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第102話 俺は着痩せしないタイプです

「ちょっと押すな」


「んなこと言ったって……ちょっ高瀬!危ないって!」


「人体模型は?」


いきなりこんなんですみません。


お察しの方もいらっしゃると思いますが、今現在僕は萌と高瀬と恐怖の小部屋……化学準備室に入り込もうとしています。なぜかといいますと僕の大事なものがこの部屋のどこかに隠れているからです。

あかねに吹っ飛ばされた時、不覚にもケータイが落ちてしまったみたいですな。


一郎がいないお陰で学校生活は穏やかに過ごせたのですが、あまりに穏やか過ぎて携帯電話を落としたことすらわからなかったんです。


そういえば一郎から返信来ないなぁと思ったのがついさっき、放課後になってから。それで携帯電話がないことに気がついた俺は1人で行けるワケもなく、さっさと帰ろうとする萌の手をムリヤリ引っ張って来ました。そしてなぜか面白半分でついて来た高瀬と共に暗くジメジメしたこの部屋にいるわけです。


その時のことなんですが、ちょっと聞いてください。思わず手を握っちゃったってのに、あの萌が「腐る触るな!」という言葉を発さなかったんです。殴られると身構えたのに。覚悟しただけ損でした。


え?あかねですか?彼女なら今日一日とても暗い顔で過ごしていました。なのでケータイ落としたみたいだからついて来て、なんてことは言えなかったんです。それでも帰りに一瞬だけ目が合ったので、お互い小さく頷いておきました。何の確認だか知りませんが、ただ頷き合いました。


「どこに落とした」


「いや、それがどこにあるのやら」


「……っはぁ」


深〜い溜め息を吐いた萌は恐怖なんて知らないわという感じでガンガン前へ進む。

人体さんがいつ飛び出してくるかわからないこの状況で、よくもまぁズンズン行けるな。秋月邸で泥棒騒ぎがあったときは俺と犯人の区別もつかないくらいにビビりまくりで木刀振り回してたのに。女性って成長するモノなのね。


「……ダメだ、ない」


お願い、よく探して!くるっと辺りを簡単に見回しただけじゃ見つかるわけないよ!俺も頑張るから頑張って!


「ケータイなんて後だって!今は人体模型を探すのが先でしょ」


お前は何をしに来たんだよ!人体さんに会って何がしたいの!?


「ちょっと、ボーっと突っ立ってないで探せ」


入り口で萌の勇姿を見つめていたら怒られてしまった。高瀬はケータイなんて二の次で人体さん捜しに没頭している。ってか電気点けようよ。もう放課後だよ?暗くなりつつあるんだよ?


「あれ?電気点かねぇ」


何回パチパチやっても電気が点かない。ちゃんと取り替えといてよタケちゃん!ってか出入りしてないよな、ホコリすげぇし。鼻炎持ちの俺には地獄だよ。


「電気なんていいから早く」


ばっ、電気点けないと恐怖で足が前に進まないんだよ!お前は妖怪と仲良しだからいいかもしんないけど俺は違うから!


「萌〜!ちょっとこっちこっち!」


早く来いやと俺の元へ詰め寄ろうとした萌だったが、それを阻まれた。何事かと振り向いた彼女は力強く引っ張られてどんどん中へ入っていく。

ってか、俺のケータイどこだ?そんな奥まで飛んではいないと思うんだけど。


「ねぇ一条!人体模型あったよ!」


「教えてくれなくていいっつーに!」


「いいからおいでって!」


「え、あ、ちょっと!」


人体さんと萌を残して笑顔全開で走り寄って来た高瀬は、嫌がる俺の学生服を掴んで冥界への入口に連れて行こうとする。

マジでヤメて!まだ決意が固まってないの!


倒れたままの人体さんと並んで立っている萌の横に立たされた俺は顔を上げることが出来ない。だってまた目が合ったらどうする?!

