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番外編4 動揺しすぎて走り出す


96話を萌視点で見てみたいと、ありがたいリクエストを頂きました。読んでいただけたら幸いでございます。


それは思ってもみなかった言葉だった。




昼休みに野代にウインナーを取られたと暴れる太郎にシャープペンシルを投げつけていると、彼から『お昼を食べ終わったら屋上へ来てくれませんか』というメールが送られてきた。

何かあったのかなと思いながら差出人の方へ視線を泳がせてみると、ふと目が合う。でも、すぐに視線を外されてしまった。

やっぱり何かあったんだ。じゃなきゃこんな、太郎みたいにあからさまに視線を背けるようなことはしないはずだろう。


それから急いで昼食を済ませた私は、あかねや恭子にそれとなく言ってから教室を出る。

あれ、たしか屋上ってドアが壊れてなかったっけ?……まぁ携帯も持ってるし、何かあったらあかねに電話すれば問題ないか。


そんなことを考えつつ屋上へのドアを開けた瞬間、肌寒い風に襲われた。腕をさすりながら目の前に立っている勇樹の姿を確認した私は、誰も階段を上がって来ていないことだけ確認してドアを閉める。


「ご、ごめんね。突然」


「気にしないでいいよ。それよりも寒くない?」


呼び出したことについて謝ってくる勇樹は寒いのか鼻を少し赤くさせていた。きっとメールを寄越してすぐに来たんだろう。

そんな彼を見て「中へ入ろう」と提案したけど、断られてしまった。誰にも聞かれたくないような相談でもするつもりなのかな。


「何かあった?」


その質問に小さく頷いた勇樹は少し震えていて、そんな彼を見かねてやっぱり中に戻ろうと近付いた時だった。


「僕、秋月さんが好きです…」


「…………え?」


それは、思ってもいなかった言葉だった。

勇樹が私を好き?ウソ……だって、そんな素振り少しも…。


「…」


沈黙が何分か続く。私は驚きと戸惑いで何て言っていいのかもわからずに、ただ勇樹を見つめることしか出来ずにいた。

いつから彼は私を?と考えてみても答えなんてわからないし、見当もつかない。だってずっと勇樹は友達で、入学してからずっと友達で………。


「あ、わ、私…」


勇気を出して告白をしてくれた勇樹を見つめながら、どう言葉を発せばいいのか悩んだ私は俯く。……悩んでるんじゃない、どう言えばいいか困ってるだけだ。


こうやって自分の想いを相手にぶつけることなんて、そうそう出来るものじゃない。だから私も相当の覚悟を持って返事をしなければいけない。その人との関係が壊れるとしても、安易に喜ばせるような発言なんて出来ない。


目の前に立っている勇樹は、さっきまでの震えなんてなかったのように私を真っ直ぐに見つめている。答えをください、といっている目だ。


私はきっと、いや絶対に彼を傷つけてしまう。だって答えは…。


「……ごめんなさい」


「…」


まともに彼の顔が見られない。怒っているのか、それとも悲しい顔をしているのか確認する事も出来ない私は頭を下げ続ける。


その気にさせてしまうような行動を私は取っていたかもしれない……違う、取っていた。だから、こんな私を好きになってくれたんだ。

でも、だからといって「はい」とは言えない。勇樹に嘘なんて言えない。


「……ゴメンね、変なこと言っちゃって」


「そんな…!」


絞り出すような勇樹の声に、思わず顔を上げる。


「勇樹…」


彼は涙を溜めていた。私に対して悪いと思っているのだろうか、それでも必死に笑顔を見せてくれている。そして笑顔のまま頬に流れた涙を拭うと曇りかけた空を見上げた。


「それはやっぱり、一条君が好きだからだよね?」


「!」


な、なんでそんな?!まさかあかね?!あの子勇樹に何を言った!ってなんで慌ててんの私は!太郎の名前を出されただけなのにどうしてこんなに動揺してんの?


笑顔の勇樹を前に頭が爆発しそうになっていると、またいつかの『誰か』が思考に入ってきた。そして私の好きな人は太郎だと断言し、勝手に帰っていく。

勝手に言って勝手に帰るな!少しは私の意見も聞け!


