですがね?!
「ぼぼ…」
油断していたせいで喰らう直前に首に力を入れることすら出来なかった俺は軽い脳しんとうを起こしてヨロヨロ後ずさる。
キッツ、キッツいわこれ。財布しか入ってないハズの巾着袋で殴られたのにこれほどの衝撃とは。
「変態」
萌は頬を押さえて痛みに苦しむ俺に向かってそう冷たく言い放った。その目は(変態、変態)しか言わない。このっ、やっと口を聞いたと思ったら変態ってか。
昨日「焼きそばを奢れ」という恐ろしい言葉を聞いてから今の今まで萌とはマトモな会話をしなかった。もちろん神社に来るとき迎えには行ったけどその時も何も言わないで俺のナナメ前を歩いていましたよ。けっ。
「だ、誰が変態じゃ!」
「あんた。変態な目であかねを見てた」
ドキッ!
で、でも健全な男子高生であれば思わず目で追ってしまうのは仕方のないことだよね?大胆に開かれた浴衣の裾が「どうぞ?」って言ってんのに見逃すわけにいかないでしょうよ!
「め、目が勝手に動いちゃったんだから仕方ないでしょうが!それに逆に見ないのはあかねに失礼ってモンだ!」
ここで素直に謝ったらダメだ!こんな機会は滅多に、いや絶対にないんだからガン見してやれだ!
「最っ低!」
「ばっす!」
屁理屈をこねる俺に怒り倍増の本日2度目になる巾着アタックがまたも頬を捉える。
お、お前の浴衣の裾を見たワケじゃないのに何でここまで…。
痛みで声が出ない俺は助けて光線をあかねに出した。と、彼女はハッと気がつき浴衣を直してしまう。ちぇっ、萌がデッカい声出すから。
ジッと睨んでくるあかねは(何を見てんだ!)とばかりに顔を真っ赤にして……そ、そんな表情見せられたらドキッとしてしまう!
ごめんごめん、もう見ないからと何とか怒りを下げていただこうとあかねに平謝りを続ける俺はついでに萌にも謝る。……ごめんなさい、ついでじゃないです。
「さぁ萌ちゃん!キミの欲しい人形はこの俺が取ってあげるからね!」
この気まずい雰囲気を一掃してくれたのは意外にも晃様でした。
当たり前だが(なんて言ったら失礼だけど)あかねの乱れた浴衣に視線を移動させることなく晃は隣りにいた俺を押しのけると猫の人形目がけて輪っかを投げ始める。いつの間に輪っかをもらったんだお前。
それにしてもあかねを引き留めた理由はそれだったか。良いトコ見せようとしてるのね。悪いトコ見られた俺とは大違い。
「そりゃあ!いけぇ!萌ちゃぁぁあん!」
………全然ダメじゃんか。最後の掛け声とかも何か間違ってるし。
晃の投げた2つ(って少なっ!)の輪っかは勢いとは裏腹にあらぬ方向へ全て飛んでいく。が、最後に投げた一投がとある賞品を捉えた。
そして彼の手に渡ったのは、
「あ、晃ぁ!それくれ!俺にくれぇ!」
なんということだ!まさかマッフルのぬいぐるみとここで巡り会えるなんて!ってか露店のおっちゃんめ、マッフルを賞品にするなんて許せん!でも欲しい!
彼の放った輪は猫人形とは逆の方向へ飛んだものの、俺が唯一愛して止まないマッフルを獲得したのだ。これはもうお願いしてもらうしかない!
「ごめん萌ちゃん!次こそ、次こそはぁ!」
俺の言葉なんて全くスルーの晃は萌にすがりつくように大声で謝る。ってか声デケェ!みんな見てる!
そんな晃の姿が可哀想だったのか、萌は困りながらもいいよ別に…と呟いて、ってかそうじゃなくて!
「おい晃!それくれって!猫人形なら俺が取ってやるから!」
「なっ、俺が取れなかったのにお前が取れるワケないだろ?!」
「じゃあ俺が取ったらそれくれよ!?絶対に交換してね?!約束だからね!?」
その宣言を聞いて返事に困っている晃を後ろにブン投げた俺は「おっちゃん輪を、俺に輪を!」と叫ぶ。ざっと見たところ並んでいる賞品の中にもはやマッフルの姿はない。ってことは晃が手に持っているそれが最初で最後の一個だ!
おっちゃんに渡された輪は全部で2つ……って500円払ってこれだけ?ぼったくりか!俺の全財産1800円なのに!
「くっそがぁぁ!…………ほい」
あまり力を入れ過ぎてもダメ、入れなさ過ぎてもダメ。俺はそっと、しかし力強い第一投を見せた。待っててねマッフルぅ!
