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第103話 コップは慎重に持たないと

今日は目がバッチリ冴えてしまって全く眠れそうにありません。理由はわかっています。あの感触が忘れられないから……いやいや違う違う、そういう理由じゃない。もしそうだったとしても口に出せるワケねぇ。


萌を秋月邸まで送った後、(鞄を渡すとき思わず胸をチラ見してしまったら足を思い切り踏まれた……ことはスルーしてください)何の気なしにケータイを開いてみると、それはもう膨大な数のメールが入っていた。

と言ってもそのほとんどが一郎だったんだけど。

内容は『ヤベェ、ヤベェ!』とか、『いくぜキャラメル!』『俺がついてる!』とか……意味わからん!なんで母猫への応援メッセージを俺に送ってんだよ!俺は産まねぇよ?ってか産めねぇだろ!その前にキャラメルって名前なの?


そしてやっぱり朝に着信があった。時間的に考えてあかねと化学準備室にいる時に来ていたようだ。くそっ、あの声はやはり一郎だったか。恐怖が先行したせいでヤツの声と人体模型の声を取り違えてしまうとは。


無事に産まれたと報告をしてくれたが、それからは一切の音沙汰ナシ。子猫カワイイんだぜぇ!とかって写メすら寄越さないでやんの。まぁあの一郎がすることだから一々気に留めても仕方ないんだけどさぁ。


……眠れない理由は、朝に早希ちゃんからメールが来ていたというのに未だ返事をしていないからなんです。

でもケータイはずっと準備室にあったわけだし、返事をしたくても出来なかったワケだからそう言って謝りのメールを送ればいいだけの話……なんだけど。


「……今さらだよなぁ」


家に戻ってメシ食って、それから何十件という一郎君からの大量メールを読み終え最後のひとつに目を通した時、心臓が止まる思いがした。


『熱、もしかしてまた上がったのかな?そうだったら何度もメールしてゴメンね。早く良くなってね、無理しちゃダメだよ(ハートマーク)』


申し訳ないが、こう毎度毎度ハートマークが入っていたらそれが当たり前のことのように思えてしまうよ。見ても驚かなくなってしまった。慣れって怖いわ。


このメールが来たのはちょうど1時限目が始まる頃だから、それから何時間も経ってるワケでして。その前にも朝に一度メールをもらっていたというのに、一郎に夢中ですっかり忘れてしまっていた。

大量メールの前に読んでたらすぐに思い出してもっと早く返事出来たかもしれないけど、早希ちゃんのメールはヤツよか先に来てたからな。新しく来たメールから読み始めたのがそもそもの失敗だった。ってか『産まれたぜ!』から読んじゃってた。


「元気なんだけどなぁ」


こんなに時間が経ってから『ハァイ!俺はもうすっかり元気です!元気すぎて人体模型と格闘しちゃいました〜!』なんて送れない。昨日はリンゴありがとうメールで終わってたし、もう完全復活したよとはまだ言ってなかった。


メールの新規作成画面を開いたはいいが、文字を打てずに待ち受け画面に戻してしまう。俺って小心者。怒ってるかなぁって考えるだけでそこから先に進まない。


「……」


まだ夜の8時半過ぎだからメールを送っても迷惑にはならないとは思う。けど、手が思うように動いてくれない。ちくしょう。


「…あっ」


手持ち無沙汰にケータイをイジっていると、高校に入学してすぐの頃に撮った画像が出てきた。懐かしい、というより。


「うわっ何この顔」


驚いたのもムリはない。鼻に指を突っ込んで大口を開けている俺の横で不機嫌オーラを撒き散らしている萌。そしてその間に割り込もうと一生懸命になっている晃。俺達って、一年経っても少しも変わらないのね。ちょっとは大人になったかと勘違いしてた。


ボーっと画像を眺めながら、そういやマトモな顔で写ってる写真ってないなと思い返す。いつも白目向いたり鼻に指突っ込んだり……成長してない証拠です。


「おわっ」


どーしよーかなーとケータイを眺めていると、不意に電話が鳴った。

まさか早希ちゃんかと見てみると、『鬼娘』からだった。……こんな名前で登録してるからいざ来たら出るのためらうんだよな。後で『萌ちゃん』とでも変えておこう。その方が気楽に出られる、気がする。


