第104話 果物は結構高い
突然ですが驚いたことに今日、萌が学校を休みました。でもそれは昨日手をケガしたから真さんに連れられて入院した、とかそういう理由では決してありません。あの子、風邪を引いちゃったらしいんですよ。
朝を迎えて学校へ行く前にチョコレートをたらふく食べてから秋月邸に向かったとき、おかしいと感じた。だって俺を待っていてくれたのは萌じゃなくておばさんだったから。
聞くところによると俺が(殴られて)帰った後、風呂に入ってさっさと寝たら翌朝になって熱が出たらしい。きっと髪の毛を乾かさないでそのまま何時間も過ごしたんだろうよ。……萌に聞かれたら「あんたじゃないんだから」って言われそうな推理だな。
いつまでもお喋りをしていてもアレだ、ということでおばさんにお土産のお礼と、帰りにお見舞いに行きますからと伝言を残して秋月邸を後にした。
学校に着き、教室へ入った俺はみんなの注目の的になりました。
あまり学校を休まない萌だったのでクラスメート達は「秋月大丈夫なのか?」とか「お前がうつしたんじゃねぇの」「何やらかしたんだよ」「謝った方がいいんじゃない」等々、最終的には俺へ言いたい放題です。お前ら、俺が一体何したっつーんだ!何で謝んなきゃいけねぇの?
そんな中でも心配してくれたのは言うまでもなく勇樹でした。
俺が萌と一緒に登校していないのが気になったらしく、誰よりも早く「秋月さん休みなの?」と聞いてきたんです。あの時の彼の顔が忘れられない。もう本っ当に抱き締めたくなった。
……なった、じゃなくて抱き締めちゃいました。
静かな中で授業を終え、昼食も済ませて気がつけばもう放課後。あっこれは余談ですが、一郎も休みやがりました。朝に『悪い、今日も休む!キャラメルのそばを離れられねぇんだ!風邪治って良かったな!』ってメールが来たんだった。お陰でヒドいくらいに静かな一日だったよ。そういえば早希ちゃんからのメールも今日はまだ一度も来てないな。
「ねぇ太郎、あんた萌のトコ行く?」
前と横の席の持ち主である一郎と萌が休んモンだから、ちょっと離れ小島な席になった気分で教科書その他を鞄にぶっ込んでいると、スポーツバッグを手にしたあかねが話しかけてきてくれた。
「あかねも?」
そうか、キミも心配なのですね。それじゃあ2人仲良く行きましょうか!
一緒に行ってくれるものだと確信した俺は勢い良く立ち上がる。が、彼女は俺の意に反し、なぜか「それじゃ後で」と体を反転させて歩き出そうとする。そんなに急いでどうした?
「あ、ちょっと待ってぇ。一緒に行こうよ」
「いや……あ、庭田先生に部活休むってまだ言ってないから」
そんなこと言って、まさか一緒に行ったらマズいとか思ってる?今日の萌は風邪で頭が朦朧としてるに違いないんだよ?だからそこまで気を使わなくていいのに。 ……っしゃあ、それじゃあ俺の諦めの悪さを最大限出してやる。
「じゃあ俺も庭田先生の所に行くぅ」
「い、いいって」
「イヤだ、行く」
「いいって!」
「イヤだ!」
この幼稚とも思える口喧嘩ですが勝者は決まっています、僕です。デカい声で駄々をこねさせたら日本一の俺に勝てるヤツはそうそういない。しかもあかねえちゃんのことだ、絶対にわかったって言ってくれると信じてる。
「はぁっ……はぁっ。わ、わかった。わかったから…」
「じゃあ行くよぉ!」
「はいはい」
肩で息をするあかねを横に、ふと空気が変わった気がした。なんだと思い見回してみると、教室中に鳴り響く俺達の声は廊下まで筒抜けだったらしく、クラスメートの冷ややかな視線と共にわざわざドアを開けて何事かと様子を見ようとする生徒がいた。
「い、行こっか」
「さ、賛成ぇ」
やはり俺達も一応高校生、恥ずかしさくらいは持っている。そそくさと逃げるようにして教室を飛び出した。ちょっあかね速い!ミス西岡が来ても知らないよ!