「お見事ぉ!ハイ兄ちゃん賞品!」
ガランガランうるさい鐘を鳴らしたおっちゃんは「あんたやるねぇ!」と猫人形を俺に寄越した。第一投で取ってしまうなんて、やはり俺はスゴイのか?!よっしゃ、これでマッフル(人形)は俺のモノだ!
「はいどうぞ晃ぁ!これと交換してくれ!」
「え………」
意気揚々と猫人形を晃に渡そうと近づくも彼は固まったまま動かないで俺を凝視しているだけ。な、何で?
「え、晃?」
「あ?い、いや……萌ちゃんにあげてくれ」
「は?何でだよ」
萌は何もゲットしてないだろが。金も出してないヤツに何であげなくちゃいけねぇんだ。これはお前の為にゲットしたんだよ。だから交換してくれ。
「……だってそれ萌ちゃんが欲しがったヤツだろう」
「あ」
わ、わす、忘れてたぁぁぁあ!マッフル欲しさに萌が欲しかった猫ちゃん人形を取ってしまっていたぁぁああ!ごめ、ゴメン晃!そんなつもりじゃなかったんだ!俺はただマッフルが欲しかったんだ!
なぜ晃が放心状態でいるのかに気がついた俺は両手を合わせて「悪い!悪気があったワケじゃないんだ!」と謝る。祭りに来てまで謝罪って、しかもこれで2回目だし。
「いいんだ、俺は取れなかったんだから……これ、人形………」
そう呟いた晃からマッフルを受け取ったはいいが、彼の顔から生気が抜けていくのを感じる。や、ヤバイ!こうなった時の晃は駄々っ子よりも手がつけられない。せっかく祭りに来たのにテンション低すぎ!このまま帰るとか言い出しかねない!
「あっ!そ、そうだ宮田!あっちで何か面白いモノやってるみたいだよ!」
慌てる俺の隣りであかねが「射的とかやろう!」と彼の腕を掴んでつれて行こうとしてくれる。あ、ありがとうあかね!俺にはどうしようもなかった!
「ほらシャキッと歩く!萌太郎も!」
「「あ、ハイ…」」
『萌太郎』と呼ばれたがそれについて何も言えない俺達は叫んだせいでまた浴衣が少し乱れているあかねの後に続いて歩き出した。
やっべぇなぁ、これじゃあ雰囲気ブチ壊しだよ俺。楽しい祭りが悲しい祭りに変化しちゃってるよ、空気読めてねぇよ。
頭をポリポリ掻いて歩き続ける俺は隣りに萌がいるのも忘れてこれからどうしようかと考えた。
「……太郎」
と、萌が俺のTシャツの裾をクイと(ごめんなさい、グイッ!です)掴んだ。ま、まさか怒られるの?人形取ってんじゃねぇって言うの?
「な、何でしょうか?」
怖々横を向く……ってか隣りにいらっしゃったのねぇ?!全然気がつかなかった!
「……それ」
ひゃぁああ!と叫びそうになるのを必死に堪えていると、萌はそんな俺を無視して手の中にある物を指差した。
「え?あ、これ?」
あっそれこそ忘れてた。晃に渡さないと……渡したら悲しみのどん底に突き落としそうな予感がする。
どうしよう、まさか捨てるなんてもったいないしなぁ。
「いらないならちょうだい」
「へ?お、あ、う…」
ま、まぁ俺が持ってても仕方ないか。それにマッフルがいるし。
取っちゃってゴメンと晃に心の中で謝りながらそれを萌に渡そうと一歩前に踏み出す。手に触れたら殴られるからそっと渡さないと。
「あっ」
失敗こいたぁっ!
晃に渡すところを見られたらタダじゃ済まねぇなと思って視線を彼の方へ向けたのがマズった。
人形が萌の手に渡ったと勘違いした僕は、まだ彼女はそれを掴んでいないというのに手を放してしまったのです。言うまでもなく猫ちゃん人形は地面に真っ逆さまですよ。しかも通り過がりの人達に軽く踏まれました。
「わわわっ!踏むな踏むな!」
踏まれたせいで少々泥がついてしまった人形を慌てて拾い上げ、少しでも汚れを取ろうとズボンにぐいぐい押しつけて頑張る。
ま、待ってて。今キレイにしてあげるからね!
「っぎゃあ!」
目が、目がぁ!右目がぁ!そんな勢いつけてゴシゴシしてないのに何で目が取れちゃうのよ!
うわっ、こりゃもうホラーだよ。目がボロ〜ンって垂れちゃってるよ。目ん玉が飛び出してるよ。
「い、いやいや!まだ死んじゃいないから!」
だんだん悲しみの表情に変化していく萌を前に、何とか元に戻そうと右目をグイグイ押し込んでみる。頼む、頼むから元に戻って!
