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第106話 俺だって見栄張りたい

ふと朝にテレビで星座占いをやっていたことを思い出した。

直秀にプロレス技をかけながら見ていたんだけど、久しぶりに乙女座が1位だった。そして何を隠そう俺は乙女座だ。今日は俺の為にあるとその時は思った。

でも今のこの状況を考えたら本当は12位なんじゃないの?と思えてしまう。






「も……もっ…」


三井に腕を掴まれていなかったのがせめてもの救いでしょう。ぴったりくっつかれてたらジャンプキックの餌食になってたかもしれない。

公園の入り口に立っていた萌はここで何してんのと近づいてくる。当然三井の姿は見えているとは思うが、彼女は気にしていない。


「い、いつからそこに?」


「今」


ほっと一安心だよ。どうやら今までの一連の出来事は目撃されていないようだ。


「早希は大丈夫だったんだ」


「あ、うん。一応」


ヒョイと横を向いて三井の無事を確認する。隣りにいる彼女は少し伏せ目がちに萌を見ていた。と、こっちを見たと思ったら小声でこう聞いてくる。


「さっき私がメールした時、もしかして秋月さんもいたの?」


「俺もいたぜぇ!」


めちゃくちゃ小さい声だったのに聞こえてんのかい!知ってるから主張しなくても大丈夫。ってもう回復しやがったか。治癒能力が高いと見た。


「そうそう。萌と一郎の家にいた時だったんだよね」


「……そうなんだ」


そう言うなり彼女は萌の方へ視線を流す。


「……」


「……」


なんで2人とも無言で見つめ合ってんだ?俺とあかねじゃないんだからアイコンタクトは送り合えないはずだし。心と心が通じ合っていないと出来ない高等技術だし。

とりあえずどうしようか相談する為に一郎へと視線を投げかけてみる。頼むから声を出さないで返事ちょうだいね。


「……あっ」


足音消して逃げ出してんじゃねぇぇ!長靴履いてるクセにめっちゃ足速いのはどうして?

救命胴衣やらスティックのせいでうまく走れない一郎は一瞬だけ振り返り(悪い、帰る!)とアイコンタクトを残して走って行く。

キャラメル達が心配だから帰るってことだよな?この空気に耐えきれなくなったから帰るとかじゃないよね?だったら諦めてやるよバカヤロー!


「この後何か予定ある?」


走りづらいクセにここに来るときとは比べものにならないほど速く走っていく一郎の背中を見つめていると、萌と睨み……もとい見つめ合っている三井から質問を受けた。


実は一郎から呼び出し電話&メールが来てなかったらコップを買いに行こうと思ってたんだよね。壊したのと同じのは無理でもそれに負けないくらい可愛いコップを探す自信ならあるから。可愛い雑貨とかで盛り沢山のファンシーショップに1人で行けるくらい周りは気にならないタイプですから。


「あ、俺…」

「来てくれたお礼がしたいんだけどダメかな?」


お礼なんてしてもらえるほど活躍した覚えはないんですが。って、ちょっ袖を掴まないで!前に萌様がいらっしゃるんですよ!?


「一条君?」


掴まれた手を振り払うなんて出来るわけもなく、オロオロしていると追い打ちをかけられた。

うっごわぁ!その目はこれから断ってしまう俺に対する仕打ちですか?


「ご、ゴメン。俺ちょっと用事があって」


「………そう」


用があるのは決して嘘じゃない。それでも彼女の哀しげな表情に心がチクリと痛んだ気がした。


「太郎は毎日が暇でしょ」


「いやそれはそうなんだけ……何言ってくれちゃってんのぉ?!」


そういうことは状況をよく見てから言ってちょうだい!俺が嘘ついちゃったみたいになってんじゃねぇか!俺にだって用事くらいあんだよ……終わったらヒマだけど。


「お礼がしたいって言ってくれてるんだから。行ったら?」


当たり前のようにそう言ってのけた萌は、まだ俺の袖を掴んでいる三井をチラリと見る。言われた俺はどうすりゃいいんだよ。今さら「やっぱりオッケー」なんて言えるか!