「おひ太郎ぉぉぉ!!!」
我先にと廊下へ飛び出すと、さっきの俺の声なんて目じゃないくらいにバカでかい叫びがどこからともなく聞こえてくる。
これからあかねと2人で愛の逃避行するってのに誰だよ!
「俺の萌ちゃん風邪引いたのか?!」
「げっ、晃」
血相を変えて飛んできたのはファンクラブまであると噂の晃君でした。
キミがA組に来ないお陰で最近は平和な学園生活を送れていたのに、やっぱりどこからか嗅ぎ付けて来やがったか。
あまりに声がデカかったせいで驚いている俺の襟首を掴むと、彼は気が狂いそうな顔で迫ってくる。
「俺が部活で忙しかったから萌ちゃんは悲しみに暮れて風邪なんて引いちまったんだ!最近はA組に行ってあげられなかったし、え?萌ちゃんが会いたがってたって?」
誰もそんなこと言ってねぇよ!1人で好き勝手なこと言ってんな!
「あぁゴメン萌ちゃん!俺は萌ちゃんにとってセカンドキスの相手なのに!」
「……」
やべっ、すっかり忘れてた。そういえば俺は『萌のファーストキスを奪った相手を探そう!』実行委員長だったんだ。チッ、実行委員である一郎はお休みだし、誰にも責任をなすりつけらんねぇ……俺がファーストキッスの相手でした、なんて言ったら晃どうすんのかな。やっぱり暴れ出すかなぁ。張り手張り手、キック、張り手張り手……顔がイヤってくらいに腫れそう。
「俺が行かないで誰が行くって言うんだ?!なぁ太郎?!」
知らねぇよ!誰でもいいわ!ってかその前に声のボリューム下げて!
「きっと俺の顔を見れば一気に回復するはずだ!」
「いや、どっちでもいいけど部活は?出ねぇの?」
「バカ太郎!」
「ぐわっ!」
心配して聞いてみただけなのになんでローキック喰らわなきゃいけねぇんだよ!
「お前は部活と萌ちゃん、どっちが大事なんだ!」
俺は帰宅部だ!今はお前の話をしてんだろ!
「部活と萌ちゃんを比べるな!萌ちゃんが一番に決まってんだろ!」
どっちが大事か聞いてきたのはお前の方だろ!
「そりゃあ聞き捨てならねぇぞ宮田ぁぁ!」
綺麗にローキックが膝を捉えたせいで、ダウン寸前の俺の横を誰かが目にも留まらぬ速さで通り過ぎた。と思ったら次の瞬間、晃が声の主と思われる人物に頭を叩かれるのを目撃。
こりゃなんかヤバイよねと隣りにいたあかねと顔を見合わせ、少しの間見守ろうと頷き合う。
「今週は練習試合があるんだぞ!まさか休む気じゃないよな?」
「あれ?あの人たしかバスケ部のキャプテンだよ」
「え?マジで?」
横にいたあかねに小声でそう教えてもらう。
そうか、お前が抜けたらどうすんだよって言ってるんだろうな。ってか先輩、あなたはどんだけ地獄耳なんすか。どこから聞きつけて走って来たんすか。
「見舞いに行きたいなら部活が終わってからでも遅くねぇだろ!」
「遅いんですよ!一分一秒を争ってるんです!」
一秒を争ってんならこんなとこでギャアギャア騒いでる場合じゃないのでは。
「見舞いはこの2人に任せてお前は練習だ!それに自分のせいで練習を休んだって知ったら彼女は悲しむんじゃないのか?」
ナイスな発言ですね先輩。それを言われたら晃の奴ぁひとたまりもありませんぜ。
予想通り、先輩の言葉は彼の頭にガッツーンと響いたらしい。ユラリと俺の方へ体を向けた晃はデカイ体を縮こまらせて近づいて来る。
「……太郎」
「な、何だい?」
「この熱い想い、お前が届けておいてくれ」
「だ、誰に…」
「バカ!」
誰になんて聞くまでもなかったが、思わず聞いてしまった俺へあかねがわき腹を小突いてくる。さすが空手家、みぞおちにキレイに決まったよこんちくしょうが!
