第105話 俺って格好良いですか
「可愛い」
「なっ!可愛いだろぃ?!マジで抱き締めたくなるほど可愛いだろぃ?!」
自分でもアホかと思ったんですが今日は学校がお休みでした。祝日だったことに全く気がつかなかったなんて不覚です。だがしかし!俺の部屋にカレンダーと呼ばれる品はなかったので、朝を迎えてからそれに気がつくのは当然だった。
学生服に着替えて居間へ降りていった俺は、パジャマ姿でテレビを鑑賞している直秀を目にして驚いた。
お前何してんの?と聞くと「兄ちゃんこそどうした?」という返答でした。
そして気がついたのです、今日は休みだったと!
「起きて損したぁ!」
誰かにこの怒りをぶつけないと気が済まない!悪い直ちゃん、プロレス技をかけさせてくれ!
「きぇぇ!」
強烈なヘッドロックを喰らえ!
「喰うか!」
朝の7時からデカイ図体した2人が大乱闘。ホコリが立つったらありゃしない。
「絶対に負けないぃ!」
「ぎ、ギブ!」
っつぇぁああ!よっしゃ、兄の威厳は保たれた!身長はとうの昔に抜かされてしまったが、まだまだイケる!
……と、まぁ朝の出来事はこれくらいにしておきましょう。
目の前には可愛い子猫達を愛おしそうに眺める萌と、その隣りで叫びに近い大声を張り上げる一郎。
「まさか秋月がウチに来るなんてな!美咲がいたら喜んでたに違いねぇ!なぁ太郎!」
「えぇそーね」
異様な雰囲気だ。なんつっても萌と一郎の家にいるんだから。それにしても野代家になんて行きたくないみたいなこと言ってなかったっけな。あ、それは『一郎の部屋になんて』だったか。
「こっちがチョコでこの黒いのがクッキー。んでもってこっちの白黒がクレープで…」
って全部食いモンかい!しかも洋菓子!母猫がキャラメルなだけに納得は出来るけど!でもなんだか可愛いネーミング!
「……へぇ、あんたにしたらいい名前つけたね」
やっぱりいいの?
中庭(意外にも野代家にあるんです)で無心になって子猫を見つめる萌は、一郎のデカイ言葉に小さく頷きつつも顔のホワホワが止まることを知らない。
一郎のアホ、朝起きたら誰もいなかったからって悲しみのあまり俺のところへ電話電話メールの嵐を送ってきやがった。子猫可愛いから、新作ゲーム貸すからって言われて来てしまった僕も僕ですが。
そしてなぜに萌までいるのかと言いますと、一郎の家に行こうとして家を飛び出したら会ったってだけなんです。
風邪はもういいの?なんて質問は受け付けてくれず、どっか行くのと聞かれてバカ正直に猫を見に行くと言ったらこれですよ。
そして道中、やっぱり並んで歩かせてはくれませんでした。
「母猫ってなんて名前だっけ」
「キャラメル!」
う〜む、一郎と萌が普通に会話をしてしまっている。いつもならビビりながらなのに、なんだか彼がとっても頼もしく見えてくるわ。
「そういや美咲ちゃん達はどこ行ったんだよ?」
「あんなヤツ知らねぇよ!キャラメル達を置いてどっか遊びに行ったんだろ!さっき電話来たけど出てやらなかった!ざまぁみろ!」
ざまぁみろの意味が今ひとつ理解出来ないけど、せっかくメールじゃなくて口頭で話が出来るチャンスだったのに棒に振ってしまったのか。まぁ一郎らしいっちゃそうか。
「秋月も猫が好きだったんだな?」
「うん。4匹全部飼うの?」
「もちろん!……って言いたいトコだけど、じいちゃんとばあちゃんが飼いたいって言ってんだよ」
「じいちゃんとばあちゃん?って、たしか隣りに住んでるんだよな?」
二世帯は死んでもイヤだ!とじいちゃんが言ったので隣りに住むことになった、という話を中学の頃にたしか聞いた。2、3回くらい会ったことあるけど結構頑固なおじいさまだったからな。飼うって言ったら聞かないんだろうね。
「それがさぁ。飼ってた猫が去年死んじゃってから、もう動物は飼わない!って言ってたんだけど。産まれたこいつら見てまた飼いたいって思ってくれたみたいでさ」
「へぇ……その猫って何歳で死んじゃったんだ?」
「俺の3コ上だったから、19歳か」
年上だったの?!すげぇ、猫ってすげぇんだ。動物と一緒に暮らしたことがない俺でもすげぇってことはわかる。
「プリンって名前だったんだけど」
また食いモンかよ!でもなんか可愛い!おじいさんがつけたとは思えない!
