偶然飲み屋で出会ってとかいうご都合主義はいかがなものよ
ふらりと立ち寄った和風で落ち着いた雰囲気の飲み屋で、同じ小説書き仲間のM氏と出くわした。奇遇ですねと驚き合ったが、M氏は「そういうこともあるかもね」とこの御都合主義的な展開をあっさりと受け入れていた。内心、この展開はいかがなものかと思っていた私と違って度量が広い。
それはともかく、この偶然の出会いを喜び乾杯。改めて聞くと、M氏はこの店の馴染みでよく来るらしい。ぐびりとあおったビールが五臓六腑に染み渡るのだろう、昔ずいぶんと世話になったと中ジョッキ片手にしみじみ言う。
「あ。正しくは『この店に』じゃなくて、『この店のオーナーに』だけどね」
言い直すM氏に、はあ、そうなんですかと返しながら私もぐびり。インターネットのみの付き合いだったが温和で誠実な印象を抱いていただけに、いかにもこの人らしいと嬉しくなる。
「君は、結婚してるの?」
M氏は突然、話題を変えた。
「いえ。恥ずかしながらこの年齢になっても、まだ」
立派に家庭を守っているM氏に対し、ふらふらと独り身で未来も希望もないままその日暮らしをしている我が身に引け目を感じ、いじけたように突き出しの小鉢を箸の先でつついた。
「それなら、ここの店に足しげく通うといいかも」
「へえ、そりゃまた何故ですか?」
「私は、ここのオーナーが前にいた店で、女房と知り合ったからさ。互いに客同士で店に来ててね」
「へえ、そりゃまたすごいですね」
「店で二人で意気投合してね。それからもその店でデートしたり。……かなり前の話だけどねぇ」
懐かしいのか、人なつこい顔を崩したまま視線を遠くにやる。そういう様を見ていると、こちらも嬉しくなる。人に笑顔が知らずに伝達してしまうようなタイプの人だな、とつい私の悪いくせで深読みをし、自らの了見の狭さを恥じる。ただし、すぐにM氏には一人の娘さんがいることを思い出し、娘さんにも笑顔は伝達しているのだろうなぁとくすっと笑った。
「まあ、何だ。この店は私にとっては不思議な魔法の店で、いろんな出会いがあるんだよ」
私の笑いに気付いて、M氏はちょっと照れたように話をまとめた。「だから君もこの店に通っていれば、きっと素敵な出会いがあるよ」と続ける。たまご料理好きの私はだし巻きたまごをつつきながらニコニコ聞いている。
「あ。信じてないだろう」
「いやいや。信じてますよ」
「いいや、信じてないね。……ようし。いいよ。この店が持つ『不思議な出会いの魔法』の証拠を君に見せようじゃないか」
自信たっぷりにM氏は言う。
「ほら。今、ここだ」
そういって、食べかけの鳥の唐揚げやらおでんやら食べ終わった串が並んだ皿やらが散乱するこのテーブルを指差した。
「このオーナーのいる店では、いつも不思議な出会いがあるんだよ。君との偶然の出会いも、そう」
ああ、なるほどと合点がいった。だから、M氏は私にばったり出会っても、私ほど驚いたままではいなかったのだ。この人には、「そういうこともある」と分かっていたのだ。
私はさわやかな気分になった後、ふと気付いた。
「ところでMさん」
「ん。何?」
「この話、オチてないですよ。ショートショート作家としていかがなものでしょう?」
M氏は動じることもなくビールを飲む。
「私は、女房と『落ち着いた』。ショートショート作家としてオチがついてないと思えば、君が『落ち着け』ばいい」
にやり、とM氏。
そんなわけで私はオチを探している。
いまだ、オチついていない。
おしまい
ふらっと、瀬川です。
「2周年記念飲み屋で御一緒小説」というタイトルでMさんのサイト開設2周年に寄せた旧作品です(瀬川潮♭名義でした)。こちらでの掲載に際し、登場人物名をアルファベット表記にしてます。