横目でチラリと見るので精一杯な俺をグイグイ押した高瀬はワクワクという擬音が聞こえてきそうな声で話す。


「ねぇコレでしょ?でも変なんだよね、全然動かないの」


動く方がおかしいわ!

女の子ってお化けとか嫌いじゃないの?「きゃあ!」とかって男性の腕にしがみつく時代はもう終わったわけ?


「にしても何でコレ倒れてるんだろ?」


あかねの回し蹴りをモロに喰らったからだよ。タケちゃんが来た形跡もないし、朝のまんまなんだって。ってか見回りにも来ないの?


「一条さぁ、本当に喋ったの?」


「喋ったって!あれは紛れもなく人の声じゃなかった!」


「ビビり過ぎて幻聴でも聞こえたんだろどうせ」


いくらビビってたって幻聴なんて聞くかよ!俺の耳は正常じゃ!

じんわりと額に汗を掻きながら必死に訴えている俺を呆れつつ見た萌は、無言でしゃがみ込み人体さんの頭にコツンと一発、拳を当てた。ハイあんた呪われたぁ!


「別におかしな所はなさそうだけど」


殴っておいてそれかよ!そんなことしたら人体さんの見開かれた目から涙出るぞ!


「つまんないね。帰ろっか」


おいぃぃぃ!俺のケータイは?!探してくれるからってついてきたんじゃねぇのかよ!


ズズズ…ズズズ…。


「……」


な、何の音?もしかして破滅の音?

なんか音したよね?と2人に視線を移してみる。萌は真顔で固まるが、高瀬には聞こえていなかったらしく頭にはてなマークを浮かばせた。


「え?動いたの?」


ビビる様子とか一切なく、高瀬はそう言いながら楽しそうな声で萌に話しかける。と、何かイヤな予感でも巡ったのか萌は彼女の腕を掴むと立ち上がらせ、自分の後ろに引っ張った。と、なぜか俺も引っ張られた。


「イ゛イッ!」


ちょっ、掴んだと思ったら前に押さないで!手首を捻らないで!

萌の横にいた不運、とでも言いましょうか。俺を前に押し出した彼女は目線で(生きてるか確認しろ)と訴える。

お前、さっきまでの勢いはどこ吹く風だよ。


「……」


ビビり最高潮で人体さんの足元へ移動した俺は、声を押し殺してしゃがみ込んでみる。そしてどこかおかしな所はないかと人体さんを突っつく。お願いだからガバッと起き上がったりしないでよ?もしそんな事しやがったらラリアットをお見舞いするからな!


ズズズ。


「っづぁえおぉぅ!」


「え?ちょっ……わっ!」


またも破滅の音が聞こえたと同時に後ろにいた萌にダイブ。無防備でいた彼女は俺の全身アタックをモロに受け、その後ろにいた高瀬も巻き込んで3人仲良く地面に突っ込んだ。


「あぶばろ……ん?」


恐怖に耐えかねて目をガッツリつぶっていると、なんだ?なんかホワホワした感触が顔面に広がってるんだけど。こんな感触味わったことない。


「イタタ…って、ちょっ?!………おい、バカ太郎」


あまりの気持ちの良さにそのままでいる俺に、真上から萌のヤケに震えた声が聞こえてくる。人体さんにバレるからまずは死んだフリしとけって。とか言いながら動きたくないだけなんだけど。


「も、もうちょいだけ」


「……」


恐怖体験したせいで身も心もボロボロなんだよ。このイイ匂いにもう少しだけ浸らせてくれ、そんで癒されたら人体模型と全面対決するから。


「イタタ〜。もぉ一条……ち、ちょっとアンタ達何してんの?」


妙に笑いを堪えたような声でそう呟いた高瀬は「マジでマジで?」と最終的には吹き出した。何がそんなに面白いんだ?


「……どけ」


「え?」


「いつまでしがみついてんだよ!」


「がぼっ!」


ヒジが、ヒジがアゴに!脳震とう起こす!


