第101話 早朝から恐怖が舞い降りた
「あっ萌ぇ、おはよぉ」
「……おはよう」
突然ですが、一日で全快しました。夜になって熱が上がるとかもなく、リンゴを食べて寝たらすっかり治りましたよ。めちゃくちゃ甘かったし、食べやすかった。
しかし母ちゃんがリンゴの皮をむいてくれたのは奇跡に近い。いつもなら「皮むきはあんたの方が得意でしょ」で終わるんだけど、意外にもむいてくれた。俺がむいたら厚い皮とご対面することになったので得した気分です。
熱は下がったのに朝食が卵粥だったのは知らぬフリで済ませ、普段通り秋月邸にて萌を待った。……待ったと言っても、門の前に着いて2分も経たないうちに萌は現れてくれたから、別に待ってはいないか。
不機嫌そうな顔でもなく無表情で挨拶をしてくれた萌に近寄る……微妙に距離を取られる。一日ぶりで一緒に登校するから緊張してるのかい?
「具合は」
「え?あぁうん、もうこの通り。昨日はありがとねぇ」
「何が?」
「何ってリンゴ。美味でござんした」
「……うん」
萌が早々と来てくれたお陰でのんびり歩いて行けそうです。病み上がりでダッシュなんて出来ないしね。
「それじゃ行きましょうかい」
「うん」
それは歩き始めてすぐだった。いつも見ているハズの背中がない。でもだからって瞬間移動なんて出来るわけないないだろうと右向け右をしてみる。
「…!」
萌が当たり前のように隣りにいらっしゃるぅ!一昨日まではナナメ前を歩いてたのに、一体どういう風の吹き回し?
「……」
うぉっ、なんかチラホラ見られてる。しかも俺の方が背デカいからちょっとした上目遣いだよ。
「ちゃんとご飯食べたの」
「え?あぁ食べたよん、卵粥だったけど。しかも朝昼晩、プラス今日の朝も」
「そっか」
「まぁ萌が俺ん家に来てアーンとかしてくれてたらまた違った味にギャ!」
今つねった!がっつり太ももつねったよこの子!しかもつねった後にちょっと捻った!肉を横から縦に!
「バカじゃないの」
「ち、ちょっと夢見ただけだい!俺は夢見る乙女系ですから!」
この前は保健室でアーン合戦したじゃんか!ほとんどぶっ飛ばされて食べ損ねたけど。
太ももを優しくなでながら歩くのを再開した俺は、さっきまでの優しさはどこかへ消えた萌の背中を見てある重要なことを思い出した。
「あっそうだ、学校行ったらノート写させてねぇん」
「あんたノート取ってたっけ」
ヒドい!そりゃあパラパラマンガは書いてるけど、ちゃんとノートは取ってますよ!じゃないとミス西岡に廊下へ出ろと言われる。
俺が昨日まで病人だったからか、萌は面倒くさげな顔は見せつつもイヤだとは言わずに小さく頷いてくれた。
いつもなら「死んでもヤダ」って言うキミがこんなにあっさり承諾してくれるなんて驚きだよ。もしかして今なら何を言っても許される?
「…俺のいない学校生活は寂しかった?」
「べ、別に」
ちょっとどもったぁ!なんだよ萌やっぱりどこか違うよ!そんな顔されたら照れちゃうじゃんか!こうなりゃ手つないで登校するしかねぇ!
「つぇ、て……」
い、言えない!強気なのは心の中だけだったみたいです。
そういや俺ってあんまり学校休んだことなかったからな。いつもやんやうるさい俺がいなかったら寂しいよね。そういう意味でどもったのかも。
勝手な解釈をして一人頷いていると、俺の歩幅に合わせるように歩く萌がこちらを見ないでボソリとこう呟いてきた。
「……早希は?」
「は?三井?学校違うからここにはいないけど?」
朝から何を言ってんだか。早樹ちゃんは某有名高校へ登校しているハズだよ。俺達とは雲泥の差だよ。
「そうじゃなくて、昨日」
「あ、あぁ昨日?萌が秋月邸に入った後すぐ帰ったけど?」
今思ったんだけど、萌ん家を『秋月邸』と呼ぶのはなぜだろう。たしかあかねも言ってたよな。萌の家、でいいのに。
「すぐ帰った?」
「すぐ」
「…」
俺の言葉が信じられないのか、彼女は微妙に薄目で睨んでくる。
家には上がってないよ。だって母ちゃんが現れたから。それまでは上がってもいい?って上目遣いで言われたけど。……これは心に閉まっておくか。
「入って行かなかったんだ。てっきり…」
「俺の部屋に入ろうとするヤツなんて萌くらいだろ」
「何それ」
あっヤバい、調子に乗ってズケズケ言っちゃった。ほらほらどんどん目が据わっていく。早いトコうまい言い訳しないと!
