第11話 俺だってやる時はやる
一年生の教室は全部で5つ。ひとつひとつ回ってもなぁ。それにホームルーム始まってるっぽいし。でも終わるの待ってるのもな、俺がホームルーム抜け出して来た意味がなくなる。
コンコン。
とりあえず、A組の教室のドアを小さくノックしてみる。
……返答がない。もしかしたら気付かなかった?もう一回…。
「はい?あら?あなた…一条君?」
「え、はいそうです!直秀、いますか?」
出てきたのは庭田 歩美先生でした。古文の先生なのよね、しかもとっても美人!そのメガネ、似合いすぎるほど似合っていますよ!
でもごめんなさい、今は先生を褒めている場合ではないのです。
「ああ、一条君!お兄さん!」
あいつ、俺と同じA組だったんだ、知らなかったよ。
俺は後ろの席に座っている直秀に手を上げた、けどあいつは全然動こうとしない。もしかして昨日の事怒ってる?絶対に怒っていらっしゃるよね。
「なんだよ?」
むっさい顔で席についたままそう呟く弟。ってお前、せっかく兄である俺がわざわざ来たというのに、それはないでしょうよ。時間が惜しいんだから早く立て!
「お前、忘れ物してんだよ。ちょっと来てぇ」
「忘れ物?俺なんか忘れた?」
ありがとう騙されやすい弟よ!そして早くこっちへ来てください!…あっあいつがいる。昨日、中庭で高瀬と楽しそうに腕を組んでたあいつがいるよ。
「直秀、やっぱいいわ」
「はぁ?」
立ち上がろうとした直秀は意味がわからないという顔を見せている。そうだよね、忘れ物持って来たって言ったのに、やっぱいいだもんね。そりゃ目が点にもなるよ。でも、今はそれどころじゃない。
「ちょっと、キミ!そうそうそこのキミ!」
「お、俺?」
「そう!昨日俺とタメ口で喋ったキミ!ちょっとこちらへ」
嫌味な奴だなという顔で俺を見る一年坊主。お前、少しは敬いの心があってもいいんじゃねぇの?これでもお前と高瀬を取り合った仲……ちょっと違うか?
「一条君?悪いんだけど、今ホームルームの途中で…」
「そんな事よか大事なんですよ!」
庭田先生に怒鳴っちまった!あっちょっと!先生が生徒に泣かされてどうするんですか!涙を拭いてください、俺のハンカチでよかったら……って俺のしわくちゃぁ!
「なんすか?」
ユラリと立ち上がり、わざわざポケットに手を突っ込んだ一年坊主。別に怖くないけど?毎日萌に脅されてる俺としては、キミなどかわいいものですが。
「いいから廊下に出ろや!」
教室に入る勢いでそう大声を出した。それによってざわついていた教室が静まりかえる。
あれ、俺なんで叫んでいるの?そして何でこんなに怒ってんだ?あいつの顔に腹が立ってんだろうかね、納得。
「ちっなんなんだよ」
俺は別名、地獄耳というアダ名を持っていること、お前は知らないね?どんなに小さな声でも聞こえてんだよ!舌打ちすんな!
一年坊主はゆっくりとドアへと近付いてくる、なんか人をイラつかせる奴だね。
「に、兄ちゃん。何しようとしてんだよ?」
直秀が立ち上がり、俺に駆け寄って来た。やめろよって目をしてる。悪いな直秀、男にはやらなきゃいけねぇときがあるのよ。だから黙って座っててくれる?
「お前には関係ねぇから心配すんな」
俺は直秀を教室へ押し戻し、一年坊主が廊下に出るとドアを閉めた。こいつ、思ったよりも強面の顔をしていらっしゃる。でも、ここで引くわけにもいかないっての。
「なんすかぁ?俺、ホームルームに出てただけなんすけど?」
その話し方なんとかならねぇかなぁ、と俺は少し睨みを効かせる。が相手はビビる素振りすら見せない。お前、もしや場数踏んでる?
「悪い、お前の名前、なんてぇの?」
「…杉原だけど?」
もはや敬語を使っていない。でも、そんなことは別にいい。俺が聞きたいのはひとつ。
「お前、高瀬と別れて萌…秋月とお見合いすんの?」
「あぁその事?あんたになんか関係あった?」
いちいち癇に障る言い方をする奴だなぁ。どこでそういう言葉使いを覚えたのよ。
っつーか関係あるから聞いてんだろがよ!じゃなかったら俺だって今ごろ教室で大人しくホームルーム受けてるわ!
「真さん…秋月の親父さんに何を言われたかわかんねぇけど、まさか間に受けて高瀬を振るとはな」
「あぁ?」
こいつは何もわかってないね、真さんがどんな人で、その娘である萌がどんな性格か。お前は何もわかってねぇ!