「もっしもしぃ?」


『…起きてたんだ』


いつも何時に寝てると思ってんだ。いくら何でも早いだろ。


「何かあった?」


『別に』


「は?」


用もなしに掛けてきたわけ?通話料はあなた持ちだからいいんだけどさ。


「……」


『……』


ってオイ、マジで何もないんかい。無料通話でも余ってんの?でも来月に繰り越せるんだから貯めておいた方がいいんじゃない?


『……今、何してる』


「いや、特に何も?そっちは?」


『別に』


「あ、そうですか」


う、うぅ〜ん会話が続かない。一緒にいても会話が盛り上がらないのは知ってるから別に驚くことでもないけど、電話だと変な空気が流れるモンだ。顔が見えない分、不安になる。


「もしかして、ヒマだから掛けてみたとか?」


『そう』


……よ、良しとしようじゃないか。きっと俺の声が聞きたかったんだけど、直接そう言うのは抵抗が、ってことだよな。……俺はどんだけポジティブ?


「そういやケータイ探すの手伝ってくれてありがとねぇ」


『あ、野代から連絡は』


「あぁ来てた来てた。もういらねぇっつーくらいに」


『産まれたって?』


あっそうか、一郎が飼ってる猫が子猫を産みそうなの萌も知ってたんだっけ。帰る途中で何でアイツが休みなのか聞かれたし。……聞くの遅くねぇ?もっと早い時間帯に聞こうよ。

そういえば、バレないように平静を装うとしてたんだろうけど、子猫って聞いた途端に目が輝いてたな萌のヤツ。気になってんのかも。


「あぁ産まれたんだって。でもあの野郎、子猫の写メ送ってくれねぇの」


『……そう』


メチャクチャ残念そうな声だね。きっと写メが来てるなんつったら私にも送れって言おうとしてたんでしょう。可愛いトコあるんじゃないの。ここは俺が人肌脱いであげるよ。


「明日行ったらイヤでも見せてくるんじゃねぇ?」


『別に…見たく、ないし』


強がってんのバレバレなんですけど。


それから本当にこれと言って話もなかったのか、萌は『もう切るから』とオヤスミを言うヒマもなく切ってしまった。

マジで用もなく掛けてきたんかい!


「……ってうわっ!早希ちゃんに返事しないと!」


萌としゃべっていたのはほんの数分、と思い込んでいた。もう9時近い。って、30分近くも話してたっけ?無言が多くて気がつかなかった。


「え、え〜と……『ごめんね。学校には行ったんだけど、ケータイを落としてしまって返事が出来なかったんです。本当にごめんなさい』っと」


あれ、なんか謝ってばっかじゃないか?……良いか、他に上手い言葉も見つからないし、このまま送信じゃ!


「……やっぱり中止!ダメだって!」


待って待って!とクリアを連打するも、送信されてしまった。


「う、うん。大丈夫大丈夫……」


これで良かったんだと自分に言い聞かせ、返事を待ってみることにする。その間にテレビでも見るか、と思ったけどこの部屋にテレビという機器は存在しなかった。黙って一郎から借りパクしてるマンガでも読むことにしよう。


テットロティン…テットロティン。


「早っ!」


送って3分と経ってないのにもう返事が来た!きっと俺と五分を張るくらい文字を打つのが速いんだろう。

内心、『そうなんだ。ケータイあって良かったね』くらいの短い文章だったら絶対に怒ってる証拠だよなぁなんて考えながらケータイを開いてみる。


『そういやまだ送ってなかったよな?!俺の新しい家族を紹介しま〜〜〜す!』


「一郎かい!ってか可愛い!!」


送られてきたメールの添付ファイルには4匹の子猫が写っていた。うっわ、めっちゃ可愛いわぁ。猫って同時に4匹も産むんだ。大変だったろうなお母さん猫。頑張ったねキャラメル!