殴られてから気がついたんですが、萌を下敷きに倒れたとき俺の顔面が彼女の、その…あの…胸部にうずまってしまったみたいです。そうか、だからあんなにホワホワしたんですね……言ってる場合か!


「変人変態変顔!」


最後おかしい!

百万歩譲って変人変態は(胸に顔埋めちゃったから)許して差し上げるとして、殴られたから変顔になっちゃったんだよ!ある意味であなたのせいなのよ!


「あだだ…も、申し訳ない。……あっそうだ、萌も良かったらワタクシの胸に…」

「変態!」


もうケータイどころ、というか人体模型どころじゃない。

痛みに苦しみながらもまだ上に乗っかっている俺を真っ赤な顔でガンガン殴る萌、そしてそれを見て笑っている高瀬。キミはどうやって萌の下から這い出て来れたんだ。ってか笑ってないで暴走した彼女を止めて!


「早く離れろ!」


「わかっ、いだっ!今離れ、いだっ!」


離れようとしてんのに叩くな!動きづらいだろ!


ズズズ。


「しゃ、しゃべったぁ!」


「だ、だからくっつくな!」


「へぼん!」


しゃべったワケでもないのに怖さ100パーセントを超えた俺は性懲りもなくまた萌にダイブ……今度はぶっ飛ばされた。


「………あっ、ケータイ」


ぶっ飛ばされて倒れた目線の先に、それはあった。目を凝らして見てみると、早く出ろと言いたげに忙しなくズズズと動き回っている。この音、間違いなく破滅のあの音だ。


「あ、あのぅ…ありました」


服についたホコリを叩き落としつつ立ち上がり、まだ動き続けている携帯電話を拾い上げる。ディスプレイには『いちろう』の4文字。……恐怖の正体ってコレ?


一郎の野郎、学校休んでまで俺をビビらせるとはいい度胸してんじゃないの。ってか携帯電話にビビってたワケ?恐るべしマナーモード!

そうだよな、人体模型が動くワケないんだよ。原因がわかったら怖くもなんともねぇ!


ここまでビビらせるなんて、絶対に出てやらないんだから!とそれをポケットにねじ込んだ時、ふと朝の事件がよみがえってきた。


もしかして朝の事件も一郎の仕業だったのか?あかねに吹っ飛ばされた時にちょうど電話が来て、そんでもってぶっ飛ばされた拍子に受話ボタン押しちゃったとか。それで電話の向こうから一郎が「聞こえてんのか?」って言っただけで……そんなこと有り得んの?!

あかねに何て言おう。もし一郎でした、なんて言おうものならヤツは明日も学校を休む羽目になりそうで怖い。


「あ、あ〜……まさか一郎が犯人だったとはな。許せん!」


萌の睨みに冷や汗全開の俺は場を取り繕うため一郎のせいにする。あかねには黙っておくよ!俺も怒られそうだから!


「単なるお前の早とちりだろ!」


ごもっとも!


やはは〜すんませぇんなんて言いながら、もう恐れる存在ではないと知った人体模型を可哀相に思い立たせてあげる。萌に手を貸そうかなって思ったんだけど、また変態呼ばわりされたくなかったから高瀬に任せた。


「ムダな時間過ごした。帰る」


高瀬に手を引っ張られて立ち上がった萌は、俺に聞こえるよう嫌味たっぷりにそう言うとスカートについたホコリを払う。


「でも結構楽しかったよ?この勢いで次は音楽室行っちゃう?」


どんな勢いだよ!そんなに怖いのが好きならオカルト研究部に入ってくれ!べっぴんな高瀬が入ったら幽霊も部員もわんさか集まってくれるだろうよ!