「尻をプリプリさせて歩いてたから」
そっちかいぃ!
テットロティン…テットロティン。
「あっとメールだ。ちょっとゴメン」
と、一応は謝ってみるが萌は子猫に夢中、一郎は話に夢中……ハイ誰も聞いてない!
少しふてくされつつもケータイを手に取ってみる。あかねかしら?
『おはよう!昨日はメール出来なくてゴメンね!突然だけど今日ヒマかな?良かったらどこかで会いたいです(ハートマーク)』
「……」
う、うぅん………っていくら考えても答えは変わんねぇよな、断ろう。なんと言われようとも俺には萌が……ゲフォ。これ以上は恥ずかしくって言えない。
それにオーケーして変に期待をさせてしまうのも早希ちゃんに申し訳ない。あの時諦めないって言ってくれたことはとっても嬉しいけど、子猫を見つめる萌の横顔を見ていたら……ゲフォ。どうした俺?!
「……電話の方がいいか」
断るにはメールだと味気ない。はっきり自分の口で言わないと早希ちゃんだって納得してくれないかもしれないし……どっちにしろ納得してくれるかわからんが。
「一郎、悪いけど便所借して」
「いいけど電球切れてるからな」
付け替えてよ!
「う〜ん」
踏ん張っているのは決してありません。
電球の切れたトイレの下ケータイを睨みつけて早5分、早希ちゃんの電話番号を出したはいいが通話ボタンを押せないでいるんです。
「意気地ねぇな俺」
悲しませるってことは重々承知。もしかして泣かれたらどうしよう、なんて考えるだけで掛けられない。
「……神様!」
いつまでもトイレにこもっていてもダメ!と久しぶりに天使の小声を聞き、神に祈りながらボタンを押してみる。天使、ここはキミにお礼を言わせてくれ。
トゥルルル…トゥルルル…。
「……」
なんでしょうかこの緊張感。鳴り続けるコールの音がヤケに心臓に響く。
『はい、一条君?』
「あ、三井?おはよ」
『おはよ!わざわざ電話くれたんだ?ありがとう!』
「え、あ、いや…うん」
ぐぇぇ!早希ちゃんの心から嬉しそうな声を聞いてしまったぁぁぁ!で、でもだからといって萌をほっぽいて早希ちゃんと会うなんて!
「あのさ、今日なんだけど…」
『あっもしかして用事あった?』
「え?あぁ、うん、まぁ…」
はっきりしろや俺ぇ!「うん」とか「まぁ」とかいらねぇんだよ!はっきり言えってんだよ!
『そうなんだ?いきなり誘ったりしてゴメンね』
「いや!三井が謝ることないよ!本当にごめんね?!」
『ううん、いいの……イタッ』
「え?三井?」
イタッて、何かがいたの「いた」じゃないよな?
『ちょっと貸せって』
『まだ話してる途中なの』
『いいから寄越せ』
「ちょ、ちょっと三井?どうした?」
なにやら電話の向こうから重たい雰囲気の会話が聞こえてくるけど、早希ちゃんは無事か?
「おーい!みーつーいー!」
『うるせぇんだよ』
「あぁ?誰だお前は?」
早希ちゃんの天使のような声から一転、地鳴りのような低い男の声が耳に入ってくる。なんだコイツ、早希ちゃんの何だ?
「三井に何もしてねぇだろうな」
『あぁ?何もしてねぇよ。ってかお前が早希の男?』
「は?」
『なワケねぇか。声聞いたら貧弱そうだし』
っんだとこの野郎。人が下手に出てりゃあ調子に乗りやがって。ちょっと頼まれたら低い声くらい出してやるっつーんだよ。1オクターブくらい低い声出るっつーんだよ。
「あなたのようなバカっぽい声よりはマシだと思われますわよ?」
嫌味を言わせたら萌の次にいる俺に口喧嘩を挑もうなんて10万年早ぇ。しかも顔見えないし、言いたい放題だよこの野郎!でもなぜか高音で言ってしまった。
『なんだとてめぇ。ちょっと出て来いよ』
「お前が来いや」
「太郎出てくれ!」
俺かよ!?って一郎か?!ノックすんなよこんな時に!
