第108話 俺って一言多い
こりゃぁぁぁ!なんて叫んだはいいが、塚本の元へブッ飛んでいく勇気を持ち合わせていなかった俺は今、あかねを止めるのに必死になっています。
「あかっあかね落ち着け!ここで暴れるのはマズイから!」
フーフー鼻息も荒く彼女はダッシュを試みようと頑張る。それを必死に押さえる俺。
「アイツって恭子と付き合ってんだろうがぁ!なのに他の女と腕なんて組んで映画だぁ?!スパゲティだぁ?!行ってやるよ、あたしが行ってやる!」
あかねが行ってもどうになんないっつーに!
ダメだ、瞳孔が開く勢いのあかねを止める術を俺は持っていない。
なんとか最後の力を振り絞って羽交い締めにしていると幸か不幸か、俺達なんて見えていない幸せ一杯な塚本達は歩き去っていった。
……ヤバイ。も、もう手が痺れて限界だ。
「ずぁあ!」
パッと手を放してしまったのがいけなかった。あかねが前のめりに転んでしまったのだ。
一応断っておきますが、「ずぁあ!」と叫んだのは紛れもなくあかねさんです。
「ご、ごめんあかねぇ!」
顔面から地面に突っ込んでいったあかねを何とか助け起こす。だ、大丈夫だ。鼻血は出ていない。
「あんた何で止めんのさ?!」
「警察沙汰になったらどうすんのぉ?!」
俺が止めてなかったらこのフードコート内は血の海と化してたよ?血がケチャップ代わりだよ?警察に連行されてニュースになって、部活は活動停止に追い込まれてたかもしれないんだよ?
「警察沙汰になんてなるか!」
「い〜や!あかねの目は本気の目だった!獲物を狩る目をしてた!」
ワイワイうるさい俺達を好奇の眼差しで周囲の方達が見てくる。こりゃマジで警察呼ばれそうかも。
チラチラと周囲の人が見てるよ〜とアイコンタクトを送ると、やっとそれに気がついたあかねはコホンと一回咳をして何事もなかったのように立ち上がる……が無理があるよね。
「い、行こうか」
「さ、賛成ぇ」
どこかで聞いたことがある言葉を交わしつつ、紙コップをゴミ箱へ捨ててそそくさとその場を後にした。
しばらくこのデパートには来られそうにないな。メロンソーダ美味しかったけど。
「アイツどこ行ったのかな?」
この辺で映画を見るといったらここしかない。俺達はデパートの隣りにある映画館へと足を運んでいた。休みということもあり結構大勢のお客がいる。
「何の映画見るんだか言ってなかったからなぁ。あっこれじゃねぇ?」
そう言って俺が指差したのは『幸せってハッピーという名の幸福なの?!』というポスター。意味がよく理解出来ない題名だけどよく見るとラブロマンスのようだ。これっきゃねぇ。
「ん〜…あたしはこれじゃないかと思うんだけど」
俺の意見を聞いて少し考えたあかねは『戦え!勝とう!未来の俺達』というポスターを指差す。SFっぽいけど……あっ違う、格闘物か。
「それって恋人同士で見る映画かなぁ」
「恋人同士ぃ?」
「いやいや違う!え、えっと…」
見る見るうちにあかねの目が据わっていく。不謹慎な発言は厳禁だな、俺の命が危ない。
「…わかった。じゃあ太郎が言ったヤツでいい」
ちょっ何だよそのふくれっ面は。ってかもしかしてただ単にその映画が見たかっただけじゃないの?
「…あ!あかねぇ!」
「え?あっ!」
他に見そうな映画はないかと何枚かのポスターに目を通していると、遠くで今まさに中へ入ろうとする塚本達を発見した。
まだ腕組んでやがるな。
「あたしが言ったヤツ見るみたいだね」
「……そっすね」
塚本こんにゃろー!ってか彼女が見たい映画ってこれかよ!ラブロマンスはお嫌いでしたか?!格闘物がお好きですか?!