それにしても人体模型よ、キミは何もしていないのに人々を恐怖に陥れるとは。あのあかねですら「笑ってんなぁ!」って叫んでたし。まぁ恐怖のあまり笑ったように見えてしまっただけなんでしょうな。……かく言う俺も手が動いたぁとか思っちゃったりしたし。思い込みって、怖い。

ゴメンね、何も悪くないのに回し蹴りなんて喰らわせてしまって。ちゃんと言っておくから……だから徘徊とかしないでくださいね。


当たり前だけど一点の方向しか見ていない人体模型をチラ見した俺は、動かないって知っているのにわざとバタバタ音を立てて廊下へ飛び出した。





バカバカと言われ続けながら1階に降りて来ました。病み上がりには少しきついリハビリだったよ。


付き合ってくれたお礼にと2人の鞄を持って玄関まで着いたとき、突然ハッと何かを思い出した高瀬が「あっそうだ、先輩待たせてたんだ」と言うなり鞄を受け取り、一目散に駆けて行く。……あ、校門に寂しそうな男子生徒が1人。

ってか高瀬、お前俺に付き合ってる場合じゃなかったじゃんか。


「疲れた。帰る」


本当に疲れた声を出し、高瀬に手を振り終えた俺をチラリと見た萌も校門へ向かって歩き始める。


「あっちょっと待って!」


手を伸ばして呼び止めてから気がついた。

朝は一緒に登校してるけど、帰りは別々なんだよな。でもケータイ探すの手伝ってくれたし、ハイじゃあサイナラ〜って手を振るのも気が引ける。


「い、一緒に帰って、くれない?」


「は?もう幽霊は出ないだろ」


「そのことは忘れて!いいから一緒に帰ろう!さぁ!」


ちょっと見て欲しいこのスマイルを。これで何人の女性のハートを射止めたか、知っているかい?ゼロだよ!


「変態と帰るのヤダ」


「……」


そりゃ、そりゃあいくら偶然とはいえ萌の胸部に顔を埋めてしまったけど、でもだからイコール変態って。

………萌にしたらイヤだよなぁ。ってか女性みんなそうだろう。いきなり抱きつかれて胸に顔を埋められたら、俺でも「ヘンタイィ!」って叫んでるかもしれない。


「じ、じゃあ俺より変態なヤツに出会わない為に…」

「あんた以上の変態なんてこの世に存在しない」


「……」


ハイ、何も言い返せません。

ヤバイ、このままだと俺は明日から「変態太郎」というアダ名で呼ばれそうだ。「バカ太郎」の方が数倍…数百倍マシには違いない。


「い、いいから一緒に帰ろうよぉ。萌ちぇぇん!」


ガンガン歩いて行こうとしているが、あなたは一つ忘れていることがある。そう、キミの鞄は俺が持っているということだ!悪いが秋月邸に着くまで返すわけにいかない。意地でも一緒に帰ってもらう!

萌ちぇぇんと言われたことはスルーして歩こうとする彼女を追い越し、鞄をチラつかせる。ほらほら、あなたの鞄よ?欲しいのなら私を捕まえてごらん!


「…だって、あんたもう私と帰りたくないって言ったじゃん」


「へ?」


そ、それは……。確かに言ったような気はするけど……。今は一緒に帰りたいと………俺、わがままかな。


「ご、ゴメン。そうだよね、無理に一緒に帰っても面白くないよねぇ?」


明らかに動揺が入れ混じった顔でそう返すも、その後どうしていいかわからない。鞄、返した方がいいのか?でも方向同じだからどっちにしても俺は後を追うカタチになるんだけど。


「……鞄、家に着くまで持って」


「え?あ、うん」


萌なりの優しさなのでしょうか。それとも俺の顔がそんなに寂しそうだったのか、彼女は小さく溜め息を吐くとズンズン歩き出した。




朝とは違う、いつも通りのポジションで校門を出た俺は、腕組みをして歩く萌の後ろ姿をチラリと見る。


結構、萌ってナイスバデーだったんだね。まったく気がつかなかった。ってか、確認なんてしたことないから(したらそれこそ変態)わからなかった。抱きつかれたことは何度かあったけど、そんなこと気にしてるヒマも余裕もなかったし。彼女って、着痩せするタイプだったんだね。


………僕は何をそんな真剣に考えているの?












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