「いや、俺の家は敷居が高いからって意味」
「敷居ねぇ…」
お願い、そこで会話を止めないで。オチなんて用意してない俺が悪いんだけど、お願いだから何か続けてプリーズ。
結局何のツッコミも入れてもらえることも出来ないまま学校へ到着してしまった。少し悲しい気分のまま教室に入ると、クラスのみんなから「風邪大丈夫か?」とか「治ったの?」等々お見舞いの言葉を頂戴した。
みんな、心配してくれてありがとう。風邪の菌をバラまかないように頑張るから。でも移しちゃったらゴメン。
「あれ?一郎のヤツまだ来てねぇのか」
「休みみたいだよ」
「マジで?!ってかおはようあかね」
「おはよ。元気そうだね」
後ろから声を掛けられたと思ったら、朝練帰りと思われるあかねが爽やかな笑顔で近づいて来た。そして当たり前のように一郎の席に座る。それに続いて俺も自分の窓際一番後ろの席へとついた。
あなたは毎日毎日頑張るね。朝から晩まで空手の修行して一体どんだけ強くなりたいのよ。もう充分すぎるくらいに強いのに。
「あぁもう治ったんだけどさ。まったく一郎め、休むならメールくれってんだよ」
俺は昨日の朝一番に休むからメールを発信したってのに。もしやメールすら送れないほどヒドいのか?帰りにしょうパンでも持って萌とお見舞いに行こうか。きっと美咲ちゃんは看病とかしてくれなさそうだし。
「飼ってる猫が子ども産みそうなんだって」
一郎ォォォ!
あのバカ何を考えてやがる、出産に立ち会いたいからって休むとは!俺は何も飼ってないからヤツの気持ちはわからないけど、そういうモノなのか?休んでまでなのか?!
「産まれたら学校来るって」
一郎ォォォォ!学校をなんだと思ってんだ!
「ってなんで俺をすっ飛ばしてあかねにメールしてんの?」
「それはまだあんたの風邪が治ってなかったら悪いからじゃない?」
あんちくしょう、変な所に気を使いやがって。風邪引いててもメールくらい見られるっつーに。……でもそこまで俺のこと思ってくれてんだ。ヤベェ、なんだか妙に嬉しい。
嬉しさがバレないようケータイを取り出し、一郎に治ったことと産まれたら教えてねメールを送る。と、あかねが送信を終えた俺のヒジを軽く突いてきた。
「ねぇ太郎、萌は?」
「え?あ、いねぇ。え〜と、便所じゃねぇの?」
一郎に夢中で萌のこと忘れてたよ。 一緒に教室に入ったとこまでは覚えてるんだけど……入ってない?
ちょっと話したいことあったんだけどなぁと頭をポリポリ掻くあかね。俺は俺でケータイをポケットにしまい窓の外をボヤ〜っと見つめる。
今日もいい天気、ありがとうお天道様とポカポカ暖かい気持ちに包まれそうになったとき、マナーモードにしていなかったために安らぎのあの着メロが教室に鳴り響いた。
テットロティン…テットロティン…。
先生が来る前で良かった。来てたら間違いなく没収されてる。早いとこマナーモードに変更しておこう。
一郎からの返信メールかな?なんて思いながらケータイを開いてみる。お母さん猫に付きっきりなのによくこんなに早くメールが送れたモンだ。俺も速攻でまた返してやろう。
『オハヨー!今日は学校に行ってる?良かったらメールください……電話の方が嬉しいかな(ハートマーク)』
………。
「一郎?」
ダメ、見ないで!ちょっ、手を掴まないで!