にこやかに2番館(4番館まであるみたいです……ってかこの表現で合ってんのか不明)へと入っていく塚本達を見送った俺は、睨みを利かせているあかねの袖を引っ張り、笑顔でこう提案してみる。
「俺達も入る?」
「っはぁ?!む、無理無理!」
「何で?」
なぜか顔を真っ赤にさせて両手をブルブルと勢い良く振るあかね。正直可愛い。
「いいじゃんせっかく来たんだし。それにアイツら映画館の中でも腕組んだりしてっかもしれないんだよ?そんな徹底的瞬間を見逃したらマズイって」
「決定的瞬間でしょうが。でもあんたと2人きりってのはちょっと……」
「……ひでぇ」
お前なんぞと行きたくねぇみたいな発言は控えてほしい。俺だって人間、傷つく心を持ち合わせているんだよ。
「そんなに俺ってあかねに嫌われてたんだ……」
「え?!あ、いや嫌ってるワケじゃないって!ただ…」
「ただ、嫌ってるんだね」
「違うって!その…2人きりで入ったトコを誰か知ってる奴に見られて誤解でもされたらマズイってこと!」
「誰が俺とあかねの仲を誤解するっつーのよ」
今さら俺があかねと2人きりで映画見たとしても誤解してくれる奴なんていないってば。「あぁ、太郎の奴なんかあったんだな。津田よ、慰めてやってくれ」で終わるから大丈夫。
「さぁ行こうあかね!俺達の友情を深める為にも!」
「ゆ、友情……?」
「行こう行こう!行っちゃおう!」
「え?ちょっとどこに行くのさ!」
俺を止めようとするあかねを振り切ってさっさと券を買いに走る。誰も俺を止めることは出来ない!たとえ萌でも!
「行きましょうかあか姉ちゃん!」
券を大事に握り締めた俺は「行かない行かない!」と叫ぶあかねの手を引いて2番館へと入った。入り口の所はそこそこの人がいたけど混んでないな。この映画が目当てで来た人達じゃないってことか。それじゃここは一番後ろの席をゲットしましょう。
「後ろの席空いてるからそっち行こうや」
「……」
仏頂面のあかねは何も言ってこない。そこまで俺と一緒に入るのが嫌だったのかい?手はもう放したよ?
「………あっ」
いいから行こうって、と後ろの席へつこうとした時、すぐ前に塚本達を見つけた。よし、ここなら奴らの行動が監視出来るな。
「よいしょ。あかねぇ、もう諦めて座ったら?」
「萌に見られたら誤解される」
「大丈夫だってぇ……って、何で?」
どっかり真ん中一番後ろの席を確保した俺はあかねにこっちに座るよう手招きをしたが、悲しいことに彼女は6つほど離れた席についてしまった。
「……そこまで俺の隣りに座るの抵抗あるの?」
「……」
聞こえてるんだか聞こえてないんだか。まぁこれ以上言及したら持ってる鞄が飛んで来そうだ。静かに映画鑑賞した方が身の為かも。
「ねぇねぇユウ君?」
「ん〜?」
「途中で寝たりしないでね?」
「大丈夫だって」
混んでいないからか塚本達の声は筒抜け状態。チラリと横を見ると鬼の形相で彼を睨むあかねがそこにいた。ヒドイくらいに殺気を放っちゃってるよ。
「あぁかぁねぇ……!そんなに睨んでバレたらヤバイってぇ……!」
席が離れているせいと小声だったこともあり俺の声は聞こえないらしく、あかねは塚本の横顔をジッと睨み続けている。
「頼むから鑑賞中に暴れたりしないでねぇ……?」
聞こえてないと思うけど一応忠告をする。……やっぱり聞こえてないか。
ビーーー。
それから何分かが経ってやっと照明が消された。
他の人はどうか知らないけど俺は最初にやる新作映画の予告が実は楽しみなんだよね。じゃあ次はこれ見ようかなって気にさせられる。……見たことないけど。
いくつかの予告が終わり、やっと本編が上映された。映画なんて久しぶりだ。
少しのワクワク気分を持ちつつオープニングを眺めた俺は、進行していく物語の中である事実に気がついてしまった。
この映画の題名ってたしか『戦え!勝とう!未来の俺達』だったよな。何で主人公が女性なんだ?それに仲間までもが全員女性だし。どこに『俺達』がいるんだよ。……あっ、しかも戦うっても銃撃戦じゃねぇか。
「……っふぁ」
思ったような映画じゃなかったことが災いしてか、不意に眠気に襲われた。格闘物で眠気がくるってどんだけだよ。
重いまぶたをこすりながらあかねの方へ静かに視線を送ってみる。まさか寝てたりしないよな。
「……」
どんだけ目ぇ輝かせてんのぉぉ?!好きな女優さんでも出演してんの?
