第1話 幼なじみって、憧れねぇ
「太郎、タロー、たろう」
最悪だ。今日は17年という俺の短い人生の中で一番最悪な日だ。
「金太郎!」
「痛い!」
席替えで窓際の一番後ろになったまでは最高だった。小・中と、今まで窓際の一番後ろなんて座った事のなかった俺は、有頂天になっていた。あの女が隣りに来るまでは。
「スカート履いてんだから蹴るなよな!それに金太郎じゃねって!太郎ですタロウ!」
「金でも桃でも同じ。無視するな」
「あのさぁ、仮にも女性がそのようなはしたない言葉を使うなど」
「あんた何時代の人間」
「えーと、現代?」
「黙れ」
最悪だ。
この女(の子)の名前は萌。でも俺は萌えない、絶対に。……可愛い、というか綺麗なのは認めますがね。でもそれは黙って座っていればの話。まぁセミロングの黒い髪はモロに僕のツボなんですけど、だけど絶対!僕は彼女には萌えません!
萌とは別に付き合っているとかそういう類では決してない。ただの腐れ縁。小学校2年の時にこいつが俺の隣りに引っ越しをして来た。ただそれだけ。
「人の話を聞く時はこっち見る」
言葉使いが悪い。その一言に尽きる。
親の顔が見てみたいなんて思うが……知っている。
こいつの母親はとても上品な人だ。そして同時にこう思う。どうやったらあんな品のいい母親からこんな娘が生まれるのか!父親だってどこぞの大企業の社長、そういやこいつって社長令嬢だった。あり得ん!
「太郎…また無視?桃太郎、金太郎、バカ太郎」
「最後のは物語の登場人物じゃねぇ!」
「私の作った物語の主人公だよ、文句でもあんの」
「いえ…」
なぜ俺がこんなに腰を低くしているかというと、おわかりになるだろうか。
早い話、俺の父親はこいつの父親が経営する会社の社員だからだ。そして親父は俺に毎日こんな事を言う。
「いいか太郎、お前、頼むから秋月社長のお嬢さんを困らせたりするなよ」
平静を保ちながらも冷や汗ダラダラでそう俺に懇願する親父。ちょっと情けない。
はっそうだ、そうなんだ!こんな屈辱的な毎日を送っているのは親父のせいだと考える。でも親父と一緒で何も言えない俺は毎日歯を食いしばって今日まで生きてきた。
でもそんな生活が続くのは中学まで。俺は絶対にあいつとは別の高校に進学する!
そう思っていたのに、なぜか去年の入学式にはあいつもいた、そして同じクラス。しかもうちの学校って、3年間クラス替えしないんだよねー……泣きたい。
俺が半分涙目で萌を見つめると、手を差し出してきた。なんだ?もしかして、「お手っ」とか言う気じゃないですよね?
「早く」
「え…マジですか?こんな公衆の面前で恥ずかしいんですけど」
「はっ?シャープ貸してってさっきから言ってんの」
「しゃ、シャープですか?はいはい」
内心ホッと溜め息を漏らした俺は、筆箱から使い慣れたシャープペンシルを差し出された手へ置いた。
と、当時に床に落とされる。な、何をなさるの!?
「もっといいのないわけ?」
「え?…でも僕の家、貧乏なもので」
「それって軽い嫌味」
「まさか!そんなことありませんよ!」
オーバーリアクションで両手をブルブルと振る。萌は落ちた(故意に落とした)シャープペンシルを拾い、俺を睨む。
「こんな汚いの使えるか!」
ペン先を俺に向けながらこの至近距離で投げてきた。しかも剛速球。刺さる!危ない!
俺は間一髪でそれを避けた。でも忘れていたことがある。
俺の席……窓際だよね。
悲劇なことにその日は春だというのに暑く、窓は全開に開けられている。そして俺の使い馴染んだシャープペンシルは窓の外へと吸い込まれていった。でも今はシャープの身を案じるより、俺の身を案じる方が先だ。
「おまっ、危ないでしょーよ!ケガでもしたらどうなさるおつもり?」
「その話し方ヒドい」
「ひ、ヒドイわぁ!」
女性に暴力は振るわない。これ俺のモットー……すいません、ただこの女が恐いだけです。だから言葉でしか返せない、けど言葉のレパートリーも少ない俺には強敵すぎる。だから女言葉を使っているだけ、それだけ。
「先生この人と隣りイヤです。やり直しを要求します」
萌が手を上げそう叫ぶ。ちょっと待って!せっかく窓際一番後ろをゲットしたのに!
あっでもこいつと離れるのは嬉しいかもしれない……いやでも待て!
もう一度席替えをしてここに戻って来られる可能性はゼロに近い!それにまたこいつと近くになったらやり直す意味もない!それならば涙を飲め、俺!
「先生!お願いだからこのままでいさせてください!」
俺の涙の要求が先生(男)の心を動かしたのか、彼はうんうんと頷くと「それじゃあ次は学級委員その他を決めましょう」と話を進めてくれた。
ありがとうございます!俺、ガンバリマス!
感謝の念を込めていた時、隣りからすさまじい妖気を感じ取った。これは完全に睨まれてるね。横向いたら何されるかわからない!机に突っ伏すしかないわ!
「寝たフリするな」
やけに野太い声が聞こえるけど、絶対に横を向いちゃダメだ!殴られる、蹴られる!耐えろ俺!