「あっもしかして秋月さんとどこか行く予定だった?」


「まさか!」


それ俺のセリフですよ萌ぇ!俺が質問されてんのにどうしてあなたが返答してんの?しかも即答だったし。


「そ、そうじゃないんだけど。今日中に買っておきたい物があるんだ。ゴメン」


少し戸惑っている表情の三井を前にゴメンと両手を合わせて何度も謝る。


推測の域を出ませんが、もしかしたら萌は自分を置いて三井の所へ飛んで行った俺の行動を怪しんでいると思われます。だから「行ったら」みたいな発言をしたんだと思うし。

そんな時にお礼をしてくれるからって2人でどっかに行ってしまったらそれこそ誤解が誤解を生んでしまう。まぁイヤっていうほど誤解を生むようなことを言ったりしたりはしたけど(『早希ちゃん』で携帯に登録したり……もちろんもう変えてますがね!)。

一郎は誤解して逃げて行っちゃったけど、萌だけにはこれ以上誤解されたくない。


「そうなんだ。こっちこそ無理言ってごめんね…」


ふっふぉぉ!三井の顔見てたら俺がすごく悪者に見える!


「秋月さんもごめんね。せっかくの休みだったのに」


「え?う、ううん。気にしないで」


「ありがとう。それじゃ私帰るね…」


力なく笑顔を作ってくれた彼女は軽く手を振ると俺達を背に歩き出す。


「何で断ってんの」


申し訳ない気持ちで一杯になりつつ三井の背中をジッと見つめていると、萌がなぜだか怖い顔でそう呟いてきた。

そんな凄まれても困るわ。行ったら良かったんかい。


「用事があるって言ったでしょうよ」


「用事って?」


それは内緒ぉ〜と言おうとして止まった。

もしコップを買いに行ったとしても、俺の好きな柄と萌の好きな柄は違うよなぁ。いくら俺がコレ可愛いと思っても萌が「えっコレ?」ってなっちゃうかもしれない。ということは、一緒に買いに行った方が無難じゃねぇか?


「萌はこれから何か用事ある?」


「恭子からメール来てた」


「え?それは遊ぼうよ的な?」


「そう。風邪治ったんだったら遊ぼうって」


風邪か、そういえば引いてたよな。うつしちゃってゴメンね。

って待てよ?ってことは……。


「もしかして高瀬のトコに行こうとして家を出たら俺と会ったの?」


「そう」


『そう』じゃねぇぇ!何を当たり前のように高瀬との約束ブン投げて一郎の家に来てんだよ!女子同士の友情なんてそんなモンなのか?約束破っても平気なの?


「でも家を出ようとしたらやっぱり用事出来たってメール来て。家に戻ってもまだお父さんいたし、仕方ないからどっか行こうと思ったらあんたに会った」


なんか最後がヤケにトゲトゲしいのは気のせいでしょうか。俺のこと好き(だと思いこんでいる)なのに顔も見たくないの?緊張するから?


「約束をしてもいないのにバッタリ会ってしまうなんて、もしかしてこれは運命なの?なーんてね、テヘッ」


とかじゃないの?俺が女子ならそう思ってる確率高いんですがね。でも家の前で会った時の萌の顔微妙だったし。もっと喜べ!


「そっかぁ。じゃあヒマなんだ?」


「……」


ヒマって言うのがそんなに嫌ですか、認めたくないですか。年中ヒマな俺に言われたくねぇですか。くそっ何が何でも言いたくないか!

でも今がチャンスかもしれない。無言ってことはヒマって宣言してくれてるようなモンだからな。誘うなら今っきゃねぇ!


「あっそうだ。もし良かったらちょっと買い物に付き合ってくんない?」


「何買うの」


「え?日用品」


コップは日用品に変わりはないからウソじゃないよね。それにしてもこういう言葉がスラスラ出てくるとはさすが!