その横顔は真剣そのもの。有り得ないほど映画に食い入るあかねにマジで驚かされた。まさかここまで見たかったとは。
「……おーいあかねぇ?」
見るのはいいけど、もしかして塚本達のこと忘れてやしないかい?それだけが気がかりなんですけど。
「……おぉ!」
俺の推理は当たっていた。ジッと彼女を見つめてみたが、塚本の方へ視線を送る素振りすらなく映画に没頭している。
「……何の為に来たんだよ」
当初の目的をすっかり忘れているあかねを横目に俺だけでもと塚本達の方へ目線を移動させ……。
「………うっそぉぉん」
手をつなぐとかのレベルじゃない。何を女性の肩に手を回して鑑賞してんだ塚本ぉぉ!お前、高瀬という彼女がいながらその行動は何だテメェこんちくしょう!
ハッ!あかねにあんな現場を目撃されたら映画鑑賞どころじゃない!本物の格闘物を見ることになる!
「………!」
映画に夢中かよぉぉぉ!
心配するまでもなくあかねは塚本のことなんて頭から飛んで行ったらしい。スクリーンしか見ない彼女の笑顔は絶えることを知らない。
「よ、良かった……」
実際良くはなかったんだけど、あかねが目撃していないことだけは良かったと思おう。後はこのままやり過ごせたら無事映画館から生還出来る。
「………すごい!」
こりゃ大丈夫そうだ。
はっきり言って映画の内容なんて全く頭に入らなかった。塚本と女性の姿が目に焼き付いてそれどころじゃなかった。
「け、結構面白かったね」
結構じゃないだろうに!めっちゃ食い入ってたじゃん!できたらDVD欲しいみたいな顔してんじゃん!
「あかねぇ、塚本達の様子見てた?」
「え?……あ、み、見てた見てた!」
キミが映画に夢中だったことは俺が確認済みだ。でも思わずそんなことを言ってしまったのはちょっとイジってやろうと思ったからです。だって慌てるあかねってとっても可愛いんだもの!
「え〜ホントに見てたぁ?じゃあ何で飛びかからなかったワケ?」
「と、飛びかかるって?」
「だって塚本達映画見ながらあんなことしてたのに」
「えぇ?!ちょっ、あんなことって何!?」
「やっぱ見てなかったんじゃんか」
「あっ。ご、ごめん」
「…………っぶ」
「え?」
「ぶはは!」
「え?な、何で笑ってんの?!」
あかねって素直過ぎる。本気で謝られたら怒る気力も失せるって。もう笑うしかなくなるよ。いや〜素直過ぎるのも善し悪しですな。
「え?あっもしかしてあんた嘘ついた!?」
「う、嘘じゃないって!半分は合ってる!」
恥ずかしさのあまり俺の胸ぐらを掴もうとするあかねを制して早口でまくし立てる。危うく窒息させられるトコだよ。
「半分って?」
「肩に手ぇ回して鑑賞してたんだよ」
「!」
その衝撃的事実を聞いて彼女は固まった。
「う、腕組んで……肩に、手を回して……?」
ブツブツと独り言のように何か呟いたあかねはフラフラと歩き始める。その姿を見て絶対に転ぶと確信した俺は急いで彼女の隣りに並んだ。
「あかね?気をしっかりと持ってよ?」
「……ねぇ太郎さん」
「え?な、何でしょうあかねさん?」
俺をさん付けするとは相当参っている証拠だなこりゃ。何とかして元気づけてあげたいけど、果たして僕にそれが出来るかめっちゃ不安。
「男ってのは自分に彼女がいても他の女とそういう事出来るモンですか?」
「うえぇ?」
な、なんつーこと聞くのよこの子は。しかもジト目で睨まれても困る!俺がやってんじゃないんだからね!塚本がやってんだから!