「早くしてくれ!ヤバイって!ヤバイんだって!」
「い、今出るから待てって!」
ドンドンドンドンうるせぇ!
勢いよくドアを開けて一言二言文句を言ってやろうと飛び出すと、逆にふっ飛ばされた。どんだけ我慢してたの?!
「どけっ!」
「いでぇ!」
ぶっ飛ばされた俺は壁とこんにちは……顔面を強打。鼻血出そう。
「いでで……」
優しく鼻を撫でて持っていたケータイに視線を落とす。ハッそうだ、まだ通話中だったんだ。
「もしもし!?」
『ッツー…ッツー』
切れちゃってるよ!
マズイマズイ、このままだと怖くて切ってしまったと思われる!掛け直さなくっちゃ!
「あんた何してんの?」
「ぎぇ!」
どうして家の中に入り込んでいるんですか萌姫様ぁ!
慌てて電話しようとする俺の目の前に、玄関で腕組みをして立っている女王様のお姿がございました。その顔は「子猫を見た後でお前の顔は見たくないのに」みたいな表情です。
リダイヤルボタンに手を掛けたまま止まっている俺に不審感を募らせたか、靴を脱いでズンズンやってきた萌は画面を横目で見てくる。
「ふぅん、早希に電話するんだ」
「ち、違う!いや、半分は合ってんだけど」
「は?」
早希ちゃんに電話しないとあの男と話せないんだよ!彼女と話をしようだなんて思ってないんだ!
「ゴメン萌!説明してる場合じゃないんだよ!」
「……じゃあ掛けたら」
冷ややかな目線ではあったものの事の重大さに少なからず気がついてくれたらしく、萌はそれだけ言うと玄関へと戻って行く。
「……ゴメン!」
萌の背中を見送った後、急いでリダイヤルボタンを押す。
早く出ろ、男出ろ。早希ちゃんに何かしやがったらタダじゃおかねぇからな!
『……はーい?』
「あっテメェこの野郎!電話切るんじゃねぇよ!」
『切ったのはそっちだろバーカ』
「うるせぇアホ!三井にケータイ返せ!」
『なんでお前に指図されなきゃいけねーんだよ』
「るっせ!」
なんだこの男は。このしゃべり方からしてまず間違いなく俺をおちょくってるよな。早希ちゃんの友達…なワケないし、彼氏になりたい1人か?
『なぁ早希。こんなバカと付き合うくらいなら俺の方がいいって絶対』
「おまっ聞こえてんだよ!それにバカバカ言ってんじゃねぇ!俺をバカって言っていいのは萌とあかねだけなんだよ!」
『女に言われるのはいいのか?お前やっぱりバカだろ』
「バカはお前だ!バーカバーカ!」
子どものケンカか!でも他にもっとカッコいい言い回しとか思いつかない!これが今の俺にとっての全力!
『……やっぱお前さぁ、出て来いよ』
「行ってやるよ!どこにいんだよ!」
『あー……公園?』
「はぁ?!どこの公園!?」
『頑張って探せー』
「っんだとこのっ…」
『一条君の家の近くにあ…』
「あ、ちょっ三井?」
『ップ…ップー…ップー』
切るなやぁ!
行ってやんよどちくしょうが!俺を怒らせたら最後、地の果てまでも追ってやる!
っだっしゃぁ!と、ここが野代家だということも忘れて雄叫びを上げる。久々に血が騒ぐわぁ!
「お前誰と電話してんだ?」
急いで靴を履こうと玄関へ走ったとき、トイレから出てきた一郎が声を掛けてきた。結構長かったね。
「三井の元彼……かどうかは知らんけどそれっぽいヤツ!」
「誰の誰彼?」
ちゃんと話聞こうよ!「彼」しかわかってないのかよ!
「悪いけど俺行くから!」
悪いが説明は後でゆっくりさせてくれ!