「だ、誰に聞いた?」


「え?ううん、誰にも。僕の勝手な推理」


やられた……って思ってる時点で私はやっぱり太郎を?あんなニヤニヤ気持ち悪いヤツを?!うわっ、なんだか急に太郎を殴りたくなってきた!


「あの、勇樹…」


「来てくれてありがとう。嬉しかった」


「え?あ、うん…」


何か言おうと口を開きかけたけど、勇樹はそれを許してくれなかった。

結局、どんな言い方をしようと彼を傷つけてしまったことに変わりはない。


悲しげな背中を見せて屋上を後にする勇樹を見送った私は、少しの間その場に立ち尽くしていた。





その日の帰り、早希達に別れを告げハンバーガー屋を出た私は1人帰路に着こうと歩いている。


薄暗くなった空は私を憂鬱にさせる。ほうっと溜め息をつくと同時に勇気の顔が浮かんでくるからだ。

来週になれば勇樹と顔を合わさなければならない。どんな顔で彼と会話をすればいいのかと考えるだけで足取りが重くなった。それでも勇樹のあの性格を考えたら普通に話しかけてくれるかもしれない、なんて考えるけどそれは私の勝手な考えで、ワガママだとも思う。そんなことはきっと有り得ない。


どれだけゆっくり歩いたとしても時間が経つ早さは変わらないっていうのに、どうしてこんなトボトボ歩いてんだか。


「そうなのかぁぁぁぁ!?」


盛大な溜め息を漏らし公園の前を通った瞬間に、今は聞きたくない苛立つ声が響いてきた。

公園内を見なくてもわかる、バカ太郎だ。近所迷惑もいいところ。


「うるっさい!」


私もうるさい!


「あ、も、萌…?ななな、何でここに?」


何を慌てているのか知らないけど、「どうして?どうして?」を繰り返す太郎は1人でブランコに乗ったままで固まっている。

夜の公園で高校生が1人でブランコって……あんたの身に一体何が起こった?


「…」


ふと太郎が乗るブランコに視線を移す。そういえば乗ってないなぁ、最後に乗ったのなんて…いつだったか忘れた。

……よし、誰も見てないな。


チラチラと辺りを確認して太郎の元へ……ブランコへと近づき、腰を下ろす。うわっ何かギィギィうるさい。

空を見上げるけど星はまだ見えない。薄暗い公園を見渡していると、太郎がアレコレ場を取り繕うとしているのか、それとも早希の近況が聞きたいのか、どうでもいいことを質問してくる。


「あ〜…ハンバーガー美味しかった?」


ハンバーガーの味なんて、もう忘れた。勇樹のことが気になって味わう余裕なんかなかった。でもそんなことも言えず、無言でブランコを漕ぎ続ける。

と、いきなりな質問を耳にする。


「もしかして、勇樹に告白された?」


「…」


…………何で知ってんの。って何でそんな変な顔してんの、何で下唇を思い切り噛んでるわけ。

太郎にとってそれはどうでもいいことだと知っている私は、どうせいつもの変な好奇心から聞いてくるんだろうと軽くあしらうと、やっぱり透視能力がどうのって意味不明な発言をしてきた。

あんたにそんな能力は備わってないこと知ってんだよ。


「っふん……あかねに聞いたか」


「聞いてない!あかねは何も言わないでバイバイしました!だからこれは俺の勝手な推測です!」」


あかね、という単語を出した途端にオロオロし始めたなこの男。嘘がバレバレ。




勇樹からの告白を聞いた後、教室へと戻った私の顔がそんなに恐ろしかったのか、あかねと恭子は顔面蒼白でどうしたのか尋ねてきた。何でもないとは言ったものの、すぐにバレてしまい(鼻は膨らんでなかったのに)2人は私を人気のない廊下へと連れ出した。


「もしかして……佐野にコクられた?」


「!な、なんでそれを…!」


恭子は色恋に関することになると異常なくらいに鋭くなるんだよねそういえば。何かの探知機でも持ってるのか聞きたい。


「やっぱりねぇ。そろそろじゃないかなって思ってたんだよね〜」


「そ、そろそろ?」


まさか恭子、予知能力でも持ってんの?それも太郎みたいな似非能力者じゃなくて、本物の!