「いお、俺はしないから!」
「……」
「ちょっ、信じて!信じてあかね!俺はコレと言ったらコレ、そう一筋!他の女性にうつつを抜かすようなこと死んでもしない!……出来ない」
「……萌が好きなクセに早希から告白されて有頂天になってたのに?」
「うちょっ…有頂天になんてなってない!ってか有頂天になったなんて一っ言も口にしてませんけど?!」
あんた意識もうろうで意味不明なこと言っちゃってるよ!相談したときの俺はめちゃくちゃ困り顔だったろが!
信じろよあかねぇ!俺はぜっっっったいに塚本のような奴とは別の種類の男だよ!と必死になって誤解を解く……俺が必死になってどうすんだよ。
「ああいう男はそうそういないって!」
「そう、そうだよね」
「そうそう!」
「津田?」
ウンウンと2人で何度も頷き合っていると不意に声を掛けられた。
今の声って、な〜んかさっきまで聞いていたような気がするんですが……。
「……!」
俺達は同時に振り向いて、そして同時に声も出ないくらいに驚いた。
「やっぱり津田か!久しぶり」
やっぱり、塚本だった。
驚きの顔でいる俺達にお構いなしで塚本はジロジロ俺を見てくる女性と共に近づいてくる。
バレるわけだよね。だってあんだけデカイ声張り上げて「俺はしない!絶対にしない!」なんて叫んじゃったんだから。全てアイコンタクトで会話しておけば良かったと後悔しても先に立たず。
「あれ?アンタ……太郎だよな?」
てんめぇに名前で呼び捨てされる義理なんざ持ち合わせてねぇんだよ!馴れ馴れしいじゃねぇか塚本!あかねも何か言ってやって!
「つか、塚本……」
名前呟いただけですか?!
「あ、俺の名前覚えててくれたんだ?」
「ねぇユウ君、誰?」
塚本の名をボソボソ言い続けるあかねに不信感を抱いたらしく、女性はヤツの腕をグイグイ引っ張りながらそう質問した。
「あ?あぁ同じ中学だったんだよ。こっちが津田でこっちが……ゴメン名字なんだっけ」
「一条ぉ!一条でぇす!」
そのデカイ声での自己紹介を聞いた塚本は悪い悪いと爽やかレベル100で謝ってくる。なんだろう、謝られているのにバカにされている気分だ。ってかあかねに会ったのは中学を卒業して以来のハズなのに名字覚えてんだな。……じゃあ何でついこの間会った俺の名字は覚えてくれてないの?!
「それで?津田達は2人で何してんの?」
お前らを監視してたんだよバッキャロー!なんて言えるハズもなく、顔に覇気がなくなってしまったあかねの腕をしっかりと掴んでから反撃に出る。
「そっちこそ高瀬がいながら何してんのかしら?」
「え?高瀬?……あぁ恭子のこと?」
「きょっ……そう高瀬!」
知り合って数日でもはや呼び捨てにしているとは。やるな塚本。
何かを考えるよう上を向いた塚本に対し、それを数秒間見つめた女性が少しイライラした面持ちでまたなぜか俺を睨んでくる。
「行こうよユウ君」
「え?あっちょっと待って」
何か言いたいことでもあるのでしょう、塚本は女性に引っ張られてもそこから動こうとしない。
それにしても力を込めて塚本の腕を掴んでんな。クソッ、俺も負けてらんねぇ。
「た、太郎!もう放してくれていいから!」
女性に負けないくらいにあかねの腕を掴んだら怒られてしまった。でもそのお陰でどうやら正常に戻ってくれたようだ。
俺達のコントをジッと見ていた塚本はふと辺りを見回す。と思ったらニヤッと笑いながらこう言ってきた。
「……そっちこそって言ったけど、そっちの方こそ秋月と付き合ってんのに他の女と腕組んでるだろ。とやかく言われたくないね」
「ばっ…!あかねが俺なんかに振り向いてくれるワケねぇだろ!この子は戦国先輩一筋なんだよ!」
「誰だよ!」
「いでぇ!」
思わぬ所でツッコまれてしまった。どうやら戦国先輩との仲を暴露されて恥ずかしさの余り手が出たみたいだな。
「……デートってわけじゃなさそうだな」
「そ、そうだよ!」
俺達の掛け合いってそんなに恋人同士じゃないっぽいですか?少し寂しい気持ちに襲われてしまった。
少し鼻息が荒くなってきた俺はあかねと顔を合わせる。スキあらばアキレス腱固めでも喰らわせてやりてぇよね。
「あのさ、実は今2人が喋ってんの聞いちゃったんだけど、早希ってアンタのこと好きなの?」
やっちゃうかい?とお互いに頷き合っていると、塚本がおかしな事を言ってきた。
ぬ、盗み聞きされた?っつっても俺達も似たようなモンだったから何も言えない。だから話題を変えるの術!