早希ちゃんからの返事じゃなかったことは悲しいが、こんなに可愛い子猫ちゃん達が見られたんならそれも良し!


「あ、そうだ。萌にも送ってやるか」


送ってあげたらきっと手を叩いて喜ぶだろうよ。でもキャアキャア喜ぶ姿が想像出来ない。メールを見て「……可愛い」って言うくらいしか想像出来ない。


「……アレ?何で送れねぇんだ?」


俺が受け取れるくらいのファイルサイズだから送れねぇなんてことはないのに。俺のやり方がおかしいのか?

アレアレ?言いながら頑張ってみる。が、うまくいかない。……段々イライラしてきた。


「こうなりゃ行くっきゃねぇ!」


善は急げ、俺はケータイをポケットにねじ込んで部屋を飛び出した。





『はい』


「あ、俺ぇ」


全速力で秋月邸へと走り門までやって来た俺は、目にも留まらぬスピードでインターホンを押す。って言っても隣りだからそんな急がなくても良かったんだけど。


『…なに』


ちょっと、なんだよそのメチャクチャ不審そうな口ぶりは。俺の顔見えてんだろ?この素敵な笑顔が見えてんだろ?


「一郎から子猫の写メ来たんだけどさ。どう頑張っても萌に送れないから来ちゃったの!テヘッ!」


『……』


無言はヤメて。俺からは萌の顔が見えないんだから無言になられたらリアクションに困る。


「真さんいないでしょ?入れてぇ」


『……ップ』


いきなり切るな!せめて『わかった』って言ってから切ってよ!

やったろうじゃんかボケェ!と無理やり門を開けて邸内に侵入……よし、警報機は鳴らない。入っても良いんだね?

どりゃどりゃ走って玄関へ到着と同時にピンポンを連打。こんなに連続で鳴らしたら単なるイヤラガセに思われても仕方ねぇ。でもあの萌だ、一度や二度で出てくれるほどいい人ではない。ってか門前と玄関にインターホンって、一個で良くないの?押す身にもなって。


「一回でわかる!」


「どわっ!」


早く出てぇと連打していると、勢いをつけてドアを開けられた。そして風圧で少し飛ばされそうになる。ドアに当たったらケガするっつーに!俺じゃなかったら顔面強打してるよ!


「何度も鳴らすな!」


「だってぇ、もしかしたら聞こえないかなとか思ってぇ」


「そんなに耳遠くない!」


いいから早く入れ!と腕を思い切り引っ張れ、コケそうになりつつ家に入れてもらった。




「やっぱ真さんまだ仕事か。おばさんは?」


入っていくと家の中はヤケに静まり返っていた。居間にはでっかいテレビがあるっていうのに、何で点けないんだろ。俺だったらテレビの音量ガンガン上げて寂しさを紛らわそうとするのに。


「あらコタローちゃん!」


「あ、こんばんは」


誰もいないと思っていたら2階からおばさんが現れた、そしてスマイル。いつも思うんだけど、おばさんの笑顔って本当に癒される。真さんを叱るときはそりゃもう萌も真っ青な顔になるほど怖いけど。


「もう萌ったら。コタローちゃんが来るならそう言っておいてよ」


「来るの知らなかったんだから言えないよ」


まったくもう、とおばさんは2階から大きな袋を抱えて降りて来る。もしかしてそれ、どこかからのお土産ですか?


「明日コタローちゃんの家に行こうと思ってたんだけど、ちょうど良かったわ。先週ね、おばさん旅行に行って来たの。はいこれお土産」


「ありがとうございます!」


やりぃ!おばさんがくれるお土産っていっつもおいしい物ばっかだから嬉しい!この前は海外で売ってるチョコレートだったし、その前は海外のチョコレート、んでもって海外の……チョコばっかじゃん!