「……」


ダメ元で聞いたこととはいえこの間はなんとも言いようがなく緊張する。う〜ん、断られる確率は五分五分だけど。どうだ?


「……わかった」


「え?マジで?」


「嘘」


「えぇ?!」


「本当」


「どっちだよ!」


その一言一言に一喜一憂する俺を見て萌は少し笑いをこらえる仕草を見せる。こっちはマジで聞いてんだからおちょくらないでよね。

さっきまでの疑惑に満ちた顔とは正反対の萌に、ちょっとの安堵を覚えた俺は「じゃあついてきておくれやす」と歩き出す。それに続くカタチで萌も後をついてきてくれた。ホッ来てくれて一安心だ。逆方向に向かって歩かれてたらどうしようって思った。


「日用品って何買うの」


「に、日用品って言ったらアレだよ」


「あれって?」


今ここでコップと言ってしまうのは分が悪い。ファンシーショップに入った瞬間に言うのがナイスタイミングだと考えた末に出した答えは、


「マッフルの絵が描いてある湯飲み」


泣く子も黙る名作『鉄の犬』の主人公である彼女のグッズは恐ろしいほどに多い。枕カバーからタオル、リストバンド、Tシャツにトレーナーその他もろもろ。それだけ人気ってことです。そして自他共に認めるファンの俺がそれを買おうとしても何ら不思議はない。ただちょっとイタイと思われるだけ。


「それ買ってどうすんの」


「多分ジュース入れる」


「……」


ファンシーショップに着くまでの間、会話が途切れてしまったのは言うまでもない。







「割らないようにしないとな」


何とか買えました。でも苦労しましたよ。

可愛い雑貨で一杯のファンシーショップに入ろうとしたら萌は店の前で固まっちゃうし(どうして俺がこんな可愛いお店を知ってるんだって思ったのでしょう)。だけど入ったら入ったで俺なんてそっちのけで店内を見て回っちゃうし。


それでもバレないように好きそうなコップってある?と探りを入れようとしたら、萌のヤツお気に入りのコップを見つけたらしくさっさとレジに行こうとしちゃったんです。慌てて止めましたよ。でもそのせいで感づかれてしまいまして。俺が買うから、私が買うと口論が始まりました。迷惑極まりないです。

なんとか大声で「俺が買うからぁ!」と叫んだら諦めてくれたんですけどね。


軽く汗を掻きながら表に出ると、気がついてみれば午後の3時を過ぎていた。おやつの時間ってワケじゃないけど小腹が空いてきたな。早く家に帰って焼きそばでも食うか。いや、萌のおばさんが作るロールケーキがいいかな。


「あれ?萌どこ行った?」


コップが入った袋を大事に抱えて歩き出そうとして、萌がついて来ていないことに気がついた。あんにゃろ、また店内に戻りやがったのか?ってか一言断ってから行こうよ!


「いーちーじょー!」


「え?アレ?高瀬?」


なんという偶然の巡り合わせでしょうか。もう一度店に入ろうとした俺の背後から茶髪の女王が現れたのです。それもとびっきりミニのスカートを着用しています。男共の視線が気にならない?特に俺の!


「1人で何してんの?」


いきなりそれかよ。1人ってわざわざ付けなくてもいいんだよ。


「コップ買いに来たんだよ。高瀬こそ何してんの?」


きっとナンパ待ちだと思うけど一応聞いてあげるよ。

商店街通りは休日だからか結構ごみごみしてるし、ナンパされるにはちょうどいいんだろうね。逆に俺はあんまり人混みって好きじゃないんだよな。肩はぶつかるし足踏まれるし。中学の時なんて財布すられたし……金入ってなかったから別に良かったんだけど。でも警察には届けたよ。


「私はデート中」


「デート?1人で?」


「まさかぁ!昨日ナンパされた人なんだけどねー」


へーそうか昨日……って俺があかねと萌のお見舞いに行った時かよもしかして?!