…………目が取れちゃった。もとい、「取れちゃった」じゃなくて「取っちゃった」。
「……」
完全に右目と本体が決別してしまった。こうなってしまっては今の俺の力じゃ元に戻すなんて出来るはずない。
「え、えっと……なんていうか、ごめんね?」
まずはテヘッと可愛く笑みをこぼしてみる。が、舌をチョロッと出している俺を無視して萌はジッと手に持った猫人形を凝視です。
もうどうしたらいいのかワカラナイ!このまま渡してもブン殴られそう!
「……私なんかにくれてやるなら捨てた方がマシって事か」
ち、ちょっとあなた目が!人形の目じゃなくて萌の目!マジで怖いです。不良もビックリな睨みだよそれ。夢に出てきそうでマジで怖い。
「そ、そんなこと言ってませんって!今日中になんとかするから!明日には治療を終えた猫ちゃん人形と対面させてあげるって!」
「家庭科の成績ゼロのくせに」
「ぜっ…」
ゼロってなんだオイ。いくら俺の成績が悪くても5段階評価なんだから『0』はないよ。最低でも『1』でしょうよ。………こう言っては何ですが家庭科に関しては『3』とか『4』なんですけどね。
「……萌の方こそ俺のこと悪く言えないクセに」
お前の家庭科の成績は『2』だ、良くて『3』だろ。俺の方が家庭的な人間なんです。私が女性だったらそこら辺の男共は黙っちゃいねぇだろう。
「何か言った?」
「あ、いえいえ何もぉ!」
萌お嬢様はお料理もあんまり得意じゃない、お裁縫もちょっと……なのは知っている。が、今この場でそれを言おうモノなら3度目の巾着アタックが俺を襲うでしょう。危機感知能力に優れていて助かった。
「と、とにかく右目の治療は俺に任せろ。だから明日まで待って」
「……私にくれないのに待ちたくない」
「だからあげるって言ってんでしょうが!何聞いてんだよマジで」
人(俺)の話を聞けってんだ!
そんなギャアギャアうるさい俺達(主に萌)のバカでかい声は周囲の方々に多大な被害を与えてしまったようです。
驚いた拍子に綿アメを落としてしまった方、焼きとうもろこしをまだ半分しか食べていないのに落としてしまった方、気合い充分に頬張ったたこ焼きが思ったより熱かったので口から飛び出してしまった方………最後の方は俺達とは関係ないような気がします。
人形一つでここまで喧嘩出来るヤツ等もそうそういないだろうと言いたげな皆さんの視線に気がついた俺は、顔を真っ赤にさせた萌が走り出したのを見届けてからあかねの元へと走り出す。って、ちょっ!浴衣着てるのにあんたどんだけ速いんだよ!
「もっ、とっ、とにかくっちゃんと直っして渡すっからっ!」
走りながら言葉を述べるというのは辛い。息切れを起こしながらも何とか前を走る萌に声を掛けた。お願いだからこっち向けや!
「……りがと」
「え?なに聞こえっねぇ!出来っるならデッカい声っでおっ願いぃ!」
後ろを振り返りもしてくれないから何を言われたか全くわからないですよ。俺がこんだけデカい声を張り上げてんだからお前もノッてきてくれないと困る。それか「オホホ!私を捕まえてごらぁん!」でお願い!一生捕まえないから!
「萌〜!太郎ぉ!こっち〜!」
おっやっとたどり着けたか!
遠くであかねが私はここにいるよ〜と言わんばかりに手をブンブン振っている。……このままの勢いで行ったら(思わず)抱きつこうとしちゃうかもしれない。少しずつ減速した方が無難かも。
「……あれ?あそこにいるのって恭子じゃない?」
「へ?」
あかねまであと数メートル!という所で萌がふと立ち止まる。そしてそう呟いた彼女は一点の方向へ視線を向けたまま動かなくなった。
あぁそういや高瀬も来るって言ってたからな……しかも塚本と。
どんだけ塚本が奢らされているのか見ちゃいたい好奇心に駆られたが、俺が行ったら事態を悪化させてしまうだろうとその場をやり過ごすことにしました。今は晃(と萌)のご機嫌をどう直すかそれだけで頭がいっぱいだからね。
「行こうよ萌ぇ。デートの邪魔しちゃダメだってぇ」
「デート?早希といるみたいだけど」
「はいぃ?」
萌にそう言われて彼女と同じ方向へ目線を移動させた俺は、その光景にまばたきすら忘れてしまった。
「な、何で……?」
そこに見えたのは笑顔で祭りを楽しむ高瀬と三井の姿でした。
塚本……塚本はどこ?たっくさん奢ってもらうんじゃなかった?そして振ってやるんじゃなかったの?