「チョコレート、コタローちゃん好きよね?」


「はいそりゃもう!」


やっぱりまたチョコレートかい!俺のチョコ好きはおばさんの影響だったか!しかも今回は国内のチョコレートっぽいぞ。


「直ちゃんのも入ってるから渡しておいてね。あ、もちろんご両親の分も入ってるから」


「言っておきます!」


直秀へのお土産は俺よりすごい、キャンディーだから。いつまで経っても俺も直秀も子どもだと思われてんだろな……ってかチョコもらってこんなに嬉しそうにしてたらそりゃそう思うよな。でも正直に嬉しい。


「それじゃゆっくりしていってね」


「え?あ、ハイ」


オホホと軽やかなステップを踏んで2階へと戻って行くおばさんを見送り(きっと買ってきた物でも眺めるんだろう)、高級ソファに腰を下ろしている萌の隣りに近づく……って何で立つの?一緒に座らないの?


「近寄るな」


「な、なんで?」


前は「邪魔」とか言いつつ一緒に座ってたじゃん。何でそんなに俺を警戒してるの?


「……あ」


しまった、放課後のことがまだ尾を引いてんのか。ってかおばさんだっているのに変なコトなんざするか!……いなくてもしないから!あれは不可抗力なんだって!

向かいのソファに座りな、と言いたげな萌の視線をキャッチして泣く泣く向かい合わせに座る。どんだけ警戒してんだ。俺は子鹿だっつーに。


「あっそーだ。写メ見る?めっちゃ可愛いんだよマジで」


「……見る」


可愛い、という単語を聞いた瞬間に萌の目が光り輝いた。早く見たいのかウズウズしている。……なんか、普段あまりしない表情されると驚くわ。


「はいコレぇ」


画面に子猫の画像を出してから萌にケータイをパスする。頼むから変にイジらないでね。じゃないと鼻に指を突っ込んだ俺の画像を見ることになるよ。


「実は俺さぁ、子猫なんてあんまり見たことないからビックリしたんだよねぇ。すっげぇ可愛いよ」


「……うん」


ジッと画像を眺めている萌の口許に、うっすら笑みがこぼれているのが見て取れた。

俺には見せてくれないよなそんな顔。あまりにも珍しくてガン見しちゃう僕を許してね。いきなり顔上げないでね。


「萌って、そんなに猫好きだったんだ?」


「うん」


「でも飼ったことないよねぇ」


「うん」


「おばさんが犬派だから?」


「うん」


ケータイに全神経を注いでいる萌は俺の言葉を右から左に流しているようで「うん」としか言ってくれない。そこまで集中して見なくてもいいんじゃないの?画像は逃げないよ?


「……」


画像を見ている彼女はみるみるうちに顔がホヤホヤしてくる。どんだけ癒されてんだよお前は。


「送って来たのこれだけ?」


「いや、もう1枚あるよ」


出すからちょっと返して、そう言おうと手を伸ばす。ってちょっと!ポチポチとイジらないで!さっき言ったよね、変にイジるなって心の中でお願いしたでしょ!


「うわっ、何これ」


その反応でわかった。さっきの俺と全く同じこと言ってる。


「ちょっ、返して!」


ただ消すのを忘れてただけ!だからそんな怪訝そうな顔するな!

返してください!と無理やりケータイを引ったくり頬を膨らませて怒りを表す。が、萌には通用するワケねぇ。いつも通りスルーされました。


「そんな写真、まだ残してたんだ」


「残してたワケじゃないっつーに!忘れてただけ!ハイこっち!」


お前が指を突っ込んでるんじゃないんだからいいだろが!恥掻いてんのは俺なんだから!

勝手に触っちゃイヤ!なんて言いながらもちゃんと画像を出してあげる僕はとっても心が広い。だからグレープジュースを出してプリーズ。


「……可愛い」


聞こえないように言ったんだと思うけど、丸聞こえだから。

何か飲んでいい?と聞いたらグレープジュースが冷蔵庫にある、と予想通りの返答が返ってきた。やっぱり萌が俺の為に出してくれるハズないよなと立ち上がり台所へと向かう。

チラリと振り向いて見ると、画像に釘付けの萌は顔を赤くして喜びを表現している。


「……そこまで?」


「何か言った?」


「いえ…」


聞こえてんのかいぃ!さっきまで「うん」しか言ってなかったクセにこういう時だけちゃんと聞いてんな!