「え、秋月はどうすんだよ?」
「萌を連れて行けるかよ!悪いけど家まで送ってやってくんねぇか?風邪も治りきったワケじゃねぇと思うから」
「……じゃあ俺も行く」
人の話を聞いてたの?!
「だからお前は…」
「そこまで慌てるってことはめちゃくちゃヤベェんだろ?!だったら俺も行く!」
目を輝かせてそう断言する一郎はとても勇ましく見える。でも気づいて欲しい。この前金髪男その他とケンカしたとき逃げたよな?あかねと俺に任せて逃げちゃったお前をどうして連れて行けようか。
「ちょっと待っててくれ!何か道具持って来るから!」
道具ってなんだよ!
ちょっと待てって!と一郎を掴もうとするが、彼は驚きの速さで2階へと駆け上がって行ってしまった。何を持ってくる気だよ。
「あ、萌!」
急いでケータイをポケットへねじ込み、中庭でくつろぎつつ子猫達を眺めている彼女の元へとやって来た。
「あのさ!……って」
なんだかすごく悲しい瞳をしていらっしゃる!さっきの表情とは180度違う。
「ど、どうした萌?」
何があったのか尋ねつつ近づくも、後ずさりされた。俺が原因なのか?早希ちゃん……三井に電話なんてしたから?
「ごめん萌!実は三井からメールもらって…」
「謝るな!」
言葉を遮るように萌が大声を張り上げた。それに驚いた俺は無意識の内に頭を手で覆ってしまう。
「……あれ?」
殴ってこないし、ローキックも飛んで来ない。恐る恐る顔を上げると、怒った表情の萌がそこにいた。
「あんた達のバカみたいな声筒抜けだから!早く行け!」
「……いや、あの」
「太郎ぉぉぉ!準備万端だぜぇぇぇ!」
ってお前はどんな装備だよ!
叫びながら中庭に現れた一郎は野球のヘルメットに救命胴衣、ホッケーのスティック、そしてなぜか長靴を着用している。
「お前はどこへお出かけですか?!」
救命胴衣って、向かうのは公園だよ?溺れることはないよ?
「戦いに行くってんだろ?!ならこれくらいしておかないと危ねぇだろ!心配すんな、お前の分も用意してある!」
ありがた迷惑!
「悪い秋月!キャラメル達はじいちゃんに頼むから!」
「……わかった」
可愛いキャラメル達を誰もいなくなる野代家にいさせるわけにはいかないと、一郎は「ちょっとじいちゃんのトコまで行って来るから待っててくれ!」と中庭を後にしてしまった。そして残されたのは俺と萌、それと装備品の数々。
「着なくちゃいけねぇのかな」
「……知らない」
少し鼻声になっている萌はそれからそっぽを向いてしまう。と、ふとその指先に目がいった。
「あっ指治ったんだ?」
「……うん」
一昨日だったからもう治って当然か。……って、あ!そうだ思い出した!言わなくちゃいけないことあったんだ!
「あのっ萌。気に入ってたコップ割ってゴメン」
「は?違うって言ったじゃん」
俺に背を向けて小さく咳をしながら強がる萌は、なぜだかすごくか弱そうに見えた。細っせぇ、ポキッといけるくらいに細い。
「昨日おばさんに教えてもらったんだよ。やっぱりあっちが萌のお気に入りだったんじゃんか」
「違う」
「いや、だからね?」
「違う!」
「いあぁっ!」
油断していたよ。やっぱり萌はこうでないとダメだよね。
説明しようと近づいた瞬間、ムエタイの選手もビックリするほどのローキックを喰らった。戦う前から負傷してどうする。
「いでで…。と、とにかく色々とゴメンよ」
「自惚れるな」
「1人で帰れる?」
「子どもじゃない」
だよな。萌ならそう言うと思った。本当に申し訳ない、この埋め合わせは絶対にするから!
「後でジュース奢らせて!」
「……ケース」
箱で買わせる気!?
キャラメル達をおじいさんへ預けた後、野代家の前で萌と別れた俺は走りにくそうに頑張る一郎と共に公園へ到着、と同時に辺りをきょろきょろ見回してみる。
「ッゼヒュー……ッハヒュー」
戦う前から疲れてどうすんの?絶対に動きづらいんでしょ?