「あぁ……風邪で弱った萌ちゃん、俺がいたらそんなものふっ飛ばしてあげるのに!」
「いいから練習だ!」
身長は晃の方がずっと高いのに、先輩はヤツの首根っこを掴んで引きずって行った。
哀れよ晃、見舞いは俺達に任せて。そして先輩、晃を混乱させていただき、本当にありがとうございます。お陰でファーストキッスの話なんてなかったことになりました。
「よっし、じゃあ庭田先生の元へ行こうか!」
「は?なんで?」
「なんでって、部活休みますって言いに行くんでしょぉ?」
「え?……あ、そう!そうだったそうだった!」
やっぱりウソだったか。いくら隠そうとしても俺の目は誤魔化せないよ!ってかわかりやすいなあかね!そこがまたいいんだけど!
「じゃ、じゃあ行こうか」
「ん……あっ、ごめん。俺ちょっと便所に行ってくるから、悪いけど庭田先生んトコ先に行っててくれない?」
「え?あ、うん。わかった」
ホッとした顔を隠そうともしないのがこれまたいい。
じゃあ玄関で待っててと、なぜか彼女はスポーツバッグを俺に投げ渡して駆けて行く。そんなスピードで投げられたら取れねぇよ!
それにしてもあかねのスキップ、国宝級に珍しい。
「あれ?誰もいねぇのかな」
所変わって俺達は秋月邸にいます。例によって門前でインターホンを3回ほど鳴らしておばさんが出てくるのを今や遅しと待っているんですが、一向に出てくれる気配がない。
「病院にでも行ってるのかな」
隣りでお見舞いの品を手にあかねがそう呟く。
病院かぁ。真さんのことだからもしかしたら「入院させないと!」って息巻いて連れて行っちゃったのかもなぁ。だとしたら誰もいないのも頷ける。
「う〜ん。じゃあもう一回鳴らしてみて、出なかったら帰ろうかね」
門の間から秋月邸の中を覗いこうとしているあかねにそう提案して、インターホンに手を伸ばす。もし出なかったらせっかく買ったお見舞いの品がもったいないから、どっちが持って帰るかジャンケンしようね。
『……はい?』
「あ、太郎です」
あ、やっと出てくれた。この麗しいお声はおばさんだな。
『あらコタローちゃんにあかねさん?もしかしてお見舞いに来てくれたの?」
「はい」
『どうぞ上がってらして』
「あっ、それじゃお邪魔します」
インターホンが切れてからあかねに親指を突き立ててオーケーサインを出す。スルーされるかと心配したが、彼女も同じように『じゃあ行こう』サインを出してくれた。ノリのいい子で良かった。でも門が開いた途端に走り出したのはどうして?
「おっ邪魔しま〜す」
「わざわざごめんなさいね」
「いえいえ……わっ」
玄関のドアを開けてくれたおばさんの後に続いて進入していくと、居間に世にも恐ろしい人間がいた。そして何事か悟った俺達は絶対に目を合わせたらダメだねとアイコンタクトを交わす。
「お父さん、コタローちゃんとあかねさんが来てくれたわよ」
「……」
「ど、どうも……」
紹介されてしまった手前挨拶をしたものの、憔悴しきった真さんはチラリと俺を見る……見るだけ。しかも俺だけを見た。
この時間にいるってことは会社休んだな。どんだけ心配してんだよ。
「せっかく来てくれて申し訳ないんだけど、萌ったらついさっき寝ちゃったのよ」
台所からグレープジュースを持って来てくれたおばさんは「座って」とソファに座るよう促してくる。
座ってしまったら真さんと対面に向かい合ってしまうんですけど。それだけは絶対に避けたいんですけど。
(萌、ただの風邪だよね?)
座ろうと俺の背中を叩いたあかねにアイコンタクトを送られ……あ、微妙に真さんからずれた位置に座りやがった。俺だって端っこに座りたかったのに。
ってかただの風邪に間違いないよ、真さんが大げさに落ち込んでるだけ。
(そっか。いや、そうならいいんだけどさ)
あかねが言いたいことはわからないでもない。ただの風邪なのに会社まで休んで何をしてんだってことだよね。おばさんは普段通りの笑顔を見せてくれてるし、それほどヒドくはないだろ。
「あ、そうだ。これお見舞いなんですけど」
「あらあら!気を使わせてごめんなさいね。萌も喜ぶわ」
真さんの落ち込みぶりを目の当たりにし、お見舞いの品をすっかり忘れていたあかねが立ち上がりテーブルにそれを置く。あんまりいい品ではないですが、あかねからもらったとあっちゃあ彼女も食べてくれるでしょう。
「熱とかはないんですか?」
ジュースと共に出してくれたクッキー(高級品)を手に取り、一口いただいてからそう尋ねてみる。う、美味いよこれ!いつもウチで食ってるせんべいとは違う!