「………で?」


「え?」


あかね、怖すぎる。睨んでいないのは良くわかるけど、何か…すごく怖い、目が据わってる。


「で?って……」


「断ったんでしょー?」


ちょっと恭子!何でそうもズバッと言えるんだよ!それにそのニヤケ顔、何か企んでる?


「…う、ん」


嘘を言ったとしても(というか、言えるわけもなく)すぐにバレると思った私は小さく頷いて肯定を表す。と、恭子はニヤついた顔で私の肩をポンと叩くと想像を絶する言葉を吐いた。


「まぁ萌には一条 太郎がいるしね。でもそれは佐野もわかってたことだし」


「いちっ…何言ってんの?!」


そういうことを悪びれることもなく言うからあかねだって勇樹だって信じて疑わないんだよ?ちょっとは自重しろ!


「お願い、誰にも言わないで」


この際私が誰を好きだとかは置いておく。私は2人に頼むからと懇願した。

あかねは何か複雑な顔で頷き、恭子は笑顔で……何で笑顔?




あの時のあかねの複雑な表情がヤケに頭に残っている。私は鼻の穴を勢い良く膨らませる太郎を横に、別に誰に聞いたと問いただすことでもないかと自分に言い聞かせた。


「別にいいけど…」


あかねが言ったんじゃないなら……恭子も言ってないと信じる。だから太郎の勝手な推測で言ったということも……信じる。


ブランコに座りながら太郎の方へチラリと視線を動かしてみる。ふと目が合ったけど、何も言ってこない。そしてまた勇樹の顔が浮かんできてしまう。私は申し訳なさで一杯になり、無言でブランコを漕いだ。


私が勇樹に告白されて、それで太郎に何の関係がある?いちいち確認してこなくてもいいのに。……太郎は私が勇樹に告白されたと知ってどう思ってるのかな。


「太郎」


「ふぇっ、あ、はい?」


なんなのその変な返事は。って何で呼んだのにこっち見ないんだよ。私はそっちにいないっていうのに。


「こっち見ろ」


「…み、見てるよ?」


「お前の目は後頭部にあるのか」


「だ、だから心の目で見てるのよ」


「見るな」


だ、ダメだ。何か太郎と話してるとイライラしてくる。何でこんなに苛つくのか自分でもわからないくらいにイライラする。それに今日はより一層のイライラだ。


まだこっちを見てくれない太郎に腹を立てながらも声を掛けてみる。何か深く考えているみたいだけど、こっち見ろ。


「太郎」


「あっ今ちょっと考えてるから待って」


「何を」


「そんなん決まってんでしょ」


「なに」


「だからぁ、萌とどんな顔して話せばいいかわかんないから考えてんのよ」


意味不明。あんたが告白したワケじゃないのに何でそんなこと考えてんだか。

バカじゃないのと罵っていると、突然変な咳をし始める太郎。しかも目が右に左に泳いでる。これは絶対にオーケーしたのかどうか聞こうとしてるな。そんなこと聞いてどうする気だ、というかその咳うるさい。


「あ〜ゲフン、ゴフン…えっとぉ」


「うるさい」


泣きそうな目で見るな。こっちを見ろとは言ったけど泣きそうな顔でとは言ってないハズ。


「あぁ…う、うるさいよねぇ」


それからおかしな歌を口ずさむ太郎を再度黙らせ、またブランコを漕ぎ始める。


彼の意味不明な行動を考えると、気にはなってると思っていいのかな……ってちょっと!何で私がそんなこと考えてるわけ?おかしい、今日の私絶対におかしい。太郎は別に関係ないのに。

そうか、こんな所でこんなヤツとブランコに乗ってるから気が変になってるんだ。


「…帰る」


少し顔が赤くなっているかもしれないけど、もう暗くなってるから見えないだろうとブランコを降りてそう呟く。


「え?あっちょっと?!」


さっさと帰ってお風呂にでも入って寝よう、それがいい!と公園を抜けようとしたとき、いきなり腕を掴まれた私は咄嗟に鞄で攻撃を繰り出してしまった。


「おっぼ、ち、ちょっと萌!」


「帰る!」


お願いだからついて来るな!方向は同じだけどついて来るな!今ついて来られたら余計なことまで考えそうで怖いんだよ!今はあんたの顔を見たくない!