「うめぇ!やっぱ高いグレープジュースは一味違うね!」


まだまだ画像とにらめっこしている萌を前に、グレープジュースを一気に飲み干した俺はヒマで仕方ない。テレビは点いてないし、萌は無言だし。俺は何をしろってんだ。独り言を言うくらいしか思いつかないよ。


「ねぇ萌ぇ。もうそろそろいいんじゃない?」


「もう少しだけ……あ、メール来た」


「え?誰から?」


「……早希」


「あぁ三井か………ってぃぁ!」


軽い気持ちで誰とか言っちゃった俺が憎らしい。

誰って聞いた時点で「見てみて」って言ってるようなもの。だから見ないで!とかプライバシー侵害!だなんてことを言えるワケがない。


「へぇ、『早希ちゃん』で登録してるんだ」


「見な、見ないでぇ!」


さっきまでほんのりと赤い顔で子猫を愛おしそうに見ていた萌は、だんだん違う意味で赤い顔に変わっていく。

絶対に内容も見られたよな。ってか怖い!立ち上がらないで!


「ハイ、愛しの早希ちゃんから」


「……あ、あの……萌、さん?」


「受け取らないの?早く返事しないと嫌われるかもよ?」


恐怖でケータイを受け取るに受け取れない!それにちゃんと疑問文になってるところが余計に恐ろしい。いつもならぶっきらぼうにケータイを投げて寄越すのに、何でこういう時に限って手渡し?


「早く」


「あ、すみ、すみません」


受け取る瞬間にかかと落としでも飛んでくるかとヒヤヒヤしたものの、普通に渡してくれた。でもそれが逆に恐怖を倍増させていることを萌は知らない。


『ケータイ落としちゃってたんだ?返事くれないからどうしたのかなって思ってたんだ。もしかして何度もメールしたから嫌われちゃったかと思ってたんだよ?でもそうじゃなくて本当に良かった!それじゃあまた明日メールするね。おやすみなさい(ハートマーク)×2』


「……」


こんな時にまでハートマークつけなくてもいいからぁ!しかも2コ!

だ、ダメだ、早希ちゃんからのメールには全てこの絵文字が入っていたんだ。今さら何を言っても後の祭りじゃ!


「返信しなくていいの?」


だからそこで疑問文にしないでっての。怒ってるのバレバレだから。顔が笑ってねぇんだよ、目が据わってんだよ。


「いや、俺は…」


「私になんて気を遣わなくていいのに」


トゲトゲしい!


「す、するさ!あぁしてやるさ!」


もうヤケだ、返信でもなんでもしてやるよ!


「すれば」


「見てろよ!え〜っと………」


結局『ありがとう、おやすみなさい』くらいしか思いつかねぇ!


「……もう終わったワケ?」


うっせうっせ!短くても心がこもってたらそれでいいんだよ!あかねとのメールだってそれくらい短いんだから!


「終わりましたよ!」


「そう……じゃあもう帰れ」


「はいぃ!?」


あれだけ返信しろって促しておいて帰れだぁ?!気にならないの?何て返したか気になって夜も眠れないとかないの?……ないよね!少しでも期待した俺がバカだよね!


それはすんませんっしたぁ!と飲み干したコップを握り締めて台所へダッシュする。洗ったらチャッチャと帰るから心配すんな!


「いでぇ!」


俺のアホ!

自分では気がつかなかったけど萌の態度が相当応えたらしく、おばさんからもらったお土産が視界に入っていなかった。彼女をガン見しながら走ったせいでそれを踏んづけてしまい、その場に勢い良く倒れ込む。


「いでで………あっ!ここここコップがぁぁ!」


割っちゃったよぉ!正確には転んだ拍子にぶっ飛ばしちゃったよぉ!マズイマズイ!あのコップは絶対に高級品と見た!俺の何ヶ月分の小遣いより高い!