「席替え、イヤです…」
俺が聞き取れるかという程の微かな声を漏らしたとき、俺の前に座る悪友の野代 一郎が振り返った。
「太郎さん、そんなこと言って。ちゃんと言えばいいじゃないっすかぁ」
「何をよ?」
何よその話し方、と顔を少しだけ上げる。まだすさまじい妖気は消えていないようだ。でも見られない。目が合ったら殺られる!
「萌さんと離れたくないってちゃんと言わないと、相手に伝わらないっすよぉ?」
一郎さん、殴ってもよろしいですか?俺は拳を握り締め、一郎の喉をめがけて手刀を繰り出す。
「ぽごっ!」
手刀がキレイに決まり、アホな声を上げて喉を押さえつつ俺を見るが、同情などするものか。恐ろしいことを言わないでください。
「「恐ろしいこと言うな」」
え?っと横を向く。どうやら萌とハモってしまったようだ。その前に、ヤバイ。まだ妖気を醸し出している。
「あんたが言うな」
イライラした面持ちでそうボソッと呟く萌。俺には「すいません」と平謝りをするしか助かる道はなかった。
まだ傷の癒えない一郎が俺を軽く睨むけれど、気にしちゃいない。
「お前、親友にこんなことして…『一郎太郎』のコンビ、今日で解消させていただくわ!」
なんでお前まで女言葉なんだよ。でもここで引いては男がすたる。
「それはこちらのセリフだわ!」
「よくも言ったわね!?」
「ええ言ったわよ!」
今考えると本当にアホだ。なんで2人して女言葉?というよりもこれってオネェ言葉でしょうが!
立ち上がった俺達は戦闘態勢に入る。とその時、萌が強い力で机を叩いた。その音に驚くクラスメートと先生。
「あんたらマジで黙って」
「「…すいません」」
俺達は肩を落として席につく。何も言い返せません。言い返したらそれこそ何をされるのか。
黙ったままの俺達を見届けた先生、伊藤 良夫が黒板に何やら書いていく。
ああそうか、学級委員その他を決めるって言ってたよね、ってその他ってやる気あるんですか、先生?
「それではまず、学級委員長と副委員長を決めましょうか」
「一条君と野代君がいいと思います」
萌の奴が絶対にそう思ってないだろうというような、心のこもらない声で手を上げる。この女、嫌がらせにもほどがあるでしょうよ。
チラリと睨んでやろうとしたとき、悪魔が頭の中で囁いてきた。
(お前が学級委員長になれば、こいつもあれこれと指図したり出来なくなるんじゃないかしら?)
ほうほう。それも一理ある、それじゃあと手を上げようとすると、今度は天使が降臨した。
(いいえそれはないでしょう、お前が学級委員長だろうと校長先生だろうと、彼女の態度は変わらないわ。それが、秋月 萌なのよ!)
ってなんでどっちも女なのよ?普通悪魔って男だよね?いや、待てよ?それは勝手な思い込みなのか?そもそも悪魔なんて見たことないし、一概に悪魔は男だとは言えないよね。
そんな意味のない事を考えていると、一郎君が手を上げた。
「先生!委員長も副委員長も男って、空しいです!」
意味がわからない。一郎、お前は時々意味のわからない言葉を話すよな。それなのにどうしてそんな自信満々な顔を見せる?
「そうですねぇ、それじゃあ男子と女子、一人ずつにしましょうか」
先生、あなたは人の意見に左右されやすいのですね。長い人生、長いものには巻かれろってことでしょうか。俺は先生をしんみりと見つめた。その横では萌が今にも怒号を響かせそうな顔で一郎と俺を交互に睨んでいる。
ってなんで俺まで睨むの?
「ええと、それじゃあ委員長は一条君か、野代君に頼みましょう。あとは…」
「「ちょっと待ったぁぁ!」」
俺と一郎が同時に声を張り上げる。まだ『一郎太郎』は健在か?
一郎とアイコンタクトをとり、またも同時に頷く。言いたいことは一つ!
「一条君がいいと思いまーす!」
「野代君がいいと思いまーす!」
こいつとは同じ脳みそで出来ている。そう思った。
立ち上がったままの俺達はまたも戦闘態勢に入る。ここで負けたら一年間委員長だ!しかも何の得もしない!委員長だろうがなんだろうが、萌の態度が変わることはない!
葛藤は天使が勝っていた。負けた悪魔は俺の脳みそを突っついて帰って行く。その背中が少し寂しそうだった。スマン悪魔よ、だが今はそれどころではないのだ!
「どう決着をつけましょうかね、太郎さんよぉ」
「そちらの有利なものでいいですよぉ、一郎さん」
へへへと気持ちの悪い声で俺達は指を鳴らしたり首を鳴らしたり、思い思いの戦闘準備に取りかかった。そんなアホなものを見つつ、萌がもう一度手を上げた。
「先生やっぱり前言撤回します。この2人に委員長とかムリです」
こ、この女ぁ!ここまでした俺達って一体何なの?
ふと前を向くと、こっちを悲しそうな瞳で見つめる一郎と目が合った。
(お前も、苦労してんなぁ)
(…お前もな)
俺達は無言で抱き締め合った。
「怖いんだけど」
そんなヒドイ言葉を吐かれても、俺達はそのまま抱き締め合った。
初めて現代の日本(?)の物語を書きます。読みづらい部分もあると思いますが、読んでいただき、そして感想などいただけたら嬉しいです!