ケータイを開いて固まっている俺を不思議に思ったのか、あかねが顔を覗き込ませてくる。
「一郎じゃないの?」
「……三井」
「早希?あっそういえば昨日、学校の近くで早希のこと見たって恭子言ってたなぁ」
「……昨日、萌と2人でお見舞いに来てくれた」
「な、なんで?」
目が点になったあかね、可愛い!キミが子猫だったら間違いなく抱き上げてる!
しかし、これはちょっとマズイかもしれない。この勢いのままあかねの質問攻め喰らったら、ついポロッと早希ちゃんに告白されたことを言ってしまいそうな気がする。そして運良く萌が現れる。そして……その後は恐ろしいから考えないようにしよう。
となると、萌のいない今言ってしまった方がいい。うん、絶対にいい。先手必勝とはこのことです。
「実は三井に告……はっくをされまして」
「こ、告はっく…?」
「それで俺は四苦八苦」
「……」
目が点プラス言葉に詰まるあかねは、せっかくボケたのにツッコんでくれない。その前にボケに気づいてすらない。悲しさ数百倍。
「それ、萌は知って…」
「ないよ!言えないでしょ?!」
「だ、だよね。あっ…………あたしのせいだぁ!」
「ちょっあかね声デケェ!」
一郎の机に拳をひとつ、それでも彼女の苛立ちは収まらないのか俺の制止も聞かずに自分の額をゴツゴツと叩き始める。それ以上やったら赤くなるよ!それでなくても力あるんだから!何度も叩いたら真っ赤になること必至だって!
「あたしが出しゃばった真似したから……ど、どうしよ太郎!」
「い、痛い!」
すがりついてくれるのはメッチャクチャ嬉しいけど、力入れすぎ!腕が悲鳴上げる!ミシミシって音が聞こえる寸前だから!
「あか、あかねのせいじゃないって!」
「あたし馬鹿だ!約束したからって教えたりするんじゃなかった!」
いつも冷静沈着なあかねがここまで取り乱すとは予想外!顔を赤くしてオロオロする彼女ははっきり言ってとっても愛おしく思えます。許されるなら抱き締めてなだめてあげたい。でもそれをする勇気が俺にはありません。
「いや、あのね?告はっくされたっても…うわっ!」
「ここじゃダメだ!萌に聞かれたらヤバイ!」
歩ける!自分で歩けるから!まだクリーニングしてそんなに日が経ってないんだから引っ張らないで!
自分で歩くことすら許されず、俺は引っ張られたまま人気のない化学準備室に連れ込まれた。目の前には汗だくになって焦りまくっているあかねがいる。そしてその姿を見て少し後ずさりしてしまう俺。
ってうわっ、人体模型だよ。…ってか何で化学準備室にあるの?生物室とかじゃないの?タケちゃんの趣味?!
「…早希、なんて言ってた?」
「うおっ!ちょっなんて声出してんの?怖いから!」
背筋が凍る思いで人体模型と目が合わない場所に移動しようとしたとき、突然あかねが野太い声を出した。
マジでビビった!電気も点いてないし暗いんだからそんな声出さないで!
ヤメてよ!とマジ声で反論してもムダでした。あかねの目の方が人体模型よか怖い。
彼女の目に怯えつつなんとか人体さんがあかねとタブって見えなくなる位置まで移動することに成功した。よかった、これで何も気にすることなく話せる。
「それが、好きだって言われた…」
「す、好き…」
『好き』という二文字があかねには重すぎたようで、言った瞬間、彼女の顔は見る見るうちに真っ赤になっていく。ちっきしょう、こんな時に非常識だけど可愛い。今気がついた、あかねって綺麗だけど可愛さも併せ持っていたんだ!
「それで…あんたは…あ、いや…」
一生懸命に言葉を選んで、それでも聞いていいものかどうか自分でもよくわからないのか、あかねは曖昧な発言を繰り返す。
「いや…断った、と思うんだけど」
「だ、だけどって?」
「諦めないって」
それを聞いて思考が停止したと思われるあかねを横目に、薄暗い部屋をゆっくりと見渡してみる。朝だからいいけど、放課後に1人で来る自信はない。一郎を道連れにしないと来られない。
「早希、太郎のどこが好きだって言ってた?」
「さ、さぁ……面白いから、とか?」
「それだけじゃないでしょ」
「で、ですよね……」
俺だって知りたいよ。何が悲しくて俺なんかを好きになったんだか。いくら考えてもわかるハズないです。
「……やっぱり、あの時…」
「え、あの時って?」
「いや、ほら雨降った日。あんたを帰らせて早希とハンバーガー食べに行った時」
「あぁあの時?って、なんかあった?」
雷に脅かされた日のことだよな。それと久しぶりに早希ちゃんに会って抱きつかれて、やっぱり髪はフワフワだったと確認した日……変人か!なんの確認だよ!