「朝は少しあったんだけど、大丈夫よ」
「あ、そうなんですか?良かった」
そう聞いてホッとしたのか、あかねは笑顔でジュースをグイグイ飲んでいく。果汁100パーのジュースを一気飲みって、キツくない?
「……あれ?」
あかねの飲みっぷりに感激し、俺もやってやるとジュースに伸ばしたその時だった。
「おばさん、これ萌のお気に入りのコップですよね?俺なんかに出したら怒られちゃいますよ」
「え?違うわよ?」
「えぇ?」
だってコレ昨日萌が戸棚から出したコップですよ。昨日の今日で俺が見間違えるハズないですよ。
「えっと、同じの2個あるんですか?」
「いいえ、1つしかないわ」
おっかしいなぁ。これって確かに昨日萌が戸棚から出したコップなんだけど。こんな可愛らしいお花の模様を見間違えるハズないのに。
「気に入ってたのは自分で割っちゃったみたいなの」
「割った?」
「そうなの。昨日なんだけどね、手が滑ったんですって」
やっぱり俺が割ってしまったのは萌が気に入ってたコップだったんだ。あれ?じゃあなんでウソなんてついたんだろ。
コップをマジマジ見つめながら、まとまらない考えが頭をグルグル回る。う〜ん、ウソをつく理由がわからん。俺が一生かかっても払えないほど高級品だから言うだけムダだと思ったとか?
「……た、ろう」
「ひっ!」
コップを横に縦にしてじっくり見ていると、消え入りそうで唸るような呟きを聞いた。そして思わず隣りにいるあかねの腕にしがみつく。ふと見ると彼女も俺の腕を跡がつくぐらいに握り締めている。まだ人体模型の後遺症が残っているようで……痛い痛い!握り締めすぎ!そんな力入れたら本当にくっきりと指の跡が残っちゃうでしょうが!
「お前、萌に何をした…」
「な、何もしてませんけど?」
俺が風邪をうつしたとでも言いたいんですか。……俺も薄々感じてはいましたよ。治りかけが一番危ないって知ってました。でも萌に限ってうつることはないと信じていたんです。
「……」
「うわっ……」
真さんの鋭い睨みがハンパなく怖い!おばさんがいるから飛びかかっては来ないけど、少しでも気を抜いたらスリッパが飛んでくる!ってかやっぱ対面に座るんじゃなかった!
互いにしがみつきながら怯えている俺達を思ってくれてなのか、一部始終を目撃していたおばさんが溜め息混じりに助け船を出してくれた。
「お父さん、会社に電話しなくていいの?」
「……萌と会社、母さんはどちらが大事なんだ」
あれ、これってデジャヴ?
「萌と会社なんて比べるまでもない!萌の方が大事だ!」
いや、デジャヴじゃないか。ただ似たような人間が同じこと言ってるだけだ。そうか、真さんと晃は同類だったんだ。ってか萌を好きな連中ってマジでこんなんばっかなのか?……ってことは俺も?!
「こうしちゃおれん!母さん!ちょっと出てくる!」
「いいですけど、どちらへ?」
「萌が早く元気になるように何か買ってくる!」
「……いってらっしゃい」
「いってくる!」
こうなった真さんは誰にも止められない。何を買ってくるんですかなんて野暮な質問もしちゃいけない。
車のキーを握り締めた真さんは猛ダッシュで居間を飛び出して行った。
「ごめんなさい、気にしないでね」
いつものことだと言いたげなおばさんは「おかわり持って来るわね」とコップを片付けて台所へ引っ込んで行ってしまう。
あかねはあかねで真さんの一人芝居を眺めていたが、俺の腕をこれでもかというくらいに握っていたのに気づき勢い良く放してくれる。良かった、血の流れが止まって手の感覚がなくなってきていただけに助かったよ。
「あ、メール」
グーパーグーパーしてなんとか血を流れさせていると、あかねがおもむろにケータイを取り出しそう呟いた。
「誰から?」
「恭子。萌大丈夫だったかって」
メールで聞かないで来いよ!