「今はそんなこ…」
「どうなの?」
さっきのあやふやな笑顔とは正反対に塚本は真剣な、いや睨みと言った方がいいかもしれない。そんな目を俺に向けてくる。話題を変えるの術は失敗に終わった。
「べ、ベラベラ話すほど軽い男じゃないんでね」
か、格好良いよ俺!話し始めがちょっとつまづいちゃったけどそれを補って余りあるほど格好良い!
「じゃあ好きなんだ」
やはりそう解釈しちゃいますか?!
「早希の奴他に好きな男が出来たから別れろって言ってきたのマジだったのか」
「え?」
「でもまさかな、まさかアンタだったなんてな」
軽い溜め息を吐いた塚本は据わった目で俺を睨んでくる。ここで負け腰になったらダメだ、お前の睨みなんて萌に比べたら可愛いモンだ!
なぁにが言いたいんだこの野郎!と言おうとして三井の言葉がよぎった。
「……別れたのってアンタのせいじゃないのか?」
「え?」
「アンタが何かやらかしたから嫌われちゃったんじゃねぇの?だからそんな嘘ついてでも別れたかったんだろ」
「俺は何もしてない。早希が突然…」
「三井はマジでお前のこと好きだったよ絶対に」
中学の時、三井と2人きりでいられる最高な一時にお前なんかが話しかけてこなかったら……ずっとそう思ってた。あの時の三井の嬉しそうな顔は今でも覚えてる。彼女はコイツを相当好きだったに違いない。他に好きな奴が出来た、なんて口から出任せだろう。
「本気でイヤなことがあったんだよきっと」
「イヤなことって?」
「そんなの俺に聞かれてもわかるわけねぇっつーに」
「……」
コイツは自分が悪い、っていう概念を持ってないと見た。全てはフった三井に何か原因があるって考えてる。まったくよ、お前はプァーフェクツマン(ミス西岡ばりで)かってんだ。
「でも好きな奴がいるって言ったのはあっち…」
「だぁかぁら!お前確かめたのか?好きなヤツって誰だとか聞いたのか?嘘かもしんねぇだろ」
「何でアンタに嘘ってわかるんだよ」
「三井のあの口ぶりじゃ別れたくなかったんだよ。お前は何年三井と一緒にいたんだ?恋人の気持ちくらいわかれってんだ」
段々この男の顔を見ているとイライラが増してくる。三井のあの口ぶり、なんて言われてもコイツには見当もつかないだろうけど言わなければ気が済まなかった。自分でも思わぬ言葉がポンポンと出てくることに驚きながら怒濤の攻めを見せる。
何か文句あったら言ってこいや!今なら萌と口喧嘩しても勝てそうな気がしてならない!
「でも結局早希はアンタが好きなんだろ?」
少なからず勝った気でいた俺はカウンターを喰らいのけぞった。まだお前にそんな余力があったなんて……不覚だ。
「まんざら嘘じゃないってことだろ」
あしらうような言い方にいい加減堪忍袋の緒が切れそうになったときだった。隣りにいたあかねが小声で塚本に質問を投げつける。
「……あのさ、早希と別れたのっていつ?」
真剣な眼差しをしつつも何やら考えながらそう言ったあかねはジッと塚本を見つめる。
「この間だけど」
「いつ?雷がすごかった日の前?」
あかねさん、あんたグイグイいくね。別れた日を知ってどうしたいの?