「太郎ってなんか部活やってんの、とか背もすごい伸びて体つきも変わっててビックリしたとか」
ちょいちょいそれはちょいと褒め過ぎじゃない?いくら俺でも天狗になっちゃうよ?有頂天になっちゃうよ?
ちょっとちょっと〜とまんざらでもなさそうに俺はあかねの肩を叩こうと手を伸ばす。
「…あれ?」
「そしたら突然、背が高くて面白い人が好きなんだ〜とか言って。まさか太郎が……ってちょっと、聞いてる?」
なんか、人体さん移動してない?微妙に目が合ってんだけど。あかねの後ろにスタンバってるはずなのに、何で目が合うの?彼女のお陰で目を合わせなくて済むと思ってたのに。
「……」
「ちょっと、太郎?」
「あ、あかねさん、驚かないで聞いてくれる?」
「今さら何を驚けってさ」
いや、そうじゃなくて。人体さんがこっちをガン見してんだよ。朝からお化けなんて有り得ないと思うけど、薄暗いし湿っぽいからいつ飛び出されてもおかしくないんだって。心臓とか投げつけて来そうなんだって。
「何?どうした?」
「じ、人体さんがね」
「は?誰?」
「だから人体、ぎゃあ!」
ててて手が動いたぁぁ(気がした)!やべぇ連れて行かれる!霊界へ引っ張られる!
「にべであがべぇぇ!」
「ちょっ何?!」
うまく声が出ない俺はあかねの左手を思い切り握り、逆の手で彼女の後ろを指差して人体さんが迫って来ていることを伝えようと頑張る。人体さんに声帯を取られたから声が出ないんだよ!頼む気づいてくれあかね!後ろに恐怖が!
「え、なに後ろ?……」
人体さんと目を合わせたらダメェ!勢いつけて振り向かないでぇ!
俺の有り得ない形相に驚きつつ後ろを振り返ったあかねはそれから動きを止めた。そして俺は直感した。
あかねは人体さんに魂を吸い取られた。気のせいだと願いたいけど、あかねの手がだんだん冷たくなってきているような…。
「あ、あかね?……い、生きてるよね?」
「……」
もはや俺の声は届いていない。あかねの後頭部に話しかけるも全然反応はナシ。くそっ、動け足!てめぇこのヒザ!
「わ…」
あかねの手を握り締めながらも自分のヒザを必死に叩いていると、ボソリと変な声が聞こえた。それもものっすごい低い声。あかねの声だよね?そうだよね?
怖いもの見たさから薄目であかねの方へ視線を向けると、ゆっくりと彼女はこちらに目線を戻した。こ、怖いくらいに無表情なんですけど。
「あかね?かえ…教室に帰りましょ?」
「わ……笑ってんなぁ!」
「うわっ!」
それは一瞬の出来事でした。
恐怖に怯えたあかねが怒声と共に必殺の回し蹴りを人体さんに喰らわせたのだ。そして人体さんが吹っ飛んだと思った瞬間、前にいた俺も吹っ飛ばして準備室を怒濤の速さで飛び出して行ってしまった。
「いでで……」
壁に体全体を強打しちゃったよ。俺は幽霊じゃないってのに、人体さんと同じ扱いしないでくれ。
「…………」
ちょっと待って。……俺、今、もしかして、人体さんと2人っきり?
「…………」
ふ、振り向けない!怖すぎて振り向けない!振り向いちゃいけない!
なるべく大きく息を吸い込み、人体さんがどこでどのように倒れているのか確認すらしないでドアへと走り出す。お願いだからピシャッとドア閉まっちゃイヤよ!
『………聞こえてるか?』
「!ぎゃぁぁあああ!」
聞こえない聞こえない聞こえないぃぃぃ!
ここまで更新が遅れてしまったのは初めてございます。本当に申し訳ございません。