走っただけなのに肩で息をする一郎の背中を撫でながら、誰もいない公園内をくまなく見渡す。
午前10時なのに子ども1人いやしねぇ。みんな家でゲーム三昧か?子どもは風の子元気の子!
「マジでここなのか?」
少し回復したのか一郎はスティックをぶんぶん振り回して戦闘準備を整えているようだ。やる気満々だな。頼むから逃げんなよ!?
「一条君!」
どこだどこだと探していると、可愛い声と共に天使がすべり台から現れた。
「あっ三井!」
動くだけでワサワサうるさい一郎と彼女の元へと走る。電話で話したアホ男は近くにはいなさそうだ。
「三井、大丈夫だった?」
「あ、うん……ごめんね」
「気にしないでいいよ。なぁ一郎」
「…」
ヘルメットを目深に被っている彼はなぜか三井をガン見して止まっている。来るとき走りながら説明したんだけど理解してなかったのか?
「三井、三井なのか?」
今さら?!あれだけ三井三井って教えておいたのに!
フラフラたどたどしい足取りで彼女に近づいていく一郎は目がおかしくなっていく。一目惚れの病気がまた再発したか。ってか一目でもないけど。
「あっ野代君?」
「お、おぉ!俺野代!」
ちょっ、顔が変になってる!恐ろしい目をして近づくな!後ずさりしてるから!
「え、あの、野代君?」
「ほら一郎!三井ビビってっから!」
頭を軽く叩いて遠ざけるように引っ張ると、少しホッとした三井は俺に向かって微笑んでくれる。くそっ、安らぐ。
ってこんなことしてる場合じゃないんだ。あの野郎はどこだ?
「ねぇ、アイツは?」
「……」
そう優しく問いただしてみると、彼女はチラリと公衆便所の方へ視線を向けた。
あのチャラ男め、俺達が一生懸命走って来たってのに便所たぁいいご身分だな。
「あれ?逃げたんじゃなかったのか」
ぬぁにぃ?!
便所から出てくるまでと言われてなぜか味方であるハズの一郎からスティック攻撃を受けていると、電話の相手と思われる男が腹の立つ言葉を吐きながら出て来た。お前手は洗っただろうな?
「一条君ってお前か」
くっコイツ、意外にも背が高い。若干負けてる。
男は俺を見るや否やフンと鼻を鳴らしてくる。歳は俺と同じくらいだろうな、さっき電話で話したとき三井はタメ口だったし。
目にかかる前髪をかきあげた男は数秒間、何も言わずに俺と一郎を交互に見つめてくる。男に見つめられても嬉しくとも何ともねぇ。むしろヤメて。
「……なぁ太郎」
「あ?」
睨み上等!とこっちも眉間にシワを寄せて睨み返していると、スティックでちょいちょい突っつかれた。
「アイツって三井の何様?」
それを言うなら「三井の何?」だよね、様はいらないよね。
名前も知らない相手をどう紹介していいのかわからず悩んでいると、男は不敵な笑みを浮かべてこう答えてくる。
「俺?俺は今日から早希の彼氏になりましたー」
「へ、変なこと言わないで!」
今の三井の言葉で全てわかった。この男には妄想癖がある! ちょっとカッコいいからって女性はみんな自分を好きになると勘違いしているようです。
「その汚ねぇ手をどけろ、嫌がってんじゃんか」
馴れ馴れしく彼女の肩に手を置いていた男は、俺の言葉に少しイラついたようでもう一度前髪をかきあげる。邪魔なら切ってしまえ!
「お前は早希の彼氏でも何でもねぇんだろ。そんなヤツにとやかく言われる筋合いねーよ」
「あぁ?今はそんな…」
「彼氏だよ!」
………え?三井さん今なんておっしゃったの?男が驚くならともかく、俺が目を丸くさせてますけど?
「何度も言ったでしょ!私は一条君と付き合ってるの、だから諦めて!」
「あ、あの。三井?」
俺にメールしてきた理由って、もしかしてこれ?
「私、付き合ってる人がいるの」「誰だよ」「一条君って人」「じゃあそいつに会わせてくれ。そしたら諦める」……こんな流れでいかがなモンでしょうか。きっとそう遠くないと思います。ってか結構当たってると思われます。
三井の真剣な表情とは逆にバースト寸前の俺は同じく混乱している一郎と顔を見合わせる。
ってか一郎!お願いだからこのこと誰にも言ったりしないでね?!約束してね?!