アハハと笑う高瀬は勢いをつけて後ろを向く。と、1人の男がやって来た。あらまぁ、2人して同じような茶髪にしちゃって。


「紹介するね。塚原君」


「いや塚原じゃなくて塚本」


「あ、ゴメンゴメン塚本君だ」


彼氏の名字を間違えるなんてあっちゃいけないことだろうに。

塚本と紹介された男は細身で俺と同じくらいの身長だった。そしてその大きな目からは溢れんばかりの優しさオーラが放たれている。が、ナンパしてきますので要注意。


「ど、どうも。一条っていいます」


どうしよう。彼氏を紹介されてもどうしていいかわかんないんですけど。


「……あれ?」


「え?」


なぜか数秒間ジロジロ見られたと思ったら塚は…塚本君は突然素っ頓狂な声を出した。


「え、俺の顔に何かついてます?」


女の子にマジマジ見られるなら嬉しくて仕方ないけど、いくらカッコ良いからって男性にジロジロ見られて嬉しくはないです。


「いやそうじゃなくて。もしかしてこの前あの本屋のトコで早希と話してなかった?」


「早希、って三井?」


石井ってヤツもそうだったけど三井って名前で呼ばれるの多いなぁ。ハッ!まさかお前も石井の仲間か?高瀬と付き合ってユウ君とやらを悔しがらせようとしているのか?


高瀬とユウ君は知り合いじゃないからそれは有り得ないか!


なぜ三井の名前を出してきたのか全く予想もつかない俺は、同じように疑問の表情でいる高瀬と顔を見合わせる。


「え〜っと、三井がどうか…?」


ここは聞くに限る。自分の頭で考えても答えなんて出るハズないからね。


「あっうん……いや実は俺達この前まで付き合ってたんだ」


「え?」


「はいぃ?!」


これには高瀬も驚いたようで思わず組んでいた腕を外す。ってアレ?つか、塚本?どっかで聞いたことあるような…。


「あっもしかして塚本……ユウ君?」


「え?何で俺の名前知ってんの?」


ハイきたよこれぇぇぇ!偶然にも程があり過ぎるくらいにきたよこれぇぇぇ!


三井と別れたというユウ君が目の前に突然現れたことに動揺を隠せない俺は彼をガン見してしまう。まさかまさかとは思ったが、現実にこんな状況に出くわすとは。


「早希、元気?」


なんとか冷静さを取り戻そうと頑張っていると、鼻の頭をポリポリ掻きながらなぜか少し照れた表情で塚本がそう聞いてくる。


「あ、あぁ元気だけど……何か気になることでも?」


現在の彼女である高瀬を前にして言うことかそれは。やっと新しい恋をスタートさせた彼女に対してそれはあまりにもでしょうが。

少しイラッとしてしまったせいでトゲのある言い方になってしまったが、彼はそのことについて突っかかってくる様子はない。


「いや、うん。まぁ……」


俺の目力にやられたとしか思えない。塚本はバツが悪そうにそう答える。

少しの無言の時間が流れ帰りたい気持ちが膨らんできた頃、カランとドアが開く音と共に大変満足した顔で萌が店から出てきた。


「あれ、恭子?」


「あっ萌!?風邪はもう大丈夫?」


「うん。あっお見舞いありがと」


「ううん。こっちこそ朝はゴメンね」


やっぱりもう一回入ってやがったか。店のロゴが入った袋を持ってるってことは他に欲しい物でもあったのかしらね。

意外な人物に出会ったような顔をしつつも、塚本の腕を掴んだ高瀬に「私の彼氏だよ〜」と紹介された萌は俺の隣りへやってくる。そしてその視線が彼へ移動した。


「……」


無言で見ちゃダメ!しかもプラス怪訝そうな瞳!


「あ、もしかして彼女?」


「え?」


こ、コイツ微妙な質問を投げかけてきやがった。

違うよ!と訂正しようとして、俺は萌にこくはっくをしていたということを思い出した。そして断られていないということもついでに思い出した。ここで退いたら男がすたる!