じっと目を凝らして見ていると、見知らぬ男性2人が彼女達の後ろをぴったりガードしていることに気がついた。
……高瀬よ、ナンパされたのか。
「次はアレ!アレ奢って!」
「ま、またかよ?」
困惑した返事をする男性を前に、高瀬は機嫌がいいのか「イカ焼き!イカ焼きが食べたい!」と駄々をこねている。
あんな可愛い表情で駄々こねられたらイチコロですぜ。金を持ってなくても奢ってあげたい衝動に駆られる。が、今はそんな悠長なことを言っている場合じゃないな。
「み、見なかったことにする?」
動かないでいる萌に提案をしてみました。高瀬はあの通り楽しんでるし、三井は……今の俺はいつもの調子で彼女と顔を会わせられそうにない。
でもそんな僕の意見など却下でした。
「見たのに声も掛けないで行くなんて出来ない」
「……ですよねぇ」
やっぱりそう言うと思った。見て見ぬフリが出来ないお嬢さんだもんね。
これ以上は何を言っても無駄だとわかり一息入れてからと頭を掻いたその瞬間、萌が歩き出してしまった。それはもう一直線!って感じで。
「ちぃちょっと待って!まだ心の準備というものが出来上がっておりませぬ!」
待て待て待て!と死にもの狂いで彼女の腕を掴もうと手を伸ばした。が、その伸ばした手に右目を負傷している猫ちゃん人形を持っていたことを忘れていたので実質的に萌の腕を人形で叩いたカタチになってしまいました。
「イタッ!」
ちょうど固いプラスチックで出来た左目の部分が腕に当たってしまったらしく、萌は小さい悲鳴のような声を上げる。
「あっ!ご、ごめん!」
マズイマズイ!人形だけじゃなく萌まで負傷させたりしたら俺の目が吹っ飛ぶ!「お前も同じようにしてやんよ!」とかって顔面に拳がめり込む!
痛そうな表情で腕をさすった萌はゆっくりとこちらに顔を向け………恐ろしや!
「ごめっ、悪気はなかった!本当になかった!」
握り締められた巾着袋はもはや形を為していない。中に入っている財布もきっとぐっちゃりいってるに違いない。そんな100%を越えた力で殴られたら気絶する!
「どこ?どこぶつけた?どこ?見せて?」
「ちょっ、触るな!」
「ハイ痛いの痛いの飛んでい、げぇ!」
良かれと思ってやったことなのに。
ちょっと当たったくらいだからそんな痛いハズないのは知っていたが、甲斐甲斐しく腕でもさすれば少しは機嫌も良くなってくれるだろうと近づいたのがそもそもの間違いでした。
優しさ溢れる笑顔で萌の腕を掴んだのと同時くらいに平手打ちが左頬にクリーンヒット……違う。コレは紛れもない、あの伝説の『手首パンチ』だ。
ってか出来るなら巾着アタックの方が良かった!
ノブ君に喰らわせた時と同様、バチンではなくてドゴッという効果音と共に俺の脳がこれでもかというくらい揺れに揺れた。喰らってみて、初めてわかる、この痛さ。……川柳にしてみました。
ま、まぁ腕を掴もうとしたときチラッと胸元を見ちゃったのがイケないんだよね。でも意志とは無関係に目が勝手に動いてしまったんだから俺のせいでは……つべこべ言わずに反省させていただきます。
「ばひぃ……」
痛さからして絶対にモミジ出来てるよ。俺の左頬に真っ赤なモミジが咲いてるよ。
ジンジン痛む頬を押さえて悶え苦しんでいるその横で、真っ赤な顔をした萌が肩で息をしながら俺を睨みつけている。ってか真っ赤なのはこっちなんだけど!何で殴った方が赤いのよ?
「触るな!見るな!消えろ!」
「おまっ、最後のはいくら何でもひでぇだろ!俺は善意で…」
「女なら見境なし!」
「っうえぇぇ?!」
言うに事欠いて何を大声で言ってくれちゃってんだお前は!頭に血が昇りすぎじゃありませんか?!女性なら誰にでもそういうことをするって言いたいの?………否定出来ない!でもそれは優しさからくるモノであって下心じゃない……ハズ!
「女なら見境なし?サイテー」
ううっ、なぜこんな目に遭ってしまうのでしょうか。女性達の蔑んだ視線がとっても痛い。ついでにほっぺも痛い。
サイテー発言を聞いて少し目尻に涙が溜まった俺は悲しみに包まれつつも声がした方向へ顔を向けた。
「………って高瀬かいぃぃ!」
今回も気がついたら少々長めになっておりました。