「何してんの」


心底疲れた顔で近づいてきた萌は倒れたままバタバタ動く俺を見下ろしてそう呟く。俺なんて後でいい!コップを、コップを助けてあげて!


「こ、コップは?!」


「……木っ端みじんだけど」


ぎゃああああ!


「ごめんなさい!弁償しますから!だからどうか許してください!」


あのコップはよく萌が使っているのを知っている。だから嫌味にと使ったのがいけなかった。高級なコップで飲んだら美味しいジュースがもっと美味しくなるかと思ったんだもん!バカだったんだもん!


一生かかってもちゃんと償うから!と頭の整理もつかないまま土下座する。戸棚を見渡しても同じコップは見当たらないんだから、やっぱりあれはお気に入りの一品だ。本当に申し訳ない!


「別にいい」


「え?!だ、だってアレお気に入りでしょ?!」


「は?」


「よく使ってるの見たことあるし、あれは萌のフェイバリットコップなんでしょ?!」


「はぁ?」


英語が分からなかった、ワケではないらしい。

土下座する俺を少しの間眺めていた萌は、ふと戸棚を見渡したと思ったら無造作に扉を開け、一つのコップを取り出した。


「こっち」


「え?」


「私はコレを使ってんの」


「…え、えぇぇ?!じゃ、じゃああのコップは?!」


「あれは前に100円で買ったヤツ」


えぇぇぇ?!俺って目利きの才能ナシ?!


そっか、そっか…を連呼するしかない俺は正座したまま泣きそうになった。良かった、小遣い全部持っていかれるって覚悟してたから本当に良かった。


「……あ、掃除しなきゃ」


そうだよ、呆けている時間はない。早くコップを片付けないと危ない。

戸棚にお気に入りのコップを戻している萌にホウキの場所を聞こうと立ち上がる。あ、何度も頭を下げたから少し立ちくらみする。


「いい、私するから」


「だ、危ないって!ガラスで手を切って血でも出たら俺泣く!」


「勝手に泣けば」


それもまたヒドい。違う意味で今泣きそう。


「俺の泣き声がうるさすぎて苦情の電話が来てもいいなら泣くけど」


「……掃除機、そっちの部屋にあるから」


「了解!」


俺の声のデカさは萌も知ってるから素直に教えてくれて助かった。それでも帰れって言われたらどうしようかと思ったよ。





「持って来たよぉ……ってちょいぃ!アンタ何してんのぉ?!」


「コップ片付けてる」


掃除機を手に居間へ戻った俺は衝撃の現場を目撃した。

素手でガラス持つなよ!切れたらヤバイからって掃除機を持って来たんだよ?!これで吸い込んでやろうって思ったから場所教えてくれたんでしょ?


「危ないから持ったらダメだって!」


「来るの遅いんだよ」


そう何分も経ってねぇよ!マジで見てるだけで怖いから!


「いいからコップから手を離せって!」


鼻息も荒く彼女の腕を掴んで立ち上がらせる。見えてないかもしれないけどその辺にはガラスの破片が散らばっている可能性大なんだからスタスタ歩くだけで危険なのに!……あ、スリッパ履いてたか。


「えっと、コンセントどこ?」


「そこ」


「あ、これか」


一条家にはないこれまた高級掃除機のスイッチを入れてガラスを次々に吸い込んでいく。吸引力がハンパじゃねぇ!少しのゴミも逃げられはしないくらいにすげぇ!俺の家にも一台欲しいくらいだ!


「すげぇすげぇ!ほら萌、すげぇよこの掃除機!」


「知ってる」


いいから早く、と萌に急かされてガラスを吸っていく。それにしても見事なくらいに粉々になっちゃってんな。底だけはなんとか原型留めてるけど。


「……おっしゃ。もう破片ないよな?」


「多分」


台所だけじゃなく破片が飛んでいきそうな場所すべてに掃除機を走らせたから一応はこれで一安心だ。


「でも良かったぁ、萌のお気に入りをぶっ壊したんじゃなくて」


掃除機を元の場所に返し、ホッと胸を撫で下ろしながら居間に戻った俺は小さくそう呟く。もし本当にお気に入りのコップを壊してたら「お前の部屋にあるDVDを売って……それだけじゃ足りない」って言われてたよ。俺の宝物を売らずに済んで本当に良かった。


「あれ、どうかした?」


ハッと俺の視線に気がついた萌が慌てて手を後ろに隠す。なんだ、何を隠した?まさか俺のケータイ……なワケないか。ポケットに入ってるし。


「萌?」


「なんでもない、早く帰れ」


フンと鼻を鳴らす勢いで言われてしまったが、何気に力が入ってないな。俺が掃除してる間に何かあったのか?