「お前、まさか秋月だけじゃ物足りず……」
足りてるわ!充分足りてるから!……って何を言ってんだよ俺は!
ヤメて!と、これ以上おかしな発言をさせないために一郎の喉元めがけて水平チョップを喰らわせる。
「ごぽっ!」
変な効果音は今いらないんだよ!
なんて言えず苦しみ悶える一郎に「ちょっと強かったよね。ゴメンね」と頭をさすってあげていると、一部始終を目撃していた男が深〜い溜め息を吐いた。
「信じらんねーな。早希とコイツってどー見ても釣り合わねーよ」
「……」
ぐっ、何も言い返せない自分が悔しい!萌と一緒にいる時も同じようなことを言われた気がするし、俺ってそんなに地味?
「俺の方が絶対にいいって」
「私は一条君がいいの!」
ちょっとちょっと!この公園は秋月邸の近くにあるんだからそんなコト大きな声で言っちゃダメだって!嬉しさ半分、怖さ充分だよ!
近くに萌はいないかと顔は動かさずに目だけを俊敏に動かして確認作業に入る。……よし、まだ萌はここを通っていないようだ。聞かれでもしたらいくら何て言おうが信じてもらえる確率はゼロだからな。
「ってちょぃぃ!?」
萌の姿を探すのに必死だった為、三井が近づいて来たことに全く気がつかなかった。しっかりと俺の腕にしがみついた彼女は前髪たらし男を一度キツく睨む。
(おい太郎)
一触即発の危機に陥っている最中、一郎からのアイコンタクトを受けた。スティックを持つ手に力が入っているようで震えているのが見て取れる。
(どうした?)
(ちょっと聞きたいんだけどよ)
(なに?)
(………俺、いらなくねぇか?)
い、いるいるぅ!お願いだからそれじゃバイバイとか絶対にヤメて!もしも帰るならそのスティックを置いて行って!
「マジでこんなショボそうなヤツと付き合ってんのか?」
「一条君はショボくなんてないよ!すごく優しいし格好良いもの!」
は、初めてそんなこと言われた。かっこ、カッコ良い……俺は格好良い!三井が言うんだから真実に違いない!
「そうだ!太郎は素敵なヤツだ、俺が保証する!」
いちろーーー!キミもとっても素敵だーー!
なぜか便乗してくれた一郎は幸いにも「俺の腕にもしがみついてくれぇ!」とは言わず、スティックを構えて臨戦態勢に入る。何で褒めてくれたのかは一切不明だけど。でも嬉しいよ一郎。
「ふぅん。カッコ良い、ねぇ。俺にはどこがどういいのか全然わかんねー」
またも前髪をかき上げた男は未練たっぷりにそう言うと三井の顔をジッと見つめる。
「石井君にはわからないよ」
「……ってかさー、何でユウと別れたワケ?こいつよりもずっとマシだと思うけど」
ユウ?ユウ君といえば三井の彼氏だったよなたしか。そうか、やっぱり別れちゃったんだ。ってか俺、結構ヒドイ言われ方してんのに全く腹が立ってない。
「ユウく……塚本君はもう関係ないよ」
「お前はそう思っててもアイツはまだ諦めてなさそうだぞ?それでも関係ないとか言えんの?」
「関係ないよ!」
声を荒げた三井だったが、それから下を向いてしまった。それに伴って俺の腕を掴んでいる力も少しずつだけど弱くなっていく。
「……計画が狂ったな」
「計画?」
それは聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声だったけど、ミスター地獄耳である俺にはちゃんと聞き取れた。そしてすぐさま聞き返してみるも俺になんて目もくれず、奴は三井にこう言った。
「自分をフった相手が俺と付き合ったって知ったらユウの奴すげー悔しがると思ったのに。アイツには貸しがあるからこれで一気に全部返せるって張り切って損した」
つまんねーと一言吐いて石井は公園を後にしようと俺に背を向け歩き出す。
「おい、ちょっと待てよ。貸しってなんだよ。ユウって奴を悔しがらせる為だけに三井と付き合おうとしてたって事か?」
「なんだよ、文句でもあんのか?」
少しも悪びれることなくそう言ってのける石井に少しずつだが腹が立ってきた。自分のした事について何とも思わないのかコイツは。
「大アリだよこんちくしょうが!お前フザケんなよ!」
「ちょっ太郎。ヤメとけって」
一郎が遠くからそう言って……微妙に遠ざかって行くんじゃないよ!気づかれないよう慎重に行くな!