「雷?あぁいや、ついこの間って言っても2ヶ月近く前だから」
「……」
とすると……。
「ってことはやっぱり早希は太郎のこと好きになる前に別れたんじゃん。ねぇ太郎?」
「う、うへぇ?」
そこでウインクされても困る!いやウインク自体はめっちゃくちゃ嬉しい!出来れば毎日してほしいほどに嬉しい!でも、いつから三井が俺のこと想ってくれてるなんて知りもしないから頷けない。
「って話が逸れてる!今は高瀬のこと話してんだよ!」
危ない危ない、塚本の巧みな話術に引っ掛かる所だった。上手いこと話題を変えるなんてタダの高校生じゃねぇな。逆に話題を変えるの術をしてきやがった。
「あなたは高瀬というべっぴんな彼女がいるのに他の女性と腕組んで何してんの?」
「その高瀬って女こそ誰よ?」
ずっと黙っていた女性がここで復活した模様です。やっと私の話題になったの?みたいな表情です。
そう言った女性はグイと塚本の腕を引っ張ると同時に殺気を伴う凄まじい睨みを披露してくる。
「そうよ誰よぉ!あなたにとって高瀬 恭子って何者なのよ?!何なのよ!」
きっと俺に言った言葉だとは思うが、そんなの気にしてられない。俺は便乗するように女言葉で塚本に詰め寄る。久しぶりにやったからつい気合いを入れすぎてしまった感は否めない。
「恭子は彼女だよ」
「はぁっ?!じゃあ私は何なの?!」
「お前は太郎だ!」
「ぜぶぅっ!」
調子に乗りすぎて女性のセリフを奪ってしまった。あかねにツッコまれたのは当たり前ですかね。
ツッコまれて痛がる俺を横目に恭子は彼女、そう聞いて絶句していたが気を持ち直した女性が塚本の腕を軽くではなく強く引っ張る。
「私と付き合ってくれるんじゃないの?」
「付き合うとは言ってないだろ」
「!」
これは俺とあかね、そして女性が驚かされた。悪びれることなくそう言った塚本は「何で変な顔してんの?」みたいな表情で立っている。口をあんぐり開けたまま固まってしまった俺達は女性の方へ視線を向けた。
「で、でも会いたいって言ってくれたでしょ?」
「言ったよ。だって会いたかったから」
生まれついての二股野郎、と申しますか。それとも天然の二股野郎と申しましょうか……同じ意味ですね。まぁどちらにしても相手の気持ちなんて全く考えていない最低野郎ということに変わりはなさそうです。
一言二言くらい言ってやらないと腹の虫が治まらねぇと俺は一歩前に出る。
「塚本お前もしかして高瀬とこの人以外ともそうやって歩いたりしてんじゃないだろうな?」
「それくらいいいだろ別に。浮気してるとかじゃないんだから」
「……ば、馬鹿だコイツ。女性の気持ちをちっともわかってねぇ」
「アンタだって男だろ」
「男なめんじゃねぇ!それ以上に女をなめんじゃねぇよ!…………あっわかった!何で三井がお前と別れたかわかった!」
横を向くとあかねもすでに理解していたらしくニヤリと口角を上げて笑ってくれる。あかね言ってやれぇ!
「あんたがそういうことやるから早希は嫌気が差した!」
「ナイスバッティン!」
誰が考えてもこの答えにたどり着くのは明白だったけど、俺は何度もあかねに対して拍手を送った。
「俺がそういうことするから?」
な、何だその目は。わかりませぇんみたいな顔すんな!一から十まで言ってやんねぇとわからねぇのかお前は!?
「高校に入って茶髪にして調子コキすぎたんじゃねぇの?」
茶髪は全く関係はないと思うけど言ってしまった。え?俺?俺は黒いですよ。脱色なんてしたら頭皮が痛む……だからって毛根がヤバイとかじゃないから!
萌が言うに中学の頃は悪い噂はなかったって言ってたし、高校デビューってワケでしょうな。でも高校生になったからっていきなりハメ外すってどうよ。それもとびっきり美少女の三井という彼女がいながらにして。
「じゃあ黒に戻したらヨリ戻せるってこと?」
アホか!
「お前っバカ!何で黒くしただけでヨリが戻るんだよ?」
「だってアンタの髪の毛真っ黒だろ」
「俺の髪は関係ねぇ!」
何をどう聞いてたらそういう答えになるんだよ!黒い髪にして三井が惚れてくれるんなら誰しもが真っ黒に、そうまるで石炭のように黒くするわ!