「もしかして…手、切った?」


「き、切ってない」


切った、と聞いた瞬間に息を詰まらせたな。これはもう明らかでしょう。だから危ないってあれほど言ったのに。


「バンソーコーどこだっけ?」


「切ってないって!」


「声を荒げた時点で切ってんの確定してんだっつーに」


いくら俺だって気がつくってんだよ。お前の顔青ざめてるんだからさ。


「バンソーコーどこ?」


「………棚の上」


「あ、これか」


これまた豪勢な棚の上に乗っかっている大きな救急箱を持ち、立ったままでいる萌の元へと走る。早く手当てしないと血がドバドバ出てたらヤバイよね。


「ほい、見せて」


「自分でやるからいい」


「片手で出来るほど治療ってのは甘くないんだよ!」


俺もやったことあるけど、片手でバンソーコーを貼るのって至難の業なんだよ?たまにグチャグチャになることもあるんだよ?そんなのもったいないでしょ!


「いいから手ぇ貸してって!」


「ちょっ!」


無理やり肩を押してソファへ座らせ、手を引っ張る。心臓より高い位置に手を挙げてないと血が止まらないんだよ!と、そのまま掴んだ手を上に持ち上げる。

やっぱ切ってんじゃないの。しかも結構な長さよコレ。右手親指には破片で切ってしまったと思われる傷があった。


「自分でやる」


「ダメだっつーに!元はと言えば俺がコップ割っちゃったからなんだし、手当てくらいさせてよ!」


傷を良く見てみると、おっしゃ。指にガラスは突き刺さってないからこのままバンソーコー貼れるな。

消毒液をまんべんなく吹きかけ(かけ過ぎだ!と怒られた)バンソーコーを貼ってあげる。


「これで大丈夫………だよね?」


「知らない」


心配させるような発言はヤメてくれ!バイ菌入っちゃったら、とか考えるだけで夜も眠れなくなるくらいに臆病なんだから!


「も、もしも心配だったら後でおばさんに再治療してもらって」


俺よりも経験豊富なおばさんに丸投げしてしまった。でもその方が彼女も安心できると勝手に考えたんです。まぁ、真さんが帰ってきたらイヤでも病院に連れて行かれそうだけど。


「………ありがと」


「え?あ、いやいや……」


面と向かってありがとう発言をあまり聞いたことがなかったからメッチャ赤面してしまう。いきなりそういうこと言うの禁止!ギャップありすぎてマジで戸惑うわ。

たはは〜と恥ずかしい気持ちを誤魔化すように頭を掻きつつ萌の方へ視線を向けると、彼女も同じく顔を赤くして俯いたりなんかしている。

かわ、可愛いじゃん……子猫に負けてないじゃん。


「あ、萌。血がついちゃってる」


どんな顔してリアクションすればいいのか困っていると、彼女の服に赤いシミがついているのを発見した。

切った時に血が飛んだのかもしれんね。あ〜あ、せっかくの真っ白い半袖セーターに赤いワンポイントがついちゃってるよ。もったいないったらありゃしねぇ。


「え、どこ」


「ここ」


指差してすぐに後悔した。


「あ……」


血がついている場所は俺が放課後に顔面を突っ込ませた、まさにそこだった。つまり、俺は何の迷いもなく彼女の胸部を指で示してしまったんです。しかも触れるスレスレに指を突きさしている。

やっぱりナイスバデー…………ごめんなさい!!


「ほぎゃあ!」








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