「俺なんかした?」


「何でもない!」


マジで鈍感太郎!よくもそんな言葉が平然と出てくるものだ。勇樹に告白をされて、それが太郎に知れて私は………。


「なになに何だよ?」


邪魔!と歩こうとするも前に立ちはだかり、ナゼかわざわざポケットに手を突っ込んだ太郎は私の顔を覗き込もうとしてくる。ヤバイ、絶対に顔が赤くなってる。イライラし過ぎて顔が真っ赤になってる!


フイと視線を外すも、太郎が困ったような表情をしているのがわかった。それは何かやらかしてしまったかな、と言っているようで。

私が勇樹の告白をオーケーしたと思っているのかな。それで冷やかすようなことをしてしまったから帰るって言ったと思っているのかな。


……誤解されたままは、嫌だ。


「私…」


「あ、うん?」


少しずつ言葉を発していくのがやっとだった。自分でも笑ってしまうほどの小声に、聞こえないのか太郎が顔を近づけてくる。


「……勇樹を…」


「勇樹?」


ちょっと、顔……顔!


「断った!」


「痛い!」


顔近づけ過ぎるんだよバカ太郎!私の気持ちも察しろ!


「痛いわマジで!何が断ったのよ?!」


「だから、勇樹、断った!」


私バカだ、なんでここでカタコトみたいな言い方してるんだ。


鞄攻撃の痛みに耐えながらも何に対しての言葉だったのかようやく理解した太郎は、辺りを見回すとさっきの私よりも小さな声で質問を投げかけてくる。


「勇樹…フラれたの?」


「…」


いくら太郎でもここまで言えばわかるか。でもだからと言って「そうだよ!」なんて言葉が出てくるわけもなく、小さく頷くしかできなかった。

……何か言ってもこない。あんたが聞いてきたことなのに何で何も言わないんだよ。


無言を貫く太郎に睨みを利かせていると、冷や汗が額を流れたのが見えた。何でもいいから言葉が欲しい。何かしゃべってよ。


「あ〜…勇樹は……勇気があるよねぇ」


…全然笑えない。作り笑顔しろって言われても無理。そんなこと出来るわけない。

気持ちの悪い笑顔を向けてくる太郎を見ていると、自分でもよくわからないけど目の奥が熱くなっていくのを感じた。


ずっと変顔を続ける太郎を睨みながら、ふとある出来事を思い出す。

恭子のお姉さんに轢かれそうになって思わず太郎に抱きついてしまったとき、少しでも長くこのままでいたい、そう思ったんだったっけ。

ってことは、やっぱり私は太郎が………好きなの?あれだけワガママを言っておきながら、私は太郎が好きだってこと?こんな、変顔とか女言葉を使う太郎を?

それで、だから今泣きそうになってるの?勇樹に告白をされてそれを知られて、それでも平気な顔をしている太郎を前にして?


自分でも混乱しつつ、私は太郎を見つめる………正確には睨んでしまった。ダメだ、どうしてか睨んでしまう。

迷いながら何か言おうと、ぽつぽつと言葉を紡いでみる。


「…なんで、断った?」


「いや、俺に聞かれても…。断ったのは萌でしょ?」


その答えを聞いて、コイツは何とも思ってないとわかった。別に私が誰に告白をされようと関係ない、そう言っているのと同じ。

だけど、もしかして…という淡い期待を膨らませる私は言葉を続ける。


「私は、なんで断った……?」


「いや、だから俺に聞かれても困るってば」


ここまで言ってわからない……太郎らしいといえばそうか。こういう鈍さ……嫌いじゃなかったのかもしれない。


「わかんない?」


そこまで言って気がついた。

涙、瞳に溜まっていた涙が流れてしまった。


「何が………って」


私の変化に気がついたらしい太郎が目を丸くさせる。そしてナゼか変顔を見せられた。近距離でその顔……マジで腹が立つ。こいつは私が今から何を言おうとしてるかすらわかってない。やっぱり前言撤回、鈍感も度が過ぎるとイライラする。


自分への苛立ちも重なり、涙が止めどなく溢れてくる。太郎の、こんなヤツの前で泣くなんて一生の恥だ。


自分でも止められない涙を流していると、太郎の手がゆっくりと肩に乗ったのが感触でわかった。オロオロしているのは顔を見なくてもわかる、だって乗せた手が震えてるから。でも、その手を振り払おうなんて思えなかった。