「び、美人でしょ?」


肯定ともとれるその答えに萌は驚いて唖然、高瀬はニヤニヤ。知ってたけど?みたいな表情ヤメて!


「へぇそうなんだ」


一言で終わりかい!意を決して言ったのにそれだけかよ。


「た、太郎。恭子達の邪魔したら悪いから行くよ」


「え?あ、あぁ。それもそうですな」


俺の足を踏んだりして私達は付き合ってませんと否定をせず、萌は俺の腕を掴んでグイグイ引っ張る。ちょっとコップ割れたらどうすんだ!レシートあっても割れたら交換してくれないんだよ?!


「太郎………?あっ一条 太郎?!ねぇもしかして俺と同じ中学じゃなかった?」


ここらでおいとまさせてもらおうと思ったが、阻止されてしまったか。

同じ中学だったなんて名前を聞いた瞬間からわかってたよ。でも敢えてそれを口にはしなかった。だって話が長くなりそうで怖かったから。それに何より三井と最初で最後の下校GOGO!を中止にしたヤツとわかった瞬間に軽い憎しみを覚えたからな!


「太郎ってあまり見ない名前だよな。思い出したよ」


「そうだすねー。珍しいっちゃ珍しいですよねー」


太郎って一番有りそうで無い名前なんだよ実は。『〜太郎』っていう具合に太郎の前に何かしら付ける名前は結構あったりするけど、シンプルにそのまま太郎はそうそういないんだよね。


棒読みもいいところに話を合わせていると、今度は萌の顔をジロジロと見始める塚本。お前には高瀬がいるんだから変な気を起こすなよ?


「もえ…モエ…萌……あ、もしかして秋月 萌?」


思い出してしまったか。そりゃあイヤでも思い出すよな。

何やらパッと顔が明るくなった彼は「そうかやっぱり付き合ってんだ」と勝手に納得をしている。

そんなに俺達って中学の頃から注目されてたのか?ってか俺がじゃなくて萌が目立ってたからだろうね。じゃなかったら俺みたいな一般的な男子が覚えられてるワケないよな。


まだこちらをジロジロ見てくる塚本に嫌気が差し、ここにいたらあることないこと高瀬に言われそうだと感じた俺と萌は(よし帰ろう)と頷き合う。


「そ、それじゃあ高瀬。俺達行くわ」


「え?あ、うん。それじゃまたね」


そう言いながら萌と2人で高瀬に手を振る。が、塚本は何か不満げに俺を見つめてくる。それは三井のことを聞きたかったのか、それは俺にもわからないけど。


手を振り終えて同じ袋を抱えた萌と並んで歩き始めたとき、ふと石井の言葉が頭をよぎった。

ヤツが言ってたことが本当なら塚本は三井達を傷つけるようなことをしたハズだ。借りを返せるとか何とか言ってたし。それに何より三井のあの態度だ。きっと塚本はフラれるようなことをしたに違いない。


もしかしたらいつか塚本は高瀬のことも傷つけるかもしれないとも思ったけど、わざわざ2人の関係にヒビを入れて別れさせようとも思えない俺は何も言わずに歩き続ける。


と、思ったけど立ち止まってしまった。


「一条?どうかした?」


塚本と腕を組んでいるであろう高瀬に背後から声を掛けられる。

こんなこと言っちゃったらお節介もいいところなんだけど、言っておかないと後悔しそうだ。俺は意を決して振り返り、出来るだけ柔らかい口調を心がけてこう宣言した。


「俺は高瀬とはただの友達だし関係ねぇって言われるかもしれないけど、泣かせるようなことだけは絶対にしてやらないでね」


「え?それってどういう事?」


意味を理解出来ない彼は目を丸くさせて俺を見つめてくる。

いきなりこんなこと言われたら誰でもあんな顔になるよな。あまりにも唐突過ぎたか。


意味不明であろう俺の言葉を萌は黙って聞いていた。どうして俺がこんなことを言っているのかわかっているような顔つきで黙っている。いつもなら「気が多い」とか言ってきても変はないけど、真剣な表情を見て何も言ってこない。


