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第100話 どちらでも早く食べたい

萌に言われてドアを開けた瞬間、固まりました。


萌がいるのはわかっていたので別に驚くことでもなかったのですが、彼女の隣りに立っている笑顔の素敵な女性を見て固まってしまったんです。


「な、なんで…?」


「…」


ちょっ萌、睨まれても困るっつーに。事情もわからない俺を睨んでどうする。

手に持ったケータイを今にも握りつぶす勢いの萌はジッと俺を睨んで動かない。


「一条君、大丈夫?もう熱は下がったの?」


黙って睨んでくる萌の横で早希ちゃんが優しく微笑んでくれる。心配してくれるのはめっちゃ嬉しいけど、それを顔に出したらヤバい気がするからここは平静を装っていこう。


「あ、うん。一応」


「そっか、良かった」


眩しい!眩しすぎるよその笑顔!隣りにいる萌が無表情だから余計に眩しく感じる!


「…」


ごめん萌さん。ものっすごい形相で見ないでください。つられて俺もヒッドイ顔しちゃうから。

は、ははーと乾いた笑いを披露していると、少し照れながら早希ちゃんが前に出る。


「これ、お見舞いなんだけど。秋月さんと選んだんだよ」


「あ、ありがとう」


照れつつも早希ちゃんはリンゴが3つほど入ったバスケットをこれまた笑顔で渡してくれた。

リンゴなんて久しぶりだなぁ。ありがとう、後で美味しく頂きたいと思います。皮むきなら任せて!


「あっあとこれ。昨日のコーヒー代なんだけど足りるかな?」


「ひっ!……あ、う、うん」


萌の前でそりゃちょっと勘弁して!笑顔継続なのは大変喜ばしいことだが、萌がいるのを忘れてませんか?


「……」


早希ちゃんの横で全く口を開く素振りすら見せない萌はジッと俺の顔を見ている。

もしやして俺の表情を読み取ろうとしているのか?一体何を考えてらっしゃるのかわからん。でも左のまゆ毛だけがピクピク動いてるのは確かです。

お願い、何でもいいから口を開いてくれ。


「おばさんは」


俺じゃなくて母ちゃんが気になった?ってかまた疑問文じゃなくなってる。


「え?あぁ買い物じゃねぇかな」


うちの母上様は俺が風邪を引こうが直秀が熱を出そうが薬飲んで飯食って寝たら治るが口癖みたいな方だからね。いつもの通り晩飯の買い出しだよ。


「そう……じゃあ私帰るから。早希、またね」


「え?あっうん、ありがとね!」


「ううん、どういたしまして」


なぜだ、なぜ早希ちゃんが萌にお礼を述べる?リンゴ代を払ったのは萌だったのか?

リンゴ片手に萌の背中を見送ったはいいが、隣りでバイバイと手を振る早希ちゃんはまだ帰る気配はナシのようです。


「えっと……わざわざ来てくれてありがとねぇ」


何を話したらいいのか全く見当もつかない俺は、もう一度お礼を言うことで場をもたせる。 クソッ、もっと気の利いた言葉が出ないのか。


「ううん、私が勝手に来ただけだから。でも秋月さんに会えて良かった」


「え?なんで?」


「私、一条君が休んだこと知らなくて。秋月さんに教えてもらえなかったら学校でずっと待ってたかもしれないもの」


ず、ずっと待ってたって……。

エヘッと言いそうな早希ちゃんは笑顔で振り返り、秋月邸に入って行く萌の姿をチラリと見た。


「お見舞いに行きたいって言ったらここまで一緒について来てくれて。あっそれに何か買って行った方がいいんじゃないって言ったのは秋月さんなんだよ」


へぇ、あの萌が俺の為にそんなこと言ったなんて予想外だよ。渡してくれたのは早希ちゃんだけど。


萌ってあんな性格だけど実はそういうトコあるんだよな。中学入ってすぐに貧血検査するからって血を抜いた途端に貧血起こして倒れた俺を、目が覚めるまで側にいてくれたことがあったし。この前ケガした時も少し(かなり)乱暴だったけど手当てもしてくれたし。


「中学からそうだけど、秋月さんって優しいよね。宮田君が好きになるのわかるよ」


そういや晃が萌を好きになったのってケガの手当てをしてくれたからだっけ。いやはや、男ってのはそんな女性に惹かれてしまうものなのでしょうか。


「一条君?どうかした?」


「え?あっいや、何でもない何でもない」


ワハハと笑いつつも門の向こうに消えて行く萌の姿を見つめる。きっと勇樹も萌のそういう意外な一面を見て好きになったんだろうなと今さらになって思ってしまう。


「……ねぇ一条君」


ボケッと萌の姿が見えなくなった秋月邸を眺めていると、くいとパジャマの袖を引っ張られた。

そ、それは俺が願って止まなかった袖をクイクイ大作戦!そんな可愛い顔してされたら緊張してしまうではないですか!


「ど、どしたの?」


「家に、入れてくれる?」


「え……」


ちょいちょい早希さぁぁん!どこまで突き進むのぉ?!ってか今一条家には俺以外いないんだよ?母ちゃんは買い物に行ってるんだよ?二人っきりになるんだよ?男はオオカ……子鹿なんだよ?