肩から伝わってくる太郎の手のぬくもりを感じて、やっぱり私は太郎が好きだと再確認した。ヒドいほどに鈍感でも……私はずっと好きだった。あの時抱き締められて、離れたくないと思ったのは好きだからだったんだ。

でも彼は私を嫌ってるから、傷つくのが怖いからってずっと避けて、逃げていた。太郎なんか……って自分を騙していただけ。


「おぎゃ…!」


テレパシーなんて通じるわけがない。思っていることは口にしなければ気付いてくれることもない。それでも気付いてほしいと願ってしまうのは、私の勝手な想いで……。


「あっあの、萌?出来れば小指だけじゃな…」

「なんでわかんないわけ?!」


そこからはもう涙を止めようと思わなかった。私は声を出して泣いた。もうテレパシーでも何でもない。

太郎の手こんなに熱かったっけ。あっそうか、私が強く握り締めているせいだ。


「萌…」


どうしていいのかわからない、という太郎の声が耳に届く。もしかして、今すごく太郎を困らせているかもしれない。……困らせているのは毎度のことだけど、今日はいつもとは違う。本気で困らせてしまっている。


「…ごめ……」


やっと口から出た言葉がこれだった。ごめんもマトモに言えない私はそっと掴んでいた手を放す。こんなの、私じゃない。言いたいことはちゃんと言わないと、私じゃない。


「ごめん…」


「あ、いや…」


そう言ってまた涙が溢れてくる。それを見た太郎が困り果てた顔でシワシワになったハンカチを取り出した、と思ったら慌てて鞄を漁り出す。

それを見ていた私はこれ以上気を使わせるのも悪いと、ポケットからハンカチを出して涙を拭った。


「汚いハンカチしかなくてごめん…」


「…初めから期待してない」


ここまできてよく嫌味が言えるな私は。


ハンカチをポケットへグイと押し込んだ時、不意に名前を呼ばれて肩をビクつかせてしまう。名前を呼ばれただけなのに、こんな敏感に反応してしまうなんて。

全然といっていいほど太郎の顔を真っ直ぐに見られなくなってしまった私は、彼の言葉を待つことも、自分から告白するという勇気も全く出てこない。


「あの、俺…」


「ごめん、帰る…」


「あっ、ち、ちょっと待ったぁ!」


逃げるようにその場から離れようとしたが、太郎にそれを阻まれた。

突然腕を強く掴まれた私は驚いて顔を上げる。そしてその腕を振りほどく余裕もなく、「話を聞いて」と言われ為すがままに立ち止まった。


断られるのがわかっていても、嫌いだと言われるのがわかっていても…怖いものは怖い。勇樹も、そして今まで私に告白をしてくれた人もそんな気持ちでいたんだと、今さら遅すぎるけど気がついた。


「俺…俺は萌の隣りにいることが……ってか、斜め後ろにいること嫌いじゃない。いつも殴られたりキッツイこと言われるけど、嫌じゃないよ」


「…うん」


そこまで言ってくれたらもう充分だ。遠回しに断っているのが私でもわかる。どれだけ毎日一緒にいたって、隣りにいたって、所詮はお父さんが太郎に命令したからで。それは良くわかってる。一緒に帰らないって言った時からわかってる。


「嫌いじゃない、んだ…」


はっきり言ってほしいのに。変に優しくされてもこっちが困るのに。

いくら待ってもそれから太郎は何も話そうとしない。だからそれで終わりってことでもういい。


「やっぱり、帰る…」


「あっちょっと待っ…」

「私が嫌いなら嫌いってはっきり言えば!」


どこまでも優柔不断で、バカで、鈍感で!こんなヤツを好きなったなんて、私もバカだ!


「っはぁ?!誰もそんなこと言ってないじゃんか!


腕とか掴むな!腐る!

振り向き様に精一杯の力で鞄を振り回すも、ギリギリで交わされた。


「あぶっ危ないでしょうが!」


その顔、声、もう全てに腹が立ってきた。一瞬も見たくない、早く帰りたい!