「一条ったら何言ってんの?」


笑いながらそう言ってきた高瀬は「私のことよりも萌を泣かさないようにね」と返してくる。

冗談めかして言ったことだと思われたんだろうけど高瀬のことだ、一応は胸に留めておいてくれると信じて俺達は振り返り歩き出した。







途中萌と並んで歩いているという事実を知って慌てたけど、今さらあわわ言って蹴られるのもなんだと何とか平静を保ちつつ秋月邸へと戻って来た。


「塚本って人、早希と付き合ってなかったっけ」


俺が持ってたら割ってしまいそうだという理由でコップは萌に預けた。なので今彼女は片手に1つずつ袋を持っている。だ、だからって手が繋げないじゃない!とかは思ってないよ!

買い物付き合ってくれてありがとねぇとお礼を述べると、バカデカい門を見上げながら萌がポツリとそう聞いてきた。


「別れちゃったらしいねぇ」


「…そう」


「うん。あっねぇおばさんロールケーキとか焼いてない?」


「なんで」


「久しぶりにバナナをロールしたケーキが食べたくなったのぉ」


「……」


意味は充分理解してくれていると思っていい。ただ単純に不快感を抱いているだけだよね。


「最近作ってないからそれはないと思う」


「え?なんで?」


「面倒臭くなったって」


えぇぇ?!そりゃ残念極まりねぇな。ウチの母ちゃんは作ってくれないから頼むだけムダだし、仕方ない諦めよう。


「……萌の記憶にある塚本ってどんなヤツだった?」


門が開きそれじゃあ、と言われる前にふと思ったことを口に出してみた。

悪いんだけど中学の頃のヤツを思い出せないんだよな。あの時の俺は三井に夢中だったから恋人である塚本を見ないようにしてただけかもしれないけど。

え、今?今はそりゃあ……ゲフォ。


2つの袋を手に持っている萌は少しだけ上を見上げて思い出そうとしてくれる。


「悪い噂とかはなかったと思うけど。なんで」


「あいやちょっと……」


そうか、公園内でのやりとりを萌は聞いてないんだ。せっかくいい雰囲気でいるのに三井がどーのこーのって言ったらまた怒っちゃうかなと考えた俺はそれ以上何も言わないでおこうと決めた。

だけど萌はそれを許してはくれないようです。門が開いたっていうのにその場から動こうとしない。ジッと俺の次の言葉を待っている。


「だ、で、デヘヘ…」


「気持ち悪い」


口角をつり上げて笑ったのがそんなに気持ち悪かったのか?一歩後ずさりした萌はいつでも戦えるよう袋を2つとも左手に持ち替える。


「ちょっちょっと待って!戦う気は全くないからね?!」


「私達が心配しても仕方ないだろ」


「え?それって高瀬のこと?」


「そう」


萌は俺がさっき去り際に言った言葉を覚えていてくれたらしい。“泣かせるようなことはしないで”なんて、今考えたら本当の本当にお節介なセリフかもしれないけど、それでも萌は黙って聞いてくれてたんだと思い出す。


高瀬って今考えたら自分を隠すのが上手いんじゃないかって思う。だって杉原の時もそうだったろ。一番悪いのはアイツだったのかもしれないけど、すんなり萌や真さんのことを許してしまったんだから。俺がもし高瀬の立場だったら真さんのことブン殴ってたかもしれないのにそうしなかった。心の中はモヤモヤしてたクセに、笑顔で許したんだよアイツ。


「…でもさぁ、塚本ってヤツ信用出来るかな?」


「それは私達じゃなくて恭子が信頼するかどうかでしょ」


「あ、はい。それはごもっともです」


「………でも」


「え?」


妙に悟ったことを言うなぁと少し感心していると、袋をぎゅっと握り締めた萌は小声で続ける。


「恭子を泣かせるような事したら、容赦しない」


「い、異論ナシです!」


やっぱ萌はこうじゃないとね!その闘志に燃えた瞳が最高ですよ!