ハテナ顔でいる塚本を前にあかねと2人でヤキモキしていると、それをジッと傍観していた女性が何を思ったかヤツから離れ彼に本気睨みを披露しながらこう言い放った。
「私帰る」
「え?帰るってまだメシ食ってな、イテッ!」
「平気で二股かけるような奴と食いたくないし!女なめんじゃねぇ!」
怒りをぶつけないと気が済まなかったのか、女性は塚本の足を思い切り踏んづけてズシンズシンと効果音が聞こえそうな足音を鳴らして帰って行く。
それにしても俺の言葉を拝借して叫ぶとはさすがミニスカートなだけある。しかも最後の方は完全に男言葉だったよ。
「……二股?何勘違いしてんだアイツ」
足の痛みに耐えつつも自分に非は微塵もないという顔でそう呟いた塚本は俺の方へ向き直る。
お前のせいで痛い思いしただろうがって言ってこないよな。
「………」
「………」
き、気まずいぃ!どう考えても俺がブチ壊した雰囲気!
ちょっとどうしよう?と視線をあかねに送ろうとしたとき、塚本がすごい小声で話しかけてきた。
「……この事、恭子に言う?」
「え?い、言わないけど…」
「そう……じゃあ俺行くから」
「あ、ハイ」
オドオドしながらそう答えると、少しイライラした顔つきで彼は俺達を背に歩き始める。何か言われると思ったのに意外にもアッサリ帰って行くんだな。
その背中をジッと眺めている俺の肩をあかねが叩いてきた。
「恭子に言うなってことは後ろめたいことしてるってわかってんじゃんアイツ」
「そうねぇ…」
浮気じゃない、二股じゃないとは言っても高瀬に知られたくない……意味がわからん。
「太郎?いくら悩んでもアイツの気持ちなんてわかんないよ」
俺の思考を読み取ったらしくあかねはそう言うとふとグッズ売り場に視線を移動させた。
この子、グッズ買って帰ろうとしてるよ。
「そ、それじゃああたしも帰るかな。太郎は?」
「俺も帰るわ。あかねはグッズ買ってから帰る?」
「あぁ……え、えぇ?!か、買わないよ!あんたこそ何かしら買って帰ろうとか思ってんじゃないの?」
「何で俺?!」
「あっほら鼻の穴膨らんだ!あんた嘘ついたりするとすぐそうなるんだよね!そうかそうか買って帰るのか!」
「これは興奮してるからだよ!あかねの方こそめっちゃ挙動不審じゃんか!」
「あ、あたしはいつだって挙動不審だろ!」
「意味わっかんねぇ!」
理解不能な意地の張り合いを始めた俺達はグッズを買う買わないで大モメにモメた。すぐに険しい顔の警備員さんが近寄って来たのは言うまでもない。
最終的に俺が何か買って帰るという結論になってしまった。が、俺は見たんだ。現地解散!と言われて映画館を後にしようとしたとき、グッズ売り場に驚異の速さで走っていくあかねの姿を。やっぱり買うのあかねじゃん!
パンフレット等を手に満足げなあかねを遠くから眺めてから映画館を出た。
そして現在、夕焼けに染まった道を1人とぼとぼ歩いて自宅付近まで戻って来ました。
明日学校に行って高瀬に会ったらどうしよう。俺のことだから何も言わないようにって考えた瞬間に鼻を膨らませそうで怖い。こりゃあマスクして行かないと萌にもすぐに何かあったってバレそうだ。
繰り返し溜め息を吐いて秋月邸を横切る。
「………」
ふと何か思いがよぎり、立ち止まった俺は秋月邸の門を眺めた。
なんだろこれ。何か無性に萌の顔が見たくなってきた。えっと………4時か。家にいてくれてるかな。
何しに来た、と言われるのを覚悟でインターホンを3回鳴らしてみる。
『………はい?』
「あ、萌ぇ?俺ぇ」
『何しに来た』
予想通りってのも何か怖い。
「いやぁちょっと萌の顔が見たくなってさぁ」
『…………ップ』
切るなやぁぁ!冗談交じりで言ったことだと思われたのは仕方ないけど、いきなり切らないでくれや!
それでも門を開けてくれると信じて疑わない俺はしばらく待ってみる。
………………。
「開けてくれねぇんかいぃ!」
おりゃあ!と叫んだ俺は跳躍力を生かして門に飛びかかる。こうなりゃよじ登ってやる!
「警察呼ぶよ」
おぃぃぃぃ!俺が見えないの?太郎だよ?不審人物じゃないよ?!