「いつまでもグジグジグジグジ!嫌いなら嫌いって言えば済むことだろ!」


「だから誰もそんなこと言ってないっつーに!勝手な解釈すんな!」


ここが公園であることも忘れてお互い大声で怒鳴り合う。ホントに近所迷惑極まりない。誰かが通報しないかどうか不安になるほどに口喧嘩は終わらない。


私が嫌いだろう、それに今まで一緒にいたのはお父さんが怖かったからだろうと後悔も恐れずに大声を張り上げる。それに対して何を思ったのか腕を掴まれた。そして自我を失いかけた私は鞄で応戦。

その攻撃が思ったより痛かったのか、頭に血が昇っているとは言えあろうことか「俺のこと好きなクセに!」みたいなことを言ってきた。しかも私を「気持ち悪子」だと子どもの喧嘩以下の返答も飛んでくる。


あまりにも理不尽な発言を聞いてもう一度鞄で攻撃するも手元がズレて楽々と避けられた、と思ったら奪われた。

サイアク、最悪!


「返せ!」


「ちゃんと聞いてくれよ!」


何を?あんたの言いたい事なんてわかってるのに、これ以上何を聞けって?


「…わかってるからいい」


「イヤイヤ、わかってないから」


「嫌いじゃないけど好きでもないだろ!」


「……俺が恥ずかしがり屋って知ってる?」


「初耳」


あんたのどこが恥ずかしがり屋なんだ。初対面の人に向かってよく変顔とか見せたり、去年の文化祭じゃ勝手に野代とステージへ上がって先生に怒られてたクセに。上級生は面白そうに見てたけど。


「俺は萌を嫌いだなんて思ってない」


何それ、ここまで散々やり合ってそれ?……ふざけるな!鞄返せ!


「だけど好きでもないだろ!」


もう太郎の顔なんて見たくない。お前の好きな人なんて、早希でしょ!知ってるんだよ!ヘタに期待を持たせるようなこと言うな!嫌いならそうはっきり言え!


「好きだよ!」


……………………。


「は?」


そう叫んだ太郎が固まる。そして言われた私も固まる。

な、何を勢いに任せて言ってんの?……早く、勢いでつい、って言ってよ。じゃないと、勘違いしてしまう。


「す、好きって……」


違う違う!私が言いたいのはそうじゃなくて、嘘だろって言いたいんでしょ。混乱しすぎてるヤバイ!


「あ、いや…だから、好き……っていうか…暴力は嫌い…みたいな?」


太郎が何を言おうとしているのか意味がわからない。暴力は好き、だけど嫌い……?もう全然わからなくなってきた。頭の中がメチャクチャになってきてる。

戸惑いながらもチラリと見ると、太郎の鼻は膨らんでいなかった。でも、眉毛がヒドくつり上がっている。


もう帰った方がいい。これ以上ここにいたら2人して発狂してもおかしくない。


「か、帰る…」


「あ、はい……」


頬が自分でもわかるほどに熱くなっているのに気がつき、誤魔化すようにそう言い放つ。


「鞄…返して」


「あ、どうぞ…」


鞄を受け取ると、ロボットのような動作で太郎が先に歩き始めた。それに続くカタチで私も歩き出す。

あれ、なんか違和感が……順番が逆だからか。でも、悪くないかもなんて思いながら太郎の背中を見つめる。と、振り向かれた。


「で、できれば前、歩いてくんない?」


何でそこで引きつった笑顔見せてくんの。


「ヤダ。…こっち振り向くな」


「イデッ!」


鞄で背中を攻撃してさっさと歩けと指示を出す。


縮こまりながら歩く背中を見つめて、いつもこんなカンジで太郎は歩いているのかな、と考える。って待って!もしかして太郎のヤツいつも私の背中を見て歩いてた?ち、違うハズだ。どっか風景とか眺めながら歩いてた!そうに違いない!


太郎は時折、頭を下げたり上げたり、横を向いたり下を向いたり…見ている分には飽きないけど、挙動不審。

そんな彼の背中を見つめながら、ふとついさきほどの出来事が蘇ってきた。


「好きだよ!」


って、私のこと…なのか。それとも暴力の方……?それじゃ太郎は危ないヤツになるか。

いつの間にか同じように頭を下げたり上げたりしていた私は、太郎の突然の呼びかけに慌てることになった。


「萌ぇぇ!」


「ちょっこっち向くな!」


ものすごい勢いで振り向かれた為、驚いた私は思わず顔を逸らしてしまう。そんな必死な顔であんたは何を考えてたんだよ。しかもまた下唇噛んでるし。


「そんなこと言ってる場合じゃないんだよ!教えてくれ!」


「何を?!」


また腕を掴まれたら今度こそ致命傷を与えてしまうと、少し後ずさる。


「俺は、俺はいつから萌が好きなの?!」


「はぁっ?!」


真剣な顔で何を言うかと思ったら……わかるわけないだろ!