萌は萌で高瀬を応援してるんだな。杉原の一件もあって申し訳ないと思っているんだろうけど、それ以上に覚悟がハンパじゃねぇ!何かあったらスッ飛んで行きそうで怖いくらいだ!


「さすが萌!俺が告白しただけあるよ!」


シャシャシャ笑いを浮かべて萌の肩をパンパン叩く……固まる。

今何か勢いに任せて思い切ったこと言っちゃったような気がするんだけど。


「……」


触るなって目をしてる!殴ってはこないけどそれ以上に睨んでくる!


「……コップありがとう」


「え」


意外にも萌の口から出てきたのは腐るでも触るなでもなく、感謝の言葉だった。

ありがとうって面と向かって言われても元凶は俺なんだけど。豪快にコップを粉々にしちゃったのは俺なんだけど。

あふ、すん…と言葉にならない声を発していると、萌が一呼吸置いたと思ったら無造作に袋を差し出してきた。


「これ」


「え?なに?」


「いいから」


それは萌が買ったと思われる品物だった。袋に入ってるから中身が何か見当もつかないけどあのファンシーショップから買った物だ、恐怖の小物とかじゃないハズ。


「もらっていいの?」


「……」


何も言わずに頷いた萌は俺が受け取ったのを確認して手を放す。あぁそうか、一緒にいたら買い辛かったから俺が出たのを確認してもう一回来店したのか。

………うわ、なんかすんげー恥ずかしいけど嬉しいんですが!ってかあなたそういうキャラだっけ?


そこから長い沈黙が流れる。袋を持った俺は秋月邸に入ることも出来ずに突っ立ったままで、萌は中に入ろうともしないで突っ立ったままで。

どうしよう、どうしよう、どうしよう!


「あ、あのさ……」


「なに」


その普段通りの返答が俺を緊張させる。だけどジッと俺を見据える目に力がこもっているのがわかった。


「……あ、あ〜と」


俺の勘違いじゃなければ俺達は両思い、のハズだ。でも付き合うでも断わられたでもなく、今の状態をキープし続けている。萌はそれでいいんだろうか。それとも何かを待っているんだろうか。

今日デート中であろう街にいた恋人達の仲むつまじい様子を見て、少しだけ羨ましいと感じたのはウソじゃない。俺もあんな風に、って思ったのは本当だ。


「……」


風になびく萌の黒髪が視界に入る。何のシャンプー使ってんだろう……って現実逃避だろそれじゃ!

思えば黒髪セミロングはモロに俺のツボだ。切れ長だけど透き通ってる目もこれまたいい。そしてナイスバデーも……馬鹿!


「何もないなら帰るけど」


「あいや待たれりぃ!」


ジッと見つめていたのが災いした。ほんのりと赤くなっていた頬から赤みは消え、その代わりに不審者を見る目つきになっている。ここは気持ち悪いんだけどって言われなかっただけ良しとしよう。


「も、もももし良かったら…………腕組んでくれない?」


「は?」


付き合って、とは言えないこの歯がゆさをどうしてくれようか。どんだけシャイボーイなんだ俺は。勇樹ってやっぱり勇気があったんだな。彼を見習いたい。


「腕組んでどうすんの」


意味を全く理解出来ない萌は怪訝そうに俺を見てくる。しかもまたちょっと離れられた。


「腕、腕組んで?そ、それから……ま、む…」


「む?」


一言で済むんだ。サラッと言ってしまえばいいんだ!自分の正直な気持ちを全面に押し出せばいいんだよ!