「い、一条君。いいの、いいんだって」
「三井の気持ち踏みにじんじぇ……じゃねぇよ!」
やはりここぞという場面で噛んでしまうのが僕ですね。カッコ良いとかそういう次元じゃない。
「どーとでも言ってろ」
怒濤の文句にキレて突っ込んでも来ない。石井は前髪を何度もかき上げてその場から去って行く。その哀愁たっぷりな背中を見せつけられ、追いかけることも出来ずに見送ってしまった。
あの悲しげな横顔、もしかしたらただ借りを返すためだけに三井と付き合おうとしたワケじゃなさそうだ。ってことはアイツ結構マジだったのかも。
「ありがとう、ゴメンね」
石井が見えなくなってすぐ、まだ俺の腕にしがみついていた三井が小さな声でそう呟く。
「いいよ気にしなくて。俺が勝手に来たんだし」
「うん。ありがとう」
………え〜っと。も、もう石井はいないんだし手をお放しになってもよろしいのではないでしょうか?もうすぐ萌がここを通るような予感がしてならないのですが。
「あの、三井?手…」
「え?あ、ご、ゴメンね!」
しがみついていた事を忘れていたのか、パッと赤い顔をして手を放す。あの雨の日を思い出すなぁ……ってコラ!
「結局あの野郎は何が目的だったんだろうな」
一郎テメェこの野郎!まだ遠くにいやがる!こっち来いや!
「あっ……野代君もありがとう」
あっそうだ一郎もいたんだという顔で三井は慌てて彼にもお礼を述べる。何もしてないのにお礼を言われるなんて……待てよ、もしかして石井の奴は一郎が持つスティックを目にして戦ったら負けると思ったのか?それならついて来てもらった甲斐があったな。
「き、気にすんなよ!俺だって相当な覚悟で来たんだぜぇ!?」
相当って、逃げる覚悟だろ!やっぱダメだこいつ!スティック持ってたからってダメだ!
へへー!と、もう戦うことはないというのにスティックを振り回す一郎。照れる意味がわかんねぇんだよ!
「そ、それにしてもてっきりお前は秋月と付き合ってんだと思ってたんだけどよ。ここにきてまさかのどんでん返しがあったなんてな!」
バカァァーーー!どんでん返しもフライパン返しもねぇよ!変な誤解しないで!
オラオラ一郎の足を目がけてローキックを繰り出す。不穏な一言をこの界隈で口にするんじゃないよ!
「そのことなんだけど、一条君」
「え?なに?」
長靴の上からでも俺の蹴りは結構効いたらしく一郎が思わずしゃがみ込む。そしてそのスキに三井が俺の袖を引っ張った。
「石井君に言ったこと、本当だから」
「え?」
マズい、何て言ったのかまるで覚えてない。
「一条君はとっても優しいし、格好良いよ」
「は、はい……」
何を素直に返事しちゃってんのよ!
「え、えーと」
どうしよ、次の言葉が見つからねぇ。何て答えていいのかさっぱりわからない。
「一条君は、私のことどう思ってる?」
瞳をウルウルさせて見つめないでくださりませぇ!それはダメだよ卑怯だよ!
「めっちゃくちゃ可愛いって思ってるぜぇ!」
俺はこの期に及んで何を言って……一郎かよバカヤロー!お前の意見は今求めてねぇんだよ!
「なぁ太郎!お前もそう思ってるよな?!」
同意を求めてくれるなぁ!いや、正直可愛いとは思うよ?でもそれを口に出すワケにはいかないんだよ俺の場合。
「一条君?」
見上げないでぇ!
至近距離でのその瞳は爆弾投下を意味する。頭が混乱して言葉が出ない。
……太郎?
ハッ!いよいよ本格的にヤバくなってきた。萌の声がどこからともなく聞こえちゃったよ。これは紛れもなく幻聴だよ。
「太郎?」
「は……」
いつからそこにいらっしゃったの萌様ぁぁぁ!