いつの間にか姿を現していた萌は門によじ登ろうと奮闘している俺を怪訝そうな目つきで見上げていた。
「だ、だって萌ったら出て来てもくれないんだものぉ!だから最後の手段に出るっきゃなかったんだよ!」
「何でもいいからまず降りな」
「……へい」
泣く泣く門から手を放した俺をジッと見つめる萌。
「それで何しに来たの」
「だ、だから言ったじゃないのよ。萌の顔が見たくなったのぉ」
「……じゃあもう用済んだろ」
「っえぇ?!ちょ、ちょっと待ってよ!」
門を開けてくれる気配のない萌はそう言い放つと振り返り家に戻ろうとする。顔見たんならもう帰れってあまりにも悲しい!出来ればグレープジュース飲みたい!
「何なの?」
「な、何なのって………あっ土日と会ってなかったじゃない?だから、って待てやぁ!開けてくんねぇの?!」
「悪いけど今忙しいから」
門を掴んで待て待てぇ!と叫ぶ。門越しにしゃべるなんて俺は牢屋に入れられた囚人か!
しかし俺の行動なんて目にもくれず歩き始めてしまう萌。もうお前って奴は!でも「悪いけど」って言われて少しビビッた。謝罪の言葉から始まるとは思ってもみなかったので。
「………あ」
悲しみに暮れつつ彼女の後ろ姿を目で追っていると、秋月邸からなななななんと!ノブ君が出て来たではありませんか!
「………」
玄関先で何やら話し始める萌とノブ君を遠くから眺める。
ノブ君見たのって萌が手首パンチ繰り出してから初めてだ。もう萌は許したのかな?
まじまじ見てみるとノブ君も笑顔、萌は後ろ向きだから確かめようがないけど何か楽しそう。
「………何やってんだ俺は」
何を門にしがみついて萌達の動向を見てんだか。ああなったら萌は入れてくれそうにないし、帰るか。
「………」
少し気になりつつ門から手を放した俺はチラリと萌を見てしまう。
楽しそうに話してんなぁ…………。
「か、帰ろう」
なんだかよくわからないけどその場にいたくない衝動に駆られて走り出す。なんだコレなんだコレ!?何かよくわかんねぇけどなんだコレ?!なんだコレェェェ!
リンロンリンロンリン。
「おわっと!」
秋月邸から離れてすぐ、ポケットに入っていた電話が鳴った。慌てて取り出した俺は発信者を見て驚く。
『あっもしもし一条君?今ちょっといいかな?』
何を隠そう電話の主は三井だった。
戸惑いながらも電話に出た俺だったが、三井のいつも通りの声に少しの安心を覚えて返事をする。
「うん大丈夫。どうしたの?何かあった?」
『あのね。実はさっき塚本君から電話が来たの』
「つっ塚本から?」
あのヤロー、あれからさっそく電話しやがったのか?ってか何を言ったのか超気になるんですが!
『それがね、突然謝られちゃって』
「え?何で?」
『一条君、最近彼と会った?』
会いました!それも2回ほど会っちゃいました!なんて言えない俺は曖昧な返事をするしか出来ない。
『よくわからないんだけど一条君に怒られたって』
怒ったって言われても困る……逆に怒らせてしまった感ならあるんですがね。女性にはとても悪いことをしたと後悔してるほどです。
「そ、それで三井は何て?」
『もう終わったことだし、今さらそんなこと言われても困るって言ってやったよ』
そう言った三井の明るい声が逆に俺の胸に突き刺さった。
さっきから考えていたこと……もしかしたら余計なことを言ってしまったんじゃないかと後悔の波が押し寄せてくる。彼女が言ったように終わったことを蒸し返してしまったんじゃないか。
「な、何かゴメンな」
『え?どうして一条君が謝るの?』
「いや……」
『?……あっそうだ。それよりも一条君に話したいことがあったんだけどね?』
「え?なに?」
どうして塚本がそんなことを言ってきたのか三井は聞いてこなかった。きっと聞きたいと思ってるんだろうけど俺のことを思ってくれてなのか彼女はそれ以上何も追求してこない。
でも………その彼女の行動が余計に俺の胸を締め付けた。何も悪くない彼女に気を使わせてしまったという罪悪感でいっぱいになった。