「む……胸を……」


「………胸?」


「いやっちがっ!む、胸じゃなくて!な、ナイスバデー……じゃじゃなくって!」


思考と言葉が噛み合わないってこういうことを言うんでしょうな。いや思ったことを口に出してるんだけど、言ってはならない方の言葉が出てしまっている。


「帰る」


「いや、だからっ俺、俺と腕組んでぇ!」


「ヤダ!」


最後はその一言だった。

どうしてか「俺と付き合ってくださりませ」が言えない。言ったら何かが変わるかと思うんだけど、何かが変わってしまうんだろうとも思ってしまったからか。


門を通って少しずつ小さくなっていく萌の姿を哀しい気持ちで見送っていると、不意にケータイが鳴った。着信は『萌ちゃぁん』からだった。

おかしいと思いながら顔を上げると、萌が遠くに立ち止まっているのが見えた。でもこっちを向いてはくれずケータイを耳に当てたまま立っている。


「……もしもし?」


こんな近くにいるのに何でわざわざ電話?もしかして「あんたと腕なんて組むつもりは毛頭ない」とか言うつもり?面と向かって断るにはあまりにもと思った?


「あの、萌?」


彼女の後ろ姿を確認しながら恐る恐る呼んでみる。お願いだから何か言ってプリーズ。


『……湯飲みなかった』


「湯飲み?」


あっもしかしてマッフルの絵が描いてある湯飲みを買おうと思ってくれたのか?でもなかったから別の物で許せと、そういうこと?でもソレ電話越しじゃないとダメなの?


『コップ、割らないように使って』


「え?あ、うん」


それからすぐに電話は切れてしまった。と、萌が秋月邸に向かって全速力で走って行く。そっちこそコップ割らないようにしてよ?!

お互い言いたいことはあるのに口に出せないんだと、自惚れかもしれないけどその時は本気でそう思った。






一条家には誰もいなかった。あったのは『夜ご飯までには帰るから。小腹空いたら29万』という母ちゃんからの伝言のみ。……テーブルに29万円あると思った方、『肉まん』の間違いですから。

そういやお腹空いてたのにいつの間にか何も食べたくなくなってきてる。胸一杯だから?……自分で言って空しい。


居間のテレビを点けて寂しさを紛らわす為に鼻歌混じりで萌からもらった袋をテーブルに置く。そして少しのドキドキ感を覚えつつ中身を出してみようと手を伸ばした。


「あれ?」


コップだってことは萌の言葉から推測は出来たけど、出てきたのは意外な物だった。


「お揃いってこと?」


それは俺が買ったのと同じ花柄のコップだった。まさかこれで100%ジュース飲めってことか?ってか俺に似合わねぇ事この上ないよこれ。


「まぁいいか」


それから台所へ向かい冷蔵庫を開けるも、当たり前だがグレープジュースは入ってなかった。代わりに牛乳が2本入っている。そろそろ成長も止まったと思うんですがまだ飲めというんでしょう。


おっしゃぁと気合いを入れて牛乳を取り出す、と同時くらいにまたもケータイが鳴り響いた。慌ててポケットから抜き出すとこれまた『萌ちゃぁん』から。


「あっもしもし萌?コップなんだけ…」

『渡す方間違えた!』


「え?お揃いで使おうねって意味で買ってくれたんじゃないの?」


『そんな恥ずかしいこと出来ない!』


ちょっと行くから使わないで待ってろと一方的に電話は切れた。そして落ち込む俺。

なんだよ、心が通じ合ったって思ったのは俺の勝手な思い違いかい。結局はまた1人芝居かよ。




約3分後、萌が息も絶え絶えに一条家へやって来た。何もそこまで慌てなくても、と言う前にコップを俺から取り上げてもう一方の袋を差し出してくる。


「そ、それ、こっちだから……」


「あ、あぁうん。ってどんだけ疲れてんの?」


水でも飲んでいく?あ、牛乳の方がいいか?と聞く前に「それじゃ」と勢い良く玄関を飛び出して行ってしまった。

いつもの萌なら「交換しに来い」って言ってくると思ったのに予想外な結末だったな。


何だか自分でもよくわからないけど妙に嬉しい気分に陥った俺は半ば無意識に袋からコップを取り出す。


「……ま、マッフル」


確かに湯飲みではなかった。萌からもらったそれは小さなマッフルの絵がびっしりと全体的に描かれているコップだった。




これって使うの結構勇気いるかも……。







ここまで悩んだ回は初めてでございました。

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