「あいや、何もお構いとかできないし…」


せんべいは昨日の夜に全て母ちゃんの胃袋に収納されたからお茶くらいしか出せないし、お見舞いに持って来てくれたリンゴを食べるつもり?


「そんなこと気にしないでいいよ。一条君の部屋、どんなのか見てみたいだけだから」


どっひぇぇぇぇ!俺の部屋は湿気と鉄の犬で溢れ返ってるからそんな期待されても困るぅ!


「で、でも部屋汚いし…」


「じゃあ掃除してあげるよ。私そういうの得意だから」


あれまぁ、それは将来いいお嫁さんになれるよぉ…ってそうじゃないっつーに!

ヤバイ、どんなに言おうとも笑顔で返される!俺が太刀打ちできる相手じゃねぇ!


「ね、熱……風邪移したら悪いし!」


もうこれしかなかった。熱はもうすっかり下がっていたけど、風邪ではないと知っていたけど。


「…一条君、私のことキライ?」


どちらかというとめっちゃ好きですけどぉ!ぐっ…袖を掴まれたままでの上目遣い、これほど強力な攻撃を受けたのは初めてだ。このままでは早希ちゃんに取り込まれてしまう!


「太郎!寝てろって言ったろ!」


「げっ、母ちゃ……」


忘れてた、玄関で話し込んでたんだ。


両手にエコバッグをぶら下げて鼻息も荒く母ちゃん、別名安売りだったからつい買いすぎたが現れた。

パジャマ姿の俺と文武両道な有名高校の制服に身を包んだ早希ちゃんをマジマジ見つめた母上は、越後屋もビックリな不敵な笑みを披露してくれる。


「この子、私の若い頃に…」

「ハイハイそっくりですねぇ!」


何を言おうとしてるか顔見ただけでわかるわ!見境いないのかあなた!


「あんた私の若い頃知らないだろ」


写真で見たよ!もうイヤってくらい見せられてるから!

知ってる知ってる言う俺をうるさいと思ったのか、そんな大声出せるくらい元気なら袋持ってと強引にそれを渡された。

重い、めっちゃ重いわこれ。あかねといい勝負……いや、重い!


「ちょっとあんた!この子のこと紹介してくれないのかい?!」


「いでっ!」


ヒジでつっつくのはいいけど、脇腹に入ったから!病人からケガ人にされちゃうよ!

あまりの衝撃を喰らっている俺は、早希ちゃんに目配せで自己紹介を頼む。マジでゴメンね。


「あ、あの私、三井 早希といいます。一じょ……太郎君とは同じ中学で」


「あらあらそうなの?!あっそういえば見たことある顔してるね!」


ウソつくんじゃないよ!


まぁ母ちゃんが場を荒らしてくれたお陰でなんとかイケそうだな。早希ちゃんには申し訳ないが、ここでさようならを言わせていただこう。


「こんなとこで立ち話もなんだから上がっていきな」


コラァァ!……わかっちゃいたけどツッコンでしまう自分が悲しい。

フーフー息づかいを荒くして母ちゃんに気付けと念を送る。が、しかしムダだよね。


「ほら上がりな」


「あ、いえ……私これからちょっと用事があるので…」


え?今まで家に入らせてみたいなこと言ってたのに、急用でも思い出したのか?


「あぁそうなのかい?それじゃまたおいでよ」


「ハイありがとうございます!」


誰にも負けないくらいの笑顔を見せた早希ちゃんは、チラリと俺を見る。そして笑顔継続でウインク……何の確認をされたのかわからないけど。


両手は袋を持っているために去っていく早希ちゃんに手を振ることは出来なかった。でも母ちゃんが俺の分までブンブンしてくれたので良しとしようか。


「さて……一体あの子とはどういう関係なのかじっくり聞かせてもらおうか」


「……」


別にどういう関係でもこういう関係でもないっつーに。母ちゃんが考えてることとはかけ離れてるから。


「そういえばあんた、萌は?」


「……家ぇ」


「家?てっきりあんたのこと看病しに来ると思ってたんだけどね」


「は?」


看病たってもう熱も下がったし、母ちゃんが作ってくれた卵粥も食ったし。来てくれても一緒に鉄の犬を見るくらいしかないよ。

来ないってと言いつつ早く重い荷物から解放されようと玄関を上がる。おっ今日はエビ天ぷらか?いや、エビフライか?どっちにしても早く食べたい。


「朝会った時、帰りにお見舞い行きますって言ってたんだけどねぇ」


「あぁそれならリンゴ持って来てくれた」


萌のヤツ早希ちゃんがいなくても俺の家に来ようとしてくれてたわけか。でもさっさと帰っちゃったしな。一瞬だけでも顔見れば見舞いになるだろって思ったのかね。


「へぇ〜…リンゴねぇ…」


「うん、リンゴがどうかした?」


「…別にぃ」


なんだその返事。語尾伸ばして言うなんて初めての試みじゃないですか母上。しかもそのヤケに冷めた目線、変に気になる。


ヒーコラ言いながら居間に戻った俺は、いつもの調子でせんべいを袋から取り出す母ちゃんになぜか少しの違和感を覚えた。





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