「あの子も心配してたんだけどさ。大勢で行っても迷惑になると思ったみたいで、何かお見舞い買って行くならって、帰りにお金置いて行ったんだ」
「あぁだからあかね結構な大金を持ってたのか」
「大金じゃないって」
果物は結構なお値段しますからね。店で「これにしよう」ってあかねが果物に指差した瞬間、心臓が止まるかと思ったよ。俺のなけなしの小遣いじゃ、あかねとワリカンすら出来ないって思った。でも彼女は「いいんだよ」って言って………高瀬からもお金を預かってたなら先にそう言って!冷や汗流して財布を見た俺がバカみたい!
「でも熱も下がったみたいだし、恭子には大丈夫って送っておくよ」
「そうですな。あ、それじゃあ俺も勇樹にメール送ろ」
勇樹はきっとお見舞いに来たかったハズだ。でも、行くに行けない様子だった。
昼休みに一緒にメシを食ってくれた勇樹は「秋月さんは……あ、いや」と口をモゴモゴさせてたし、授業中もチラホラと萌の席を見ていたし、最終的には俺に「もしもお見舞いに行くなら、早く良くなってねって伝えておいてね」って言ってきたし。そしてそんな彼が強烈に可愛かったから抱き締めてしまったし……関係なかった。
「勇樹に?」
「うん、心配してたからさぁ」
「そっか……ってダメ!あたしが送る!」
「え、なんで?」
なんでそんな必死?って、ちょっケータイ壊れる!ミシミシって聞こえたって!
「あんたは恋敵なんだよ?そんなヤツから萌の近況報告を受けて嬉しいと思う?」
「こ、恋敵……だ、だって勇樹に言われたんだよ。見舞いに行くなら早く良くなれって伝えてって。俺がここに来るの知ってんだよ?」
「あんたは宮田に送るんだよ」
い、イヤだ!何が悲しくてアイツに送れるか!細かく聞かれるに決まってる!萌ちゃんはどうなった、こうなった、そうなった……メールの文字数が超えるまで送ってこいとか言われそうなんだもん!ヘタしたら電話がかかってきそうだよ!
「あんた熱い想いを届けろって言われたよ」
「そんな物体、届けられるワケないでしょうが!」
それに届けようと部屋に入り込んだらぶっ飛ばされる。同じ女性であるあかねならまだしも、俺は男だよ?それに何より彼女の胸部に顔を埋めちゃってるんだよ?ひっぱたかれて廊下に飛び出すのが関の山です!
無理無理!と頭を超高速で横に振り続けたのが幸いした。
う〜んと唸ったあかねはふと2階へ上がる階段に視線を移し、「変なもの届けて風邪が悪化しても悪いか」と諦めてくれた。
「後でメールくらいは送っておきなよ。宮田は宮田で心配してるんだから」
「……わ、わかった」
あかねにお願いしちゃおうかとも思ったけど、頼まれたのは俺だしな。寝ちゃってたから届けることは出来なかったとでも言っておこう。
「あかね、そろそろ帰る?」
勇樹と高瀬にメールを送り終えたのを見計らってそう言ってみる。あまり長居してもおばさんに気を使わせるだけだしね。
「そうだね。うん、そうしよ」
よっしゃと立ち上がった俺達だったが、間の悪いことにちょうどおばさんが台所からおかわりのジュースを持って来てくれた。
すみません、いただいてから帰らせていただきます。
「ねぇねぇあかねぇ。本当に送って行かなくていい?俺に気なんて使わなくてもいいんだよ?」
「使ってないよ。それにまだ明るいから1人で帰れるって」
そりゃ、そりゃあ俺はあかねよりは弱いけど、一応男だよ?女性を1人で帰すなんて出来ない
よ。
「……じゃあ、あかねを尾行する」
「なんで?!」
「送っちゃダメなら陰ながら見守るしかない」
「い、いいって!陰ながら見守られても逆に怖いから!」
「…じゃあ前を歩く!」
「いいって!」
「じゃあ横を…」
「バイバイ!」
「あ」
……そんな超高速で走られたら追いつけないよ。