俺の言葉をポカンとした顔で見ていた杉原が突然腹を抱えて笑い出し、「そうかそうなんだ?」と一人言を言い始める。
ってか何がそんなにおかしいんだよ。
「あんたやっぱ恭子の事好きなわけ?感謝の言葉でも言いに来たとか?」
「はい?」
「俺ってこう見えても社長の息子なんすよ……言ってることわかんでしょ?」
わかんねぇけど?ただの自慢にしか聞こえませんよ。何を言いたいのかはっきり言ってくれないと頭の悪い俺にはわからないね。一から説明をお願いしたい。
「秋月さんとこの会社と、俺んとこのがくっついたら今よりもっとデカくなるみたいなんだよね。俺は次期社長だし?そこら辺ちゃんと考えてんだよ」
「何を考えてんだよ」
「会社の未来だよ。まっあんたにはわかんねぇかもだけどな」
ハン、と笑いながらそう言うこいつを見ていて思ったことがある。
マジでこいつの事を殴りたい、できる事ならその面ボコボコにしてやりてぇ。
俺が拳を強く握ってるのに気付いたのか、杉原もポケットに突っ込んでいた手を外へ出すと指を鳴らし始めた。
なんだコイツ、やる気かこの野郎。
「高瀬を泣かせて…萌の気持ちは無視か?」
「何言ってんだ、ノリノリだって聞いたけど?ってか何?あんた恭子じゃなくて萌がいいわけ?」
も、萌?てめっ、もはや呼び捨てかよ。気が早いだろが。って高瀬のこと申し訳ないとか思ってないわけ?
お前はどんだけ自己チュー?
「高瀬とは友達で、萌とは幼馴染みだ」
「だから?」
その顔、一瞬で苦痛に歪ませてやろうか?
そう考えたが、いや、いくら殴ったところで俺の気は収まるかもしれない。けど、萌と高瀬の気が収まる事はないだろうな。何してんだよ!って言われるかもしんねぇし…。
唇を噛み切りそうになりがら俺は睨みつける。それを見た杉原は鼻でフッと笑うと溜め息混じりに呟き始めた。
「なんなら俺が恭子に言う?先輩がお前の事好きみたいだって。あっでもあいつ魔性の女だからな、先輩付き合ってもすぐに振られるかもっすよぉ?」
「黙れボケェ!」
気がつくと、俺の右ストレートが杉原の顔面めがけて繰り出されていた。殴りたくなんてなかったけど、勝手に体が動いたんだから仕方がない。
初めて本気で人を殴った、めちゃくちゃ気分が悪い。
殴られた杉原は床に突っ伏すが、すぐに起き上がると鼻に手を当てた。鼻血が出たみたいだね。でも俺はお前の心配なんか絶対しないし、ましてや謝るなんて絶対に無理。
「てめぇ!殴りやがったなこの…」
「人の気持ちを何だと思ってんだ!」
立ち上がった杉原に突進し、ドロップキックを喰らわせる。倒れたところで俺は馬乗りになり、胸ぐらを掴んだ。
本当ならもっとブン殴ってやりてぇ、でもこれ以上はやっちゃいけない気がする。
自分の手がブルブル震えているのがわかった。俺、マジで腹が立ってるね。
「てめぇなんかのせいで高瀬は泣いてんだ!ちゃんと高瀬に謝れ!心の底から謝れ!」
鼻血を出したままの杉原は俺の気迫に負けたのか、青ざめた顔で何度も頷いている。
なんだこいつ、調子こいて指を鳴らしてたわりに大した事ねぇじゃねぇか。
「返事はねぇのか!」
「はいぃ!あや、謝ります!」
涙を溜めてそう叫んだ杉原は、誰か助けてくれないかと辺りをキョロキョロと見回す。
人に頼るのもいいが、頼り過ぎるとロクな大人にならねぇよ?
「謝ったらもう二度と高瀬にも、萌にも近付くんじゃねぇ!少しでも近付いてみろ、こんなもんじゃ済まさねぇからな!」
「は、はい、はいぃ!」
きっとこいつは高瀬に謝るだろう、でも高瀬はどう思う?
勝手な事しないでよ!って言われるかもしんねぇ……でも、高瀬がこんな奴に泣かされたんだと思うと、余計なお世話だとは思うけど。
俺はまだ怯えたままの杉原から手を離し軽く睨むと、自分の教室に戻る為に歩き出した。それを呆然とアイツは見てた、と思う。
まだイライラは消えてない。ってかさっきよか増してる気がする。
(今の出来事を高瀬 恭子と秋月 萌に言うのかい?)
天使がゆったりとした口調でそう語りかけてくる。
俺はまだイライラしている自分と、杉原を殴った拳が痛くてしかめっ面を天使に見せた。
うるっせぇ。俺だって今考えてんだ。
(2人に怒られるがいいさ、そして津田 あかねに殴られるがいい!)
天使さん、悪いけど今の俺に何を言ってもツッコんでやることはできねぇよ。
(…このまま教室に帰るのはキツイだろうよ、フケたらどうだ?)
悪魔の囁きが聞こえる。そうだね、このまま帰ってもちょっとキツイね、帰っちゃおうか。あっでも鞄とか教室に置いたままだし…保健室にでも行くか。
体を回転させ、一階に戻った俺はミエリンが待つ保健室へと足を進めた。