「そんなこと知るか!」


教えて!と懇願されても困る。それと同時にとてつもなく恥ずかしくなった私は彼にローキックを喰らわせ、油断させたスキに歩き出す。


私が知ってるわけあるか!太郎は思ったことを口にしないと気が済まないタチなのは知ってるけど、よりによってそんなこと聞いてくるなんて。


「ちょっ、早歩きからダッシュへと変化しないでぇ!」


「ついてくるな!」


そんなことを言われたら一緒に歩くなんて無理!後ろにつかれても困る!


「萌!待ってって!一緒に帰ろうよ!」


「ヤダ!」


「即答かいぃ!」


動揺が顔に表れていると確信した私は全速力で駆け出す。だけど逃げ切れるとは思わない。太郎って足だけは速いから。それでも逃げざるを得なかった。じゃないと私はローキックどころかあかねから教わった正拳突きとかも繰り出すことになる。結局、恥ずかしいんだ。





予想外にも、逃げ切れた。

家の門を開けて中へ転がるようにして入る。髪も何もグシャグシャで見ていられない。草とかついてるし。


「キェェェ!負けるかぁぁ!」


気合いで門を閉めていると、どこかで足を挫いたと思われる太郎が片足を引きずりながら走ってきた。

ここで顔を見せたらマズイ。また変なことを聞かれるのだけは阻止したい。


門の外で私の姿を必死に捜す太郎を横目に、急いで家へと戻った。




「……っはぁ」


帰りが少し遅かっただけでお父さんからの総口撃を受けた私は、それを交わして階段を駆け上がる。お母さんの姿は見当たらなかったけど、まだ旅行中?


「…」


まだうるさいお父さんを無視して部屋に入り、鞄を無造作にベッドへ投げ机に突っ伏す。

何か他のことを考えようとしても出てくるのは太郎の言葉だった。


「あぁヤメヤメ………あっ」


何でもいいから気を逸らそうと引き出しを開ける。そしてすぐに閉める。

こんな時に限ってシャープペンシルが目に入ってしまうなんて。いつか太郎がくれたピンク色のシャープペンシル。

そういえばこれをくれた次の日、「何で使わないの?好みじゃなかった?」って質問攻めを喰らったんだ。


その時の彼の必死な顔が頭に浮かび、つい笑ってしまった。


「………ダメだ、寝る!」


無意識のうちにもう一度引き出しの取っ手にかけていた手を放し、誰にというわけでもなく自分を一喝してベッドへとダイブした。





日が明けて登校日、お互いを意識しすぎているんだか、余所余所しい雰囲気で学校へ向かった。というか、また逃げてしまった。

途中、告白してくれたことをなかったことにしたいなんて思っていないとハッキリ言ったけど、もしかしたら太郎がそう思ってるのかもしれないという予感が私を不安にした。だから逃げた。




そしてそれはホームルームが始まってすぐのことだった。


太郎が携帯を開いたと思った次の瞬間、いつもより何倍も気持ちの悪い顔を見せる。誰からのメールかはわからなかったけど、ヤケに動揺しているな。血が出そうなほどに下唇を噛んでるし。


伊藤先生の話をまるで聞いている様子がない彼は、それからずっと携帯を開いたり閉じたりと忙しなく動いていた。

誰からのメールだったんだろう。あれだけ動揺するっていうことは、少なくても野代じゃない。あかねでもなさそうだけど。


そんなことを考えながらホームルームを終えた私は、視聴覚室へ来てくださいという西岡先生の校内放送を耳にした。

何の映画を見るのかなと思いながらふと横を見ると、校内放送なんて聞いていないであろう太郎がそこにいた。


……?どうしてそんなに焦った顔をしてるんだろう。














今回も長くなってしまって申し訳ございません。結構削ったつもりなのですがそれでもまだ長くて、でもこれ以上削ったら……と考え、強行更新とさせていただきました。



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